目次
  1. はじめに
  2. 1.富山県の産業構造とM&Aの背景
  3. 2.富山県における主なM&A事例
    1. 2-1.運輸・物流事業関連のM&A
      1. (1) 東部ネットワーク<9036>、産業用ガス配送のテーエス運輸を子会社化(2024年3月1日)
      2. (2) 東部ネットワーク<9036>、工業用ガス輸送の魚津運輸を子会社化(2022年10月28日)
      3. (3) トナミホールディングス<9070>、中国地区を地盤とする新生倉庫運輸を子会社化(2020年7月31日)
      4. (4) トナミホールディングス<9070>、コンテナ・トラック輸送の高岡通運を子会社化(2021年5月12日)
      5. (5) バローホールディングス<9956>、3温度帯別輸配送の鷺富運送を子会社化(2024年4月2日)
    2. 2-2.ホテル・サービス業界における再編
      1. (1) 名古屋鉄道<9048>、名鉄トヤマホテルの全株式をブリーズベイホテルへ譲渡(2012年2月27日)
    3. 2-3.地方銀行・金融機関の店舗再編
      1. 富山銀行<8365>、金沢信用金庫の富山県内3店舗を取得(2011年9月16日)
    4. 2-4.建設・仮設資材関連の事業展開
      1. 西尾レントオール<9699>、木造構造物設計・販売のATAを子会社化(2021年7月1日)
    5. 2-5.医薬・ヘルスケア関連のM&A
      1. (1) 日比谷総合設備<1982>、医薬品製造設備設計の富山工営を子会社化(2010年4月28日)
      2. (2) 日医工<4541>、ジェイ・ウィル・パートナーズの子会社として経営再建へ(2022年11月14日)
    6. 2-6.海外子会社や合弁事業の譲渡・再編
      1. 江守商事<9963>、タイの精密プラスチック成型品製造会社THAI USUIを譲渡(2012年12月10日)
      2. タカギセイコー<4242>、精密プラスチック射出成形金型製造の中井製作所を黒田化学に譲渡(2021年3月16日)
    7. 2-7.文具・紙製品関連の譲渡・事業継承
      1. 中越パルプ工業<3877>、文運堂の文具事業をショウワノートホールディングスに譲渡で協議開始(2021年11月11日)
    8. 2-8.建材・住宅関連のMBO・事業譲渡
      1. 塩見ホールディングス<2414>、北陸建材社をMBOで譲渡(2009年2月25日)
    9. 2-9.食品・飲料メーカーのM&A
      1. (1) ライフドリンクカンパニー<2585>、日東紡<3110>傘下のニットービバレッジを子会社化(2022年11月8日)
      2. (2) ヒガシマル<2058>、冷凍食品製造のなかしまを子会社化(2016年7月25日)
      3. (3) バローホールディングス<9956>、富山県で食品スーパー「サンコー」運営の三幸を子会社化(2019年1月21日)
      4. (4) アルビス<7475>、食品スーパーマーケットサンピュアーとチェーン本部業務代行の新鮮市場を子会社化(2009年9月11日)
      5. (5) ジャパン・フード&リカー・アライアンス<2538>、銀盤酒造を子会社化(2017年9月29日)
      6. (6) JFLAホールディングス<3069>、盛田を通じて保有する「銀盤酒造」など酒造会社10社を伝統蔵へ譲渡(2022年12月27日発表)
    10. 2-10.ドラッグストア・調剤薬局チェーンの拡大
      1. (1) マツモトキヨシホールディングス<3088>、金沢の示野薬局を子会社化(2013年11月14日)
      2. (2) グローウェルホールディングス<3141>、ドラッグフジイを子会社化(2012年6月15日)
    11. 2-11.眼鏡・補聴器販売業の地域再編
      1. メガネスーパー<3318>、眼鏡・補聴器販売のメガネハウスを子会社化(2016年12月15日)
    12. 2-12.自動車部品・金属加工産業の再編
      1. (1) オージックグループ<6168>、農機・航空機部品切削加工のオイダ製作所を子会社化(2023年2月7日)
      2. (2) オージックグループ<6168>、自動車部品切削加工の広進工業を子会社化(2022年6月14日)
    13. 2-13.ガラス・化学製品関連の事業譲渡
      1. イチネンホールディングス<9619>、新光硝子工業を子会社化(2021年10月1日)
    14. 2-14.配管機器・伸銅事業における統合と譲渡
      1. (1) CKサンエツ<5757>(子会社サンエツ金属)、日立金属<5486>傘下の日立アロイから黄銅棒・加工品事業を取得(2020年6月29日)
      2. (2) CKサンエツ<5757>、日立金属<5486>から桶川工場の銅合金事業を取得(2020年7月3日)
      3. (3) CKサンエツ<5757>、電子部品メーカーの日立ケーブルプレシジョンからめっき線事業を取得(2013年6月20日)
      4. (4) サンエツ金属<5757>、配管機器を製造するシーケー金属を子会社化(2011年3月14日)
    15. 2-15.その他製造業・事業統合
      1. ワコールホールディングス<3591>、子会社が運営する福岡工場をリライエンスに譲渡(2024年8月26日)
    16. 2-16.自動車アフターマーケット(カー用品店)の資本再編
      1. オートバックスセブン<9832>、富山県で「オートバックス」経営のピューマを子会社化(2024年6月10日)
    17. 2-17.産業廃棄物処理・リサイクル分野の統合
      1. AREホールディングス<5857>、産廃処理子会社のジャパンウェイストをJ-STAR傘下のレナタスと統合へ(2023年10月26日)
  4. 3.富山県M&Aの特徴と今後の展望
  5. 4.富山県M&Aの意義と地域経済への影響
  6. 5.まとめ~富山県M&Aの今後に期待されること

はじめに

富山県は日本海側に位置し、豊かな自然環境とものづくり産業をはじめとする多様な産業が融合する地域です。県東部の魚津・滑川・黒部地域から県西部の高岡・射水地域、そして県中央の富山市まで、各エリアごとに地場の特色ある企業が数多く存在しており、全国的にもユニークな産業構造を形成しています。近年、この富山県においてもM&A(企業の合併・買収)が活発化し、県内外の企業による事業再編や成長戦略の一環として多岐にわたる事例が見受けられます。

本記事では、富山県で近年行われてきたM&A事例を時系列や業種ごとに振り返りつつ、それぞれの狙いや意義、背景となる富山県の産業構造について整理いたします。数多くの事例を通して、富山県ならではの地域特性や企業の強み、課題、そして今後の発展可能性についても掘り下げてまいります。

本稿が、富山県内企業のM&Aに関心を持たれる方や、今後同地域での事業展開を検討される方々のお役に立ち、さらには地域経済・産業の振興に関する議論の一助となれば幸いです。

(※本記事は約20,000文字程度を目指し、できるだけ詳細に解説しておりますが、一部重複や概要のまとめを含む箇所がございます。また、各M&A事例における取引価額などは公表された内容のみ、あるいは「非公表」として取り扱っております。)

1.富山県の産業構造とM&Aの背景

富山県は、古くから“越中の薬売り”で知られる医薬品関連産業や、北陸新幹線の開業なども後押しする観光・サービス産業、さらにはアルミ・銅などの非鉄金属を中心とした製造業まで、幅広い産業を擁しているのが特徴です。立山連峰や豊富な水資源を背景に、電力料金が比較的安価だった時代にはアルミ産業が発展し、金属加工やプラスチック成形など、ものづくりの基盤が現在でも県内にしっかり根付いています。

しかし、少子高齢化や国内市場の伸び悩み、国際競争の激化などにより、富山県内でも中小企業を中心に事業継承や事業再編の必要性が高まってきました。これに対応する形で、県内企業同士はもちろん、県外や海外の企業を含めたM&Aが活発化しています。ここからは、富山県における主なM&A事例を時系列やテーマ別に整理しながら、その背景や目的を詳しくご紹介します。

2.富山県における主なM&A事例

本章では、富山県内企業が当事者となった主要M&A案件を取り上げ、事例ごとに取引の概要や狙い、シナジー効果などを解説します。事例数が多いため、業態や企業の目的に着目しながら順にご紹介いたします。

2-1.運輸・物流事業関連のM&A

富山県は北陸地方の物流拠点として機能する地理的特性や、高速道路や鉄道網の整備によって西日本・中京圏・首都圏へのアクセスがしやすいという利点があります。加えて、工業用ガスや化学品などの工場群が県内に多く、物流企業の存在感が大きいことも特徴の一つです。

(1) 東部ネットワーク<9036>、産業用ガス配送のテーエス運輸を子会社化(2024年3月1日)

東部ネットワークは、2022年10月に工業用ガス輸送の魚津運輸(後述)を子会社化したことで産業用ガス輸送事業に参入し、さらなる拡大を狙ってきました。テーエス運輸(兵庫県尼崎市)は、フランス大手産業用ガス企業Air Liquideの日本法人の子会社としての歴史を持ち、液化酸素や窒素等の産業用ガス輸送に実績を有しています。東部ネットワークがテーエス運輸を子会社化したことで、阪神エリアから北陸・東海エリアへの輸送ネットワーク強化が期待されています。富山県の魚津運輸とも連携し、産業用ガス輸送の全国規模でのシェア拡大を見込んでいます。

(2) 東部ネットワーク<9036>、工業用ガス輸送の魚津運輸を子会社化(2022年10月28日)

魚津運輸(富山県魚津市)は1949年創業の老舗運送事業者で、酸素や窒素、アルゴン、水素など工業用ガス輸送を得意としています。半導体、鉄鋼、化学をはじめとする幅広い産業分野へガスを供給しているため、比較的安定した需要があるとみられています。東部ネットワークによる子会社化により、工業用ガス輸送分野でのノウハウを獲得しただけでなく、水素輸送など次世代エネルギー分野での事業拡大に対する布石ともなりました。

(3) トナミホールディングス<9070>、中国地区を地盤とする新生倉庫運輸を子会社化(2020年7月31日)

トナミホールディングスは富山県を本拠とする大手物流企業で、全国に物流拠点を持ち輸送サービスを提供しています。新生倉庫運輸(広島市)は主に中国地方で食品やメーカー系の物流を手がけてきました。トナミ側が新生倉庫運輸株式の67%を取得することで、県外地盤企業との連携を一層強化し、中国地方の配送ネットワークを拡充しています。富山県発の物流企業が全国規模で事業網を広げる典型的な事例といえます。

(4) トナミホールディングス<9070>、コンテナ・トラック輸送の高岡通運を子会社化(2021年5月12日)

トナミホールディングスは、富山県内の輸送網強化も同時に進めています。高岡通運(富山県高岡市)は1947年設立で、県西部を中心にコンテナ輸送やトラック輸送、倉庫業などを営んでいます。トナミHDが高岡通運の追加株式を取得し、持ち株比率を88.15%にまで引き上げたことで、富山県内での物流体制を盤石なものとし、より効率的な輸送サービスの提供が可能となりました。

(5) バローホールディングス<9956>、3温度帯別輸配送の鷺富運送を子会社化(2024年4月2日)

バローホールディングスは東海エリアを中心にスーパー、ドラッグストア、ホームセンターを展開する企業グループで、物流子会社を通じてエリア配送の効率化を進めています。鷺富運送(石川県白山市)は北陸3県(石川・福井・富山)を中心に3温度帯(常温、冷蔵、冷凍)で食料品や医薬品の輸配送を行ってきました。2024年4月に同社を子会社化したことで、北陸地域における集荷・配荷の効率化と、中部興産とのノウハウ共有によるサプライチェーン高度化が狙いとされています。

2-2.ホテル・サービス業界における再編

観光産業やホテル事業は富山県内でも重要な存在ですが、全国的な再編の流れや新規参入プレイヤーの動きを受けて、グループ外への譲渡が進む事例も見られています。

(1) 名古屋鉄道<9048>、名鉄トヤマホテルの全株式をブリーズベイホテルへ譲渡(2012年2月27日)

名鉄トヤマホテル(富山市)は名古屋鉄道の連結子会社でしたが、中期経営計画におけるグループ経営改革推進の一環として、ホテル事業に強みを持つブリーズベイホテル(横浜市)へ譲渡されることになりました。名鉄は期間満了となる土地・建物の契約更新を機に撤退を決定し、譲渡に踏み切った経緯があります。富山市のホテル業界再編としては象徴的な取引といえ、ホテル事業者同士の連携によってその後の運営やサービス水準の維持・向上が期待されています。

2-3.地方銀行・金融機関の店舗再編

富山県は県内に富山銀行や北陸銀行などが存在しますが、近年は地域金融機関の再編として、店舗の譲渡や統合が見られます。

富山銀行<8365>、金沢信用金庫の富山県内3店舗を取得(2011年9月16日)

富山銀行は地域金融の強化を狙い、金沢市を本拠とする金沢信用金庫が保有していた富山県内3店舗を譲り受けました。一方で金沢信用金庫は効率化策の一環として富山県内の店舗網を整理。金融機関の枠を超えた地域金融再編の一端として、県境をまたいだ店舗再編の事例となりました。

2-4.建設・仮設資材関連の事業展開

建設分野でも富山県内企業が持つ技術やノウハウが評価され、全国企業との提携や譲渡が進んでいます。

西尾レントオール<9699>、木造構造物設計・販売のATAを子会社化(2021年7月1日)

西尾レントオールは仮設資材レンタルの大手で、大型テントの分野に強みを持ってきました。ATA(富山県滑川市)は独自構法による木造構造物の設計・販売を行っており、最大スパン40メートルの中大規模木造空間を実現できる技術を持っています。子会社化により、建設現場の仮設構造物だけでなく、環境配慮型の木造構造物需要にも対応できる体制を強化しました。富山県が育んできた木材活用技術が全国企業に評価された事例といえます。

2-5.医薬・ヘルスケア関連のM&A

富山県は“くすりの富山”として知られるように、医薬品関連企業が数多く存在しています。一方、医薬品製造の品質不正や業績悪化も表面化し、県内外の企業・ファンドとの出資や譲渡が活発に行われています。

(1) 日比谷総合設備<1982>、医薬品製造設備設計の富山工営を子会社化(2010年4月28日)

富山工営(富山市)は県内の医薬品・食品メーカーの生産設備の企画・設計・施工を得意としており、日比谷総合設備が子会社化したことで、同社の事業領域を全国の製薬・食品分野に拡大する狙いがありました。富山県は医薬品関連企業が集積する土地柄ゆえ、このような生産設備設計企業も存在感を持っています。

(2) 日医工<4541>、ジェイ・ウィル・パートナーズの子会社として経営再建へ(2022年11月14日)

後発医薬品大手の日医工(富山市)は、主力の富山第一工場(滑川市)での品質不正問題などから業績が悪化し、2023年3月に東証プライムを上場廃止となる見通しを発表しました。国内投資ファンドのジェイ・ウィル・パートナーズ(JWP)の傘下企業を引受先とする第三者割当増資を200億円規模で実施し、同ファンドの持ち株比率が88.99%に上る見込みとなっています。私的整理の一種である事業再生ADR手続きの最中にあり、ジェネリック医薬品業界の再編を象徴する事例です。

2-6.海外子会社や合弁事業の譲渡・再編

富山県の企業が海外で展開する事業を見直したり、県外企業が富山の生産拠点を引き取ったりするケースも少なくありません。

江守商事<9963>、タイの精密プラスチック成型品製造会社THAI USUIを譲渡(2012年12月10日)

江守商事は主力のケミカル商社事業や情報機器事業に経営資源を集中する方針の一環で、タイのTHAI USUI(バンコク)における保有株式のうち42.5%を、同社に合弁出資している碓井製作所(富山県上市町)などへ譲渡しました。海外子会社の再編も、富山県のものづくり企業が絡む事例として注目されています。

タカギセイコー<4242>、精密プラスチック射出成形金型製造の中井製作所を黒田化学に譲渡(2021年3月16日)

タカギセイコーは農機や自動車、携帯機器向けのプラスチック成形に強みを持つ富山県の企業ですが、生産品目の選択と集中のため、中井製作所(京都)をプラスチック製品設計・製造の黒田化学(富山県南砺市)へ譲渡しました。黒田化学は地域のプラスチック加工業のリーディングカンパニーの一つであり、県内企業同士による再編の様相も含まれています。

2-7.文具・紙製品関連の譲渡・事業継承

富山県には製紙・パルプ関連企業が存在し、紙製品や文具に関わる老舗企業の再編も見られます。

中越パルプ工業<3877>、文運堂の文具事業をショウワノートホールディングスに譲渡で協議開始(2021年11月11日)

文運堂(東京都渋谷区)は「セレクトブランド」の学習帳などで知られる老舗文具メーカーで、少子化や電子化の影響から事業規模が縮小傾向にありました。中越パルプ工業は1968年から文運堂を子会社としていましたが、学用紙・ノート事業に強みを持つショウワノートホールディングス(富山県高岡市)に譲渡する方針を固め、2022年7月1日に譲渡が行われました。この取引により、富山県高岡市を拠点とするショウワノートHDは学用品市場でのシェア強化を図っています。

2-8.建材・住宅関連のMBO・事業譲渡

富山県内には住宅・建材関連の企業も多く、輸入販売から施工まで幅広い業態が存在します。

塩見ホールディングス<2414>、北陸建材社をMBOで譲渡(2009年2月25日)

建材輸入販売を行う北陸建材社(富山県射水市)の株式99.99%を、同社代表取締役へ譲渡しました。金融危機下での住宅市場の低迷や建設需要の落ち込みを背景に、グループ戦略の見直しが進められた結果、オーナー経営による柔軟な舵取りを優先するMBO(マネジメント・バイアウト)の形を取った事例です。譲渡価額は2億3900万円と公表されています。

2-9.食品・飲料メーカーのM&A

豊かな水資源と農産物を生かして発展してきた食品産業においても、事業拡大や効率化のためのM&Aが盛んに行われています。

(1) ライフドリンクカンパニー<2585>、日東紡<3110>傘下のニットービバレッジを子会社化(2022年11月8日)

ニットービバレッジ(富山県朝日町)は日東紡が黒部川の地下水を活用して設立した清涼飲料水製造会社で、プライベートブランド飲料などの受託製造を主力としています。ライフドリンクカンパニーは清涼飲料水の生産能力拡大を狙っており、約16億円で同社の全株式を取得しました。北陸の豊富な水資源を活用し、同社の生産拠点を全国向けに活用していく方針です。

(2) ヒガシマル<2058>、冷凍食品製造のなかしまを子会社化(2016年7月25日)

富山県南砺市に本社を置くなかしまは、富山県産を中心に国産原料にこだわった冷凍食品や惣菜を製造・販売しています。ヒガシマルはしょうゆ・つゆなど和風調味料で知られていますが、冷凍食品市場の伸びを見込み、なかしまを子会社化して製品ラインナップ拡充を図りました。地域素材と冷凍技術の掛け合わせにより、販路拡大が期待されています。

(3) バローホールディングス<9956>、富山県で食品スーパー「サンコー」運営の三幸を子会社化(2019年1月21日)

三幸(富山県高岡市)は「サンコー」の屋号で食品スーパーを8店舗展開しており、富山湾で水揚げされる鮮魚を中心に地域密着の品揃えで支持を得ていました。東海地方を中心にスーパー事業を展開するバローHDが81.6%を取得し、子会社化することで、富山県内でのシェア向上や仕入れ・物流の効率化を目指しています。

(4) アルビス<7475>、食品スーパーマーケットサンピュアーとチェーン本部業務代行の新鮮市場を子会社化(2009年9月11日)

アルビスは富山・石川・福井にわたり食品スーパーを展開する企業で、県東部を中心とする店舗網を強みとしてきました。一方、サンピュアー(富山市)は生鮮強化型の食品スーパーを富山市内で5店舗、新鮮市場はグループチェーンの本部機能を担っていました。アルビスは両社を子会社化することで、生鮮食品の共同仕入れやノウハウの共有による地域密着の強化を狙い、北陸エリアでの経営基盤を拡大しています。

(5) ジャパン・フード&リカー・アライアンス<2538>、銀盤酒造を子会社化(2017年9月29日)

銀盤酒造(富山県黒部市)は1910年創業の老舗酒蔵で、黒部川扇状地の湧水を用いた日本酒造りで有名です。JFLA(当時はジャパン・フード&リカー・アライアンス)は同社株式95%を取得し、日本酒や地ビールなどの伝統産業を強化する狙いを示しました。富山県の豊かな水資源を活かした地酒ブランドの育成に注力するとされており、県内の酒造企業としてのさらなる飛躍が期待されています。

(6) JFLAホールディングス<3069>、盛田を通じて保有する「銀盤酒造」など酒造会社10社を伝統蔵へ譲渡(2022年12月27日発表)

上記の子会社化から数年後、JFLAは経営改善計画の一環として、盛田が保有していた銀盤酒造を含む全国の酒造会社10社の株式を伝統蔵(東京都中央区)へ譲渡することを決定しました。コロナ禍などによる業績低迷を受けた再編であり、銀盤酒造も新たな運営体制のもとで事業継続を図ることになりました。一次取得と二次譲渡が短期間で行われた事例として、外部環境や業績変動の影響が色濃く出ています。

2-10.ドラッグストア・調剤薬局チェーンの拡大

北陸地方のドラッグストアは全国大手が続々と進出する激戦区でもあります。富山県発の企業や県内企業を買収してエリア拡大を狙うケースが散見されます。

(1) マツモトキヨシホールディングス<3088>、金沢の示野薬局を子会社化(2013年11月14日)

示野薬局は石川県や富山県、岐阜県を中心にドラッグストア63店舗、調剤薬局3局を運営していました。マツモトキヨシHDは北陸エリアの空白地域を補完するため、示野薬局の全株式を取得。55億1000万円という大規模取引となり、北陸地方におけるドラッグストアチェーンのシェア拡大が図られました。

(2) グローウェルホールディングス<3141>、ドラッグフジイを子会社化(2012年6月15日)

ドラッグフジイ(富山県高岡市)は県内を中心に45店舗のドラッグストアを展開しており、介護や地域医療を志向するグローウェルHD(当時はウエルシア関東を傘下に持つ持株会社)と資本提携を結んでいました。最終的に株式交換によって完全子会社化されると同時に、ウエルシア関東に合併され、富山県市場での調剤併設型店舗拡大が加速しています。

2-11.眼鏡・補聴器販売業の地域再編

北陸地方は眼鏡フレームの産地で有名な福井県の鯖江が近く、富山県内でも眼鏡販売のチェーン展開がみられます。

メガネスーパー<3318>、眼鏡・補聴器販売のメガネハウスを子会社化(2016年12月15日)

メガネハウス(富山市)は富山県内に22店舗を保有しており、メガネスーパーは「目の健康プラットフォーム」を掲げて全国でのサービス拡大を狙っていました。富山県内で既存1店舗のみだったメガネスーパーにとって、地理的な補完効果と認知度向上を一挙に進めるM&Aとなりました。

2-12.自動車部品・金属加工産業の再編

北陸エリアは金属加工技術の集積地でもあり、多様なサプライヤー企業が国内外の完成車メーカーに部品を供給しています。このセクターにおいても合併や譲渡事例が相次いでいます。

(1) オージックグループ<6168>、農機・航空機部品切削加工のオイダ製作所を子会社化(2023年2月7日)

オージックグループは、大阪府を拠点とするオージックを中心にセイエンや三翔精工、フジタイト、そして富山県滑川市にある広進工業といった複数の金属加工会社を抱える連合体です。オイダ製作所(岐阜県大垣市)は農業機械や航空機部品の切削加工で実績があり、グループ全体の金属加工事業の強化を狙って子会社化が行われました。

(2) オージックグループ<6168>、自動車部品切削加工の広進工業を子会社化(2022年6月14日)

広進工業(富山県滑川市)は自動車部品の切削加工で約60年の歴史を持つ会社です。オージックグループは同社株式70%を取得しグループ入りさせることで、北陸地域における金属加工ネットワークを一段と強化しました。県内の自動車部品サプライヤーは国内の完成車メーカーのみならず海外との取引も増えつつあり、今後もM&Aによる規模拡大が想定されます。

2-13.ガラス・化学製品関連の事業譲渡

非鉄金属や化学品が盛んな富山県では、ガラス・樹脂加工などの素材系産業も一定のシェアを有しています。

イチネンホールディングス<9619>、新光硝子工業を子会社化(2021年10月1日)

イチネンHDはケミカル事業や合成樹脂事業、機械工具販売事業などを傘下に持つ企業グループです。新光硝子工業(富山県砺波市)は曲げガラス・樹脂合わせガラス等の特殊ガラス加工を得意とし、1953年の設立以来培ってきた技術力があります。子会社化により、イチネンHDのグループ製造ノウハウと新光硝子の加工技術を融合させ、新たな市場創出を図ることが期待されています。

2-14.配管機器・伸銅事業における統合と譲渡

アルミや銅などの非鉄金属産業が伝統的に盛んな富山県では、伸銅事業を中核とする企業が国内外のメーカーと連携・再編を進めています。

(1) CKサンエツ<5757>(子会社サンエツ金属)、日立金属<5486>傘下の日立アロイから黄銅棒・加工品事業を取得(2020年6月29日)

サンエツ金属(富山県砺波市)は伸銅事業と精密部品事業を両輪とし、生産拡大による競争力向上を図ってきました。日立アロイの黄銅棒事業を取得することで、さらなる生産能力増強と製品ラインナップの拡大につなげています。

(2) CKサンエツ<5757>、日立金属<5486>から桶川工場の銅合金事業を取得(2020年7月3日)

同じく日立金属の桶川工場(埼玉県)の銅合金事業を取得することで、サンエツ金属は銅系の素材製造における規模拡大をさらに推し進めました。経営再建中の日立金属からの事業譲渡としては重要な動きであり、富山県の企業が大手メーカーの事業リソースを取り込む事例といえます。

(3) CKサンエツ<5757>、電子部品メーカーの日立ケーブルプレシジョンからめっき線事業を取得(2013年6月20日)

サンエツ金属はめっき線事業にも力を入れており、競争力確保のため設備増強を続けていました。日立ケーブルプレシジョンのめっき線事業を取得することで、伸銅事業の裾野拡大が図られています。

(4) サンエツ金属<5757>、配管機器を製造するシーケー金属を子会社化(2011年3月14日)

サンエツ金属はシーケー金属(富山県高岡市)の株式を追加取得し、子会社化しました。両社は「シーケー・サンエツ・グループ」として仕入れや支店の共同化を進めており、今回の完全子会社化によって経営資源を一元化し、さらなる効率化と基盤強化を実現しています。

2-15.その他製造業・事業統合

富山県内にはさまざまな製造業が集積しており、繊維やアパレル分野に関しても構造改革や生産拠点の統合が進んでいます。

ワコールホールディングス<3591>、子会社が運営する福岡工場をリライエンスに譲渡(2024年8月26日)

ワコールHDの国内製造子会社が運営する工場の再編において、富山県氷見市に本社を置く補正下着メーカーのリライエンスが福岡工場を譲り受けることになりました。富山県の企業が他県の工場を取得する形で、縫製技術や人材を確保し、生産拠点を集約している事例です。ワコール側は構造改革を進める一方、リライエンスは生産能力拡大と販路強化を期待する動きとなっています。

2-16.自動車アフターマーケット(カー用品店)の資本再編

モータリゼーションが進む中で、富山県内にもカー用品店「オートバックス」などの店舗を多数展開する企業があり、グループ再編事例も見られます。

オートバックスセブン<9832>、富山県で「オートバックス」経営のピューマを子会社化(2024年6月10日)

ピューマ(富山県射水市)は1985年の設立以来、「オートバックス」や「スーパーオートバックス」、「セコハン市場」などを県内に複数店舗展開してきました。オートバックスセブンはピューマ株式の32.5%をすでに保有していましたが、株式交換により完全子会社化を決定。富山県エリアにおける店舗運営をさらに最適化し、サービス向上とコスト削減が期待されます。

2-17.産業廃棄物処理・リサイクル分野の統合

持続可能な社会の実現が叫ばれる中、廃棄物処理やリサイクル事業を展開する企業も積極的に連携・統合を図っています。

AREホールディングス<5857>、産廃処理子会社のジャパンウェイストをJ-STAR傘下のレナタスと統合へ(2023年10月26日)

AREホールディングス(旧アサヒホールディングス)は貴金属リサイクル・産廃処理大手で、子会社のジャパンウェイスト(旧アサヒプリテック)を全国規模で展開していました。J-STAR傘下のレナタスは北陸を含む複数地域で産廃処理会社を抱え、ハリタ金属(富山県高岡市)などを傘下に収めています。ジャパンウェイストとレナタスの統合は、産廃業界でも大規模な再編といえる動きであり、最終的にレナタスが上場を目指す計画も示されています。富山県に本拠を置くハリタ金属などの事業所とジャパンウェイストの全国ネットワークが一体化することで、リサイクルや産廃処理の効率化と規模拡大を狙っています。

3.富山県M&Aの特徴と今後の展望

これまでご紹介してきたように、富山県内のM&A事例は多種多様です。医薬品から機械・金属加工、食品スーパー、物流、ホテル業、ドラッグストア、さらには産廃処理会社まで、あらゆる業態で事例が確認できます。これらを踏まえ、以下に富山県M&Aの特徴や今後の展望をまとめます。

  1. 産業集積を活かした横の連携強化
    非鉄金属や化学・医薬、食品分野など、富山県が歴史的に強みを持つ産業では、それらの中核企業が県内外の企業とのM&Aを通じて規模拡大や効率化を図る動きが顕著です。特にCKサンエツやタカギセイコー、黒田化学などは地域に根付いた技術や設備をベースに、全国企業・海外企業とも連携しながら生産ラインアップを広げています。
  2. 事業承継や経営効率化ニーズに対応したMBO・事業譲渡
    建材輸入販売を手がける北陸建材社のMBOなど、経営者の高齢化や住宅市場の構造変化に即した再編が進んでいます。富山県は中小企業が多い地域性があるため、このような事業承継型のM&Aが引き続き活発化する可能性があります。
  3. 物流・商流網の拡大を狙う大手企業の進出
    富山県を含む北陸地方は、大阪・名古屋圏と関東圏を結ぶ中継点としての役割も担っています。東部ネットワークやトナミホールディングス、バローホールディングスなど、各地で物流や流通網を広げたい大手企業が県内の中堅・中小企業を買収する動きが加速しています。工業用ガス輸送や3温度帯輸送など、専門性の高い物流事業への注目も高まっています。
  4. 医薬品メーカーの再編やファンド支援の加速
    “くすりの富山”として知られる富山県では、日医工の経営再建が象徴するようにジェネリック医薬品業界の競争が激化し、その結果としてファンド資本が入りやすい土壌が整っています。今後も品質管理や設備投資コストの増大などを背景に、医薬・ヘルスケア分野の再編が進む可能性が高いでしょう。
  5. 地域特産品・食品産業への大手資本の流入
    富山県の豊かな水資源や海産物、農産物などの特産品を活かした食品加工・流通事業は注目度が高く、ライフドリンクカンパニーやバローHDなどが県内企業を買収し、販路と生産ネットワークを拡充しています。地ビールや地酒など“ご当地ブランド”の全国展開もM&Aを通じて加速するでしょう。
  6. 産業廃棄物処理やリサイクルの広域連携
    環境ビジネスの重要性が増す中、富山県のハリタ金属などを含む産廃処理業の再編・統合が進んでいます。全国規模のネットワーク構築と設備投資が必要になるため、大手ファンドや他地域企業との連合によるさらなるM&Aが生まれる可能性があります。

4.富山県M&Aの意義と地域経済への影響

富山県におけるM&Aがもたらす意義は、単なる企業間の資本異動にとどまりません。以下に主要なポイントを挙げます。

  • 企業の存続と雇用維持
    地方では後継者不足が深刻化しており、M&Aを通じて経営基盤を確保することで雇用の維持を図る事例が増えています。大企業グループの子会社化により資金調達や設備投資のチャンスが広がり、生産性向上や新製品開発につながるメリットもあります。
  • 技術やノウハウの継承・発展
    金属加工技術や木造建築技術、医薬品製造技術など、富山県に蓄積されたノウハウがM&Aを機に全国的・世界的に展開される事例が多くあります。地域企業同士の融合や県外企業とのパートナーシップによって、これらの技術がさらに洗練され、新たなイノベーションを生む可能性があります。
  • 地域ブランド力の強化
    食品や地酒、伝統工芸品など、富山県の地域ブランドを持つ製品が大手資本の参入により販路拡大し、知名度が飛躍的に向上することが期待できます。一方で、地元の風土や伝統文化をどこまで保護しながら全国流通に乗せるかは、慎重な舵取りが求められます。
  • 地域経済の活性化と企業誘致
    M&Aにより事業拡大を実現した企業が県内で新規雇用を生み出したり、研究開発拠点を設けたりすることで、地域経済の活性化につながります。また、県外・海外企業にとっても富山県は魅力的な生産・物流拠点となり得るため、今後さらなる企業誘致が進む可能性があります。

5.まとめ~富山県M&Aの今後に期待されること

本稿では、富山県における近年のM&A事例を幅広く取り上げ、それぞれの目的・背景や地域経済への影響を考察してまいりました。医薬品や金属加工といった伝統的な地場産業から、食品スーパーやドラッグストア、ホテル事業、産廃処理に至るまで、富山県内外の企業が活発に提携・買収・統合を進めていることが伺えます。

背景には、国内全体の市場縮小や業界再編、事業承継問題など、全国共通の課題がある一方で、富山県特有の地理的条件や産業構造がM&Aの活発化を後押ししている側面があります。豊富な水資源や歴史ある製造業の集積、あるいは“くすりの富山”としての医薬品産業の集積など、地域ならではの強みを活かした企業同士の連携は、県内経済だけでなく北陸地方全体の発展にも貢献すると考えられます。

今後は、以下のようなポイントにも注目が必要です。

  • ファンド支援による地域企業再生の進展
    日医工の再生事例のように、ジェネリック医薬品を含む医療・ヘルスケア領域は、品質管理コストや国際競争などの課題が大きい分野です。投資ファンドと連携した経営再建は今後ますます増える可能性があります。
  • 中小企業の事業継承をめぐるMBO・EBO(従業員買収)
    住宅・不動産や建築・物流など、県内に根付く中小企業のバトンタッチが急務となっています。今後もMBOやEBOの形で企業を存続させる事例が増え、地域経済の維持に寄与すると考えられます。
  • デジタル技術と組み合わせた新たな生産革新
    プラスチック成形や金属加工分野などでは、DX(デジタルトランスフォーメーション)やIoT化が進行中です。M&Aにより大手企業のITインフラやノウハウが取り込まれることで、富山県の中小製造業の生産効率や品質管理が向上し、新たな競争力を獲得する可能性があります。
  • 越境ECやインバウンド需要拡大による地域ブランドの世界展開
    コロナ禍以降にインバウンド需要がどの程度回復するかは不透明ですが、観光と結びつけた地場産品の世界展開に取り組む企業も増えています。酒造や食品関連事業が全国・世界へ販路を拡げる際、M&Aによる流通チャネル確保やブランド強化がカギとなるでしょう。

富山県のM&A市場は、一見すると全国的な動向に追随しているようにも見えますが、実際には県独自の豊富な産業資源や技術力、さらに地理的優位性を背景に、地域発の企業が他県・海外に積極的に展開する例も少なくありません。こうした取引を通じて得られる相互シナジーは、単なる企業規模拡大だけでなく、雇用維持・新規創出、さらには地域社会の活性化に大きく寄与します。

地域経済の持続的な発展のためには、M&Aをスムーズに実施するための専門人材の育成、情報インフラの整備、政府や自治体など公的機関による支援制度の充実なども欠かせません。富山県が持続可能な経済・社会を築いていくうえで、M&Aは今後ますます重要な選択肢となり得るでしょう。

本記事が富山県におけるM&Aの動向や具体的事例を把握する一助となり、さらなる研究やビジネスチャンスの発掘につながれば幸いです。富山県の企業が培ってきた技術・文化と、外部企業の資本・販売網・ノウハウとの組み合わせによって、今後も新たな成長ストーリーが数多く生まれることを期待したいと思います。