1. はじめに

日本企業のグローバル化や事業承継ニーズの増大などを背景に、近年M&Aはますます重要な経営戦略の一つとして認識されるようになっています。M&Aの取引スキームは多岐にわたり、買収対象となる企業の状況や買い手・売り手の要望、資金調達手段やレバレッジの活用の可否、税務面・法規制上の制約など、さまざまな要因を考慮しながら選択されます。その中でも、比較的複雑なスキームとして知られるのが「2段階譲渡」です。

2段階譲渡(Two-step acquisition)とは、対象会社の株式を一度にすべて取得するのではなく、2段階に分けて取得(または譲渡)を行う手法のことを指します。例えば、最初の段階で対象企業の株式を一定割合だけ取得し、引き続き追加株式を取得するなど、多段階的に買収を進めるスキームを一般的に2段階譲渡と呼びます。この方法は、合併や株式交換など他の手法に比べてより柔軟な対応が可能である一方、実務的な調整事項や注意点が多く存在します。

本記事では、2段階譲渡が登場した背景や実際のスキームの組成方法、デューデリジェンスの重要性、メリット・デメリット、契約交渉のポイント、税務上の考慮、具体的事例など幅広く解説していきます。2段階譲渡は、買収側(買い手)・売却側(売り手)双方にとってメリットがある一方、契約リスクや税務リスク、対象会社の統合プロセスにおける課題など多くの論点があります。特に買い手側においては、最初の株式取得後に残余の株式を最終的に確保できないリスクへの備えも必要になります。こうした論点を総合的に把握することで、より適切で安全なM&Aスキームの構築をめざすことができるでしょう。


2. M&Aにおける2段階譲渡の概要

2.1 2段階譲渡の基本構造

2段階譲渡は、名前のとおりM&Aにおいて株式の譲渡を2つの段階に分けて実施する手法です。代表的な例としては、以下のようなプロセスを想定できます。

  1. 第1段階: 買い手が対象会社の株式のうち、特定割合(たとえば過半数)を先行取得する。
  2. 第2段階: 一定期間経過後、買い手が残りの株式(または一部)を追加取得する。あるいは経営の状況に応じてオプションを行使する形で譲渡比率を増加させる。

このようなスキームは、一度にすべての株式を取得せずに、対象会社の実態把握や経営権の安定確保などを目的として行われます。また、買い手の資金負担を段階的に分散する目的でも活用されるケースがあります。大型の買収資金が一度に必要ないため、ファイナンスの柔軟性が高まるのも特徴です。

2.2 2段階譲渡と類似スキームとの比較

2段階譲渡は、たとえば株式交換や合併などとどう違うのでしょうか。株式交換や合併は、対価として新株を発行して資本関係を一気に変更する手法ですが、2段階譲渡は現金やその他の対価を用いて、まずは支配権を取得し、その後に追加取得を行うという点で異なります。また、株式交換や合併では当事会社が一体化するため、スキーム実行後に完全子会社化を目指すのであれば、最初から100%保有を目指す手法のほうがシンプルかもしれません。しかし、それらの手法よりも柔軟性に富み、経営陣のモチベーション維持や段階的な統合プロセスを推進しやすいメリットをもつのが2段階譲渡の特徴ともいえます。


3. 2段階譲渡が生まれる背景

M&Aの取引にはさまざまなゴールや事情が存在します。たとえば、以下のような要因から2段階譲渡を選択するケースが増加してきました。

  1. 段階的なリスクコントロール
    買い手にとって、大きなリスクを背負う前に対象会社の実態やシナジー効果を確認したいというニーズがあります。最初の譲渡段階で対象会社の経営に一定程度関与し、実態を把握したうえで、追加投資を行うかどうか判断するというスタイルです。
  2. 資金調達上の事情
    大型の買収の場合、一度に多額の資金を用意するのは難しい場合があります。段階的に買収資金を投入することで、ファイナンス面の負担を分散できるメリットがあります。
  3. 経営者・創業者の意向
    売り手である現経営陣や創業オーナーが、完全な経営権移譲を急ぎたくない場合があります。たとえば、一定期間は共同経営を行い、その後徐々に買い手へ経営権を移していくという形態です。売り手にとっては、買い手の経営能力を見極めたいという思惑もあるでしょう。
  4. 企業文化や従業員のソフトランディング
    完全な買収では従業員が大きな不安を抱くことがあります。2段階で少しずつ支配権を移行すれば、従業員に対する説明責任を段階的に果たし、スムーズな統合を図れる可能性があります。
  5. その他の規制や社会的配慮
    規制産業や許認可が絡むビジネスでは、一度に100%株式取得することに慎重になる場合があります。あるいは、競争法上のクリアランス取得を待つ間に一部株式を押さえておくなど、規制対応的にも2段階譲渡が検討されることがあります。

これらの背景を踏まえ、2段階譲渡はさまざまな思惑や制約条件をクリアしつつ、買収プロセスを進めるスキームとして活用されているのです。


4. 2段階譲渡の主なスキーム例

2段階譲渡には多様なバリエーションが考えられますが、以下に代表的な例を挙げます。

4.1 過半数取得 → 残余株式取得

最も典型的なパターンは、最初に過半数(50%超または2/3超など)を取得することで買い手が経営権を確保し、ある程度対象会社の経営に参画したのちに、残りの株式を取得して100%の子会社化を完了させる手法です。上場会社の場合はTOB(株式公開買付)により過半数取得を目指し、その後スクイーズアウト(株式等売渡請求等の制度)で少数株主を排除するケースもこの一種とみなすことができます。

4.2 少数株主として参画 → 将来の買収オプション行使

もう一つのパターンとして、初期投資ではたとえば20~40%程度の株式を取得して、対象会社のボードメンバーを派遣するなどの関与から始めるスキームがあります。買い手としては、小口の株式取得の時点で将来的な追加取得を行うオプション(コール・オプション)を契約で確保しておきます。一方で売り手側には、買い取り請求に応じなければならないプット・オプションが付される場合もあり、お互いのリスクコントロールに利用されることもあります。

4.3 段階的な経営引継ぎ

事業承継の文脈で、オーナー経営者が高齢化して後継者不足に悩んでいる場合、まずは半分程度の株式を譲渡して買い手に経営を任せつつ、オーナー自身も一定の株式保有や経営関与を継続する形態があります。ある程度の移行期間を経て、社内外のステークホルダーへ買収後の体制を定着させた上で、段階的に残余の株式を譲渡し完全譲渡へ移行するのです。この場合、売り手の創業者が一定期間経営に関わるため、社内外への信頼度も高い状態で徐々にバトンタッチが可能となります。


5. 2段階譲渡におけるデューデリジェンスの重要性

5.1 段階的だからこそ重要になる実態把握

2段階譲渡においても、買い手は当然デューデリジェンス(DD)を実施します。最初の株式取得で過半数以上を握る場合や、少数株主として参画する場合も含めて、対象会社の財務・税務・法務・ビジネス・人事・ITなど幅広い領域を調査する必要があります。

しかし、段階的に支配権を取得するスキームでは、最終的に追加株式を取得するかどうか、あるいは追加取得のタイミングやスキームをどう設定するかが極めて重要となります。特に、第1段階と第2段階の間に対象会社の価値がどのように変動するかを見極める必要があります。

  • 財務DD: キャッシュフローの実態や潜在的な債務リスク、過年度の会計処理の妥当性などを確認。
  • 税務DD: 将来の税務リスクが潜んでいないか(過去の納税状況や移転価格税制のリスク、消費税や源泉所得税の取り扱いなど)。
  • 法務DD: 取引先との契約や重要なライセンスの状況、訴訟リスク、許認可等の問題がないか。
  • ビジネスDD: 対象会社のマーケットポジションや競合状況、製品・サービスの収益性、将来性。
  • 人事・労務DD: 幹部人材やコアメンバーがどれだけ残留しているか、労働環境や組合との交渉リスク。
  • ITDD: 基幹システムやセキュリティ、DX戦略との親和性など。

最初の段階で十分なDDを実施しておくことで、第2段階の追加取得条件(価格やタイミング、オプション行使の条件など)を適切に設定できます。

5.2 第1段階取得後のモニタリング

2段階譲渡の特徴として、第1段階取得後に買い手が対象会社の内部情報にアクセスしやすくなることが挙げられます。少なくとも取締役派遣や重要会議への参加によって、対象会社の真の実力や課題を一段深く掴める可能性が高まります。そこで、買い手側としては第1段階終了後も継続的にモニタリングを行い、情報をアップデートしながら第2段階の取得条件を精査していくことが重要となります。

  • 経営指標の追跡: 売上や利益の推移、重要KPIのモニタリング。
  • 新規プロジェクトや投資の進捗: 第1段階終了後に着手した戦略的な施策やCAPEX(設備投資)の成果。
  • 組織・人材面の変化: 幹部やキーパーソンが退職していないか、買い手の企業文化と融合できているか。
  • リスクの顕在化: 想定外の債務や訴訟リスク、テクノロジー面の障害などの発生状況。

こうしたモニタリング結果を踏まえ、第2段階で提示する株式取得額の調整や、追加条件(アーンアウト条項など)の再交渉余地を検討します。この継続的な情報収集と判断こそが、2段階譲渡の大きな特徴であり、デューデリジェンスとの相乗効果で的確な意思決定が可能になります。


6. 2段階譲渡のメリット

6.1 買い手側のメリット

  1. リスク分散・コントロール
    一度にすべての株式を取得しないことで、大きな投資リスクを分散できます。第1段階で経営に関与しながら対象会社の成長余地や経営陣の能力を見極めることができるため、第2段階の投資判断をより確実に行いやすいでしょう。
  2. 資金調達の柔軟性
    2段階に分割して投資を行うため、大型投資を一度に行うよりもファイナンス面で余裕を持ちやすいです。買い手自身のキャッシュフロー状況や資金調達計画に合わせて段階的に買収を進められます。
  3. 経営統合のソフトランディング
    対象会社の従業員や取引先を急激に変化させることなく、まずはメインとなる株式を取得して経営権を握り、その後状況を踏まえて完全子会社化へ移行するため、PMI(Post Merger Integration)の負担を段階的に軽減できます。
  4. オプション的な取得
    初期投資で得た出資比率は限定的でも、将来的な買収オプションを設定しておくことで、有望な事業や技術を囲い込む手段となります。状況が好転すれば追加取得を行い、逆に悪化すればオプション放棄や契約で定めた解除条項を行使できる柔軟性も考えられます。

6.2 売り手側のメリット

  1. 高値売却の可能性
    第2段階の株式取得価格を連動させる契約(アーンアウトなど)により、対象会社の業績向上が見込める場合には高値での売却につながりやすいです。特にスタートアップや成長企業の場合、M&A後に価値が上昇することで、売り手に有利な条件を設定しやすいでしょう。
  2. 経営者・創業者の段階的な出口戦略
    いきなり100%を譲渡するのではなく、一部の株式を保有し続けることで、引き続き経営や事業発展にコミットできます。完全譲渡に心理的抵抗がある場合や、後継者問題を徐々に解消していきたい場合には有力な選択肢となります。
  3. 経営権移譲後の統合リスク軽減
    2段階譲渡によって新オーナーの手法や文化を徐々に社内に浸透させることで、従業員の動揺や顧客離れなどを抑えられるメリットがあります。特にオーナー系企業の場合、買い手企業の価値観や方針と合致しないまま一気に統合されるリスクを低減できます。
  4. 追加投資・協力関係の深化
    第1段階で新たな資本を受け入れることにより、経営資源の強化や共同事業の推進など、売り手企業にとっても成長機会を得られます。買い手のグループリソースを活用して売り手の事業が拡大すれば、結果的に最終的な売却額も増やせる可能性があります。

7. 2段階譲渡のデメリットとリスク・留意点

7.1 買い手側のデメリット・リスク

  1. 最終的に株式を確保できないリスク
    契約によって後から追加取得できる権利(オプションなど)が設定されていたとしても、何らかの事情によって最終的に100%子会社化が実現しないケースがあります。少数株主との対立や、追加取得の価格交渉が難航するリスクは常に考慮すべきです。
  2. 経営権行使が中途半端になる可能性
    第1段階で過半数を取得しない場合は、十分な支配権を得られず、思うように経営改革を進められない場合があります。経営権が不安定な状況だと、従業員や取引先にもネガティブな印象を与えるかもしれません。
  3. 対象会社の情報開示リスク
    第1段階と第2段階の間に対象会社の業績が悪化していたり、特定の事業リスクが表面化したりすると、追加取得に踏み切れなくなるリスクがあります。その場合、第1段階の投資分が無駄になるだけでなく、経営介入による責任問題も生じる可能性があります。
  4. 追加取得時の税務・会計処理の複雑化
    2段階で株式を取得する場合、のれんの計算や税務処理が複雑になることがあります。最初の取得時の購入価格と追加取得時の価格との差異や、連結会計上の取り扱いなど、会計・税務上の論点が増えます。

7.2 売り手側のデメリット・リスク

  1. 最終的な売却額が不透明
    売り手としては、2段階譲渡が前提であっても確実に第2段階の譲渡が実行されるとは限りません。したがって、当初期待していた売却益が得られないリスクがあります。
  2. 共同経営期間における経営対立
    第1段階で買い手が議決権の一定割合を取得し、経営に関与してくると、経営の方針や組織改革をめぐって従来のオーナー経営者と対立が生まれることもあります。スムーズに協力できない場合、会社全体が混乱し、業績にも悪影響が出る恐れがあります。
  3. 秘密情報の流出リスク
    2段階譲渡で買い手が少数株主として参画している間に、秘密情報が買い手企業に渡る形になります。それを利用して競合企業に対して優位に立たれたり、契約解消など想定外の事態に繋がるリスクも考えられます。
  4. 売り手側の管理コスト増
    第1段階後も株主構成が複雑になる場合や、共同経営体制への移行によって株主間協定やガバナンスの強化など、企業運営上の手続きが煩雑になることがあります。

8. 実務プロセスにおける具体的手順

2段階譲渡における実務プロセスは、一般的なM&Aの流れと大きくは変わりませんが、契約交渉やDD、ファイナンス手配などを2段階に分けて行う必要がある点が特徴です。以下に大まかな流れを示します。

  1. 基本合意(LOI)・秘密保持契約(NDA)の締結
    • 取引の大枠を合意し、デューデリジェンスの方法やスケジュールを含む基本条項を取り決める。
    • NDAにより秘密情報の保護を図る。
  2. デューデリジェンス(第1段階向け)
    • 買い手は対象会社の財務・税務・法務・ビジネスなどについて調査する。
    • 第1段階で取得する株式比率・取得価格の妥当性を検証。
  3. 最終契約の交渉・締結(第1段階譲渡)
    • 株式譲渡契約(SPA: Share Purchase Agreement)や株主間契約(SHA: Shareholders Agreement)の内容を詰める。
    • 第2段階の株式取得に関するオプションや評価方法、アーンアウトなどの条件を定める。
    • 第1段階の取引が成立すれば、株式譲渡実行(クロージング)となる。
  4. 経営への参画・モニタリング期間
    • 第1段階で取得した株式をもとに、買い手は取締役派遣や経営会議参加などを通じ、対象会社の経営を把握・モニタリング。
    • 必要に応じて追加調査・DDを実施。
  5. 第2段階の株式取得交渉・評価
    • 追加取得株式の価格決定や、契約で定められたオプションの行使判断を行う。
    • 対象会社の業績やリスク要素の変化を考慮しながら、最終的な買収シェアを決定。
  6. 最終契約・クロージング
    • 第2段階のSPAを締結し、売り手から残りの株式を譲受する。
    • これにより、完全子会社化や最終的な持分比率が確定する。
  7. PMI(Post Merger Integration)
    • 2段階譲渡の完了後、買い手のグループ会社としての統合プロセスを進める。
    • 共通システムや組織、ブランド戦略、経理基準などを統合・標準化。

9. 契約における主要条項・工夫点

2段階譲渡の場合、最初のSPA・SHAで第2段階に向けた枠組みをできるだけ明確に定めておくことが重要です。以下に主要な契約条項とその工夫点を示します。

  1. 価格調整(Price Adjustment)
    • 第1段階取得時の株式価格と、第2段階取得時の株式価格をどのように連動させるか。たとえばEBITDAや純資産額、売上高など一定の指標で調整する方法があります。
    • 条件付き対価(Earn-out)を設定する場合は、具体的な算定期間や算式を詳細に定める必要があります。
  2. オプション条項(Call/Put Option)
    • 買い手が追加取得できるコール・オプションをどのように行使するか、売り手がどのタイミングでプット・オプションを要求できるかなどを協議します。
    • 価格や行使期間などを明確化しないと後々争いの種となるため、厳密な条件設定が重要です。
  3. 表明保証(Representations and Warranties)
    • 2段階譲渡においても、通常のM&A同様、財務・税務・法務など幅広い領域で売り手が買い手に対して表明保証を行います。
    • 第2段階における追加取得時点でも一定の表明保証を継続するのか、あるいは最初の取得時点で区切られるのかなど、スコープを明確にする必要があります。
  4. クロージング条件(Conditions Precedent)
    • 第2段階のクロージングに至るまでに満たさなければならない条件を設定することがあります。たとえば営業利益の達成など業績目標が含まれる場合もあります。
  5. 株主間契約(SHA: Shareholders Agreement)
    • 第1段階で共同経営となる場合、取締役選任権や重要事項決定権、配当方針などを取り決める株主間契約が必須です。
    • 第2段階で完全子会社化する場合には、この契約は終了または大幅に修正されることを想定しておく必要があります。
  6. 競業避止・機密保持義務
    • 売り手・買い手双方が業務上知り得た情報をどこまで利用できるか、競業関係の規定をどうするか、2段階の間の取り扱いを明確にしておくことが大切です。

10. バリュエーション(企業価値評価)に関する考え方

2段階譲渡では、第1段階と第2段階の取得時点で企業価値評価のアプローチが変化し得る点に注意が必要です。以下に主なバリュエーション手法と、2段階譲渡に特有の論点をまとめます。

  1. DCF法(Discounted Cash Flow)
    • 対象会社が将来生み出すフリーキャッシュフローを割り引いて現在価値を算定する手法です。
    • 2段階譲渡では、第1段階取得後に経営改善やシナジー効果を見込む場合、それが将来キャッシュフローに反映されるため、買い手・売り手で前提条件や割引率などについて綿密な協議が必要となります。
  2. マルチプル法(類似企業比較法)
    • 上場企業や類似取引のEV/EBITDA、PER、PBRなどの倍率を参考に評価します。
    • 第1段階で少数株主として入る場合は、マイノリティディスカウント(非支配株主割引)をどう考慮するかがポイントです。第2段階で過半数取得する際には、コントロールプレミアムを上乗せするかが論点になります。
  3. ネットアセットアプローチ(純資産ベース)
    • 資産と負債を時価評価し、正味の資産価値を算定する手法です。
    • 特に不動産が多く含まれる企業などでは重要となりますが、稼ぐ力(営業利益)とのバランスをどう評価するかが問題となります。
  4. アーンアウト考慮
    • 第2段階取得時の価格を対象会社の業績に連動させる場合、DCFやマルチプルの条件を特定のKPIに結びつける形で設定します。たとえばEBITDAが一定水準を超えたら追加対価を支払うなど。
    • この場合、ターゲットとなる指標や算定期間、会計方針の統一など細部にわたって事前に定義しておかなければトラブルの原因となります。

11. 税務上の考慮ポイント

2段階譲渡では、税務面で特有の論点が生じることがあります。特に以下の項目を検討しておく必要があります。

  1. 取得価格の配分と繰延資産
    • 第1段階で取得した株式の簿価やのれん計上と、第2段階で追加取得する株式の取得価額との整合性をどのように扱うか。
    • 連結納税制度や組織再編税制との関係にも留意します。
  2. 譲渡益課税(売り手側)
    • 売り手側が個人の場合、譲渡益に対する所得税・住民税が発生します。2段階に分けて譲渡した場合、それぞれの時点で譲渡が生じるため、課税タイミングや適用される税率に注意が必要です。
    • 売り手が法人の場合も、法人税や地方税などの影響を考慮する必要があります。
  3. 配当や役員報酬の課税
    • 第1段階後、売り手オーナーが少数株主として残る間に受け取る配当や役員報酬がある場合、その課税関係も検討する必要があります。
  4. 外国税制との調整
    • 海外企業との2段階譲渡では、移転価格税制や二重課税防止条約、現地子会社への課税リスクなどを多角的に検討する必要があります。
  5. 間接税(消費税や印紙税)
    • 株式譲渡自体は消費税の課税対象外ですが、その他契約書にかかる印紙税の有無など、細かな点も押さえておきましょう。

12. 2段階譲渡の具体的事例

12.1 国内上場会社のTOB事例

上場企業の買収でよく見られるのが、最初にTOB(株式公開買付)で50%超または2/3を目指す事例です。これは一気に100%を取得できない状況や、市場からの取得コストを考慮して一旦過半数を確保したのち、株式併合や株式売渡請求などのスクイーズアウト手法で少数株主を排除して完全子会社化を目指すプロセスにあたります。法的には1.5段階とも呼べるスキームですが、実質的には2段階に分けて買収する形です。

12.2 中堅企業の事業承継での段階的譲渡

事業承継ニーズの高い中堅・中小企業では、買い手がまず過半数の株式を取得し、創業オーナーが残りの株式を一定期間保有して取締役として引き続き経営に関与するケースがあります。3年~5年程度の移行期間で、新オーナーの経営方針が社内外に浸透し、売り手のオーナーも徐々に退任の準備を進め、その後第2段階で株式を追加取得して完全譲渡を完了します。

12.3 ベンチャー企業への投資(少数持分→買収)

VC(ベンチャーキャピタル)や事業会社がベンチャー企業にまずは少数出資して成長を支援し、時期が来たら追加出資して支配権を握るケースは頻繁にみられます。スタートアップ側としても、M&Aにより一気に大企業の傘下に入るより、段階的に資本提携を深めるほうがリスク分散につながります。


13. 2段階譲渡の活用が想定される場面

2段階譲渡は、特に以下のような場面で活用が検討されます。

  1. 高額買収でのリスク分散が必要な場合
    大型M&Aでは一度に多額の資金を投下することのリスクが大きく、買い手の財務負担も大きくなりがちです。少数株を先行取得し、状況を見極めて追加取得することでリスクを抑制できます。
  2. 事業承継・オーナー引継ぎ
    創業者が会社を売却する際、いきなり100%売却だと従業員や取引先への影響が大きい場合があります。オーナーが一部株式を保有しながら買い手との協業期間を経て、徐々に譲渡することでソフトランディングを図れます。
  3. スタートアップ投資・コーポレートベンチャー
    有望な技術やサービスをもつスタートアップに対し、まずは部分出資を行い事業を伸ばしてから完全買収を行うパターンです。アーンアウトやマイルストーン設定と組み合わせることで、双方が成長メリットを享受できます。
  4. 外資系企業による日本企業買収
    文化や言語のギャップが大きい場合、最初から100%買収だと統合がうまくいかない懸念があります。段階的に株式を取得し、日本企業の文化や人材を理解しながら最終的に子会社化へ持ち込むというアプローチが取りやすいです。

14. 海外M&Aにおける2段階譲渡の動向

海外M&Aにおいても、2段階譲渡のスキームはよく活用されています。特に新興国市場や特殊なライセンス・許認可が必要な業種(インフラ、金融、通信など)では、現地政府や規制当局の許可を取得するプロセスが長引くこともあります。その間に経営権確保のため一定割合の株式を先行取得し、徐々に追加取得を進めるという形でリスクヘッジするのです。

また、文化的側面やガバナンスの違いから、買い手企業が現地企業や共同出資者との関係を良好に保つには、段階的アプローチが適している場合も多いです。例えば、中国企業やインド企業へ投資する際には、政府当局の承認プロセスが複雑な場合があるため、2段階に分けることで確実に手続きを進められます。


15. 2段階譲渡をめぐる近年の法制度や規制の変化

日本のM&Aを取り巻く法制度や規制も時代とともに変化しています。特に会社法の改正や金融商品取引法、独占禁止法(公正取引委員会の許可)など、多くの規制が関連します。2段階譲渡においては、以下のような点に注意が必要です。

  1. 株式買付ルール(TOB規制)
    • 上場会社の株式を一定割合以上取得する場合には公開買付(TOB)の手続きが必要です。2段階譲渡の際にもTOB規制に抵触しないよう慎重に設計します。
  2. 少数株主のスクイーズアウト手続き
    • 株式併合や株式売渡請求などの手法で少数株主を排除する際には、会社法上の手続きを踏むことになります。2段階譲渡で過半数確保後に少数株主を排除する場合、反対株主への対応や公正な手続きの確保が求められます。
  3. 独禁法(競争法)
    • 特定の市場において企業支配が高まる場合、事前届出が必要なケースがあります。2段階に分けて支配度合いが変化していくため、各段階における公正取引委員会(あるいは外国の競争当局)の許認可を得る必要が生じる場合もあります。
  4. 会社法改正による組織再編スキームとの比較
    • 株式交付による買収など、新たな制度が整備されつつあります。2段階譲渡が最適か、それとも株式交付・三角合併など他のスキームのほうが効果的か、最新の制度動向を踏まえて検討が必要です。

16. 今後の展望とまとめ

16.1 今後の展望

  • 事業承継ニーズの増大
    中小企業の後継者不足問題が深刻化する中、オーナーが段階的に会社を譲渡しながら引退を計画するスキームは今後も増えていくと考えられます。
  • 海外M&Aのさらなる拡大
    新興国への進出や国際的な企業再編が進む中、リスクコントロールや現地パートナーとの関係構築の観点で2段階譲渡が選択されるシーンが増加すると予想されます。
  • 多様なファイナンス手法の活用
    レバレッジド・バイアウト(LBO)の活性化など、買い手企業がM&Aで資金調達する手段は拡大しています。ファンドと組んで段階的に買収を進めるスキームなど、新たな組み合わせがさらに増えるでしょう。
  • 規制・ガバナンス強化
    株主やステークホルダーがM&Aの透明性や合理性をより強く求めるようになるにつれ、2段階譲渡においても厳密な開示と公正な手続きが求められます。コンプライアンスやESG投資の観点からも、買収プロセスの透明性が注目されるでしょう。

16.2 まとめ

2段階譲渡は、M&Aにおける柔軟性リスクコントロールを同時に実現できるスキームとして注目されてきました。一方で、契約面や税務面、PMIにおける統合プロセスなど注意すべき点も多く、実務上は詳細な検討と専門家のサポートが不可欠です。

  • メリット: 段階的にリスクを抑えられる、資金負担を分散できる、共同経営期間を設けてソフトランディング可能など。
  • デメリット: 最終的な取得に失敗するリスク、共同経営上の対立リスク、契約や税務が複雑化するなど。
  • 主な活用シーン: 大型M&Aのリスク分散、事業承継・オーナー引継ぎ、海外進出、ベンチャー投資など。
  • 契約上のポイント: 第2段階の価格調整やオプション条項、株主間契約、表明保証、クロージング条件などを念入りに設定。
  • 今後の動向: 事業承継ニーズや海外M&Aの増加、ファイナンス手法の多様化などで2段階譲渡の活用はさらに広がる見込み。

本記事では2段階譲渡のスキームや背景、メリット・リスク、契約条項、税務などを総合的に整理してきました。M&Aは企業の将来を左右する重要な意思決定ですので、2段階譲渡を検討する際には本記事で示したポイントを踏まえつつ、必ず専門家との連携を図り、十分な調査・交渉・計画立案を行ってください。特に2段階の間に対象会社がどのように成長していくか、またはどのようなリスクが顕在化するかをシミュレーションし、各段階で適切な意思決定ができる体制を整えることが鍵となります。

2段階譲渡は、売り手にとっては高値売却や段階的な事業承継を実現でき、買い手にとってはリスクコントロールと投資効果の最大化を狙える魅力的な手法です。その一方で、不透明な部分や権利関係の複雑化を招きやすいため、契約交渉の初期段階から将来像を見据えた十分な準備が必要となるでしょう。双方がウィンウィンとなるよう、各種条項やPMI計画、ガバナンス設計を慎重に検討し、成功に導いていただければ幸いです。