岩手県におけるM&A(合併・買収)の主な事例を幅広く紹介するとともに、その背景や狙い、県内産業に与える影響などをまとめたものです。岩手県は、東北地方を代表する広大な面積を有する県として、製造業、農林水産業、観光業など多様な産業が存在しています。特に製造業では、自動車部品や電子部品などの工場が複数進出しており、高度な加工技術や製品の供給体制が整いつつあります。その一方で、人口減少や国内需要の伸び悩みにより、地域の企業が事業基盤の強化や海外進出を模索する動きも強まっています。そのような背景から、岩手県内におけるM&A事例は多岐にわたっており、県外企業・海外企業との資本提携や事業譲渡が進むケースがみられます。
本記事では、実際に公表された複数のM&A事例を通じ、岩手県の経済・産業構造の変化や、企業の戦略的判断の背景を探ります。これらの事例からは、地元企業が大手や外資と連携してさらなる成長を図る動きや、事業を撤退・譲渡することで経営資源を集中させる動きなどが読み取れます。以下、事例ごとに詳しくみていきたいと思います。
- 1.倉元製作所によるアイウイズロボティクスの子会社化
- 2.東京製綱海外事業投資の譲渡と岩手県北上市の東綱スチールコード
- 3.広済堂ホールディングスの学生寮建設プロジェクト子会社(HAD2)譲渡と子会社化の流れ
- 4.群栄化学工業による東北ユーロイド工業(岩手県北上市)の買収
- 5.レノバによる軽米東ソーラー匿名組合事業の子会社化
- 6.アークスとジョイスの経営統合
- 7.環境フレンドリーホールディングスによるリクラウドの子会社化
- 8.メイホーホールディングスによるエムアンドエムの人材派遣事業取得
- 9.ナックによるジェイウッドの子会社化
- 10.ピーエイによるトラバースの子会社化
- 11.パンチ工業の国内生産体制再編と希望退職募集
- 12.トヨタ紡織による関東シート製作所(岩手県北上市)の子会社化
- 13.日本ハウスホールディングスによる銀河高原ビールの譲渡
- 14.トナミホールディングスによるサンライズトランスポートの子会社化
- 15.クスリのアオキホールディングスによるホーマス・キリンヤなど2社の吸収合併
- 16.シミックホールディングスによるアステラス ファーマ テック西根工場の取得
- 17.イリソ電子工業によるエスジーディー(岩手県花巻市)の子会社化
- 18.アルコニックスによるジュピター工業(岩手県宮古市)の子会社化
- 19.インバウンドテックによるシー・ワイ・サポート(岩手県花巻市)の子会社化
- 20.エルテスによるプレイネクストラボ子会社化と岩手県でのDX事業
- 21.アサヒホールディングスによるインターセントラル(岩手県滝沢市)の買収
- 22.エランによるエルタスク(岩手県矢巾町)の完全子会社化
- 23.アイソプラによるソフィアホールディングスに対するTOB(岩手県紫波町)
- 24.TREホールディングスによる泉山林業(岩手県八幡平市)の子会社化
- 25.アークスとリッツコーポレーション、ベルグループ、みずかみとの統合事例
- 26.JKホールディングスによる坂田建材(岩手県花巻市)の子会社化
- 27.FPGによる北日本航空(岩手県花巻市)の子会社化
- 28.カナモトによるセントラル(岩手県奥州市)からの事業取得
- 29.DCM Japanホールディングスによるタカカツのホームセンター事業譲受
- まとめと今後の展望
1.倉元製作所によるアイウイズロボティクスの子会社化
事例概要
- 実施時期:2024年11月1日予定
- 買収企業:倉元製作所
- 被買収企業:アイウイズロボティクス(東京都品川区)
- 対象事業:業務用掃除ロボットの開発・販売
- 岩手県との関係:倉元製作所の花泉工場(岩手県一関市)の遊休生産スペースを活用する狙い
倉元製作所は主力事業である液晶ガラス基板の加工分野が市場縮小の影響を受け、工場の一部スペースが遊休化していることを課題としていました。そこで、今後成長が見込まれる業務用掃除ロボット分野に参入し、花泉工場(岩手県一関市)や若柳工場(宮城県栗原市)の遊休生産スペースを活用しようと考えたのです。
背景と狙い
アイウイズロボティクスは中国企業が開発した業務用掃除ロボットを日本で販売・マーケティングする目的で設立された新興企業です。コンビニやドラッグストアといった多様な店舗への納入実績を持ち、今後さらに市場が拡大すると期待されています。倉元製作所としては自社の遊休リソースを活用し、生産拠点を整備することで、ロボット事業分野での事業多角化を図ろうとしています。
花泉工場の所在地である岩手県一関市は、東北自動車道など交通網の利便性が高く、物流拠点としての優位性もあります。さらに、花泉工場周辺には製造業の集積も見られ、周辺企業との部品調達ネットワークを構築しやすい環境が整っています。倉元製作所による新規事業参入が地域経済にプラスのインパクトを与えることが期待されます。
2.東京製綱海外事業投資の譲渡と岩手県北上市の東綱スチールコード
事例概要
- 実施時期:2020年7月31日
- 譲渡企業:東京製綱海外事業投資(東京都中央区)
- 譲受先:大連光伸企業集団有限公司(中国・遼寧省)
- 岩手県との関係:東京製綱グループの東綱スチールコード(岩手県北上市)に経営資源を集中
東京製綱は新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、中国でのタイヤ補強材「スチールコード」製造事業の継続が難しくなったことから、中国子会社の株式を中国の不動産開発企業などに譲渡し、国内事業に集中させる戦略を取りました。岩手県北上市にある東綱スチールコードが、東京製綱のスチールコード事業を担う中核拠点として期待されています。
背景と狙い
岩手県北上市は自動車部品などの製造拠点が増えているエリアです。東京製綱にとっても重要な生産拠点であり、海外の不確定要素が多い事業を縮小する代わりに、国内で堅実に需要が見込める分野に資源を集中させる狙いがありました。これにより北上市の工場での設備投資や雇用維持につながり、地域経済への貢献が期待されます。
3.広済堂ホールディングスの学生寮建設プロジェクト子会社(HAD2)譲渡と子会社化の流れ
事例概要(子会社化→譲渡)
- 子会社化(2023年5月12日発表)
- 買収企業:広済堂ホールディングス
- 被買収企業:H.A. Development 2(HAD2、岩手県八幡平市)
- 目的:安比高原のインターナショナルスクール寮建設への出資
- 出資額:18億円
- 譲渡(2024年5月31日予定)
- 譲渡価額:18億3500万円
- 譲渡先:非公表
- 狙い:出資対価や譲渡益を得ることで収益を確保
広済堂ホールディングスは岩手県八幡平市の安比高原で英国式全寮制インターナショナルスクール「ハロウインターナショナルスクール安比ジャパン」(通称:ハロウ安比)の学生寮建設プロジェクトに出資し、HAD2を子会社化していました。しかし、出資先からの譲り受け要望があり、広済堂としても事業シナジーより投資回収を優先する判断をした形となっています。
背景と狙い
「ハロウインターナショナルスクール安比ジャパン」は英国の名門校「ハロウスクール」の日本校として話題を集めています。全寮制という特徴もあって寮の整備が必須であり、広済堂はそこへ投資してきました。しかし、出資目的が配当収入であったことや、買収ニーズが生じたことを受けて、早期に投下資金を回収し、利益を確定させる決断に至ったとみられます。こうした動きは、地方の教育事業や施設開発に対し、投資会社や企業が参画し、収益を確保するスキームが活発化している例といえます。
4.群栄化学工業による東北ユーロイド工業(岩手県北上市)の買収
事例概要
- 実施時期:2014年4月1日
- 買収企業:群栄化学工業
- 被買収企業:東北ユーロイド工業(岩手県北上市)
- 事業内容:合成樹脂接着剤などの製造、ホルマリン製造
- 売上高:8億5400万円
東北ユーロイド工業は三井化学の子会社でしたが、群栄化学工業が株式を取得し子会社化することで生産規模の拡大と事業基盤の強化を図りました。岩手県北上市は東北地方の内陸部に位置し、主要高速道路や新幹線の交通網が整っており、化学分野においても重要な生産拠点となっています。
背景と狙い
東北ユーロイド工業が製造する合成樹脂や化学品は、さまざまな工業製品に用いられます。群栄化学工業は当該分野でのシェア拡大と技術力強化を目指す中で、岩手県の工場拠点が持つ安定的な生産体制に魅力を感じたとみられます。東日本エリアにおける需要を効率的に取り込み、物流コストを削減できるという点でも大きなメリットがあります。
5.レノバによる軽米東ソーラー匿名組合事業の子会社化
事例概要
- 実施時期:2019年12月2日
- 買収企業:レノバ
- 被買収対象:軽米東ソーラー匿名組合事業(岩手県軽米町)
- 発電容量:80.8メガワット
- 取得価額:10億2000万円
レノバは再生可能エネルギー事業を中心に展開する企業で、太陽光やバイオマス、風力などの発電事業を手掛けています。岩手県軽米町に設置された大規模ソーラー発電所の匿名組合出資持分を追加取得し、子会社化に至りました。
背景と狙い
東北地方は太陽光や風力など再生可能エネルギーの導入ポテンシャルが高いエリアとされています。岩手県軽米町でも、日照条件や広大な用地を活かした太陽光発電が積極的に進められています。レノバはこのソーラー発電所を取り込むことで、グループの再生可能エネルギー事業の安定性・規模を拡大し、売電収入の増大を狙います。岩手県にとっても大規模な再生エネルギー事業の稼働は雇用・税収面での効果が期待されます。
6.アークスとジョイスの経営統合
事例概要
- 実施時期:2012年9月1日
- 統合方式:株式交換
- 統合当事者:アークス(北海道札幌市)とジョイス(岩手県盛岡市)
- 狙い:経営の効率化と投資費用の節減、事業拡大
北海道を中心に食品スーパーマーケット事業を展開するアークスが、岩手県を中心に秋田県や青森県でも展開していたジョイスを完全子会社化しました。少子高齢化や人口減少が進む地域での事業を強化し、規模のメリットを活かす戦略です。
背景と狙い
岩手県内には中小規模のスーパーが点在していますが、競争が激化し、経営体力に不安が生じるケースもありました。アークスは道内最大手のスーパーグループとしての購買力や経営ノウハウを持ち込み、ジョイスの地域ブランド力や店舗網を活かす形で、北東北エリアのシェア拡大を狙ったのです。結果的にアークスグループの売上全体に占める東北エリアの比率が高まり、スケールメリットによる共同仕入れや物流の効率化が進んだと考えられます。
7.環境フレンドリーホールディングスによるリクラウドの子会社化
事例概要
- 実施時期:2024年9月1日予定
- 買収企業:環境フレンドリーホールディングス
- 被買収企業:リクラウド(東京都千代田区)
- 事業内容:再生可能エネルギー投資に特化したクラウドファンディング
- 株式交換比率:環境フレンドリー1:リクラウド38.31
- 岩手県との関係:リクラウドが岩手県八幡平市に小型太陽光発電所を2カ所保有
リクラウドは再生可能エネルギーへの投資をクラウドファンディングで募る事業を行っており、岩手県八幡平市や群馬県伊勢崎市で小型太陽光発電所を取得しています。環境フレンドリーホールディングスグループの太陽光発電や電力小売りなどの資源エネルギー事業とシナジーを生む目的で子会社化に至りました。
背景と狙い
岩手県八幡平市は自然環境が豊かで、太陽光発電の導入も比較的進んでいる地域です。再生可能エネルギーへの出資ニーズが高まる中、リクラウドのようなクラウドファンディングサービスは地域のプロジェクトに全国から資金を集める手段として注目を集めています。これにより、地域での再エネ事業拡大や、投資家への新たな投資機会の提供が同時に実現されることが期待されています。
8.メイホーホールディングスによるエムアンドエムの人材派遣事業取得
事例概要
- 実施時期:2023年1月1日
- 買収企業:メイホーホールディングス(子会社のスタッフアドバンス)
- 被買収事業:エムアンドエム(岩手県山田町)の人材派遣事業
- 売上高:1億3600万円
- 取得価額:2000万円
メイホーホールディングスは人材派遣や業務請負を事業の柱の一つとしており、福島県、宮城県、山形県に拠点を持つ子会社・スタッフアドバンスを運営しています。今回の取得により、新たに岩手県をカバーエリアに加えることで東北エリア全域での人材事業を強化できると期待されています。
背景と狙い
岩手県山田町など沿岸部は震災復興事業や水産関連事業など、人材ニーズがある一方で慢性的な人材不足が課題です。人材派遣会社にとっては、企業と働き手を結び付ける役割を果たすことが重要となります。メイホーホールディングスとしては、エムアンドエムの地域ネットワークや取引先を取り込むことで、岩手県を含めた東北沿岸部での事業基盤を強化する狙いがあります。
9.ナックによるジェイウッドの子会社化
事例概要
- 実施時期:2013年7月5日
- 買収企業:ナック
- 被買収企業:ジェイウッド(岩手県盛岡市)
- 事業内容:注文住宅事業(無垢材を利用した女性向けデザイン)
- 売上高:11億2000万円
ナックは「レオハウス」ブランドで主に20代後半から40代向けの注文住宅を提供しています。ジェイウッドは、無垢材をふんだんに使用し、デザイン性を重視した住宅を得意としていました。ナックがジェイウッドを子会社化することで、岩手県以北の未開拓地域での販路確保と、新たな住宅ブランドによる収益拡大を目指しました。
背景と狙い
木材資源が豊富な岩手県は、地元の材木を活かした注文住宅市場が一定の需要を持ちます。ジェイウッドのデザイン性の高い住宅は、若年層や女性層から人気を集めており、競合他社との差別化を図る上で大きな強みでした。ナックとしては、従来のシンプルな住宅ブランドに加え、ジェイウッドのブランドを傘下に取り込むことで、より幅広い顧客層へのアプローチが可能になると判断したのです。
10.ピーエイによるトラバースの子会社化
事例概要
- 実施時期:2015年10月1日
- 買収企業:ピーエイ
- 被買収企業:トラバース(岩手県盛岡市)
- 事業内容:求人広告代理店業(岩手県、秋田県、青森県)
- 売上高:278万円(当時)
ピーエイは東北や関東、信越、北陸で無料求人情報誌「ジョブポスト」を展開しており、広告出稿のノウハウやネットワークを持ちます。トラバースの人材系サービスを傘下に取り込むことで、北東北エリアの販売網を強化し、広告出稿者と求職者のマッチングを拡大する戦略です。
背景と狙い
人口減少に伴い求人市場も変化しており、地域密着型の求人広告ビジネスは大手求人サイトとの差別化を図る必要がありました。トラバースは地元企業との関係が深く、地域内の小規模事業者へのアプローチに強みがありました。一方、ピーエイは「ジョブポスト」を軸とした全国展開のノウハウを持つため、両社の提携により相乗効果が見込めます。
11.パンチ工業の国内生産体制再編と希望退職募集
事例概要
- 実施時期:2023年9月30日(希望退職日)
- 募集人員:200人程度
- 岩手県との関係:北上工場、宮古工場を特注品に特化し、国内拠点を集約
パンチ工業はプラスチック金型用部品やプレス金型用部品の製造を主力としてきましたが、国内生産拠点を再編するにあたり大規模な希望退職を募集することになりました。汎用品の生産はコスト競争力の高い海外工場(中国・大連、ベトナム)へ移管し、北上工場(岩手県北上市)や兵庫工場(兵庫県加西市)は特注品に集中する方針です。
背景と狙い
国内の金型部品市場は頭打ち傾向が続いており、国内工場では高付加価値品や少量多品種生産にシフトせざるを得ません。岩手県北上市の工場も、これまで量産品を扱っていた比率が高かったとみられますが、今後は多様なニーズに応える特注製品へ注力することで収益性を向上させようとしています。一方、希望退職により地域雇用が減少する懸念もあり、再就職支援などのフォローが注目されます。
12.トヨタ紡織による関東シート製作所(岩手県北上市)の子会社化
事例概要
- 実施時期:2009年10月1日
- 買収企業:トヨタ紡織
- 被買収企業:関東シート製作所(岩手県北上市)
- 買収割合:保有比率を38.93%→63.13%に引き上げ
- 目的:自動車内装品(シート)の安定供給体制を強化
関東シート製作所はトヨタ系の自動車シートや内装品を製造する企業として、岩手県北上市に拠点を置いてきました。今回の子会社化により、トヨタ紡織は自動車内装システムサプライヤーとしての地位をさらに強固にし、宮城県のセントラル自動車(現・トヨタ自動車東日本)宮城工場への納入体制を整備しました。
背景と狙い
東北地方はトヨタグループが生産拠点を拡大している地域であり、部品サプライヤーが県内各地に進出してきました。岩手県北上市は東北自動車道や新幹線が通る交通の要衝であり、多くの企業が集積する魅力的な立地です。トヨタ紡織の戦略としては、地域一帯にわたるサプライチェーン強化と、安定的・迅速な部品供給を可能にする体制づくりが狙いだと考えられます。
13.日本ハウスホールディングスによる銀河高原ビールの譲渡
事例概要
- 実施時期:2017年10月31日
- 譲渡企業:日本ハウスホールディングス
- 被譲渡企業:銀河高原ビール(岩手県西和賀町)
- 譲受企業:ヤッホーブルーイング(長野県軽井沢町)
銀河高原ビールは1994年設立で、「小麦のビール」などクラフトビールの先駆けとして全国的に知られていました。しかし、親会社の日本ハウスHDはビール事業から撤退し、住宅・ホテル事業に集中する方針を固め、同業のヤッホーブルーイングに譲渡することになりました。
背景と狙い
岩手県西和賀町は良質な水資源に恵まれ、ビール醸造に適した環境を持ちます。銀河高原ビールは県内外から観光客を呼び込み、地域活性化に貢献してきましたが、近年はクラフトビール市場の競争激化や流通網の限界もあり、安定した収益基盤の確立が課題でした。ヤッホーブルーイングは「よなよなエール」などで全国展開しており、銀河高原ビールとのシナジーでさらなるブランド力強化を図るとみられます。
14.トナミホールディングスによるサンライズトランスポートの子会社化
事例概要
- 実施時期:2022年3月1日
- 買収企業:トナミホールディングス
- 被買収企業:サンライズトランスポート(岩手県一関市)
- 売上高:14億6000万円
サンライズトランスポートは東北エリアでの自動車運送事業に強みを持ち、配車力に定評があります。トナミホールディングスは全国規模で物流事業を展開しており、東北エリアでのカバー力をさらに拡充し、生産性向上を図る目的でサンライズトランスポートを傘下に収めました。
背景と狙い
岩手県一関市は物流面で要衝の位置にあることから、東北地方の南部における配送ネットワークの整備に有利です。トナミホールディングスがサンライズトランスポートの配車ノウハウや地元顧客との取引関係を取り込み、東北全域でのサービスを強化することは、自社の物流インフラ強化に直結します。一関市は首都圏へのアクセスも比較的容易であり、中長距離輸送のハブとしても注目されています。
15.クスリのアオキホールディングスによるホーマス・キリンヤなど2社の吸収合併
事例概要
- 実施時期:2022年3月1日
- 合併当事者:クスリのアオキHD(存続会社)、ホーマス・キリンヤ(岩手県一関市)、フードパワーセンター・バリュー(同)
- ホーマス・キリンヤの売上高:35億8000万円
- 狙い:ドラッグストアと食品スーパー事業のシナジー
ホーマス・キリンヤは岩手・宮城県で食品スーパーと衣料品店を計8店舗展開してきましたが、赤字に苦しんでいたこともあり、クスリのアオキホールディングスが吸収合併という形で取り込みました。
背景と狙い
クスリのアオキはドラッグストアを核としながらも、生鮮食品や総菜などを扱う「ドラッグ&フード」型店舗の拡大を志向してきました。人口が徐々に減少しつつある岩手県では、医薬品や日用品の需要は一定水準ある一方、大型スーパーの減少で食品供給の空白地域が生じるリスクもありました。クスリのアオキがホーマス・キリンヤを取り込むことで、医薬品×食料品の複合型店舗を強化し、地域住民の利便性を向上させることが狙いです。
16.シミックホールディングスによるアステラス ファーマ テック西根工場の取得
事例概要
- 実施時期:2019年6月1日
- 買収企業:シミックホールディングスの子会社・シミックCMO
- 被買収企業:アステラス ファーマ テックの西根工場(岩手県八幡平市)
アステラス ファーマ テックは医薬品受託製造を行う企業で、西根工場において固形剤を中心とした製造を担っていました。シミックホールディングスはCDMO(医薬品開発・製造受託)事業をグローバルに展開しており、国内外5拠点目として西根工場を取得することで生産能力を増強しました。
背景と狙い
岩手県八幡平市は、他の自治体と比べると比較的土地が広く、製造施設を確保しやすいこと、さらに公共交通や高速道路の便もある程度整っていることから、医薬品製造工場の立地に向いています。シミックCMOとしては、この西根工場を追加することで主力剤形の固形剤製造におけるリソースを強化し、顧客企業への製造対応力を向上させる思惑があります。
17.イリソ電子工業によるエスジーディー(岩手県花巻市)の子会社化
事例概要
- 実施時期:2022年4月1日
- 買収企業:イリソ電子工業
- 被買収企業:エスジーディー(岩手県花巻市)
- 事業内容:コネクターや精密金型の製造
イリソ電子工業はコネクターを中心に電子部品事業を展開しており、グローバルな自動車市場や産業機器市場にも製品を供給しています。エスジーディーを子会社化することで、金型設計・製造の内製化やコスト効率の改善を図り、製品供給体制を強化しようとしています。
背景と狙い
岩手県花巻市には電子部品関連企業の集積が進んでおり、熟練した人材や協力企業とのネットワークが整っています。イリソ電子工業はエスジーディーを取り込むことで、開発から生産までを迅速に行える体制を構築し、さらなる付加価値の高いコネクター製品の開発を狙っていると考えられます。
18.アルコニックスによるジュピター工業(岩手県宮古市)の子会社化
事例概要
- 実施時期:2022年4月20日
- 買収企業:アルコニックス
- 被買収企業:ジュピター工業(岩手県宮古市)
- 売上高:15億円
ジュピター工業は精密コネクターの金属端子部品をプレス加工する企業で、中国にも拠点を持ちます。コネクターは5G通信や自動車の電装化などで需要が拡大しており、アルコニックスは電子部品・半導体・自動車という成長分野に対応するためにジュピター工業を傘下に入れました。
背景と狙い
岩手県宮古市は沿岸部に位置し、震災復興後の工場再整備や雇用拡大が進む地域でもあります。ジュピター工業は長年培ってきた金属プレス技術を強みに、国内外の顧客を獲得してきました。アルコニックスは金属や材料事業が主力ですが、近年は成長分野であるエレクトロニクス関連への進出を強化しており、ジュピター工業を子会社化することでサプライチェーン上の付加価値を高める狙いがあります。
19.インバウンドテックによるシー・ワイ・サポート(岩手県花巻市)の子会社化
事例概要
- 実施時期:2021年4月1日
- 買収企業:インバウンドテック
- 被買収企業:シー・ワイ・サポート(岩手県花巻市)
- 売上高:1億500万円
インバウンドテックは24時間365日対応の多言語コールセンター事業を主力としており、鹿児島県にも拠点を持っています。シー・ワイ・サポートは岩手県花巻市と盛岡市にコールセンターを構えており、地方都市における顧客対応業務の実績があります。
背景と狙い
地方のコールセンターは、雇用創出や地域活性化の一環としても重要視される事業です。インバウンドテックがシー・ワイ・サポートを子会社化することで、東北地方でのコールセンター拠点を拡充し、災害時のバックアップや多拠点同時稼働が可能になります。岩手県花巻市は比較的地価が安定しており、人材確保にも一定の優位性があるため、企業にとってコールセンター運営のコストメリットが期待できます。
20.エルテスによるプレイネクストラボ子会社化と岩手県でのDX事業
事例概要
- 実施時期:2023年7月3日
- 買収企業:エルテス
- 被買収企業:プレイネクストラボ(東京都品川区)
- 岩手県との関係:エルテスの子会社JAPANDXが紫波町でDX実証実験を実施
エルテスはSNSリスク対策サービスなどを行っていましたが、自治体向けDX事業も積極的に展開中です。プレイネクストラボの買収により、自治体向けのLINE公式アカウントを活用した住民サービスDXを拡大します。岩手県紫波町や矢巾町、釜石市などで住民総合ポータル「スーパーアプリ」を導入するなど、自治体DXの先行モデルとして注目を集めています。
背景と狙い
岩手県は広い面積ゆえに行政サービスのデジタル化が重要な課題となっています。エルテスはプレイネクストラボのノウハウを取り込み、よりスピーディーに自治体DXを進めたい考えです。住民にとっても、LINEアプリを通じて行政手続きを行えたり、町のイベント情報が簡単に取得できたりするなど、利便性が向上します。
21.アサヒホールディングスによるインターセントラル(岩手県滝沢市)の買収
事例概要
- 実施時期:2012年7月2日
- 買収企業:アサヒホールディングス(子会社のジャパンウェイスト)
- 被買収企業:インターセントラル(岩手県滝沢村※現在は滝沢市)
- 事業内容:暖房機器製造、輻射空調システム工事
インターセントラルは夜間電力を活用した蓄熱式電気暖房機器や輻射式冷暖房装置を手掛け、省エネ製品の提供に強みがありました。アサヒホールディングスは環境保全事業を展開しており、インターセントラルを取り込むことで省エネルギー・省コストソリューションの幅を広げました。
背景と狙い
岩手県は冬の寒さが厳しく、暖房需要が高いため、省エネ型暖房機器の市場が一定規模存在します。さらに、家庭や事業所での省エネルギー意識が高まる中、暖房機器と環境関連事業を連携させることで新たなビジネスチャンスを創出できると判断したものとみられます。
22.エランによるエルタスク(岩手県矢巾町)の完全子会社化
事例概要
- 実施時期:2017年2月28日
- 買収企業:エラン
- 被買収企業:エルタスク(岩手県矢巾町)
- 事業内容:衣類・タオル類の洗濯サービス付きレンタル事業、日用品レンタル
エランとエルタスクは、それぞれ病院や介護施設での衣類・タオルレンタルサービスを展開しており、2016年4月に資本業務提携を行っていました。両社のサービス内容が似通っていることから、一体運営でのシナジーがより期待できるとして、エランがエルタスクを完全子会社化しました。
背景と狙い
岩手県内の高齢化は全国平均よりも進行が早く、医療・介護施設の需要が大きいとされています。エルタスクの地元ネットワークとエランの広域事業展開のノウハウを融合し、サービスラインナップを強化できるメリットがあります。特に、入院患者や高齢者の衣類やタオル管理を効率化する仕組みは今後ますます重要となるため、両社の統合は成長の加速につながると考えられます。
23.アイソプラによるソフィアホールディングスに対するTOB(岩手県紫波町)
事例概要
- 実施時期:2017年11月20日から12月18日の買付期間
- TOB実施企業:アイソプラ(岩手県紫波町)
- 対象企業:ソフィアホールディングス(東京都港区)
- 買付株式比率:66.38%
アイソプラはソフトウェア受託開発を行う企業で、ソフィアホールディングスを連結子会社化する目的でTOB(株式公開買付)を行いました。システム開発や保守・運用を行うソフィアHDを取り込むことで、相互の事業拡大と企業価値向上を狙ったものです。
背景と狙い
岩手県紫波町は情報通信技術(ICT)を使った地域活性化策に力を入れており、地元企業が全国的なIT企業を傘下に収める例は珍しいといえます。アイソプラのTOBは、地方企業が自社の得意分野を強化するために首都圏の企業を取り込むケースとして注目されました。今後は両社の顧客基盤や技術力の共有により、新たなITサービスが生まれる可能性も期待されています。
24.TREホールディングスによる泉山林業(岩手県八幡平市)の子会社化
事例概要
- 実施時期:2024年1月31日予定
- 買収企業:TREホールディングスの子会社・タケエイ
- 被買収企業:泉山林業(岩手県八幡平市)
- 事業内容:立木伐採、用材・チップの加工・販売
泉山林業は林業の熟練人材を抱えており、林野庁が認定する「統括現場管理責任者(フォレストマネージャー)」や「現場管理責任者(フォレストリーダー)」が複数在籍しています。TREホールディングスはグループで木質バイオマス発電を手掛けており、今回の買収により燃料材調達の安定化と林業部門の人材確保を見込んでいます。
背景と狙い
岩手県北部の山林は豊富な森林資源を有し、バイオマス発電の燃料となる木材チップの供給拠点として期待されています。泉山林業が持つ林業技術と人材を活かし、安定的かつ持続可能な森林経営を進めることで、再生可能エネルギー分野でのシナジー効果が狙われています。林業は高齢化の進行で担い手不足が深刻化しているため、企業買収による人材確保と育成が重要視される動きが強まっています。
25.アークスとリッツコーポレーション、ベルグループ、みずかみとの統合事例
アークスは北海道・東北地方を中心にスーパーマーケット事業を展開している持株会社で、積極的なM&Aによりグループ拡大を図ってきました。岩手県内でも、ジョイスやベルグループ、みずかみなどの地場スーパーとの経営統合を繰り返し行っています。以下、それぞれの事例を概観します。
(1) アークスによるリッツコーポレーション子会社化
- 実施時期:2014年3月31日
- 買収企業:アークス(子会社のユニバース)
- 被買収企業:リッツコーポレーション(福島県会津若松市、本部機能は青森・岩手に店舗)
- 背景:リッツコーポレーションは八戸市を中心に店舗を展開していた三光から事業譲渡を受けて営業していましたが、さらなる経営安定のため、ユニバースに打診。アークスグループ入りでシェア拡大を図りました。
(2) アークスによるベルグループ完全子会社化
- 実施時期:2014年9月1日
- 買収企業:アークス
- 被買収企業:ベルグループ(岩手県盛岡市)
- 売上高:406億円
- 目的:東北地方における営業体制強化、売上2000億円規模を目指す
ベルグループは岩手県を中心としたディスカウントストアや食品スーパーを複数展開しており、地域密着型の経営で知られていました。アークスは東北でも最大規模のスーパーグループを形成し、共同仕入れや物流効率化を推進しています。
(3) アークス傘下ベルジョイスとみずかみの経営統合
- 実施時期:2023年9月1日(予定通り実行済)
- 統合当事者:ベルジョイス(盛岡市)とみずかみ(岩手県遠野市)
- みずかみの売上高:34億5000万円
- 狙い:みずかみの4店舗をアークスグループ傘下に取り込み、岩手県内シェアを向上
みずかみは岩手県沿岸・内陸部に根付いた老舗スーパーですが、流通業界の競争激化を受け、生き残りを図るためアークス傘下への参加を選択しました。ベルジョイスがみずかみを完全子会社化し、運営を一体化することで、アークスグループ全体の競争力を底上げしようという動きです。
26.JKホールディングスによる坂田建材(岩手県花巻市)の子会社化
事例概要
- 実施時期:2021年3月20日
- 買収企業:JKホールディングス
- 被買収企業:坂田建材(岩手県花巻市)
- 事業内容:建築資材卸売、板金成形・加工
- 売上高:25億9000万円
JKホールディングスは住宅・建築資材の商社大手で、全国に広がる販売網を持ちます。岩手県で事業を営む坂田建材を子会社化することで、東北地区におけるさらなるシェア拡大と物流体制の充実化を図りました。
背景と狙い
坂田建材は岩手県内の工務店や建設会社と長年取引しており、地域に根差した経営を行ってきました。JKホールディングスとしては、既存の仕入れルートや取引先を活かすことで、東北市場への浸透を加速できます。花巻市に拠点を置く強みは、県庁所在地の盛岡市にも比較的近く、周辺市町村への流通ネットワークを強化するのに適している点も大きいとみられます。
27.FPGによる北日本航空(岩手県花巻市)の子会社化
事例概要
- 実施時期:2019年11月25日
- 買収企業:FPG
- 被買収企業:北日本航空(岩手県花巻市)
- 事業内容:セスナ機によるチャーターフライト、遊覧飛行、航空撮影など
FPGは金融商品組成やリース事業などを展開する企業で、富裕層向けの投資商品として航空機リースなども扱います。北日本航空はドクターフライトや遊覧飛行をメインに行ってきましたが、赤字経営が続いていたため、FPGにより連結子会社化され経営再建を図ることになりました。
背景と狙い
花巻空港を拠点にしている北日本航空は、岩手県内外でセスナ機による観光・輸送サービスを提供してきました。FPGとしては、航空分野のノウハウを活かしつつ、新たにプライベートジェット事業を展開する余地があると考えています。将来的には富裕層向けチャーターフライトサービスの拡充を目指す方針であり、岩手県における航空サービスがさらに多様化する可能性があります。
28.カナモトによるセントラル(岩手県奥州市)からの事業取得
事例概要
- 実施時期:2022年7月1日
- 買収企業:カナモト(子会社を通じて取得)
- 被買収企業:セントラル(岩手県奥州市)の建機リース・レンタル事業
セントラルは建機リース事業を中心に展開していましたが、経営破綻により民事再生手続きに入っていたところ、カナモトが事業譲渡を受ける形となりました。カナモトは北海道を本拠に全国展開する建機レンタル大手で、東北地区でのシェア強化を狙っています。
背景と狙い
東日本大震災以降、東北地方では復興工事を中心に建設需要が高まっていましたが、近年は復興需要のピークが過ぎつつあり、一部事業者の経営悪化が表面化してきました。カナモトは豊富な資金力と全国ネットワークを活かして地場事業者の事業を引き継ぎ、東北エリアでの競争力を確立する狙いがあります。奥州市は岩手県南部に位置し、県内外の工事現場にアクセスしやすい立地です。
29.DCM Japanホールディングスによるタカカツのホームセンター事業譲受
事例概要
- 実施時期:2008年6月1日
- 買収企業:DCM Japanホールディングス(子会社)
- 被買収企業:タカカツ(宮城県大崎市)が運営するホームセンター5店舗(宮城4・岩手1)
- 対象事業売上高:34億円
タカカツはホームセンターのほか建材事業や住宅事業を手掛けていましたが、ホームセンター事業をDCMグループに譲渡することになりました。岩手県内の1店舗は、近隣競合や需要縮小もあり、早期に事業再編が求められていたとみられます。
背景と狙い
DCMグループはホーマック、カーマ、ダイキなどを傘下に持つホームセンター大手です。東北地方でも店舗網を拡充しており、タカカツから事業を譲受することで宮城・岩手エリアのシェアを高める狙いがあります。大型店舗の需要が高い一方で、地域によっては顧客ニーズの変化が大きいため、小回りの効く運営が課題となっています。
まとめと今後の展望
以上、岩手県内で行われた多様なM&A事例をまとめました。ここから見えてくる特徴や今後の展望を整理します。
- 製造業の集積強化と国内回帰の動き
岩手県北上市をはじめ、花巻市、一関市など内陸部を中心に自動車部品や電子部品、化学品などの製造工場が増えており、国内回帰の流れの中で地元企業や工場に投資が集まるケースがみられます。一方、汎用品生産は海外に移管される動きもあり、高付加価値・多品種少量生産へシフトする戦略が増えています。 - 流通・小売業の再編
食品スーパー・ドラッグストア・ホームセンターなど小売業の再編が活発です。人口減少による需要縮小や、競争激化による収益悪化を回避するため、大手グループへの合流が進んでおり、アークスやクスリのアオキHD、DCMなどが県内店舗網を拡大しています。 - 再生可能エネルギーと林業の連携
岩手県は豊富な森林資源や広大な土地を活かし、太陽光・バイオマス発電への投資が盛んです。バイオマス発電用の燃料材確保のために林業会社が買収されるケースもあり、林業人材の継承・育成と地域資源の有効活用という両面で期待が高まっています。 - 外部資本による地域企業の救済・再編
経営難や事業承継問題を抱える県内企業が、外部資本によって再編される例も散見されます。民事再生手続き中の企業を大手が引き継いだり、不採算事業を売却して主力事業に集中する動きが顕著になっています。 - DX推進とコールセンター事業の拡充
地方自治体のデジタル化支援や、コールセンター拠点の多極化など、新しい産業分野でのM&Aも増えています。ICTサービスを手がける東京や海外の企業が岩手県の企業・拠点に注目し、買収を通じて体制を整えるケースが出てきています。 - 観光・教育分野での投資誘致
安比高原のインターナショナルスクール寮建設プロジェクトのように、教育・観光分野での大型投資が行われることもあります。県内に蓄積される施設や人材が県外資本と結びつくことで、新たな雇用や地域活性化が期待されますが、一方で事業撤退時のリスクや投資回収優先の流れによる混乱も懸念されます。
岩手県におけるM&Aは、単なる吸収や統合にとどまらず、地域の産業構造や経済環境に大きく影響を与えます。地元企業としては、競争力を維持・強化するために外部資本の導入や提携が不可欠なケースも増えるでしょう。県・市町村レベルでも企業誘致や産業クラスター形成への支援策を進める中で、企業側も新たなリスクヘッジや拡大戦略の一環としてM&Aを積極活用する動きが続くと考えられます。
また、岩手県は地理的に広大であることから、地域ごとに産業構造が異なる点も特徴です。内陸部では自動車関連や電子部品、沿岸部では水産業や観光業が中心となり、雇用や産業振興の課題も異なります。今後のM&Aでは、それぞれの地域資源や産業特性に合わせた形で、県内企業同士あるいは県外企業による提携が進む可能性があります。
一方、経営統合によって事業が一元化されることにより、重複業務の削減や規模のメリットを享受できる反面、地域の中小企業や小規模店舗にとっては大手資本との競合が激化し、生存競争が厳しくなる懸念も拭えません。そこで重要なのは、M&Aを単なる企業論理だけでなく、地域社会や雇用の観点でもメリットを生む形に調整することです。行政や金融機関、地域の経済団体など、多様なステークホルダーが協力し、地域特性を活かした経営統合のモデルを構築することが望まれます。
総じて、岩手県におけるM&Aは製造業から小売・サービス業、森林資源・エネルギー分野、IT・DX分野など幅広い領域に及び、県内経済の構造転換を映す鏡としての役割を果たしています。人口減少が避けられない中でも、質の高い産業やサービスを育成し、地域の活力を維持するためには、今後も戦略的なM&Aや資本提携の活用が一段と重要になっていくでしょう。今後は、事業承継の問題や新興市場での技術革新に対応するために、より多彩なプレイヤーがM&A市場に参入し、岩手県の産業地図を塗り替えていく可能性が高いと考えられます。

株式会社M&A Do 代表取締役
M&Aシニアエキスパート・相続診断士
東京都昭島市出身。慶應義塾大学理工学部を卒業後、大手M&A仲介会社にて勤務し、その後独立。これまで製造業・工事業を中心に友好的なM&Aを支援。また父親が精密板金加工業、祖父が蕎麦屋、叔父が歯科クリニックを経営し、現在は父親の精密板金加工業にも社外取締役として従事。