- はじめに
- 第一章:三重県の経済概観とM&Aの背景
- 第二章:三重県の主なM&A事例――製造業の動向
- 2-1. 石原産業、四日市工場の自家発電事業を譲渡(2008年)
- 2-2. 東日本ハウス(現・日本ハウスHD)、東日本ウッドワークス中部を子会社化(2008年)
- 2-3. 八千代工業<7298>と東プレ<5975>の協議(2015年~2016年)
- 2-4. 味の素<2802>、アミノ酸系甘味料製造拠点の統合(2015年)
- 2-5. 日本触媒<4114>、JSR傘下のイーテックを子会社化(2024年~予定)
- 2-6. 児玉化学工業<4222>、メプロホールディングスを子会社化(2024年~予定)
- 2-7. 三京化成<8138>、タイ子会社SY RUBBERを譲渡(2024年)
- 2-8. SUMCO<3436>、三菱マテリアル<5711>から半導体用多結晶シリコン事業を取得(2023年~2024年)
- 第三章:三重県におけるサービス業・運輸業のM&A
- 第四章:三重県内の観光・レジャー業におけるM&A
- 第五章:介護・医療分野におけるM&A
- 第六章:不動産・建設関連のM&A
- 第七章:その他の注目M&A事例
- 第八章:金融セクターの再編・M&A
- 第九章:総括と今後の展望
- 結びにかえて
はじめに
三重県は、東は伊勢湾と熊野灘に面し、西は鈴鹿山脈や紀伊山地など豊かな自然に囲まれた地域です。古くから伊勢神宮の門前町として栄えた歴史や、製造業が集積する四日市市の工業地帯など、多様な地域特性を持っています。さらに、観光地としても伊勢志摩や熊野古道が有名で、年間を通して多くの観光客を引き寄せています。その一方で、県全体の産業構造を見ると、自動車部品や半導体関連をはじめとする製造業、漁業、農業、観光業などが県内総生産に大きく寄与しています。
こうした多様な産業が存在する中、企業の経営戦略や世代交代などにより、近年ではM&A(企業の合併・買収)への関心が高まっています。とりわけ後継者問題や大手企業による生産拠点再編・撤退、新興企業による地域展開など、時代の変化に合わせて三重県内でも活発にM&Aが行われてきました。本記事では、近年三重県で行われたM&Aの事例を幅広く取り上げ、各取引の背景や狙い、県内企業や地域経済に及ぼす影響、またM&Aを活用した企業戦略の動向について考察します。
本稿は、約20年ほどのスパン(2000年代後半~2020年代半ば)で公表されている主なM&Aトピックを整理し、全国的な視点や他県との比較も交えながら、三重県独自の動向を分かりやすく解説することを目的としています。最後には、今後の県内におけるM&Aの展望や課題についても言及し、県内企業や投資家の皆様が将来を見据える一助となれば幸いです。
第一章:三重県の経済概観とM&Aの背景
1-1. 三重県の産業構造と歴史的背景
三重県は、北勢・中勢・南勢・東紀州と地域によって特徴的な産業が発展してきました。たとえば、四日市市や桑名市など北勢地域は高度成長期に東海工業地域の一角を担い、化学工業や自動車関連を中心に工場立地が進んできました。中勢地域(津市・松阪市など)は官庁や商業、南勢地域(伊勢市・志摩市など)は観光業を中心とした産業が盛んです。東紀州地域(尾鷲市・熊野市など)は漁業と林業が歴史的に重要な役割を果たしてきました。
こうした多彩な産業形態に加え、観光都市としての側面や交通の利便性(東海・関西の両大都市圏にアクセスしやすい)も相まって、県内には多様な企業が存在します。一方で、中小企業や家族経営の企業も多く、後継者不在や経営基盤の脆弱化といった課題が長らく指摘されてきました。このような状況の中で、事業承継を目的としたM&Aや、首都圏・海外企業による買収が進みやすい土壌があるといえます。
1-2. 三重県におけるM&Aの特徴
全国的にみると、東海地方の中心は愛知県であり、中京工業地帯を抱える同県に大企業が数多く集積しています。しかし、その隣接エリアとして三重県も製造業をはじめとするサプライチェーンに組み込まれており、大手企業による子会社・工場進出や関連事業の買収・売却が相次いで見られます。なかでも四日市市は半導体製造拠点として全国的にも有名で、地元企業の多くが世界的な企業のサプライヤーとしてビジネスを展開しているため、M&Aによるグループ再編や事業譲渡が盛んに行われてきました。
さらに、観光地・リゾート地としての特色を活かしたレジャー・サービス関連の事業も多く、それらの事業譲渡や再構築をめぐるM&Aが行われるケースもみられます。また、農業や林業、水産業の分野においても、企業規模を拡大するための事業提携や合併といった動きが散発的に報じられるようになっています。
1-3. 本記事で取り上げるM&A事例の全体像
本記事では、三重県に拠点を置く企業や三重県内の事業所を含むM&A例として、以下のようなケースを取り上げています。
- 大手鉄道会社や観光事業者による子会社の譲渡
- 自動車関連や電子部品・半導体製造などの製造業における事業再編
- 地元に根ざしたタクシー会社やホテル事業の統合・買収
- 調剤薬局や介護事業者をめぐるグループ化、介護施設の売買
- ゴルフ場やレジャー施設などの観光・サービス業における譲渡や買収
- 食品メーカーや建材メーカーなどの県内工場をめぐる再編
これらの事例を通じ、買い手・売り手双方の狙い、シナジーの創出や地域経済へのインパクトを整理し、三重県におけるM&Aの意義を浮き彫りにしていきます。
第二章:三重県の主なM&A事例――製造業の動向
ここからは、実際のM&A事例をいくつかの産業セクター別にまとめ、三重県の特徴や今後の展望を考察します。まずは製造業から見ていきましょう。三重県の製造業は化学、機械、電子部品など多岐にわたりますが、各企業がグローバル経済の影響を受けるなかで、再編や事業譲渡が活発に行われています。
2-1. 石原産業、四日市工場の自家発電事業を譲渡(2008年)
- 譲渡元:石原産業
- 譲渡先:四日市エネルギーサービス
- 譲渡価額:71億8000万円
- 譲渡理由:四日市工場への安定的なエネルギー供給確保とコスト削減
石原産業は化学メーカーであり、四日市工場を長年にわたり操業してきました。しかし、自家発電事業の維持には専門的な設備投資とランニングコストが大きく、加えて公共料金や燃料価格の変動などリスクも高いため、エネルギー事業を専門とする四日市エネルギーサービスに譲渡する決定を下しました。工場は引き続き外部からの動力供給を受けることで、安定した生産活動とコスト削減を図っています。これは、製造業におけるコア事業(化学製品の製造・販売)へ経営資源を集中させる典型的な事例ともいえます。
2-2. 東日本ハウス(現・日本ハウスHD)、東日本ウッドワークス中部を子会社化(2008年)
- 取得元:持ち分法適用関連会社から追加取得
- 取得先:東日本ハウス
- 取得価額:820円(額面)
- 目的:木材プレカット事業の強化と施工体制の拡充
木造住宅を手がける東日本ハウスは、同社の関連会社で木材プレカットメーカーである東日本ウッドワークス中部(三重県伊賀市)を完全子会社化し、プレカット材の安定供給と品質向上を目指しました。伊賀市は近畿圏にも比較的近く、木材加工・流通拠点として立地条件が良いとされています。このM&Aにより、東日本ハウスグループは北海道から中部まで連携して全国的な生産・施工体制を強化する狙いがありました。
2-3. 八千代工業<7298>と東プレ<5975>の協議(2015年~2016年)
- 協議内容:八千代工業 四日市製作所の板金プレス工場、ワイジーテック(三重県東員町)の板金事業全体を東プレが取得
- 最終決定:会社分割後、ワイジーテック全株式を譲渡
- 取得価額:非公表
自動車部品メーカー同士の事業再編として注目されたのが、八千代工業と東プレの協議です。八千代工業はホンダグループの一員で、燃料タンクなどの製造に強みを持っていました。一方、東プレはプレス加工や防振装置の製造などで知られています。四日市製作所の板金プレス工場と子会社ワイジーテックを切り離し、東プレが取得することで、部品供給体制の効率化とグローバル競争力の向上を狙いました。三重県東員町に所在するワイジーテックは部品生産拠点として重要な位置づけを持ち、両社にとってWin-Winの関係構築が期待されました。
2-4. 味の素<2802>、アミノ酸系甘味料製造拠点の統合(2015年)
- 譲渡元:味の素フランス子会社(欧州味の素甘味料社)
- 譲渡先:オランダのハイエットスイート社グループ企業
- 譲渡理由:採算性の悪化による生産拠点集約
- 三重県との関わり:アスパルテームの生産拠点を東海事業所(三重県四日市市)に集約
味の素はアミノ酸系甘味料「アスパルテーム」の世界的大手メーカーですが、市場での価格競争の激化により収益性が低下。フランス拠点を売却し、国内の三重県四日市市にある東海事業所へ生産集約を図りました。これにより、同県内の生産設備の重要度が増し、地域経済にも一定の雇用効果が期待されます。一方で、世界的な甘味料市場の動向次第では、更なる最適化や再編の可能性も否めず、県内製造業にも大きな影響を与える事例といえます。
2-5. 日本触媒<4114>、JSR傘下のイーテックを子会社化(2024年~予定)
- 取得元:JSRの子会社イーテック(三重県四日市市)
- 取得価額:72億円
- 目的:建築・土木向け防水材・接着剤事業の強化
化学大手・日本触媒は、半導体材料で知られるJSRの傘下であるイーテックを買収し、建築・土木分野での化学材料事業を強化する方針を打ち出しました。イーテック自体は1963年に設立され、四日市市に拠点を持ち、防水材や接着剤などを製造しており、地域の素材産業の一角を担っています。買収後はイーテックのファイン事業を切り離し、エマルジョン事業を日本触媒が引き継ぐ形となります。四日市市の化学産業クラスターの一員として、今後も生産体制の拡充が見込まれます。
2-6. 児玉化学工業<4222>、メプロホールディングスを子会社化(2024年~予定)
- 取得対象:メプロホールディングス → 傘下の柳河精機(三重県亀山市)、ダイヤメット(新潟市)など
- 目的:モビリティー事業のポートフォリオ強化
- 取得価額:協議中
自動車向けプラスチック部品メーカーの児玉化学工業は、アルミダイカスト部品や粉末冶金製品を手がけるメプロホールディングスを買収することで事業領域を拡大し、より広いモビリティー関連製品への対応力を高めようとしています。三重県亀山市に拠点を置く柳河精機は長年にわたりアルミダイカストと鉄系鍛造の実績を積み、国内外の自動車メーカーに部品供給を行っています。投資ファンドのエンデバー・ユナイテッドがメプロホールディングスの再生を支援してきましたが、児玉化学のグループ入りにより、さらなる事業展開が期待されます。
2-7. 三京化成<8138>、タイ子会社SY RUBBERを譲渡(2024年)
- 譲渡元:三京化成
- 譲渡先:山川モールディング(三重県松坂市)
- 譲渡理由:経営資源の選択と集中
- 概要:三京化成はタイに設立したゴム製品会社SY RUBBERの90%を保有していたが、コロナ禍で事業立ち上げが遅れたことを受け、譲渡を決定
山川モールディングは工業用ゴム製品の製造・販売を行う企業であり、SY RUBBERを完全子会社とすることで海外生産体制を拡充することになりました。三京化成が保有していた株式を売却する理由は、グローバル展開の難しさや投資リスクを回避し、本業への集中を図る点にあります。
2-8. SUMCO<3436>、三菱マテリアル<5711>から半導体用多結晶シリコン事業を取得(2023年~2024年)
- 取得対象:半導体用多結晶シリコン、四塩化ケイ素などの製造事業(新会社「高純度シリコン」を三重県四日市市に設立予定)
- 背景:SUMCOは三重県を含む複数拠点でシリコンウエハー製造を行い、世界的シェアを持つ
- 目的:垂直統合によりサプライチェーンを強化
- 取得価額:非公表
半導体ウエハーの世界的大手であるSUMCOにとって、三菱マテリアルの多結晶シリコン製造事業を取り込むことは、サプライチェーン全体の効率化と安定供給体制の構築に直結します。四日市市は日本有数の半導体製造拠点であり、今回のM&Aは地域の産業クラスター強化にも寄与すると期待されます。
第三章:三重県におけるサービス業・運輸業のM&A
三重県の産業構造は製造業が中心である一方、近年はサービス業や運輸業でも再編の動きが活発化しています。観光や地域交通の需要変動、あるいは人手不足・後継者不在といった問題も背景にあります。
3-1. 南海電気鉄道<9044>、生コン製造の南海砂利を譲渡(2010年)
- 譲渡先:日本土石工業(三重県紀宝町)
- 譲渡理由:大規模住宅開発事業の完了、公共事業縮小を見越した経営資源の有効配分
- 譲渡価額:非公表
南海電気鉄道は関西の大手私鉄ですが、生コンクリート製造を担う南海砂利を和歌山県に持っていました。しかし、住宅開発事業の需要が減り、公共事業の縮小見通しにより長期的な需要低迷が懸念され、同業の日本土石工業に株式譲渡を行いました。日本土石工業は三重県紀宝町に本社を置き、生コン・骨材事業を主力としてきたため、地理的・事業的なシナジーが見込まれました。
3-2. 第一交通産業<9035>、三重県地場タクシーのタカモリタクシーを子会社化(2020年)
- 取得先:タカモリタクシー(三重県津市)
- 取得日:2020年3月3日
- 背景:地域交通の再編と大手グループ入りによる規模拡大
第一交通産業は全国各地でタクシー・バスなどの公共交通事業を展開しており、三重県内でもグループ会社を通じて複数の事業所を持っています。同社はタカモリタクシーの全株式を取得し、同県内で42台、全国で8422台の保有車両規模にまで拡大。地方都市のタクシー事業者が大手グループに入ることで、IT化や車両更新などのコスト負担軽減が期待されます。
3-3. 三重交通グループホールディングス<3232>、三重いすゞ自動車を子会社化(2012年)
- 取得先:三重いすゞ自動車(三重県津市)
- 取得内容:株式を追加取得し、持株比率を41.68%に引き上げ子会社化
- 背景:三重県全域および和歌山県一部地域でいすゞ自動車製品の販売・整備を行う
三重交通グループホールディングスはバスや観光事業、さらに不動産やレジャーなど幅広い事業を展開しています。自動車販売・整備事業を担う三重いすゞ自動車を取り込み、グループ全体の経営基盤強化を目指しました。県内交通の大手グループとして、バス事業だけでなくトラック・バスの整備・販売網にも触手を伸ばした形です。
3-4. 第一工業製薬<4461>、四日市合成を完全子会社化(2010年~2011年)
- 譲渡元:三菱化学
- 取得目的:取扱製品事業の拡充と相乗効果の創出
- 取得価額:14億7000万円
化学メーカー同士のM&Aですが、四日市合成は三重県四日市市を拠点とし、医薬品原料や化学製品の受託生産に強みを持っていました。第一工業製薬はグローバル展開を進める中で、生産拠点や製品ラインナップを拡充したい意図があり、三菱化学が保有していた株式55%を追加取得して完全子会社化。地域の産業発展にも寄与する期待がありました。
第四章:三重県内の観光・レジャー業におけるM&A
観光資源に恵まれた三重県では、ホテルやゴルフ場といったレジャー産業もM&Aの舞台となっています。特に新型コロナウイルス感染拡大後は、経営環境が急激に悪化した事業者が資本提携や事業譲渡を行うケースが増えました。
4-1. 藤田観光<9722>、別荘地の水道供給事業を鳥羽市へ譲渡(2013年)
- 譲渡対象:鳥羽市小湧園緑の村分譲別荘地の水道供給事業
- 譲渡価額:無償(ただし、水道施設拡充分担金として3億4600万円を支払う)
- 背景:1965年から別荘地開発を行ってきたが、将来的な給水義務の負担を考慮し、市へ移管
観光事業を手がける藤田観光は、伊勢志摩地域で開発した別荘地の水道供給事業を公的機関に移管することで、施設維持管理の手間やリスクを軽減する狙いがありました。伊勢志摩周辺の別荘・リゾート開発は高度成長期以降活発でしたが、維持コストの増大に伴い、自治体への譲渡などが検討される事例が増えています。
4-2. 平和<6412>(PGM)、「一志ゴルフ倶楽部」を子会社化(2024年)
- 買収先:一志ゴルフ倶楽部(三重県津市)
- 背景:ゴルフ場運営の拡大路線
- 譲渡価額:非公表
ゴルフ場運営大手のPGM(パシフィックゴルフマネージメント)は、全国でゴルフ場を買収しながら拡大してきました。三重県津市にある「一志ゴルフ倶楽部」は丘陵コースで地元から一定の集客があり、県都・津市中心部から約20kmとアクセスも良好です。PGM傘下となることで設備投資や経営ノウハウが注入され、さらなる顧客拡大を狙います。
4-3. アコーディア・ゴルフ<2131>、名古屋圏ゴルフ場の集中買収(2009年~)
- 買収先:城山開発、東愛知ゴルフ倶楽部、ジー・ケー開発(芸濃ゴルフ)、四日市ゴルフプロパティー、日光泉観光など
- 背景:名古屋圏でのゴルフ場ポートフォリオ強化
アコーディア・ゴルフは名古屋周辺のゴルフ需要を見込み、三重県内のゴルフ場も相次いで買収しています。四日市ゴルフプロパティー、芸濃ゴルフなどが代表例であり、中京エリアにおける同社のシェア拡大と地域ゴルファーの取り込みが戦略の狙いです。
4-4. 近鉄グループホールディングス<9041>、都リゾート志摩ベイサイドテラスなど8ホテルを米投資ファンドに譲渡(2021年)
- 譲渡先:ブラックストーン・グループ(米国)
- 背景:新型コロナウイルスによるホテル需要減を受けた資産流動化
- 譲渡価額:非公表(8ホテル計帳簿価額423億円)
- 譲渡後:運営は近鉄グループが継続
近鉄グループは鉄道・レジャーを中心とした多角経営を行っていますが、コロナ禍でホテル部門の採算が急速に悪化。資産流動化の一貫として、米投資ファンドとの協業SPCに8つのホテル資産を譲渡し、賃料を支払いながら運営を継続する形態を取っています。その中に三重県志摩市の「都リゾート志摩ベイサイドテラス」も含まれ、県内リゾートホテルの所有形態が外資ファンドに変わる事例として注目されました。
4-5. ロードスターキャピタル<3482>、ひらまつの高級ホテル「THE HIRAMATSU HOTELS & RESORTS 賢島」を取得(2024年)
- 取得先:LD1合同会社を組成し、ひらまつ・NTT都市開発からホテル6物件を取得
- 背景:インバウンド需要回復に備えたホテル事業強化
- 取得価額:匿名組合出資最大80億円
- 対象施設:三重県志摩市にある「THE HIRAMATSU HOTELS & RESORTS 賢島」を含む
三重県志摩市の賢島は高級リゾートエリアとして、インバウンドを含む観光需要が見込まれます。ロードスターキャピタルは不動産投資に強みを持ち、今回のM&Aを通じて高付加価値ホテルを自社ポートフォリオに加え、中長期的な観光復活をにらんで事業拡大を図っています。
第五章:介護・医療分野におけるM&A
全国的に高齢化が進む日本では、介護事業や調剤薬局のM&Aが増えています。三重県も例外ではなく、後継者不足や資本増強を狙った売買、また大手グループのシェア拡大による買収などが頻繁に起こっています。
5-1. メディカル一光グループ<3353>の積極的なM&A戦略
メディカル一光グループ(旧メディカル一光)は三重県津市に本社を置き、調剤薬局や介護福祉事業、医薬品卸事業を中核としています。同社は県内外での店舗網拡大とサービス強化を目的に、多数のM&Aを実施してきました。
- (A) グループホームキノシタの子会社化(2012年)
- 三重県菰野町で認知症高齢者のグループホームを運営
- 取得により介護事業領域の拡充を図る
- (B) 大松自動車の民事再生支援による子会社化(2019年)
- 自動車整備・介護事業を手がけていた大松自動車(三重県大台町)
- 再生計画確定後に増資を引き受け、事業再建に取り組む
- (C) ホームヘルスケア事業(福祉用具レンタル・販売)の拡大と譲渡
- 東邦ホールディングス<8129>傘下からのホームヘルスケア事業取得(2014年)
- しかし、その後2022年にはハピネライフ一光の同事業をヤマシタに譲渡するなど、一部領域からの撤退も含め経営資源を再編
- (D) 調剤薬局の積極拡大
- クローバー(埼玉県所沢市)、京寿薬品(京都府京田辺市)など県外の薬局を子会社化し、店舗網の広域化
- 三重県薬剤師会から調剤薬局2店舗を取得(2024年)
- これらは三重県のみならず、周辺地域も含めたドミナント戦略を反映している
このように、メディカル一光グループは調剤薬局事業を中心に事業規模を拡大しながら、介護領域においてもM&Aによるネットワーク強化と選択と集中を同時に進める戦略を取っています。
5-2. ココカラファイン<3098>の動き
ドラッグストア大手のココカラファインは、三重県を含む東海地方で調剤薬局の買収を積極的に進めています。
- (A) 愛安住の買収(2017年)
- 三重県伊賀市を中心に福祉用具のレンタル・販売を行う愛安住を子会社化し、介護事業のノウハウを取得
- (B) イー・ウェル、ウェル・サポート、メディカル・サポートの三社買収(2021年)
- 三重県津市・松阪市で調剤薬局を運営しており、県内ドミナントを強化
ドラッグストアがヘルスケア総合企業として調剤薬局や介護関連に多角化する流れは全国的にも顕著で、三重県でも同様に大手の買収事例が見られます。
5-3. サンネットワーク中部からの介護用品事業取得と撤退(前田製作所<6281>)
- 取得先:前田製作所が新会社を設立し事業承継(2008年)
- 対象地域:三重県を含む4事業エリア
- 目的:建設機械事業で培った営業基盤を生かし、介護用品レンタル事業でのシナジー創出
建設機械と介護用品、一見かけ離れた業種ですが、営業拠点やリース事業のノウハウなどを活かした相乗効果が期待されていました。しかし、介護業界は独自の規制や顧客対応が必要であり、参入障壁が低いようでいて実態は地域密着の競争が激しいのも事実です。
第六章:不動産・建設関連のM&A
6-1. サンヨーハウジング名古屋<8904>の三重県展開
愛知県を地盤とするサンヨーハウジング名古屋は、三重県における建設工事業やリフォーム業者を買収し、エリア拡大を図っています。
- 宇戸平工務店を子会社化(2013年)
- 津市を拠点に公共・民間工事を請け負う老舗工務店
- 三重県の県庁所在地への進出で、新築戸建て分譲の施工体制強化
- プラスワンを子会社化(2019年)
- 津市・四日市市を中心にリフォームや不動産仲介を手がける
- 三重県北勢・中勢エリアで顧客開拓を拡大
こうした一連のM&Aにより、愛知県中心だったサンヨーハウジング名古屋が三重県にも施工・販売チャネルを構築し、東海地方での競争力を高めています。
6-2. メイホーホールディングス<7369>、地場建設会社買収の動き
建設コンサルタントや土木工事・介護事業など多角展開するメイホーホールディングスは、近年、地場建設会社の買収を加速させています。三重県尾鷲市の東組や愛知県日進市の愛木、新潟県上越市の有坂建設などを次々に傘下に収めました。
- 東組(三重県尾鷲市)
- 2017年に買収
- 土木工事分野において歴史と実績を持つ企業
メイホーは複数県にわたる建設会社をグループ化し、人材や技術、営業基盤を共有することで事業規模拡大と安定収益の確保を狙っています。令和以降、インフラ老朽化対策や災害復旧工事の需要が期待されるなか、地方の建設業者の後継者問題や資金不足などを背景にM&Aが増える可能性があります。
6-3. ベルテクスコーポレーション<5290>、松阪興産への事業譲渡(2022年・2024年)
- 譲渡対象:コンクリート二次製品(可変側溝)事業の一部、北関コンクリート工業群馬工場など
- 譲渡先:松阪興産(三重県松阪市)
- 目的:生産体制再構築
ベルテクスコーポレーションは道路や農業土木向けコンクリート製品を全国展開しています。しかし、可変側溝で国内トップクラスの実績を持つ松阪興産に一部事業を譲渡し、グループ内での事業ポートフォリオを見直す方針をとっています。松阪興産は三重県に根付いたコンクリート製品メーカーとして全国に販路を持ち、今回の譲渡で市場シェアの一段の拡大を目指します。
6-4. チヨダウーテ<5387>、ドイツ建材大手クナウフによるTOB(2022年)
- 対象企業:チヨダウーテ(三重県川越町本社、石膏ボード製造)
- 買付主体:ドイツ・クナウフグループ
- 背景:クナウフは世界有数の石膏ボードメーカーであり、チヨダウーテの非公開化で日独統合効果を高める狙い
クナウフは2006年からチヨダウーテと資本業務提携を結んでおり、近年さらに出資比率を高めていました。2022年のTOBでは発行株式の完全取得を目指し、最終的には創業家の資産管理会社が25%を持つ形で非公開化を行いました。これにより世界的な建材ビジネスのシナジーを生かし、国内石膏ボード市場での競争力強化が期待されます。
第七章:その他の注目M&A事例
7-1. 中部電子(三重県松坂市)など出資の無錫栄志電子、中国企業への売却と再編
大日光・エンジニアリング<6635>は車載向け液晶パネル組立を行う中国の無錫栄志電子を子会社化し、さらには親会社マレーシア企業の第三者割当増資を引き受けるなどグローバル戦略を加速。無錫栄志電子はもともと中部電子ら三重県発の企業が出資して設立された経緯があり、三重県企業の海外展開の一端を示す事例となっています。
7-2. 北浜キャピタルパートナーズ<2134>、忍者エナジーを子会社化(2024年)
- 忍者エナジー(大阪市)
- 事業内容:太陽光発電所運営、三重県伊賀市での大規模敷地を活用
- 目的:データセンターと併設する太陽光発電・蓄電事業
伊賀市の「忍者」という独自のブランドと合わせて、再エネ事業やITインフラ事業の新規展開が計画されています。三重県中勢から南勢にかけては広大な土地が残されており、今後も太陽光・風力など再生可能エネルギー事業を軸にしたM&Aが増える可能性があります。
7-3. シェアリングテクノロジー<3989>による三重県企業への投資と譲渡
- 名泗コンサルタント(三重県四日市市)の買収(2018年)→ 2020年に社長へ譲渡
- 害獣・害虫駆除の藤澤不動産を子会社化(2023年)
シェアリングテクノロジーは「生活110番」など住まい・暮らしの困りごとのマッチングサービスを展開しており、地場の業者を取り込みながら自社サービスの施工網を拡充しています。一方で、不動産事業には注力せず、買収した名泗コンサルタントを2年後に売却するなど、柔軟なポートフォリオ戦略が特徴です。
7-4. JPMC<3276>、リークスプロパティ(三重県四日市市)の子会社化(2024年予定)
賃貸住宅の管理戸数拡大を目指すJPMCは、三重県を拠点とするリークスプロパティを傘下に取り込み、リフォームや家賃保証サービスなどグループの総合力を駆使して地方の賃貸市場を攻略しようとしています。人口減少や空き家率上昇が進む中、管理業務を大手が一括して受け持つ手法は全国で増えています。
第八章:金融セクターの再編・M&A
8-1. 三重銀行<8374>と第三銀行<8529>の経営統合(2018年)
- 統合形態:共同持株会社「三十三フィナンシャルグループ」を設立
- 目的:地域銀行としての競争力強化、スケールメリットの追求
- 背景:低金利や人口減少で銀行経営環境が厳しくなる中、地域密着の統合
三重銀行と第三銀行は県内を代表する地方銀行同士でしたが、経営効率化や規模拡大を図るため合併ではなく持株会社方式での経営統合を選びました。店舗整理や重複業務の統廃合が進む一方、地域経済活性化のための地域連携や企業支援も期待されています。
8-2. 全国保証<7164>、三十三FG傘下の三重総合信用を子会社化(2024年)
- 目的:住宅ローン保証残高の拡大
- 取得価額:18億9400万円
- 取得予定日:2025年2月28日
三重総合信用は三十三銀行と連携し、県内の住宅ローンを中心に信用保証事業を展開してきました。全国保証が傘下に収めることで、保証ビジネスをさらに拡充し、地方の住宅ローン市場に深く浸透する狙いがあります。地方銀行との連携強化による金融サービスの拡大は、全国保証の成長戦略の一環です。
第九章:総括と今後の展望
9-1. 三重県におけるM&Aの多様性
ここまで見てきたように、三重県では製造業からサービス業、観光業、金融業、そして医療・介護分野にいたるまで、実にさまざまなM&Aが行われてきました。県内企業が大手のグループに取り込まれるケースもあれば、県外・海外企業を巻き込んだ大型買収も見られます。後継者不足による事業承継型M&Aや、グローバル競争に対応するための事業再編など、背景は実に多岐にわたります。
9-2. M&Aによる地域経済への影響
- ポジティブ面
- 地元企業が大手グループの資本・ノウハウを得て、雇用を確保・拡大する例がある。
- 施設や設備への投資が増え、地域のインフラやサービス水準が向上する可能性がある。
- 後継者難を抱える中小企業がM&Aにより継続し、地域の経済・雇用を守ることができる。
- ネガティブ面
- 経営権が県外や海外資本に移ることで、意思決定が遠隔地化し、地域との結びつきが薄れるリスクがある。
- 組織再編によるリストラや拠点整理、事業の切り捨てによる地元雇用喪失の恐れ。
- 文化的・歴史的に根付いた企業が消滅し、地域コミュニティが失われる懸念。
9-3. 事業承継型M&Aの意義
三重県内では高齢化や人口流出の波を受けて、中小企業の後継者問題が深刻化しつつあります。しかし、近年は公的機関や金融機関がM&Aマッチングを積極的に支援し、事業承継を円滑に進めるための制度・環境整備が進んでいます。これにより、単純な「廃業」ではなく「事業継続」を選択できる企業が増えています。特に、製造業の高度な技術や地域に根ざしたサービス業などは引き続き高い価値を持ち、買い手企業・投資家からも注目されています。
9-4. インバウンド・観光関連の再活性化
コロナ禍以降、観光関連事業は苦境に立たされましたが、制限緩和後は外国人観光客の再来訪が期待されます。伊勢志摩や熊野古道など世界的にも知名度のある地域を抱える三重県は、今後もリゾートホテルやレジャー施設を巡るM&Aが続く可能性があります。特に外資ファンドや不動産投資会社が資産性の高い施設を取得し、県内の観光地をグローバル水準へ引き上げる事例が増えるでしょう。
9-5. 今後の課題と展望
- DX推進・IT人材確保
企業経営の効率化や新規事業の開拓には、DX(デジタルトランスフォーメーション)が欠かせません。M&Aによって得た新たなリソースやノウハウをいかに活かして、地域の生産性向上と人材不足を補うのかが重要です。 - 環境エネルギー分野
三重県の伊賀市など広大な土地を利用した太陽光発電や蓄電事業のように、再生可能エネルギー関連のM&Aや投資が今後拡大する見込みです。自治体や地元住民との調整を円滑に進める必要があるため、買い手企業の地域連携力がカギとなります。 - 農業・水産業の6次産業化
三重県特産の松阪牛、伊勢海老、真珠養殖、牡蠣養殖など、付加価値の高い農林水産品が揃っています。これらを活かした6次産業化や海外輸出拡大を狙う企業が、地元の生産者や加工業者とのM&Aを進める可能性があります。 - 地域ベンチャーの育成
伝統産業と新技術の融合や、観光・IT・食分野などを中心にベンチャー企業が誕生しています。今後は大手企業との資本提携やM&Aを通じて、さらに成長していく余地が大きいと考えられます。
結びにかえて
三重県は地理的にも産業構造的にも、多様なビジネスが集積しています。歴史ある伝統企業から、先進技術を持つ製造業、観光・リゾート産業、介護・福祉のサービス分野、さらには農林水産業まで、さまざまな事業者が活躍しているのが特徴です。そのため、M&Aの動機や形態も実に多彩で、単なる吸収合併や事業承継だけでなく、大規模なグローバル企業同士の再編や投資ファンドによる買収も見られます。
一方、地域の担い手不足や人口減少といった課題が深刻化する中で、M&Aによる事業の継続・拡張がよりいっそう求められているのも事実です。今後、三重県が持続的な発展を遂げるためには、企業や自治体、金融機関、支援団体などが連携し、中小企業のバトンをしっかり次の世代に渡せるよう環境整備を進めていく必要があります。
本稿で紹介した事例は一部にすぎませんが、これらの具体的な動きを追うことで、三重県のM&Aがどのような方向に進んでいるのかを概観することができました。多くの企業・投資家が三重県のポテンシャルに注目しており、今後もより活発な動きが想定されます。県内企業の皆様やM&Aに関わる方々が、これらの事例を参考にしつつ、自社の経営戦略や事業承継のあり方を検討する上で、本記事がお役に立てば幸いです。
以上が、三重県で近年行われた主要なM&A事例と、その背景・狙い・影響についての概説です。製造業からサービス業、金融機関に至るまで多種多様な動きがあり、地域経済のダイナミズムを窺い知ることができます。今後も企業間競争の激化や後継者問題、さらには地方創生に向けた取り組みなどを背景に、三重県内のM&Aは拡大が続くことでしょう。引き続き、三重県の企業動向に注目していきたいと思います。

株式会社M&A Do 代表取締役
M&Aシニアエキスパート・相続診断士
東京都昭島市出身。慶應義塾大学理工学部を卒業後、大手M&A仲介会社にて勤務し、その後独立。これまで製造業・工事業を中心に友好的なM&Aを支援。また父親が精密板金加工業、祖父が蕎麦屋、叔父が歯科クリニックを経営し、現在は父親の精密板金加工業にも社外取締役として従事。