1. 事業承継の定義と背景
1-1. 事業承継とは何か
事業承継とは、企業や組織の経営を次世代へ引き継ぐプロセスを指します。具体的には、経営権や株式、経営に関するノウハウ、ブランド、取引先との関係など、事業の中核となるあらゆる要素を後継者へスムーズにバトンタッチすることです。中小企業や家族経営の会社であっても、数多くの従業員や顧客を抱える大企業であっても、経営の継続性はとても重要です。そして、その継続性を確保する上で欠かせない取り組みが「事業承継」といえます。
事業承継は単なる「社長交代」ではありません。経営哲学やビジョン、また、経営者にしか持ち得ない知識や経験の伝承も含まれており、組織全体を未来へ導くうえでの大きな節目となります。後継者を決定し、引き継ぐまでの準備はもちろんのこと、実際に承継してからどのように会社を運営していくかも含めた長期的な視点が求められます。
1-2. 日本における背景
日本は高度経済成長期に創業した中小企業が数多く存在します。これらの企業は、その後数十年にわたって地域経済を支え、日本の産業を発展させてきました。しかし、経営者の高齢化が進むなか、後継者不在や相続税・贈与税への対応、組織内部での人材不足などの理由から、事業を継続できない企業が増えつつあります。
特に中小企業では、会社の成長とともに経営者が個人保証を背負っているケースや、株式の大半をオーナー自身が保有しているケースが多いため、後継者への株式移転を巡る税制上のハードルが高くなることも珍しくありません。また、地域での雇用を維持するために事業を存続させたいにもかかわらず、承継の段取りや準備が遅れ、結果的に廃業に追い込まれる企業も増加傾向にあるのが現状です。
1-3. 近年の動向
近年では、事業承継にまつわる法整備や公的な支援制度が充実してきました。また、M&A(Mergers and Acquisitions)を活用して、外部の企業に自社事業を引き継いでもらうケースも増えています。企業の所有と経営を分離し、専門経営者やファンドなどが主体となって事業を発展させる動きも活発化しており、事業承継の手法はますます多様化しています。
一方で、地方の中小企業では、外部資本や外部人材の受け入れを敬遠する文化がまだ根強いところもあり、こうした多様化の波に乗りきれていない事例も存在します。地域経済や雇用を守るためにどのような承継を図るべきか、企業の個別事情に合わせた柔軟な対応が求められているのです。
1-4. 事業承継の意義
事業承継は企業にとっての一大イベントであり、同時に重大な経営課題でもあります。単純にバトンを渡せば終わりというものではなく、その過程で経営者と後継者が互いを理解し、会社のビジョンや価値観を共有しつつ、新たな方向性を模索することが求められます。社会的な観点から見ると、事業承継が円滑に行われることで、地域社会の雇用やサービスが維持され、経済活動の安定に寄与します。
さらに、企業の歴史や伝統を次世代に繋げるだけでなく、新しい発想を取り込みつつ発展させることが可能になる点も重要です。後継者が先代のやり方を引き継ぎながらも、新たな変化をもたらすことで、その企業は新しいステージに進むことができます。したがって、事業承継は企業の未来を決める岐路でもあり、企業が長きにわたって存続・成長していくために避けては通れないプロセスなのです。
1-5. 伝統的な家業・老舗企業の事業承継
日本には、家族経営で百年以上続く老舗企業が数多くあります。こうした企業では、家業として代々事業を受け継ぐ風土が根強く、長男や次男が自然と後継者になるケースも珍しくありません。しかしながら、現代の価値観やライフスタイルの変化に伴い、後継者となる子どもがその家業を継がずに別の道を選ぶことも増えています。大学進学や都市部での就職などにより、地方の家業を継ぐ人材が不足しがちな点も課題です。
さらに、伝統工芸や地域の特産品を扱う業種では、技術の伝承という面でも大きな壁があります。熟練の職人技や企業独自のノウハウを、短期間で後継者に完全に引き継ぐことは容易ではありません。そのため、承継をスムーズに進めるためには、早い段階から計画的に技術指導を行い、承継に必要な財務や税務の知識も並行して学ばせるなど、長期的な視野で準備を進めることが求められます。
1-6. 大企業や上場企業における事業承継
大企業や上場企業の場合も、トップの交代は企業の将来に大きな影響を与えます。オーナー企業では株式の承継や経営権の委譲をどう行うかが重要な論点となりますが、一方で「所有と経営の分離」が既に進んでいる場合は、後継の経営者選びに社外取締役や公募などの方法が採用されることもあります。
また、上場企業の場合は株主への説明責任が厳しく問われるため、後継経営者の選定プロセスやその人物の経歴・資質などを透明性高く示さなければなりません。さらに、経営者の個性が企業イメージに直接影響を及ぼす場合が多々ありますので、承継プロセスにおいては企業のブランド戦略やIR戦略にも留意する必要があります。
2. 事業承継が注目される理由
2-1. 経営者の高齢化と後継者不在
事業承継が注目される大きな要因として、経営者の高齢化が挙げられます。とりわけ、中小企業の経営者の平均年齢が上がっていることは、統計データでも示されています。少子高齢化によって、家族内に後継者が見つからないケースや、子どもが別のキャリアを歩みたいと思うケースも増え、結果的に後継者不在に悩む企業が増加しているのです。
後継者が見つからないため、やむを得ず廃業を選択した場合、その企業がこれまで築いてきた技術や信用、人脈などの無形資産が社会から失われることになります。特に地方では、老舗企業が廃業することで、地域の活性化に悪影響を与える懸念が一層高まっています。
2-2. 雇用維持と地域経済への影響
企業が廃業すれば、その企業で働いている従業員が一斉に職を失う可能性があります。また、その企業が取引先へ与える売上や仕入れなどの経済活動も止まってしまい、地域全体の経済循環が滞るかもしれません。地域密着型の中小企業の存在は、地域コミュニティの存続にも関わるため、事業承継が失敗すると地域が衰退してしまう恐れがあります。
このような背景から、国や自治体など公的機関も積極的に事業承継支援策を打ち出し、地域の企業を守ろうとしています。事業承継が成功すれば、地域に根付いた伝統や雇用が守られ、さらに新たなビジネスチャンスを生み出す原動力にもなり得るのです。
2-3. 日本経済全体における中小企業の役割
日本における企業数のうち、中小企業が占める割合は非常に高いといわれます。日本経済を根底から支えているのは、中小企業が全国各地で提供している商品やサービスであり、そこに雇用される労働者も多く存在します。もし中小企業の承継が円滑に行われず、多数の企業が廃業の道を選んでしまえば、日本経済にとって大きな打撃となるでしょう。
さらに、中小企業には大企業にはないフットワークの軽さやニッチな市場を開拓する力があります。こうした中小企業の活動が停滞すると、イノベーションの芽が失われ、経済全体が活力を欠く可能性もあります。事業承継は単なる個々の企業の問題にとどまらず、日本全体の持続的な成長や国際競争力にも大きな影響を与えるのです。
2-4. 社会環境の変化とビジネスモデルの転換
急速に進む技術革新や情報化社会の到来により、従来のビジネスモデルが通用しなくなるケースも増えています。インターネットをはじめとしたデジタル技術が普及したことで、ビジネスの形態や消費者の購買行動が劇的に変化しているからです。
このような状況下で事業を存続させるためには、経営理念や組織文化を守りつつも、新たなテクノロジーやマーケティング手法を柔軟に取り入れる必要があります。事業承継のプロセスで若手の力や外部の専門知識をうまく活用し、ビジネスモデルを転換していくことで、企業はさらなる発展を遂げる可能性を秘めているのです。
2-5. 経営者個人保証などのリスク回避
中小企業においては、経営者が金融機関からの融資に対して個人保証を行っているケースが非常に多く見られます。これは会社の資金繰りが悪化した場合、経営者が個人資産で返済義務を負うリスクを意味します。そのため、後継者に事業を承継する際に、経営者個人保証の問題が大きな障壁となることがあります。
このリスクを回避するためには、金融機関との交渉や保証制度の見直し、会社の財務体質改善などが必要です。また、事業承継の計画段階から金融機関の担当者と協議し、承継後の保証体制をどうするか検討しておくことが重要です。こうした点からも、早めに事業承継を考えて準備を進めることが、結果的に企業の長期的な安定につながるといえます。
3. 事業承継の主な種類
3-1. 親族内承継
親族内承継の特徴
もっとも伝統的な事業承継の形態として、親族内承継が挙げられます。これは文字通り、現経営者の子どもや兄弟姉妹、あるいは親戚といった親族に事業を引き継ぐ方法です。家族内で会社の意志決定がしやすい一方で、親族間の人間関係がこじれると大きなトラブルに発展しやすい側面もあります。
メリット
- 企業文化の継承が容易: 企業の価値観や経営理念を家族内で共有しやすい。
- 経営者と後継者の信頼関係: 一般的に親族間では高い信頼関係があるため、承継プロセスがスムーズに進む。
- 長期的視点の経営: 血縁者が事業を継承することで、短期的な利益ではなく、企業の歴史や将来性を重視した経営が期待できる。
デメリット
- 後継者の資質・意欲: 子どもや親族が必ずしも経営者として適任とは限らず、意欲がない場合や能力不足のリスクがある。
- 親族内トラブルのリスク: 相続問題や兄弟間の不公平感などが深刻化すると、組織全体にも悪影響が及ぶ。
- 世代間の価値観の違い: 先代と後継者の経営スタイルにギャップがある場合、スムーズな承継が難しいことがある。
3-2. 親族外承継(社内承継)
親族外承継(社内承継)の特徴
親族の中に適任の後継者がいない場合、企業内部で経営幹部や役員、あるいは有望な社員を後継者として育成し、事業を引き継ぐ方法があります。これは親族外承継の中でも「社内承継」と呼ばれるものです。
メリット
- 企業内部を熟知した人材: 長年社内で業務に携わっているため、会社の業務フローや文化を理解している。
- 従業員のモチベーション向上: 社内からトップを選ぶことで、他の社員にもキャリアアップの希望を与えられる可能性がある。
- 引き継ぎがスムーズ: 現経営者とのコミュニケーションが取りやすく、具体的な業務や取引先対応のノウハウを学びやすい。
デメリット
- 株式取得や資金負担の問題: 社内の個人がオーナーシップを引き継ぐ場合、株式の買い取り資金をどう工面するかが課題となる。
- 外部視点の欠如: 長年の社内文化に慣れ過ぎていると、抜本的な改革を進めづらいことがある。
- 候補者選定の難しさ: 候補となる社員の素質や会社への忠誠度、リーダーシップをどう評価するかが難しい。
3-3. M&Aによる事業承継
M&Aによる承継の特徴
近年注目を集めているのが、M&A(Mergers and Acquisitions)を活用した事業承継です。会社や事業の全部または一部を他社が買収することで、現経営者や株主は自社を譲渡し、買い手企業が後継者となるパターンです。この場合、買い手企業が経営を引き継ぐため、現オーナーは一線から退くか、あるいは一定期間経営に携わりながら移行をサポートするという形が一般的です。
メリット
- 後継者問題の一挙解決: 親族内外を問わず後継者が見つからない場合でも、買い手企業が引き継ぐことで事業が存続する。
- 大きなシナジー効果: 買い手企業との経営資源の融合によって、スケールメリットや新市場開拓が期待できる。
- 創業者利益の確保: 売却益を得られるため、現オーナーは個人的な財務リスクを軽減しつつ、リタイア後の資金を確保できる。
デメリット
- 企業文化の摩擦: 買い手企業との文化やビジネスモデルが大きく異なる場合、従業員のモチベーション低下や離職が起こりやすい。
- 秘密保持や情報漏洩リスク: M&A交渉の過程で企業の機密情報を開示する必要があるため、信用のおける相手との慎重な交渉が不可欠。
- ステークホルダーの説得: 取引先や従業員への説明や合意形成がスムーズに進まないと、企業価値が下がるリスクがある。
3-4. マネジメント・バイアウト(MBO)
MBOの概要
マネジメント・バイアウト(Management Buyout, MBO)は、経営陣が自社の株式を取得し、オーナーシップを掌握する形で事業を引き継ぐ手法です。現場の経営陣が主導するため、事業の継続性やノウハウの維持が図りやすく、社内体制も大きく変わることはありません。
メリット
- 事業の連続性が高い: 経営陣がそのまま経営を引き継ぐため、取引先や従業員にとって安心感がある。
- 迅速な意思決定: MBO後は新オーナー兼経営陣として権限が強化され、機動的な事業展開が可能となる。
- 従業員のモチベーション向上: 経営陣が自社の将来を自分たちのものとして捉えやすくなり、意欲が高まる。
デメリット
- 資金調達の難易度: 経営陣が株式を買い取るための資金をどのように調達するかが課題となる。
- オーナー側との合意形成: 元オーナーとの価格交渉や合意がスムーズに進まない場合、社内の混乱を招きかねない。
- 経営責任の重圧: 経営陣が出資者ともなるため、リスクが高まるほか、失敗時のダメージも大きい。
3-5. エグジット・プランニングとIPO
事業承継の一環として、IPO(株式上場)を視野に入れる企業も存在します。IPOは新たに株式を市場に公開することで資金調達と株式の流動性を確保し、創業者やオーナーが経営権を段階的に譲渡していく手法です。これはエグジット・プランニングの一種であり、株式を公開することで事業を第三者や多くの投資家に承継する形ともいえます。
- メリット: 資金調達力の強化、企業イメージ向上、経営の透明性向上など。
- デメリット: 上場準備にかかるコストや時間、厳しい開示義務、短期的な株価変動リスクなど。
IPOを目指すことはハードルが高いですが、企業規模や成長戦略によっては事業承継と資金調達を同時に実現する有効な方法となり得ます。ただし、上場を目指す過程で企業内部の管理体制を整備し、コーポレートガバナンスを強化するなど、多くのタスクをこなす必要があるため、長期的な準備が不可欠です。
4. 事業承継の手法と流れ
4-1. 事前準備の重要性
事業承継を成功させるためには、十分な事前準備が欠かせません。多くの経営者は日々の業務が忙しく、事業承継を後回しにしがちですが、早めに計画を立てることがリスクを最小化するカギとなります。
- 後継者候補の選定: 親族内か、社内か、外部から招聘するのかを検討。
- 承継スケジュールの策定: 承継完了までに必要な期間を大まかに決め、逆算して準備する。
- 企業価値評価: 自社の客観的な企業価値や財務状況を把握する。
- 利害関係者との調整: 従業員、取引先、金融機関など、ステークホルダーへの早期説明。
これらを踏まえたうえで、詳細な計画を立てていくことで、予期せぬトラブルを回避しやすくなります。
4-2. 現状分析と目標設定
承継プロセスを円滑に進めるには、まずは自社の現状把握が不可欠です。財務状況や経営戦略、組織の課題などを洗い出し、次世代が引き継いだ後にどのような企業になってほしいのかといった将来像を明確にする必要があります。
- 経営理念やビジョンの再確認: 先代が大切にしてきた価値観や企業文化を改めて見直し、次世代にどう継承するかを考える。
- 組織の強みと弱みを分析: SWOT分析などを活用し、どの領域に力を入れるべきか判断する。
- 後継者の成長目標: 後継者に求められるリーダーシップやスキルを明確化し、育成計画に反映させる。
4-3. 後継者育成と指導
後継者を見つけただけでは、事業承継は成功しません。引き継いだ後継者がきちんと会社を運営し、社員の信頼を得て、新しい時代にあった経営を行うためには、育成期間が必須です。
- OJT(On-the-Job Training): 実務を通じて経営判断や取引先対応を学び、先代からの暗黙知を吸収する。
- 外部研修やMBA取得: マネジメントやファイナンス、マーケティングなどの専門知識を体系的に習得。
- 先代と後継者のダブル体制: 一定期間は先代と後継者が一緒に経営を行い、スムーズな移行を目指す。
- コミュニケーションの徹底: 社内外の関係者に対して後継者を紹介し、理解と協力を得る。
4-4. 株式や資産の移転
親族内承継の場合
親族内承継では、株式や事業用資産を相続または贈与によって移転するケースが多いです。相続税や贈与税が大きな負担になる場合もあるため、税制優遇措置や事業承継税制の活用が検討されます。また、株式を分散させず、後継者に集中させることで経営権が明確になるよう配慮することが大切です。
親族外承継(社内承継やMBO)の場合
社内承継やMBOでは、後継者となる経営陣や社員が株式を買い取る形をとります。この際の資金調達や価格交渉が重要なポイントとなり、金融機関や投資ファンドなど外部の協力を得ることも多いです。
M&Aによる承継の場合
M&Aによる事業承継では、外部企業が株式や事業を買収します。そのため、企業価値の算定とデューデリジェンスが不可欠であり、買い手との交渉プロセスが複雑になりがちです。また、売却後に現経営者がどの程度関与するか、従業員の雇用はどうなるのかなど、詳細を明確にする必要があります。
4-5. ステークホルダーへの説明・合意形成
事業承継がほぼ決定した段階で、従業員や取引先、金融機関などステークホルダーへの説明を行い、理解と協力を得ることが大切です。特に社内の従業員にとっては、トップが変わることで自分たちの働き方や雇用条件に変化が生じる可能性もあるため、不安要素を取り除く説明が必要となります。
- 従業員向け説明会: 後継者の経営方針やビジョンを共有し、不安を払拭する。
- 取引先との面談: 取引条件や契約の継続について、早めに情報共有を行い、信頼関係を維持する。
- 金融機関との協議: 融資条件や担保、個人保証の扱いなどを再確認し、スムーズな資金繰りを確保する。
4-6. 実際の承継と移行期間
いよいよ実際に事業承継を行う段階では、移行期間をしっかりと確保することが理想です。先代が完全に退く前に、後継者との共同経営期間を設けることで、引き継ぎの不手際や従業員の混乱を最小限に抑えられます。
- 役職・肩書の切り替え: 新経営者へのスムーズなトップダウン体制確立のため、先代の肩書や社内ポジションを段階的に調整する。
- 業務フローの再チェック: 後継者が実際の経営を担当してみることで、予想外の問題点を洗い出す。
- 経営判断のトレーニング: 先代が後継者の意思決定をフォローし、必要に応じてアドバイスを行う。
4-7. 承継後のフォローアップ
事業承継はゴールではなく、新たなスタートです。承継後のフォローアップ体制を整えておくことで、後継者は安心してリーダーシップを発揮できます。具体的には、先代が非常勤顧問や相談役として後継者を支援したり、経営コンサルタントや専門家のアドバイスを受けたりするケースもあります。
また、社内コミュニケーションを円滑に保ち、従業員との信頼関係を深めることが大切です。承継後に新しい経営方針やビジネスモデルへの転換を図る場合でも、従業員が納得して動いてくれるようなリーダーシップが求められます。
5. 事業承継の法務・税務の基本
5-1. 相続と贈与の基礎
事業承継では、株式や事業用資産を後継者に相続または贈与するケースが多くあります。相続と贈与では税率や非課税枠などが異なるため、経営者の生前にどのような形で資産を渡すかが重要なポイントです。相続税や贈与税の負担が過大になると、企業の資金繰りに悪影響を及ぼす場合があるため、専門家と相談しながら最適なプランを練る必要があります。
5-2. 事業承継税制
概要
日本では、中小企業の事業承継を促進するために、「事業承継税制」が設けられています。これは一定の要件を満たすことで、贈与や相続にかかる税負担を大幅に猶予・軽減する制度です。後継者が承継した株式を一定期間保有し、企業を継続することなどが条件となります。
要件とメリット
- 対象企業: 中小企業基本法に定める中小企業に限定。
- 対象株式数: 原則として議決権の過半数を含む、総株式数の2/3までが対象。
- 猶予対象の税額: 贈与税・相続税ともに、最大で全額(100%)まで猶予されるケースもあり得る。
- メリット: 税負担を大きく軽減でき、株式承継に伴う財務的リスクを回避しやすい。
留意点
- 継続要件: 承継後も一定期間、会社を継続し、雇用を維持する必要がある。
- 報告義務: 毎年、会社の経営状況などを税務当局に報告する義務がある。
- 要件を満たさなくなった場合: 猶予が取り消され、遡って課税されるリスクがある。
5-3. 株主構成と株式評価
事業承継において、株主構成の整理や株式評価は避けて通れない課題です。特に中小企業では、オーナー経営者が株式のほとんどを保有しているケースが多く、他の家族や役員、従業員が一部株式を持っている状況も考えられます。
- 株式評価方法: 税務上の評価は原則「類似業種比準方式」か「純資産価額方式」に基づく。上場企業と異なり、市場価格がないため、評価が複雑になる。
- 少数株主との調整: 後継者に株式を集中させるため、少数株主から株式を買い取る必要がある場合もある。
- 議決権の確保: 後継者が経営を主導するためには、過半数またはそれ以上の議決権を確保することが望ましい。
5-4. 定款や株主総会の対応
定款の見直し
会社の基本ルールを定める定款には、株式譲渡制限や役員の任期、取締役や取締役会の構成など、事業承継に直結する事項が含まれることがあります。事業承継を機に、定款の規定が実態に合っているか、あるいは承継に有利となる規定に変更する必要がないかを見直すことが大切です。
株主総会の決議
事業承継にともなって取締役の選任や退任が必要になる場合、株主総会での決議が求められます。株主構成によっては意見の対立が生じるリスクもあるため、事前の根回しや丁寧な説得、場合によっては株式の買い取りなどを検討する必要があります。
5-5. 債務保証や担保の再編
中小企業では、経営者の個人保証によって銀行借入をしているケースが多いため、事業承継のタイミングでこの保証をどう扱うかが問題になります。後継者が新たに個人保証を引き受けるのか、あるいは保証体制を撤廃できるのか、金融機関との協議が欠かせません。また、会社の資産だけでなく、経営者個人の資産を担保に借入を行っているケースもあるため、承継後のリスクを明確化しておく必要があります。
5-6. 契約関係の再確認
取引先との契約、リース契約、フランチャイズ契約など、会社が結んでいる各種の契約が事業承継によって影響を受ける場合があります。契約書に「契約者の変更」や「オーナー変更」に関する条項が含まれているときは、承継後の契約関係をどのように引き継ぐのか、取引先と事前に協議しておくことが重要です。
6. スムーズな事業承継に必要な準備
6-1. 早期からの計画立案
事業承継は企業の存続に関わる重大イベントであるにもかかわらず、意外と準備期間が短いケースが多々あります。経営者の高齢化や健康問題、予期せぬトラブルなど、突然の事情で承継が必要になることもあるため、少なくとも5年~10年前から計画を立てるのが理想的です。早期からの計画立案によって、後継者の育成や社内外の体制整備を余裕をもって進めることができます。
6-2. 企業価値向上の取り組み
承継時に企業価値を高めておくことで、後継者や買い手にとって魅力的な企業となります。特にM&Aを視野に入れる場合は、企業の収益力や成長可能性が評価の大きなポイントとなります。具体的には以下のような取り組みが考えられます。
- 財務体質の健全化: 不要な借入や在庫を見直し、バランスシートをスリム化する。
- 顧客基盤の強化: 新規顧客獲得やリピーター育成、取引先の多角化など。
- 人材育成: 従業員のスキルアップや組織力の強化を図り、後継者一人に依存しない体制を構築する。
6-3. 組織と人事制度の整備
後継者がスムーズに経営を行うためには、組織体制と人事制度の整備が欠かせません。トップダウンだけに頼る組織ではなく、各部門が自立的に動ける体制を作ることで、承継後の負荷を軽減し、企業全体の生産性向上にもつながります。
- 役職や責任範囲の明確化: 誰がどの部門を管轄し、どのような権限を持つのかを文書化する。
- 評価制度と報酬体系: 従業員がモチベーションを維持しやすい仕組みづくり。
- 教育体制: 新任マネージャーやリーダーを育成する研修制度を充実させる。
6-4. 後継者のメンタリングとコーチング
先代の経験やノウハウは後継者にとって貴重な学習資源です。ただし、ただ一方的に教えるだけではなく、メンタリングやコーチングの手法を活用することで、後継者が自ら考え、意思決定する力を養えるようにサポートすることが重要です。
- メンタリング: 先代が自らの経験談や失敗談を共有し、後継者が経営判断する際の参考材料を提供する。
- コーチング: 後継者の目標設定や課題解決に対して問いかけを行い、自主性と創造性を引き出す。
- 外部の専門家の活用: MBAホルダーや経営コンサルタントなど、客観的な視点を持つ人物に伴走してもらう。
6-5. コミュニケーション戦略
事業承継は社内外を含む多くの人々に影響を与えるため、コミュニケーション戦略を明確にしておく必要があります。とりわけ、社内では「なぜ今この人が後継者なのか」「先代は今後どう関わるのか」といった疑問が生まれがちです。ここを丁寧に説明しないと、従業員の不信感やモチベーション低下につながる恐れがあります。
- 段階的な情報開示: 大枠の方針が決まった段階で要所だけでも共有し、社内を混乱させないようにする。
- 全社ミーティングや部署別説明会: 後継者を紹介し、その人物のビジョンを社員に直接伝える場を設ける。
- 質疑応答の場: 従業員が率直に意見を出せるような環境を整備し、現場の声を吸い上げる仕組みを作る。
6-6. トラブルシューティング体制
事業承継の過程では、想定外の問題が発生することもあります。たとえば、相続税の負担が予想以上に大きくなる、後継者が健康上の問題で辞退する、買い手候補の企業との交渉が決裂するなど、さまざまなリスクがあります。こうしたリスクに素早く対応できるよう、社内外のトラブルシューティング体制をあらかじめ構築しておくことが重要です。
- リスクシナリオの洗い出し: 事業承継で想定される最悪のケースや課題をリストアップし、対応策を検討する。
- 専門家ネットワーク: 弁護士、税理士、社労士など、必要に応じて相談できるプロフェッショナルを確保する。
- 緊急時の役割分担: トラブルが起きた際に、誰が最終判断を下すのか、どの部署が先に動くのかを明確化する。
7. 事業承継における人材育成とコミュニケーション
7-1. 後継者だけでなく組織全体を育てる
後継者一人の能力に依存してしまうと、承継後の経営が不安定になるリスクがあります。そのため、承継の過程では後継者だけでなく、企業全体のマネージャーやリーダー層を強化し、組織としての総合力を高めることが不可欠です。たとえば、部署ごとのサブリーダーを養成し、経営者の負担を分散させる取り組みが効果的です。
7-2. OJTとOff-JTのバランス
人材育成の方法としては、実務を通じて学ぶ**OJT(On the Job Training)が基本ですが、経営知識やマーケティング、財務などの専門領域についてはOff-JT(Off the Job Training)**が必要な場合も多いです。とりわけ後継者には幅広い知見が求められるため、外部セミナーやビジネススクール、各種研修プログラムをうまく活用することが大切です。
7-3. 組織内コミュニケーションの強化
事業承継期には変化が多く、従業員が不安を感じやすい時期です。そのため、トップダウンだけでなく、ボトムアップの意見交換も推奨し、双方向のコミュニケーションを活性化させる必要があります。
- 定例ミーティングの拡充: 全社ミーティングやプロジェクト別ミーティングを増やし、情報を共有する場を確保する。
- メンタルヘルスケア: 社員が仕事やキャリアに不安を感じたときに相談できる窓口を整備する。
- ビジョンや目標の共有: 後継者の考えや、新しい経営方針を繰り返し発信し、社員が理解・共感しやすい環境を作る。
7-4. 社外ネットワークの構築
後継者が社内のことだけでなく、社外ネットワークを築くことも重要です。経営者として成功するためには、自社だけでなく業界全体の動向や最新トレンドを常に把握し、必要に応じて社外の専門家や同業他社と連携していく必要があります。業界団体の活動や異業種交流会、経営者向けの勉強会などに積極的に参加し、人脈を広げることで、事業承継後の経営に多様な視点を取り入れることができます。
7-5. 社内広報の活用
事業承継に対する社内の理解を深める手段として、社内広報の活用も効果的です。社内報やメールマガジン、イントラネットなどを通じて、後継者のインタビュー記事や承継に向けたスケジュールなどを定期的に発信することで、従業員の関心を高め、協力を得やすくなります。特に大企業の場合、複数の拠点や部門にまたがる従業員が一貫性のある情報を受け取れるよう、広報体制を整えることが求められます。
8. 事業承継の課題とリスクマネジメント
8-1. 経営者交代に伴う混乱
トップが変わることで、社内外に与えるインパクトは決して小さくありません。従業員は「組織体制がどう変わるのか」「給与や評価制度はどうなるのか」などの不安を抱き、取引先は「信用関係や取引条件が変わらないか」を懸念します。こうした不安や混乱を最小限に抑えるには、計画的な情報提供や透明性の高い方針決定が大切です。
8-2. 後継者の資質・能力不足
後継者が十分な能力や意欲を持っていない場合、事業が停滞したり、社員の信頼を失ったりするリスクがあります。特に親族内承継では、子どもだからといって自動的に経営が上手くいく保証はありません。後継者の教育とサポート体制がどれだけ充実しているかが、承継成功のカギとなります。
8-3. 相続争い・親族間トラブル
親族が経営に関わっている場合、相続争いや遺産分割の問題が事業承継の障壁となり得ます。兄弟間や親族間で株式の所有割合を巡る対立が生じ、結果として経営が混乱するケースも少なくありません。こうしたトラブルを防ぐためには、遺言書の作成や遺留分対策など、法的な準備を進めておくことが必要です。
8-4. 納税資金の不足
事業承継において、相続や贈与に対する税負担が大きく、企業や後継者が納税資金を確保できない状況に陥ることがあります。これにより事業用の資金まで納税に回らざるを得ず、最悪の場合、企業が資金ショートを起こして廃業に追い込まれる可能性があります。事業承継税制の活用や生命保険の加入、会社の資産の見直しなどを通じて、あらかじめ資金計画を立てておくことが重要です。
8-5. 従業員のモチベーション低下
事業承継のタイミングで幹部や優秀な人材が退職することもあります。新しい経営者に対する不信や社内のゴタゴタに嫌気がさして転職を選ぶケースが増えると、組織力の低下に直結します。こうした事態を防ぐためには、承継プロセスの初期段階から従業員に対して誠実に状況を説明し、将来的なビジョンを共有することが効果的です。
8-6. 買い手企業との交渉決裂
M&Aによる事業承継を選んだ場合、買い手企業との交渉が決裂するリスクは常に存在します。企業価値の評価が折り合わない、デューデリジェンスの結果が良くない、経営方針の相違が埋まらないなど、さまざまな要因が原因となります。交渉決裂後も事業を続けられるよう、複数の候補先と同時に交渉を進めたり、企業価値向上の取り組みを継続したりするなど、予備プランを用意しておくことが大切です。
9. 事業承継と経営革新
9-1. 伝統とイノベーションの両立
事業承継は過去の経営資産を次世代に継ぐだけでなく、新しい時代の変化に対応するための経営革新の機会でもあります。従来のビジネスモデルや企業文化を大切にしながらも、ITやデジタル技術を取り入れて業務効率化を図るなど、イノベーションを起こすことで、企業は長期的に発展できる可能性を高めるのです。
9-2. 後継者の新しい視点
後継者は先代と異なる時代背景や教育環境で育っているため、ビジネスに対する新しい視点を持っていることが少なくありません。特にデジタルネイティブ世代の後継者であれば、SNSやECなどオンラインチャネルの活用、DX(デジタルトランスフォーメーション)への取り組みなどを積極的に推進することが期待できます。一方、こうした新しい取り組みを受け入れるために、従業員側のマインドセットやスキルも変化を遂げる必要があります。
9-3. 新規事業の創出
事業承継をきっかけに、新規事業や新たなサービスを立ち上げる企業もあります。既存事業で培ったノウハウや顧客基盤を活かしながら、新市場を開拓することで収益源を多様化し、企業のリスク分散を図るのです。ときには、先代経営者が懐疑的だったアイデアでも、後継者の実行力や外部ネットワークによって成功に導かれるケースがあります。
9-4. DX推進とデジタル化
製造業やサービス業、卸売業など、多くの業種でDX(デジタルトランスフォーメーション)が注目されています。受発注管理や在庫管理、顧客情報管理など、企業活動のあらゆる場面でデジタル化を進めることで、業務効率と生産性を高めることが可能です。事業承継期にDXを進めるメリットとしては、組織の若返りや後継者のリーダーシップ発揮に繋がる点が挙げられます。新しいシステム導入は従業員にとっても変化が大きいですが、トップが積極的に旗を振ることで、スムーズに改革が進むケースが増えています。
10. 専門家の活用と公的支援策
10-1. 税理士・会計士・弁護士などの専門家
事業承継には、相続税や贈与税、株式評価、法的手続きなど、専門的な知識が必要とされる場面が多々あります。そのため、税理士や公認会計士、弁護士などの専門家を活用することは、リスク回避とスムーズな承継のために不可欠です。
- 税理士・会計士: 企業価値算定、税務対策、会計監査など。
- 弁護士: 契約書作成、株主総会での法的サポート、相続トラブル対応など。
- 経営コンサルタント: 後継者育成、組織づくり、経営戦略立案などの総合的支援。
10-2. 金融機関やM&Aアドバイザー
M&Aによる事業承継を検討する場合、専門のM&Aアドバイザーや金融機関のM&A部門、証券会社などが仲介役を務めてくれます。買い手企業とのマッチングやデューデリジェンス、価値評価、交渉サポートなど、多岐にわたるサービスを提供しており、経営者が専門知識をもたなくても円滑に手続きを進められるのがメリットです。
10-3. 公的支援機関
国や自治体、商工会議所など、公的機関が提供する事業承継支援策も数多く存在します。たとえば、中小企業基盤整備機構や各都道府県の事業引継ぎ支援センターでは、無料の相談窓口を設置している場合が多く、税理士や弁護士、M&Aアドバイザーなどの専門家との橋渡しを行っています。
- 事業承継税制の活用支援
- 補助金・助成金情報の提供
- 専門家派遣やセミナー開催
- M&Aマッチングのサポート
公的支援策を活用することで、コストを抑えながらプロのアドバイスを受けられる場合もあるため、事業承継を検討している経営者は積極的に情報収集するとよいでしょう。
11. 海外における事業承継事例
11-1. 欧米のファミリービジネス
欧米にも100年を超えて続くファミリービジネスは数多く存在し、ファミリーオフィスという形で資産管理や事業承継を行う事例が一般的です。ファミリーオフィスは家族の資産や事業を総合的に管理し、後継者の教育や投資戦略などを一括してサポートします。プロのマネージャーや投資家を雇い、家族は株主としての立場から経営を監督するケースが多く、所有と経営の分離が進んでいることが特徴です。
11-2. 欧州の老舗企業
ヨーロッパには、何百年も家業を継承してきた老舗企業が少なくありません。たとえばワインメーカーや自動車メーカー、時計ブランドなどが挙げられます。これらの企業では、ブランド価値や伝統を大切にしつつ、長期的な視点で後継者を育てる仕組みが確立されています。また、家族外のプロ経営者を起用し、経営ノウハウを取り入れながら、企業としての永続性を追求している例も多々見られます。
11-3. アジア各国の事業承継事情
中国や韓国などアジア各国でも、経済成長に伴って事業承継の課題が深刻化しています。家族経営の中小企業が多い一方、国有企業や大企業では政府や投資家の意向が強く反映される場合もあります。最近では、スタートアップ企業の急成長と共に、創業者が早い段階でエグジット(売却)し、別の事業に投資する例も増えています。文化的背景や法制度の違いはあれど、後継者不足や相続税負担、M&Aの活用など、多くの共通課題が見られます。
11-4. 海外事例から学べるポイント
- 早期のガバナンス体制構築: ファミリービジネスでも取締役会や監査機能を整備し、透明性の高い経営を行う。
- プロ経営者の活用: 必ずしも親族が経営する必要はなく、適切な人材を外部から招聘して事業を継続させる。
- ブランド戦略: 伝統や歴史を強みとして打ち出しながらも、新規顧客を取り込むためのマーケティングを重視。
- 長期視点の資金計画: 家族や投資家が株式を保有し続けることで、短期的な利益追求よりも企業価値向上を優先する文化を醸成。
12. 事業承継計画の策定と実行ステップ
12-1. 事業承継計画の要素
事業承継計画は、一般的に以下の要素を含みます。
- 目標とビジョン: 企業としての将来像や経営理念を再確認し、後継者と共有する。
- 後継者育成プラン: 後継者が必要なスキルを身につけるための具体的なスケジュールや研修内容。
- 株式・資産の移転計画: 株式譲渡や相続、贈与のタイミングや税務対策。
- 組織再編と人事体制: 役職や報酬制度の見直し、取締役会や執行役員制度の整備。
- コミュニケーション戦略: ステークホルダーに対する情報発信や合意形成の方法。
- 資金計画とリスク管理: 納税資金や投資資金、M&Aの場合の資金調達方法など。
12-2. 計画立案~実行までのステップ
- 事前調査と分析: 企業の現状や強み・弱み、財務状況、後継者の適正を調べる。
- 基本方針の策定: 親族内承継かM&Aかなど、承継の大まかな方向性を決定。
- 専門家との協働: 税理士、弁護士、コンサルタントなどと相談し、具体的なプランを作り上げる。
- スケジュール設定: いつ誰が何を行うのか、明確なタスクと期限を設定する。
- 実行とモニタリング: 計画に沿って後継者育成や株式移転を進めつつ、状況に応じて修正を加える。
- 承継完了とフォローアップ: トップ交代後も一定期間フォローを続け、事業が安定運営できる体制を整える。
12-3. 計画の柔軟性と見直し
事業環境や会社の業績、後継者の成長度合いによって、当初の計画が変わる可能性は十分にあります。市場の変化や競合他社の動向、経営者や後継者の健康状態など、イレギュラーな要因は常につきまといます。そのため、計画は定期的に見直し、必要に応じて方針転換できる余地を残しておくことが大切です。
- 年度ごとのレビュー: 事業計画や人事評価と連動させて、承継計画の進捗を振り返る。
- 後継者との対話: 後継者が計画に対してどう感じているのかをヒアリングし、修正点を検討する。
- 外部環境の変化のキャッチアップ: 法改正や税制変更などに対応するため、専門家から最新情報を得る。
13. 承継後のマネジメントと企業文化の継続
13-1. 先代の影響力と距離感
事業承継後も、先代経営者が会社に強い影響力を持ち続けることがあります。これはポジティブにもネガティブにも作用します。ポジティブな面としては、長年培ってきた人脈やノウハウを活かし、後継者の経営をサポートできる点が挙げられます。しかし、ネガティブな面では、先代の存在感が強すぎて後継者が自分の色を出しにくくなる、社員が新社長ではなく先代の指示を仰いでしまう、といった問題が生じる場合があります。
13-2. 企業文化の継承と変革
企業が長年築いてきた文化や風土は、顧客や従業員との大切な接点となります。したがって、後継者はその企業文化を十分に理解し、適切な形で継承することが求められます。ただし、時代の変化に応じて変革が必要な部分もあるため、守るべき伝統と刷新すべき習慣を見極めるバランス感覚が必要です。たとえば、ISOの取得やSDGsへの対応など、グローバルスタンダードへの取り組みをきっかけに組織文化を進化させる企業もあります。
13-3. 変化に対応する組織風土づくり
承継後、新体制での経営を円滑に進めるためには、変化に柔軟に対応できる組織風土を育むことが大切です。これは、一度整備して終わりではなく、常に検証と改善を続けていくプロセスといえます。
- チームビルディング: 新社長や幹部が率先して対話の場を持ち、従業員との信頼関係を構築。
- 目標管理と評価: 透明性の高い評価制度を導入し、成果に応じた報酬や昇進の仕組みを整える。
- 失敗を許容する文化: 新しいアイデアの試行錯誤を奨励し、リスクをとる姿勢を尊重する。
13-4. ビジネスモデルの見直しと成長戦略
承継後、ある程度の安定期が訪れたら、ビジネスモデルの見直しや新たな成長戦略の策定を行うことが重要です。市場環境や技術革新は日進月歩で変化しており、従来のやり方だけでは企業の生き残りが難しくなるケースもあります。ここで後継者がリーダーシップを発揮し、新たな事業領域にチャレンジすることで、企業の第二創業を実現できるでしょう。
14. 中長期的な視点で考える事業承継
14-1. 数世代先を見据えた戦略
事業承継は一度きりのイベントではなく、企業が存続する限り繰り返し発生するものです。とくにファミリービジネスであれば、二代目から三代目、三代目から四代目へと、継承は続いていきます。そのため、次の世代にも承継が円滑に行われる仕組みを整えておくことが理想的です。具体的には、ファミリーガバナンスのルール化やファミリー議会の開催など、欧米のファミリービジネスで一般的に行われている取り組みが参考になります。
14-2. 持株会社やホールディングス化
企業が成長し、複数の事業やグループ会社を抱えるようになると、持株会社(ホールディングス)形態を採用するケースが増えます。持株会社を設立することで、それぞれの事業会社に経営を任せ、株式はファミリーや後継者が一括管理する仕組みです。これにより、個別事業のリスクを分散させつつ、全体最適を図ることが可能になります。さらに、将来の事業承継でも、株式移転が比較的シンプルに行えるメリットがあります。
14-3. 後継者の教育とライフプラン
後継者が企業を継ぐということは、一人の人生の大きな選択となります。親族内承継であっても、後継者が必ず企業経営に興味を持ち、意欲的に取り組めるとは限りません。そのため、幼少期から家族の企業を身近に感じられるような教育や体験を提供することや、本人がやりたいことをある程度尊重しながら、経営への興味を育てる工夫が大切です。
14-4. 後継者不在の場合の長期的視点
もし後継者がいない、あるいは家族が継ぐ意思がない場合は、外部人材を招へいするか、M&Aによる承継を視野に入れる必要があります。しかし、これを短期間で決定するのは難しいため、中長期的に計画を立て、自社の企業価値を高めながら買い手や後継者を探すのが賢明です。新たなパートナーや投資家を見つけるにも時間を要しますし、社員の信頼を得るにも十分なコミュニケーションが必要とされます。
15. 事業承継と地域社会・ステークホルダー
15-1. 地域経済への貢献
中小企業の事業承継は、その企業と直接取引のある顧客や仕入先にとどまらず、地域経済全体に影響を及ぼします。特に地域密着型の企業の場合、そこが廃業してしまうと周辺地域の雇用やサービス、コミュニティ活動などにも深刻な影響が及びます。事業承継を成功させ、企業が存続することで、地域の活性化や地域ブランドの維持にも貢献できるのです。
15-2. CSR活動との連携
事業承継は企業の社会的責任(CSR)やサステナビリティと密接に関連します。後継者が地域貢献に積極的であれば、CSR活動を一層強化し、地域や社会との結びつきを深めるチャンスにもなります。たとえば、地元のイベントへの協賛や、地域の特産品とのコラボレーションなど、企業イメージ向上にもつながる取り組みが考えられます。
15-3. 地方創生と事業承継
地方創生が叫ばれるなか、中小企業の事業承継は地方の活力維持にとって重要な課題です。自治体や地方銀行、商工会議所などが共同で後継者探しを行ったり、Uターン就職やIターン就職を促進して、地域外から経営人材を呼び込んだりする事例も増えています。後継者にとっても、地方で安定した企業を継ぎながら新たなビジネスチャンスを開拓できる魅力があるため、うまくマッチングが進めばウィンウィンの関係を築けるでしょう。
15-4. ステークホルダーとの長期的関係
事業承継後も、顧客や取引先、金融機関、地域住民などとの長期的な信頼関係を維持することが欠かせません。特に経営者が変わるタイミングでは、ステークホルダーが不安を抱えやすいため、後継者は積極的にコミュニケーションを行い、これまでどおりのサービスや品質を維持する姿勢を示す必要があります。地域企業としての責任感を示すことが、結果的にブランドイメージの向上につながります。
16. 失敗事例から学ぶ教訓
16-1. 後継者の適性を見誤った例
ある中小企業では、現社長の一人息子が後継者に指名されたものの、本人は経営にまったく興味を持たず、むしろアート分野で活動したいと思っていました。無理やり社長業を引き受けさせた結果、モチベーションが低く、社員や取引先とのコミュニケーションもうまくいかず、最終的には事業縮小を余儀なくされたという事例があります。後継者の適性や意欲を見極め、本人の将来設計と会社の方針を擦り合わせるプロセスの重要性がわかります。
16-2. 税務対策を怠っていた例
急な相続が発生した際、相続税の準備が不十分で、多額の納税資金を捻出するために事業用資産を売却せざるを得なくなった企業も少なくありません。結果として資金繰りが悪化し、廃業や規模縮小に追い込まれるケースが後を絶ちません。事業承継税制を活用する、適切な保険商品に加入するなど、早めに対策を講じておけば避けられた可能性も高いのです。
16-3. 社員の離職が相次いだ例
事業承継の時期にトップダウンの急激な改革を断行した結果、幹部社員が大量に離職し、事業運営が回らなくなった例があります。前経営者のやり方を真っ向から否定するような姿勢を後継者がとったため、社員との軋轢が生じたのです。事業の変革と企業文化の継承はバランスが大切であり、社員との信頼関係づくりを疎かにすると、企業全体が混乱に陥るリスクが高まります。
16-4. M&A交渉の失敗
M&Aを検討していた企業が、相手先との交渉過程で社内の重要情報を開示しすぎた結果、デューデリジェンスの段階で価格交渉が難航し、結局交渉は破談に終わりました。その間に社内外で噂が広まり、信用が損なわれて事業に影響が出たという失敗例もあります。M&A交渉では情報管理が極めて重要であり、専門家のサポートを得ながら慎重に進める必要があります。
17. 事業承継における心構えとまとめ
17-1. 事業承継はゴールではなく通過点
事業承継は企業が存続・発展していくための重要なプロセスであり、決してゴールではありません。承継後も企業環境は変化し続けますし、後継者には新しい課題が次々と降りかかってきます。経営者交代の成功とは、ただ単にトップが交代することではなく、その後の成長戦略が上手く実行され、企業がさらに飛躍することにあります。
17-2. 信頼関係とコミュニケーションの大切さ
事業承継では、多くの利害関係者が存在します。親族、従業員、取引先、金融機関、地域社会など、それぞれのステークホルダーと信頼関係を構築し、コミュニケーションを欠かさないことが成功の秘訣です。承継を機に社内外で不安や疑問が生まれるのは自然なことですから、むしろそれを機会として対話を活発化させ、皆で新しい企業像を作っていく姿勢が望まれます。
17-3. 専門家との連携と情報収集
法律や税務、M&Aなど、事業承継には専門的な知識が欠かせません。社内だけで判断せず、税理士や弁護士、M&Aアドバイザーなどと連携しながら、最新の法制度や支援策を有効活用することが重要です。公的機関や商工会議所、地域の事業引継ぎセンターなども積極的に活用し、情報収集を怠らないようにしましょう。
17-4. 将来への投資とリスク管理
承継前後は企業にとって資金的・組織的に不安定な時期でもあります。一方で、このタイミングをチャンスと捉え、新規事業やDX化への投資を進めることで、企業の成長エンジンを生み出すことも可能です。リスク管理の視点を忘れず、長期的な視野で経営資源を配分し、組織のレジリエンスを高める取り組みが求められます。
17-5. まとめ
長寿企業を数多く生み出してきた日本では、事業承継は企業文化の一部ともいえる重要な営みです。しかし、社会構造の変化やグローバル競争が激化するなか、従来の常識や慣習に捉われているだけでは企業の存続が難しい時代となってきました。経営者の高齢化や後継者不足などの課題は深刻ですが、早めに計画を立てて専門家の支援を受け、組織や人材の育成に力を入れることで、多くの企業が未来への道筋を切り拓くことができます。
事業承継は企業の命運を左右する大きな選択ですが、正しく準備を重ねれば、企業を新しいステージに導く絶好のチャンスにもなります。本記事で紹介した知識や事例が、みなさまの事業承継に少しでも役立つことを願っております。最後までお読みいただき、ありがとうございました。どうか貴社・貴団体の未来が明るいものとなりますよう、心よりお祈り申し上げます。

株式会社M&A Do 代表取締役
M&Aシニアエキスパート・相続診断士
東京都昭島市出身。慶應義塾大学理工学部を卒業後、大手M&A仲介会社にて勤務し、その後独立。これまで製造業・工事業を中心に友好的なM&Aを支援。また父親が精密板金加工業、祖父が蕎麦屋、叔父が歯科クリニックを経営し、現在は父親の精密板金加工業にも社外取締役として従事。