- 1. エネルギー業界M&Aの主な背景・目的
- 2. 事例にみるエネルギー関連M&Aの形態とポイント
- 2.1 東京センチュリー<8439>が神鋼不動産を子会社化(2018年)
- 2.2 積水化学工業<4204>がタッチパネル用フィルムメーカーの鈴寅を買収(2011年)
- 2.3 武蔵精密工業<7220>、JSR<4185>子会社のJMエナジーを買収(2020年)
- 2.4 東京ガス<9531>、米社の大規模太陽光発電事業を取得(2020年)
- 2.5 石油資源開発<1662>、三菱マテリアルエネルギーの石油製品販売事業を取得(2009年)
- 2.6 東京ガス<9531>、米Clean Capitalの系統用蓄電池事業を取得(2023年)
- 2.7 大崎電気工業<6644>、大崎エンジニアリング<6259>を完全子会社に(2016年)
- 2.8 日本曹達<4041>、仏Alkalineを買収しグリーンエネルギー関連参入(2012年)
- 2.9 日立<6501>・三菱電機<6503>・三菱重工業<7011>、水力発電システム事業を統合(2011年)
- 2.10 日本郵船<9101>、太平洋海運<9123>を子会社化(2009年)
- 2.11 相鉄ホールディングス<9003>、チェンジHD<3962>傘下のトラストバンクからGX事業を取得(2024年予定)
- 2.12 東急不動産ホールディングス<3289>、再生エネ事業のリニューアブル・ジャパン<9522>をTOBで子会社化(2024~2025年予定)
- 2.13 東京ガス<9531>、米国系統用蓄電池事業の「Longbow蓄電池事業」取得(2023年)
- 2.14 大崎電気工業<6644>、大崎エンジニアリング<6259>を完全子会社化(2016年)
- 2.15 日本曹達<4041>、フランスAlkaline買収(2012年)
- 2.16 日立製作所<6501>・三菱電機<6503>・三菱重工業<7011>、水力発電システム事業の統合(2011年)
- 2.17 日本郵船<9101>、太平洋海運<9123>を子会社化(2009年)
- 2.18 富士電機<6504>、ルネサスエレクトロニクス<6723>子会社の津軽工場を取得(2012年)
- 2.19 日清紡HD<3105>、日本無線<6751>をTOBで子会社化(2010年)
- 2.20 石原産業<4028>、自家発電事業を四日市エネルギーサービスへ譲渡(2008年)
- 2.21 伯東<7433>、受託分析サービスのクリアライズを子会社化(2024年)
- 2.22 大和証券グループ本社<8601>、エネルギー・インフラ投資ファンドのIDIインフラストラクチャーズを子会社化(2016年)
- 2.23 電算システム<3630>、ガソリンスタンド向けシステム開発のガーデンネットワークを買収(2014年)
- 2.24 日本風力開発<2766>、風力発電事業の若美風力開発を譲渡(2014年)
- 2.25 電源開発<9513>、豪ジェネックス・パワーを買収(2024年)
- 2.26 日本エスコン<8892>、第三者割当増資で中部電力<9502>の子会社に(2021年)
- 2.27 日本風力開発<2766>、子会社の江差風力開発を豊田通商グループに売却(2012年)
- 2.28 電気興業<6706>、小形風力発電機メーカーのゼファーを子会社化(2016年)
- 2.29 大和ハウス工業<1925>、米CastleRockを子会社化(2021年)
- 2.30 日本エコシステム<9249>、経営コンサルティング事業を取得(2023年)
- 2.31 大和ハウス工業<1925>、エネサーブ<6519>をTOBで完全子会社化(2008年)
- 3. 事業ポートフォリオ再編によるM&A事例
- 4. エネルギー業界でM&Aが活性化する要因
- 5. M&Aによるシナジーとリスク
- 6. 今後の展望と企業戦略
- 7. まとめ
1. エネルギー業界M&Aの主な背景・目的
1.1 市場環境の変化と総合力強化
エネルギー業界は、世界規模で再生可能エネルギーの導入が加速し、同時に化石燃料の消費削減を図るグローバルな潮流に直面しています。一方、エネルギー消費の需要そのものが大きく減るわけではなく、よりクリーンで高効率なエネルギーへの転換を見据える必要があります。そのため、多くの企業が燃料の供給のみならず、発電設備の開発・建設からアフターサービスまでをトータルに提供できる体制づくりを目指しており、必要な技術やノウハウをM&Aで獲得するケースが増えています。
1.2 コスト競争力強化とリスク分散
資源価格が乱高下する中、燃料調達コストや輸送コストの最適化、規模の経済を活かした事業再編などがM&Aによる大きな狙いになっています。国際競争力を維持するには、サプライチェーン全体を通じた効率化が欠かせません。M&Aを通じてコスト構造を改善したり、複数地域への進出でリスクを分散したりといった戦略がとられることも多いです。
1.3 技術革新と新規市場開拓
再生可能エネルギー分野は技術革新のスピードが速く、太陽光パネルやバイオマス燃料、風力・地熱発電などの技術開発が競争優位を大きく左右します。スタートアップ企業や海外の有力企業を買収・提携することで、新規市場への参入や新技術の早期獲得を狙うケースが増えています。
1.4 規制緩和と政策誘導
国内では電力自由化や固定価格買取制度(FIT)の導入など、政策的な後押しによって再生可能エネルギー事業への参入機運が高まりました。しかし、近年は買取価格の引き下げ・上限設定など、制度変更も進んでいます。こうした動きに対応するため、M&Aによって設備・開発案件をまとめて取得し、事業リスクを分散する事例が増えています。
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2. 事例にみるエネルギー関連M&Aの形態とポイント
本節では、実際に公表されているいくつかのM&A事例をもとに、それぞれの狙いや特徴を解説いたします。各社がなぜ統合を決断したのか、どのようなシナジーを期待しているのかに着目しながら整理していきます。
2.1 東京センチュリー<8439>が神鋼不動産を子会社化(2018年)
概要
東京センチュリーは、神戸製鋼所の100%子会社である神鋼不動産の株式70%を697億円で取得し子会社化しました。
不動産開発企業の取得は、航空機・船舶・環境エネルギーと並ぶ重点事業分野としての位置づけの拡大が背景にあります。加えて、東京センチュリーにとっては、総合リース会社の枠を超えた多角的事業への進出により、収益基盤を一層安定させる狙いがあるといえます。
一方、売り手側の神戸製鋼所は財務強化策の一環として不動産子会社を売却し、データ改ざん問題で傷んだ経営状況への危機感を払拭したいという思惑が見受けられました。
エネルギー業界との関わり
直接的には不動産取得という形ですが、東京センチュリーは環境・エネルギー分野にも注力しており、不動産事業との複合的な事業展開が可能になることが指摘されています。たとえば大規模な再生エネルギープロジェクトの開発時に不動産の知見が必要となる場面が増えており、リース事業と不動産事業の両軸を持つことで多面的に需要を掘り起こせる効果が期待できます。
2.2 積水化学工業<4204>がタッチパネル用フィルムメーカーの鈴寅を買収(2011年)
概要
積水化学工業は、タッチパネル用フィルムを製造・販売する鈴寅を買収しました。積水化学工業はプラスチック加工技術を主力とし、住宅やインフラ、メディカル領域まで多岐にわたっています。
このM&Aによってタッチパネル関連部材への進出が可能になり、加えて太陽電池や燃料電池などのエネルギー分野での新製品開発にも寄与すると発表しています。
エネルギー分野との関連性
積水化学工業は住宅の断熱・省エネ技術で知られていますが、近年はエネルギー分野にも注力しています。太陽電池、燃料電池などの次世代エネルギー製品開発においては、多層フィルム技術や複合材料が大きなカギを握ります。タッチパネル用フィルムメーカーの買収は一見すると家電領域寄りに感じられますが、フィルム技術は太陽電池用保護フィルムなどにも応用可能なため、新エネルギーへの展開が有力視されています。
2.3 武蔵精密工業<7220>、JSR<4185>子会社のJMエナジーを買収(2020年)
概要
武蔵精密工業はリチウムイオンキャパシター製造を手がけるJMエナジーの株式80%を取得し子会社化しました。
リチウムイオンキャパシターは、電気二重層キャパシターとリチウムイオンバッテリーの技術を掛け合わせ、エネルギー密度を大幅に高めた蓄電デバイスです。自動車の電動化が加速するなか、搭載蓄電装置への需要が高まるなかで、開発・生産技術を取り込んで新たな事業領域を拡大する狙いがあります。
ポイント
自動車部品メーカーとしての武蔵精密工業が、より高度な電動化ソリューションを提供するために、蓄電池分野での独自技術を獲得し、車載用途を中心に事業を強化する取り組みの一環です。環境対応車やEV市場の成長が見込まれる以上、高性能バッテリー・キャパシターの技術を早期に獲得することは競争力維持のうえで極めて重要です。
2.4 東京ガス<9531>、米社の大規模太陽光発電事業を取得(2020年)
概要
東京ガスは米再生可能エネルギー開発事業者のヘカテエナジーがテキサス州で進める大規模太陽光発電事業を取得すると発表しました。
同事業は米テキサス州の電力卸市場(ERCOT)への販売を予定しており、最大出力63万kWという大規模な太陽光発電プロジェクトです。東京ガスにとって海外太陽光発電事業への初参入となり、約490億円を投じて現地子会社を設立し事業運営を担うとしています。
背景と狙い
東京ガスは国内の都市ガス事業で安定収益を確保してきましたが、電力自由化の進展や海外展開など新たな収益源の獲得に積極的です。米国は再エネ導入が急拡大している市場であり、発電事業への投資機会を窺っていた東京ガスにとって、有望な案件を取得できる好機となりました。
2.5 石油資源開発<1662>、三菱マテリアルエネルギーの石油製品販売事業を取得(2009年)
概要
石油資源開発は、三菱マテリアルエネルギーの石油製品販売事業を会社分割により承継し、新会社のジャペックスエネルギーの株式90%を取得しました。
石油資源開発は天然ガスパイプラインやLNG販売促進を進める企業で、全国の営業拠点を持つ三菱マテリアルエネルギーの事業を取り込むことで、LNGの新規需要開拓を図るという狙いがあります。
ポイント
従来の石油製品販売を足がかりにLNGなどクリーンエネルギーへの転換を進めようとする意図が見られます。日本国内でのガスインフラ拡充は、脱炭素社会への移行期間においても重要であり、ガス事業拡大に向けた企業間提携は今後も期待されます。
2.6 東京ガス<9531>、米Clean Capitalの系統用蓄電池事業を取得(2023年)
概要
東京ガスは米国のClean Capital Partnersが開発する「Longbow蓄電池事業」を取得することを発表しました。テキサス州ERCOT市場へエネルギーを供給する系統用蓄電池(174MW)プロジェクトです。
太陽光発電・風力発電など再エネの変動を調整する蓄電池の需要は、高い成長が見込まれており、東京ガスは需給調整ビジネスへの足がかりを強化しています。
2.7 大崎電気工業<6644>、大崎エンジニアリング<6259>を完全子会社に(2016年)
概要
大崎電気工業は、大崎エンジニアリングへの公開買付け(TOB)を実施し完全子会社化しました。大崎エンジニアリングはエネルギー・照明関連装置などを設計・製造しています。
両社の一体経営により、新規顧客開拓や施策の実行を迅速化する狙いがあります。
2.8 日本曹達<4041>、仏Alkalineを買収しグリーンエネルギー関連参入(2012年)
概要
日本曹達は、フランスのAlkaline SASを買収し、金属ナトリウムの製造体制を獲得しました。金属ナトリウムはグリーンエネルギーにおける蓄電池素材等で需要が高まっていることから、同社はエネルギー関連事業へ本格参入する足がかりを得ました。
2.9 日立<6501>・三菱電機<6503>・三菱重工業<7011>、水力発電システム事業を統合(2011年)
概要
日立、三菱電機、三菱重工業の3社は水力発電システム事業を統合して新社「エイチエム水力」を設立しました。再生可能エネルギーの一つである水力発電は国内更新需要だけでなく、新興国での需要増も見込まれていますが、欧州・中国メーカーとの競合が激化しており、3社の経営資源を集約して事業競争力を高める戦略です。
2.10 日本郵船<9101>、太平洋海運<9123>を子会社化(2009年)
概要
日本郵船は太平洋海運の第三者割当増資を引き受け持ち株比率を大幅に引き上げ、株式交換によって完全子会社化する方針を決定しました。
太平洋海運は油槽船などエネルギー輸送船隊を擁し、日本郵船グループのエネルギー輸送事業の一端を担ってきました。外国用船社の契約解約などで経営が不安定化していたため、子会社化によって再構築を図るのが狙いです。
2.11 相鉄ホールディングス<9003>、チェンジHD<3962>傘下のトラストバンクからGX事業を取得(2024年予定)
概要
相鉄ホールディングスは、トラストバンクが持つGX(グリーントランスフォーメーション)事業を会社分割により設立する新会社を買収予定。トラストバンクはふるさと納税運営で知られる企業ですが、GX事業においてはエネルギーの地産地消など再エネ活用にも取り組んでおり、それを相鉄沿線の自社施設活用に活かす狙いです。
取得価額は非公表で、2024年9月30日を予定していましたが、10月1日に変更の発表がなされています。
2.12 東急不動産ホールディングス<3289>、再生エネ事業のリニューアブル・ジャパン<9522>をTOBで子会社化(2024~2025年予定)
概要
東急不動産HDは、再生可能エネルギー事業を手がけるリニューアブル・ジャパン(RJ)を最大320億円ほどで買収する方針を発表しました。RJの代表取締役社長とのMBOも絡めて、同社を完全子会社化したのち、一部株式を再度経営陣が取得し経営を続けるスキームです。
RJは太陽光発電を中心に設立されましたが、今後のFIT終了を見据えた事業戦略において、大手不動産会社の傘下に入ることで持続成長を目指すとしています。
2.13 東京ガス<9531>、米国系統用蓄電池事業の「Longbow蓄電池事業」取得(2023年)
上述の通り、系統用蓄電池は再エネ主力電源化で需要が高まっている分野です。大規模な太陽光や風力の導入時には需給調整が不可欠なため、欧米ではこうした蓄電システム事業への投資が加速しています。東京ガスの狙いは、需給調整マーケットでのビジネスモデル確立です。
2.14 大崎電気工業<6644>、大崎エンジニアリング<6259>を完全子会社化(2016年)
計測器やエネルギー制御装置の製造・販売を行う大崎電気工業が、大崎エンジニアリングをTOBにより完全子会社化しました。FPD関連装置やセンサーデバイスなどを中核とする大崎エンジニアリングとの一体経営で、積極的な新規顧客開拓と経営スピード向上を図っています。
2.15 日本曹達<4041>、フランスAlkaline買収(2012年)
金属ナトリウムなど化学製品の製造を手がけるAlkaline SASを買収し、グリーンエネルギー関連への需要増に対応した事業参入を実現しました。日本曹達は2006年度には金属ナトリウム生産から撤退していましたが、近年の電池・蓄電関連需要拡大に伴い、高品質な金属ナトリウムへの需要が急速に高まっていることが背景です。
2.16 日立製作所<6501>・三菱電機<6503>・三菱重工業<7011>、水力発電システム事業の統合(2011年)
再生可能エネルギーとして水力発電は古くから利用されていますが、更新需要の継続と海外新興市場での高成長が期待されるなか、大手3社が共同出資で新会社を立ち上げ、国内外での競争力を高めようとする動きは当時注目されました。クリーンエネルギーとして、政府のエネルギー政策においても中長期的に重要な電源となっています。
2.17 日本郵船<9101>、太平洋海運<9123>を子会社化(2009年)
主力のエネルギー輸送を担う関係会社をグループ内に完全統合し、財務基盤の安定を目指す動きです。大型石油タンカーや木材チップ船、LNG船など、輸送ニーズの多様化・安定化が海運大手にとって重要なテーマであり、関連事業会社との一体化が経営効率を高めると判断したとされています。
2.18 富士電機<6504>、ルネサスエレクトロニクス<6723>子会社の津軽工場を取得(2012年)
富士電機はパワー半導体事業を拡大し、エネルギーや環境事業を支える主要製品ラインナップを強化する狙いで半導体製造拠点を取得しました。津軽工場は自動車電装向けなどを生産しており、電動化が進む自動車関連分野を取り込むことは富士電機にとって大きな意義があります。
2.19 日清紡HD<3105>、日本無線<6751>をTOBで子会社化(2010年)
太陽電池製造装置や蓄電装置事業などエネルギー分野での協業体制を強化する目的で、日本無線をTOBし持ち分法適用から子会社化へ移行しました。日本無線は高周波や通信関連で定評があり、日清紡HDとの連携による新技術開発や顧客拡大を見込んだ事例です。
2.20 石原産業<4028>、自家発電事業を四日市エネルギーサービスへ譲渡(2008年)
自社工場における自家発電事業を外部事業者に譲渡し、安定的なエネルギー供給を受ける一方、設備コスト負担を軽減する戦略です。工場用の動力源を外部委託する動きは、エネルギーコスト削減および専門業者による効率化が図れる点が評価されています。
2.21 伯東<7433>、受託分析サービスのクリアライズを子会社化(2024年)
伯東はエレクトロニクス商社として様々な事業分野に展開していますが、受託分析サービス企業を取り込むことで、製造・エネルギー・ヘルスケア業界向けの顧客支援体制を強化しています。素材評価や検査・分析は、バッテリーや燃料電池などエネルギー関連技術の開発・品質向上には欠かせない要素であり、このM&Aを通じて提供可能なサービスの幅を広げています。
2.22 大和証券グループ本社<8601>、エネルギー・インフラ投資ファンドのIDIインフラストラクチャーズを子会社化(2016年)
エネルギーやインフラ関連分野への投融資に特化したファンド運営会社を子会社化することで、大和証券グループとしてインフラ事業投資のノウハウ獲得や事業拡大を進めました。電力自由化や再生可能エネルギー普及に伴う大型投資案件の増加を見据えて、金融セクターも積極的に専門ファンドを取り込む動きが見られます。
2.23 電算システム<3630>、ガソリンスタンド向けシステム開発のガーデンネットワークを買収(2014年)
エネルギー多様化が進む中、ガソリンスタンドも経営多角化が求められています。電算システムは決済サービスやクラウド事業などIT関連を本業としながら、ガソリンスタンド向けシステム開発企業を取得することで、IT×エネルギー分野のシナジーを見込んだ事例です。
2.24 日本風力開発<2766>、風力発電事業の若美風力開発を譲渡(2014年)
風力発電事業者の日本風力開発が、秋田県男鹿市での開発プロジェクトを他社と共同で進めるため、開発会社の51%を英国RESグループに売却した事例です。FIT(固定価格買取制度)導入により全国的に風力発電所が増えている時期でしたが、開発費用やノウハウ不足などのリスク回避のため、海外の再エネ大手との連携が選択された形となります。
2.25 電源開発<9513>、豪ジェネックス・パワーを買収(2024年)
Jパワーとして知られる電源開発が、オーストラリアの再エネ企業ジェネックス・パワーを約346~376億円で買収し、揚水発電や太陽光、風力といった多様な発電ポートフォリオを獲得する事例です。オーストラリアは2050年カーボンニュートラルを目指しており、再エネ発電所や蓄電設備が拡大する市場への本格参入です。
2.26 日本エスコン<8892>、第三者割当増資で中部電力<9502>の子会社に(2021年)
不動産開発を手がける日本エスコンが、中部電力を引受先とする増資を実施し、持ち株比率を大幅に引き上げられた事例です。不動産開発にエネルギー供給・設備工事やスマートハウス開発といった付加価値を取り込む狙いで、エネルギー供給会社と不動産開発会社の資本提携は今後も拡大する可能性があります。
2.27 日本風力開発<2766>、子会社の江差風力開発を豊田通商グループに売却(2012年)
財務体質が悪化した日本風力開発が、北海道江差町の風力発電所を豊田通商子会社のユーラスエナジーに譲渡し経営改善を図った事例です。風力発電事業は設備投資が大規模になりやすく、資金繰りや運営リスクを抱える中小事業者にとって、大手商社への譲渡は選択肢の一つとなっています。
2.28 電気興業<6706>、小形風力発電機メーカーのゼファーを子会社化(2016年)
電力設備など通信インフラ関連を手がける電気興業が、小型風力発電機製造のゼファーを傘下に迎えました。国内では太陽光に比べて風力は遅れをとるとも言われてきましたが、地域分散型エネルギーとしての小型風力需要も増えており、製品ラインナップの拡充が狙いです。
2.29 大和ハウス工業<1925>、米CastleRockを子会社化(2021年)
戸建住宅や宅地分譲開発を専門とするCastleRockを買収し、米南部テキサス州へ本格進出を図る事例です。テキサス州は石油産業を背景に人口流入も多く、近年はハイテク産業の集積も進んでいます。エネルギー業界そのものの買収ではありませんが、テキサスの石油・エネルギー事情を背景に新たな住宅需要が生まれている地域での事業強化として捉えられます。
2.30 日本エコシステム<9249>、経営コンサルティング事業を取得(2023年)
再生可能エネルギー発電設備の開発や、道路・トンネルなどのインフラ補修にも取り組む日本エコシステムが経営コンサルティング事業を買収するという一見異なる分野の案件です。しかしM&A推進を成長戦略とする日本エコシステムとしては、社内でM&A戦略立案・統合支援を強化する意味合いがあります。エネルギー業界を横断的にみると、こうした「経営ノウハウの買収」を行う企業も増えています。
2.31 大和ハウス工業<1925>、エネサーブ<6519>をTOBで完全子会社化(2008年)
電力小売り・省エネサービスのエネサーブを買収した事例で、大和ハウスは省エネルギーを重視した住宅・建築とのシナジーを追求しています。住宅業界では太陽光発電や蓄電池との組み合わせも重要視されており、エネサーブの技術や顧客基盤を取り込むことで、より総合的なサービス提供を目指す戦略です。
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3. 事業ポートフォリオ再編によるM&A事例
3.1 ベインキャピタルによる雪国まいたけ<1378>TOB(2015年)
きのこメーカーの雪国まいたけがエネルギー価格高騰や震災後の風評被害によって経営悪化した状況で、米投資ファンドベインキャピタルの支援を受けた事例です。直接的にはエネルギー業界のM&Aではありませんが、工場稼働におけるコスト負担(エネルギー含む)が経営に影響し、ファンドにより再構築を図るケースです。食品関連企業も高コストの影響からファンドの買収対象になる例が増えています。
3.2 日本アジア投資<8518>、電熱供給事業のJENホールディングス売却(2011年)
投資会社がエネルギー関連会社を売却するパターンで、財務投資としての色彩が強いM&Aです。再生エネルギー分野の企業がファンドや投資会社に支援を仰ぐケースも多く、成長期には積極的に資金注入し、事業安定後に売却するビジネスモデルです。
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4. エネルギー業界でM&Aが活性化する要因
- 再生可能エネルギーの普及加速
世界各国の規制や補助金制度により、太陽光、風力、バイオマス、地熱などの発電所が急増し、設備投資額が大きく拡大しています。そのため、風力発電所を開発中の企業や太陽光発電システムのメーカーが大手企業に買収される動きは増加の一途を辿っています。 - 電力・ガス自由化による競争激化
日本では電力とガスの小売全面自由化を背景に、新規参入事業者が増えた一方、需要の頭打ちや既存電力会社との競争で不採算リスクが高まりました。そこで、事業の選択と集中を図るため、中堅企業が事業売却するケースが増えています。 - 技術融合と国際展開
先端素材やパワー半導体、蓄電池、IoT、AIなど多様な技術分野がエネルギー事業と融合し、スマートグリッドやEVインフラなど新たなマーケットを形成しています。今後は海外市場への進出や現地パートナーとの合弁設立・買収がいっそう重要となり、さらにM&Aが活発化すると予想されます。 - 脱炭素化圧力とESG投資の拡大
企業の株価や資金調達コストにESG要素が反映される傾向が強まる中、化石燃料中心の企業はポートフォリオ見直しを迫られています。石油・ガス開発企業が再エネ事業会社を買収し、ガス事業会社が太陽光発電・蓄電池会社を取り込むなど、ポートフォリオの組み替えが加速しています。
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5. M&Aによるシナジーとリスク
5.1 シナジー
- 事業領域拡大
太陽光や風力、バイオマスなど異なる再生エネルギーのノウハウを抱える企業との統合により、複数のエネルギー源をラインナップに加え、多角的に顧客へ提案が可能となります。 - 技術共有
蓄電池やパワー半導体などの新技術は開発に時間・コストがかかるため、既に技術を持つ企業を買収することで開発期間を短縮できます。電力制御、AI制御技術などを統合すれば、次世代スマートグリッドなどに向けた強力なビジネスモデルの構築が期待できます。 - スケールメリット・コスト削減
大規模な設備投資が必要なエネルギー事業では、発電所建設や燃料調達、研究開発費などの固定費負担が大きいです。M&Aで企業規模を拡大することで、部材調達コストの削減や設備の稼働率向上が見込まれます。 - 売上拡大と安定性
発電事業はFITのような制度に支えられる部分もありますが、政策変更リスクも高いです。従来の電力会社・ガス会社などと組むことにより、顧客基盤を相互補完し、契約獲得のチャンスを増やす効果が得られます。
5.2 リスク
- 政策変更リスク
再生エネルギーの固定価格買取制度の買取価格が大幅に下落するケースや、補助金・規制制度の変化により収益計画が崩れる可能性があります。M&Aの際には将来の法改正などに備えたシナリオ分析が重要です。 - 統合の難しさ
エネルギー事業は技術要素が強く、文化の異なる企業を統合する際には組織間の衝突が起こりやすいです。また、異業種参入で理解不足により技術者の流出やプロジェクトの遅延が発生するリスクもあります。 - 資金調達と債務
大規模発電所の建設には数十億から数百億円単位の資金が必要です。企業買収額に加え、プロジェクトファイナンスなどの調達環境が不利になると、一気に財務リスクが高まります。 - 環境リスク・立地リスク
風力発電所では風況、太陽光では日照、バイオマスでは燃料調達など、立地や自然環境に大きく影響される点があります。期待どおりの発電量を確保できなければ収益計画に支障をきたします。
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6. 今後の展望と企業戦略
エネルギー業界は引き続き大きな転換期にあり、国内外のさまざまな動きが今後加速すると考えられます。
- 化石燃料企業による再生エネ転換
世界の主要石油会社(メジャー)が再生エネルギーや蓄電事業への投資を拡大しています。ENEOSや出光興産、三菱商事など国内でも石油・資源企業が次々と再エネ事業会社を買収し、ポートフォリオを変更する事例が増えています。 - 電力会社の海外進出
東京ガス、関西電力、九州電力などが海外での再エネ発電案件に投資する流れが強まっています。国内需要の伸び悩みや競争激化を背景に、米国やアジアなど成長市場での収益源獲得が急務だからです。 - 商社・金融業のエネルギー投資強化
総合商社はこれまで資源開発に注力してきましたが、脱炭素やEV化に対応するために蓄電池素材や再エネファンドへの出資を積極化しています。金融業もインフラファンドやプロジェクトファイナンスの知見を得るため、M&Aや共同出資を盛んに行っています。 - DX、AI、IoTなどの新技術融合
大規模発電所を高効率に運営するためのリアルタイム監視・制御技術が求められています。IT・ソフトウエア企業がエネルギー関連企業を買収する、または逆にエネルギー会社がIT企業を取り込むといったクロスボーダーのM&Aが増える可能性があります。 - 地域密着型エネルギー事業の拡大
地方自治体や地域企業と提携し、地域のバイオマスや小型水力、地熱などを活用する動きが拡大しています。規模は大手ほどではないものの、自治体が関連会社を売却するケースや、市町村と共同でSPCを設立するなど、地域エネルギーのM&A・資本提携が進むでしょう。
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7. まとめ
エネルギー産業は、社会インフラとして非常に重要な位置を占める一方、世界的な脱炭素や資源制約、価格変動、技術革新といった複合的な要素が絡む難しい産業でもあります。そのため、事業継続や技術革新、競争力の確保を目的としたM&Aの意義はますます大きくなっています。
本記事で取り上げたように、M&Aの狙いは多岐にわたります。具体的には下記のようなポイントが挙げられます。
- 事業の再編・選択と集中
不採算部門や非中核事業を切り離し、クリーンエネルギー分野や新たな成長領域に集中する。 - 新技術獲得・製品ラインアップ拡充
バッテリー技術、パワー半導体、AIなど再エネ・蓄電関連技術を素早く手に入れるため、研究開発企業を買収。 - 海外展開
国内需要減や競争激化を受け、アメリカや欧州、アジアなどの市場を狙って国際的なM&Aを行い、発電所や燃料資源へのアクセスを確保。 - 顧客基盤の相互補完
都市ガス会社が不動産会社を買収したり、電力会社がエンジニアリング企業を子会社化したりすることで、複合サービスを提供しやすくする。
また、エネルギー業界でのM&Aは規模や金額が大きくなりやすい反面、開発期間が長期にわたることも少なくありません。そのため、買収後のPMI(Post Merger Integration:統合プロセス)では、長期視点での収益予測やリスク管理が不可欠です。技術者同士の連携や文化の統合といった組織運営面での課題も見逃せないでしょう。
いずれにしても、世界全体がカーボンニュートラルや脱炭素社会の達成を目標として定める中で、化石燃料主体から再生可能エネルギー主体へのエネルギー転換は急務となっています。市場が成熟しつつある太陽光発電などから、今後は洋上風力や水素・アンモニア、蓄電池ビジネスなど新たな分野へ重点が移る可能性も高いです。その最前線にある企業同士のM&Aは、技術革新と市場シェアの主導権を握る上で極めて重要な戦略と言えます。
今後も各社の動向を注意深く見守ることで、日本のみならずグローバルなエネルギー産業の方向性がより明確に見えてくるでしょう。社会的要請が強い脱炭素や環境負荷低減をどのように実現していくかが、経営戦略の中核テーマとなり、その中でのM&Aがますます活発化することは間違いありません。企業による相次ぐ提携や子会社化は、エネルギー市場の未来を左右する非常に重要な動きとなっていくと考えられます。

株式会社M&A Do 代表取締役
M&Aシニアエキスパート・相続診断士
東京都昭島市出身。慶應義塾大学理工学部を卒業後、大手M&A仲介会社にて勤務し、その後独立。これまで製造業・工事業を中心に友好的なM&Aを支援。また父親が精密板金加工業、祖父が蕎麦屋、叔父が歯科クリニックを経営し、現在は父親の精密板金加工業にも社外取締役として従事。