- 1. はじめに
- 2. 建材業界M&Aの主な狙い
- 3. 主要M&A事例の紹介
- 3-1. 日鉄物産や日鉄住金物産による鉄鋼系薄板・建材関連企業の買収
- 3-2. 飯田グループホールディングス<3291>によるロシア林業グループ子会社化
- 3-3. 日創プロニティ<3440>によるマルトクの子会社化
- 3-4. 名古屋木材<7903>のMBOによる非公開化
- 3-5. 相鉄ホールディングス<9003>の相鉄興産譲渡
- 3-6. 東京インキ<4635>による荒川塗料工業子会社化
- 3-7. 保土谷化学工業<4112>による日本バンデックス子会社化
- 3-8. 大建工業<7905>・伊藤忠商事<8001>による北米など海外木質系建材会社の買収
- 3-9. 東海カーボン<5301>の欧州炭素黒鉛製品メーカー買収
- 3-10. 西武ホールディングス<9024>の西武建材譲渡
- 3-11. 大日本木材防腐<7907>のMBO
- 3-12. 綿半ホールディングス<3199>のスポンサー支援やFC事業拡大
- 3-13. 文化シヤッター<5930>の海外展開
- 3-14. トーヨーアサノ<5271>によるセグメント事業譲渡や建材事業の取捨選択
- 3-15. ブリヂストン<5108>による米国子会社ファイアストン・ビルディング・プロダクツ売却
- 3-16. ひかりホールディングス<1445>のタイル工事・煉瓦工事会社の買収
- 3-17. ノダ<7879>によるインドネシア工場SIWI社の完全子会社化
- 3-18. ドイツ建材大手クナウフによるチヨダウーテ<5387>のTOB
- 3-19. タキロン<4215>(現タキロンシーアイ)と伊藤忠商事<8001>傘下のシーアイ化成の合併
- 3-20. ナイス<8089>によるセレックスホールディングス子会社化
- 4. M&Aがもたらす効果とリスク
- 5. 建材業界M&Aの今後の方向性
- 6. まとめ・今後の展望
1. はじめに
日本の建材業界は、住宅や商業ビル、公共施設をはじめとする建築物の新築やリフォーム工事などにおいて、非常に重要な役割を担ってまいりました。長きにわたり安定的に需要が見込める一方で、国内では少子高齢化や住宅着工戸数の減少、公共事業の縮小傾向などにより、市場規模の頭打ちや競争の激化が懸念されています。
こうした中、多くの建材メーカーや建材関連企業は、業界再編や新市場開拓、海外展開などを重要戦略と位置づけるようになりました。その具体的な手段のひとつとして活発化しているのが、企業の合併・買収、いわゆるM&Aです。
M&Aは、それぞれの企業が単独で事業を展開するよりも生産効率やマーケティング力の向上、技術力や製品ラインアップの補完、地域展開の強化などを実現しやすい方法として注目を集めています。また、国内では需要の先細りが見込まれる領域もある反面、リフォームやリノベーションといった分野が伸びており、長期的に安定成長するためには、効率的かつ多様な顧客層に対応したビジネスモデルが求められているのです。
本記事では、近年公表されてきた建材業界における具体的なM&A事例を取り上げ、それらの意義や目的、背景、今後の展望などを総合的に考察してまいります。加えて、日本の建材業界が置かれている現状や将来的な課題、海外市場におけるM&Aの視点などもあわせてご紹介いたします。少々長文ではございますが、皆様の今後の経営判断や市場分析に役立つ情報となれば幸いです。
2. 建材業界M&Aの主な狙い
2-1. 国内需要の先細りを踏まえた「シェア拡大」と「競争力強化」
日本における新築住宅の着工件数は、長期的に減少傾向にあります。また、公共投資もピーク時に比べて規模が小さくなり、国内の建築需要を取り巻く環境は必ずしも楽観できるものではありません。こうした背景から、企業は競合他社を買収するなどして、早期にシェアを拡大し、スケールメリットを得ることで競争力を高めようとしています。
具体的には、販売網の拡充や物流コスト削減、あるいは営業拠点の統合といった施策が想定されます。買収先の企業がもともと有していた顧客基盤や取引実績を活用することで、自社単独では獲得しにくい市場シェアを獲得し、収益を底上げできるのがメリットです。
2-2. 海外市場への進出とグローバル競争力の確保
国内市場の伸び悩みに対して、海外市場、特にアジア地域や北米、オセアニアなどは今後も比較的堅調な成長が期待されています。そこで、日本国内の企業は「海外企業の買収」あるいは「海外向け事業を強化する企業の買収」などを通じて、新たな市場を取り込み、グローバル競争力を確保しようとしています。
木材資源の確保をはじめ、欧州や北米の高度な技術を習得しつつ、生産拠点を世界規模で再配置し、原材料の安定供給や物流の効率化を図る狙いも背景にあります。特に、ウッドショックが話題となったように、世界的な資材価格の高騰や需要の集中が進む状況で、安定した木材や鉱物資源の調達ルートを確保することは建材企業にとって死活的に重要です。
2-3. 製品ラインアップと技術力の強化
建材業界では、製品の差別化が大きなテーマとなっています。高機能・高付加価値化、環境配慮型の商材、リフォーム向け商材、内装・外装を問わず柔軟に対応できる商材など、多様なニーズに合わせた提案が求められます。そこで、異なる技術領域や製品ポートフォリオを持つ企業とのM&Aにより、製品ラインアップを拡充し、より包括的な建築ソリューションを提供できるようにするのです。
特に環境配慮型製品や、SDGs(持続可能な開発目標)に対応した商品群などを充実させる動きが活発化しています。省エネルギー性能の高いサッシや断熱材、環境負荷の低い新素材などの開発・販売を強化する企業同士のM&Aが増えることで、建材業界全体の技術水準向上にも寄与すると考えられます。
2-4. ビジネスモデルの多角化
近年は、木材や金属など単一素材に依存してきた企業が、自社の資材ノウハウを活かして新分野へ多角化するケースが増えています。例えば、タイルや石材メーカーが内装全般に事業を拡張する、あるいは住宅建材だけでなく公共工事や産業用資材へ領域を広げるなど、その動きはさまざまです。
こうした多角化を進めるうえでも、M&Aによる新技術・新事業の獲得は有効です。既存分野とは異なるノウハウを持つ企業を傘下に置くことで、スピーディーに新事業を立ち上げられる可能性が高まります。
3. 主要M&A事例の紹介
ここからは、実際に公表されている建材業界のM&A事例を中心にご紹介しつつ、その背景や狙いについて考察してまいります。取り上げる事例は以下の通りです。
- 日鉄物産<9810>による月星商事(NST日本鉄板を通じて子会社化)
- 日鉄住金物産<9810>による日本鐵板の子会社化
- 飯田グループホールディングス<3291>によるロシア最大級林業グループの子会社化
- 日創プロニティ<3440>による木材加工・販売のマルトク子会社化
- 名古屋木材<7903>のMBOによる株式非公開化
- 相鉄ホールディングス<9003>の相鉄興産譲渡
- 東京インキ<4635>による荒川塗料工業子会社化
- 保土谷化学工業<4112>による日本バンデックス子会社化
- 大建工業<7905>と伊藤忠商事<8001>による海外合弁・海外建材企業買収
- 東海カーボン<5301>による海外炭素黒鉛製品メーカー買収
- 西武ホールディングス<9024>による西武建材譲渡
- 大日本木材防腐<7907>のMBOによる株式非公開化
- 綿半ホールディングス<3199>による征矢野建材へのスポンサー支援
- 綿半ホールディングス<3199>によるサイエンスホーム子会社化
- 日東紡<3110>による日東紡マテリアル売却
- 美濃窯業<5356>による岩佐機械工業子会社化
- 神戸製鋼所<5406>による神鋼建材工業と日鉄建材の道路関連事業統合
- 杉田エース<7635>によるフヨー子会社化
- 文化シヤッター<5930>による西山鉄網製作所子会社化、Windsorグループ買収など
- 福田組<1899>による北日本建材リース譲渡
- 村上開明堂<7292>による村上開明堂コンフォーム譲渡
- 三和ホールディングス<5929>によるカナダCreative Door Services買収
- 北川精機<6327>によるキタガワエンジニアリング譲渡
- 新日本建設<1879>による中国不動産開発子会社の譲渡
- 北の達人コーポレーション<2930>によるFM NORTH WAVE譲渡(住宅建材とは直接的関係薄いが参考)
- 塩見ホールディングス<2414>による北陸建材社やヤマト建材のMBO譲渡
- 住生活グループ(現LIXIL)<5938>による新日軽子会社化
- リケンテクノス<4220>によるアイエムアイの子会社化
- 黒崎播磨<5352>による建材事業売却
- 三協立山<5932>による海外アルミ事業買収や石川精機子会社化、他
- 岡部<5959>による米国ヴィムコ製造事業取得
- 宇部興産<4208>と三菱マテリアル<5711>によるセメント事業統合
- 高島<8007>による岩水開発子会社化や建材事業取得
- ホクシン<7897>と大建工業<7905>とのMDF販売会社C&H
- トクヤマ<4043>によるエクセルシャノン株式譲渡
- トーヨーアサノ<5271>による日本セグメント工業譲渡
- ブリヂストン<5108>による米国子会社の売却
- ひかりホールディングス<1445>によるスマート・ブリック、セラミックワン子会社化
- バナーズ<3011>による平成産業の子会社化
- ノダ<7879>によるインドネシアSIWI社の子会社化
- ドイツ建材大手クナウフによるチヨダウーテ<5387>のTOB
- タキロン<4215>(現タキロンシーアイ)と伊藤忠商事<8001>傘下のシーアイ化成合併
- ナイス<8089>によるセレックスホールディングス子会社化
- ハウスコム<3275>によるエスケイビル建材子会社化
- ミラタップ<3187>によるSUVACO事業取得
- クワザワ<8104>による建材社の子会社化
- コムシスホールディングス<1721>による東亜建材工業を株式交換により子会社化
- コマニー<7945>による南京捷林格建材の買収・譲渡など
- コーナン商事<7516>による建デポ子会社化
- ダイキアクシス<4245>によるアルミ工房萩尾子会社化
- ジューテックホールディングス(現ジオリーブグループ)<3157>のM&A事例
- サイタホールディングス<1999>による朝倉生コンクリート子会社化
- ウッドワン<7898>の中国子会社譲渡
- タケエイ<2151>による橋本建材興業子会社化
- エーアンドエーマテリアル<5391>による大昭和ユニボード子会社化やDICデコール買収
- アジアパイルホールディングス<5288>によるベトナム企業買収
- ジオリーブグループ<3157>による増田住建トーヨー住器やひらいHDの子会社化
- LIXIL(旧LIXILグループ)<5938>によるジャパンホームシールド譲渡やペルマスティリーザ売却、ホームセンター事業譲渡など
- ITbook<3742>によるアイニード子会社化(やや建材から外れるが雇用面等で建材企業の派遣活用事例に参考)
- IHI<7013>による石川島建材工業<5276>のTOB
- DCM Japan HD<3050>によるタカカツのホームセンター店舗譲受
これらは一部他業種との境界に位置する事例や、正確には建材ではない領域を含むケースもありますが、建築関連や住宅関連のサプライチェーンに属する動きとして有用な参考となります。
3-1. 日鉄物産や日鉄住金物産による鉄鋼系薄板・建材関連企業の買収
日鉄物産<9810>は、2020年8月にNST日本鉄板を通じて月星商事を子会社化し、日本製鉄グループ内でのサプライチェーン強化を図りました。月星商事が取り扱う表面処理鋼板やステンレス鋼板などは、建材薄板分野で重要な位置を占めており、日本製鉄グループの物流や流通効率をさらに高める狙いがうかがえます。
また、日鉄住金物産<9810>は2018年9月に日本鐵板を子会社化しています。建材薄板製品の販売に強みを持つ日本鐵板を傘下に収めることで、自動車・建材・インフラ分野の事業強化を推進しました。大手鉄鋼メーカー系列の商社として、川上から川下まで一貫してサプライチェーンを抑える動きが加速しています。
これらのケースは、同一グループ内の効率化やサプライチェーンの最適化という点で、建材や鉄鋼の供給をより安定させる目的がはっきりしています。自動車向けが多かった日鉄住金物産にとって、建材領域はさらなる成長が見込まれる市場でした。グループ内での結束を深めつつ、建材の競争力を底上げする狙いが感じられます。
3-2. 飯田グループホールディングス<3291>によるロシア林業グループ子会社化
飯田グループホールディングス<3291>は2021年12月、ロシア極東の大規模林区を保有する林業グループRussia Forest Productsを約600億円で買収すると公表しました。この背景には、国内住宅業界が世界的な木材需要の高まりによる“ウッドショック”に対応するため、自社で木材の安定確保を図るという切実な思惑があります。飯田グループは国内の戸建分譲住宅市場でシェアの約3割を占める大手ですが、大量の木材を継続して調達する必要があることから、林区を直接確保できるロシア企業を取り込む戦略に踏み切りました。
日本の住宅業界は海外材に大きく依存しており、世界的な木材需給の逼迫や価格高騰時には、大幅な収益圧迫を受ける可能性があります。こうしたリスクを避けるため、上流である森林事業者を子会社化することで、川下まで安定供給できる体制を整えることは合理的な戦略と言えます。
しかしながら、今回の買収後にロシア・ウクライナ情勢が深刻化するなど、地政学的リスクも浮上しました。ロシアは森林資源が豊富ではあるものの、欧米などからの経済制裁で資材供給が滞る懸念もあり、今後の動向には引き続き注目が必要です。
3-3. 日創プロニティ<3440>によるマルトクの子会社化
日創プロニティ<3440>は、2024年1月に木材加工・販売のマルトク(高松市)の全株式を取得し子会社化する予定です。マルトクは内装用木材や集成材の加工・販売に加えて、顧客が指定したサイズにカットして出荷するECサイトも運営しており、これらの販路とノウハウが注目されました。日創プロニティは金属、ゴム、タイルなど多彩な素材を扱っており、木材素材の加わることで住宅市場や建設建材市場向けのソリューションが拡大する見込みです。
ネット通販(EC)チャネルを持つ企業のM&Aは近年増加しており、とくにコロナ禍以降はオンライン購買ニーズの拡大によって、ECに強みを持つ会社の評価が高まっている傾向があります。
3-4. 名古屋木材<7903>のMBOによる非公開化
名古屋木材<7903>は1949年に名証2部へ上場していましたが、住宅需要の縮小に対応するため、経営のスピードアップや戦略的判断の柔軟性を重視し、2021年2月にMBO(経営陣による買収)を実施して株式を非公開化することを決定しました。同社社長が設立したNホールディングスがTOBを実施し、木材・建材に加え住宅設備やマンション事業などの分野でシナジーを追求する狙いがあります。
木材・建材事業を取り巻く環境は厳しく、業績改善や新ビジネスモデルへの転換を図るために上場廃止を選択するケースが散見されます。これは、株主への説明責任や開示コストを軽減し、速やかな組織再編を行うためには一つの有効な方法といえます。
3-5. 相鉄ホールディングス<9003>の相鉄興産譲渡
鉄道や不動産など多角化している**相鉄ホールディングス<9003>**は、骨材や生コン類の販売を手がける相鉄興産を総合建材商社に譲渡し、既存のグループ事業とのシナジーが薄れたノンコア事業を整理しました。鉄道会社は大規模宅地開発などと併行して建設資材事業を保有するケースが多かったのですが、宅地開発が落ち着いた今、売却を進める動きが広がっています。
鉄道大手や総合商社などが本業に近いとはいえ、業績改善が見込めない場合や大幅な投資が必要な場合、ノンコア事業の切り離しによるグループ全体の経営資源の最適配分を行う例の一つです。
3-6. 東京インキ<4635>による荒川塗料工業子会社化
東京インキ<4635>は、紙加工用塗料や建築用塗料の荒川塗料工業を完全子会社化しました(2021年1月)。インキ事業を軸とする東京インキにとって、塗料分野の拡張は技術面でのシナジーが期待されます。一方、荒川塗料工業も建材用コート剤など、近年需要が伸びる分野への進出を強化しており、双方が補完関係を築く形です。
このように、化学系メーカーの新分野参入という形で建材領域の企業買収を行うケースも増えています。建材コーティングや接着剤、断熱材など化学技術が鍵を握る領域では、業種をまたぐM&Aが活発化しているのです。
3-7. 保土谷化学工業<4112>による日本バンデックス子会社化
保土谷化学工業<4112>傘下の保土谷建材工業が、セメント系防水材を輸入・販売する日本バンデックスを子会社化(2008年)しました。ここでは、防水材の製品ラインアップを拡大し、両社の販売チャネルを相互活用することでシナジーを狙っています。また、のちには合併を視野に入れるなど、防水・防食工事分野での建材事業拡大に向けた取り組みの一環とみられます。
防水材や防食材は、橋梁やトンネルなどインフラ系の改修需要に不可欠であり、今後も一定規模の需要が期待されます。こうした工事分野への進出は、リフォームや補修需要を狙った動きの一部とも言えるでしょう。
3-8. 大建工業<7905>・伊藤忠商事<8001>による北米など海外木質系建材会社の買収
木質建材大手の**大建工業<7905>は、伊藤忠商事<8001>との資本業務提携を背景に、カナダのCIPA Lumberや米国のPACIFIC WOODTECH(PWT)**を相次いで子会社化しました。これら企業は北米で単板積層材(LVL)や単板などを製造し、高い技術力を持っています。大建工業にとっては、海外における素材・建材事業の強化が大きな戦略テーマで、伊藤忠商事が長年培ってきたグローバルネットワークを活かすことでスケールアップを図る狙いがあります。
また、2022年8月にはPWTを通じてLouisiana Pacificの住宅用構造材製造事業を買収することを決定し、それに合わせて伊藤忠と大建工業の出資比率調整も行われました。木造住宅の需要が相対的に安定している北米市場で、上流から下流までを自社グループ内で押さえる体制づくりが進んでいます。
3-9. 東海カーボン<5301>の欧州炭素黒鉛製品メーカー買収
東海カーボン<5301>がフランスのCarbone SavoieやドイツのCOBEXといった炭素黒鉛電極メーカーを買収した事例は、主にアルミ精錬分野での世界的需要拡大に対応するための動きです。アルミは車体軽量化や建材分野での使用拡大、飲料容器など多方面で需要が見込まれており、それを精錬する際に必要とされるカソードや炭素電極の製造ノウハウ・生産能力を確保する狙いがあります。
建材という観点では、アルミサッシや軽量パネルなどの需要拡大につながるため、こうした原材料・部品メーカーの拡充はサプライチェーン全体を支える重要な役割を果たします。東海カーボンがグローバル展開を加速させる背景には、日本国内だけでは需要の伸びが限定的という事情もあり、M&Aによる海外事業拡大を積極的に進めています。
3-10. 西武ホールディングス<9024>の西武建材譲渡
大手私鉄の西武ホールディングス<9024>も、グループ内で建材の製造販売を行う西武建材を東和アークス(さいたま市)に譲渡しました。こちらも不動産開発や関連事業があるとはいえ、グループ全体での経営資源の再編やアセットライト(軽資産化)化を進める意図が背景にあります。
かつては宅地開発を多く手がけていた私鉄系企業が、最近では主要事業でない分野からの撤退や選択と集中を進めることが増えてきました。鉄道グループは沿線開発への投資が重要ですが、景気変動や人口減少によりリスクが高まる中、少しでもキャッシュを生むノンコア事業は売却で処分し、本業強化に注力するのです。
3-11. 大日本木材防腐<7907>のMBO
大日本木材防腐<7907>は1921年の創業以来、老舗の建材メーカーとして名証2部に上場していましたが、2016年に材惣木材のTOBにより上場廃止となりました。理由としては、厳しい市場環境下で素早い経営判断や設備投資を行う必要がある一方、上場企業であるがゆえのコストや情報開示義務などが重荷になったためです。経営陣が中心となりMBOで非公開化するケースは、今後も建材業界で増える可能性があります。
3-12. 綿半ホールディングス<3199>のスポンサー支援やFC事業拡大
綿半ホールディングス<3199>は建築資材・住宅資材事業に注力する動きを続けており、2023年8月には民事再生法適用を申請した征矢野建材へのスポンサー支援契約を結びました。また、戸建木造住宅のフランチャイズ事業を展開するサイエンスホーム(浜松市)を2019年に子会社化するなど、全国各地での住宅・建材分野のビジネス拡大を意欲的に進めています。
建材メーカーが製品をただ卸売するだけでなく、フランチャイズや代理店網を構築することで安定的な収益基盤を築くモデルが注目されています。既存の流通を強化するだけではなく、全国の工務店や設計事務所と提携してプロジェクトを広げていく取り組みが、中長期的な差別化に寄与するのでしょう。
3-13. 文化シヤッター<5930>の海外展開
文化シヤッター<5930>は国内でシャッターやドアの大手メーカーとして広く知られていますが、オセアニア地域でのガレージドア市場拡大を狙ってArcPac Garage Doorsを子会社化した事例(2018年)や、ニュージーランドのガレージドアメーカーWindsorグループを傘下に収める(2023年)など、海外でのM&Aに積極的です。国内需要が伸びにくい中、戸建住宅の普及が進むオセアニアは巨大な市場です。
このように日本企業が海外の建材・住宅設備メーカーを買収する例は、木材・化学製品だけでなく、シャッターやドアなど比較的形のある商材にも及んでおり、競争の舞台がグローバル化していることを示しています。
3-14. トーヨーアサノ<5271>によるセグメント事業譲渡や建材事業の取捨選択
トーヨーアサノ<5271>は、コンクリートセグメントなどを扱う子会社の譲渡を決定するなど、中核事業のコンクリートパイル事業へ経営資源を集中する姿勢が明確です。コンクリート二次製品の中でも、需要が限られるセグメント分野を切り離し、収益性の高い分野に注力する戦略は、建材企業における典型的な選択と集中の事例として取り上げられます。
3-15. ブリヂストン<5108>による米国子会社ファイアストン・ビルディング・プロダクツ売却
ブリヂストン<5108>はタイヤ・ゴム事業の世界的企業ですが、1990年代以降に買収したファイアストン・ビルディング・プロダクツ(アメリカ)を約3500億円規模でスイスの建材大手LafargeHolcimに売却しました(2021年3月完了)。これによりブリヂストンは本業のタイヤ・ゴム事業に経営資源を集中し、未来型モビリティサービスやソリューション事業への投資に注力できる体制を整えることになります。
一方、買収したLafargeHolcim側は屋根材をはじめとする建材ポートフォリオを大きく拡充し、北米市場での事業基盤を強化しました。異業種が建材事業を保有していたケースが再編され、大手建材メーカーによる集約が進んだ一例です。
3-16. ひかりホールディングス<1445>のタイル工事・煉瓦工事会社の買収
タイルやれんが、石材などの加工・輸入販売を手がけるひかりホールディングス<1445>は、スマート・ブリックやセラミックワンを子会社化しました。エクステリアや外構工事の需要は、戸建住宅や商業施設の高い意匠性ニーズに対応するため、将来的にも一定の成長が期待されます。
外装材の分野では、機能面だけでなくデザイン性が重要視される場面が多いため、小規模ながら優れた加工技術やノウハウを持つ企業とのM&Aが有効な戦略となります。
3-17. ノダ<7879>によるインドネシア工場SIWI社の完全子会社化
ノダ<7879>は住宅用内装建材(床材・壁材)で知られる企業で、インドネシアに生産拠点を有する合弁会社SIWI社の残り株式を買い取り、完全子会社化しました。東南アジアの豊富な木材資源や安価な労働力を活かし、日本向け製品を量産する戦略は、今後も続く見込みです。ただし、各国での労務費の上昇や環境規制の強化にも注意が必要で、海外拠点の実情に柔軟に対応する経営が求められます。
3-18. ドイツ建材大手クナウフによるチヨダウーテ<5387>のTOB
石膏ボードメーカー大手のチヨダウーテ<5387>は、かねてから業務・資本提携していたドイツのクナウフ・グループによるTOBに賛同し、最終的には完全子会社化されることになりました(2022年)。クナウフは世界的な石膏ボード市場のリーディングカンパニーとして知られ、日本市場での生産・販売基盤を強化する狙いがありました。チヨダウーテは新設住宅需要の低迷で厳しい状況にあったものの、石膏ボード分野で国内シェアを一定程度持っています。
クナウフとしては、日本特有の規格や品質基準に対応する生産・販売ノウハウを得るチャンスであり、チヨダウーテもグローバルな経営資源を活かせるため、双方にメリットがある買収となりました。
3-19. タキロン<4215>(現タキロンシーアイ)と伊藤忠商事<8001>傘下のシーアイ化成の合併
**タキロン<4215>**は、シーアイ化成との吸収合併により、2017年4月「タキロンシーアイ」が誕生しました。いずれもプラスチック建材の大手であり、屋根材や雨樋、農業資材などを扱います。合併によってシナジーが期待される領域としては、生産拠点や研究開発拠点の統合、製品ラインアップの相互補完などが挙げられます。伊藤忠商事はこの新会社の筆頭株主となっており、海外でのグローバル展開も推進しています。
プラスチック建材は建物外装や内装、農業用ハウスなど多岐にわたりますが、今後さらに環境負荷低減やリサイクルなどの課題が重要視されるため、研究開発費の確保や販売ネットワークの拡張が必須です。そのため、国内競合同士が経営統合し、規模のメリットを追求するのは自然な流れといえます。
3-20. ナイス<8089>によるセレックスホールディングス子会社化
木材・建材流通大手のナイス<8089>は、中京エリアでサッシやエクステリア建材を中心に販売・施工を行うセレックスホールディングスを約85.5%の出資で子会社化(2024年予定)します。ナイスにとって、地盤である関東や東北以外の地域での営業力強化を図るうえで、地元密着企業を取り込むことは非常に有効な手段です。
住宅向けサッシやエクステリアは依然として重要な商材であり、リフォーム需要拡大の追い風が期待されます。こうした地域の施工実績やネットワークを持つ会社とのM&Aは、販売チャネルと工事リソースを同時に獲得する効果があります。
4. M&Aがもたらす効果とリスク
4-1. シナジー効果の例
- 販売・物流網の拡充
建材卸や商社同士が統合すると、全国各地の拠点を効率的につなぎ、在庫管理や配送コストを削減できます。また、得意先を相互紹介することで、売上拡大が期待されます。 - 製品ラインアップの補完
木材を扱う企業が金属建材企業を買収したり、コーティング材のメーカーが断熱材のメーカーと統合したりするケースなど、一貫した建築ソリューション提供が可能になります。 - 研究開発の強化
技術力のある企業同士が一体となることで、開発費の負担が軽減され、多面的な技術開発が進む可能性があります。新しい建材の開発や品質向上、環境配慮型製品への対応が期待できます。 - 生産拠点の最適化
国内外に点在する工場の統廃合や設備の相互利用により、固定費を削減し、供給体制を強化できます。また、新たな工場への投資リスクを分散する効果も見込めます。
4-2. リスクと課題
- 企業文化の統合
M&A後、異なる企業文化や業務習慣の融合には時間と労力が必要です。従業員のモチベーション低下や人材流出のリスクを管理しなければ、十分なシナジーが得られない可能性があります。 - 過剰投資や重複投資
買収後に旧事業との重複が明らかになり、想定以上のリストラや設備廃棄が必要となるケースがあります。加えて、買収価格が高騰しすぎると、その後の収益改善が間に合わずに財務リスクを増大させます。 - グローバルリスク
海外企業の買収の場合、為替リスク、法規制リスク、政治的リスクなどがあり、想定外のコストやトラブルが発生する場合があります。特に2022年以降の地政学的リスクの高まりは要警戒です。 - 需給や市況の変動
建材は景気や建築需要に左右されやすいため、買収したタイミングで市況が悪化すると、目論んだ収益改善が得られない場合があります。対策としては、複数の分野や地域への分散が考えられます。
5. 建材業界M&Aの今後の方向性
5-1. 環境配慮型建材やリフォーム需要への対応
脱炭素社会やSDGsの動きを背景に、建築分野でも省エネルギー・省資源に対応した建材が求められています。断熱性能の高い資材や環境負荷の低い素材、リサイクル可能な建材などの開発は、さらなる投資が必要とされる領域です。この領域で先行する企業や技術を取り込む目的でM&Aが行われるケースが増加することが見込まれます。
また、国内のストック住宅数は増加傾向にあり、リフォームやリノベーション市場の伸びも期待されます。建材企業がリフォーム専業企業やリノベーションに強みを持つ設計事務所・工務店を取り込む動きが続くでしょう。
5-2. アジアを中心とする海外市場への再編
東南アジア、中国、インドなどは、まだまだインフラ整備や住宅建設の需要が旺盛で、コンクリート製品や鉄骨材、アルミ建材など広く市場が拡大しています。日本企業がこうした地域の現地企業を買収したり、合弁会社を設立したりする動きが増えています。一方で、欧米やオセアニアにも長期成長が見込まれる市場があり、そこへの積極投資も続くでしょう。
ただし、アジア新興国は政治リスクや急激な為替変動などに晒されるため、リスク分散の観点から複数地域へ投資する企業が増えています。
5-3. 異業種からの参入とコングロマリット化
建材業界には化学メーカーや商社、鉄道・不動産会社、金融機関など様々な異業種が参入し、一定の成功を収めてきました。これら異業種企業がノンコア事業を切り離す動きもある一方で、次世代のスマート建築や工務店向けソリューションなどにビジネスチャンスを見いだし、積極的に買収を進める可能性があります。
また、建材とIT技術が組み合わさる「スマートホーム」や「スマートビル」分野にも注目が集まっており、ハウスメーカーや建材メーカーがIoT企業を取り込む事例も増加傾向にあります。
5-4. 中堅・中小企業の事業承継
建材分野には中堅・中小企業が多く存在し、事業承継問題を抱えているケースも珍しくありません。経営者が高齢化して後継者が見つからない場合、大手や同業他社への売却を模索することが増えています。今後ますますMBOやEBO(従業員買収)、さらには事業承継ファンドなどを活用したM&Aが活発化するでしょう。
6. まとめ・今後の展望
日本の建材業界は、国内市場の縮小や競合激化、原材料調達リスク、環境要請の高まりなど、複合的な課題を抱えています。しかし、それに対処するために、M&Aは極めて有効な手段として多用されてきました。本稿で取り上げたように、大手メーカー・商社同士の再編、異業種や海外企業の買収、ノンコア事業の切り離しといった幅広い事例が存在します。
特に川上から川下までの一貫体制を整える動きや、海外からの原材料確保を狙うM&Aは今後も継続する見込みです。近年のウッドショックに象徴されるように、資材価格や世界的な需給調整は企業戦略を大きく左右します。林業事業への投資や製材・加工拠点の海外展開、また化学的アプローチによる代替素材の開発・製造など、各社はさまざまな方法でサプライチェーンを押さえ、付加価値の高い製品開発に挑んでいます。
同時に、建材は新築だけでなくリフォーム・リノベーション市場での活用も大いに期待されています。住宅市場や公共投資が以前ほど成長を見込めない中で、既存建築物のリニューアル需要は堅調です。加えて、**ZEH(ネット・ゼロ・エネルギー・ハウス)やZEH-M(マンション)**への移行が進む中で、高断熱・高耐久性などを持つ建材の重要性は増していくと考えられます。
一方で、M&Aには常にリスクが伴います。特に海外企業の買収においては、現地の法規制や文化、為替レート変動など、多角的なリスク管理が欠かせません。また、買収後の統合プロセス(PMI: Post Merger Integration)は、企業文化や人事制度の違いを乗り越え、経営理念や組織を一体化するために膨大な時間とコストがかかります。過去のM&A事例を見ると、上手くいった例ばかりではなく、想定以上の時間を要したり、当初の目標を達成できずに撤退や再譲渡に至ったケースも存在します。
にもかかわらず、市場環境の変化が激しく、かつ技術革新が進む建材業界では、スピード感ある意思決定と事業ポートフォリオの柔軟な見直しが不可欠です。そのためのM&Aは今後も重要な経営戦略であり続けるでしょう。
- 川上資源の確保(林業会社買収など)
- 川下までの一貫サプライチェーン(製造・施工・リフォーム)
- 環境配慮・省エネ対応(先端技術を有する企業の買収)
- 海外市場への積極展開(現地企業の買収・合弁)
- 中堅・中小企業の事業承継支援(スポンサー型M&A)
これらが今後の建材M&Aをけん引する主要なテーマになると考えられます。
まとめとして、建材業界のM&Aは、単に事業規模を拡大するだけでなく、グローバルな資源確保や技術力の強化、地域密着型の販売体制の確立など、多様な目的で活用されています。2020年代以降も建築需要の変動や競合環境は厳しさを増すと予想されますが、M&Aを通じて新しい価値や成長機会を生み出していく企業が次の時代を牽引することでしょう。

株式会社M&A Do 代表取締役
M&Aシニアエキスパート・相続診断士
東京都昭島市出身。慶應義塾大学理工学部を卒業後、大手M&A仲介会社にて勤務し、その後独立。これまで製造業・工事業を中心に友好的なM&Aを支援。また父親が精密板金加工業、祖父が蕎麦屋、叔父が歯科クリニックを経営し、現在は父親の精密板金加工業にも社外取締役として従事。