目次
  1. 第1章:運送・運輸業界におけるM&Aの背景
    1. 1-1. 物流と社会経済の密接な関わり
    2. 1-2. ドライバー不足と「2024年問題」
    3. 1-3. 地方創生・事業承継問題
    4. 1-4. 複合一貫輸送やグローバル展開
  2. 第2章:運送・運輸業界M&Aの主要な目的
    1. 2-1. ネットワーク拡充とサービス多様化
    2. 2-2. 経営効率化とスケールメリット
    3. 2-3. 新分野への参入・サービス拡張
    4. 2-4. 事業承継・後継者問題への対応
  3. 第3章:運送・運輸業界における主なM&A事例の紹介
    1. 3-1. 内外トランスラインによる海外フォワーダー買収
    2. 3-2. 櫻島埠頭による陸上運送業者の買収
    3. 3-3. 芙蓉総合リースとヤマトホールディングスによるリース事業
    4. 3-4. 日本郵便グループによるTOBでの子会社化
    5. 3-5. 名古屋鉄道による北海道の関連会社譲渡
    6. 3-6. 大阪港振興のTOBによる上場廃止
    7. 3-7. 名古屋鉄道と日本通運の「特積み」事業統合
    8. 3-8. 日本郵船と郵船ロジスティクスの完全子会社化
    9. 3-9. 石光商事による不採算子会社2社の事業譲渡
    10. 3-10. 内外トランスラインによる韓国物流倉庫会社の買収
    11. 3-11. 東海運による関東エアーカーゴなど3社の子会社化
    12. 3-12. 大和ハウス工業の低温物流事業拡大
    13. 3-13. 特別目的会社SSTによる品川倉庫建物のTOB
    14. 3-14. 日立物流の中国合弁会社子会社化
    15. 3-15. 大日本木材防腐と住友林業傘下の東洋陸運の子会社化
    16. 3-16. 東京特殊電線による運送子会社の譲渡
    17. 3-17. 大東港運が関連会社を追加取得して子会社化
    18. 3-18. 兵機海運に対する堂島汽船のTOB
    19. 3-19. 川崎汽船の米国物流子会社譲渡
    20. 3-20. 福山通運の食品系共同配送会社買収
    21. 3-21. 山九による建設・運送荷役会社子会社化
    22. 3-22. 福山通運の王子運送買収
    23. 3-23. 住友倉庫による米国海運会社の買収
    24. 3-24. 森トラストによる不動産会社のTOBと運送業の関係
    25. 3-25. 伏木海陸運送が繊維工業会社を買収
    26. 3-26. 乾汽船とセンコーとの合弁解消
    27. 3-27. 日本山村硝子による関西の運送2社の買収
    28. 3-28. 日本梱包運輸倉庫のイトー急行買収
    29. 3-29. 大手航空会社によるゴルフ場運営子会社の譲渡
    30. 3-30. 五健堂による運送事業の拡大
  4. 第4章:M&Aの効果と課題
    1. 4-1. シナジー効果の実現
    2. 4-2. 組織文化の統合
    3. 4-3. システム統合とデジタルトランスフォーメーション
    4. 4-4. グローバル化とリスク管理
  5. 第5章:まとめと展望
    1. 今後の展望
  6. 結び

第1章:運送・運輸業界におけるM&Aの背景

1-1. 物流と社会経済の密接な関わり

運送・運輸業は、社会経済活動の基盤を支える重要な産業です。原材料の調達から製品の流通、さらには一般消費者向けの宅配に至るまで、物流ネットワークなくしては日常生活が成り立ちません。こうした背景から、運送・運輸業の変動は経済全体の効率性や、人々の生活の質にも大きく影響を及ぼします。
とりわけ日本では、高齢化や人口減少といった構造的課題があり、それらは物流におけるドライバー不足や倉庫作業者の確保難を通じて顕在化しつつあります。また、コロナ禍によりEC(電子商取引)の需要が一段と伸びたことも、物流事業者にとっては大きな変化要因となっています。こうした環境変化に適応するため、運送・運輸業者は経営の効率化やネットワークの拡充、新サービス開発などが必要です。そのための有効策として、M&Aが活発に行われるようになっています。

1-2. ドライバー不足と「2024年問題」

日本国内の運送・運輸業界において、特に深刻とされるのがドライバー不足です。若年層が減少しているうえ、運送業に対しては「長時間労働」「不規則な勤務」というイメージが根強く残っています。さらには、2024年4月から開始される時間外労働規制(いわゆる「2024年問題」)が迫っており、トラックドライバーの残業時間にも厳しい上限が設定されることになりました。
これにより、従来のような長時間労働に依存した輸送体制では維持が難しくなるため、運送事業者は効率化やネットワーク強化など、抜本的な経営改革を迫られています。この改革の一環として、多くの企業が業務提携やM&Aを活用し、輸送拠点の再配置や集配網の最適化、あるいは複数企業での共同配送拠点整備などに取り組んでいます。

1-3. 地方創生・事業承継問題

地方の物流網が衰退すると、地域経済にもマイナス影響が広がります。生産者の製品を遠方の消費地まで運ぶことが困難になれば、産業振興にも支障が出るほか、生活物資の安定供給にも支障が及びます。ところが日本各地で、中小運送事業者の後継者不足や経営者高齢化が深刻な問題となっており、このままでは物流網が維持できなくなる地域も出てくる恐れがあります。
そこで、事業承継手段の一つとしてM&Aが注目されています。大手や中堅事業者が地域の中小事業者を買収することで、配車拠点の確保やノウハウの継承が円滑に進むほか、企業の存続にも繋がると期待されます。

1-4. 複合一貫輸送やグローバル展開

海外需要を取り込むため、海運・空運・陸運を組み合わせた複合一貫輸送を強化する動きが広がっています。中小の運送事業者にとっては国際輸送ネットワークを持つ企業との連携が重要である一方、大手物流企業も国内拠点を幅広くサポートしてくれるパートナーを必要としています。その結果、フォワーダー(貨物利用運送事業者)や港湾運送会社、倉庫業者が互いの強みを生かすべくM&Aを実施するケースが増えています。
また、グローバル化の波の中で、日本企業が海外企業を買収したり、その逆に海外企業からの出資を受けて国際物流ネットワークを強化する動きも活発化しています。


第2章:運送・運輸業界M&Aの主要な目的

2-1. ネットワーク拡充とサービス多様化

運送・運輸業におけるM&Aの主な目的の一つは、物流ネットワークの拡充です。地域ごとに強みをもつ事業者を買収し、グループ全体で輸送エリアを広げることで、顧客へより広範囲・多様なサービスを提供できます。
たとえば、ある企業が冷凍・冷蔵輸送に強みをもち、別の企業がドライ製品(常温品)の全国配送に長けている場合、両社が一体となることでワンストップの物流ソリューションが提供できるようになります。ネットワークを増強し、拠点の空きスペースや配送ルートなどを相互活用することで輸送効率を大幅に向上させることも、M&Aシナジーの典型的な利点です。

2-2. 経営効率化とスケールメリット

人材不足や物流需要の変動を背景に、経営基盤を強化するためにM&Aを活用するケースもあります。大手が中小を取り込むことで、配車システムや営業所、車両整備などを集約し、コスト削減や運用効率アップが期待できます。また、燃料の共同購買や保険のスケールメリットなど、規模が大きくなるほど固定費や変動費を抑えられる効果が得られます。
さらに、企業規模の拡大により金融機関からの信用力が高まることで、大型投資(新規倉庫建設やITシステム導入など)がしやすくなるのもメリットの一つです。

2-3. 新分野への参入・サービス拡張

倉庫業や国際フォワーディング、通関業務など、周辺分野へ一挙に参入するためにM&Aを選ぶケースも少なくありません。自社でゼロから立ち上げるには時間とコストがかかる上、専門知識や資格が必要な業態も多いため、既存事業者を買収しそのまま人材やノウハウ、許認可を引き継ぐほうがスピーディーという利点があります。
たとえば、航空貨物取り扱いや国際海上輸送のノウハウを持つ企業とのM&Aにより、一気にグローバルロジスティクス体制を整えられるといった事例があります。

2-4. 事業承継・後継者問題への対応

事業者の高齢化が進む運送業界では、オーナーや社長の高齢化により早急に後継者を探す必要に迫られているケースが多々あります。親族や従業員に後継者がいない場合、M&Aによって大手グループ傘下に入ることは、取引先や従業員の雇用を守る意味でも有力な選択肢です。この場合、買収企業にとっては同地域の輸送網をスムーズに獲得できる点でメリットが大きいといえます。


第3章:運送・運輸業界における主なM&A事例の紹介

ここからは、実際に公表された運送・運輸業界のM&A事例を、いくつかまとめてご紹介いたします。事例ごとに簡単な背景、狙い、シナジー効果などを整理し、実際の動向がどのように業界に影響を与えているかを検討いたします。


3-1. 内外トランスラインによる海外フォワーダー買収

事例概要

  • 内外トランスライン<9384>、国際フォワーダーのミャンマーGTC-ASIAを子会社化(2017年7月28日発表)
  • ミャンマーのGTC-ASIA (MYANMAR) COMPANY LIMITEDを完全子会社化し、グローバル体制を拡大。

背景と狙い
内外トランスラインは国際物流のフォワーディングを事業の中核とし、アジア地域を中心に海外拠点を展開していました。アジア新興国の一つであるミャンマーで急速な経済発展が予測されるなか、その拠点確保は事業成長の大きな一歩となると見込まれていたのです。GTC-ASIA (MYANMAR) COMPANY LIMITED は売上こそ小規模でしたが、現地に根付いたネットワークを持ち、今後の成長余地が高いと判断されました。
この子会社化によって現地法人をグループとして支援する体制が強化され、国際物流の全体最適化やサービス品質向上が期待されています。取得価額は非公表ながら、ミャンマー市場での国際輸送需要増に対応する先行投資の側面が強い買収といえます。


3-2. 櫻島埠頭による陸上運送業者の買収

事例概要

  • 櫻島埠頭<9353>、自動車運送業の浪花建設運輸を買収(2013年12月10日発表)
  • 浪花建設運輸を全株式取得により子会社化。大阪港近郊での鉱石等の輸送を強化。

背景と狙い
櫻島埠頭は港湾運送事業や倉庫業を柱とする企業で、大阪湾ベイエリアを中心に事業を展開してきました。一方、浪花建設運輸は京阪神地区で鉱石など陸上貨物運送を担い、櫻島埠頭からの業務を再委託されている関係にありました。
今回のM&Aにより、櫻島埠頭はダンプ車両を一定数直接確保し、陸上運送サービスをより安定的に提供する体制が整います。結果として営業力が強化され、ポートから内陸への一貫した物流サービスが向上する効果が見込まれました。


3-3. 芙蓉総合リースとヤマトホールディングスによるリース事業

事例概要

  • 芙蓉総合リース<8424>、ヤマトホールディングス<9064>傘下のヤマトリースを子会社化(2020年1月30日発表)
  • 約36億円で株式60%を取得。

背景と狙い
ヤマトリースはトラックを中心にリース事業や中古トラックマッチングアプリを運営しており、運送業者向けのファイナンスサービスに実績を持っていました。芙蓉総合リースが同社を子会社化することで、運送業を中心とする顧客基盤拡大とノウハウの獲得を図り、ヤマトグループもリース事業をより強固にする意図がありました。
両社の顧客基盤とノウハウを組み合わせることで、トラックリース市場における競争力強化、運送事業者へのサービス拡充が見込まれました。


3-4. 日本郵便グループによるTOBでの子会社化

事例概要

  • 日本郵便輸送準備、日本郵便逓送をTOBで子会社化(2008年2月1日発表)
  • 14社のうちの一社である日本郵便逓送を子会社化する一環として実施。買付価格は1株あたり1940円。買付予定額は約184億円。

背景と狙い
郵便事業は長年、郵便物運送業務を外部委託していましたが、グループとして効率的な物流サービスを構築するため、各地の運送委託会社を子会社化する戦略に出ました。これにより、自前での配車コントロールなどが可能となり、サービス品質の向上・物流コスト削減・意思決定の迅速化が期待されます。


3-5. 名古屋鉄道による北海道の関連会社譲渡

事例概要

  • 名古屋鉄道<9048>、道東観光開発および網走バスをタカハシへ譲渡(2012年3月27日発表)
  • 船舶やホテル、バス事業を経営する子会社の選択と集中を図り、地元企業に譲渡。

背景と狙い
北海道網走地区で船舶事業・ホテル事業・バス事業を展開していた2社を名古屋鉄道が譲渡したのは、中期経営計画における「事業の選択と集中」を進めるうえで、投資リスクや収益効率を考慮した結果とされます。物流事業の中核を鉄道関連に集中させる狙いがうかがえ、地方企業との連携により地元経済にもメリットがあると判断されました。


3-6. 大阪港振興のTOBによる上場廃止

事例概要

  • 大阪港振興<8810>、辰巳商会のTOBを受け入れ上場廃止へ(2011年8月9日発表)
  • 辰巳商会が意志決定の迅速化やコスト削減を目的にTOBを実施。買付価格は1株あたり2650円、買付価額14億1500万円。

背景と狙い
大阪港振興を既に約73.17%保有していた辰巳商会が完全子会社化を目指した事例です。環境変化に対応し、経営効率化や意志決定のスピードアップを図るため、上場維持コストが大きいと判断されたようです。港湾運送事業のさらなる強化とコスト削減効果が狙いでした。


3-7. 名古屋鉄道と日本通運の「特積み」事業統合

事例概要

  • 名古屋鉄道<9048>、傘下の名鉄運輸を日本通運の「特積み」事業と統合へ(2023年8月9日発表)
  • 不特定多数の貨物をまとめて積載する「特積み」事業の強化。2015年以来の資本業務提携をさらに発展させ、2025年1月に日本通運の特積み事業を承継予定。

背景と狙い
特積み事業は、産業構造の変化などから国内の貨物量増加が期待しにくい状況です。一方、輸送効率を高めるうえで共同化は効果的であり、名鉄運輸と日本通運が2015年の資本業務提携から一歩進めて事業統合を計画しました。特積みネットワークの規模拡大と、両社の拠点・システムの相互利用によるコスト削減が期待されます。


3-8. 日本郵船と郵船ロジスティクスの完全子会社化

事例概要

  • 日本郵船<9101>、TOBで郵船ロジスティクス<9370>を完全子会社化(2017年10月31日発表)
  • 海上輸送や航空輸送のフォワーディング事業を強化し、グループとして競争力を高める目的。

背景と狙い
日本郵船グループの物流強化の一環で、連結子会社である郵船ロジスティクスの完全子会社化に踏み切りました。フォワーダーとしての機能を自社グループ内に100%取り込むことで、現場レベルの統制力を強化し、サービス品質と利便性を向上させる狙いがありました。


3-9. 石光商事による不採算子会社2社の事業譲渡

事例概要

  • 石光商事<2750>、連結子会社2社の事業を譲渡し解散(2011年6月21日発表)
  • キング珈琲と岩屋サービスの事業をそれぞれ売却し、解散を決定。岩屋サービスの運送事業は姫路合同貨物自動車に譲渡。

背景と狙い
不採算事業に対する撤退とリソースの集中。岩屋サービスが担っていた運送事業を別の運送会社が引き継ぐことで、事業そのものは維持されつつも、親会社としては赤字部門の整理ができるとされています。


3-10. 内外トランスラインによる韓国物流倉庫会社の買収

事例概要

  • 内外トランスライン<9384>、韓国・釜山新港の倉庫運営会社を60%株式取得で子会社化(2019年2月15日発表)
  • 釜山地域に新たな倉庫会社を取得し、海外倉庫事業の発展とフレイトフォワーダーとしての地位確立を図る。

背景と狙い
前述のミャンマー案件に続き、内外トランスラインがアジア地域での拠点を拡充する事例です。釜山新港は国際物流の要所であり、倉庫事業に強みのある企業を取り込むことで、顧客に対する総合的なロジスティクスサービスを強化できるメリットがあります。


3-11. 東海運による関東エアーカーゴなど3社の子会社化

事例概要

  • 東海運<9380>、関東エアーカーゴ・関東エアーサービス・関東トラック3社を子会社化(2008年12月19日発表)
  • 西武運輸の小口配送ネットワークに参加し、国内物流事業の強化を目指す。

背景と狙い
東海運はこれまで港湾物流を中心に展開していましたが、小口配送や陸送ネットワークを拡充する意図で、関東エアーカーゴグループを取り込んだ事例です。小口配送網に参加することで、港湾から全国への一貫物流を強化できます。


3-12. 大和ハウス工業の低温物流事業拡大

事例概要

  • 大和ハウス工業<1925>、運送業の神山運輸・神山トランスポートを子会社化(2022年8月9日発表)
  • 低温物流事業の拡大。神山運輸は冷凍食品小口混載輸送、神山トランスポートは長距離幹線輸送に強み。

背景と狙い
大和ハウス工業は物流施設の建築だけでなく、土地の提案や維持管理も含む総合的な物流ビジネスを展開しています。低温物流に強みのある神山運輸グループを傘下に置くことで、食品流通市場の拡大に対応し、需要の高まるコールドチェーン分野でのサービスをさらに広げる方針です。


3-13. 特別目的会社SSTによる品川倉庫建物のTOB

事例概要

  • 特別目的会社SST、品川倉庫建物<9314>をTOBで完全子会社化(2009年4月20日発表)
  • 不動産賃貸事業と倉庫運輸部門を再構築し、両社のノウハウを活かして企業価値向上を図る。

背景と狙い
品川倉庫建物は老朽化する物件や厳しい事業環境への対応が課題で、上場コストや経営陣の高齢化もあって資本提携先を探していました。SST(松島産業が100%出資)は不動産・石材販売事業への進出を目指し、相互にシナジーを狙ったTOBとなります。


3-14. 日立物流の中国合弁会社子会社化

事例概要

  • 日立物流<9086>、大航国際貨運を追加取得し子会社化(2010年11月25日発表)
  • 中国における輸出入貨物運送・保管・配送事業を強化。

背景と狙い
中国の市場は物流需要が大きく成長しており、日立物流は既存の合弁会社の株式を追加取得することで、グループ内コントロールを強めました。これにより現地でのサービス品質と顧客対応力を高めて、さらなる事業拡大を図る流れとなります。


3-15. 大日本木材防腐と住友林業傘下の東洋陸運の子会社化

事例概要

  • 大日本木材防腐<7907>、住友林業<1911>傘下の東洋陸運を子会社化(2010年9月30日発表)
  • 建材・木材関連の物流体制を整備し、生産・販売・物流の一貫体制を強化。

背景と狙い
木材関連製品の輸送は大型トラックでの運送ノウハウが必要になるケースが多く、東洋陸運の持つ輸送リソースを取り込むことで安定的なサプライチェーンを確立したとみられます。今後の建材需要を見越した効率化が期待されました。


3-16. 東京特殊電線による運送子会社の譲渡

事例概要

  • 東京特殊電線<5807>、東特運輸株式55%を司企業へ譲渡(2016年3月14日発表)
  • グループ内の構造改革に伴い、運送事業のノウハウを持つ企業へ売却。

背景と狙い
事業再編や選択と集中の一環として、運送事業を外部に譲渡したケースです。新たな譲渡先が全国展開する運送業者であるため、運送体制の維持・安定化に寄与すると同時に、譲渡元には経営資源の集約が可能となります。


3-17. 大東港運が関連会社を追加取得して子会社化

事例概要

  • 大東港運<9367>、関連会社の丸田運輸倉庫を完全子会社化(2017年4月28日発表)
  • 物流サプライチェーン強化のため株式取得を進め、最終的に完全子会社化。

背景と狙い
物流業界では、部分的な資本参加から段階的に子会社化を進めることで、相手企業の状況やシナジー効果を見極める動きもあります。大東港運は2015年の株式取得後、着実に物流強化の成果を得られたと判断し、最終的に完全子会社化を決めたとみられます。


3-18. 兵機海運に対する堂島汽船のTOB

事例概要

  • 兵機海運<9362>、堂島汽船がTOBを開始(2024年10月18日発表)
  • 内航海運を主力とする兵機海運に対し、堂島汽船が発言力強化を目的に出資比率を高める意向。

背景と狙い
兵機海運は内航海運で歴史ある企業。堂島汽船は兵機海運株を一部保有しており、資本業務提携に向けTOBで所有割合を拡大することにしました。貨物需要の変動やコスト高騰のなか、資本強化で意思決定スピードを上げ、競争力を確保しようという狙いです。


3-19. 川崎汽船の米国物流子会社譲渡

事例概要

  • 川崎汽船<9107>、米国の物流子会社CENTURY DISTRIBUTION SYSTEMSを投資会社に譲渡(2021年4月30日発表)
  • 事業構成の見直しの一環。約50億円の売却益を見込み。

背景と狙い
川崎汽船は海運大手として、不採算部門や再投資の優先度が低い事業を切り離す戦略を実行中です。今回の米国子会社売却もその一環とされ、得られた資金を基幹事業や新たな領域への投資に回して収益構造の改善を図る動きがあります。


3-20. 福山通運の食品系共同配送会社買収

事例概要

  • 福山通運<9075>、食品関連の共同配送を手がける絹川屋運送を子会社化(2012年6月28日発表)
  • 東京に自社倉庫を持ち、常温・冷温、危険物にも対応。

背景と狙い
福山通運は全国ネットでの小口輸送網を構築している大手で、食品や医薬品など温度管理が必要な分野での配送ニーズが高まる中、絹川屋運送が持つノウハウと設備を取り込みました。食品分野は衛生管理や温度管理など厳格な体制が求められるため、専門企業の買収が効率的といえます。


3-21. 山九による建設・運送荷役会社子会社化

事例概要

  • 山九<9065>、山九重機工を完全子会社化(2016年1月28日発表)
  • 重量機工や設置工事を強化し、新分野へも参入。

背景と狙い
重量物輸送やプラント設備の据付などは高度な専門技術が必要で、重機材の一体運用で効率を高められます。山九重機工との一体化により、重量機工分野での一括受注体制を整え、顧客サービスを大幅にアップさせる狙いがありました。


3-22. 福山通運の王子運送買収

事例概要

  • 福山通運<9075>、王子運送を子会社化(2009年8月5日発表)
  • 第三者割当増資と自己株式取得を通じて54.3%取得。投資額は30億円。

背景と狙い
東京や首都圏に強みを持つ王子運送を傘下に入れることで、福山通運は小口貨物輸送網を一段と拡充しました。景気低迷などにより競争が激化するなか、共同化・拠点統合によるコスト削減とネットワークの相乗効果が期待されています。


3-23. 住友倉庫による米国海運会社の買収

事例概要

  • 住友倉庫<9303>、WESTWOOD SHIPPING LINESを買収(2011年5月23日発表)
  • 太平洋航路に強みを持つ米国海運会社を傘下に収め、北米向け物流を強化。

背景と狙い
住友倉庫は港湾運送事業をグループのコアと位置付け、日本-北米間、さらにはアジア-北米間の海上輸送ネットワーク充実を図る狙いでした。WESTWOODが持つ航路や顧客基盤を取り込むことで、日米間の物流提案力を高める戦略です。


3-24. 森トラストによる不動産会社のTOBと運送業の関係

事例概要

  • 森トラスト、日本エスリード<8877>をTOBで子会社化へ(2013年1月25日発表)
  • 応募株には貨物運送業のアラマキ保有分も含まれる。

背景と狙い
本件の中心はマンション事業の取得ですが、株式保有構造の中で貨物運送業者も株主として関係していた事例です。大規模開発案件に物流企業が投資している例もあり、不動産と運輸の連携が見られます。


3-25. 伏木海陸運送が繊維工業会社を買収

事例概要

  • 伏木海陸運送<9361>、繊維工業の山口ニットを子会社化(2012年10月1日発表)
  • 繊維産業に新たな分野として参入し、トリコット製造の高い国内シェアを獲得。

背景と狙い
物流企業が製造業を買収する珍しいケースです。伏木海陸運送の子会社チューゲキと山口ニットは同じルーツを持ち、既存の物流事業と組み合わせることで新分野への進出と利益向上を図る狙いです。川上から川下まで総合的にサポートできる体制づくりが期待されます。


3-26. 乾汽船とセンコーとの合弁解消

事例概要

  • 乾汽船<9308>、センコー<9069>との合弁会社イヌイ運送を完全子会社化(2015年5月19日発表)
  • 引越事業をメインとするイヌイ運送を一元化し、経営方針を明確化。

背景と狙い
乾汽船とセンコーが共同運営していた引越事業会社ですが、事業環境の変化に合わせて経営を一本化することで、サービス強化と効率改善を図りました。海運企業と陸運企業の協業体制が、最終的には片方が引き取る形に落ち着いた事例です。


3-27. 日本山村硝子による関西の運送2社の買収

事例概要

  • 日本山村硝子<5210>、中山運送・マルイシ運輸の全株式を取得し子会社化(2020年12月17日発表)
  • 関西地域での運送事業拡充が目的。

背景と狙い
ガラス容器メーカーとして知られる日本山村硝子が運送事業を拡大するのは、サプライチェーン上の中間コスト削減や物流品質向上が狙いと考えられます。既存の関東拠点とのネットワーク連携により、グループ全体の輸送効率化が期待されます。


3-28. 日本梱包運輸倉庫のイトー急行買収

事例概要

  • 日本梱包運輸倉庫<9072>、運送業のイトー急行を子会社化(2013年12月21日発表)
  • 中部地区を中心に倉庫・運送事業を展開するイトー急行を59.9%取得。

背景と狙い
日本梱包運輸倉庫は自動車部品や精密機器などの梱包・物流に強みを持ち、中部地区に強固なネットワークを築きたい意向がありました。イトー急行の買収により、さらなる顧客サービス拡充と物流体制の強化を実現した事例です。


3-29. 大手航空会社によるゴルフ場運営子会社の譲渡

事例概要

  • 日本航空<9205>、北海道でゴルフ場を運営する子会社2社を譲渡(2008年3月19日発表)
  • 本業の航空運送事業への集中化。

背景と狙い
大手航空会社が傘下のゴルフ場経営企業を売却した事例です。航空運送事業以外の観光・レジャー分野への多角化が見直され、財務改善の一環としてノンコア事業を整理する動きに繋がりました。


3-30. 五健堂による運送事業の拡大

事例概要

  • 五健堂<9146>、徳島県の六ツ星運送を子会社化(2022年2月25日発表)
  • 関東方面への貨物輸送を強化し、営業エリアを拡大。

背景と狙い
地方発の大型トラック輸送能力を確保することで、東京圏とのスムーズな物流サービスを提供できるようになります。ドライバー不足が深刻化する中で、既存企業の買収により安定した車両台数を確保する狙いも考えられます。


第4章:M&Aの効果と課題

4-1. シナジー効果の実現

多くの事例で、陸海空の連携や地域拠点の相互利用、車両・倉庫の統合などによってコスト削減やサービス品質向上が見込まれています。具体的には以下のようなシナジーが一般的です。

  1. ネットワーク強化:拠点やルートを統合し、空き車両率の低減や配送リードタイム短縮を実現。
  2. コスト削減:車両整備や燃料調達、事務手続きなどを一元化することで固定費・変動費を削減。
  3. 品質向上:現場ノウハウの共有により安全輸送や温度管理の徹底度が向上。
  4. 顧客基盤拡大:M&Aによって相手企業の顧客も取り込み、売上増に繋げられる。

4-2. 組織文化の統合

物流企業は運転手や倉庫作業員を含む人材が最重要資源であり、M&A後の組織統合に時間と労力がかかります。労務管理の仕組みや安全教育などのレベル合わせ、人事制度や賃金体系の調整など、ソフト面での課題をどう乗り越えるかが成功のカギとなります。

4-3. システム統合とデジタルトランスフォーメーション

近年の物流業ではIT化・DX(デジタルトランスフォーメーション)が必須です。運送管理システムや倉庫管理システムなどの統合がスムーズに進めば、配車計画の最適化や荷主へのトレーサビリティ提供など、付加価値の高いサービスを展開しやすくなります。しかし、既存システムの互換性やデータ形式の違い、カスタマイズの多さなどが障壁となるケースも多いため、慎重な統合計画が必要です。

4-4. グローバル化とリスク管理

海外企業を買収する場合、異なる法規制・商習慣・為替リスクなどへの対応が不可欠です。現地法人のガバナンスを強化すると同時に、政治的リスクや感染症リスクなどにも備える必要があります。一方で、成功すれば自社だけでは開拓できなかった市場に直接進出でき、事業多角化によるリスク分散効果も得られます。


第5章:まとめと展望

ここまで、運送・運輸業界のM&Aについて、その背景やメリット・課題、そして具体的な事例の数々をご紹介してきました。日本の物流業界は、高齢化とドライバー不足、2024年問題など大きな変革期に突入しています。一方でEC需要の拡大や海外との貿易活性化など、新たな成長チャンスも生まれています。

  1. 事業承継の手段としてのM&A
    地域の中小物流会社が後継者不在の場合、M&Aが雇用維持やサービス継続の手段として重要な役割を果たします。大手が買収するだけでなく、中堅同士で提携し合うケースも増えています。
  2. 大手企業によるネットワーク拡大とDX推進
    競争が激化するなか、大手企業は広域ネットワークの強化やIT活用に注力し、より効率的な輸送体制を目指しています。M&Aを通じて事業規模を拡大し、DX関連投資の費用も回収しやすくする動きが見られます。
  3. 海外展開・グローバルロジスティクスの強化
    成長市場であるアジア・北米など海外拠点を獲得するため、国際フォワーダーの買収や現地企業との合弁が活発化しています。今後も海上・航空・陸上を組み合わせた複合一貫輸送が重要となり、物流企業の国際競争力が問われるでしょう。
  4. ノンコア事業の切り離し
    一方で大手海運・航空会社や総合商社などが収益が低い子会社やノンコア事業を売却する例も少なくありません。これにより、より強固なコア事業と新分野への投資を優先し、財務体質を改善する狙いがあります。
  5. 2024年問題と今後の再編
    ドライバーの時間外労働上限規制が施行される2024年4月以降、さらに効率的な輸送体制づくりが急務になります。これにより大手・中堅物流企業が車両・ドライバーを集約し、M&Aによって共同配送体制や配車ネットワークを拡大する動きが加速する可能性があります。

今後の展望

運送・運輸業界におけるM&Aは今後も続くとみられます。背景には、国土の限られた中での過当競争や人口減による需要の伸び悩みがある一方、EC化や海外輸送需要増など明るい材料も存在するため、競争力強化を目的とした再編が進むでしょう。さらに、IT技術やAIを活用した配送最適化、コールドチェーンなどの特殊需要、医薬品・危険物輸送など高付加価値分野への参入にも企業各社が力を入れているため、それら周辺企業を取り込むM&Aが増えることが予想されます。

加えて、近年は大和ハウス工業やイオンディライトなど、物流業専業ではない企業が運送・倉庫業を取り込み、サプライチェーン全体の効率化を目指す動きも顕著です。小売や不動産分野からの参入が活発になるにつれ、従来の物流業界内の再編とは異なる組み合わせが増え、業界の垣根が一層低くなると考えられます。

こうした複雑な業界構造の変化に対応するためには、単なる車両や拠点の拡大だけでなく、経営管理システムや人事制度の統合、新サービス開発、リスク管理の強化など、多面的な経営戦略が必要です。M&Aがゴールではなく、アフターM&Aにおける統合プロセスの成功が今後の企業価値を左右すると言えるでしょう。


結び

運送・運輸業界は日本経済の血流とも言える存在であり、その再編やM&Aの動向は社会や産業全体に大きく影響を与えます。本記事で取り上げた数多くの事例からも分かるとおり、多様な目的・背景のもとに企業再編が進められています。

  • 新たな輸送網を手に入れ、更なるサービス拡張を図るケース
  • ドライバー不足や後継者問題を解消し、地域の輸送インフラを維持するケース
  • ノンコア事業を切り離して本業を強化するケース
  • 海外進出や国際物流ネットワーク拡充を目的にした買収や合弁のケース

こうした動きは、まさに業界全体の「選択と集中」と「生き残り戦略」を象徴しています。荷主企業や消費者にとっては、より安定的かつ多様な物流サービスが得られる可能性が高まる一方、企業にとっては統合後の組織管理、人事制度の統合、現場オペレーションの効率化など、多くの課題へのチャレンジが伴います。

少子高齢化、国内マーケットの縮小、働き方改革といった要因が複雑に絡み合う中で、今後の運送・運輸業界はさらに活発な再編期を迎えるでしょう。M&Aという手段を適切に活用することで、経営の強靭化やロジスティクス・イノベーションが進み、それが日本社会全体の生産性向上や人々の生活の快適さに貢献していくことが期待されます。

企業間競争が激化し、その中でより優位に立つための選択肢としてのM&Aは、もはや業界の新常識となりつつあります。一連の事例や動向を踏まえながら、運送・運輸業界の近未来を見通すとき、物流企業同士のみならず、IT企業や小売・不動産企業、さらには海外企業との提携や買収が増加することも充分に考えられます。業界内の垣根を越えた連携や統合が、新時代のロジスティクスの姿を形作っていくことでしょう。

今後もM&Aに関する情報を注視しながら、どの企業がどのような戦略で動くのかを追いかけることが、物流・運送業界だけでなく、社会全体の変化を理解する上でも非常に重要となっていきます。そうした視点をもって、読者の皆様もぜひ業界動向に関心を寄せていただければ幸いです。