- 1.鹿児島県の産業背景とM&Aの必要性
- 2.鹿児島県関連のM&A主要事例
- 2-1. 農林水産業・食品関連のM&A
- (1) 林兼産業<2286>、原田養鰻場のウナギ養殖事業を取得(2024年11月20日)
- (2) ヒガシマル<2058>、車エビ養殖の奄美クルマエビを子会社化(2015年8月19日)
- (3) ヨシムラ・フード・ホールディングス<2884>、削り節・だし製造の林久右衛門商店を子会社化(2022年11月29日)
- (4) 上組<9364>、芋焼酎メーカーの岩川醸造を子会社化(2010年12月13日)
- (5) マツモトキヨシホールディングス<3088>、ミドリ薬品<2718>を完全子会社化(2009年11月13日)
- (6) ノダ<7879>、木製外構構造物設計・施工のアリモト工業を子会社化(2023年12月15日公表)
- (7) ニップン<2001>、冷凍食品製造・販売の畑中食品を子会社化(2024年9月26日発表)
- (8) こしかの温泉(ビジョン<9416>による子会社化、2021年11月17日発表)
- (9) パシフィックゴルフグループインターナショナルHD<2466>、鹿児島シーサイドゴルフ倶楽部の運営会社を取得(2008年10月15日)
- (10) タイヨー<9949>、経営陣によるTOBで非公開化(2013年7月31日)
- (11) ソフィアホールディングス<6942>、健光の調剤薬局事業を取得(2018年11月26日)
- (12) クオールホールディングス<3034>による鹿児島県での調剤薬局買収事例
- (13) コーアツ工業<1743>、霧島横川酒造を譲渡(2010年12月28日)
- 2-2. 製造業・サービス業関連のM&A
- 2-3. 流通・小売・外食産業関連のM&A
- 2-1. 農林水産業・食品関連のM&A
- 3.鹿児島県におけるM&Aの特徴と影響
- 4.鹿児島県でM&Aを進める際の留意点
- 5.鹿児島県M&Aの今後の展望
- 6.おわりに
1.鹿児島県の産業背景とM&Aの必要性
1-1. 鹿児島県の産業構造と地域特性
鹿児島県は、農業・畜産・水産業などの一次産業が盛んな地域です。畜産ではブランド化された鹿児島黒牛や黒豚、農産物ではサツマイモ、茶、果樹、野菜など、多彩な農業が展開されています。水産業では、鹿児島湾や東シナ海、太平洋と多方面に面していることに加え、離島を含む広範な海域環境があるため、マグロやカツオ、ブリ、車エビなどの養殖・漁獲が活況を呈しています。また、焼酎造りの原料となるサツマイモが豊富であることから、焼酎メーカーも数多く存在しており、全国的に高いブランド力を持つ芋焼酎を生産する酒造産業が根付いています。
一方、県全体の人口は緩やかに減少傾向にあります。働き手の高齢化、後継者不足といった課題は鹿児島県内の中小企業にも深刻な影響を与えており、経営資源をどのように維持・拡大していくかという視点が求められています。そこで注目されているのが、企業同士の連携強化や資本参加による規模拡大、または他県や大手企業からの出資を受けて、経営基盤を強化するM&Aです。近年では、自社だけでは賄いきれない技術力・販売網・資本力を外部から取り込む動きが多く見られ、鹿児島県内でも数多くの事例が出てきました。
1-2. 鹿児島県におけるM&Aの役割
鹿児島県の多様な産業においてM&Aが果たす役割は、主に以下のように整理できます。
- 事業承継問題の解決
後継者不在により廃業の危機にある企業の存続を図る手段として、M&Aは有効です。特に地域に根差した優良企業ほど、後継者問題を抱えるケースが多いため、県内外の企業や投資家に株式や事業を譲渡し、企業を存続させる事例が増えています。 - 地域ブランドの継承と強化
鹿児島県には、芋焼酎や鰹節、黒豚や黒牛、ウナギ・ブリ養殖など、全国的にも高い知名度を誇るブランドが数多くあります。これらのブランドを維持・強化するうえで、大手企業の資本力や物流網、販路拡大といったシナジーを活かす動きが活発化しています。伝統的な製法や地域特有の原材料を扱う企業が、他地域や海外に向けて商品を発信していく際にも、M&Aによるネットワーク活用が期待されています。 - 雇用の維持・創出
中小企業が大手企業グループの一員となることで、安定的な経営基盤を確保し、雇用を維持する事例が見られます。また、M&A後に新たな投資や設備増強が行われる場合は、雇用創出にもつながり、地域経済の活性化が期待できます。
以上のように、鹿児島県内ではM&Aを通じて、地域経済を次世代に繋いでいくケースが増えてきました。ここからは、実際に鹿児島県に関連するM&Aの具体的事例を見ながら、それぞれの背景や狙い、そして地域にもたらす影響を掘り下げてまいります。
2.鹿児島県関連のM&A主要事例
本章では、鹿児島県に拠点を置く企業が譲受・譲渡の当事者となったケース、あるいは県内に工場や店舗、施設を構える企業が関わったM&A事例を中心に取り上げます。いずれも公表されている情報やプレスリリース等をもとに概説いたします。
2-1. 農林水産業・食品関連のM&A
(1) 林兼産業<2286>、原田養鰻場のウナギ養殖事業を取得(2024年11月20日)
林兼産業は、水産練り製品や養魚用・畜産用配合飼料の生産などを主力としており、鹿児島県志布志市に子会社の桜林養鰻を持っています。同社は2009年にウナギ養殖事業に本格参入した経緯があり、今回さらに原田養鰻場(宮崎市)の養鰻事業を取得することで事業規模を拡大しています。
鹿児島県のウナギ養殖は全国的にも高いシェアを占めており、志布志市を中心に多くの養殖場が集積しています。林兼産業の取り組みは、県内の養鰻ビジネスにおけるシェア拡大だけでなく、地元養鰻用の配合飼料事業の拡大にもつながると見込まれ、地域の養鰻産業の活性化にも寄与すると期待されています。
(2) ヒガシマル<2058>、車エビ養殖の奄美クルマエビを子会社化(2015年8月19日)
ヒガシマルは主に即席麺などの加工食品や調味料を手がける企業ですが、子会社を通じて水産系の事業にも携わっています。奄美クルマエビは鹿児島県奄美市で車エビの養殖を行う企業で、全国の市場や消費者に活き車エビを出荷していました。しかし相場低迷や生産コストの高騰などで経営が悪化していたため、ヒガシマルが全株式を取得し、事業継続を図りました。
車エビは、高級食材としての需要やブランド力が期待できます。奄美クルマエビを子会社化したヒガシマルは、生産から流通までを効率化し、コスト削減や設備投資による品質向上を目指すとともに、地域産業の維持に貢献しています。
(3) ヨシムラ・フード・ホールディングス<2884>、削り節・だし製造の林久右衛門商店を子会社化(2022年11月29日)
林久右衛門商店(福岡市)は1885年創業の老舗で、鰹節やだしパック、最中吸い物などを製造・販売しています。原料である鰹は鹿児島県枕崎市で水揚げされた良質のカツオにこだわっており、伝統的な製法を堅持することでブランドを確立してきました。
ヨシムラ・フード・ホールディングスによる子会社化の背景には、海外を含めた和食需要の高まりや、高品質なだしの国際的評価への期待があります。鹿児島県枕崎市のカツオ資源を活用する林久右衛門商店の技術・ブランド力がグループ全体のバリューチェーンを強化することで、さらなる販路拡大が見込まれています。
(4) 上組<9364>、芋焼酎メーカーの岩川醸造を子会社化(2010年12月13日)
上組は港湾物流の大手企業であり、全国の主要港で多彩な物流サービスを展開しています。岩川醸造は鹿児島県曽於市に本社を置く老舗の芋焼酎メーカーで、1922年に設立され、「薩摩焼酎」の伝統やブランド力を持つ企業です。
物流企業である上組が焼酎メーカーを子会社化したのは異色ともいえますが、原材料の調達から製品の出荷に至るまでを一貫して最適化し、コストダウンや販路拡大を図る狙いがあります。さらに、上組が持つ国内外の物流網を通じ、芋焼酎の輸出促進や県外市場への供給を円滑に行うことで、鹿児島発のブランドを育成しようとする動きでもあります。
(5) マツモトキヨシホールディングス<3088>、ミドリ薬品<2718>を完全子会社化(2009年11月13日)
ドラッグストアチェーン大手のマツモトキヨシホールディングスは、鹿児島県を中心に九州地域で152店舗(当時)を展開していたミドリ薬品をTOB(株式公開買付け)により完全子会社化しました。両社は2006年に配送センターの共有化を目的に資本・業務提携を締結しており、その後段階的に協業を深めてきた経緯があります。
当時、ドラッグストア業界は全国規模で寡占化が進んでおり、マツモトキヨシホールディングスは九州地域での足場を固める狙いがありました。一方、ミドリ薬品にとっては、大手グループ傘下となることで商品の調達コスト削減や運営ノウハウの共有化が期待できます。これにより、地元消費者に対するサービスの向上が実現し、結果的に鹿児島県内のドラッグストアの競争環境にも影響を与えました。
(6) ノダ<7879>、木製外構構造物設計・施工のアリモト工業を子会社化(2023年12月15日公表)
ノダは建材や住宅資材を幅広く扱う企業です。アリモト工業(鹿児島県鹿屋市)は公園や観光地などに設置される木製外構構造物(ウッドデッキ、展望台、見学通路など)の設計・施工で実績を持ちます。2023年7月31日付で傘下に収められ、2024年12月から連結対象とされる予定であることが公表されました。
鹿児島県は観光資源も豊富であり、自然環境や史跡に調和した木製構造物への需要が高いエリアです。ノダとしては、公共空間や非住宅分野の事業拡大を図りたい考えがあり、アリモト工業が持つ木材加工技術や地域ネットワークを取り込むことで、さらに幅広いエリアへの販路拡大が見込まれます。
(7) ニップン<2001>、冷凍食品製造・販売の畑中食品を子会社化(2024年9月26日発表)
ニップン(旧日本製粉)は、パスタや小麦粉製品で知られる国内大手ですが、成長領域として冷凍食品にも注力しています。畑中食品(鹿児島県出水市)は1981年設立で、冷凍食品の製造・販売を行っており、同社の第三者割当増資をニップンが引き受けて62.02%の株式を取得することが決まりました。
鹿児島県は農林水産資源が豊富であり、原料調達面でも冷凍食品事業との親和性が高いと考えられます。自社工場や委託先との連携に加え、地場企業の買収によって供給を安定化させるのが狙いで、同県から全国へと供給ルートを整備することで、さらなる需要拡大が期待されます。
(8) こしかの温泉(ビジョン<9416>による子会社化、2021年11月17日発表)
ビジョンは、グローバルWi-Fi事業や情報通信サービスを手がける企業ですが、新たな柱としてグランピング事業にも進出しています。鹿児島県霧島市にある「こしかの温泉」は美肌の湯として知られる源泉を利用しつつ、ドーム型テントでのグランピングも併設するなど、観光需要を取り込んでいます。
ビジョンが同施設を子会社化した背景には、コロナ禍で注目されたアウトドア需要やワーケーション需要を捉え、独自のITサービスと観光・宿泊を組み合わせる狙いがあります。鹿児島県は温泉資源が豊富で、霧島は県内でも有数の観光地です。今後は全国展開やインバウンド需要回復に備える形で、グランピング市場の拡大に寄与すると見られます。
(9) パシフィックゴルフグループインターナショナルHD<2466>、鹿児島シーサイドゴルフ倶楽部の運営会社を取得(2008年10月15日)
PGGIHは国内外でゴルフ場の運営を手がける企業グループで、子会社を通じて鹿児島県日置市の鹿児島シーサイドゴルフ倶楽部を運営する三輝観光(民事再生手続中)を買収しました。民事再生計画に沿って全株式を消却し、新たに発行される株式を引き受ける形で子会社化を実施しています。
ゴルフ場運営は固定費が大きく経営リスクが高い分野ですが、PGGIHのように多数のコースをグループ化することで、運営ノウハウの共有やスケールメリットが得やすくなります。県外資本の参入により再生が進む事例としては、地域経済において雇用の確保や観光資源の維持など、一定のメリットが見込まれます。
(10) タイヨー<9949>、経営陣によるTOBで非公開化(2013年7月31日)
鹿児島県に本拠を置き、食品スーパーを展開してきたタイヨーは、経営陣によるMBO(マネジメント・バイアウト)を実施し、上場廃止となりました。買付主体である清和産興は、タイヨー代表取締役社長の清川氏が設立した会社で、株式公開買付けを通じてタイヨーを完全子会社化しています。
タイヨーは鹿児島県および宮崎県で展開していた地域密着型スーパーであり、ショッピングセンターや大手流通チェーンとの競合が激しくなる中、スピーディな意思決定や独自戦略の実行が必要とされていました。上場企業では開示義務や株主利益への配慮が強く求められますが、非公開化することで自由度が増し、経営体質を強固にする狙いが背景にあります。
(11) ソフィアホールディングス<6942>、健光の調剤薬局事業を取得(2018年11月26日)
ソフィアホールディングスの子会社であるルナ調剤(東京都新宿区)が、健光(鹿児島県奄美市)の福岡県にある調剤薬局事業(秀洋堂薬局若宮本店・六本松店)を譲り受ける形を取りました。健光の本社所在地は鹿児島県奄美市ですが、実際の店舗は福岡県内にあるため、鹿児島に本社を置く企業の県外店舗売却という事例になります。
調剤薬局事業は地域の医療提供体制の一端を担う重要な業態であり、後継者不足や事業継承問題が発生しやすいです。M&Aにより大手グループに組み込まれることで、安定した運営とサービス向上を図ることが期待されています。
(12) クオールホールディングス<3034>による鹿児島県での調剤薬局買収事例
クオールホールディングスは、全国展開の調剤薬局チェーンを運営している大手企業です。鹿児島県においても複数の買収事例があります。
- アート・エイエムメディカル・はらいがわ調剤薬局(2023年11月21日)
鹿児島県鹿児島市・鹿屋市で調剤薬局を運営する3社の全株式を取得し、子会社化しました。合わせて9店舗を運営しており、地域密着の「かかりつけ薬局」として機能していたところを、クオールグループのネットワークに取り込むことで事業効率を高める狙いがあります。 - ケーアイ調剤薬局(2023年12月8日、2021年7月15日)
鹿児島県姶良市を拠点に県内に5店舗、あるいは宮崎県にも展開する場合には8店舗を経営しており、クオールHDはこれらの全株式を取得して子会社化しました。鹿児島・宮崎の店舗網を一挙に拡大し、九州南部でのプレゼンスを強化する動きの一環です。
このようにクオールホールディングスは、鹿児島県内の調剤薬局を段階的に取り込み、広域的に統合することで、医薬分業体制の充実や競合優位性の確保を図っています。
(13) コーアツ工業<1743>、霧島横川酒造を譲渡(2010年12月28日)
コーアツ工業は鹿児島市に本社を置く総合建設会社です。同社は、かつて酒造メーカーである霧島横川酒造(鹿児島県霧島市)を保有していましたが、事業体制の見直しにより、化粧品販売会社のミキカンパニー(福岡県大野城市)へ全株式を譲渡しました。
霧島横川酒造は売上高が約2億円近くある一方で、営業利益・純資産はマイナスが続く状況で、継続的な投資や経営リソースの投入が課題となっていました。コーアツ工業としては本業の建設事業に資源を集中させる狙いがあり、酒造事業に関しては他社に譲渡することで、企業価値の向上と事業継続を両立させた形になります。
2-2. 製造業・サービス業関連のM&A
(1) ヤマハ<7951>、ヤマハ鹿児島セミコンダクタの半導体製造事業を譲渡(2015年3月27日)
ヤマハは楽器や音響機器で世界的ブランドを確立しており、かつては自社で半導体を製造する子会社としてヤマハ鹿児島セミコンダクタ(鹿児島県湧水町)を運営していました。しかしファブレス化によるコスト競争力強化を目指し、半導体製造事業をフェニテックセミコンダクター(岡山県井原市)に譲渡しました。
これにより、ヤマハは製造設備を手放し、設計や開発といった上流工程に経営資源を集中する形となりました。半導体製造を担う従業員や地域の雇用については、譲渡先企業が引き継ぐことで、雇用維持が図られる面もあります。高度な半導体技術を持つ工場が県内に残ることで、関連業界の活性化や人材育成にも寄与すると考えられています。
(2) オージックグループ<6168>、農機・航空機部品切削加工のオイダ製作所を子会社化(2023年2月7日)
オージックグループは、大阪府東大阪市のオージックを中核とし、広島県のセイエン、鹿児島県霧島市の三翔精工、徳島県のフジタイト、富山県の広進工業などを傘下に収める「中小企業連合体」です。グループ各社が金属部品加工技術をそれぞれ持ち寄り、相互扶助と連携による成長を目指しています。
今回、新たに岐阜県大垣市のオイダ製作所を子会社化することで、農機・航空機部品などの切削加工領域を補強しました。鹿児島県に拠点を持つ三翔精工とも連携し、国内外の大手メーカー向けに高精度部品を安定供給する体制が強化されると見られます。このように、地域ごとの強みを活かしながら規模の拡大を図る戦略は、全国の中小製造業にとって一つの参考モデルとなっています。
(3) インバウンドテック<7031>、コールセンター業務のシー・ワイ・サポートを子会社化(2021年3月22日)
インバウンドテックは多言語コンタクトセンターやセールスアウトソーシング事業を手がける企業です。東京・新宿の本社に加え、鹿児島県南さつま市に「SATSUMA BPOセンター」を設置しており、地方拠点の活用や雇用創出を図っています。今回、岩手県花巻市に拠点を持つシー・ワイ・サポートを買収することで、国内拠点を4ヵ所に拡大しました。
鹿児島県南さつま市は、コールセンター業務において比較的労働力確保やオフィス賃料面で優位性があります。インバウンドテックのように首都圏との二拠点体制で業務を分散化させる動きは、BCP(事業継続計画)の観点でも評価されており、IT企業の地方拠点展開の一例として注目されています。
(4) アウトソーシング<2427>、製造業向け人材サービスのエス・エス産業を子会社化(2021年1月19日)
アウトソーシングは製造業や技術者派遣、海外人材の活用などを展開する大手人材サービス企業です。エス・エス産業は愛知県小牧市が拠点ですが、鹿児島県にも営業所を持つなど、国内数ヵ所で人材サービスを展開しています。
製造業の現場では、外国人労働者や高度技能者の確保が急務となることが多く、アウトソーシングはエス・エス産業の地盤を取り込むことで、愛知県や九州地区でのサービス強化を目指しました。鹿児島県に営業拠点を置くことは、同県内の製造業が慢性的に抱える人材不足を補う面でも有効と考えられます。
2-3. 流通・小売・外食産業関連のM&A
(1) 串カツ田中ホールディングス<3547>、福岡県内直営店をイートスタイルに譲渡(2023年6月15日)
串カツ田中HDは全国に串カツ店を展開していますが、福岡県内の直営店11店舗を外食事業のイートスタイルへ譲渡しました。イートスタイルは宮崎県小林市を拠点とし、鹿児島県にも「串カツ田中」のFC店舗を2店舗運営しています。
今回の譲渡はFC化による経営効率向上が主目的ですが、鹿児島県での運営実績を持つイートスタイルが福岡県内の店舗を受け継ぐことで、地域ごとの対応力を強化する狙いもあります。県境を越えた外食チェーンの提携関係が、九州全域における出店やメニュー開発を加速させる可能性があります。
(2) 中部飼料<2053>と伊藤忠飼料の資本提携解消に伴うみらい飼料の工場譲渡(2021年~2023年)
中部飼料が保有する配合飼料製造子会社のみらい飼料(名古屋市)は、複数工場を運営していましたが、伊藤忠飼料との資本提携解消に伴い、宮城県石巻市や北九州市、そして鹿児島県志布志市にある3工場を伊藤忠飼料へ譲渡しました。これにより、志布志工場は伊藤忠飼料の管理下となりました。
鹿児島県志布志市は養殖産業が盛んであり、配合飼料への需要が高いエリアです。工場譲渡後も同市での生産は続けられ、地域の養鰻・養殖業者との連携によって安定供給が図られています。資本提携の解消にともなう株式の譲渡スケジュールも段階的に決められており、共同生産事業自体は2026年9月末以降に完全解消予定とされています。
(3) リテールパートナーズ<8167>、マルミヤストアによるスーパー2店舗買収(2021年2月24日)
リテールパートナーズは山口県、福岡県、大分県、熊本県、宮崎県、鹿児島県などで「マルミヤストア」「マルキョウ」などを展開しています。今回、大分県宇佐市で「セルフおの」の2店舗を買収した事例が公表されましたが、マルミヤストアは鹿児島県内でも複数店舗を持っています。
ドミナント戦略の強化を掲げるリテールパートナーズとしては、九州全域の店舗網を整備し、物流体制の効率化を図る方針があります。鹿児島県も重要なエリアとして位置づけられており、M&Aによるスーパーマーケット網の拡充は、県内でもさらなる進展が予想されます。
(4) ウエルシアホールディングス<3141>、ふく薬品を子会社化(2022年7月22日)
ドラッグストア最大手のウエルシアホールディングスは、沖縄県に拠点を持つふく薬品を子会社化しました。これにより沖縄県へ初進出し、全国展開をさらに進める動きが加速しています。現時点でウエルシアが未進出の県は山口県と鹿児島県の2県となり、いずれ鹿児島県にも店舗拡大を行う可能性が高いと見られます。
鹿児島県はドラッグストア市場で既にマツモトキヨシなど他社が入り競争がある一方、人口規模や高齢化社会を踏まえると、さらなる需要拡大の見込みもあります。ウエルシアの出店が実現すれば、県内ドラッグストア業界の競争が激化することが予想されます。
3.鹿児島県におけるM&Aの特徴と影響
3-1. 地域ブランドや資源活用を巡るM&A
鹿児島県には、芋焼酎や黒豚・黒牛、ウナギ、カツオ節、車エビなど独自の高付加価値商品が豊富に存在します。これらは全国的にも人気が高く、海外需要も取り込みやすい分野です。一方で、中小企業や家族経営の生産者が多く、後継者不足や資金不足などの課題が顕在化しています。大手企業や他地域の有力企業がM&Aを通じてこれらの事業を買収・連携することで、
- 地域ブランドの維持・強化
- 生産・流通の効率化とコスト低減
- 販路拡大による収益向上
が期待できます。実際に、ヒガシマルによる奄美クルマエビの買収やヨシムラ・フード・ホールディングスによる鰹節メーカー子会社化など、県外資本が鹿児島の特産品を取り込み、ブランド力を国内外に向けて展開する例が増えています。
3-2. 事業承継・経営効率化を目的としたM&A
鹿児島県は都市部への人口流出が続き、過疎化が進む地域や離島地域も少なくありません。そのため地元企業の中には後継者不在や資金調達の限界などの理由から、M&Aによる事業承継を模索するケースが目立ちます。経営が傾く前に、同業他社や関連企業へ譲渡し、地域の雇用や産業を守るという動きも活発化してきました。
また、経営効率化の観点では、地域のスーパーやドラッグストアが広域チェーンの傘下に入ることで、仕入れコストの低減やITシステムの共有による運営効率化が進みます。マツモトキヨシHDやクオールHDなどの子会社化事例は、地域密着型店舗の強みを活かしつつ、本部主導でのスケールメリットを享受できる点が注目されています。
3-3. 観光資源やレジャー施設に関するM&A
鹿児島県は、豊富な温泉地や自然景観、世界遺産の屋久島など、観光資源に恵まれていることから、ホテル・旅館やゴルフ場、レジャー施設などの運営をめぐるM&Aも散見されます。経営難に陥った施設を大手資本が買収することで再建を図り、サービス水準を向上させ、観光客誘致やインバウンド需要に対応する動きが顕著になっています。
PGGIHによる鹿児島シーサイドゴルフ倶楽部の再生や、ビジョンによる「こしかの温泉」の子会社化などは、いずれも観光・レジャー分野での集客力向上と地域経済活性化を狙ったものです。
3-4. 雇用創出と地域活性化への波及効果
M&Aによって県外資本が流入することには賛否があるものの、地域産業の存続や拡大、雇用維持・創出に寄与する側面は大きいです。特に製造業や水産業などでは、設備投資や技術指導により生産性を高め、販路が拡大すれば人手が必要になります。また、コールセンターやBPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)などのサービス業では、都市圏の人手不足を地方で補う形が一般化しつつあり、インバウンドテックが南さつま市に拠点を置く事例はその一例といえます。
一方、M&A後に本社機能や研究開発部門が県外へ移転してしまうリスクや、地域貢献が形骸化する可能性も指摘されています。こうした点をカバーするためには、自治体や地元金融機関、経済団体も連携し、受け入れ側としてのガイドライン整備やフォローアップ体制を整えることが望まれます。
4.鹿児島県でM&Aを進める際の留意点
4-1. 地域特性と文化への理解
鹿児島県は面積が広く、地域ごとに産業構造や商慣習が異なる上、離島を含む多様な行政区分があります。県外企業がM&Aを行う場合は、現地の慣習や人脈構築に時間をかける必要があり、特に農水産業や観光業、酒造業などは長い歴史や地元コミュニティとの結びつきが強いです。早期に地元住民や生産者との信頼関係を築くことが、円滑な経営統合のカギとなります。
4-2. 事業価値の正確な評価
鹿児島県の主力産業である農水産物や焼酎などのブランド価値は、売上高や利益だけでは十分に測りきれない側面があります。原材料の品質や長年培ってきた製造技術、地理的表示など、定量化しづらい要素が事業価値を左右します。買収側は適正なデューデリジェンスを行い、事業の強みを正確に把握することが重要です。
4-3. インフラ面・物流面での課題
鹿児島県は、交通インフラが整備されている鹿児島市近郊以外の地域では物流コストやITインフラ面での課題が残る場合があります。離島を含むエリアで事業を営む場合は特に、商品・資材の安定供給体制や通信環境の確保などを考慮しなければなりません。M&A後の事業計画を立てる段階で、こうしたインフラコストを織り込むことが求められます。
4-4. 公的支援制度の活用
事業承継や新規事業の立ち上げを支援する公的な施策として、鹿児島県や商工会議所、地元金融機関、産業支援機関などがさまざまな補助金や相談体制を用意しています。M&Aにおいても、専門家のマッチングサービスや助成制度を活用することで、スムーズな交渉や企業評価に役立つ場合があります。特に中小企業の場合、外部サポートを積極的に利用することがリスクヘッジにつながります。
5.鹿児島県M&Aの今後の展望
- さらなる海外展開の促進
鹿児島県は農産物や水産物、焼酎など、高い潜在需要を持つ商品を多く抱えています。今後はインバウンド需要の回復や海外輸出拡大が見込まれるため、海外販路を持つ企業や商社とのM&Aや提携が進む可能性があります。とくに焼酎やだしパックなどの和食関連商品は国際的評価が高まりつつあり、海外市場の需要拡大に対応するための生産体制強化が必要です。 - 事業承継問題の一層の顕在化
県内企業の高齢化は避けられない課題であり、多くの中小企業や農家・漁業者が事業承継を円滑に進められずに苦慮しています。経営者の高齢化が進むほど、「早めのM&A」という選択肢が注目されるでしょう。金融機関やM&A仲介企業、自治体などによるマッチングの場が今後さらに拡充される見通しです。 - 地域連携による拠点分散とBCP対応
近年の自然災害リスクやパンデミックリスクを踏まえ、首都圏に本社機能やIT部門を集中させる企業が地方拠点を持つケースが増えています。鹿児島県も温暖な気候や比較的安価な土地・オフィス賃料を背景に、コールセンターやBPOセンター、ITサテライトオフィスなどが誘致される流れが強まるでしょう。こうした動きはM&Aの形で行われる場合もあり、地方企業や自治体が積極的に誘致策を打ち出すことが期待されます。 - 観光・レジャー・ヘルスケア分野の拡大
温泉や豊かな自然、離島観光など鹿児島県ならではの強みを活かした観光開発が進むなかで、新たな宿泊施設やレジャー施設への投資が進むと考えられます。さらに高齢者向けのヘルスケア関連事業やリゾート型介護施設の需要も増える可能性があり、異業種からの参入やM&Aが活発化するかもしれません。
6.おわりに
本稿では、鹿児島県に関連する多様なM&A事例を取り上げ、その背景や意義、今後の展望について概観しました。鹿児島県は地理的条件や歴史・文化の特性、そして多様な産業構造を持つ一方、全国的な人口減少や地方過疎化、後継者不足といった問題に直面しています。こうした課題に対処する選択肢として、M&Aは単なる買収・売却という金融取引にとどまらず、地域の産業を次世代に引き継ぎ、持続可能な発展を目指すうえで不可欠な手段になりつつあります。
たとえば、焼酎や鰹節といった伝統産業では、大手企業との連携により新たな市場開拓や技術革新が期待できます。また、調剤薬局やドラッグストア業界では、県内外のチェーンがM&Aを通じて事業を統合し、医療サービスの利便性を向上させる動きが広がっています。水産養殖分野ではウナギや車エビなどの付加価値が高い特産物を安定供給するために、より強固な資本や流通網が求められ、M&Aがその受け皿となっています。
一方で、M&Aが地域経済に与える影響は多岐にわたります。買収後の運営方針が地域住民の理解を得られない場合、ブランド力の毀損や地元との軋轢を生むリスクもあります。外部資本の参入が地元企業の活力を削ぐ懸念もあるため、双方がwin-winとなるようなガバナンス体制やコミュニケーションが不可欠です。自治体や商工会、金融機関、M&A仲介業者などが連携し、中長期的な地域価値の維持向上を視野に入れたM&A支援体制を整えることが望まれます。
今後は、国内の人口減少に加え、海外市場やインバウンドの取り込みが欠かせない時代が続きます。鹿児島県が持つ豊富な地域資源と食文化、観光資源を最大限に活かすためには、柔軟な事業再編や産業連携が不可避となるでしょう。M&Aはその一環として、各事業者がより広い視点から成長戦略を描くきっかけとなります。地元企業と外部企業の協業を成功させることで、雇用や技術、伝統を守りながら、新たなビジネスチャンスを創出する好循環を生み出すことが期待されます。
鹿児島県におけるM&Aは、まだまだ大きな可能性を秘めています。地域の事業承継問題を解決しつつ、全国・海外への販路を獲得できるメリットを活かし、県全体の産業競争力を底上げしていくことが重要です。今後も各種事例を追いかけながら、鹿児島県内の企業と地域がどのように新陳代謝を進め、魅力ある未来を切り開いていくのか注目していきたいと思います。

株式会社M&A Do 代表取締役
M&Aシニアエキスパート・相続診断士
東京都昭島市出身。慶應義塾大学理工学部を卒業後、大手M&A仲介会社にて勤務し、その後独立。これまで製造業・工事業を中心に友好的なM&Aを支援。また父親が精密板金加工業、祖父が蕎麦屋、叔父が歯科クリニックを経営し、現在は父親の精密板金加工業にも社外取締役として従事。