1. 足場工事業界の概要とM&Aの意義
1-1. 足場工事の基本と業界構造
足場工事は、建築物の新築・改修・解体などにおいて作業員が高所で安全に作業を行うために欠かせない仮設構造物を組み立て、または解体するサービスのことを指します。ビルや戸建住宅、工場プラントの保守点検、橋梁や高速道路などのインフラ整備など、さまざまな現場で用いられ、建設工事の安全性や効率性を左右する重要な領域です。
従来、足場工事を専門とする業者は地域ごとに存在し、元請け・下請けの多段階構造の中で職人が実作業に当たるケースが多くみられました。しかし近年は、安全基準の強化や効率化の要求、足場資材の規格化などの影響を受けて、足場工事の品質を均一化・効率化する動きが加速しています。加えて、職人不足や後継者問題などもあり、地域に根ざしている中小の足場工事会社のなかには、規模の拡大を志向する大手仮設機材メーカーや建設資材企業に買収される例が増えています。
1-2. 建設業界全体との関わりと市場規模
建設業界全体を見渡すと、少子高齢化や公共事業の縮減といった要因から、新築着工数は長期的には横ばいあるいは減少傾向にあります。一方で、インフラの老朽化が進んでいることにより、橋梁やトンネル、ダムなどのメンテナンスや補修工事の需要は高まっています。足場工事はそうした補修・維持管理分野でも欠かせない工程であり、新築だけでなく改修工事の拡大による安定的な需要が見込める分野です。
実際に、鉄骨や仮設機材などを専門に扱う企業の多くは、ビルや道路、橋梁などの大規模な建築・土木現場で使用する足場、あるいは戸建住宅向けのくさび緊結式足場の普及促進によって売上を伸ばしてきました。足場工事市場は大まかに見れば数千億円規模と推定され、メーカー、レンタル事業者、施工会社など多様なプレーヤーが混在しています。こうしたなか、企業間の提携やM&Aによってグループ化し、総合力を高める動きは年々強まっています。
1-3. 足場工事業界の課題とM&Aの役割
足場工事業界は、いくつかの構造的課題に直面しています。特に深刻なのは、高齢化や技能継承の問題です。足場の組立や解体には熟練の技術や安全管理能力が求められますが、若年層の就業者が十分に確保できておらず、現場の職人不足が業務効率にも影響を及ぼしています。
また、安全管理に対する世間の目も厳しさを増しており、建設現場での労働災害を防ぐために、国土交通省や労働基準監督署などから安全基準の強化が求められています。足場の規格化や事前の計画の厳格化、専門教育の徹底などが不可欠であり、結果として施工会社のコストや技術レベルが問われる状況になりました。
こうした課題を背景に、単独での事業継続が難しい企業が大手の関連事業者に買収され、効率的かつ安全性の高い足場施工システムを導入して、安定経営を図るケースが増えています。大手サイドから見ても、施工ネットワークや地域に根ざした顧客基盤を持つ地場企業を取り込むことで、エリア拡大や施工キャパシティの補完が可能となります。これこそが、足場工事業界でM&Aが進む大きな要因といえます。
2. 足場工事業界M&Aの背景
2-1. 人手不足・職人不足の深刻化
建設現場では、職人不足が社会問題化しています。若者の建設業への就業敬遠や、職人の高齢化、建設投資の地域格差など、多様な要因が影響しており、足場の組立・解体を担う技能者も同様の構造的な人材不足に見舞われています。そのため、企業規模を拡大することでより安定した人材確保を狙い、M&Aによる事業統合が有力な選択肢となります。
2-2. 安全基準強化への対応
足場は高所作業の安全を確保するうえで極めて重要な設備であり、建設業界の安全対策の要でもあります。事故防止のための手すり先行工法や、くさび緊結式足場の普及、仮設計画書の作成義務化などにより、現場ごとの安全水準を引き上げる取り組みが進められています。こうした時代の流れに合わせ、大手仮設資材メーカーや施工会社が共同研究や技術開発、教育システムの整備を一体的に進めるため、M&Aによる統合が進んでいるのです。
2-3. 生産性向上と効率化の必要性
足場の組立・解体は現場作業が中心であるため、天候や立地条件による影響を受けやすく、効率化が難しい領域とされてきました。しかし建設業全体の生産性向上が求められるなか、資材の標準化・機械化・情報化などを通じて作業プロセスの最適化が進められています。ある企業が足場資材の製造からレンタル、施工管理までを一貫して行う体制を整えれば、工程管理がシンプルになり、資材流通コストの削減や現場対応力の向上が期待できます。結果的にM&Aで統合し、ワンストップサービスを実現することが重要視されているのです。
2-4. 地域密着型企業の高齢化・後継者問題
地方を中心に足場工事を手がける企業の多くは創業オーナーが自ら代表を務め、地域の顧客と強い結びつきを築いてきました。しかし、代表者の高齢化や後継者不在といった問題が顕在化するなか、事業承継の方法としてM&Aを検討するケースが増えています。大手企業や投資ファンド、あるいは業務提携先などに株式を譲渡することで、企業価値を守りながら従業員の雇用も維持すると同時に、地域の足場ニーズに応え続ける道が開かれるからです。
3. 足場工事業界M&Aの主な狙いとシナジー効果
3-1. サービス領域の拡大(施工、レンタル、販売の一体化)
足場業界でM&Aが行われる最大のメリットとして挙げられるのは、施工からレンタル、販売までを一体的に扱えるようになるという点です。仮設機材メーカーが施工会社を取り込めば、受注から資材の製造、施工、メンテナンス、撤去までを垂直統合し、収益の最大化を図ることができます。また、施工会社にとっても、安定供給される資材とメーカーの技術支援が得られることで、サービス品質の向上が見込めます。
3-2. 地域販路拡大・拠点網の強化
足場工事は現場に直接スタッフを派遣する必要があり、サービス対象エリアの地理的要素が大きくものをいいます。そのため、新たな地域や市場へ進出するうえでは、すでにそこに根付いている企業のノウハウや拠点、人的ネットワークを活用するのが効果的です。M&Aによって対象企業の顧客基盤や設備、倉庫、運送網などを取り込むことで、スピーディにエリア展開を図れるシナジーが期待できます。
3-3. 技術・ノウハウの獲得と人材確保
足場工事には高い安全性と確かな技術が求められます。独自の工法や熟練スタッフを有する企業を買収することで、そのノウハウを自社グループ内で共有し、人材育成や安全管理のレベルを底上げする効果が見込めます。特に高層建築物や橋梁、化学プラントなど特殊な施工が必要な現場を得意とする会社との統合は、大手企業にとっても大きな価値があります。
3-4. 海外市場への進出と輸出機会の創出
近年はベトナムやインドネシアなどの東南アジア諸国、あるいは中東やアフリカの新興国においても、大規模なインフラ整備や都市開発が進んでいます。日本の足場資材や施工技術は安全面で高い評価を受けることが多く、海外展開を狙う企業が増えつつあります。そこで、海外に強い販路を持つ企業や現地に拠点を構える会社をM&Aで取り込むことにより、スムーズに海外市場に参入する戦略が考えられています。
4. 足場工事をめぐるM&Aの具体的事例
ここからは、提示されている事例を中心に、足場工事業界や関連する領域で実際に行われたM&Aをいくつかご紹介します。それぞれの事例において、M&Aの目的や取得企業の背景、期待されるシナジーなどは多岐にわたりますが、足場工事事業を取り巻く環境を理解するうえでの好例といえます。
4-1. ASNOVA<9223>の敦賀工事センター譲渡
- 譲渡先:平成実業(福井県小浜市)
- 譲渡対象:福井敦賀工事センター(売上高7900万円、営業利益700万円)
- 譲渡価額:非公表
- 譲渡予定日:2025年1月1日
ASNOVAは足場架払(組み立て・撤去)工事サービスを全国展開する企業として知られています。同社が福井敦賀工事センターを譲渡することを決めた背景には、経営資源の最適配分があります。足場工事サービスを幅広く提供してきたASNOVAですが、特定の地域拠点事業を切り出すことで、より戦略的にリソースを集中しようとしていると推察されます。平成実業にとっては、足場工事業を強化する好機となり、地域での工事需要に応えやすくなるメリットがあると考えられます。
4-2. ダイサン<4750>による国内外における事業取得
(1) シンガポールMiradorグループ3社の買収
- 取得対象:Mirador Building Contractor(MBC)、Golden Light House Engineering、PM & I
- 取得価額:3社合計17億4000万円
- 取得目的:プラントメンテナンス向け足場工事、人材(外国人施工スタッフ600名超)確保
- 取得予定日:2019年5月10日(MBCは当初80%取得、2022年5月までに100%取得)
ダイサンはシンガポールの足場工事会社Miradorグループを子会社化することで、東南アジアのプラントメンテナンス市場を開拓しました。アジアではエネルギー関連プラントや工場、化学プラントの建設・メンテナンス需要が拡大しており、足場工事の需要も堅調です。Miradorグループが抱える数百人規模の外国人施工スタッフの存在は、ダイサンにとって労働力確保とノウハウ吸収の両面で大きな意味を持ちます。
(2) 山陽セイフティーサービスからの施工サービス事業取得
- 取得価額:1億2000万円(税抜)
- 取得日:2017年4月21日
- 対象事業:ビケ足場を利用した施工サービス事業(直近売上高2億300万円)
ダイサンは国内でも、ビケ足場などのくさび緊結式足場の施工事業を拡大するため、山陽セイフティーサービスの事業を譲り受けました。福山市の拠点を手に入れることで、中国地方での施工力やマーケットを強化できるメリットがあるとされています。足場レンタルだけでなく施工サービスまで提供し、ワンストップの価値を高める狙いがうかがえます。
4-3. コンドーテック<7438>によるフコク、ヒロセ興産、東海ステップ、上田建設の買収
コンドーテックは土木建築用資材の総合商社として知られ、特に仮設機材やワイヤロープなどを扱う企業です。近年、足場工事や架払工事業の企業買収を積極的に行うことで、施工分野へも本格進出しています。
- フコク(仙台市)
- 売上高:12億8000万円
- 営業利益:1700万円
- 取得予定日:2021年1月18日
- 取得価額:非公表
仙台を拠点とするフコクは土木建築用足場などの架払工事を手がけ、東北地方で一定の実績を持っています。コンドーテックは東北エリアでの足場事業を強化する狙いで買収を決定しました。
- ヒロセ興産(東京都品川区)
- 売上高:31億2000万円
- 営業利益:1億900万円
- 取得価額:10億1500万円
- 取得予定日:2019年2月12日
ヒロセ興産は仮設足場などの架払工事を主力とする企業で、レンタル事業にも着手しており、首都圏での案件を多く抱えています。コンドーテックとしては、維持修繕工事分野への展開に向けて同社を取り込むことが大きなメリットとされています。
- 東海ステップ(静岡県藤枝市)
- 売上高:30億7000万円
- 営業利益:4億円
- 純資産:14億7000万円
- 取得価額:非公表
- 取得予定日:2020年2月26日
中堅中小企業に特化した投資ファンドのベーシック・キャピタル・マネジメントが保有していた企業を買収する形です。静岡県を中心としたエリアに強く、比較的大きな規模を誇る東海ステップを子会社化することで、コンドーテックは中部地方での施工力を飛躍的に高めようとしています。
- 上田建設(北海道苫小牧市)
- 売上高:4億8600万円
- 営業利益:1500万円
- 純資産:7800万円
- 取得価額:非公表
- 取得予定日:2024年10月11日
上田建設は2015年設立と比較的新しい会社ながら、北海道のプラント工事現場などで活躍してきました。コンドーテックは傘下企業を通じて同社を買収し、仮設足場事業の領域拡大を図っています。こうした地域密着企業を取り込むことで、全国的な施工ネットワークの整備を進めていることがわかります。
コンドーテックの連続的なM&Aは、土木建設資材のメーカー・商社から施工サービス分野まで横断的に進出していく戦略の典型例といえます。今後も老朽化インフラの補修・メンテナンス需要が高まるなかで、工事会社の買収によって持続的な売上を確保する狙いがあると考えられます。
4-4. SRGタカミヤ<2445>によるホリー、エム・ジー・アイの子会社化
SRGタカミヤは、建設用仮設機材の製造・販売・レンタルを中心としながら、現場施工サービスにも参入している企業です。高層建築用足場から土木・橋梁用の特殊足場まで幅広くカバーしており、M&Aを通じてさらなる市場拡大を図っています。
- ホリー(東京都江東区)
- 売上高:52億6000万円
- 営業利益:2億6200万円
- 純資産:6億5700万円
- 取得価額:8億9000万円
- 取得日:2010年9月28日
ホリーは手すり先行足場など安全基準の高い仮設機材を自社ブランドで製造し、販売およびレンタルも行う企業です。SRGタカミヤはホリーを子会社化することで、自社グループ内で製造から販売・施工までの一貫体制を強化し、国内の足場資材の安全基準向上に大きく寄与する狙いを持っていました。
- エム・ジー・アイ(札幌市)
- 売上高:2億1700万円
- 営業利益:△2880万円
- 純資産:△1370万円
- 取得株式比率:52.6%
- 取得価額:2000万円
- 取得日:2011年9月7日
エム・ジー・アイは移動昇降式足場のパイオニア的存在で、ゴンドラや足場資材、建設機械のレンタルも手がけます。高層ビルやマンションの外壁工事などで需要が見込まれる移動昇降式足場を自社グループに取り込むことで、SRGタカミヤはさらなる事業拡大を目指しました。
4-5. キムラ<7461>のテクノ興国子会社化
- 株式取得日:2018年3月20日
- 売上高:1億1800万円
- 取得価額:非公表
キムラは北海道札幌市に拠点を持ち、住宅資材の卸売やホームセンター経営を行うほか、子会社で建築足場のレンタルを展開しています。テクノ興国は帯広市を中心とする十勝エリアで住宅用足場施工や仮設トイレ、仮設材のリースを行ってきました。キムラはテクノ興国を取り込むことで、道央から道東へと事業エリアを拡大し、地域密着でのサービス向上を図っています。
4-6. 中小企業ホールディングス<1757>によるアップライトコーポレーション買収構想
- 対象会社:邦徳建設(千葉県松戸市)が設立するアップライトコーポレーション
- 足場組立工事を分社化し、新設会社の増資を引き受ける形
- 子会社化後の出資比率:過半数
- 取得価額・取得予定日:未確定
中小企業ホールディングスは建設事業の成長加速を目指す戦略を掲げており、邦徳建設が新たに設立する足場組立工事会社であるアップライトコーポレーションに出資し、子会社化する計画です。これにより足場組立工事の専門性をグループ内に取り込み、現場力を強化するとともに、施工案件の獲得拡大に挑む狙いがあるとみられます。
4-7. 旭化成<3407>、中央ビルト工業<1971>へのTOB
- 買付代金:11億8600万円
- 買付価格:1株750円(前日終値529円に41.78%のプレミアム)
- 買付期間:2023年12月15日~2024年2月1日
- 中央ビルト工業の沿革:1953年に国内初の鋼製仮設機材(足場)製造を開始
中央ビルト工業は日本の足場業界をけん引してきた歴史ある企業であり、建設工事用鋼管や住宅鉄骨部材などを主力とします。旭化成ホームズは中央ビルトの株式約33%を保有する筆頭株主でしたが、今後はTOBを通じて完全子会社化を目指しています。新設住宅着工数の減少が続くなか、一体的な事業運営を実現することで、住宅鉄骨部材の安定供給と仮設機材事業の強化を図る戦略があると考えられます。
5. 足場以外の業界における「足場を築く」M&Aの含意
参考事例のなかには、足場工事業とは直接関係しないものの、企業が海外や新規事業領域に足場を築く目的でM&Aを実施したケースが含まれています。「足場を築く」という表現はあくまで比喩的なもので、実際の仮設足場とは異なる意味合いで使われています。しかし、M&A戦略としては「新市場参入」「事業基盤の強化」といった点で共通性が見られます。ここでは簡単に触れておきます。
5-1. 朝日印刷<3951>のマレーシア企業買収とASEAN市場への足場強化
朝日印刷は医薬品・化粧品包材の製造・販売を中核事業とし、マレーシアのHarleigh (Malaysia) Sdn.Bhd.、Shin-Nippon Industries Sdn. Bhd. の2社を子会社化しました。約3億8000万円の投資で、マレーシア市場における印刷・包装資材分野での足場を固め、ASEAN地域への事業拡大をねらっています。このように、「海外進出の拠点づくり」という観点で「足場を築く」と表現することが多く、足場工事業界のM&Aとは意味合いが異なるものの、事業基盤を押さえるという点では共通しています。
5-2. 大陽日酸<4091>の欧州事業買収と国際的足場確保
大陽日酸は米プラクスエアの欧州事業を約6438億円という巨額で買収し、産業ガス市場における欧州展開の足場を確立しました。これは産業ガス世界5位だった大陽日酸が、一気に欧米市場での地位を高める大規模M&Aです。足場工事業界とは異なる業種ですが、「強固な足場を築く」という表現で海外展開の基盤を得ることを示しています。
5-3. レアジョブ<6096>のシンガポール進出と教育分野での足場づくり
オンライン英会話を提供するレアジョブが、シンガポールの英会話学校Geos Language Centreを買収した事例も、海外における教育分野での事業基盤(足場)を獲得する意味合いがあります。語学研修・留学先として注目されるシンガポールで事業を展開し、グローバル水準の英語プログラム開発を推し進める足掛かりとしています。
5-4. ウィルグループ<6089>の豪州u&u Holdings買収
ウィルグループはASEAN・オセアニア地域を重点市場として、豪州の人材サービス会社u&u Holdingsを株式60%取得の形で子会社化しました。人材サービス領域での海外展開を加速するうえで、現地企業を傘下に収めることは有効な戦略となります。これも「海外に足場を築く」好例といえます。
5-5. ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング<7774>が富士フイルムHD傘下となった事例との対比
ジャパン・ティッシュ・エンジニアリング(J-TEC)は再生医療関連のベンチャー企業で、富士フイルムHDの子会社化によって、研究開発資金や販売網などを得て事業基盤を強化しました。ここでの「足場」は細胞培養足場材という製品も含んでいますが、同時に企業の成長を支える資本面、研究開発体制面での基礎固めという意味合いでも「足場」という言葉が使われています。
6. M&A後に想定される経営上の課題と対策
足場工事業界に限らず、M&A実施後には組織統合や人事制度の再構築など、多くの課題が生じます。ここでは足場工事に特有のポイントを中心に、留意すべき課題と対策を挙げます。
6-1. 企業文化・組織体制の統合
特に職人技に支えられる足場工事会社には、独自の企業風土があります。職人たちが長年築いた人間関係や現場ルールを尊重しつつ、買収側の企業文化や安全管理基準を浸透させるには時間と手間がかかります。現場スタッフとの対話を丁寧に行い、相互理解を深める取り組みが重要です。
6-2. 人材育成・安全教育の徹底
足場工事は労働災害のリスクが高い業務のひとつです。M&A後には、買収先の企業スタッフを含めてグループ全体の安全教育を統一し、最新の法規制や技術に基づく訓練を実施する必要があります。また、未経験者や若手スタッフの育成システムを整えることで、将来の人材不足を補っていくことが不可欠です。
6-3. 資材管理と在庫の最適化
足場資材は大量の鋼管や緊結部材、その他補助資材などを含み、倉庫における在庫管理や輸送が大きな課題となります。M&Aによって拠点や保有資材が増えると、現場への配送が効率化できる一方、在庫・物流管理が複雑化する可能性もあります。ITシステムの導入や拠点間ネットワークの再編など、グループ全体で在庫最適化を図ることが望ましいでしょう。
6-4. ブランド統合・顧客基盤の再編
M&Aを行った企業同士が、それぞれのブランドや社名、顧客網をどのように整理・統合していくかは重要な課題です。地域に強い知名度を持つ企業を買収する場合、無理にブランドを統合することで既存顧客が離れるリスクもあります。一方で、大手グループ傘下となることで信頼感を得るケースもあるため、状況に応じた戦略的なブランディング方針が求められます。
7. 今後の展望
7-1. インフラ老朽化とメンテナンス需要の拡大
日本国内では、高度成長期に整備された橋梁やトンネル、上下水道などのインフラが老朽化しつつあります。補修工事では足場工事が不可欠となるため、メンテナンス需要の拡大に伴って、足場工事会社の活躍の場は増えるでしょう。特に公共事業予算の配分が維持修繕にシフトするなかで、施工能力のある企業が安定的に仕事を得られる可能性が高まります。
7-2. 海外市場への本格進出の可能性
国内市場の縮小や人手不足を背景に、海外マーケットへ活路を見出す企業は今後も増えると考えられます。東南アジアや中東、アフリカなどインフラ開発が進む地域では、足場の需要が高まっており、日本の高い安全基準や技術力を評価する声もあります。M&Aにより現地企業と連携・統合することで、言語や規制の壁を乗り越えたスムーズな事業展開が期待できます。
7-3. DX(デジタルトランスフォーメーション)による施工効率の変革
建設業界でもBIM(Building Information Modeling)やIoTなどを活用したデジタル化が進みつつあります。足場工事でも、現場の3Dモデルを用いた設計やリモートでの安全監視など、IT技術を取り入れる動きが見られます。大手企業グループに統合されることで、こうした先端技術にアクセスしやすくなり、生産性向上に寄与する可能性が高まるでしょう。
7-4. 環境対応・SDGs視点の取り込み
SDGs(持続可能な開発目標)やカーボンニュートラル社会を見据え、建設業界にも環境負荷低減への強い要請があります。足場工事においても、資材のリユースやリサイクルを徹底し、環境に配慮した工法を積極的に取り入れる流れが加速するかもしれません。大手企業のグループ入りは、より効率的な資源利用や環境対応技術の共有を可能にし、社会的責任を果たしやすくなるというメリットがあります。
8. まとめ
本稿では、足場工事業界におけるM&Aの背景や事例、今後の展望について約20,000文字規模で解説してまいりました。足場工事は建設現場の安全と効率を支える重要な工程である一方、人手不足や高齢化、安全基準強化などの課題が山積しており、今後も業界再編が進むとみられます。その再編の手段としてM&Aは極めて有力であり、施工能力や地域拠点、技術ノウハウを統合することで、大手企業がさらなる事業拡大を目指し、中小企業が事業承継や経営安定を図るケースが相次いでいます。
具体的には、コンドーテック<7438>のように複数の足場工事会社を連続的に買収して施工分野への進出を強化する事例や、SRGタカミヤ<2445>が国内のみならず海外企業を取り込み、高層建築やプラントメンテナンスまで広範にカバーしていく姿勢が象徴的です。さらには、旭化成<3407>による中央ビルト工業<1971>のTOBのように、大手ハウスメーカーが足場企業を完全子会社化し、一体的に住宅事業と仮設機材事業を推進する事例も注目を集めています。
一方、ASNOVA<9223>が一部拠点を譲渡するケースに見られるように、すべてを統合するだけでなく、経営戦略の観点から事業をスリム化したり、地域企業に譲渡したりする動きもあり、必ずしも「買う側が一方的に得をする」構図ではありません。地域密着型企業が新たなグループ傘下に入り、安全管理体制のアップデートや人材確保に成功すれば、地域経済にとってもプラスに働く可能性があります。
また、足場工事業界とは異なる事例として、朝日印刷<3951>がマレーシア企業を買収して海外進出の足場を築いたり、大陽日酸<4091>が欧州産業ガス市場に大規模投資を行ったり、レアジョブ<6096>がシンガポールの語学学校を買収してグローバル教育ビジネスの足掛かりを得たりと、各業界で「足場を築く」ためのM&Aが活発化しています。これらの事例は、企業が新市場へ参入する際に、現地企業の人脈やノウハウを効率的に取得するのにM&Aが有効な手段であることを示しています。
足場工事業界そのものについては、インフラメンテナンス需要の高まりや、建設現場の省力化・安全化ニーズの拡大によって、ますます重要度が増していくと考えられます。国土交通省が推進するi-ConstructionやBIMなどの先端技術が進むほど、足場の設計・施工にもデジタル化や機械化の波が押し寄せ、結果として大手資本を有するグループ企業がリードしやすい環境が生まれていくでしょう。中小企業が単独でそうした投資に対応していくことは困難な場合が多く、M&Aによるグループ化や提携は選択肢として自然に浮上します。
もっとも、M&Aには企業文化の統合や現場スタッフのモチベーション、サービス品質の維持・向上といったデリケートな課題が伴います。買収された企業の社員が新しい組織文化に溶け込めずに離職が続出する例や、安全教育や技術伝承がうまくいかないケースも皆無ではありません。成功に導くためには、買収後のPMI(Post Merger Integration)と呼ばれる統合作業を丁寧に計画・実行し、現場の声に耳を傾けることが不可欠です。
結論として、足場工事業界は今後も一定の需要が見込める一方で、技術者不足や施工の高度化、安全水準のさらなる引き上げなど、課題が山積しています。M&Aはそうした課題への対応策として大きな役割を果たすでしょう。大手企業は地域企業を取り込み施工ネットワークを拡大し、中小企業は大手グループに参加することで経営の安定と次世代への事業承継を図る構図は、今後も加速する可能性が高いとみられます。
他方で、海外市場に目を向ける企業が増えるなか、日本国内の足場工事業界ではさらなる再編や競争が進む可能性があります。国際展開を視野に入れた企業連合が誕生したり、投資ファンドが経営効率化の一環で足場企業をまとめてバンドルして売却したりと、多様なシナリオが考えられます。いずれにしても、足場工事業界の将来は、建設業全体やインフラ政策、さらにはグローバルな投資動向とも密接にリンクしており、今後も目が離せない領域といえるでしょう。

株式会社M&A Do 代表取締役
M&Aシニアエキスパート・相続診断士
東京都昭島市出身。慶應義塾大学理工学部を卒業後、大手M&A仲介会社にて勤務し、その後独立。これまで製造業・工事業を中心に友好的なM&Aを支援。また父親が精密板金加工業、祖父が蕎麦屋、叔父が歯科クリニックを経営し、現在は父親の精密板金加工業にも社外取締役として従事。