第1章:沖縄県のM&A概観
1-1. 沖縄県の特殊性と経済概要
沖縄県は年間1,000万人以上の観光客が訪れるリゾート地として知られています。外国人観光客(インバウンド)の需要も含め、ホテル・旅館、飲食、土産物販売、交通など観光周辺産業が主要産業となっています。一方で、那覇市を中心とする都市部ではIT関連企業の誘致やコールセンター産業などの事務系サービス産業も発展しており、近年では本土資本とのM&Aが盛んになってきました。
また、沖縄は日本国内でも人口が増加基調にあり、若年層比率の高さも特筆されます。こうした背景から、ドラッグストアやコンビニ、ホームセンターなど小売・流通企業の進出が相次いでおり、それらの再編・統合、あるいは地場企業が本土企業と組むケースも増えてきました。
1-2. M&Aの主な特徴
- 観光産業・リゾート開発分野が活発
リゾートホテルの新設や改装、外国人観光客向けのサービス強化などの動きがM&Aに結びつくことが多いです。 - 本土大手の参入・事業拡大
沖縄独自の市場環境を生かすため、本土大手企業が地場企業を買収し、ノウハウや顧客基盤を取り込む事例があります。 - 地場企業による本土・海外展開
県内企業が県外企業の株式を取得したり、資本業務提携を通じて新たな販路を確保する動きも見られます。 - 再開発案件や交通インフラ関連
那覇市中心部や主要観光エリアの再開発は、地価や利便性向上などの観点から外部資本との連携が不可欠になりつつあり、M&Aが加速しています。
こうした特徴を踏まえながら、次章以降では具体的な事例を分野別に見ていきます。
第2章:交通インフラ・タクシー事業のM&A事例
2-1. 第一交通産業によるタクシー会社の連続買収
沖縄県におけるタクシー需要は、観光客の移動手段や県民の生活手段として一定の需要がある一方、複数のタクシー会社が乱立していたこともあり、再編が進んできました。
(1)那覇バスターミナルの株式取得(2012年)
- 買収当事者:第一交通産業<9035>
- 被買収企業:那覇バスターミナル(沖縄県那覇市)
- 取得時期:2012年1月11日
- 概要:那覇市中心に位置する交通の要衝を担うバスターミナルは、1958年設立で長らく再開発が検討されていたものの、資金や事業体制の問題で着手できない状態でした。第一交通産業は同社の株式を取得することで、バスターミナル機能を維持しながら再開発を推進する狙いです。実際に観光や通勤で多く利用される那覇市の交通ハブとしての価値は高く、不動産面でも期待されています。取得価額は非公表。
(2)平良川タクシーの取得(2012年)
- 買収当事者:第一交通産業と子会社の那覇第一交通
- 被買収企業:合資会社平良川タクシー(沖縄県うるま市)
- 取得日:2012年1月10日
- 概要:この買収でタクシー13台が増加し、沖縄県内グループ会社が7社となり、県内タクシー保有台数217台を確保。観光シーズンにはレンタカー需要とタクシー需要が伸びる沖縄で、タクシー事業を安定成長させる狙いがあると見られます。
(3)水仙タクシーの取得(2011年)
- 買収当事者:第一交通産業と那覇第一交通
- 被買収企業:水仙タクシー(沖縄県うるま市)
- 取得日:2011年7月1日
- 概要:保有台数21台をグループ化し、沖縄県内でのタクシー数は211台へ増加。水仙タクシーは取得後「水仙第一交通」に改称。リゾートエリアを含む広域でのサービス網整備が進んでいます。
(4)あづまタクシーの取得(2013年)
- 買収当事者:第一交通(第一交通産業グループ)
- 被買収企業:あづまタクシー(沖縄県うるま市)
- 取得日:2013年7月2日
- 概要:タクシー13台を追加し、県内合計229台、グループ全体で7431台となりました。沖縄中部エリアをカバーする会社の子会社化により、観光・生活需要を押さえています。
第一交通産業は全国規模でタクシー会社やバス会社の買収を積極的に行っていますが、沖縄にも継続的に進出を進めてきました。観光立県としてインバウンド需要の取り込みが高まる一方で、タクシー事業は地元密着性が重要であるため、既存事業者を買収することが効率的な手段と考えられます。
第3章:リゾート・ホテル・観光関連のM&A
3-1. ホテルの開発・運営事例
観光産業は沖縄経済の柱であり、大手資本の参入や買収が頻繁に起こっています。
(1)霞ヶ関キャピタルによる宮古島ホテル開発参画(2024年)
- 買収当事者:霞ヶ関キャピタル<3498>
- 子会社化の対象:SK特定目的会社(東京都千代田区)
- 概要:沖縄県宮古島市でのホテル開発プロジェクトを目指すため、SK特定目的会社の優先出資持分を約21億円で取得。ホテル開発案件は、アセットマネジメント業務を受託する方針で、離島観光需要の取り込みが期待されます。
(2)サンフロンティア不動産による「オリエンタルヒルズ沖縄」の運営会社買収(2024年)
- 買収当事者:サンフロンティア不動産<8934>
- 被買収企業:オリエンタルリゾートアソシエイツ(恩納村)
- 概要:リゾートホテル「オリエンタルヒルズ沖縄」を運営し、全14棟のコテージタイプ客室を擁する高級リゾートを取得。サンフロンティア不動産は全国的にホテル事業を拡大しており、沖縄でも高付加価値なリゾートホテルを取り込んだ形です。
(3)ラストワンマイルによるHOTEL STUDIOの子会社化(2024年)
- 買収当事者:ラストワンマイル<9252>
- 被買収企業:HOTEL STUDIO(札幌市)
- 概要:北海道、福岡県、沖縄県を中心にホテル運営受託・コンサル事業を手掛けるHOTEL STUDIOを株式交換により子会社化。観光客の多い北海道と沖縄を主軸にホテル転用ノウハウを強化し、不動産会社のアライアンス事業と融合を図ります。
(4)フルキャストHDによるディメンションポケッツ買収(2016年)
- 買収当事者:フルキャストホールディングス<4848>
- 被買収企業:ディメンションポケッツ(今帰仁村)
- 概要:古宇利島でホテルとレストランを運営。インバウンド需要が高いエリアで独自の観光資源を持ち、今後の拡大を見込む。フルキャストHDは人材派遣事業を主力としながら、観光産業とのシナジーも期待しています。
3-2. レジャー関連の事例
アコーディア・ゴルフによる大北ゴルフ練習場買収(2008年)
- 買収当事者:アコーディア・ゴルフ<2131>
- 被買収企業:大北ゴルフ練習場(名護市)
- 概要:宮里藍プロらが利用したことで知られるゴルフ練習場を取得。沖縄観光とゴルフ需要が伸びる中、ゴルフ場・練習場買収を全国的に展開していたアコーディア・ゴルフにとって、県内の足掛かり確保の一例です。
同社によるパームヒルズゴルフリゾートなど複数ゴルフ場の取得(2008年~)
- 買収企業:アコーディア・ゴルフグループ
- 被買収企業:琉球リゾート、パームヒルズゴルフリゾート(糸満市)など計7社
- 概要:国内各地のゴルフ場を買収し運営コース数を増やす戦略の一環。沖縄は冬でも暖かく、年間を通じたゴルフ需要に注目が集まっています。
第4章:食品・飲料業界のM&A
4-1. オリオンビールのMBO(2019年)
- 買収当事者:野村HD<8604>と米ファンドのカーライル・グループ
- 対象企業:オリオンビール(浦添市)
- 手法:TOBによるMBO(経営陣買収)
- 買付価格:1株あたり7万9200円、買付総額約524億円
- 概要:1957年設立以来、「沖縄のビール」として親しまれてきたオリオンビールは価格競争の激化やプレミアムビールの台頭で経営体制の刷新を迫られていました。そこで経営陣を含む投資家グループによるTOBで完全子会社化し、県内市場の強化や海外販路拡大を狙うこととなりました。沖縄県民にとってシンボリックな存在であるため、大きな話題を呼んだ案件です。
4-2. レストラン・飲食関連
フジオフードシステムによる「SAM’S」ステーキレストランの買収(2019年)
- 買収当事者:フジオフードシステム<2752>
- 被買収企業:グレートイースタン(沖縄市)
- 概要:「SAM’S」というアメリカンスタイルのステーキハウス8店舗を沖縄県で展開し、地元客や観光客に人気。フジオフードシステムが27億5500万円で全株式を取得し、ステーキ業態に参入した。沖縄独自の観光客向け市場と、既存のブランド(まいどおおきに食堂等)との相乗効果を見込んでいます。
同社の「ローズガーデン」買収(2018年末)
- フジオフードシステムは沖縄でアメリカンレストランを運営する「ローズガーデン」を先行して買収し、米国風レストラン事業を強化していました。ステーキ業態が人気の沖縄では外食産業の競争が激化しており、県外大手が積極的に買収を進める象徴的事例と言えます。
4-3. 食品卸売業
トーホーによる仲間商店の子会社化(2008年)
- 買収当事者:トーホー<8142>
- 被買収企業:仲間商店(石垣市)
- 概要:業務用食品卸売や酒類販売を行う仲間商店を子会社化し、沖縄離島での卸事業を拡大。観光地特有の飲食店需要を取り込み、事業基盤を拡充しました。
トライアンフコーポレーションによる黒島商研子会社化(2018年)
- 買収当事者:トライアンフコーポレーション<3651>
- 被買収企業:黒島商研(宮古島市)
- 概要:宮古島で食品卸売を営む黒島商研を簡易株式交換で子会社化。売上規模は小さいものの、リゾート開発が盛んな宮古島での飲食向け食材供給を強化し、同社の旅行宿泊事業とのシナジーを狙います。
第5章:IT・製造装置・ソフトウェア関連のM&A
5-1. 石井表記によるフレキシブル基板装置メーカーCAPの買収(2016年)
- 買収当事者:石井表記<6336>
- 被買収企業:CAP(うるま市)
- 概要:スマホやタブレットで需要拡大が期待されるフレキシブル基板製造装置を手掛けるCAPを子会社化。沖縄IT津梁パークなどを中心に製造装置関連のベンチャーが一定数おり、地理的には本土と離れていても海外市場へ進出しやすい立地を活かしている例です。
5-2. ブイ・テクノロジーによる半導体関連会社の買収
(1)ナノシステムソリューションズの買収(2019年)
- 買収当事者:ブイ・テクノロジー<7717>
- 被買収企業:ナノシステムソリューションズ(うるま市)
- 概要:半導体ウエハー外観検査装置やマスクレス露光装置など独自技術を持つベンチャーを買収し、成長分野である半導体製造装置事業を強化した。
(2)エイチエスティ・ビジョンの子会社化(2024年)
- 買収当事者:ブイ・テクノロジー傘下のナノシステムソリューションズ
- 被買収企業:エイチエスティ・ビジョン(東京都)
- 概要:画像処理ソフトを提供する企業を買収し、ナノシステムソリューションズとの連携で半導体検査装置の機能強化を図る。沖縄拠点から全国・海外へ展開する企業としての成長が期待されます。
5-3. コールセンター・ITサービス
ベリサーブによるGIOT子会社化(2016年)
- 買収当事者:ベリサーブ<3724>
- 被買収企業:GIOT(うるま市)
- 概要:情報通信機器やアプリなどの検証業務を受託するGIOTの株式を追加取得し、保有比率を96.51%まで高めました。ベリサーブは東京の大手電機・IT企業からの受託案件を沖縄で処理することで、コストメリットと人材確保を図っています。
日本M&Aセンター<2127>によるOKINAWA J-Adviserの「J-Adviser」事業取得(2019年)
- 買収当事者:日本M&Aセンター
- 被買収企業:OKINAWA J-Adviser(名護市)
- 概要:TOKYO PRO Market向けの上場審査・助言を行うJ-Adviser資格を有する企業から事業譲渡を受け、早期立ち上げと収益安定化を図る。沖縄から全国企業の上場支援を行うユニークな事例です。
第6章:教育・学習塾・オンライン学習のM&A
6-1. 富士山マガジンサービスによるCreate Education Online(CEO)子会社化(2024年)
富士山マガジンサービスは、雑誌定期購読サービスが主力でしたが、教育事業に進出。2024年7月に、沖縄県那覇市拠点のオンライン個別指導塾を運営するCreate Education Online(CEO)を傘下に収めました。その後、同年7月末には神奈川県の虔十社が運営する「翔進予備校」事業を取得し、理数系に強みを持つハイブリッド塾の体制を整え、CEOの既存生徒に高度な指導を提供すると同時に、虔十社生徒にオンライン自習室を導入するという相乗効果を期待しています。
沖縄県は離島が多く、遠方の生徒がオンライン教育を利用しやすい環境にあり、コロナ禍以降さらに需要が高まりました。本土資本の参入や地場企業との連携が盛んです。
第7章:銀行・証券・金融サービス
7-1. 沖縄銀行の動向
(1)おきぎん環境サービスの譲渡(2008年)
- 売却当事者:沖縄銀行<8397>
- 被買収企業:おきぎん環境サービス(浦添市)
- 概要:労働者派遣業を担う子会社を、第一総業(那覇市)に譲渡。行内での人材を直接雇用する方針に切り替え、グループ経営の選択と集中を図りました。
(2)おきなわ証券の子会社化(2016~2017年)
- 買収当事者:沖縄銀行
- 被買収企業:おきなわ証券(那覇市)
- 概要:日本アジアグループ<3751>傘下にあった沖縄県唯一の地場証券会社を約11億9000万円で取得。銀行業務だけでなく、証券ビジネスを展開し総合金融サービスを目指す。
7-2. その他の金融・関連事例
レキオスによるアセットマネジメント子会社のMBO(2012年)
- 売却当事者:レキオス<8994>
- 被買収企業:レキオスアセットマネジメント(那覇市)
- 概要:不動産関連の資産運用事業を行う子会社をMBO(経営陣等による買収)により切り離し、不動産開発や運用を強化しやすくするための戦略。グループ構造をシンプルにし、将来の株式上場を目指す意図があったとされます。
サイバーリンクスによるシナジー子会社化(2022年)
- 買収当事者:サイバーリンクス<3683>
- 被買収企業:シナジー(宜野湾市)
- 概要:自治体向け文書管理システム「ActiveCity」を提供するシナジーの全株式を取得(1億8100万円)。全国で進む自治体DXへの対応強化を狙い、官公庁向けクラウド事業を拡充します。
第8章:建設・不動産・エネルギー関連のM&A
8-1. 那覇バスターミナルの再譲渡
- 譲渡当事者:ゼクス<8913>
- 譲渡先:リッシ(東京都港区)
- 概要:2008年7月30日、ゼクスが保有していた那覇バスターミナルの株式を売却。大型再開発プロジェクトに絡む資本構成の再編が背景です。
一方、同ターミナルはその後第一交通産業が株式を取得しており、再開発に向けた株主交代が断続的に行われました。
8-2. ミライト・ホールディングスによる沖創工の子会社化(2012年)
- 買収当事者:ミライト・ホールディングス<1417>
- 被買収企業:沖創工(那覇市)
- 概要:電気通信設備の設計・施工やLANシステムを構築する企業の株式40%を取得し、沖縄での基盤を固めました。官公庁案件などローカル実績がある企業への出資で、全国規模の施工体制を強化するのが狙いです。
8-3. 不動産関連
LAホールディングスとファンスタイルHDの経営統合(2022年)
- 買収当事者:LAホールディングス<2986>
- 被買収企業:ファンスタイルHD(那覇市)
- 概要:株式交換により子会社化。沖縄での不動産開発・分譲事業の拡充を狙う。多くの観光資源やリゾート需要を背景に、住宅・投資用不動産の需要も高いため、開発ノウハウ取り込みが大きな目的とされる。
第9章:小売・流通業界
9-1. サンエーによるローソン沖縄への参画(2009年)
- 譲渡当事者:ローソン<2651>
- 買収当事者:サンエー<2659>
- 対象事業:沖縄県内のコンビニ事業(直営1店、FC133店)
- 概要:ローソンは新設会社ローソン沖縄を分割設立し、その株式51%をサンエーへ30億6000万円で譲渡。サンエーの地場密着力とローソンの全国ブランドが組み合わさる形で、沖縄市場でのコンビニ事業を強化しました。
9-2. ウエルシアHDによるふく薬品買収(2022年)
- 買収当事者:ウエルシアホールディングス<3141>
- 被買収企業:ふく薬品(那覇市)
- 取得株式:52.58%
- 概要:沖縄県を拠点にドラッグストア17店舗、調剤7店舗、コンビニ1店舗を展開。ウエルシアは全国的にドラッグストア網を整えており、沖縄への初進出を実現。沖縄は人口増・出生率が高く、消費需要も旺盛な有望市場と評価されています。
9-3. JINSによるフランチャイズ店買収(2019年)
- 買収当事者:JINS<3046>
- 被買収企業:Vios INTERNATIONAL(東京都中央区)の眼鏡販売事業
- 概要:Viosは沖縄県内でJINSフランチャイズ5店舗を展開。JINSは同年6月に開業予定の新店を含む計6店舗を譲り受けて直営化。店舗運営の統制とブランド力向上を図りました。
第10章:医療・介護関連
10-1. ファーマライズHDによる調剤薬局ドゥリーム子会社化(2015年)
- 買収当事者:ファーマライズホールディングス<2796>
- 被買収企業:ドゥリーム(嘉手納町)
- 概要:株式を追加取得(90%→完全子会社化)し、沖縄県の薬局拠点を確保。県内は観光客や在住外国人も多く、医療需要の多様化を踏まえた展開を行いやすいとの判断です。
10-2. LITALICOによるプラスワンソリューションズ買収(2022年)
- 買収当事者:LITALICO<7366>
- 被買収企業:プラスワンソリューションズ(浦添市)
- 概要:介護保険請求ソフト「ナーシングネットプラスワン」を提供し、4500以上の事業所と取引。障害福祉施設・介護施設向け請求管理システムを運営するLITALICOが11億9000万円で子会社化し、介護領域への事業拡大を図りました。
10-3. QLSホールディングスによる「g-port」事業取得(2023年)
- 買収当事者:QLSホールディングス
- 被買収企業:AK(那覇市)
- 概要:破産手続きに入ったAKの障害者グループホーム「g-port」事業を譲受。沖縄県内22施設を運営しており、地域で最大手クラスとなる。医療・介護分野への参入や拡張を加速するM&Aの一環です。
第11章:その他サービス・事例
11-1. 関門海によるしまヤ酒店買収と再譲渡
- 買収(2008年)
- 買収当事者:関門海<3372>
- 被買収企業:しまヤ酒店(うるま市)
- 概要:泡盛を中心にした酒販事業や沖縄料理店を運営する企業を全株式取得し、沖縄調達ルートと飲食店展開を強化。
- 再譲渡(2009年)
- 譲渡当事者:関門海
- 譲受先:同社社長の喜瀬剛氏、大一酒類販売(沖縄市)
- 概要:現地商習慣の違いや地理的距離から想定ほどのシナジーが得られず、子会社化から1年弱で株式の90%を譲渡。しかし沖縄料理店2店舗は引き続き関門海が直接運営する形に移行しました。外部企業が沖縄特有の流通や文化に対応しきれない事例の一端と見ることができます。
11-2. フルキャストHDによるディメンションポケッツ(古宇利島)買収(先述)
観光地である古宇利島のホテルレストランを取得し、人材サービスと組み合わせる独自戦略が見られます。
11-3. メディカル一光グループと西部沢井薬品の九州事業統合(2023年)
- 対象:西部沢井薬品子会社の沖縄アメル(浦添市)
- 概要:医薬品卸売事業を再編し、メディカル一光グループが9月1日付で取得。ジェネリック医薬品代理店事業を九州・沖縄で拡大するための動きです。
第12章:沖縄県におけるM&A活性化要因
ここまで多数の事例を取り上げてきましたが、沖縄でM&Aが盛り上がる背景にはどのような要因があるのでしょうか。
- 観光産業の伸長
海外からのインバウンド需要や国内リゾート需要の高まりが投資の呼び水となり、ホテル・レストランなどで資本の新陳代謝が進んでいます。 - 人口増加・高出生率
沖縄県は日本国内で最も出生率が高く、人口増の恩恵を受けて流通、ドラッグストア、教育サービスなどのマーケット拡大が見込まれます。 - 地理的特性
離島が多いことから、輸送や物流コストが課題となる一方、観光素材としての島々の魅力が高いです。外部資本の導入により、スケールメリットを生かした大規模開発が進むケースも増えています。 - 地場企業の世代交代・承継問題
小規模事業者が多く、後継者不足が深刻化していることもM&Aを誘発する一因です。大手企業による買収や経営者によるMBOなど多様な方法で事業が引き継がれています。 - 国際的ハブとしての潜在力
那覇空港を中心に、アジア各国とのアクセスが急速に拡充され、企業が沖縄を拠点に海外展開を見据える動きも増加。IT・半導体系企業が研究開発拠点として活用する事例も現れています。
第13章:M&Aが地域にもたらす課題と可能性
沖縄でのM&Aが増える一方で、いくつかの留意すべき課題やポイントも存在します。
- 地場資本と本土資本の協業リスク
関門海としまヤ酒店のように、地理・文化・商習慣の違いを吸収しきれず、想定していたシナジーが生まれない事例があります。沖縄独特の風土や顧客慣習を理解するには時間と労力が必要です。 - 観光需要の変動リスク
コロナ禍で深刻な打撃を受けた観光業のように、外部要因による需要減少もあり得ます。投資回収期間を長めに設定する必要性が高いと言えます。 - 本土人材の確保と県内人材育成
IT・製造関連企業が沖縄に拠点を置くケースが増えていますが、専門人材を県内で十分確保できるか、本土から派遣するかなどの課題が多いです。逆に言えば、M&Aを通じて人材交流が進むメリットもあります。 - 離島エリアへの波及効果
宮古島や石垣島でリゾート開発が盛んですが、その利益が地元住民や地域振興にどこまで還元されるかが大きなテーマ。農漁業との調和や環境保護への配慮も不可欠です。 - 自治体の規制・許認可
自然公園法や景観条例など、沖縄特有の環境保護規制が存在し、ホテル建設やインフラ整備の際に規制をクリアするプロセスが必要です。M&Aによる所有権変更後の計画見直しなど、注意すべき点が多いです。
第14章:今後の展望
- ポスト・コロナでの観光需要回復
徐々に世界的な渡航規制が緩和され、インバウンド観光客も復調気配を見せています。リゾートホテルや観光施設のM&Aが今後さらに活発化する見通しです。 - IT分野の拠点化
うるま市の沖縄IT津梁パークをはじめ、コールセンターやIT系開発会社の集積が進めば、関連企業同士のM&Aや外資系企業の参入も増えるでしょう。 - 産業多様化への貢献
ビールや泡盛、飲食だけでなく、農業・水産業の高付加価値化(例えばユーグレナ<2931>の事例)も注目されています。バイオ燃料・藻類研究なども含め、新たな産業が生まれる可能性があります。 - 環境配慮型プロジェクト
リゾート開発ブームの一方で、SDGsや環境保護への関心が高まり、エコツーリズムやグリーンエネルギー関連のM&Aが増える余地もあります。 - 交通インフラの再編
モノレール(ゆいレール)の延伸計画やバスターミナル再開発などにより、本土系デベロッパーや総合商社がさらに関与するかもしれません。県の都市計画や国の観光立国政策とも連動するでしょう。
第15章:まとめ
本記事では、沖縄県における多数のM&A事例を分野別に概観しました。観光・リゾート、タクシーやバスなど交通インフラ、外食・食品卸、IT・製造装置、金融サービス、教育・介護など実に多岐にわたる領域でM&Aが行われています。その背景には、
- 人口増加や高い出生率
- 観光・インバウンド需要の拡大
- 本土資本や海外資本の参入意欲
- 離島特有の市場構造
- 地場企業の後継者難や成長資金ニーズ
などが複合的に作用していると言えます。
一方で、M&A後のマネジメント体制や文化統合には注意が必要で、現地の商慣習や雇用環境への適合を怠ると想定外のコストが生じたり、結果的に事業譲渡へ至るケースもあります。それでもなお、沖縄県特有の魅力と将来性は非常に高く、今後も全国・海外の投資家や企業から注目を集め続けるでしょう。
特に観光業はコロナ禍の影響を強く受けたものの、リベンジ消費やインバウンド回復が期待される現段階では、ホテルやリゾート開発のM&Aが再加速しています。また、介護・医療・ITサービスなど内需型分野も地域ニーズが堅調で、地場企業同士の再編や本土企業の買収がさらに進む可能性があります。
沖縄は日本全国の中でも地理的・文化的に特徴が大きく、M&Aは「資本の移転」だけではなく、県全体の経済構造や雇用に大きなインパクトを与え得る存在となっています。地域住民や行政、経済団体、企業が協力しながら、持続可能な成長を目指すことが重要です。M&Aの活用により、沖縄の豊富な観光資源や経済資源をさらに発展させ、新たな価値を創造することが期待されます。
今後も多くの案件が公表されると予想されますが、そのたびに「沖縄が観光地としてだけでなく、ビジネスの新しいステージとして着実に進化している」ことを感じられるはずです。本記事が、沖縄県でのM&Aのダイナミズムと可能性を理解いただく一助となれば幸いです。

株式会社M&A Do 代表取締役
M&Aシニアエキスパート・相続診断士
東京都昭島市出身。慶應義塾大学理工学部を卒業後、大手M&A仲介会社にて勤務し、その後独立。これまで製造業・工事業を中心に友好的なM&Aを支援。また父親が精密板金加工業、祖父が蕎麦屋、叔父が歯科クリニックを経営し、現在は父親の精密板金加工業にも社外取締役として従事。