目次
  1. 第1章:スクール業界のM&Aの全体像
    1. 1-1. スクール業界とは
    2. 1-2. スクール業界におけるM&Aの特徴
  2. 第2章:スクール業界M&Aの具体事例
    1. 2-1. 学習塾・予備校関連
      1. 事例1:学習研究社(現・学研ホールディングス)と早稲田スクール(2009年)
      2. 事例2:ナガセによる早稲田塾事業の取得(2014年)
      3. 事例3:城南進学研究社による語学教育事業会社のアイベック買収(2018年)
      4. 事例4:ナガセによる「木村塾」運営会社ヒューマレッジ買収(2022年)
      5. 事例5:TBSホールディングスによるやる気スイッチグループホールディングス買収(2023年)
    2. 2-2. 幼児教育・インターナショナルスクール関連
      1. 事例1:明光ネットワークジャパンによる早稲田EDU買収(2014年)
      2. 事例2:ビジネス・ブレークスルー(BBT)によるアオバインターナショナルエデュケイショナルシステムズ(2013年)
      3. 事例3:ビジネス・ブレークスルーによる現代幼児基礎教育開発の子会社化(2014年)
      4. 事例4:ビジネス・ブレークスルーによるSummerhill Internationalの子会社化(2015年)
      5. 事例5:広済堂ホールディングスによるH.A.Development2(HAD2)子会社化と譲渡(2023~2024年)
      6. 事例6:ミダックホールディングスによる英語教育保育園LOVE THY NEIGHBORの買収(2022年)
      7. 事例7:SOLIZEによる民間学童保育アフタースクール寺子屋買収(2024年)
    3. 2-3. 英会話スクール・語学教育
      1. 事例1:全研本社による英会話スクール事業のNOVAホールディングスへの譲渡(2021年)
      2. 事例2:栄光による「シェーン英会話」運営会社4社の子会社化(2010年)
      3. 事例3:城南進学研究社による英語学童保育Trester買収(2020年)
      4. 事例4:ゼンケンホールディングスによる通訳・翻訳業のアイ・エス・エス(ISS)買収(2008年)
    4. 2-4. プログラミングスクール・IT関連教育
      1. 事例1:ユナイテッドによるキラメックス(テックアカデミー)買収(2016年)
      2. 事例2:フューチャーアーキテクトによるコードキャンプ買収(2015年)
      3. 事例3:SHIFTによるインフラトップの教育事業・人材関連事業の取得(2024年)
      4. 事例4:ピアズによるワイヤードパッケージからのIT人材派遣・SES事業・Boot Camp事業取得(2024年)
      5. 事例5:GMOメディアによるエデュケーショナル・デザインの生徒管理ツール「Smart Manage」事業買収(2021年)
    5. 2-5. スポーツスクール・フィットネス関連
      1. 事例1:ナガセによるブリヂストンスポーツアリーナ買収(2022年)
      2. 事例2:ダンロップスポーツウェルネスの買収(ナガセによる住友ゴム工業子会社の買収、2024年)
      3. 事例3:ジェイエスエスによるワカヤマアスレティックス買収(2024年)
      4. 事例4:三菱製紙のスポーツクラブ事業譲渡(2023年)
    6. 2-6. 自動車教習所・その他スクール関連
      1. 事例1:東日カーライフグループによる東京日産ドライビングカレッジ譲渡(2010年)
      2. 事例2:オートバックスセブンによるドライビングスクール事業の売却(2009年)
      3. 事例3:日本駐車場開発によるエヴァーグリーン・アウトドアーセンター買収(2013年)
  3. 第3章:スクール業界M&Aの狙いとシナジー効果
    1. 3-1. ブランド力の獲得とエリア拡大
    2. 3-2. ノウハウ・カリキュラムの共有
    3. 3-3. 生徒基盤・会員基盤の相互活用
    4. 3-4. 人材の確保と講師教育
    5. 3-5. ICT活用・オンライン化による事業拡大
  4. 第4章:スクール業界M&Aにおける課題とリスク
    1. 4-1. 教育理念の相違・ブランドイメージの統合
    2. 4-2. 講師やスタッフの定着率低下
    3. 4-3. 短期的なコスト負担
    4. 4-4. 規制や許認可の問題
    5. 4-5. 少子化による市場縮小リスク
  5. 第5章:今後の展望
    1. 5-1. 異業種からの参入拡大
    2. 5-2. オンライン学習とリアル学習の融合
    3. 5-3. 幼児教育・グローバル教育の高付加価値化
    4. 5-4. ライフステージを通じた教育サービスの一体化
    5. 5-5. 海外展開と外国人向けサービス
  6. 第6章:まとめ

第1章:スクール業界のM&Aの全体像

1-1. スクール業界とは

スクール業界と一口に申しましても、その範囲はたいへん広範です。一般的には、小中高生向けの学習塾、予備校、個別指導塾といったいわゆる「補習教育」分野がまず思い浮かびますが、近年では幼児教育やインターナショナルスクール、英会話スクール、パソコンスクール、資格取得スクール、各種専門スクールなど、多様な形態が入り混じっています。また、スポーツスクール(スイミングスクールやフィットネスクラブ、ゴルフスクールなど)や音楽教室、ドローンスクールといった分野も「スクール業界」の一端を担っており、教育ビジネス全般が射程に含まれると言えるでしょう。

教育需要の多様化、ICT(情報通信技術)の進展やオンライン学習への移行などは、スクールビジネスにとって新しいサービスの可能性を広げています。一方、少子化の影響や新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大などにより、生徒数の確保や対面サービスの在り方への模索も進むなど、経営課題は複雑化しています。そのため、事業規模の拡大によって経営基盤を強固にし、ブランド力やノウハウの共有を図る目的でM&Aを積極的に活用するケースが増えているのです。

1-2. スクール業界におけるM&Aの特徴

スクール業界におけるM&Aは、以下のような特徴が見られます。

  1. ブランド力・知名度の活用
    スクール事業では、知名度やブランドイメージが生徒募集に大きく影響します。M&Aによって既存ブランドを獲得することで、参入障壁を下げるメリットが期待できます。
  2. ノウハウ・カリキュラムの獲得
    教育カリキュラムや講師の育成ノウハウなどは、独自の強みとして蓄積されます。M&Aにより、これらを速やかに取り込み、新規事業や他分野への展開を加速させることが可能です。
  3. 拠点や生徒基盤の拡大
    同一地域での教室網拡大や、地域が異なる場合の新規市場参入などを狙い、スクールの教室ネットワークを一挙に広げる狙いがあります。
  4. 多角化によるリスク分散
    少子化やニーズの変化などにより市場が先細りになるリスクがあるため、異なる教育分野や異業種のスクールを取り込むことで、リスク分散を図る企業もあります。
  5. 選択と集中・事業再編
    本業とのシナジーが薄い場合にスクール事業を売却する例や、不採算事業を切り離すためのM&Aも増えています。企業間で事業の「整理」と「拡大」が同時進行で起こりやすいのがこの業界の特徴です。

第2章:スクール業界M&Aの具体事例

ここからは、実際に報じられたスクール業界におけるM&A事例を多数ご紹介し、それぞれの取引の概要や背景、狙いを探ってまいります。なお、事例の中には学習塾や専門スクール以外に、フィットネスやスポーツクラブなどの事例も含まれておりますが、「スクール(教室)」として分類し得るものは本稿の分析対象といたします。

2-1. 学習塾・予備校関連

事例1:学習研究社(現・学研ホールディングス)と早稲田スクール(2009年)

  • 買い手:学習研究社(現・学研ホールディングス)
  • 売り手:早稲田スクール(熊本市)
  • 概要:熊本県で約3900名の会員を抱える学習塾を運営する早稲田スクールの株式70%を取得し子会社化。
  • 狙い・背景:蓄積された指導ノウハウや認知度を活かし、学研教室との相互補完を実現。地域塾との連携により生徒数を拡大し、企業価値向上を目指した。

事例2:ナガセによる早稲田塾事業の取得(2014年)

  • 買い手:ナガセ(東進ハイスクールなどを展開)
  • 売り手:サマデイなど5社が所有する早稲田塾事業
  • 概要:早稲田塾を運営する複数社から事業を切り出して新設した「早稲田塾」の全株式を約20億9000万円で取得。
  • 狙い・背景:大学受験に強い「東進」ブランドとの相乗効果を高めつつ、国内有数の進学塾ネットワークを強化。受験ノウハウの共有や講師陣の連携を狙った。

事例3:城南進学研究社による語学教育事業会社のアイベック買収(2018年)

  • 買い手:城南進学研究社
  • 売り手:アイベック(企業向け英語研修や英会話スクールを運営)
  • 概要:アイベックの株式70%を取得。企業向け英語研修やTOEIC講座の運営ノウハウを取り込み、社会人向け教育へ本格進出。
  • 狙い・背景:大学予備校や個別指導塾で培った基盤を社会人教育へ展開し、顧客年齢層を小学生~社会人まで拡大。

事例4:ナガセによる「木村塾」運営会社ヒューマレッジ買収(2022年)

  • 買い手:ナガセ
  • 売り手:ヒューマレッジ(学習塾「木村塾」運営、兵庫・大阪北摂中心)
  • 概要:生徒数9000人の「木村塾」を34校舎展開するヒューマレッジを子会社化し、小・中学生部門のすそ野拡大。
  • 狙い・背景:東進衛星予備校のフランチャイズ加盟実績を持つ木村塾を取り込むことで、高校生から小中学生まで一貫したブランド展開とネットワークを強化。

事例5:TBSホールディングスによるやる気スイッチグループホールディングス買収(2023年)

  • 買い手:TBSホールディングス
  • 売り手:投資ファンド・アドバンテッジパートナーズなど
  • 概要:「スクールIE」や幼児教室「チャイルド・アイズ」、英会話スクールなどを展開する大手教育企業を約287億円で子会社化。
  • 狙い・背景:テレビ局の既存事業以外の収益基盤を強化し、TBSの映像技術やコンテンツと教育ノウハウを融合。「探求学習」の映像教材化などを視野に入れた新規サービス開発を目指す。

2-2. 幼児教育・インターナショナルスクール関連

事例1:明光ネットワークジャパンによる早稲田EDU買収(2014年)

  • 買い手:明光ネットワークジャパン
  • 売り手:早稲田EDU
  • 概要:日本語学校の運営やインターナショナルスクール事業を手がける早稲田EDUの全株式を取得。
  • 狙い・背景:グローバル化への対応と海外展開の足がかりとして日本語学校のノウハウを取得。同社の海外留学生誘致やグローバル人材育成に活用。

事例2:ビジネス・ブレークスルー(BBT)によるアオバインターナショナルエデュケイショナルシステムズ(2013年)

  • 買い手:ビジネス・ブレークスルー(遠隔教育を得意とする企業)
  • 売り手:アオバインターナショナルエデュケイショナルシステムズ
  • 概要:幼児から高校生までの共学一貫校を運営するインターナショナルスクールを子会社化。子会社化のため株式67.3%を取得。
  • 狙い・背景:幼児・小中高生向けの国際教育事業を取り込み、世界に通用する人材育成を加速。社会人向けMBA事業などとの相乗効果も期待。

事例3:ビジネス・ブレークスルーによる現代幼児基礎教育開発の子会社化(2014年)

  • 買い手:ビジネス・ブレークスルー(子会社のアオバインターナショナル経由)
  • 売り手:現代幼児基礎教育開発(「JCQバイリンガル幼児園」の運営)
  • 概要:英語、中国語、バレエ、空手など多様なレッスンを1~6歳に提供する園を取り込み、幼児教育事業の強化。
  • 狙い・背景:インターナショナルスクール事業との統合で幼児期からの一貫教育体制を整備。都心エリアへの拠点拡大。

事例4:ビジネス・ブレークスルーによるSummerhill Internationalの子会社化(2015年)

  • 買い手:ビジネス・ブレークスルー(子会社経由)
  • 売り手:Summerhill International
  • 概要:港区の広尾・麻布地区で未就学児向けインターナショナルスクールを運営。1~6歳向け英語保育・教育を強みとする。
  • 狙い・背景:富裕層向け幼児教育市場への本格参入とブランド力の強化。

事例5:広済堂ホールディングスによるH.A.Development2(HAD2)子会社化と譲渡(2023~2024年)

  • 買い手(当初):広済堂ホールディングス
  • 譲渡先(最終):非公表
  • 概要:英国式全寮制インターナショナルスクール「ハロウインターナショナルスクール安比ジャパン」の2棟目学生寮建設プロジェクトを進める子会社HAD2を18億円出資で99.9%保有。しかし、のちに譲り受けたい申し出があり、出資対価の回収や譲渡益を得て手放した。
  • 狙い・背景:当初は配当収入目的で投資し、スクール拡張にかかわる計画に関与。事業シナジーよりも投資収益を重視しており、譲渡希望者が現れたため柔軟に方向転換。結果として1億5300万円の収益を得た。

事例6:ミダックホールディングスによる英語教育保育園LOVE THY NEIGHBORの買収(2022年)

  • 買い手:ミダックホールディングス(廃棄物処理が主力)
  • 売り手:LOVE THY NEIGHBOR(用賀インターナショナルスクール運営)
  • 概要:英語教育保育園(認可外保育園)を子会社化し、積極的M&Aによる多角化戦略の一環。
  • 狙い・背景:英語教育分野は少子化にもかかわらずニーズが高い成長分野と判断し、廃棄物処理事業に次ぐ新たな柱を確保。

事例7:SOLIZEによる民間学童保育アフタースクール寺子屋買収(2024年)

  • 買い手:SOLIZE
  • 売り手:アフタースクール寺子屋(目黒区)
  • 概要:1歳児からの幼児保育ではなく、小学生の放課後を対象とする学童保育事業。英語、書道、そろばんなどレッスンを提供。
  • 狙い・背景:働く女性の増加、共働き世帯の拡大で学童保育は需要が高まる傾向。少子化下でも学童保育ニーズは残ると判断し投資。

2-3. 英会話スクール・語学教育

事例1:全研本社による英会話スクール事業のNOVAホールディングスへの譲渡(2021年)

  • 譲渡元(売り手):全研本社
  • 買い手:NOVAホールディングス
  • 概要:教室5校を展開していたがコロナ禍で3校を閉鎖、収益悪化を受けて事業譲渡。NOVAは英会話スクール大手で「駅前留学NOVA」を展開。
  • 狙い・背景:全研本社は不採算となった英会話スクール事業を切り離し、事業選択と集中を図った。一方、NOVAは英会話市場の再拡大を見越して教室網を強化。

事例2:栄光による「シェーン英会話」運営会社4社の子会社化(2010年)

  • 買い手:栄光
  • 売り手:Saxoncourt Holdings, Ltd.
  • 概要:首都圏を中心に約200教室を展開する「シェーン英会話」の統括・運営会社4社を子会社化。
  • 狙い・背景:「シェーン英会話」の大学生・社会人向け顧客層を取り込み、学習塾を中心とする栄光グループの客層拡大と相乗効果を狙った。

事例3:城南進学研究社による英語学童保育Trester買収(2020年)

  • 買い手:城南進学研究社
  • 売り手:Trester(川崎市)
  • 概要:ネイティブ英語環境のアフタースクール事業を複数教室で運営。城南予備校や個別指導などとの連携を図る。
  • 狙い・背景:幼児期から大学受験までの英語教育需要を一貫して取り込む戦略。

事例4:ゼンケンホールディングスによる通訳・翻訳業のアイ・エス・エス(ISS)買収(2008年)

  • 買い手:ゼンケンホールディングス
  • 売り手:ISS(通訳・翻訳スクールの運営含む)
  • 概要:語学ビジネス全般で幅広く活躍するISSを子会社化。
  • 狙い・背景:通訳・翻訳実務とスクール教育の統合による語学事業の総合化。英語需要の高まりに応じたサービス拡充。

2-4. プログラミングスクール・IT関連教育

事例1:ユナイテッドによるキラメックス(テックアカデミー)買収(2016年)

  • 買い手:ユナイテッド
  • 売り手:キラメックス
  • 概要:オンラインプログラミングスクール「TechAcademy(テックアカデミー)」を運営。売上や利用者が増加傾向。
  • 狙い・背景:エンジニア不足とプログラミング教育需要の高まりを受け、オンライン学習+転職支援を強化。ユナイテッドはネット広告やオンラインプロモーションノウハウを提供。

事例2:フューチャーアーキテクトによるコードキャンプ買収(2015年)

  • 買い手:フューチャーアーキテクト
  • 売り手:コードキャンプ(CodeCamp)
  • 概要:個人向けマンツーマンオンラインプログラミングスクール「CodeCamp」、企業向け研修サービスを提供。
  • 狙い・背景:ITコンサル大手のフューチャーアーキテクトが開発要員育成基盤を得るとともに、企業向け研修を拡充。

事例3:SHIFTによるインフラトップの教育事業・人材関連事業の取得(2024年)

  • 買い手:SHIFT
  • 売り手:インフラトップ(DMM.comグループ)
  • 概要:プログラミングスクール+転職支援サービスをインフラトップから切り出し買収。
  • 狙い・背景:ソフトウエア品質保証・開発事業でエンジニア育成の仕組みを強化し、ヒンシツ大学などとの連携を図る。

事例4:ピアズによるワイヤードパッケージからのIT人材派遣・SES事業・Boot Camp事業取得(2024年)

  • 買い手:ピアズ
  • 売り手:ワイヤードパッケージ
  • 概要:DX・AI開発業務を内製化する体制を整える狙いでITスクール「Boot Camp」を含むSES事業を取得。
  • 狙い・背景:自社内でのDX推進を強化しつつ、人材派遣としての外部展開も狙う。

事例5:GMOメディアによるエデュケーショナル・デザインの生徒管理ツール「Smart Manage」事業買収(2021年)

  • 買い手:GMOメディア
  • 売り手:エデュケーショナル・デザイン
  • 概要:プログラミング教室など各種スクールの管理システムを取得し、オンラインスクール運営支援を強化。
  • 狙い・背景:教育×ITプラットフォームの整備。生徒管理・講師管理をスムーズにすることで教室運営に革新をもたらす。

2-5. スポーツスクール・フィットネス関連

事例1:ナガセによるブリヂストンスポーツアリーナ買収(2022年)

  • 買い手:ナガセ
  • 売り手:ブリヂストンスポーツアリーナ(福岡県久留米市)
  • 概要:スイミングスクールやスポーツ教室を九州中心に運営する企業を子会社化。イトマンスイミングスクールとの連携でスイミング事業を全国的に強化。
  • 狙い・背景:受験産業大手としての知名度を水泳教室分野にも波及させ、会員サービスや設備投資の効率化を狙う。

事例2:ダンロップスポーツウェルネスの買収(ナガセによる住友ゴム工業子会社の買収、2024年)

  • 買い手:ナガセ
  • 売り手:住友ゴム工業傘下のダンロップスポーツウェルネス
  • 概要:総合型スポーツクラブ「ダンロップスポーツクラブ」21店舗をはじめとするフィットネス事業を取得。ゴルフ練習場・テニスコートは他子会社へ継承予定。
  • 狙い・背景:ナガセは学習塾・スイミングスクール以外の新たなスポーツ事業分野に参入し、拠点網を広げてサービス多角化を図る。

事例3:ジェイエスエスによるワカヤマアスレティックス買収(2024年)

  • 買い手:ジェイエスエス
  • 売り手:ワカヤマアスレティックス(和歌山市)
  • 概要:スイミングクラブ、フィットネスクラブ、スーパー銭湯運営などを一体化。空白地である和歌山県への展開を目指す。
  • 狙い・背景:全国各地でスイミングスクール網を拡大し、地域密着型スポーツクラブとしての事業基盤を強化。

事例4:三菱製紙のスポーツクラブ事業譲渡(2023年)

  • 譲渡元:三菱製紙子会社の菱紙
  • 譲渡先:ルネサンス
  • 概要:フィットネスクラブ、スイミングスクールを運営する事業を譲渡。「金町スイミングクラブ」などを運営。
  • 狙い・背景:非コア事業の切り離し。ルネサンスはクラブ事業の拡大を目指しており、地域拠点を拡充。

2-6. 自動車教習所・その他スクール関連

事例1:東日カーライフグループによる東京日産ドライビングカレッジ譲渡(2010年)

  • 譲渡元:東日カーライフグループ
  • 譲渡先:コヤマドライビングスクール
  • 概要:免許人口減少による競争激化が見込まれる教習所事業に対し、スケールメリットのある大手へ売却。
  • 狙い・背景:東日は事業ポートフォリオを最適化し、コヤマは規模拡大によりブランド力・効率化を目指す。

事例2:オートバックスセブンによるドライビングスクール事業の売却(2009年)

  • 譲渡元:オートバックスセブン
  • 譲渡先:マジオネット
  • 概要:多摩ドライビングスクール、西武自動車学校の2校を売却し、本業のカー用品や車検・整備事業に集中。
  • 狙い・背景:免許取得者減少のトレンドを見極めて早期に撤退。マジオネットは教習所網を拡大。

事例3:日本駐車場開発によるエヴァーグリーン・アウトドアーセンター買収(2013年)

  • 買い手:日本駐車場開発
  • 売り手:エヴァーグリーン・アウトドアーセンター
  • 概要:八方尾根スキー場で外国人向け英語スキースクールを運営。オフシーズンには周辺地域でラフティングやアウトドアスポーツ提供。
  • 狙い・背景:スキー場事業強化を目指す日本駐車場開発が、外国人観光客対応と通年型レジャーサービスを取り込み、地域活性と企業収益拡大を両立。

第3章:スクール業界M&Aの狙いとシナジー効果

3-1. ブランド力の獲得とエリア拡大

学習塾や英会話スクールなどの教育ビジネスでは、知名度とブランドイメージが集客面で大きな武器となります。有名な指導方法や合格実績を持つ塾ブランドを買収すれば、ゼロからのスクール立ち上げよりも早期に生徒数を確保できるのは大きなメリットです。また、店舗網をエリア拡大する目的も多く見られます。地域密着型の中堅塾を買収し、全国展開ブランドの一員として再編することで、相互のシナジーを狙う手法が一般的です。

3-2. ノウハウ・カリキュラムの共有

スクール運営においては、独自の教材開発やカリキュラム、講師育成システムが競争力の源泉となります。M&Aでは、こうしたノウハウやシステムを一括で獲得できるため、時間や費用の削減につながる利点があります。特に英会話スクールやプログラミングスクールなどの専門性の高い分野では、実績あるスクール企業を取り込むことで、自社の教育事業へ迅速に水平展開できるのが強みです。

3-3. 生徒基盤・会員基盤の相互活用

学習塾やスポーツクラブなどでは、子供向けから社会人向けまで、多様な年齢層をターゲットにビジネスを展開します。M&A後は、買収先の生徒・会員基盤を活かしてクロスセルを行い、顧客ロイヤルティの向上を目指す例がしばしば報じられています。たとえば、大学受験予備校と小中学生向け学習塾を一体的に運営したり、学習塾とスイミングスクールで合同キャンペーンを実施するといった取り組みが可能となります。

3-4. 人材の確保と講師教育

スクールビジネスにおいては、質の高い講師をどれだけ確保できるかが勝敗を分ける重要な要素です。M&Aによる規模拡大が進めば、講師をグループ内で移動・共有させることができ、人材不足の地域をカバーする効率的な体制を構築できます。また、大手グループになれば、講師の研修プログラムや福利厚生などの整備が進み、人材流出を防ぐ効果も期待できます。

3-5. ICT活用・オンライン化による事業拡大

近年のスクール業界では、オンラインレッスンの導入や学習管理システム(LMS)の活用など、ICTの重要性が増しています。ITやプログラミングスクールとの提携・買収により、最新の技術やシステムをグループ全体で取り込むことができ、オンライン授業への対応や学習データ分析(EdTech)などで先行者利益を得られる可能性があります。


第4章:スクール業界M&Aにおける課題とリスク

4-1. 教育理念の相違・ブランドイメージの統合

スクール事業は、「教育理念」や「学校文化」が根付いている場合が多く、買収元と買収先の理念が合わないと、講師・スタッフや生徒・保護者から反発を受けるリスクがあります。ブランド統合や運営方針の変更がスムーズに進まないケースもあるため、事前の調査とコミュニケーションが欠かせません。

4-2. 講師やスタッフの定着率低下

スクールビジネスでは、現場の講師・スタッフとの信頼関係が学習効果やサービス品質を支えています。M&Aによる経営体制の変化や条件変更により講師が大量離職したりすると、生徒満足度の低下につながりかねません。特に創業者色の強い小規模塾や専門スクールほどリテンション施策が重要です。

4-3. 短期的なコスト負担

M&A直後には、ブランドリニューアルやシステム統合、研修費用などの費用がかさむことが多いです。受験期など繁忙期のタイミングを誤ると、運営に支障が出ることもあるため、計画的に進めなければなりません。

4-4. 規制や許認可の問題

学校法人など公的な枠組みが絡む場合、あるいはインターナショナルスクールや保育・学童事業で行政の許認可が必要な場合、M&Aを実施するにあたってクリアすべき法的ハードルが存在します。特に保育事業や学校法人関連は一般の株式会社買収と比べて慎重な手続きが求められます。

4-5. 少子化による市場縮小リスク

学習塾や習い事スクールの多くは、少子化の進行で市場のパイそのものが縮小するリスクを抱えています。M&Aによる規模拡大でシェアを取りに行く戦略は有効ですが、市場構造が急激に変化する可能性を見据えたうえで、新たな需要(社会人向けやシニア向けなど)の開拓も重要です。


第5章:今後の展望

5-1. 異業種からの参入拡大

テレビ局や不動産会社、大手商社などがスクール事業へ参入する事例が増えてきました。これらの企業は自社の資本力や既存顧客基盤を持ち込み、新たに教育サービスを展開できます。少子化やDXの進行でビジネスモデルを変革する企業が増えている中、教育分野は「安定的なニーズがある」として注目されやすいのです。

5-2. オンライン学習とリアル学習の融合

コロナ禍で一気に普及したオンライン学習は、対面授業のメリットと組み合わせるハイブリッド型へ進化しています。大手企業による買収・資本提携により、オンライン学習システムを自社のリアル教室に導入し、利便性・学習効果の向上を追求する動きがますます進むでしょう。

5-3. 幼児教育・グローバル教育の高付加価値化

「グローバル人材の育成」は、依然として保護者の高い関心を集めています。また、幼児期からの英語教育や探究型学習への需要が高まっており、高付加価値なインターナショナルスクールやバイリンガル幼稚園・保育園は依然として拡大余地があります。これに対応するため、海外提携や海外の教育メソッドを取り込んだスクールが増えるとともに、M&Aでこうしたノウハウを獲得しようとする動きも加速すると考えられます。

5-4. ライフステージを通じた教育サービスの一体化

社会人やシニア向けの生涯学習ニーズが高まっています。学習塾や予備校とは別に、英会話、プログラミング、カルチャースクールなどを通じて多世代にわたる教育サービスを提供する企業が拡大傾向です。M&Aによってカバーできる年齢層・サービス領域が拡大すれば、リピート率やブランド力の向上が期待でき、安定収益を得やすくなります。

5-5. 海外展開と外国人向けサービス

観光立国をめざす日本では、外国人への日本語学習需要や、留学生向けサポート、逆に日本人の海外留学・海外受験サポートといった新規ビジネスが台頭しています。インバウンド需要の回復に合わせ、外国人向け英語スキースクールやアウトドアスクールの事例のように、地域での国際サービスを拡充する動きも活発化しそうです。


第6章:まとめ

本稿では、スクール業界におけるさまざまなM&Aの事例をご紹介しながら、その全体像や特徴、狙い、リスク、そして将来展望について解説いたしました。学習塾、予備校、英会話スクール、幼児教育、インターナショナルスクール、プログラミングスクール、スポーツクラブ、ドライビングスクールなど、多岐にわたる領域で取引が行われており、その目的や効果はさまざまです。

少子化や社会構造の変化、オンライン化の加速などにより、教育業界もまた変革期にあります。大手企業が積極的にスクール事業を買収することで規模を拡大し、既存の教育ノウハウやブランド力をシナジーとして事業を伸ばそうとするケースや、逆に非コア事業としてスクール運営を手放すケースなど、多彩な動きが見られます。

一方、教育は人材育成を担う重要な領域であり、画一的な経営判断や目先の収益だけでは乗り越えられない難しさも内包しています。M&Aによって獲得したブランドやノウハウを活かすためには、講師・スタッフのモチベーション維持、保護者や生徒への丁寧な説明、現場の運営体制づくりなど、きめ細かなアフターM&A施策が欠かせません。

今後、国内市場の縮小や人材不足を補うために、さらに大規模な再編や海外展開が進む可能性も指摘されています。また、M&A自体を単なる経営スキームとしてだけでなく、教育が持つ社会的使命や価値創出を深く考慮したうえで実施する必要があるでしょう。

スクール業界におけるM&Aは、引き続き多くの関係者に注目されるテーマです。本記事で取り上げた事例に見られるように、それぞれの取引には必ず目的や戦略が存在し、その成果は各社の企業努力と教育現場の取り組みによって大きく左右されます。教育業界の変革期にあって、M&Aは企業にとって魅力的な成長手段であると同時に、事業継続や経営効率化、そして価値創造を実現する重要な一手となっています。

皆さまがスクール業界のM&A動向を把握するうえで、本稿が少しでも参考になれば幸いです。最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。