目次
  1. 1.長崎県の産業概況とM&Aの必要性
    1. 1-1.長崎県の産業構造
    2. 1-2.長崎県におけるM&Aの特徴
  2. 2.交通・運輸・インフラ関連のM&A事例
    1. 2-1.第一交通産業による三光タクシーの完全子会社化(2013年4月)
    2. 2-2.ふくおかフィナンシャルグループと十八銀行、親和銀行の経営統合(2016年~)
    3. 2-3.エイチ・アイ・エスによる九州産業交通ホールディングスのTOB(2012年5月)
  3. 3.造船・重工業関連のM&A・事業再編
    1. 3-1.名村造船所傘下の佐世保重工業における新造船事業休止(2021年2月~)
    2. 3-2.田中造船の子会社化(2024年2月)
  4. 4.観光・レジャー関連のM&A事例
    1. 4-1.HISによるハウステンボス買収と再生(2010年4月)
    2. 4-2.HISによるハウステンボスの売却(2022年8月)
  5. 5.小売・スーパーマーケット業界のM&A・事業譲渡
    1. 5-1.大黒天物産<2791>によるマミーズ22店舗の取得(2018年10月)
    2. 5-2.穴吹興産<8928>によるママのセンターのスーパーマーケット事業取得(2019年8月)
    3. 5-3.イズミ<8273>による西友・九州地区69店舗の取得(2024年4月)
    4. 5-4.穴吹興産グループがマミーズやママのセンター事業を取得する背景
  6. 6.外食・フードサービス関連のM&A
    1. 6-1.串カツ田中ホールディングス<3547>、福岡県内直営店11店舗をイートスタイルに譲渡(2023年6月)
    2. 6-2.関門海<3372>の富士水産買収(2008年5月)
  7. 7.医薬品・ヘルスケア関連のM&A
    1. 7-1.メディパルホールディングス<7459>による東七の子会社化(2022年7月)
    2. 7-2.アルフレッサホールディングス<2784>による宮崎温仙堂商店の子会社化(2022年3月)
    3. 7-3.ツルハホールディングス<3391>、福江薬局を子会社化(2023年10月)
  8. 8.IT・ソフトウェア・サービス関連のM&A
    1. 8-1.東京エレクトロンデバイス<2760>、アバール長崎の子会社化(2017年5月)
    2. 8-2.ワールドホールディングス<2429>、西肥情報サービスを子会社化(2018年2月)
    3. 8-3.パソナグループ<2168>、長崎ダイヤモンドスタッフから人材サービス事業を取得(2017年9月)
    4. 8-4.LITALICO<7366>(旧6187)による福祉ソフト・プラスワンソリューションズの買収(2020年・2022年)
    5. 8-5.アイティフォー<4743>、プロデュースメディアの教育関連システム事業を取得(2010年11月)
  9. 9.建設・土木・不動産関連のM&A
    1. 9-1.ヤマウ<5284>による大栄開発の子会社化(2015年5月)
    2. 9-2.越智産業<7489>、鈴木木材グループのプレカット事業を取得(2009年8月)
    3. 9-3.ナガワ<9663>、ニシレンのユニットハウス・備品レンタル事業を取得(2009年10月)
  10. 10.その他のM&A事例
    1. 10-1.ワタミ<7522>、タクショクの子会社化(2008年6月)
    2. 10-2.ヤマックス<5285>によるHOCヤマックス子会社化(2020年4月)
    3. 10-3.ジェイ・ブリッジ<9318>がテレサイクルサービス長崎を売却(2009年7月)
    4. 10-4.いちよし証券<8624>と佐世保證券の合併(2011年1月)
    5. 10-5.オートバックスセブン<9832>によるオートサービステクニックスの子会社化(2012年9月)
    6. 10-6.プレナス<9945>のMBOによる非公開化(2022年10月)
    7. 10-7.イエローハット<9882>、クワハラ3店舗の取得(2012年1月)
  11. 11.M&Aがもたらす効果と課題
  12. 12.今後の展望
  13. 13.まとめ

1.長崎県の産業概況とM&Aの必要性

1-1.長崎県の産業構造

長崎県は地形的にも独特で、大小さまざまな島嶼部を含め、多様な漁業や海洋資源を活かした産業が昔から根付いてきました。また、明治期以降には造船産業が県の重要な基幹産業として成長し、県内雇用や技術発展を担ってきた歴史があります。さらに、異国情緒あふれる観光資源が豊富で、国際的な観光都市としての強みも併せ持っている点が特徴的です。

しかし、近年は少子高齢化に伴う労働力不足や国内競争の激化、さらには世界的な経済情勢の変動、COVID-19の影響などによって、産業構造の転換や再編が急務となっています。そうした中で、地域企業が新しい成長を求めたり、後継者不足の問題を解消したりする方法のひとつとしてM&Aが注目されてきました。

1-2.長崎県におけるM&Aの特徴

長崎県のM&Aの特徴としては、まず造船・観光といった県の主要産業を取り巻く再編が大きな注目点となっています。造船業は世界的な受注環境の変化に影響されやすく、大規模な事業再編・再構築が必要となることが多いです。一方、観光分野では大型リゾート施設の経営再建などが大きなニュースとなり、グローバル資本が参入する例も見られます。

また、県内の中小企業が後継者不足や資金力の強化を目的に、県外や海外の企業に買収される事例、あるいは県内同士の企業統合によって事業継続を図る事例も増加傾向にあります。地域のスーパーやドラッグストアなど小売業界でも店舗の譲渡・子会社化などが活発になっており、県民のライフラインを支える業態では、シェア拡大やサービス向上を目的としたM&Aが積極的に行われています。

以下では、具体的なM&A事例を分野ごとに整理し、その背景と狙い、成果や今後の課題について見ていきます。


2.交通・運輸・インフラ関連のM&A事例

2-1.第一交通産業による三光タクシーの完全子会社化(2013年4月)

タクシー業界は全国的に需要減やドライバー不足が続いていますが、長崎県でも公共交通の機能維持のため、タクシー事業を大手が取り込む動きが活発化しています。その代表例のひとつが、第一交通産業<9035>による三光タクシー(佐世保市)の完全子会社化です。

2013年4月に三光タクシーの全発行済株式を取得したことで、第一交通産業が保有するタクシー台数は県内17台増え、グループ全体では7366台に達しました。長崎県内においては既存の子会社52台と合わせて69台となり、大手として県内シェアを高める結果となっています。今回の買収では取得価格は非公表ながら、商号を「三光第一交通」に変更することで、グループのブランド力も高めています。タクシー業界でのこうした再編は、今後も地域の公共交通確保の観点から進展する可能性が高いとみられます。

2-2.ふくおかフィナンシャルグループと十八銀行、親和銀行の経営統合(2016年~)

銀行業界も例外ではなく、九州最大のふくおかフィナンシャルグループ<8354>と長崎の十八銀行<8396>が経営統合に向けて動いたのが2016年2月の発表でした。最終的には2017年10月1日に株式交換で十八銀行を子会社化し、その後2018年10月には十八銀行と親和銀行の合併を目指す計画が示されています。

これは、地方銀行同士が協力して地域経済をより強固に支える構造を築くねらいがありました。長崎県内でも店舗網の統合やシステムの効率化などが期待されており、地銀再編の一端として大きく注目された事例です。店舗統合による利便性の向上と、貸出体制の強化が同時に図られることは、地域活性化の観点からも重要な意味を持ちます。

2-3.エイチ・アイ・エスによる九州産業交通ホールディングスのTOB(2012年5月)

世界的な旅行会社であるエイチ・アイ・エス(HIS)は、長崎県佐世保市にリゾート施設「ハウステンボス」を所有する企業として知られています。同社は2012年5月、九州の観光バスなどを運営する九州産業交通ホールディングス(熊本市)に対してTOBを実施し、連結子会社化を図りました。買付価額は28億2000万円で、持株比率を最大55%まで引き上げる方針を示したのがポイントです。

狙いとしては、九州産業交通HDが強みを持つ九州内の交通網や観光資源を活かすことで、HISが推進する国内旅行・訪日旅行事業のさらなる拡大を目指すものでした。長崎県のハウステンボスとのシナジー効果も期待され、観光客の送客や県内観光ルートの充実につながる可能性があるとみられています。


3.造船・重工業関連のM&A・事業再編

3-1.名村造船所傘下の佐世保重工業における新造船事業休止(2021年2月~)

造船業は長崎県を代表する基幹産業の一つですが、近年は世界的な海上輸送需要の不安定化や競争激化により、受注環境が厳しさを増しています。そのような背景から名村造船所は2021年2月12日、傘下の佐世保重工業(佐世保市)の新造船事業を2022年1月に休止すると発表しました。これに伴い、250人の希望退職者を募り、最終的には248人の応募があったと同年6月18日に発表しています。

今後は艦艇修繕船と機械事業に経営資源を集中し、事業再構築を行う方針です。新造船事業の従業員は修繕船部門や親会社の名村造船所への配置転換が進められていますが、全員を吸収できず、希望退職を実施せざるを得ない状況となりました。これにより特別損失が計上されるなど、地域経済と雇用への影響は小さくありませんが、企業としては生き残りをかけた戦略的な決断ともいえます。

3-2.田中造船の子会社化(2024年2月)

西華産業<8061>は2024年2月に、子会社であるセイカダイヤエンジン(東京都新宿区)を通じて、FRP船舶メーカーの田中造船(松浦市)を子会社化すると発表しました。造船事業の取得により、舶用エンジンの販売・サービスと連動した建造計画の実現を図ることが狙いです。

長崎県内で培われてきた造船技術やインフラを継承しつつ、FRP(繊維強化プラスチック)船舶と舶用エンジンの組み合わせでニーズに応えていく戦略が注目されています。伝統的な鋼船だけでなく、小型船舶市場にも光を当てることで、造船の多角化を目指す動きといえます。株式の取得割合や取得価額は非公表ですが、地場造船企業の技術力と営業基盤を取り込み、付加価値の高い製品・サービス提供を目指す点で、長崎の造船業再編の新たなかたちを示唆しているといえます。


4.観光・レジャー関連のM&A事例

4-1.HISによるハウステンボス買収と再生(2010年4月)

ハウステンボスは、長崎県佐世保市に開業した大規模テーマパークですが、開業当初から入場者数の伸び悩みなどで経営不振が続き、2003年には会社更生法の適用を申請し、巨額の負債を抱えて事実上倒産の事態に至りました。その後、2010年4月にエイチ・アイ・エス<9603>が第三者割当増資に応じ、発行された募集株式の66.67%を約20億円で取得して子会社化しました。HIS創業者の澤田秀雄氏が指揮をとり、ハウステンボスの大幅な経営改革を推進した結果、長期赤字だった同テーマパークは2011年度以降急速に黒字転換を果たし、一躍「再建成功例」として注目されました。

4-2.HISによるハウステンボスの売却(2022年8月)

しかし、新型コロナウイルス感染拡大で海外旅行需要が激減し、HIS本体の経営が悪化する中、2022年8月30日、HISはハウステンボスを香港の投資ファンドPAGに譲渡すると発表。HIS保有分66.67%の株式を666億円で売却し、九州電力や西部ガスHDなどの地元出資企業5社も自社株買いに応じる形で売却するため、最終的にPAGがハウステンボスを100%取得することになりました。

HISはこの売却により、大幅なキャッシュを獲得し財務体質を改善する狙いがありました。ハウステンボス側は投資ファンドの出資を得ることで、さらなる施設拡張や新たなアトラクションの開発が期待されるとともに、経営のグローバル化を目指す可能性も示唆されています。長崎県にとっては、地域の観光拠点が海外資本の手に渡ることになる一方で、新たな資本力とノウハウの導入が地域観光を活性化させる契機となるかが焦点となっています。


5.小売・スーパーマーケット業界のM&A・事業譲渡

5-1.大黒天物産<2791>によるマミーズ22店舗の取得(2018年10月)

スーパーマーケット(SM)業界でも、長崎県を含む九州地方でのM&A事例が増加しています。大黒天物産は食品ディスカウントストアを主力とし、近畿・中国・四国・中部・九州で多数店舗を展開してきました。同社は福岡県柳川市のマミーズが持つ30店舗のうち22店舗を取得する決定をしました。マミーズは福岡・熊本・佐賀・長崎で店舗展開しており、大黒天物産の店舗網拡大計画と合致したため、大半の店舗を譲り受けることになりました。

このうち長崎県内の店舗についても取得対象に含まれており、取得後の売上拡大に加え、九州エリアにおける流通網の最適化が期待されました。マミーズの売上規模は約99億円あり、これを取り込むことで大黒天物産は中期的に売上高3000億円を狙う戦略をより確実なものにしようとしています。

5-2.穴吹興産<8928>によるママのセンターのスーパーマーケット事業取得(2019年8月)

不動産開発や商業施設運営など多角展開を行う穴吹興産は、長崎県を地盤とするママのセンターからスーパーマーケット事業(全4店舗)を取得することを決定しました。穴吹興産の100%子会社であるジョイフルサンアルファ(長崎市)はもともと県内でスーパーを11店舗展開しており、今回の4店舗を加えることで地域でのドミナント戦略を一層推進する狙いがあります。

ママのセンターのスーパー事業は売上高約19億5700万円。取得金額は2億7800万円で、事業継承は2019年10月1日とされました。ママのセンターは財務面で苦戦しており、穴吹興産の傘下に入ることで組織再編と資本強化を図り、地域の生活インフラであるスーパー事業を安定的に維持しようとする動きが背景にあります。

5-3.イズミ<8273>による西友・九州地区69店舗の取得(2024年4月)

広島県を本拠とするイズミは、九州を含む中四国地区で「ゆめタウン」「ゆめマート」などを展開し、近年は店舗網の拡大に注力してきました。2024年4月3日、西友から九州地区の全69店舗を取得すると発表し、事業承継手続きを通じて8月1日付で譲り受ける予定です。長崎県内でも2店舗を西友が保有しており、これらをイズミが傘下に収めることで、県内での競争力向上が期待されています。

西友は国内外資本(ウォルマート)などの影響も受けながら、道内や九州から撤退し、関東圏に注力する戦略を示唆しています。一方、イズミにとっては大規模な店舗一括取得で、スケールメリットを活かした仕入れ・物流効率化を図れると同時に、地域の顧客基盤を確保する大きなチャンスとなりました。

5-4.穴吹興産グループがマミーズやママのセンター事業を取得する背景

既述したように、長崎県内の小売業界では地場企業が大手の子会社化や事業譲渡を受ける動きが顕著です。これは、都市部とは異なり人口減少の進行が早く、市場規模の縮小が想定される地域で、経営資源を有効活用し、生き残りを図るための現実的な選択といえます。大手・中堅による統合や買収によって、仕入れコストや物流コストを抑えられ、より安定したサービスを提供できるというメリットが期待されます。


6.外食・フードサービス関連のM&A

6-1.串カツ田中ホールディングス<3547>、福岡県内直営店11店舗をイートスタイルに譲渡(2023年6月)

長崎県においては、直接の店舗譲渡事例が少ないものの、九州全体を通じて外食産業の再編が続いています。串カツ田中HDが福岡県内の11店舗を外食事業を手がけるイートスタイル(宮崎県小林市)へ譲渡すると発表したのは2023年6月のことです。これら店舗は「串カツ田中」のブランドを維持したままフランチャイズチェーン(FC)として運営されることになります。

イートスタイルは「串カツ田中」をはじめ、複数のブランドをFC展開しており、長崎県でも1店舗を運営しています。九州全体でブランドを横断的に展開し、同時に地域に根ざした経営を行う形は、人口減や客数減が見込まれるエリアで収益を維持するうえで有効な戦略といえます。外食チェーンがエリアごとにフランチャイジーへ事業を譲渡する流れは今後も増加する可能性があるでしょう。

6-2.関門海<3372>の富士水産買収(2008年5月)

とらふぐ料理専門店「玄品ふぐ」で知られる関門海は、2008年5月に長崎県対馬市でとらふぐ養殖を行う富士水産を0円で子会社化する決議を行いました。富士水産は対馬での養殖ノウハウを持ち、アジやアマダイ、スルメイカなどの水産加工設備も保有していたことから、関門海が主力とするふぐ料理の安定調達や、新たな食材開発への期待が背景にあります。

飲食企業が原材料の調達基盤を確保するために養殖業や水産加工業に直接投資する形は、垂直統合の典型例です。長崎県は水産資源が豊富であるため、こうした産地でのM&Aは今後も注目される可能性があります。


7.医薬品・ヘルスケア関連のM&A

7-1.メディパルホールディングス<7459>による東七の子会社化(2022年7月)

医薬品卸大手のメディパルHDは、長崎県佐世保市に本拠を置く医療用医薬品卸の東七の株式を追加取得し、2023年4月1日付で完全子会社化する計画を発表しました。東七は長い歴史を持ち、長崎・佐賀両県で強固な基盤を築いており、メディパルHDは2008年から同社と資本・業務提携を進めていました。今回の完全子会社化により、九州北部エリアにおける医薬品供給網がさらに強化される見込みです。

7-2.アルフレッサホールディングス<2784>による宮崎温仙堂商店の子会社化(2022年3月)

同じく大手医薬品卸グループのアルフレッサHDは、1906年創業の老舗企業である宮崎温仙堂商店(諫早市)を子会社化すると発表しました。長崎県・佐賀県および熊本県天草地域を中心に医療用医薬品や検査用試薬・医療機器の卸売を行う宮崎温仙堂商店を傘下に取り込み、地域での販路拡大とサービス強化を狙っています。創業100年以上の地場企業が、大手グループと統合することでより安定した経営基盤を得る一方、大手側も地方での密着型営業リソースを補強できる相互メリットが期待されています。

7-3.ツルハホールディングス<3391>、福江薬局を子会社化(2023年10月)

ドラッグストア大手ツルハHDは、傘下のドラッグイレブンを通じて、長崎県五島市に拠点を置く福江薬局(売上高6億4900万円)を子会社化すると2023年10月に発表しました。福江薬局は1955年設立で、五島市内で4店舗を展開しており、僻地での医薬品供給や高齢者ケアの面で重要な役割を果たしています。

ツルハHDは九州・沖縄地区で店舗網を拡充しており、調剤薬局の併設や医療サービス強化を進める中で、離島部まで含めた地域医療の充実を図る狙いがあります。離島エリアは慢性的な医師・薬剤師不足が問題化しており、大手資本の参入で医療供給体制の課題が緩和されることが期待されます。


8.IT・ソフトウェア・サービス関連のM&A

8-1.東京エレクトロンデバイス<2760>、アバール長崎の子会社化(2017年5月)

半導体製造装置や電子機器を扱う東京エレクトロンデバイスは、アバールデータ傘下のアバール長崎(諫早市)を子会社化することを決定しました。株式の56.6%を10億6400万円で取得し、新規事業の確立と量産受託サービス事業の拡大を目指す狙いがありました。長崎県では電子部品や半導体関連産業も一定の集積があり、アバール長崎の技術力や生産設備は大手企業にとって魅力的だったと考えられます。

8-2.ワールドホールディングス<2429>、西肥情報サービスを子会社化(2018年2月)

人材派遣・教育事業を主軸とするワールドホールディングスは、佐世保市の西肥情報サービスを子会社化しました。同社は西肥自動車のシステム部門が独立した企業で、バスの運行管理など交通関連システムの開発に強みを持っていました。今回の買収でワールドインテックが有するエンジニアリングノウハウと組み合わせ、公共交通分野のITソリューションを強化する狙いが伺えます。地方のIT企業が広域資本の参加を得て、技術や営業基盤を拡張する典型的な事例といえるでしょう。

8-3.パソナグループ<2168>、長崎ダイヤモンドスタッフから人材サービス事業を取得(2017年9月)

大手人材派遣会社のパソナグループは、三菱重工<7011>の子会社である長崎ダイヤモンドスタッフから派遣や請負事業などを取得することを決議しました。三菱重工グループの長崎拠点を支える人材サービスをパソナが担うことで、より効率的な人材供給体制を構築しようとしたものとみられます。大企業のグループ内再編において、専門事業を外部に移管する流れはコア事業集中の一環として今後も続くかもしれません。

8-4.LITALICO<7366>(旧6187)による福祉ソフト・プラスワンソリューションズの買収(2020年・2022年)

障害福祉・教育支援サービスを展開するLITALICOは、2020年12月に長崎県佐世保市の福祉ソフトを約10億5000万円で子会社化し、障害福祉施設向けの公費請求支援ソフト「かんたん請求ソフト」を自社サービスに組み込みました。その後、2022年3月には沖縄県浦添市のプラスワンソリューションズ(介護保険請求ソフトを開発)も約11億9000万円で買収し、障害福祉と介護の双方をカバーする体制を整えています。

福祉・介護領域は国の制度改正や高齢化、介護人材不足など社会的課題が山積している分野であり、ITを活用した業務効率化が求められています。LITALICOによる一連の買収は、こうした市場拡大の可能性を見据えた動きといえます。長崎県で生まれた福祉ソフトの技術やノウハウが、大手企業の傘下に入ることで全国規模へと展開されていく事例のひとつです。

8-5.アイティフォー<4743>、プロデュースメディアの教育関連システム事業を取得(2010年11月)

ITサービス企業のアイティフォーは、長崎県諫早市のプロデュースメディアから自治体向け教育関連システム事業を取得しました。学校や教育委員会を対象にしたシステム導入が進む中、自治体案件に実績を持つローカル企業の事業を取り込むことで自社サービスラインナップを拡充し、自治体市場へのアプローチを強化する狙いがありました。これは地方の専門特化企業と首都圏上場企業のマッチングという典型的なM&Aパターンといえます。


9.建設・土木・不動産関連のM&A

9-1.ヤマウ<5284>による大栄開発の子会社化(2015年5月)

コンクリート製品の製造・販売を手がけるヤマウは、土木工事や地質調査を行う大栄開発(佐世保市)を12億8000万円で完全子会社化しました。これにより、土木関連事業へ参入し、製造から施工・調査まで一貫したサービスを提供できる体制を整えました。公共工事の減少や入札競争の激化が続く中、自社の技術領域を広げて収益源を確保する動きが背景にあります。

9-2.越智産業<7489>、鈴木木材グループのプレカット事業を取得(2009年8月)

越智産業は鈴木木材工業(佐世保市)と伊万里外材(佐賀県伊万里市)のプレカット事業を取得しました。鈴木木材グループが民事再生手続き開始を申し立てたことを受け、事業再生の一環として行われたもので、西日本クラフト(福岡市)や西日本フレーミング(福岡県飯塚市)を通じてプレカット事業を譲り受けています。住宅建築の効率化が進む中、プレカット設備やノウハウの取得によって建材卸企業のさらなる成長を図る事例といえます。

9-3.ナガワ<9663>、ニシレンのユニットハウス・備品レンタル事業を取得(2009年10月)

ユニットハウスやプレハブ建築で知られるナガワは、佐賀・長崎両県でユニットハウスや備品レンタルを展開していたニシレン(大村市)の事業を取得しました。売上高は2億9300万円規模でしたが、これにより九州北部でのレンタルシェア拡大と事業効率化を狙っています。建設需要の波に左右されるユニットハウス業界では、地場企業の事業譲渡を通じた拠点拡大が有効手段となっています。


10.その他のM&A事例

10-1.ワタミ<7522>、タクショクの子会社化(2008年6月)

外食・介護事業を展開するワタミが、弁当の製造・宅配を手がけるタクショク(諫早市)を子会社化することを決めました。減塩・低カロリーの弁当「ジャストディナー」を中心に、高齢者向け食事サービスで強みを持つタクショクを取り込むことで、ワタミが推進する高齢介護事業とのシナジーを見込んでいます。詳細な取得価額やスキームは未定とされましたが、食材調達や物流の効率化、メニュー開発の強化など多面的な相乗効果が期待されました。

10-2.ヤマックス<5285>によるHOCヤマックス子会社化(2020年4月)

ヤマックスは2013年にH.O.C(大村市)と共同出資したHOCヤマックスの株式を追加取得し、子会社化しました。土木用コンクリート二次製品の販売会社である同社について、ヤマックスは設立時から製造部門の統合など経営集約化を見据えていたといいます。今回、株式の過半数取得と取締役過半数派遣によって意思決定を一本化し、製造・販売を一体化させる戦略を本格化させました。

10-3.ジェイ・ブリッジ<9318>がテレサイクルサービス長崎を売却(2009年7月)

投資事業を手がけるジェイ・ブリッジは、競輪場外車券売場を運営するテレサイクルサービス長崎(諫早市)をコンサルタント会社のワイズコーポレーション(大阪市)に売却。競輪業界の入場者数減少に伴う収益悪化が続いていたことが背景にあります。グループの経営構造改革の一環として、競輪場外売場という特殊業態を整理した形となりました。

10-4.いちよし証券<8624>と佐世保證券の合併(2011年1月)

証券業界再編の波は長崎県にもおよび、いちよし証券と佐世保證券(佐世保市)が2011年1月に合併を実施しました。いちよし証券を存続会社とする吸収合併形式で、長崎県北部地域における顧客基盤の強化を図っています。少子高齢化やネット証券の台頭などで、地方の対面証券ビジネスは苦戦が続いており、地場証券の生き残り策として大手証券との統合が進む事例です。

10-5.オートバックスセブン<9832>によるオートサービステクニックスの子会社化(2012年9月)

カー用品大手のオートバックスセブンは、長崎県佐世保市に本社を置くオートサービステクニックスを子会社化しました。フランチャイズ加盟法人を取り込むことで、グループ全体の店舗経営を強化し、長崎エリアでのシェア拡大を狙う動きです。カー用品市場は全国的にも競争が激しくなる一方、地方では後継者不足や経営規模の問題から単独存続が難しい加盟店も多く、大手本部が買収する事例が増えています。

10-6.プレナス<9945>のMBOによる非公開化(2022年10月)

持ち帰り弁当「ほっともっと」や定食店「やよい軒」を展開するプレナスは、2022年10月にMBO(経営陣による買収)で株式を非公開化すると発表しました。実際には創業家の資産管理会社であり、長崎県佐世保市に本拠を置く塩井興産がTOB(株式公開買い付け)を実施し、プレナス株の約58%余りを取得して完全子会社化を目指すスキームです。

新型コロナウイルスの影響などで外食・中食市場の競争は激化し、持続的に成長するには短期的な株式市場の評価よりも長期的な視点での経営判断が不可欠と考えられました。非公開化によって、より柔軟かつ迅速な意思決定を行う体制へ移行しようとする事例であり、佐世保市発祥の企業が創業家の強い意志を背景に独自路線を維持する戦略ともいえます。

10-7.イエローハット<9882>、クワハラ3店舗の取得(2012年1月)

カー用品販売大手イエローハットは、長崎県内で「ドライブショップ クワハラ」を3店舗運営していたクワハラ(長崎市)の店舗事業と整備事業を取得し、長崎県における販売網を拡充しました。これにより西日本エリアの体制強化を目指しており、M&Aという手段で地域における店舗網の拡張をスピーディーに進めた好例です。


11.M&Aがもたらす効果と課題

ここまで長崎県内で行われたさまざまなM&A事例を見てきました。これらの動きから得られる教訓や今後の課題を整理してみます。

  1. 地域の経済活性化・雇用維持
    大手企業や投資ファンドが地域企業を子会社化することで、経営資源が注入され、新たな投資や事業拡大が期待できます。とくに観光業や小売業など地域に密着した業態では、雇用の維持やサービス品質向上につながることも多いです。一方で、経営合理化の名のもとにリストラや店舗統廃合が進めば、短期的には地域雇用への打撃となる場合もあります。
  2. 後継者不在問題の解決
    中小企業が多い地方では、後継者不足が深刻な課題です。M&Aによって第三者承継を行い、事業そのものを存続させるケースが増えています。特に長崎県のように離島や過疎地域を抱える場所では、地域のライフラインとして機能する事業が廃業になるリスクを防ぐ意味でも、M&Aが有力な選択肢になっています。
  3. 企業同士のシナジー効果
    造船・観光・ITなど、長崎県で強みを持つ分野において、大手企業が地元企業を傘下に収めることで、技術力やノウハウ、人材育成など多方面でシナジーを生み出せる可能性があります。逆にいえば、地元企業単独では難しかった大規模投資や設備更新が、大手グループの支援で可能になり、県内産業のレベルアップをもたらすことがあります。
  4. 地域経済の主体性確保
    一方で、大手・外資系企業に買収されることで、地域の中核企業が県外や海外資本の意向に左右される懸念もあります。経営上の判断がグローバルな視点で行われることでスケールメリットは得やすくなる反面、地域経済との利害調整が難しくなる場合もあるでしょう。ハウステンボス売却のように、大型リゾート施設が外資ファンドに渡ることで、地域との連携をどう保つかが今後の焦点になってきます。
  5. 業界再編の加速
    全国的にも、流通や小売、外食、医薬品卸などの業界は再編が加速しています。これは長崎県に限らず、地方が抱える人口減や市場縮小といった構造的要因が大きく影響しています。M&Aを通じて業界再編が進むことで、生き残った企業は生産性や競争力を高めることができる一方、切り捨てられる事業や地域も出てくる可能性があります。これをどうバランスよく進めていくかは行政や地域社会の重要な課題です。

12.今後の展望

  1. 地方創生とM&A
    国としても地方創生を推進しており、長崎県でも企業の継続と地域活性化を促す施策が打たれています。M&Aは単なる企業買収という枠にとどまらず、地域にとっては雇用維持や新技術・新資本の導入の手段となり得るため、行政や金融機関が積極的に仲介・斡旋を行う事例も増えています。
  2. 観光産業の立て直しと新たな投資
    ハウステンボスが外資に買収されたように、観光業にはまだ大きなポテンシャルがあります。コロナ禍で打撃を受けたものの、アフターコロナの国際観光回復を見据えて、新たなコンテンツやインバウンド需要を取り込むための動きが加速するでしょう。その過程で、ホテル・旅館・飲食・レジャー施設など観光関連企業のM&Aがさらに増える可能性があります。
  3. 造船・海洋関連産業の再編
    長崎県の特色である造船や海洋エネルギー分野でも、世界的な需要変動に合わせた再編が進む可能性があります。環境規制の強化や脱炭素社会への流れの中で、省エネ船舶や新エネルギーに対応した造船技術など、新しいイノベーションが必要とされています。これを実現するため、大手企業が地元造船所を取得・提携し、技術開発を進める事例が増えるかもしれません。
  4. IT・デジタル分野のさらなる拡大
    障害福祉や介護施設向けの請求ソフトに代表されるように、社会保障分野でのITニーズは増大しており、それに伴い地方発のIT企業が注目されるケースが増えています。地域が抱える課題に即したITサービスは、大手にとっても重要な買収ターゲットとなり得ます。今後も特化型SaaSや行政サービス支援システムなどを開発する地元企業が、M&Aによって全国・海外展開していく動きが活発化しそうです。
  5. 地域独自のブランドと外資・大手資本の協調
    長崎県には、多くの伝統産業や地域性を活かしたブランドがあります。外資や県外大手との提携によって販路拡大や海外進出を図る例も少なくありません。M&Aは株式取得だけでなく、資本業務提携やジョイントベンチャーなどの形をとる場合もあるでしょう。地元に根付いた老舗企業と、新しい資本やノウハウとの相乗効果で、長崎から世界に羽ばたくビジネスが生まれる可能性は十分にあります。

13.まとめ

本記事では、長崎県で行われた数多くのM&A事例を概観し、その背景や狙い、地域経済への影響などを整理してまいりました。造船や観光といった県の主要産業から、小売・外食・IT・医薬品卸など多様な業種にわたるM&Aが確認でき、いずれも共通しているのは「地域特性を活かしながら、経営資源を強化する」という視点です。

  • 造船業
    世界的な海運需要の変化による再編が進行中であり、大手造船グループの傘下にある佐世保重工業やFRP船舶の田中造船など、各社が生き残りをかけて事業集中と希望退職募集に踏み切っています。
  • 観光業
    ハウステンボスをめぐるHISによる買収と再建、そして外資ファンドへの売却は、長崎県のみならず日本全国に大きなインパクトを与えました。今後も観光需要回復と新たな投資が期待される中、さらに別の統合や再編が起きる可能性があります。
  • 小売・外食
    高齢化が進む地方では小売チェーンや外食チェーンの存続戦略が重要となっており、大黒天物産、穴吹興産、イズミ、ツルハHDなど大手のM&Aが活発化しています。地域密着型企業の後継者問題を解決しつつ、購買力のある大手グループが店舗網を拡大する動きは今後も続くでしょう。
  • 医薬品・ヘルスケア
    長崎県という地理的環境もあり、医薬品卸や調剤薬局の再編が目立ちます。メディパルHD、アルフレッサHDなどの業界大手が地場企業を取り込むことで、供給網の強化とサービス向上が期待されます。
  • IT・サービス
    介護・福祉ソフトの分野や公共交通システムなど、地方のIT企業が大手に買収される事例が増えています。地方で培われたノウハウが全国規模へ発展する可能性があり、長崎県のように観光や造船だけでなくIT分野でも将来性を秘めた企業が存在している点は注目に値します。

一方で、M&Aが盛んになるほど、地域の中核企業が外部資本に取り込まれることで意思決定が県外や海外へ移るという懸念も生じます。地域に根ざした経営や雇用維持を続けられるのか、地元の取引先への影響はどうなるのかなど、丁寧な対応が求められます。いずれにせよ、少子高齢化が急速に進む地方では、事業承継や拡大・再編をめぐる課題が山積しており、M&Aはその解決策の一つとして今後も存在感を増していくでしょう。

長崎県は地理的条件や歴史的経緯から多様な産業が集い、全国的にもユニークな地域経済を形成しています。造船・観光の両輪にITや医薬品・福祉など新時代の産業が加わり、さらにM&Aによって新たな連携や再編が進むことで、県全体の産業活性化が進むことが期待されます。一方で、地域社会と企業とが互いに利益を享受し合える持続的な関係を築くためには、行政・金融機関・地域住民が一体となってサポート体制を整えることが不可欠です。

こうしたM&Aの潮流は、単に企業間の契約上の問題だけではなく、長崎県という地域そのものの未来を左右する重要なテーマです。今後もさまざまな業界で新たな事例が登場する可能性が高く、そのたびに地域経済の構造が変化していくでしょう。地域経済の視点からM&Aを捉え、地元企業の技術・人材・ブランドをいかに活かしていくか、あるいは大手資本との協働でどのようなシナジーを生み出していくかが、長崎県の持続可能な発展を左右するカギとなります。

今後も企業の動向や経済政策、国際情勢などさまざまな要因が絡み合い、M&Aの形も変化し続けます。長崎県におけるM&Aの成功事例からは、地域企業の潜在力の高さを改めて感じられるものが多いだけに、これらの事例が今後の指針となり、地域の新たな可能性を切り開いていくことを願ってやみません。