第1章:ロックアップの概念と背景

1-1. ロックアップ(Lock-up)とは何か

M&A(Mergers and Acquisitions、企業の合併・買収)における「ロックアップ(Lock-up)」とは、株式や持分を譲渡する際、その売却または譲渡を制限する合意や契約を指す。ロックアップにはさまざまな種類や目的が存在するが、一般には「一定の期間、あるいは一定の条件が整うまで株式の売却・譲渡を禁止または制限することで、取引の安定性を高める」ことを目的とするケースが多い。とりわけ上場企業でのM&Aや株式再編・大規模資金調達などが伴う際には、相手方株主や市場の信頼を獲得するためにもロックアップが設定される場合がある。

ロックアップという言葉は、日本のM&A実務においても広く使用されている。英語圏では「Lock-up Agreement(ロックアップ契約)」と表記されることが多く、上場に伴う既存株主や経営陣による保有株の売却規制を定める「IPOロックアップ(Initial Public Offering Lock-up)」なども有名である。日本では、IPOにおけるロックアップのほかにも、買収防衛策としてのロックアップや、M&Aにおける最終契約締結前に売り手株主と締結しておくロックアップが存在する。そうしたロックアップの形態は多岐にわたるものの、根本的な思想は「対象となる株式を一定期間・条件で自由に売買させない」という点で共通している。

1-2. ロックアップの歴史・起源

ロックアップが誕生した背景としては、主に以下のような理由が挙げられる。

  1. 取引成立への確実性
    買収側としては、交渉の最終局面になって想定外の株式の売却や株価変動などが起こり、取引が不安定になることを避けたい。そこで、あらかじめ大株主や経営陣など主要なステークホルダーに契約上の売却制限を課してもらい、最終契約まで株式を動かされないようにすることで、取引の確実性を高めようとした。
  2. 市場安定性の確保
    特に上場企業のM&AやIPOの直後などは、相場が急変するリスクがある。大口株主が短期的に大量売却をすると流動性リスクや株価急落の可能性が高まるため、あらかじめ一定期間の売却を禁じることで、市場への過度な影響を抑える意図がある。
  3. 協業やシナジー創出への動機付け
    ロックアップ期間中は株式を売却できないため、株主は会社の将来の企業価値に対してコミットせざるを得なくなる。これにより、株主や経営陣が会社の成長・統合効果の最大化を目指すインセンティブを強化する狙いがある。

M&Aにおけるロックアップの契約形態がアメリカなどで盛んに用いられるようになったのは、1960年代後半から1970年代にかけてのいわゆる「コングロマリット・ブーム」や、その後の大型M&Aの増加が背景にあるとされる。そして日本でもバブル期以降、大型買収案件が増え、さらに2000年代以降の海外投資家の積極的な日本企業買収などに伴って、ロックアップが一つの常識的な契約条項として浸透してきた。

1-3. ロックアップと株式買収・株式移転

M&Aにおいて対象となる株式の取得方法は大きく分けて、「株式譲渡(Share Purchase)」や「株式交換(Share Exchange)」、あるいは「株式移転(Share Transfer)」などがある。これらのスキームにおける株式の移転タイミングや効力発生に合わせて、ロックアップの設定が組み込まれる。特に株式譲渡を用いたM&Aでは、買収完了(クロージング)までに対象企業や大株主が余計な株式の移転・希薄化を行わないよう、ロックアップ条項が取り決められることが多い。

同様に、非上場企業が上場企業を買収するケースや上場企業同士の大型再編であっても、買収手続きが長期化する場合にロックアップが有効に活用される。例えば、公正取引委員会による企業結合審査が入るような大型案件では、最終的な合併・買収の承認や発効までに数ヶ月以上かかることも少なくない。その間に対象企業の主要株主が勝手に株式を売却したり、別の競合他社が割り込んで買収を提案してきたりするリスクを減らす手段として、ロックアップ契約が用いられるのである。


第2章:ロックアップの種類と目的

2-1. 対象者別のロックアップ

ロックアップの対象者は、大きく以下のように区分されるケースが多い。

  1. 大株主・主要株主向けロックアップ
    企業の経営に大きな影響力を持つ大株主や主要株主に対して、一定期間は株式を売却しないように合意を取り付ける。これにより、買収側は大株主の株式が取引条件どおりに引き渡されることを確保し、同時に市場への影響を抑えられる。
  2. 経営陣・従業員向けロックアップ
    M&A後も会社に残る経営陣や主要社員の保有株について、売却を制限することもある。これは、買収後の経営安定や、経営陣が「退職と同時に株式を売却してしまう」事態を防ぐことで、企業価値の維持・向上を狙う。経営陣株主の場合、退職や譲渡制限の緩和などについて別途合意しておくこともある。
  3. 一般株主向けロックアップ
    IPOなどでは、既存株主全員、あるいは一定の大株主のみを対象としたロックアップが設定される。M&Aにおいては、単なる少数株主に対して一律にロックアップを求めることは少ないが、従業員持株会などが存在する場合は、特定の制度を活用して、売却制限を設定することもある。

2-2. 期間別のロックアップ

ロックアップの期間は、M&Aの種類や交渉内容によってさまざまだが、大きくは以下のように分類できる。

  1. クロージング(最終契約締結)までのロックアップ
    一般的には買収側と売り手側が基本合意書(LOI: Letter of Intent)や株式譲渡契約(SPA: Share Purchase Agreement)を結んでからクロージングに至るまでの期間、対象企業や主要株主に対して、他社との交渉禁止や株式売却禁止を定めることが多い。いわゆる「独占交渉権」としての意味合いも含まれる場合がある。
  2. クロージング後、一定期間のロックアップ
    これは、買収後の早期に株式が大量に売りに出されることを防ぐ目的で、譲渡した株主が再保有する株式の売却を一定期間制限する場合にあたる。特にエARN-OUT(アーンアウト)条項などで、売り手が買収後の業績に連動して追加対価を受け取る取引においては、ロックアップ期間中の企業価値向上が重要となるため、合わせて設定されることが多い。
  3. 特定のイベントが発生するまでのロックアップ
    例えば、M&A後に子会社化された企業が再上場(リスティング)を計画している場合や、別の合併が予定されている場合などは、特定のイベント(再上場の達成、一定の市場評価、あるいは特定の財務指標の達成など)が起こるまで、保有株の売却を制限することがある。

2-3. ロックアップの目的

ロックアップには、以下のような主な目的がある。

  1. 取引の安定性確保
    買収の最終決定までに主要株主が自由に株式を動かしてしまうと、取引自体が頓挫したり条件が著しく変わったりするリスクがある。ロックアップを結ぶことで、買収側は取引を「ロック」して安定性を確保できる。
  2. 市場混乱回避・投資家保護
    株式を大量に保有する主要株主が短期間で市場に株を売り出すと、供給量が急増して株価が暴落する可能性がある。それを防ぐため、一定期間は売却を禁止または制限するのがロックアップの意義の一つである。
  3. 戦略的シナジーの創出
    M&A後、売り手の経営陣や主要株主がそのまま株を保有し続けることで、企業価値向上に継続的にコミットするインセンティブを与える。売り手のノウハウや人脈が必要不可欠な買収案件では、特に重要な意味を持つ。
  4. 社内外の信頼維持・企業ブランド保護
    株主や従業員、取引先など社内外のステークホルダーに対して、「経営陣や主要株主は短期的な利益を追求しているのではなく、中長期的な企業価値向上を真剣に考えている」というメッセージを発信できる。これにより、企業ブランドが安定化する効果が期待できる。

第3章:ロックアップを取り巻く法的論点

3-1. 独占禁止法の観点

ロックアップ契約は、「一定の取引(M&A)が成立する前提で、他の競合買収提案を拒絶・制限させる」性質を帯びることがある。こうした行為は、公正な競争を妨げる可能性があるため、独占禁止法の面から検討が必要になる場合もある。特に大規模なM&Aにおいて、買収対象企業や買収側の市場支配力が高い場合は、公正取引委員会からの審査が厳格になることがある。

しかし現実には、ロックアップ自体が直ちに独占禁止法に抵触するわけではない。通常は、「取引の確実性確保や、買収後のシナジー創出を阻害しないために必要な範囲」のロックアップであれば、競争を不当に制限する行為とはみなされにくい。ただし、あまりにも長期にわたる独占交渉権の設定や、買収対象企業が他者との交渉を一切できないようにするような条項は、公正な競争を実質的に妨害していると見られる可能性が高まる。

3-2. 金融商品取引法の観点

上場企業の株式や有価証券に関わるM&Aの場合、金融商品取引法との関係も生じる。内部者取引規制やディスクロージャー(情報開示)の観点から、ロックアップ契約の存在や内容が投資家保護の観点で十分に開示されているかが問われることがある。

特に買収提案に対して競合する買収提案(ホワイトナイトなど)が出現する可能性があるときには、ロックアップの条項がどのように影響するのか、株主や投資家は十分な情報を得る必要がある。日本の場合は、大量保有報告書の提出義務や、**TOB(株式公開買付け)**に関わる規定などがあり、ロックアップ契約の内容は大きな論点となり得る。

3-3. 契約自由の原則とロックアップ

日本の民法上、「契約自由の原則」があるため、当事者間で合意が得られればロックアップ条項を設定すること自体は可能である。ただし、先述のとおり公序良俗独占禁止法、その他の法令に抵触しない範囲でなければ無効となる可能性がある。また、ロックアップ期間が極端に長い場合は、株主の財産権を不当に制限する行為として争われる余地もある。

したがって、ロックアップ期間を設定する際には、「事業統合の準備期間」「業績評価の目安となる期間」など、合理的な根拠が示せる期間であることが望ましい。さらに、途中で契約を解除するための条件(マテリアルアドバースチェンジが起こったとき、あるいは買収側が一定の義務を果たさなかったときなど)を定めることも、契約を適正に運用するためには重要となる。


第4章:ロックアップの具体的な条項例と交渉ポイント

4-1. ロックアップ条項の基本構成

一般的なロックアップ契約の条項には、以下のような項目が含まれる。

  1. 対象株式の明確化
    どの株主が、どの株式(何株・何種類)を対象に売却制限を受けるのかを明記する。上場企業の場合、転換社債や新株予約権など、株式以外の有価証券の扱いも注意が必要。
  2. 期間の定義
    いつからいつまでロックアップが有効か。

    • クロージングまで
    • クロージング後○ヶ月(あるいは○年)
    • 特定のイベント発生まで
      など、明確に期間を定める。
  3. 例外規定(免除事項)
    例えば、相続や遺贈に伴う株式移転や、エクイティファイナンスの一環で売却が許可される場合など、限定的な条件下でロックアップを免除する条項を設けることが多い。
  4. 違反時のペナルティ
    ロックアップ条項に違反して株式を売却した場合の損害賠償額や違約金などを定める。特に買収側にとって、株式が流出することで大きなリスクが生じる場合には、厳格なペナルティを定めることがある。
  5. 解除条件
    買収契約(基本合意や最終契約)が破談になった場合や、公的規制当局の承認が得られなかった場合、あるいは一定期間が経過してもクロージングが実行されない場合など、ロックアップが自動的に解除される条件を規定することが多い。
  6. 準拠法・裁判管轄
    国際取引の場合は、どの国の法律を準拠法とし、紛争が発生した場合はどこの裁判所、あるいは仲裁機関で解決するかを定める必要がある。

4-2. 交渉における留意点

ロックアップ条項を交渉する際には、以下のような論点が争点となることが多い。

  1. ロックアップ期間の長さ
    買収側はできるだけ長期にわたって売却を制限したい一方、売り手株主は流動性確保のために短期を望むという対立が生じる。最終的には、M&A後の統合プロセスや事業計画を勘案して「○ヶ月~○年程度」とすることが一般的である。
  2. 売却制限の範囲(譲渡・担保設定・貸株など)
    株式の直接売却だけでなく、譲渡担保に供することや貸株に出すこと、また派生商品を通じて実質的に売却と同等のポジションを取ることまで制限するケースもある。特に上場企業の場合は、ヘッジ取引やオプション取引を介して事実上の売却と似た効果を得ることができるため、その範囲をどこまで規制するかが重要。
  3. 例外規定の扱い
    家族間の相続や従業員向けストックオプションの行使に伴う株式移転などは、企業や当事者の事情によって必要となる場合がある。こうした正当な理由に限ってロックアップの制限を緩和する条件を定めることで、当事者の利害を調整することが一般的である。
  4. 競合他社からの買収提案への対応
    特にクロージング前のロックアップが強固に設定されていると、対象企業や大株主は、より良い条件を提示する競合他社の買収提案を受け入れられなくなる可能性がある。株主にとっては高値買収の機会を失う懸念があり、買収側にとっては取引の確実性を高められる反面、法的リスクも内包する。ここは交渉上最もデリケートな部分の一つである。
  5. 解除条件の明確化
    ロックアップがあまりにも厳密に設定されていると、想定外の事態(株価暴落、業績悪化、買収側の資金調達失敗など)が起きた際に、売り手が著しく不利になる可能性がある。万が一のときに売り手株主がロックアップを解除できる条件や手続きを明確に定義しておくことが、後々の紛争防止につながる。

第5章:実務におけるロックアップ活用例

5-1. 日本国内の事例

事例1:上場企業買収における大株主ロックアップ

ある上場企業A社が、非上場のBファンドからの買収提案を受けてMBO(マネジメント・バイアウト)を実施することになった。この際、A社の創業者一族が約25%の株式を保有していたが、以下のようなロックアップが結ばれた。

  • 対象株式: 創業者一族が保有するA社株式の全て。
  • 期間: Bファンドによる買収TOBが成立した後、1年間。
  • 目的: 買収後すぐに創業者一族が株式を売り抜けることを防止し、新たな経営体制への円滑な移行を実現する。
  • 例外: 相続に伴う譲渡は可。しかし市場売却や貸株、空売りは全て禁止。
  • 違反時のペナルティ: 契約違反1株につき○○円の違約金、およびBファンドに対する損害賠償義務。

このロックアップにより、市場は創業者一族が引き続き会社にコミットしていると認識し、株価の急落を回避できた。また、1年間という期間は比較的短期であるが、MBO完了後の事業再編・経営計画策定に十分な時間を与えるものと評価され、結果的に円滑な再出発が実現した。

事例2:非上場企業の事業承継M&A

非上場の製造業C社は、オーナー社長の高齢化に伴い事業承継M&Aを検討。買収候補としては、同業大手D社や投資ファンドE社など複数が名乗りをあげた。最終的にD社との株式譲渡契約を締結したが、クロージングまでに時間がかかる見込みだった。

  • ロックアップの内容:
    • 対象株主: オーナー社長一族(約60%の株式を保有)。
    • 期間: 株式譲渡契約締結日からクロージングまで(最長6ヶ月)。
    • 内容: 他社への売却や、第三者に対する譲渡オプションの付与は禁止。
    • 解除条件: D社の審査不承認や、D社が資金調達に失敗した場合などはロックアップ解除。

このロックアップにより、オーナー社長一族はD社との交渉以外の選択肢を事実上閉ざすことになったが、その代わりにD社は短期間で確実に買収手続きを進めることを約束した。また、必要な許認可手続きを円滑化するため、D社が専門チームを派遣してC社のサポートを行った。最終的に予定よりも2ヶ月短い期間でクロージングに至り、円満に事業承継が完了した。

5-2. クロスボーダー取引におけるロックアップ

事例3:海外ファンドによる日本企業買収

海外の大手投資ファンドF社が、日本の上場企業G社を買収する際、G社の筆頭株主(銀行系列の投資会社)とロックアップ契約を結んだ例を考える。

  • 目的: 買収提案の公表後、他の海外ファンドや競合業界プレイヤーによる買収合戦(オークション)となるリスクがあったため、筆頭株主が先にロックアップ契約を締結。
  • 内容:
    • 筆頭株主が保有するG社株式(全体の15%)を、F社の提示するTOB条件で必ず応募する。
    • 期間はTOB公表日から最長で3ヶ月間。
    • 競合他社からより有利な提案が出ても応募しない。
    • 違反時には多額の違約金を支払う。

このようなロックアップを結ぶことで、F社は買収成功の可能性を大きく高めた。しかし一方で、一般株主からは「筆頭株主が事実上、他の提案を遮断したことで、公正な価格競争を阻害しているのではないか」という批判が起こる可能性もある。最終的には関係当局からの許可が下り、TOBは成立したものの、このロックアップに関して一部株主からは「より高いTOB価格を得る機会を奪われた」という意見が出たとされる。これは、公正な市場競争とロックアップの必要性のせめぎ合いを象徴する事例といえる。


第6章:ロックアップが持つメリットとデメリット

6-1. メリット

  1. 取引の安定性を高める
    重要株主の株式が動かないため、M&Aの成立可能性が高まり、交渉をスムーズに進められる。
  2. シナジー獲得のインセンティブ強化
    売り手が一定期間株式を保有し続けることで、企業価値向上にコミットし、買収後のシナジーを最大化するモチベーションを引き出せる。
  3. 市場への過度な影響を抑制
    上場企業の場合、大量売却による株価暴落や投資家の混乱を防ぐことができる。IPO時のロックアップはとりわけ、投資家からの信用確保に役立つ。
  4. 競合排除効果
    対象企業や主要株主にロックアップを求めることで、M&A交渉に他社が割り込む余地を制限できる。買収側にとっては好都合な場合が多い。

6-2. デメリット

  1. 競争原理の働きにくさ
    ロックアップがあることで、他社からの買収提案を受け入れにくくなり、株主の利益最大化という観点で不利に働く可能性がある。
  2. 株主の流動性低下
    保有株式を一定期間売却できないため、緊急時の資金化が困難になる。個人株主にとってはリスクが大きい。
  3. 違約リスクと紛争の可能性
    ロックアップを巡って、契約違反が起きた場合の損害賠償を巡る争いが長期化する可能性がある。大量の違約金が発生する可能性も否定できない。
  4. 規制当局の懸念
    長期・強力なロックアップは、独占禁止法や金融商品取引法などの規制に抵触する可能性があり、当局の審査をクリアできない場合もある。

第7章:ロックアップの実務フロー

ロックアップを伴うM&Aにおける一般的なフローを整理すると、以下のようになる。

  1. 基本合意書(LOI)の締結
    • 秘密保持契約(NDA)とセットで検討されることが多い。
    • この段階で、独占交渉権に近いロックアップを取り付ける場合もある。
  2. デューデリジェンス(DD)の実施
    • 買収側が対象企業の財務・法務・税務・人事などを精査。
    • ロックアップ条項の必要性や範囲、リスクを具体的に検討。
  3. 最終契約(SPA)交渉・ロックアップ条項策定
    • 買収金額や支払い条件、買収スキームと並行して、ロックアップの詳細を詰める。
    • ロックアップ期間、違約金、解除条件などを文書化。
  4. 規制当局の審査・社内承認
    • 大型案件や特殊な業種では、独占禁止法や業法などの許認可が必要。
    • 取締役会や株主総会決議のプロセスを踏む場合もある。
  5. クロージング(最終実行)
    • ロックアップ条項も正式に発効。
    • ここから、一定期間または条件が満たされるまで株式の売却が禁止・制限される。
  6. ポストM&A統合プロセス(PMI)
    • ロックアップ期間中、売り手の経営陣や従業員が引き続き関与する場合は、PMI(Post Merger Integration)の一部として役割分担やコンプライアンス監視を行う。
    • 必要に応じてロックアップの解除や延長の検討も行われる。

第8章:ロックアップと買収防衛策

ロックアップは買収側にとって、競合他社からの提案を排除する効果があるため、ある種の買収防衛策のように機能することがある。一方で、防衛策として法的に認められるためには以下のような条件が必要とされることもある。

  1. 会社価値・株主共同の利益を目的としていること
    単に経営陣が地位を保全するためではなく、本当に会社の企業価値を守る手段となっているかが重要。
  2. 合理的で、過度に株主権を制限しないこと
    ロックアップ期間が異常に長かったり、違約金が過大だったりすると、株主の財産権を過度に侵害すると判断される可能性がある。
  3. 適切なプロセスを経て決定されていること
    取締役会や外部専門家の意見を踏まえ、十分な説明責任を果たした上で決定されているかが問われる。

実務上は、ロックアップ条項がホワイトナイトとの合意に盛り込まれるケースや、パックマンディフェンスクラウンジュエルなどと併用されるケースもある。ただし、買収防衛策としてのロックアップは、他の買収防衛策よりも特定の買い手との協調色が強い分、株主にとって有利かどうかの検討が必要である。


第9章:国際比較と日本特有の論点

9-1. アメリカのケース

アメリカでは、ロックアップは買収契約における標準的な条項として広く普及しているが、同時に裁判所による審査が厳格に行われる場合がある。特に、買収防衛策としてのロックアップが少数株主の利益を著しく害していると判断されれば、株主代表訴訟のリスクが高まる。アメリカでは、株主訴訟が多発する文化的背景もあるため、ロックアップの濫用には慎重にならざるを得ない。

9-2. 欧州のケース

ヨーロッパの各国でもロックアップは導入されているが、EU競争法などの観点から、大型案件ではロックアップが問題視されることがある。EUレベルでの企業結合審査をクリアするためには、ロックアップの期間や範囲が必要最小限であることを証明しなければならない場合がある。例えば、相互持株の売却を規制する条項が含まれていると、複数の国での手続きが必要になるケースもある。

9-3. 日本特有の論点

日本のM&A市場では、親子上場事業持株会社の形態、また企業集団内の複雑な株式所有構造などが存在するため、ロックアップをどの範囲・期間で設定するかが他国よりも複雑化する場合がある。また、買収防衛策としての事前警告型買収防衛策などとロックアップを組み合わせるケースも見受けられるが、株主総会での承認や、機関投資家や海外投資家との丁寧なコミュニケーションが欠かせない。


第10章:ロックアップの実務上の注意点とまとめ

10-1. 実務上の注意点

  1. ロックアップ対象者とのコミュニケーション
    経営陣や主要株主がロックアップに納得していないと、後々のトラブルの原因となりやすい。株主の立場からすれば、売却のタイミングを失うことや流動性の制限に強い抵抗があるため、その意義やメリットを十分に説明する必要がある。
  2. 規制当局との協議
    大型案件や業種によっては、事前に公正取引委員会や金融庁など、関連する当局と協議を行うことで、後に審査で問題になるリスクを軽減できる。特にロックアップ期間が長期に及ぶ場合や、競合排除効果が顕著な場合は要注意。
  3. 第三者利害関係者(機関投資家)への説明
    上場企業のM&Aでは、機関投資家の承認や協力を得られないと、スキーム全体が頓挫する可能性がある。ロックアップによるメリットを明確化し、公正な手続きと適正な価格算定を提示することが重要。
  4. ROFR(先買権)やタグアロング条項との整合性
    既存の株主間契約などで、株式譲渡に際して「先買権(ROFR: Right of First Refusal)」や「同時売却権(Tag-along right)」が設定されている場合、ロックアップとの整合性を吟味する必要がある。条項同士が相反すると、契約として無効になったり争いを生じる可能性がある。
  5. 国際税務面での影響
    クロスボーダー取引では、ロックアップ期間の存在が税務上の居住性判断や源泉徴収の要否に影響を及ぼす場合もある。ロックアップによって株式の引渡しタイミングが遅れる場合、課税の時期や国が変わる可能性があるため、専門家のアドバイスが不可欠。

10-2. まとめ

ロックアップは、M&Aの安定性・確実性を高めるうえで不可欠な制度設計の一つであり、買収側・売り手側・その他ステークホルダーにとって、それぞれメリットとデメリットが存在する。ロックアップ条項の具体的な内容は、取引規模や企業の状況、業界特性などによって大きく異なるため、画一的な「最適解」は存在しないと言ってよい。

実務においては、次のポイントを総合的に検討してロックアップを設定することが重要である。

  1. 目的の明確化: 取引の安定性確保なのか、買収防衛なのか、あるいは経営陣のコミットメント強化なのか。
  2. 期間・範囲の妥当性: 事業計画・統合プロセスのスケジュールに照らし合わせて合理的か。
  3. 法令遵守・リスク管理: 独占禁止法や金融商品取引法の要件を満たし、過度な制限を設けていないか。
  4. バランスの取れたペナルティと解除条件: 当事者間で納得のいく賠償水準と、想定外の事態に対する救済策。
  5. 利害調整とコミュニケーション: 株主や機関投資家、従業員、当局など多方面との合意形成が必須。

このように、ロックアップはM&A取引において「必要不可欠な安全装置」ともいえる反面、取り扱いを誤ると株主の反発や規制当局との衝突を招く可能性がある。特に日本の場合は、近年のガバナンス強化の潮流や機関投資家の発言力の高まりにより、ロックアップを含むM&Aスキーム全体の公正性・透明性がこれまで以上に重視される傾向にある。

実務の担当者は、法務・会計・税務・財務の専門家を交えながら、ロックアップの導入が本当に必要なのか、もし必要ならどのような形態や期間が適切なのかを慎重に判断することが求められる。また、クロスボーダー取引の場合は、各国の法制度や慣行の相違に十分留意し、国際仲裁や訴訟リスクにも備えた検討が不可欠である。

総括すると、ロックアップとはM&Aの成否を左右し得る非常に重要な契約条項であり、慎重かつ丁寧な設計・交渉が不可欠である。 企業価値最大化を見据え、適切な期間と範囲を設定し、株主や投資家、従業員、取引先などの多様なステークホルダーに対して十分な説明を行うことで、ロックアップを「円滑なM&Aを支える力強い手段」へと昇華させることができるのである。