- 【はじめに】
- 【第1章:大分県の産業構造とM&Aの必要性】
- 【第2章:大分県に関連する主なM&A事例】
- 【第3章:大分県におけるM&Aの背景・狙い】
- 【第4章:大分県M&Aの成功要因と課題】
- 【第5章:大分県におけるM&Aの今後の展望】
- 【第6章:まとめと展望】
- 【おわりに】
【はじめに】
大分県は、九州地方の東側に位置し、豊かな自然と観光資源、そして歴史・文化を有する地域として知られています。一方で、産業面では製造業や農業、サービス業など多様な業態が広がり、県全体としてバランスの取れた経済構造を持っているのが特徴です。こうした基盤の中で、近年は大分県内企業や大分県に拠点をもつ企業が関わるM&A(合併・買収)が相次いでいます。背景には、地方企業が抱える後継者問題や事業拡大・再編による競争力強化といった要因があり、これらを解決・実現する有力な手段としてM&Aが注目されているのです。
本記事では、これまで公表された大分県関連のM&A事例を中心に、その概要と背景、経済・地域社会にもたらす影響、さらに大分県におけるM&Aの今後の展望などを詳しく解説します。企業間の再編によって生まれるシナジー(相乗効果)や雇用維持・拡大の可能性、地域コミュニティや観光産業への波及といったさまざまな視点に触れることで、大分県が抱える地域経済の活性化課題をM&Aがどのように解決へ導いてきたのか、そして今後どんな可能性を有しているのかを考えてみたいと思います。
【第1章:大分県の産業構造とM&Aの必要性】
1-1. 大分県の産業特性
大分県は東九州の中心部に位置し、古くから「豊の国」と呼ばれてきた自然の恵みが豊富な土地です。農林水産業の比率が比較的高い一方で、大手製造業の工場誘致にも成功し、瀬戸内海側には石油化学をはじめとする重厚長大型の産業が集積しています。また、観光面でも別府や由布院など温泉資源を活かしたサービス業が発達しており、複合的な経済基盤を形成していることが特徴です。
しかしながら、全国的な人口減少や少子高齢化の波は大分県にも及んでおり、特に地方においては深刻な後継者問題や働き手不足が顕在化しています。さらに、市場規模の縮小に伴う企業間競争の激化、新たなテクノロジーへの対応、消費者ニーズの多様化といった課題も見逃せません。こうした状況の中、企業が生き残るための戦略としてM&Aは有効な選択肢となります。
1-2. M&Aがもたらす効果
M&Aのメリットには、以下のようなものがあります。
- (1) 後継者問題の解消
地域で永らく続いてきた企業が、経営者の高齢化や後継者不在により事業継続の危機に瀕するケースが多くみられます。その場合、適切な買収先や出資先が見つかることで会社を存続でき、雇用や技術、地域に根付くブランドを守ることが可能となります。 - (2) 事業規模の拡大と競争力強化
同業他社との統合や周辺業界の企業買収により、売上高や店舗数を拡大し、スケールメリットを追求できます。価格交渉力や調達コストの削減など、営業面・コスト面での相乗効果が期待できます。 - (3) 新たなノウハウやブランドの獲得
他社がもつ独自の技術、商品ブランド、販売チャネルなどを取り込むことで、自社単独では到達し得なかった市場や顧客層にアプローチ可能になる場合があります。 - (4) 地域経済の活性化
企業が存続・拡大することで雇用が守られ、さらに買収企業と被買収企業のそれぞれがもつネットワークや販売ルートを活用した新事業が展開されれば、地域経済に大きな恩恵がもたらされます。
大分県で行われているM&Aも例外ではなく、後述する事例の多くが、地元企業の強みの維持・拡大や県外企業の参入による新しい風の注入といった形をとっています。ここからは具体的な事例を一つひとつ確認し、その概要と背景を紐解いてみましょう。
【第2章:大分県に関連する主なM&A事例】
ここでは、公表されている複数の事例を中心に、大分県ゆかりのある企業が関係したM&Aを詳しく見ていきます。ケースによっては、大分県内の事業拠点を取得する例、逆に県外企業が大分県の企業を買収する例、大分県の企業が他県の企業を取り込む例など、多岐にわたります。それらがなぜ行われたのか、どのような影響が見込まれるのかを整理しながらご紹介します。
2-1. ライフドリンクカンパニーによるOTOGINOの炭酸水製造事業取得(2024年5月発表)
事例概要
- 買い手企業:ライフドリンクカンパニー
- 売り手企業:OTOGINO(大分県日田市)
- 取得内容:炭酸水製造事業
- 取得価額:非公表
- 取得予定日:2024年6月3日
背景と狙い
OTOGINOは大分県日田市に本社を持ち、主に強炭酸水「KUOS(クオス)」、ミネラル炭酸水「SOLBiANCA(ソルビアンカ)」などを自社ブランドで生産し、EC(電子商取引)を販路として全国展開してきました。ライフドリンクカンパニーは各種ドリンクの製造・販売を手がける企業で、天然水や緑茶、炭酸水などを主力としており、再編を通じてさらなる飲料事業拡大を目指しています。
今回のM&Aにより、ライフドリンクカンパニーは九州地方に炭酸水の製造拠点を確保することで、既存の販売網を強化しつつ生産効率を高めることができます。一方、OTOGINOは自社ブランドの競争力を維持しつつ、親会社グループの販売力や開発力を活かしてより広い市場獲得が期待できるでしょう。大分県にとっては、日田市における生産拠点が維持されることで地域の雇用・経済が安定し、さらなる発展の可能性が生まれます。
2-2. リテールパートナーズの事例
リテールパートナーズは山口県を地盤とする丸久、大分県を中心とするマルミヤストア、福岡県を中心とするマルキョウなどのスーパーマーケット企業を統括する持株会社で、九州・中四国地方でチェーン展開を進めています。2015年の丸久とマルミヤストアの統合以降、積極的にM&Aを活用して地域に根差したスーパーマーケット事業の拡大を図ってきました。ここではリテールパートナーズ関連のいくつかの事例を紹介します。
(1) 丸久<8167>とマルミヤストア<7493>の経営統合(2015年)
- 経営統合方式:株式交換
- 丸久:山口県を中心に展開
- マルミヤストア:大分県を中心に展開
- 統合後の持株会社:リテールパートナーズ(当時は「リテールパートナズ」という表記)
- 経営統合の目的:西日本エリアにおけるスーパーマーケット事業拡大、効率化、および販売力強化
この統合では、丸久を持株会社化し、その下に「新丸久」とマルミヤストアを置くという形をとりました。大分県で根強い顧客基盤を持つマルミヤストアと、山口県で強固な基盤を有する丸久が一体となることで、商品の調達力向上や物流ルートの効率化、販売戦略の共有化などが狙いです。
(2) リテールパートナーズ<8167>によるマルキョウ<9866>の子会社化(2017年3月)
- 方式:株式交換
- 狙い:人口減少や高齢化の進展に伴う大手との競争激化に対処し、経営資源を集約して競争力を強化
マルキョウは福岡県を中心に展開してきた地域スーパーであり、リテールパートナーズが持つマルミヤストアや丸久との地理的補完性が高いことが特徴です。大分県を地盤とするマルミヤストアに加え、福岡県のマルキョウを取り込むことで九州北部での店舗網が拡充され、顧客層の拡大だけでなく、同一エリアでの集中出店(ドミナント戦略)によるスケールメリットも得られる体制となりました。
(3) リテールパートナーズ<8167>、宮崎県日南市の戸村精肉本店の子会社化(2021年3月)
- 傘下のマルミヤストアを通じて戸村精肉本店(宮崎県日南市)を子会社化
- 日南市内のスーパー4店舗とレストラン1店舗を展開
- 戸村フーズ(焼肉のたれ「戸村のたれ」で有名)を100%子会社にもつ
このM&Aも、南九州エリアにおけるドミナント戦略を強化する動きの一環です。戸村精肉本店は日南市に根強いブランド力をもっており、特に「戸村のたれ」は宮崎県内で高い知名度を誇ります。リテールパートナーズグループに参画することで、商品開発・物流ネットワーク強化など両社の強みを掛け合わせたシナジーが期待されます。
(4) リテールパートナーズ<8167>、宮崎市で「フーデリー」5店舗を営むハツトリーを子会社化(2023年3月)
- 取得価額:非公表
- ハツトリーは高級食品スーパー「フーデリー」を5店舗展開
- マルミヤストアや丸久、マルキョウに続く九州での店舗網充実
高級路線を打ち出す「フーデリー」ブランドを取り込むことで、従来のスーパーマーケットとは異なる客層へのアプローチが可能となり、商品ラインナップの多様化による相乗効果が期待されます。大分県内においては、ハツトリーそのものの店舗展開は直接的には関係ないものの、マルミヤストアと同じ九州圏での経営基盤強化は結果として大分県の流通にも影響を及ぼすと考えられます。
(5) リテールパートナーズ<8167>、小野商店(大分県宇佐市)が営むスーパー2店舗を取得(2021年2月)
- 対象店舗:「セルフおの安心院店」「セルフおの院内店」
- ドミナント戦略強化による収益性向上が狙い
大分県宇佐市で展開される2店舗を取り込むことで、大分県内での地域密着をさらに深めようとする動きです。大分県内で既に営業基盤を築いているマルミヤストアが受け皿となるため、効率的な運営や販促策、既存の物流ネットワーク活用が期待できます。地域の消費者にとっては、品揃えやサービスの向上につながる可能性が大きいとみられています。
2-3. メディカルシステムネットワーク<4350>による永冨調剤薬局の子会社化(2018年12月)
- 永冨調剤薬局(大分市):大分県内で23店舗を展開する地場大手
- 売上高37億8000万円、営業利益1億7200万円
- 取得価額:34億9400万円
メディカルシステムネットワークは、医薬品卸・調剤薬局・病医院とのオンライン受発注などを主力とする企業です。九州エリアにおける店舗網充実のため、永冨調剤薬局を子会社化しました。大分県の医療・調剤分野においても、後継者不足や店舗展開の効率化が課題となるなか、大手グループの傘下に入ることで経営基盤を安定させる効果が期待されます。
2-4. 東洋ドライルーブ<4976>による萬松(破産手続き中)の九州事業所取得(2020年7月)
- 萬松九州事業所(大分県中津市)は自動車内外装部品の組立・塗装、塗料販売を手がける
- 東洋ドライルーブにとっては事業拡大に向けたシナジーが見込める
- 取得価額:非公表
破産手続き中の萬松から九州事業所を引き継ぐことで、東洋ドライルーブは自社の事業ポートフォリオを広げ、九州における生産体制を確立すると同時に、雇用の維持も期待されます。製造業が多い北部九州エリアにおいて、自動車部品製造関連の工場を獲得することは、供給網の安定や新規顧客の獲得にも繋がる可能性があります。
2-5. FIG<4392>によるケイティーエスの子会社化(2019年10月)
- ケイティーエス(大分県杵築市):ホテル向け映像・ITシステム開発を行う
- 売上高21億4000万円、営業利益1億4900万円
- FIGは商用車向けの車載サービス事業からホテル分野にビジネスを拡大したい狙い
- 株式交換比率:FIG1 : ケイティーエス119
ケイティーエスは全国のホテル約8万室に導入実績のあるマルチメディアシステムを提供する企業で、定額制のサブスクリプションビジネスモデルを展開しています。FIGにとっては、ホテル業界という新しい市場に進出する足がかりとなり、大分県のIT企業が全国的なネットワークに組み込まれることで、さらなる技術投資や顧客拡大が見込まれるのです。
2-6. グランディーズ<3261>の子会社Diproを別大興産(大分県別府市)に譲渡(2023年7月)
- Diproは福岡市を中心に鹿児島県、大分県で約660戸の管理物件を有する不動産賃貸管理会社
- グランディーズは大分県を本拠とする不動産開発・販売会社
グランディーズは2017年にDiproを子会社化しましたが、土地価格上昇や建築費高騰の影響で想定したシナジーが得られないと判断。結果として、2023年7月1日付で別大興産にDipro株式を譲渡することとなりました。こうした事例はM&Aが必ずしも「買いっぱなし」で終わるものではなく、経営環境の変化に応じて再度の売却や統廃合などの再編が行われることを示しています。
2-7. その他の大分県関連M&A事例一覧
- ルネサスエレクトロニクス<6723>、グループ後工程事業をジェイデバイス(大分県臼杵市)へ譲渡(2013年)
半導体後工程製造事業の集約を目指し、ジェイデバイスが大分県臼杵市を拠点に後工程を担う事業所を獲得。大分県にとっては半導体産業が地域の中核技術として根付く重要事例となりました。 - リテールパートナーズ<8167>、オーケー(大分市)の食品スーパー18店舗と共配センターを取得(2016年)
マルミヤストアの大分県内拡大策の一環。店舗数を一気に増やし、大分県でのドミナントを強化。 - ソラスト<6197>による恵の会の子会社化(2020年3月)
大分県大分市に拠点を持ち、デイサービスや有料老人ホームなどの介護サービスを手がける恵の会を子会社化。ソラストにとっては大分県初の拠点確保となり、今後のエリア拡大が見込まれる。 - ソニー<6758>、東芝<6502>の大分工場の半導体製造関連施設を取得(2015年)
東芝はシステムLSI事業での選択と集中を進め、CMOSイメージセンサーから撤退。ソニーはカメラ用CMOSイメージセンサー生産拡充のため大分の製造ラインを取得。 - グランディーズ<3261>によるDiproの子会社化(2017年)
前述の通り、後に別大興産に譲渡することになるが、もともとは福岡や大分、鹿児島への進出拠点を確保する戦略であった。 - アシードホールディングス<9959>による河村農園(大分県佐伯市)の子会社化(2022年)
ごぼう茶やルイボスティーなど健康茶を展開する河村農園を傘下に収め、商品開発や販売連携を強化。健康志向の高まりによる新たな市場獲得を狙う。 - エルアイイーエイチ<5856>の子会社・老松酒造(大分県日田市)との関係事例
本格焼酎製造の老松酒造は大分県内の酒造として根強い伝統を持つが、同社グループでは日本酒製造子会社の売却など事業再編も進めており、選択と集中が見られる。 - アスラポート・ダイニング<3069>、九州乳業(大分市)を通じて菊家(大分県由布市)を子会社化(2017年)
九州で和菓子・洋菓子店舗を40店舗近く展開する菊家を取り込むことで、スイーツブランドや店舗ネットワークを拡充。みどり牛乳で知られる九州乳業と合わせて共同開発の余地が大きいとされています。 - エスクリ<2196>、大分県別府市のブライダル施設譲受(2015年)
“ラフィネ・マリアージュ迎賓館”の事業をアプローズクリエイトから取得。地方のブライダル市場でも専門業者がM&Aで積極参入するケースとして注目されました。 - ヤマウ<5284>による大分フジの子会社化(2009年)
コンクリート製品製造販売企業である大分フジを傘下に取り込むことで、大分エリアのインフラ関連需要に対応し、公共工事の減少を見据えた経営基盤の強化を図っています。 - マーチャント・バンカーズ<3121>によるホテル事業の再編(2012年)
「大分アリストンホテル」の事業をホロニックホテルズに譲渡。ホテル事業再編が進む中、地方のシティホテルがどのように選別されていくかを示す一例とも言えます。 - ヤマエ久野<8108>による九州伊藤忠食品の子会社化(2009年)
仕入れ・物流コスト削減や九州における事業基盤強化が目的。大分県や熊本県、長崎県に強い販売網を持つ九州伊藤忠食品を取り込むことで地域卸業の拡大が図られました。 - イズミ<8273>によるサンライフ(大分市)の子会社化(2024年発表)
大分県内で食品スーパーを展開するサンライフを買収し、九州地方でのドミナント戦略を一段と推し進める方針。イズミは広島県発祥の流通大手であり、大分進出はこれまで手薄だった市場をカバーする格好となります。 - ウイルプラスホールディングス<3538>によるオリオン自動車販売の子会社化(2024年12月)
ボルボの正規ディーラーを運営するオリオン自動車販売を取り込み、大分県含む九州全域でボルボ事業を拡大。県内でも輸入車の需要が一定数あり、高級車ディーラー網を広げる戦略です。 - イズミ<8273>による西友の九州地区69店舗取得(2024年8月予定)
大分県内にも1店舗展開がある「サニー」ブランドを含めて西友が九州から撤退するにあたり、イズミが包括的に承継。これによりイズミは九州地区における店舗数を大きく増やし、大分県の店舗ネットワーク強化にも寄与すると見られています。 - GFA<8783>によるエムワンの子会社化(2025年1月予定)
エムワンは大分県別府市のSARABiO温泉微生物研究所から「M-1シリーズ」という薬用育毛ローション事業を継承した企業。GFAが再生医療やヘルスケア事業への展開を狙うなか、大分県発の育毛事業を軸にして新しい顧客層を開拓する動きです。
【第3章:大分県におけるM&Aの背景・狙い】
3-1. 後継者不足と地域ブランドの継承
大分県の中小企業においても全国と同様に後継者不足が深刻化しています。創業者や経営者が高齢化する中で、自社の経営を託せる人材が見つからず、最悪の場合は廃業を余儀なくされるケースも見受けられます。地域ブランドとして定着している商品やサービスが消えれば、地域経済だけでなく観光や文化にも悪影響が及びかねません。
M&Aにより、県外資本や他業種のグループに加入することで、資本増強やノウハウ獲得、人材育成体制の整備などが進み、企業の存続と地域ブランドの維持につながるのです。
3-2. 新市場参入とスケールメリットの追求
スーパーマーケット業界の事例が示すように、地域に根差したチェーン店を広げるにはドミナント出店が重要です。地元で一定の顧客基盤を持つ企業を買収・統合すれば、一気に店舗数を増やし、広域の販売網を確立できます。さらに大量仕入れによるコストダウンや、販路・物流網の共有化など、スケールメリットが得られます。
これと同様に、製造業であれば工場・生産ラインの集約や技術の補完、ホテル・ブライダルなどのサービス業なら各地域拠点の相互連携による顧客獲得・コスト削減など、M&Aを通じて業界問わず生産性・収益性向上が期待できます。
3-3. 事業再生・雇用維持の手段
破産手続きや事業継続の危機に瀕している企業を買収して事業を再生する動きもあります。例えば萬松(東京都)の破産手続きに伴い、東洋ドライルーブが九州事業所(大分県中津市)を取得した例のように、買収企業が工場設備と従業員を引き継いで事業を継続すれば、地域の雇用や技術が守られます。大分県は製造業の集積があるため、経営難に陥った企業の資産や人材を生かし、再生を図るといったM&Aは今後も起こりうるでしょう。
3-4. 県外・海外企業の参入促進による地域活性化
大分県は豊富な天然資源に恵まれており、炭酸水をはじめとする飲料事業や酒造業など、独自の産業が根付いています。そこに県外や海外の企業がM&Aを通じて参入することで、地元企業にはないマーケティング手法や販売ネットワークがもたらされ、新規顧客や海外展開の機会が生まれます。また、外部資本の流入により地域の経済が潤うことも大きなメリットです。
【第4章:大分県M&Aの成功要因と課題】
4-1. 成功要因:シナジーの明確化と経営戦略との合致
M&Aが単なる規模拡大や問題先送りに終わるケースもあり得ます。成功のカギは、統合後のシナジーを具体的に想定・計画し、それを経営戦略にしっかりと組み込むことにあります。特に大分県のように商圏が限定的な地域では、競合他社とのサービス差別化や物流コストの削減など、現実的な効果を早期に引き出すことが重要です。
4-2. 組織文化の統合・従業員のモチベーション維持
企業風土の違いからくる抵抗感やコミュニケーション不足は、M&A失敗の要因になります。特に地方企業の場合、長い歴史や風土に根差した企業文化を尊重しつつ、新しい仕組みやマネジメント手法を導入する必要があります。被買収企業の従業員が買収後も安心して働けるよう、明確なビジョンの提示や待遇・環境整備が欠かせません。
4-3. 情報開示とステークホルダーの理解
顧客・取引先・地元自治体など多くの利害関係者がいる中で、M&Aの目的や今後の計画を丁寧に説明し、理解を得ることが大切です。地方企業が大都市圏の企業に買収される際に、「地場企業のアイデンティティが失われるのではないか」といった懸念が出ることがありますが、むしろ地域との連携を保ちながら経営を行う姿勢を示し、地域経済の活性化につなげるビジョンがあれば歓迎されるケースも多いです。
4-4. 課題:アフターM&Aの統合プロセス
経営統合後のシステム共有、ブランドの再編、従業員の雇用条件調整など、多岐にわたる課題があります。特に大分県のように、公共交通が大都市よりも脆弱な地域では、物流や人の移動をどう最適化するかが難題となる場合があります。また、地場企業が全国展開する大手企業に買収された場合、地域のニーズをどれだけ吸い上げられるかも大きなポイントです。
【第5章:大分県におけるM&Aの今後の展望】
5-1. 観光・サービス業への波及
大分県は別府や由布院など国内屈指の温泉地を抱え、観光客が多い県です。コロナ禍で観光需要が一時的に落ち込みましたが、今後の回復局面では宿泊業や飲食業などのサービス部門で再編が加速する可能性があります。実際に「かんぽの宿」の譲渡事例でも、大分県日田市の宿泊施設が地元事業者である日田淡水魚センターに譲渡されるなど、地域特性に根差したM&Aが起こっています。今後は地方創生や地域観光資源の活性化と合わせて、新たなプレイヤーとの協業・買収が期待されます。
5-2. 製造業・IT企業の高度化
大分県では半導体や自動車部品製造など、ハイテク産業も集積しています。ルネサスエレクトロニクスがジェイデバイスに後工程を譲渡した事例や、ソニーが東芝から大分工場の製造ラインを取得した事例は、半導体分野のM&Aとして注目を浴びました。今後も国際的な半導体需要の高まりや自動車関連の電動化・IoT化に伴い、地元企業の事業再編や外資系企業の参入が進む可能性があります。
また、大分県杵築市のケイティーエスのように、ITシステム開発で全国展開する企業も出現してきました。IT人材の不足が叫ばれる中、他県や海外企業との資本・技術提携が増えることで、大分県発のIT・エンジニアリング企業がさらなる成長を遂げることが期待されています。
5-3. 食品関連・農業のブランディング強化
豊後牛やカボス、椎茸など大分県特産品の全国認知度は高まっていますが、依然として生産者の高齢化や流通ルートの限定性など課題もあります。大手流通業が大分県の食品関連事業を買収し、ブランドを強化・販路を拡充する動きは、今後さらに活発になる可能性があります。農業や水産加工など一次産業を含めたM&Aによって、地域の資源を国内外の市場に展開する試みが見られるでしょう。
5-4. 医療・介護・福祉サービスの拡大
高齢化社会が進む中、大分県でも介護や医療サービスの需要は今後ますます増える見込みです。大手調剤薬局チェーンによる地場薬局の買収や、大手介護事業者の参入などが進むことで、高齢者を中心とする住民の利便性は高まる可能性があります。ただし、利用者ニーズを十分に汲み取ったサービス提供や、人材不足をどう克服していくかといった課題も残ります。M&A後の統合プロセスや長期的な人材確保策の構築が鍵を握るでしょう。
【第6章:まとめと展望】
大分県は豊かな自然と産業の多様性を背景に、観光業や製造業、農林水産業、そしてサービス業と、複数の柱による経済を形成しています。しかし、これまでに述べてきたように、人口減少や消費構造の変化、技術革新などの影響を受け、従来の方法では地域経済の維持が難しくなりつつあります。その打開策のひとつとして、多くの企業がM&Aを選択してきました。
事例を見ても、大分県の企業が大手グループに参画する場合や、大分県内にある工場や事業所を大企業・投資ファンドが取得する場合など、形態はさまざまです。いずれにしても、M&Aがうまく進むことで、以下のような利点が期待できます。
- 雇用維持・拡大:県内で培われた技能や知識を外部資本により生かし、従業員の雇用を守るだけでなく、新しい業務や顧客獲得によって雇用が生まれる。
- 地域ブランドの発信力強化:県外企業のネットワークやノウハウを活用し、大分県ならではの商品・サービスを広く知ってもらう機会となる。
- 人材確保・育成:大手企業による買収は、新たな研修制度や教育プログラムの導入をもたらし、若手人材のキャリア形成にもつながる。
- 資本の投入・設備投資:新たな親会社や出資者の力を借りて、施設や機器の更新、研究開発などが進み、競争力が向上する。
一方で、M&Aにはデメリットやリスクも伴います。企業文化の違いからコミュニケーションに齟齬が生じる恐れや、経営判断のスピード感の違いが生じる可能性もあります。加えて、地域との結びつきが弱まるといった懸念も指摘される場合があります。そのため、M&Aの成否は「買い手企業がどれだけ地域に根ざした経営を志向しているか」や「売り手企業が自社の強みを十分にアピールし、適切なパートナーを選んでいるか」が大きく左右すると言えます。
大分県は県内総生産や有効求人倍率といった経済指標から見ても、九州の中でも比較的安定した産業構造を持ちつつ、さらなる成長が望める余地を秘めています。特に観光資源の豊富さ、温泉地特有のヘルスケア関連需要、新たな食文化(炭酸水や大分和牛、カボス、焼酎など)を軸としたブランド力は国内外からの注目を集めつつあります。IT企業や半導体関連企業などが拠点を置きやすい環境づくりを進めることで、さらなる企業誘致やM&Aが活性化する可能性も高まるでしょう。
また、交通インフラの整備やデジタル技術の活用による地域格差の是正が進めば、大都市圏の企業が大分県に拠点を設けるハードルが下がり、事業提携や買収が起こりやすくなると考えられます。一方で、大分県内の企業も戦略的に県外・海外展開を目指す動きが強まれば、M&Aにより販路拡大やブランド力強化を図るケースが増えてくるでしょう。
今後のキーポイントとしては、行政や金融機関、専門家(M&Aアドバイザーや弁護士、公認会計士など)の支援を得ながら、どのように優良企業を発掘し、マッチングを促していくかが挙げられます。中小企業や家族経営の事業者にとっては、M&Aに関する情報やノウハウ不足が障壁となる場合も多いため、地域全体で支援体制を整えることが重要です。
総じて、大分県におけるM&Aは、過去の事例が示す通り、単に企業同士の合併・買収にとどまらず、地域の雇用や経済、文化を支える大きな役割を担ってきました。これからも、企業規模や業種を問わず、さまざまな形態のM&Aが行われるでしょう。そして、その成否が大分県全体の将来像を大きく左右するとも言えます。地域の強みを生かし、外部資本・ノウハウを積極的に取り込むことで、次の世代へ向けた持続可能な発展を実現する道が開かれるのです。
【おわりに】
大分県は歴史的にも地理的にも恵まれた条件の下で多種多様な産業が育まれてきました。その一方で、近年の社会変化によって事業の継続が困難になる企業や、さらなる発展を目指す企業がしのぎを削る時代を迎えています。そのような状況下で、M&Aは企業存続・発展を実現するうえで極めて有効な手段となっており、実際に数多くの事例が生まれています。
本記事では、県内企業同士、あるいは県外・国外企業とのM&A事例を紹介しつつ、そこに至る背景や成功要因、今後の展望を探ってきました。いずれのケースでも、大分県固有の強みをどう活かすか、また地元経済・地域社会にどのように貢献するかが重要なテーマとなっています。
これからも大分県では、企業規模や業種を問わず、積極的なM&Aが進むことが予想されます。特に新しい需要創出や海外市場への展開など、単独では難しい取り組みを加速させるうえでM&Aは不可欠です。行政や地域金融機関、専門家が連携して企業を支援する体制が充実してくれば、さらに多様なマッチングが実現する可能性が高まるでしょう。
大分県ならではの産業と文化を守り、発展させるためには、柔軟な経営判断と地域コミュニティとの共生が欠かせません。M&Aは企業再編の手段であると同時に、雇用と地域経済を守る「社会的機能」をも担います。地域企業がその価値を十分に理解し、適切に活用することこそが、これからの大分県経済を明るく力強いものにしていく鍵ではないでしょうか。

株式会社M&A Do 代表取締役
M&Aシニアエキスパート・相続診断士
東京都昭島市出身。慶應義塾大学理工学部を卒業後、大手M&A仲介会社にて勤務し、その後独立。これまで製造業・工事業を中心に友好的なM&Aを支援。また父親が精密板金加工業、祖父が蕎麦屋、叔父が歯科クリニックを経営し、現在は父親の精密板金加工業にも社外取締役として従事。