- 1. はじめに
- 2. サロン業界の概要とM&Aの背景
- 3. サロン業界におけるM&Aの活発化要因
- 4. サロン業界M&Aの主要事例(総合一覧)
- 5. 個別事例の深掘り
- 5-1. 鉄人化計画(鉄人化ホールディングス)による美容事業の拡大
- 5-2. コンヴァノ<6574>へのTOBとその背景
- 5-3. リクルートホールディングスによる海外美容予約サービスの買収
- 5-4. 資生堂<4911>によるサロン向けヘアケア事業の譲渡
- 5-5. ビューティガレージ<3180>による海外・国内での積極的M&A
- 5-6. 三越伊勢丹ホールディングス<3099>のソシエ・ワールド子会社化
- 5-7. シーズ・ホールディングス<4924>のエステ業界進出
- 5-8. アルテ サロン ホールディングス<2406>とブランド戦略
- 5-9. RVH<6786>による美容サロン事業の取得と売却
- 5-10. その他の注目事例(一部抜粋)
- 6. サロン業界M&Aのメリット・デメリット
- 7. M&A後の課題と成功要因
- 8. 今後の展望
- 9. まとめ
1. はじめに
サロン業界は、美容室やネイルサロン、まつ毛エクステサロン、エステティックサロン、リラクゼーションサロン、そして最近では脱毛サロンなど、多岐にわたる業態を包含しています。かつては個人経営の小規模店舗が多数を占めていましたが、近年は大手企業によるチェーン展開が顕著となり、さらにITプラットフォームとの連携やSNSの活用など、新しいビジネスモデルが生まれています。
こうした流れの中で、サロン業界におけるM&Aは年々活発化しています。消費者ニーズの多様化と競合激化が相まって、経営基盤の強化や新規顧客の獲得を目指す企業が積極的に他社を買収・統合しているのです。また、経営難に陥ったサロンが、大手企業や投資ファンドの支援を受けて再生を図るケースも見受けられます。
本記事では、サロン業界という大きなくくりの中で、近年注目を集めたM&A事例をいくつかピックアップし、動向や背景を詳しく解説いたします。さらに、M&Aを通じてどのようなシナジーを狙い、どのような課題が生じるのか、そして今後の展望について考察してまいります。
日本国内のサロン業界は成熟市場と見られる反面、時代のトレンドや技術革新、SNSマーケティングの普及などが後押しして、いまだ大きな成長余地を残しています。その中でのM&Aは、単なる企業の大型化や人材獲得の手段にとどまらず、業界の構造改革やサービス革新の呼び水となる可能性を秘めています。最後までお読みいただき、サロン業界のダイナミックな現状を理解する一助となれば幸いです。
2. サロン業界の概要とM&Aの背景
2-1. サロン業界の特色
サロン業界は大きく分けると、以下のような業種に分類できます。
- 美容室・ヘアサロン:美容師免許を保有する技術者が髪のカットやカラー、パーマなどを提供
- エステティックサロン:痩身やフェイシャル、リラクゼーションなどの施術を提供
- ネイルサロン:ネイルケア、ジェルネイル、スカルプなどを専門に行う
- まつ毛エクステサロン:まつ毛エクステやまつ毛パーマ、アイブロウサービスを提供
- リラクゼーションサロン:マッサージやボディケア、英国式リフレクソロジーなどを提供
- 脱毛サロン:光脱毛やレーザー脱毛を中心に展開(クリニックとの違いは医療行為の有無)
一方で、近年は「複合型」サロンが増加しています。まつ毛や眉、ネイルが同時に施術できるトータルビューティーサロンや、エステと整体を組み合わせたリラクゼーションサロンなど、複数の技術・サービスを一括で提供するケースも増えています。
2-2. サロン業界におけるM&Aの背景
サロン業界は、比較的参入障壁が低い一方で、人材確保やスキル維持、集客力の強化が大きな課題です。個人経営では集客競争に勝ち残るのが難しく、大手チェーンや有力ブランドの傘下に入り、経営基盤を安定化させる動きが近年見られます。さらに、消費者のライフスタイル多様化や、ITを活用したオンライン予約サービスの普及、SNSマーケティングの重要性高まりが、業界全体の構造変化を促進しています。
主な背景要因:
- 消費者ニーズの高度化:低価格帯のサロンから高付加価値サロンまで、ニーズが細分化。施術メニューや接客対応、店舗雰囲気、ITによる利便性などが差別化のポイントとなり、競合が激化。
- 人材不足と教育コスト増大:美容師やエステティシャン、ネイリスト、アイリストなど、専門技術を要する職種での人手不足が深刻化。M&Aを通じて既存のスタッフや教育ノウハウを引き継ぐケースが増加。
- ブランド力と集客力の重要性:集客はSNSや口コミサイト、オンライン予約サービスなど多面的なアプローチが必要。大手グループに統合することで一気にブランド力や広告宣伝力を高める狙い。
- IT企業との連携ニーズ:オンライン予約や施術管理システムなどITソリューションの活用が不可欠。IT系企業がサロン運営会社を買収し、IT×美容の新サービスを創出する動きもある。
- 海外進出・外国人観光客需要:訪日外国人観光客向けのサービスや、海外市場での日本式ビューティーサービスへの注目が高まる中、海外企業との提携や買収による現地事業拡大も見られる。
これらの要因が複雑に絡み合い、サロン業界では大手・中堅企業を中心にM&Aが活性化している状況です。
3. サロン業界におけるM&Aの活発化要因
先述の背景要因をさらに深く掘り下げて、サロン業界でM&Aが活発に行われる主要な理由を整理します。
- 拡大余地のある市場
日本の美容市場は一見成熟しているように見えますが、エステや脱毛、まつ毛エクステ、さらにはメンズビューティーなど、まだまだ伸びしろのある領域が存在します。大手企業がM&Aによって新規領域を手堅く取り込もうとする動きは自然な流れです。 - チェーン展開の強み
サロンは立地が重要で、人気エリアや駅前などに複数店舗を配置するチェーン形態が強みを発揮しやすいビジネスです。個人店であれば不利になりがちな広告宣伝や集客面でも、チェーン展開している大手は合同キャンペーンやSNS集客を大規模に実施できるため、スケールメリットを得やすいといえます。 - ブランド力確立と相互送客
異なる業態同士のM&Aによって、ネイル・まつ毛エクステ・脱毛など複数のサービスをまとめて提供する「複合サロン」の形に発展させやすくなります。ブランド間での相互送客や、顧客データの共有化によるマーケティングの高度化も期待できます。 - 技術・ノウハウの取り込み
まつ毛エクステやヘアカラー、痩身エステなど、専門技術が高度化している中で、技術力のあるサロンを傘下に収めることで即戦力を獲得できます。新人スタッフの育成もスムーズに行えるようになり、競合他社との差別化を図りやすくなるでしょう。 - 事業再編・再生案件の増加
サロン業界では、急速な拡大路線を取った結果、資金繰りに行き詰まってしまうケースが散見されます。そこでスポンサー企業が現れてM&Aを実行し、事業再生を図るという流れが生まれます。経営難となったサロン企業を買い取ることで、店舗網やスタッフ、顧客基盤を安価に手に入れられる可能性もあるため、再生案件は双方にメリットがある場合が多いです。
こうした要因が重なり合い、近年サロン業界のM&Aは活発化しているといえます。
4. サロン業界M&Aの主要事例(総合一覧)
ここからは、実際に行われたM&A事例を簡潔に列挙し、その後に深掘り解説を加えていきます。今回の事例は国内外の大型案件から、中小案件や再生型のM&Aまで幅広く含まれています。
- 鉄人化計画<2404>/鉄人化ホールディングス
- 首都圏でまつ毛・ネイルサロン等を多数展開するビアンカグループ6社を買収
- 焼き鳥店「鳥竹」を子会社化(飲食事業との相乗効果を狙う事例だが、同企業による美容事業拡大も興味深い)
- コンヴァノ<6574>へのTOB
- 東京中央美容外科グループ代表の青木剛志氏による株式公開買い付け
- リクルートホールディングス<6098>
- 英国の美容オンライン予約「Wahanda」を買収
- オランダのオンライン予約「Treatwell」を買収
- 資生堂<4911>
- 米サロン向けヘアケア事業「Zotos International」の譲渡
- アジア向けプロフェッショナル事業をドイツのヘンケルに譲渡
- ビューティガレージ<3180>
- 台湾やシンガポールなど海外企業の子会社化
- 国内においても、理美容機器の中古販売会社やまつエク製造・販売企業を買収
- 三越伊勢丹ホールディングス<3099>
- エステサロン運営のソシエ・ワールドを傘下に持つ持ち株会社SWPを買収
- シーズ・ホールディングス<4924>
- エステサロン「シーズ・ラボ」やセドナエンタープライズを相次いで買収
- アルテ サロン ホールディングス<2406>
- フランス発「COIFF1RST」の日本展開会社シーエフジェイを取得、その後譲渡
- アイラッシュサロン「ダイヤモンドアイズ」事業の買収
- MBOによる上場廃止(株式非公開化)
- RVH<6786>
- 「ミュゼプラチナム」や「たかの友梨ビューティクリニック」など大手サロンを子会社化→後に相次いで譲渡
- 美容脱毛サロン「キレイモ」事業(ヴィエリスから)の一部取得→後に譲渡
- その他
- ヤマノホールディングス<7571>によるネイルサロン事業買収
- ランシステム<3326>によるリラクゼーションサロン会社INCUの子会社化
- ソフトフロントホールディングス<2321>によるエステサロン会社の買収・売却
- シーマ<7638>によるエステサロン「ラ・パルレ」子会社化
- ファステップス<2338>によるまつ毛エクステ・エステ企業の買収と譲渡
- ツカダ・グローバルホールディング<2418>によるリフレクソロジーサロン「Queensway」運営会社FAJAの子会社化
- エム・エイチ・グループ<9439>による美容室運営会社の買収
- ANAP<3189>による「エルセーヌ」「リフレーヌ」事業の取得(予定)
- など、多数の事例が存在
サロン業界のM&Aは一見すると複雑に見えますが、「既存ブランドの強化」「複合サロン化の推進」「海外展開」「財務再建のためのスポンサー型M&A」など、それぞれ明確な戦略目的が存在しています。
5. 個別事例の深掘り
それでは、上記のうちいくつかの事例をピックアップし、背景や狙い、結果としての影響などを深掘りしてみます。
5-1. 鉄人化計画(鉄人化ホールディングス)による美容事業の拡大
事例概要(ビアンカグループ)
- 取得日:2021年12月15日
- 取得価額:非公表
- ビアンカグループ6社の合計:首都圏でまつ毛、ネイル、ヘッドスパなど32店舗を展開
- 鉄人化計画はカラオケ事業や飲食事業を主力とするが、中京地区で美容サロン「Rich to」ブランドも運営
鉄人化計画は「カラオケの鉄人」で知られる企業ですが、多角化の一環としてまつ毛エクステ・ネイルサロンなどの美容事業にも進出しています。ビアンカグループ買収によって、首都圏における美容事業を大きく伸ばそうとしました。まつ毛やネイルの施術はリピーターの獲得が期待できることから、安定収益を狙った動きといえます。
分析
鉄人化計画は、カラオケという深夜帯中心のビジネスと、美容サロンという日中帯ビジネスを組み合わせることで、経営リスクの分散にもつなげたい思惑があったと考えられます。コロナ禍におけるカラオケ需要の落ち込みを、美容サロンでカバーしようとする狙いもあるでしょう。
5-2. コンヴァノ<6574>へのTOBとその背景
事例概要
- TOB実施:2023年5月
- TOB実施者:東京中央美容外科グループ(TCB)代表の青木剛志氏
- コンヴァノは「FASTNAIL」ブランドで直営59店舗(2023年3月末)を運営
- コロナ禍と人材不足、コスト高騰で業績悪化。純投資の目的でのTOB
青木氏は美容外科医で、国内で多数の美容クリニックを展開するTCBグループの代表です。コンヴァノはネイルサロン事業に特化して上場しましたが、コロナ禍の深刻な影響で業績が低迷していました。
分析
TCBグループとしては、ネイルサロンという美容周辺領域への投資であり、将来的には美容外科との顧客共有やマーケティング活用も考えられます。ただし、今回のTOBはコンヴァノの上場廃止を伴わないため、経営上は青木氏が大株主としてバックアップしつつ、コンヴァノは独立した上場企業として運営される形となります。
5-3. リクルートホールディングスによる海外美容予約サービスの買収
事例概要
- 2015年5月1日:英国Hotspring Ventures Limited(「Wahanda」運営)を約210億円で買収
- 2015年6月5日:オランダTreatwell Holdings B.V.を約48億9000万円で買収
リクルートは「HOT PEPPER Beauty」など国内最大級の美容サロン予約サービスを展開しており、海外への事業拡大を視野に入れて英国やオランダのオンライン予約サービス会社を立て続けに買収しました。
分析
ヨーロッパでは美容予約のオンライン化率がまだ低かったため、リクルートとしては成長余地が大きいと判断しました。また、各国で事業基盤を持つ現地企業を買収することで、参入障壁を一気に下げる狙いがあったと考えられます。結果的に「Treatwell」ブランドを欧州で拡大し、現地の美容サロンと顧客をマッチングするサービスを提供し続けています。
5-4. 資生堂<4911>によるサロン向けヘアケア事業の譲渡
事例概要
- 2017年10月27日:米国のZotos InternationalをドイツHenkelに譲渡(約551億円)
- 2022年2月9日:アジア向け業務用ヘアケア事業を再びヘンケルに譲渡(123億円)
資生堂は中長期戦略の一環としてブランドポートフォリオの選択と集中を進めており、サロン向け業務用ヘアケアからは段階的に撤退し、スキンケア分野に投資を集中させています。
分析
外資系企業が強みを持つ「プロ向けヘアケア領域」よりも、グローバルで高い評価を得ているスキンケア領域を成長ドライバーと位置づけ、リソースを移した事例です。サロン事業の強化を目指す企業が多い中、逆にプロ向け事業を手放す戦略的撤退は、資生堂のグローバル戦略や経営資源の再配分を顕著に示すものといえます。
5-5. ビューティガレージ<3180>による海外・国内での積極的M&A
ビューティガレージは、サロン向けの機器や美容商材を通販・店舗で販売するビジネスを主力としており、積極的に国内外の関連企業を買収することで事業領域を広げています。
- 中古理美容機器販売のビューティーリユースを子会社化(2021年9月)
- 台湾やシンガポールの美容卸企業を相次ぎ買収(2017年~2018年)
- まつエク製品の松風グループを取得(2020年9月)
このように海外拠点やOEM生産拠点を取り込むことで、東アジア・東南アジア市場の開拓と、循環型ビジネスモデルの構築に踏み出しています。
5-6. 三越伊勢丹ホールディングス<3099>のソシエ・ワールド子会社化
- 2016年12月8日発表、2017年1月12日予定
- 三越伊勢丹HDは従来、百貨店内の美容サロンなどを誘致する立場でしたが、本格的にエステサロンの運営ノウハウを持つソシエ・ワールドを傘下に加えました。
分析
百貨店事業が成熟化する中、富裕層や美容志向の高い顧客に向けて自社グループ内で価値提供の幅を広げる狙いがあったといえます。エステサロンのノウハウを加えることで、百貨店内の顧客接点をより強固にする戦略の一環です。
5-7. シーズ・ホールディングス<4924>のエステ業界進出
- 2016年1月22日:シーズ・ラボを子会社化(取得価額40億円)
- 2017年11月16日:セドナエンタープライズを買収(取得価額40億1000万円)
シーズ・ホールディングスはドクターズコスメ「ドクターシーラボ」で有名ですが、エステサロン事業を取り込むことでブランド力をさらに高める狙いがありました。医師監修のコスメとエステサロンの施術を連動させることで、高価格帯・高付加価値のサービスを展開できます。
5-8. アルテ サロン ホールディングス<2406>とブランド戦略
アルテ サロンは、美容室を中心に国内外でFC展開をしていましたが、以下のように多彩なM&Aを行いました。
- フランスの高級ブランド「COIFF1RST(コワファースト)」の日本展開会社を取得→その後譲渡
- アイラッシュサロンのダイヤモンドアイズ事業取得
- MBO(マネジメント・バイアウト)による上場廃止発表(2022年2月7日)
フランチャイズ形態の拡大だけではなく、高級ブランドの導入やアイラッシュなど新領域への参入も模索しましたが、計画通りのシナジーが得られなかったことから譲渡に至ったケースもあります。最終的には経営戦略の大幅変更のためにMBOで非公開化へ踏み切った例として注目されました。
5-9. RVH<6786>による美容サロン事業の取得と売却
RVHは2010年代後半に、「ミュゼプラチナム」「たかの友梨ビューティクリニック」「キレイモ」など、業界大手のエステ・脱毛サロンを次々と子会社化し、大規模な美容サロンチェーンを形成しました。しかしながら、急拡大に伴う財務的な負担や競合激化などから、2020年~2024年にかけて主要サロンを相次ぎ売却しています。
- 2015年~2017年:ミュゼプラチナム、たかの友梨を相次いで傘下に
- 2022年:ヴィエリスの「キレイモ」28店舗を取得するも、約1年後に大手のミュゼプラチナム(現MIT)へ譲渡
- 2020年2月:ミュゼプラチナムや不二ビューティ(たかの友梨)の株式をG.Pホールディングに売却
分析
RVHは当時、広告関連子会社やIT事業ともシナジーを狙いましたが、サロンの人件費増や広告宣伝費負担、コロナ禍など複合要因で十分な利益が確保できず、大量売却へ方針転換したと見られます。M&A後の統合マネジメントや集客戦略の難しさを示す好例といえるでしょう。
5-10. その他の注目事例(一部抜粋)
- ヤマノホールディングス<7571>:ネイルサロンのみうらを子会社化(美容事業強化)
- ソフトフロントホールディングス<2321>:エステサロン会社グッドスタイルカンパニーを買収→経営陣へ譲渡
- シーマ<7638>:エステサロン「ラ・パルレ」取得し、ジュエリービジネスとのシナジーを模索
- ファステップス<2338>:まつ毛エクステのエムアンドケイ買収なども、その後複数事業を手放す
- ツカダ・グローバルホールディング<2418>:リフレクソロジーサロン「Queensway」運営FAJAを買収(ウェルネス事業進出)
- エム・エイチ・グループ<9439>:テレビ業界向けヘアメイク事業の買収→新分野への展開
これらを見ても分かる通り、サロン業界のM&Aは多彩な形で行われており、必ずしも買収した企業が長期保有するわけではありません。短期~中期的な再建やブランド強化、あるいは統合効果が得られない場合には早期にリストラされることもあり、流動性の高い業界といえます。
6. サロン業界M&Aのメリット・デメリット
6-1. メリット
- 顧客基盤・ブランド力の獲得
既存のブランドと顧客リストを一気に取り込むことで、時間をかけずに規模を拡大できます。サロン事業はリピート率が高いことから、既存顧客をスムーズに取り込めれば安定収益が見込めます。 - 人材・技術の補完
スタッフの引き継ぎやノウハウ継承によって、専門技術を一度に確保できます。優秀な施術者や店長クラスの人材を得られれば、教育コストを削減しつつ組織力を強化することが可能です。 - 多店舗展開によるスケールメリット
サロンでは内装費や広告費、人件費などが大きなコスト要因となるため、規模拡大による一括仕入れや合同広告キャンペーンの効果は大きいです。オペレーションの標準化も進みやすくなります。 - 他事業との相乗効果
たとえばホテル、百貨店、飲食、リラクゼーション関連などの事業を運営する企業にとって、サロンは顧客同士のクロスセルを狙いやすい分野です。共同キャンペーンやポイントプログラムなどの展開が可能になります。
6-2. デメリット
- 買収リスク・財務リスク
飲食や小売と同様に、サロン業界も景気や消費者トレンドの変化を受けやすいです。高額の投資を行ったのに収益化が遅れると、財務負担が増大するリスクがあります。 - 人材の流出リスク
サロンは施術者個人の技術力や接客力が集客力につながることが多く、M&A後にスタッフが離職して独立してしまうケースも珍しくありません。せっかく買収しても主要スタッフが流出すると事業価値が毀損されます。 - ブランドイメージの棄損
買収された側のブランドを上手く活かせないまま統合すると、既存のファンが離れる可能性があります。また、過去に不祥事や顧客トラブルがあるブランドだと、その負のイメージを引き継いでしまうこともあります。 - 統合・運営ノウハウ不足
他業種から初めてサロン事業に参入する企業の場合、スタッフの教育システム構築やトレンド把握が不十分となり、オペレーションの標準化が進まず混乱するリスクがあります。
7. M&A後の課題と成功要因
サロン業界のM&Aを成功に導くには、以下のポイントが重要です。
- 施術者のモチベーション維持
スタッフが離職してしまうとノウハウや顧客リレーションが失われるため、買収後の処遇やキャリアパスを明確に示す必要があります。 - ブランド戦略の整理
既存ブランドと新たに取得したブランドが競合したり、イメージが混在すると顧客が混乱します。ブランド統合や差別化の方針を早期に決定することが大切です。 - IT・マーケティング力の強化
オンライン予約やSNSプロモーション、顧客管理システムなど、サロン経営にはIT活用が欠かせません。旧体質のまま運営を続けるのではなく、デジタルトランスフォーメーション(DX)を推進し、顧客満足度を高めることが求められます。 - コスト構造の把握と改善
サロンは固定費(店舗賃料、人件費、広告費など)の比重が高い業態です。M&A後にはスケールメリットを生かして一括仕入れや業務効率化を行い、収益構造を早期に安定化させる必要があります。 - 法規制・資格問題への対応
美容師免許、管理美容師、衛生管理など、業態ごとに様々な法規制が存在します。M&A後に運営形態を変更する場合、許認可や届出の手続き、スタッフの資格確認などを確実に実施しなければなりません。
8. 今後の展望
8-1. コロナ後の需要回復と新常態
新型コロナウイルス感染症拡大によって、一時的にサロン需要が落ち込みましたが、消費者の美容意識はむしろ高まりつつあるという指摘があります。在宅ワークやマスク生活で制限はあっても、定期的にサロンに通う人が一定数存在し、アフターコロナではさらに活気を取り戻す可能性が高いです。マスクを外す機会が増えれば、まつ毛やフェイシャルケアなどの需要も拡大するでしょう。
8-2. メンズ需要やシニア向けサービスの拡大
男性向けエステ・脱毛やヘアケアの市場が拡大しており、サロン側もメニューを多様化させています。また、高齢化社会に伴い、シニア層向けのリラクゼーションや介護連携型美容サービスの需要も期待されます。これらの領域は競合がまだ少ないため、M&Aを通じて早期参入を狙う企業が増えるかもしれません。
8-3. 海外市場へのさらなる進出
日本企業が持つ高品質な美容技術や製品への国際的な評価は高く、リクルートやビューティガレージのように海外でのサロン向けサービスを拡大する動きは続くでしょう。訪日外国人観光客向けマーケティングを強化し、サロン運営ノウハウを海外に輸出する「逆輸入」ビジネスモデルも可能性があります。
8-4. デジタルシフトの加速
オンライン予約サービスや顧客管理システム、サブスクリプション型の施術プラン、AIによる予約需要予測など、IT活用の余地は大きいです。IT企業がサロン運営企業と提携・買収する動きや、大手サロン企業がITスタートアップをM&Aするケースが今後も増えると予想されます。
8-5. コンソリデーションの深化
業界全体の構造として、小規模サロンが乱立する状態から、大手・中堅チェーンによる寡占化が進む可能性があります。特に都心部ではブランド力や集客力がものをいうため、多店舗運営の大手グループが市場を席巻し、小規模店はより専門性や個性を打ち出す必要が高まると考えられます。その過程で、M&Aを介したコンソリデーション(業界再編)はさらに進むでしょう。
9. まとめ
サロン業界は、ネイル、まつ毛エクステ、エステ、リラクゼーション、脱毛など、多岐にわたる業態を包含するゆえに、M&Aの事例も非常にバラエティー豊かです。今回取り上げたように、大手チェーンからベンチャー企業、IT企業や美容メーカー、百貨店グループなど、さまざまなプレイヤーがサロン業界に参入し、その過程で多くのM&Aが行われてきました。
この記事での主なポイントは以下のとおりです:
- サロン業界は人材とブランドが重要
専門技術やブランド力の獲得が収益の安定につながるため、これらを手っ取り早く得る手段としてM&Aが選ばれやすいです。 - 経営多角化や再生案件でのM&Aが増加
飲食店やカラオケ、百貨店など、異業種からサロン業界に参入するケースや、経営難に陥ったサロンを再生させるためのスポンサー型M&Aが目立ちます。 - 成功には統合後のマネジメントがカギ
スタッフの引き止め、ブランドやメニューの最適化、IT・DX活用など、買収後の運営方針次第でシナジーが左右されます。 - コロナ禍を経て、今後さらに需要増が見込まれる領域も
美容意識や健康志向の高まり、メンズ市場の活性化、訪日外国人需要の回復など、サロン業界には成長の余地があります。IT・オンライン活用やグローバル展開にも期待が寄せられています。
サロン業界のM&Aは、単なる企業の集合ではなく、サービス品質の向上や新規顧客層の獲得、ブランドポートフォリオの拡充など、さまざまな可能性を秘めています。一方で、雇用や技術継承、施術の安全性管理など、業界特有の課題にも常に目を配る必要があります。
今後も、大手企業同士や海外企業との連携による大型M&Aが行われる一方、再生案件や局地的な買収も相次ぐでしょう。こうした動向は、業界全体の構造を変え続け、消費者にとってはより多様なサービスが生まれるきっかけとなり得ます。特に、SNSやEC、AI技術の浸透はサロンビジネスをさらなる成長へと導く可能性が高く、M&Aがその成長を加速させる重要な役割を担うと考えられます。
サロン業界への新規参入や事業拡大を検討する企業にとって、M&Aは有力な選択肢となり得ますが、同時に事前のデューデリジェンスや買収後の人材マネジメント、ブランド活用戦略など、入念な準備と実行力が求められます。本記事が、サロン業界M&Aの全体像や具体的なポイントを把握する一助となれば幸いです。

株式会社M&A Do 代表取締役
M&Aシニアエキスパート・相続診断士
東京都昭島市出身。慶應義塾大学理工学部を卒業後、大手M&A仲介会社にて勤務し、その後独立。これまで製造業・工事業を中心に友好的なM&Aを支援。また父親が精密板金加工業、祖父が蕎麦屋、叔父が歯科クリニックを経営し、現在は父親の精密板金加工業にも社外取締役として従事。