はじめに
会社を売却する場面は、創業者や経営者の方にとって大きな転換点となります。たとえば「事業承継」「M&A(合併・買収)」「株式譲渡」など、さまざまなスキームが検討され、結果として経営者個人や会社全体の未来を左右する重大な意思決定が求められるのです。そして、その意思決定の際に必ずと言っていいほど話題になるのが「税金」ではないでしょうか。
会社売却で発生しうる税金には、株式譲渡所得税、法人税、消費税など多岐にわたる税目が絡んできます。どのスキームを選ぶかによって税金の扱いが大きく変わるため、事前の情報収集や専門家への相談が不可欠です。本記事では、会社売却にかかる主要な税金に注目し、その仕組みや注意点、節税のポイントなどを包括的に解説してまいります。
第1章:会社売却とは何か
1-1. 会社売却の概要
会社売却とは、文字どおり「会社を売る」ことです。しかしながら「会社を売る」と一口にいっても、実際にはさまざまな方法やスキームが存在します。大きく分けると以下の2つが代表的です。
- 株式譲渡(オーナー個人が保有する株式を売却)
オーナーや株主が持っている「株式」を売買の対象とする方法です。会社は法人としてそのまま存続するため、従業員や取引先、資産、負債などの関係性も基本的には維持されます。会社の所有者(株主)が変わることで経営権も移転します。 - 事業譲渡(会社の特定事業を売却)
会社が行っている特定の事業部門や事業資産のみを売却する方法です。対象事業以外の部門や法人格は売り手側に残ります。譲渡する資産や負債などを個別に指定できる点が特徴で、事業譲渡の場合は売り手が法人として受け取る対価に対して法人税などが課税されます。
なお、M&Aという言葉で一括りに語られることも多いですが、M&Aには合併、株式譲渡、事業譲渡、会社分割など多岐にわたるスキームが存在します。本記事では特に税金の観点から重要となる株式譲渡と事業譲渡を中心に解説し、必要に応じて他のスキームにも触れていきます。
1-2. 会社売却の目的
会社売却には多様な目的が考えられますが、大きくは以下のようなものが挙げられます。
- 経営者の引退・事業承継
創業オーナーが後継者不在で悩むケースや、子どもに事業を継がせるつもりがないなどの場合、第三者に株式を譲渡して経営を引き継ぐことがあります。引退後の資金確保が主目的となりやすいです。 - 成長戦略
会社を売却し、大企業グループの傘下に入ることで多額の資金やノウハウを得て事業拡大をめざすケースです。経営者が残って会社をさらに成長させることを期待してのM&Aも一般的です。 - 創業者利益の獲得
ベンチャー企業のオーナーが、自社の株式価値が高まった段階で事業を売却し、キャッシュを得ることで起業家利益を実現するケースです。今後の新たな事業展開や投資へ資金を回すことも可能になります。 - 経営リスクの軽減
先行きが不透明な事業を継続するより、好条件のときに売却してリスクを減らすという考え方もあります。
これらの目的いずれにおいても、売却後に手元に残る資金(もしくは株式など)がどの程度あるかが重要であり、その大きな要素のひとつが税金です。税金の取り扱いによって実質的なキャッシュインが大きく変わってくるため、会社売却を検討する際には税務面の検証が不可欠といえます。
第2章:会社売却における主要な税金の種類
2-1. 株式譲渡所得税
個人株主が保有する株式を譲渡(売却)した場合にかかる税金が「株式譲渡所得税」です。株式等を売却して得られる譲渡所得に対して、以下の税率が課せられます。
- 所得税:15%
- 住民税:5%
- 復興特別所得税:所得税額の2.1%
合計すると、税率は約20.315%となります(2024年現在の基本的な税率。法改正の可能性にご留意ください)。
株式の譲渡所得は「譲渡価額 – 取得費 – 譲渡手数料」などで計算します。ここでいう取得費とは、株式を購入(もしくは増資引き受けなどで取得)した際に支払った金額や手数料等のことです。会社設立時に取得した株式の場合は1株あたりの払い込み金額が取得費となりますが、創業者の場合は非常に低額の場合が多く、大きな譲渡所得が発生しやすい傾向があります。
2-2. 法人税(事業譲渡による利益に対する課税)
事業譲渡の場合、売り手となる会社(法人)が事業を売却したときの対価は会社の収益として扱われます。そのため譲渡益に対して法人税や住民税、事業税が課せられます。事業譲渡による譲渡益はおおむね以下のように計算されます。
法人税の実効税率はおおむね30%前後(資本金や所得金額によって多少変動)であるため、個人の株式譲渡と比較すると課税負担が高くなるケースがあります。ただし、後述するように事業譲渡では買い手が引き継ぐ負債を調整できたり、のれん代を計上できるなどのメリットも存在するため、単純に税率だけで判断できない点に注意が必要です。
2-3. 消費税
事業譲渡の場合、資産の譲渡に対して消費税が課税されるケースがあります。しかし、「会社そのものの譲渡」は資産の包括的な移転とみなされるため消費税の課税対象にはなりません。一方、会社が持つ特定の事業用資産を譲渡する場合は消費税が発生する可能性があるのです。たとえば棚卸資産や固定資産などが譲渡対象となるときには、消費税が発生する場合があります。
消費税は事業者同士の取引であっても発生するため、事業譲渡を行う際には対象となる資産が課税資産か非課税資産かを区分し、正確な計算が必要となります。
2-4. 登録免許税・不動産取得税など
事業譲渡スキームで、不動産を含む資産を買い手へ移転する場合は不動産取得税などの地方税が課せられることがあります。また、不動産登記の名義変更が発生する場合は登録免許税が発生するなど、不動産関連の税金が絡むとコストが嵩むケースがあります。
2-5. その他に考慮すべき税金
上記のほかにも、会社売却の手法によっては様々な税金が関係してきます。たとえば「合併」や「会社分割」の形態では、それぞれのスキームごとに要件を満たすことで一定の税制優遇を適用できる場合があります。会社売却を検討する際は、株式譲渡・事業譲渡に限定せずに幅広いスキームについて知識を得たうえで最適解を探ることが大切です。
第3章:株式譲渡の場合の税金と留意点
3-1. 個人株主が受け取る売却益への課税
株式譲渡で会社を売却する際、売り手としてオーナー個人が保有する株式を売却することになります。ここで発生する税金が株式譲渡所得税です。前述したように、現在は約20.315%の税率で課税されるのが一般的です(所得税15% + 住民税5% + 復興特別所得税)。
創業者やオーナー株主の場合、取得時の株価が極めて低いことが多いため、譲渡益が大きくなる可能性があります。株価評価は買い手との交渉にも依存しますが、近年ではスタートアップなどが大きな企業へ売却される際に、数十億円以上のディールとなることも増えています。その場合、課税される金額も相当なものとなり、納税資金の確保や申告期限の管理が重要となります。
3-2. 株式譲渡スキームのメリットとデメリット
メリット
- オーナー個人にとって税率が低め
法人税の実効税率が30%前後であるのに対して、株式譲渡所得税の税率は約20.315%と比較的低めです。売却金額が大きいほど、この差は大きなメリットとなります。 - 会社の法人格がそのまま引き継がれる
会社としての契約や許認可、従業員の雇用関係などが基本的にそのまま引き継がれるため、手続きが比較的シンプルです。 - 個人にまとまったキャッシュが入る
売り手オーナーは直接的に資金を受け取るため、その後のライフプランや新たな投資にも柔軟に活用できます。
デメリット
- 買い手側のリスクが大きい
過去の負債や債務、潜在的な債務リスクも含めて会社をまるごと引き継ぐことになります。デューデリジェンス(企業監査)でリスクを確認する必要があり、買い手側にとっては慎重になる場面です。 - 大株主以外の株主との調整が必要
譲渡を行うには対象株式の過半数を買い手に取得してもらう必要があるため、少数株主との調整が発生する場合があります。 - 株価評価が難しい場合がある
未上場企業では公正な株価評価に時間がかかる場合があります。算定方法によっては売り手・買い手の双方で折り合いがつかないこともあります。
3-3. 譲渡所得の計算方法と注意点
株式譲渡所得は以下の式で計算されます。
- 譲渡価格
実際に株式を売却したときの売却金額です。譲渡契約書や株主変更の書類などを通じて最終的に確定します。 - 取得費
株式を取得した際に支払った金額や、証券会社等に支払った手数料などが含まれます。創業オーナーが設立時に出資した場合は、1株あたりの出資額で計算することが基本です。 - 譲渡手数料等
M&Aアドバイザーへの手数料など、譲渡のために直接かかった費用が対象となります。 - 特定口座や一般口座の注意点
上場株式の場合は証券口座によっては源泉徴収されるケースもありますが、未上場株式の場合は別途確定申告が必要です。
売却後の納税時期を見越して、納税資金を確保しておくことが大切です。特に大規模な株式譲渡であれば納税額も膨大になりますので、手許資金をどのタイミングで確保するか、専門家と相談しながら計画的に進める必要があります。
3-4. 創業者が陥りやすい失敗
- 取得費の把握を怠る
創業時に取得した株式で取得費がほとんどゼロの場合、実際には株主貸付などで資金を拠出していたり、後から増資を行っていることもあります。そうした費用は取得費に参入できる場合がありますが、書類が散逸していると正確な計算ができません。 - 確定申告の期限超過
M&A後に経営者が変わったり退任したりして、社内の経理担当が不在または不慣れなケースもあります。高額納税になる場合は、申告の遅延によるペナルティも大きくなるため、要注意です。 - 住民税の支払い忘れ
所得税を支払った後も、翌年には住民税の支払いがやってきます。高額取引の場合、住民税の額も馬鹿になりません。所得税の計算だけして住民税を失念するケースは意外に多いので注意が必要です。
第4章:事業譲渡の場合の税金と特徴
4-1. 事業譲渡の概要
事業譲渡とは、会社が行う特定事業の資産・負債などを選別して譲渡する方法です。株式そのものの売買ではなく、あくまで会社が保有する「事業」や「事業用資産」を切り出して売却するため、買い手にとっては負債やリスクを限定しやすいというメリットがあります。
売り手の視点では、譲渡益に対して法人税等がかかるため、節税策や資金繰りをしっかりと考慮しなければならない点が最大の特徴といえます。
4-2. 事業譲渡で発生する税金
- 法人税・地方税(法人住民税・事業税)
事業を譲渡する際に発生した譲渡益に対して課税されます。譲渡益は以下のように計算されます。帳簿価額に含まれるものとしては、固定資産や在庫、のれんなどが挙げられます。最終的に算出された譲渡益に対して、約30%前後の実効税率が課せられるのが一般的です。
- 消費税
譲渡の対象となる資産が棚卸資産や固定資産など「課税資産」であれば消費税が課せられます。ただし、会社の包括的な譲渡(株式譲渡)は消費税の課税対象外です。事業譲渡では資産ごとに課税・非課税を区分する必要があるため、煩雑になりやすいです。 - 登録免許税・不動産取得税
事業譲渡で不動産が含まれる場合は、買い手が名義変更を行う際に登録免許税や不動産取得税が発生することがあります。これらは基本的に買い手が負担しますが、売り手と買い手の契約内容によっては負担割合を交渉する場合もあります。
4-3. 事業譲渡スキームのメリットとデメリット
メリット
- リスクの切り離しがしやすい
不採算事業や不要な負債などを切り離して、買い手が欲しい部分だけを売却できるため、買い手にとって魅力的になりやすいです。 - 売り手側の法人を残せる
事業譲渡後も会社そのものは残るため、他事業を続けたり清算を後回しにしたりといった選択肢が残ります。 - 合意範囲が明確
個別資産の移転であるため、譲渡範囲を細かく設定してリスクや負債を明確にできます。
デメリット
- 法人税負担が重くなりやすい
譲渡益に対して約30%前後の法人税等がかかることが、事業譲渡最大のデメリットといえます。 - 取引先や許認可の承継が手間
個別の資産や契約を移転させるため、取引先との契約や行政の許認可を再取得するなど、煩雑な手続きが多いです。 - 従業員の雇用契約の引継ぎが必要
株式譲渡の場合は雇用関係も会社として引き継がれますが、事業譲渡では従業員それぞれに買い手との新たな契約が必要となります。
4-4. のれんと税務上の取扱い
事業譲渡においては、「のれん」という無形資産が発生する場合があります。のれんとは、企業のブランド力や収益力など目に見えない価値を指し、その計上方法は簿価との差額など、契約上取り決めた金額となることが一般的です。
買い手側はのれんを資産計上し、一定期間(通常は5年)で償却することで毎期の費用計上と税務上のメリットを得ることができます。ただし、売り手側にとっては、のれんが含まれる分だけ譲渡価額が高くなるということでもあるため、譲渡益が増え、その分だけ法人税の課税対象も増える点に注意が必要です。
第5章:M&Aの流れと税務上の注意点
5-1. M&A実行までの一般的な流れ
会社売却(M&A)を実行するまでのプロセスは一般的に以下のステップを踏むことが多いです。
- M&Aアドバイザー選定・売却準備
自社の事業内容や財務状況、将来計画などを整理し、専門家やアドバイザーと相談しながら売却スキームを検討します。 - ノンネームシート(匿名情報)の作成・マッチング
実名を伏せた状態で買い手候補へ情報を提供し、興味を持った買い手とは秘密保持契約を結んだうえで詳細情報を開示します。 - 意向表明・基本合意書の締結
買い手候補が概算の買収価格や条件などを提示し、両者が大筋合意に至ったら基本合意書を取り交わします。 - デューデリジェンス(DD)
買い手側が、財務・税務・法務・ビジネスなど多角的に調査を行い、リスクや企業価値を確認します。 - 最終契約書(譲渡契約書)の締結
デューデリジェンス結果をもとに買収価格の修正や表明保証条項などを交渉し、最終契約に合意します。 - クロージング(譲渡実行)
売却対価の支払いと株式譲渡や事業譲渡の手続きを同時に行い、正式に所有権が移転します。 - PMI(統合プロセス)
経営陣や従業員、システムの統合などを円滑に進めるためのプロセスです。
5-2. デューデリジェンスでの税務リスク
デューデリジェンスの過程では、税務リスクの洗い出しも含まれます。たとえば以下の項目が主に確認されます。
- 過去の未払税金や税務署からの指摘リスク
法人税、消費税、源泉所得税など、申告漏れや支払漏れがないか確認します。 - 財務内容と税務申告の整合性
会社の決算書と税務申告内容に乖離がないかをチェックします。 - 移転価格やタックスヘイブン税制など国際税務の対応
海外取引がある場合は移転価格税制や過少資本税制、タックスヘイブン対策税制の影響を調べる必要があります。 - 消費税の仕入税額控除の適切さ
インボイス制度への対応や仕入税額控除の計上漏れ・過大計上がないか確認します。 - 役員借入金や役員貸付金の処理
創業者経営の会社では個人的な資金の出し入れが曖昧な場合があり、それらが貸借対照表にどう反映されているかがチェックされます。
税務リスクが大きいと、買い手は買収価格を引き下げる可能性が高まります。また、表明保証違反として損害賠償を請求されるリスクもあるため、売り手側としては事前に税務リスクを洗い出し、問題をクリアにしておくことが得策です。
5-3. 売却後の税務申告と納税
会社売却(特に株式譲渡)が完了した後、オーナー個人には以下の義務が発生します。
- 確定申告(株式譲渡所得の申告)
株式譲渡契約が成立した日(クロージング日)の属する年分の確定申告で、譲渡所得を申告します。買収金額が大きいほど納税額も増えるため、事前にシミュレーションしておくことが重要です。 - 住民税の納付
翌年度の住民税にも譲渡所得が反映されます。普通徴収か特別徴収かを選択し、納税額をきちんと把握しておく必要があります。 - 復興特別所得税への対応
2037年までは復興特別所得税が所得税額の2.1%として加算されます。大きい金額の場合は見落としやすいので要注意です。
事業譲渡の場合は、売り手企業として法人税申告の際に譲渡益を計上し、買い手企業でも取得した資産を正しく計上します。どちらの場合でも、適切な税務申告が重要となります。
第6章:専門家の重要性
6-1. 税理士・公認会計士の役割
M&Aにおける税金計算やスキームの検討は非常に複雑であり、一般の経営者が独自に最適解を導くのは困難です。ここで重要なのが、税理士や公認会計士などの専門家の存在です。具体的には以下のような役割が期待できます。
- 最適な売却スキームの提案
株式譲渡と事業譲渡、合併などの中から、売却目的に応じて最適な方法を提案し、税負担を最小化するようアドバイスします。 - 株式評価・事業評価
未上場株式の評価は、国税庁の定める「類似業種批准方式」や「DCF方式」などを組み合わせて行われることが多いです。公認会計士や税理士の助言を受けることで適正な評価額を設定しやすくなります。 - M&Aの実務サポート
売買契約書における税務条項の確認や財務デューデリジェンス対応など、実務面でのサポートが受けられます。 - 納税・申告対応
M&A後の確定申告や決算処理をスムーズに行ううえで欠かせない存在です。
6-2. M&Aアドバイザーの役割
M&Aアドバイザー(FA:ファイナンシャルアドバイザー)は、売り手・買い手それぞれに付き、主に以下のような業務を担当します。
- マッチング支援
買い手候補を探し、条件交渉のサポートを行います。 - 企業価値の査定
おおまかな企業価値を算定し、相場観を提供します。 - ストラクチャーの検討
税務や法務を含め、最適なM&Aスキームを提案します。 - 交渉支援・契約書の作成
基本合意書や最終契約書の作成サポートを行い、条件を合意に導きます。
税務に関する細かいアドバイスは税理士の専門領域となるため、M&Aアドバイザーと税理士が連携を取って進めるのが理想的です。大手のM&A仲介会社やファイナンシャルアドバイザリー会社では、社内に税理士や公認会計士を抱えていることも多く、ワンストップでサポートを受けられる場合もあります。
第7章:節税対策のポイント
7-1. 株式譲渡時の節税策
- オーナー貸付金の整理
会社へ貸付金がある場合、売却前にオーナー貸付金を資本金に振り替える増資などで株価を調整するケースがあります。ただし、やり方を誤ると税務リスクが大きくなることもあるため専門家の意見を聞きながら慎重に判断します。 - 役員退職金の活用
事前に役員退職金を支給することで、退職所得控除や損金算入を行う手段が検討されることもあります。ただし、タイミングや支給額には税法上の要件があり、行き過ぎると否認リスクがある点に注意が必要です。 - 生前贈与やファミリートラストの活用
株式を家族などへ分散して保有しておくことで、譲渡時に所得を分散させる方法です。しかし、税制上の制約や親族間の意向調整などハードルも高いため、事前計画が重要になります。
7-2. 事業譲渡時の節税策
- 適正な資産価値評価
譲渡対象資産の評価を過大にしないようにし、譲渡益を最小化することが基本です。過大評価は買い手にもメリットが薄いため、双方合意のうえで適正な価格を設定します。 - のれん代のコントロール
のれん代を含めて譲渡価額を設定する際、買い手と売り手の交渉で決定します。のれんが大きいほど買い手は毎期償却の恩恵を得られますが、売り手は譲渡益の増加による税負担が大きくなるためバランスが重要です。 - タイミングの調整
事業年度の切り替わりや設備投資計画、繰越欠損金の有無などによって、いつ事業譲渡を実施するかで法人税額が変わることがあります。事前に試算し、最適な実行時期を検討します。
7-3. 合併・会社分割などの組織再編税制の利用
合併や会社分割などの組織再編スキームでは、一定の要件を満たす場合に「適格組織再編」として課税繰り延べが可能になるケースがあります。たとえば、100%子会社間の合併など、実質的な支配関係が変わらない場合には資産移転に伴う税金が発生しないこともあるのです。適格組織再編の要件は複雑なため、専門家と相談しながら検討する必要があります。
第8章:ケーススタディ
ここでは、実際に会社売却を検討する際のケーススタディを紹介します。実務上のイメージをつかむうえで、ざっくりとした例を挙げてみます。
ケース1:創業者が個人で100%株式を保有するIT企業の場合
- 会社概要
設立10年目のITベンチャー。株主は創業者(代表取締役)一人のみ。 - 財務状況
直近期の売上高は5億円、利益は5,000万円程度。無借金経営。 - 売却理由
事業規模拡大のために大企業グループと連携したい。また、創業者がセカンドキャリアを考え始めた。 - スキーム候補
- 株式譲渡が最有力。譲渡益に対して約20.315%の課税。オーナーは数億円のキャッシュが得られると想定。
- 事業譲渡では法人税負担が重くなるため、あまりメリットがない。
- 結果
大手IT企業と株式譲渡契約を締結し、売却額は10億円。オーナーには約8億円が手元に残る計算(税引き後)。株価評価の根拠としてはDCF方式や類似企業比較方式が採用された。
ケース2:複数事業を抱える製造業の場合
- 会社概要
中堅の製造業。A事業(収益事業)とB事業(不採算事業)を同一法人内で行っている。 - 財務状況
全体としての利益はそこそこ出ているが、B事業が赤字を生んでおり将来的な見通しは暗い。 - 売却理由
A事業だけを売却したいが、買い手候補はB事業の引き取りを嫌がっている。 - スキーム候補
- 事業譲渡:A事業のみを切り出して売却し、法人にはB事業を残す。
- 会社分割→株式譲渡:A事業を新設分割で切り出し、その新設会社の株式を譲渡する方法も考えられる。
- 結果
A事業を新設分割して子会社化したうえで、その株式を大手の製造業へ譲渡。税制上は適格会社分割の要件を満たしたため、分割時点での課税が繰り延べに。株式譲渡の際には約20.315%の所得税が発生したものの、譲渡益の多くを手元に残せた。
第9章:まとめと今後の展望
会社売却は、経営者にとって人生や事業の大きな転換点となります。その際、税金のしくみを正しく理解し、最適なスキームを選択することが成功のカギといえます。特に「会社 売却 税金」というテーマは、一見シンプルに思えて実は非常に奥が深いです。株式譲渡、事業譲渡、合併、会社分割など、さまざまな組織再編スキームがあり、それぞれに適用される税金や優遇措置が異なるからです。
また、法改正や経済情勢の変化により、税制やM&Aのトレンドは常に変動しています。たとえばインボイス制度や国際課税の強化、資本市場の動向、スタートアップや中小企業支援策などの影響を受け、最適な選択肢が変わることも少なくありません。
そのため、会社売却を検討する経営者の方は、早い段階から専門家に相談し、複数のスキームを比較検討するのが望ましいといえます。
最後に、売却後のライフプランや後継者問題など、税金以外の論点も多岐にわたるため、総合的な視点を持って取り組むことが大切です。
(この記事は2024年12月時点の情報をもとに作成しています。制度変更や個別事情により対応が異なる場合がありますので、最終的には税理士・公認会計士・弁護士など専門家にご相談ください。)
株式会社M&A Do 代表取締役
M&Aシニアエキスパート・相続診断士
東京都昭島市出身。慶應義塾大学理工学部を卒業後、大手M&A仲介会社にて勤務し、その後独立。これまで製造業・工事業を中心に友好的なM&Aを支援。また父親が精密板金加工業、祖父が蕎麦屋、叔父が歯科クリニックを経営し、現在は父親の精密板金加工業にも社外取締役として従事。