- 1. 動物病院業界の市場環境と背景
- 2. 動物病院業界のM&Aの特徴
- 3. 主要なM&A事例の詳細
- 3-1. 日本動物高度医療センター<6039>、動物用医療機器メーカーのテルコムを子会社化
- 3-2. 三井松島ホールディングス<1518>、ペットフード輸入卸のケイエムテイを子会社化
- 3-3. ミスミグループ本社<9962>、動物病院向け医療材料販売のプロミクロスをニフティへ譲渡
- 3-4. ノジマ<7419>、動物病院向け医療品販売などのシグニを譲渡
- 3-5. ニフティ<3828>、動物病院に医療材料を販売するプロミクロスを子会社化
- 3-6. ノーリツ鋼機<7744>、歯科向けカタログ販売などのデンタルホールディングを投資ファンドに譲渡
- 3-7. WOLVES HAND<194A>、安田動物病院の動物病院事業を取得
- 3-8. WOLVES HAND<194A>、さいたま市で動物病院運営のそよかぜを子会社化
- 3-9. イオン<8267>、ペットショップ運営子会社のペットシティがAHBインターナショナルと合併
- 3-10. Coo&RIKU、中国ハイセンスの傘下企業とペット事業の合弁会社を設立
- 3-11. YCPホールディングス(グローバル)リミテッド<9257>、アニマルメディカの動物病院事業を取得
- 4. M&Aによってもたらされるシナジーとメリット
- 5. M&Aのリスクと課題
- 6. 今後の展望
- 7. まとめ
1. 動物病院業界の市場環境と背景
1-1. ペット市場の拡大と高度医療化の進展
日本では少子高齢化の影響により、生まれてくる子どもの数が減る一方で、ペットを飼育する世帯数が増加傾向にあります。一般社団法人ペットフード協会の調査などによれば、犬や猫をはじめとするコンパニオンアニマル(伴侶動物)の飼育頭数は長期的には緩やかに変動はあるものの、飼い主のペットに対する支出意欲はむしろ増加しているというデータもあります。
一昔前までは、ペットの治療に対して「そこまで高額な治療はしない」という人もいましたが、最近ではペットを「家族の一員」として位置付ける考え方が一般的となっています。その結果、ペット用の高度医療や先端医療の需要が高まり、専門的な獣医療を提供できる動物病院が注目を浴びるようになりました。CTやMRIといった高度医療機器を備えた二次診療施設の充実や、夜間救急対応が可能な総合病院形態の動物病院が全国各地で誕生しています。
こうした背景のもと、動物病院業界は今後も一定の需要拡大が見込まれるとされています。特に、予防医療や在宅医療、ペット保険などの周辺サービスとの連携によって、新たな付加価値が生まれつつあります。その一方で、中小規模の動物病院は設備投資や人材確保の面で課題を抱えやすく、大手企業やファンドとの提携によって安定経営を目指す動きが出ているのです。
1-2. 高度医療設備と獣医師不足の問題
動物病院を取り巻く環境として特に顕著なのは、先端医療を導入するための設備コストの高騰と、それを扱う獣医師の不足問題です。ペットブームの後押しで獣医師の数は以前よりは増加したものの、すべての動物病院に十分な医療を提供できる数には届いていないとの指摘もあります。また、高度な画像診断機器や手術設備を導入するには多額の資金が必要となるため、個人病院や中小病院では負担が重くなりがちです。
こうした背景から、大型化やチェーン化による統合メリットが期待されています。大手グループに属することで、設備投資をグループ全体で分散させたり、獣医師をはじめとする医療スタッフをグループ内で異動させたりするなどの柔軟な人材活用が可能になります。さらに、仕入れコストの削減や各種マネジメントノウハウの共有など、大手グループならではのスケールメリットを享受しやすくなります。
1-3. ペット保険・医療機器メーカーとの連携需要
動物病院の運営では、治療費を補てんするペット保険の重要性も増しています。手術や入院、専門的検査にかかる費用が高額化するにつれ、ペット保険の加入率は少しずつ上昇を続けており、これは病院側にとっても安定した収益の確保や飼い主の治療選択を後押しする意味で欠かせない存在となっています。
また、獣医療機器メーカーや動物用医薬品メーカーなどの関連企業との連携や買収も、動物病院側が高度な医療サービスを提供するうえでの戦略といえます。医療機器メーカーを傘下に収めることで新しい機器の導入をスムーズにし、共同開発によって独自サービスの展開を図るケースなどがあります。
2. 動物病院業界のM&Aの特徴
2-1. 大手資本による中小病院の買収・統合
近年、動物病院業界では大手資本が中小病院を買収・統合する流れが加速しています。これは経営基盤を強化するだけでなく、地域に点在する病院をグループ化して統括することで、以下のようなメリットが期待できるからです。
- 設備投資の効率化: 先進機器の導入費やメンテナンスコストをグループ全体で分散できる。
- 人材交流・教育体制の整備: 獣医師や看護師、トリマーなど専門スタッフのグループ間移動により、人材育成や働き方改革をしやすくなる。
- ブランド力の向上: グループ全体で統一したブランド戦略を打ち出すことで、飼い主の安心感を高め、患者(ペット)の獲得につながる。
- 仕入れコストの削減: 医薬品や医療機器、備品などを大量購入・共同購入することによってコストダウンを図れる。
2-2. 投資ファンドの積極的関与
動物病院ビジネスは安定的な需要が見込める市場とされており、一部のプライベート・エクイティ・ファンドなどが参入意欲を示しています。ファンドは投資先の企業価値を高めた後、数年後に再度売却(バイアウト)してリターンを得ることを目的とします。
動物病院業界はまだまだ個人オーナーの占める割合が大きく、事業承継問題や後継者不在などの課題も多く存在します。こうした状況はファンドにとって魅力的な投資機会でもあり、ファンドが経営ノウハウや資金を提供して事業を拡大し、のちの株式売却を狙うケースが増えています。
2-3. 周辺サービス企業との連携
一口に動物病院といっても、医療サービスに加えてトリミングやペットホテル、しつけ教室などのペットケア関連サービスの拡充を目指す病院が少なくありません。また、動物病院の経営にシステム面で貢献するIT系企業や、ペットフード・サプリメントメーカーとの提携など、幅広い周辺分野でのM&Aや業務提携が行われています。
こうした周辺サービスとの連携により、ワンストップで飼い主のニーズに応えられる体制を構築するとともに、収益源の多角化を図るケースが増えています。
3. 主要なM&A事例の詳細
ここからは、実際に動物病院業界やその関連企業において行われたM&Aの事例を紹介し、それぞれの背景や狙い、期待されるシナジー効果などについて解説していきます。
3-1. 日本動物高度医療センター<6039>、動物用医療機器メーカーのテルコムを子会社化
- 発表日: 2021年11月4日
- 背景・概要:
日本動物高度医療センターは、犬・猫向けの二次診療専門の動物病院を川崎市、東京都足立区、名古屋市の3カ所で運営しており、高度医療に特化したサービスを提供しています。一方のテルコム(横浜市)は2002年に設立された動物用医療機器メーカーで、「酸素ハウス」や酸素濃縮器、酸素濃度計などを製造し、販売・貸与を行っています。
取得価額は非公表ですが、日本動物高度医療センター側は高品質な動物医療サービス提供の一環としてテルコムを傘下に収め、在宅医療分野でも市場を拡大する狙いがあります。近年、ペットオーナーの間では在宅ケアの需要が高まっており、ペットが高齢化したり慢性疾患を抱えたりした際に自宅でケアを行うケースが増えています。酸素ハウスなどの医療機器を獣医師の指導のもとで貸与できる点は、飼い主の負担軽減やペットのQOL(生活の質)向上にも繋がると期待されています。 - シナジー:
- 在宅医療分野でのサービス拡充: 二次診療を強みとする日本動物高度医療センターが、在宅医療向け機器を持つテルコムを子会社化することで、一次診療から自宅でのケアまでをトータルにサポートする体制が整う。
- 研究開発の協力: 高度医療の現場から得られる知見をテルコムの医療機器開発に反映でき、新たな製品やサービスを迅速に立ち上げやすくなる。
3-2. 三井松島ホールディングス<1518>、ペットフード輸入卸のケイエムテイを子会社化
- 発表日: 2020年2月7日
- 背景・概要:
三井松島ホールディングスはもともと石炭事業を主力としていましたが、非石炭生産事業へのM&A投資を打ち出し、その一環としてケイエムテイを子会社化しました。ケイエムテイは乳酸菌やアガリクスなど、免疫力向上に寄与するとされる健康素材を配合したペットフードを扱っており、ペットブリーダーや動物病院、一般消費者を顧客としています。 - シナジー:
- 非石炭事業への多角化: 三井松島はエネルギーセクター以外の事業を強化するため、ペット関連事業を成長領域と捉えた。動物病院との取引実績を持つケイエムテイとの連携により、新規顧客や販路拡大の可能性が期待される。
- ペットヘルスケア市場への参入: ペットフードの健康機能を追求するケイエムテイの製品は、獣医師や動物病院での採用が見込まれ、ヘルスケア領域における展開拡大が図れる。
3-3. ミスミグループ本社<9962>、動物病院向け医療材料販売のプロミクロスをニフティへ譲渡
- 発表日: 2012年5月17日
- 背景・概要:
ミスミグループ本社は2006年にメディカル事業を分社化し、プロミクロスを設立しました。しかし、事業の選択と集中を進める中で、動物病院向けの医療材料をカタログ販売するプロミクロスをニフティに譲渡することを決定。ニフティ側はインターネットサービスプロバイダーとしてのWebサービスノウハウをペット業界にも応用し、動物病院や飼い主向けの新しいオンラインサービス展開を見据えていたと考えられます。 - 狙い・シナジー:
- Webサービスとの連動: 通信販売で医療材料を販売していたプロミクロスと、ニフティが持つWebマーケティングやオンラインプラットフォームの強みを組み合わせることで、ペット医療関連のEC事業を拡大する狙いがあった。
- 顧客層拡大: プロミクロスが持つ動物病院向けの顧客リストや販路をニフティに取り込み、飼い主にも直接アプローチできる体制を整備することで、ペット関連市場に新規参入する足がかりとなった。
3-4. ノジマ<7419>、動物病院向け医療品販売などのシグニを譲渡
- 発表日: 2022年3月1日
- 背景・概要:
ノジマは主に家電量販事業や携帯電話販売ショップなどを展開している企業です。シグニは動物病院向け医療品販売などを行っていましたが、ノジマの非中核事業であったため、投資会社ベーシック・キャピタル・マネジメントが運営する投資事業有限責任組合に譲渡されることが決定しました。譲渡理由としては、今後のグループシナジーが見込めないため、経営支援の実績がある投資会社に託したほうが事業拡大が見込めるという判断があったと推察されます。 - シナジーや影響:
- 事業の選択と集中: ノジマとしては、デジタル家電やITサービスなどコア事業にリソースを集中する狙い。
- 投資ファンドによる成長支援: シグニはファンドによる資金力と経営ノウハウを得ることで、動物病院向けの医療品販売事業を強化し、市場シェア拡大を図ることが期待される。
3-5. ニフティ<3828>、動物病院に医療材料を販売するプロミクロスを子会社化
- 発表日: 2012年5月17日
- 概要:
上述のとおり、ミスミグループ本社から譲り受けたプロミクロスをニフティが子会社化することで、ペット関連のWebサービスを拡充する狙いがありました。 - 期待される効果:
- ターゲットを絞り込んだオンライン事業: ニフティは主婦向け携帯サイト「シュフモ」など、特定のターゲットに特化したサービス開発でノウハウを持っています。プロミクロスの動物病院向け通信販売事業を取り込み、今度はペットオーナーにも直接アプローチするサービスを展開できる可能性が広がります。
- BtoBとBtoCの融合: 動物病院向けのBtoB販売から、飼い主向けのBtoC販売まで多面的に展開できるプラットフォームを構築することで、売上拡大や顧客データの活用が進むと考えられます。
3-6. ノーリツ鋼機<7744>、歯科向けカタログ販売などのデンタルホールディングを投資ファンドに譲渡
- 発表日: 2020年8月3日
- 背景・概要:
ノーリツ鋼機は、歯科材料や医療関連用品の通販事業を展開するデンタルホールディング(傘下にフィードを持つ)を投資ファンドのアドバンテッジパートナーズに譲渡しました。フィードは歯科向けだけでなく、医療・介護、動物病院向けのカタログ通販も手がけ、10万施設の顧客基盤を持つとされます。 - 狙い・シナジー:
- 非中核事業の整理: ノーリツ鋼機にとってデンタルホールディングはコア領域ではなく、投資ファンドに譲渡することで集中投資を可能にする。
- 動物病院向け通販事業の成長: フィードが持つ大規模顧客基盤は、投資ファンドの支援のもとでさらなる拡大が期待できる。オンラインプラットフォームの強化やサービスの多角化などを行い、動物病院市場でもシェアを伸ばす可能性がある。
3-7. WOLVES HAND<194A>、安田動物病院の動物病院事業を取得
- 発表日: 2025年1月6日
- 背景・概要:
WOLVES HANDは関西、関東、九州、沖縄で30を超える動物病院を運営する企業で、今回の安田動物病院(兵庫県西宮市)の動物病院事業を取得することで兵庫県内で3院目となりました。安田動物病院は1989年開院の歴史ある病院で、直近売上高約6480万円。M&Aの目的としては、関西エリア内での動物病院間連携強化が主眼にあるとされています。 - 期待される効果:
- 地域ネットワークの拡充: WOLVES HANDの既存ネットワークに安田動物病院が加わることで、獣医師や看護師の柔軟な配置、共同研究・勉強会などが行いやすくなる。
- 統合的なブランディングとサービス品質向上: グループとして設備投資や教育システムを統一することで、医療の均質化と高度化が同時に進む可能性がある。
3-8. WOLVES HAND<194A>、さいたま市で動物病院運営のそよかぜを子会社化
- 発表日: 2024年8月8日
- 背景・概要:
そよかぜ(さいたま市)は「そよかぜ動物病院」として与野エリアに3院を展開しており、年間の手術実績は700件を超える実力病院です。売上高2億9000万円、営業利益2900万円、純資産9900万円と、一定の規模と安定的な収益力を持っています。WOLVES HANDが全株式を取得し、北関東エリアでの出店拡大を狙っています。 - 狙いとシナジー:
- エリアの拡大: WOLVES HANDは関西をはじめ関東、九州・沖縄と全国展開を進めており、さいたま市での基盤を得ることで関東エリアのさらなる集患やブランド力強化につなげる。
- 医療レベル・設備共有: そよかぜの実績ある獣医師やスタッフ、設備をグループ全体で共有することで、さらなる医療の質向上が期待できる。
3-9. イオン<8267>、ペットショップ運営子会社のペットシティがAHBインターナショナルと合併
- 発表日: 2011年12月28日
- 背景・概要:
イオンはショッピングセンター内でペット関連の物販やホテル、クリニックなどを運営してきたペットシティを子会社として有しています。一方のAHBインターナショナルは、365日無休型の動物病院「アテナ動物病院」を展開していました。両社が合併することで、物販と病院事業を一体化し、国内最大規模のペット専門店企業を誕生させる狙いがありました。
合併後は、ペットショップ165店舗、トリミング・ホテル146店舗、動物病院49店舗を擁する巨大グループとなり、イオンが75%を保有することで経営の主導権を握りました。 - 効果:
- ワンストップサービスの充実: ショッピングセンターでペットフードや用品を購入し、隣接の動物病院で診療を受け、トリミングやホテルも利用できるという利便性の高いサービスが提供可能となる。
- ASEAN地域への展開: 合併による規模拡大をテコに、イオンが展開する海外店舗との連携を図り、成長が見込まれるASEAN地域でのペット事業も拡大しやすくなる。
3-10. Coo&RIKU、中国ハイセンスの傘下企業とペット事業の合弁会社を設立
- 発表日: 2022年1月25日
- 背景・概要:
Coo&RIKUは日本国内でペットショップや動物病院、トリミングサロンなどを200以上展開する大手ペット事業者です。中国では若い世代の核家族化・単身世帯の増加に伴い、ペット需要が拡大しており、そこに巨大電機メーカーであるハイセンス・グループ傘下の青島海信商業管理有限公司などと共同出資で合弁会社を設立しました。
新会社は「青島海空籠物有限公司」(山東省青島市)で、青島市内に大型ペットショップを開設する計画をもっています。出資比率は青島海信51.6%、Coo&RIKU33.4%、新都ホールディングス15%となっています。 - 狙いと期待される効果:
- 中国市場の開拓: 中国ではペット市場が急速に成長しており、現地企業と組むことで規制や文化の壁をスムーズに乗り越えられる。
- 事業多角化: ブリーディング、ペットフード・用品開発、医療保険、経営指導・コンサルなど、動物病院のみならずペット関連ビジネスを総合的に展開できる。
3-11. YCPホールディングス(グローバル)リミテッド<9257>、アニマルメディカの動物病院事業を取得
- 発表日: 2022年5月27日
- 背景・概要:
アニマルメディカ(東京都港区)は2013年設立で、動物向けの高度医療(二次診療)と夜間救急診療を手がけ、直近業績は売上高15億円、営業利益6000万円。YCPホールディングス(グローバル)リミテッドは、アニマルメディカの動物病院事業を13億8000万円で取得することで、ペットケア領域の事業拡大を狙っています。
YCPはM&Aの受け皿会社としてライフメイト動物救急センター(東京都港区)を設立し、この新会社を通じてアニマルメディカの動物病院事業を会社分割により取得するスキームを採っています。 - シナジー・効果:
- 二次診療・夜間救急の充実: アニマルメディカが強みとする高度医療と夜間救急のノウハウを取り込むことで、YCPのペットケア事業全体のサービスレベルを向上させる。
- 更なる地域拡大とブランド強化: 資本力のあるYCPが支援することで、設備投資や人材確保がしやすくなる。グループの認知度も高まり、全国展開のスピードアップにつながる可能性がある。
4. M&Aによってもたらされるシナジーとメリット
4-1. 設備投資・人的リソースの共有
動物病院のM&Aで最も大きなメリットは、先端的な医療機器や専門スタッフの共有です。高度医療機器を揃えるためには多額の資金が必要ですが、大手グループや投資ファンドの資金援助、グループとしてのスケールメリットを生かすことで、単独では困難な投資が可能になります。
また、経営の効率化や複数院をまとめて経営することで、人材交流や研修制度の構築も容易になります。各病院がそれぞれの強みを活かしながら協力することで、グループ全体としての診療品質やサービス向上が見込まれます。
4-2. ブランド価値の向上と顧客獲得
消費者(飼い主)にとって、動物病院が大手グループの一員である場合、一定の安心感や信頼感が得られやすいといわれます。特に、高度医療が求められる二次診療や夜間救急は、設備と人材が揃っていないと提供が難しいため、大手グループの一員になれば「万が一の際に備えられる病院」として顧客獲得に有利です。
また、ペットフード・用品販売やトリミングなどの周辺サービスと連携することで、飼い主の多様なニーズに応えられる「ワンストップサービス体制」を構築できます。こうした利便性を備えることは、顧客のリピート率や満足度向上につながり、病院ブランドの確立に寄与します。
4-3. 事業承継や後継者問題の解決
個人経営の動物病院が抱える大きな課題の一つが「後継者不足」です。獣医師資格をもつ子弟に事業を引き継がせるケースが減っており、病院オーナーが高齢化しても後継者が見つからず、そのまま廃業してしまう事例も少なくありません。
こうした問題をM&Aによって解決し、大手グループやファンドに譲渡することで、スタッフや患者である動物たちの行き場を確保しつつ、オーナーは経営の第一線を退くことができます。獣医療の継続性が担保される点でも社会的意義は大きいといえます。
4-4. 海外展開や新規事業への資金確保
動物病院ビジネスは海外でも需要が高まっています。日本企業が海外(特にアジア地域)でペット事業を展開する際、現地企業との合弁やM&Aを活用することで、語学や文化面の障壁を乗り越えやすくなります。また、投資ファンドや大手資本がバックにつくことで、新規事業や新技術開発に必要な資金を確保しやすくなる利点もあります。
5. M&Aのリスクと課題
メリットが多い一方で、M&Aには以下のようなリスクや課題も存在します。
5-1. 企業文化・経営方針の違い
動物病院はオーナーの診療方針や経営理念が色濃く反映されやすい事業形態です。そのため、大手企業に買収された後に、病院独自の温かみや地域密着性が薄れ、スタッフや顧客が離れてしまう場合があります。経営者が変わることで従来の診療ポリシーとのギャップが生じ、混乱が起こることも考えられます。
5-2. 過度な収益至上主義への懸念
動物医療は、患者(ペット)の生命を預かる非常にセンシティブな業界です。過度な利益追求やコスト削減は診療の質やスタッフのモチベーション低下に直結しかねません。M&A後に収益性ばかりが追求され、結果的に医療の質が低下するような事態は避けなければなりません。
5-3. ブランドイメージの統一と維持
統合後に複数の病院がグループブランドを掲げる場合、ブランドイメージをどこまで統一するかが課題となります。共通のデザインやシステム導入、スタッフ研修などにもコストと時間がかかるため、短期間での大幅なブランド刷新は難しいことも多いです。統合を進めながら、患者(飼い主)に混乱を与えないよう配慮が必要となります。
5-4. 経営管理・情報システムの統合
複数の病院を統合する際には、電子カルテや予約システム、在庫管理などのIT基盤を統一する必要があり、それらの導入・移行コストが大きくなる場合があります。スタッフのスキルやITリテラシーの差によっては、運用に時間がかかる可能性もあるため、事前の計画と十分なトレーニングが欠かせません。
6. 今後の展望
6-1. ペット数減少の中でも支出は増加傾向
日本では犬や猫の飼育数が一時期ほどのブームからは落ち着いたとも言われますが、依然としてペットを「家族の一員」と考える飼い主が増えており、医療費や関連支出は高水準を維持すると見られています。動物病院は一般的に大きな参入障壁があるものの、既存病院のオーナーの高齢化や後継者不足も進んでいることから、M&Aによる再編は今後さらに加速する可能性があります。
6-2. ファンドによるバイアウトと再編の促進
動物病院ビジネスは消費の底堅さもあり、投資ファンドにとって魅力的な投資先として認識され始めています。ファンドが病院をまとめて買収し、グループ化して効率的に運営したのちに、別の企業やより大きなファンドに再譲渡する、といったバイアウト手法が今後増加することが予想されます。結果として、動物病院業界の大規模化・チェーン化がさらに進むことが考えられます。
6-3. IT・DXの活用による診療体験の革新
オンライン予約や電子カルテ、AI診断支援など、ITやデジタルトランスフォーメーション(DX)の波は獣医療にも及んでいます。M&A後のシナジーとして、各種システムを共通化し、蓄積された診療データを分析することで、新たなサービスモデル(オンライン獣医相談、在宅診療支援など)を確立する動きも出てくるでしょう。医療機器メーカーやIT企業と連携することで、革新的なサービスが生まれる可能性があります。
6-4. 地域密着と高度医療の両立
ペットオーナーのニーズは多様であり、地域密着型の一次診療と、高度専門医療を提供する二次診療施設の双方が求められます。今後の動物病院グループ化では、地域の小規模病院が大手グループの二次診療病院と提携する形で、飼い主の負担を減らしながら高度な医療を受けやすくする体制づくりが進むと見られます。M&Aはその糸口として、複数病院の連携を加速させる役割を果たすでしょう。
6-5. 海外市場への本格進出
Coo&RIKUが中国企業と合弁会社を設立するなど、日本の動物病院・ペット企業が海外に進出する例も出てきています。特にアジア各国では経済成長に伴いペット人口が増えており、今後は海外でのM&Aや合弁、あるいはフランチャイズ形態での展開が増える可能性があります。日本の高度な獣医療やサービスノウハウが評価され、国際的に事業が広がっていくシナリオも十分に考えられます。
7. まとめ
本稿では、動物病院業界や関連企業におけるM&A事例を詳しく紹介し、その背景や狙い、メリットやリスクなどについて解説してまいりました。少子高齢化が進む日本において、ペットを家族の一員として重視する傾向は今後も続くと予想され、それに伴い動物医療の高度化と専門化が加速しています。一方で、中小規模の病院では設備投資や人材確保に課題があり、経営者の高齢化や後継者不足も深刻化しています。
こうした状況の中で、M&Aは動物病院の経営基盤を強化し、サービスの質を高めるための有効な手段となっています。大手企業や投資ファンドが参入することで、資金力や経営ノウハウが注入され、結果として地域医療の維持や高度医療の普及が進むことが期待されます。また、ペット保険やITサービス、フード・サプリメント事業など関連領域との統合によって、トータルなペットケアを提供できるプラットフォームが形成されつつあります。
もっとも、企業文化や経営方針の違いから、M&A後にスタッフや顧客(ペットオーナー)が離反するリスクもあり、慎重な統合プロセスが求められます。過度な利益至上主義に陥ることなく、あくまで動物の健康と飼い主の満足度を第一に考えた運営を続けなければなりません。
今後はさらに投資ファンドの関与が増え、動物病院業界の再編が一層進むと見られます。海外展開の本格化やデジタルトランスフォーメーション(DX)の推進など、新たな潮流も加わることで、動物病院ビジネスは新たな成長ステージを迎えるでしょう。地域密着の小規模病院と高度医療を提供する大規模病院の連携が進むことで、飼い主とペットにとってより安心・便利な医療サービスが拡充されることが期待されます。
動物病院業界のM&Aは、単なる企業の合併・買収を超え、ペットと飼い主の未来、そして獣医療の質の向上にも深く関わっています。今回取り上げた事例からもわかるように、それぞれの企業が持つ強みや戦略が交差し、業界全体の構造を変革していく大きなムーブメントが起きているのです。今後も新たな事例が出てくるたびに、その背景や目的を詳しく見ていくことで、動物病院業界の将来像がより明確になっていくことでしょう。

株式会社M&A Do 代表取締役
M&Aシニアエキスパート・相続診断士
東京都昭島市出身。慶應義塾大学理工学部を卒業後、大手M&A仲介会社にて勤務し、その後独立。これまで製造業・工事業を中心に友好的なM&Aを支援。また父親が精密板金加工業、祖父が蕎麦屋、叔父が歯科クリニックを経営し、現在は父親の精密板金加工業にも社外取締役として従事。