- 1. はじめに
- 2. ITエンジニア派遣・SES業界とは
- 3. ITエンジニア派遣・SES業界におけるM&Aの背景
- 4. M&Aの目的・メリット
- 5. M&Aにおける留意点・リスク
- 6. M&Aのプロセスとデューデリジェンス
- 7. ITエンジニア派遣・SES業界M&Aの国内主要事例
- 7-1. 夢真ホールディングス<2362>によるアローインフォメーション子会社化
- 7-2. 廣済堂<7868>のx-climb IT関連事業買収
- 7-3. フーバーブレイン<3927>による複数のSES企業買収
- 7-4. プロジェクトカンパニー<9246>によるSES事業の相次ぐ取得
- 7-5. ピアズ<7066>のワイヤードパッケージIT人材派遣事業買収
- 7-6. データセクション<3905>のThe ROOM4D関連事業買収
- 7-7. テンダ<4198>のリーサコンサルティング買収
- 7-8. システムソフト<7527>の子会社譲渡
- 7-9. コプロ・ホールディングス<7059>のピー・アイ・シーSES事業買収
- 7-10. サイネックス<2376>のリーディ子会社化
- 7-11. CAC Holdings<4725>のシステム開発会社買収
- 7-12. Kaizen Platform<4170>のハイウェル子会社化
- 7-13. Branding Engineer<7352>のTSRソリューションズ買収
- 7-14. アイフリークモバイル<3845>のグラングループやエスティーエーグループの事業取得
- 7-15. cotta<3359>のTERAZ子会社化
- 8. 海外事例とIT関連M&Aの潮流
- 9. M&A後の統合(PMI)と成功のポイント
- 10. ITエンジニア派遣・SES業界における今後の展望
- 11. まとめ・おわりに
1. はじめに
近年、ITエンジニア派遣・SES業界では企業間競争の激化やエンジニアの需給逼迫を背景として、M&A(合併・買収)の動きが加速しております。これは日本国内だけでなく、アジア圏や欧米など海外においても同様の傾向が見られます。IT人材の不足を補う手段として、企業がグループ化や統合を進め、より強固な開発体制・サービス基盤を構築しようとする動きが一段と進んでいるのです。
本記事では、こうしたITエンジニア派遣・SES業界のM&Aに注目し、その背景や狙い、メリット・リスク、具体的な国内事例、そして今後の展望について幅広く解説いたします。近年発表された事例には、事業拡大のための戦略的買収や、経営資源の集中を狙った事業譲渡など、さまざまなかたちが存在しております。M&Aは一度きりのイベントではなく、買収後のPMI(Post Merger Integration)も含め、長期的な戦略の実行が求められます。そのため、本記事を通じて、M&Aを検討する企業の担当者や業界の動向に興味をお持ちの方々の参考となる情報を提供できれば幸いです。
2. ITエンジニア派遣・SES業界とは
2-1. SESとは何か
SES(システムエンジニアリングサービス)とは、システム開発においてエンジニアを必要な期間だけ派遣し、企業の情報システム部門や開発プロジェクトを支援する形態のサービスです。SESにおいては、業務委託契約や準委任契約に基づき、エンジニアが発注元企業の指示を受けながら作業を行います。
近年、ビジネスのデジタル化が進む中で、システム開発や運用に求められる技術力・スピードがますます高まっていることから、企業が自社雇用以外の選択肢としてSESを活用するケースが増えてきました。特に短期プロジェクトや新技術を試す場面では、専門性のあるエンジニアを外部から迅速に呼び込むことが重要です。
2-2. ITエンジニア派遣との違い・共通点
SESは同じく「エンジニアを派遣する」という意味で、一般的な労働者派遣事業との境界がわかりにくい部分があります。両者の主な違いとしては、SESが「準委任契約」である場合が多い点が挙げられます。エンジニア本人に直接指揮命令をするのではなく、SES企業が業務を委任され、エンジニアを通して業務を遂行する契約形態です。一方、一般的な派遣は派遣先企業が派遣スタッフに対して直接指揮命令を行います。
もっとも、実務上はSESと派遣のサービス提供形態が厳密に区分されていないケースも多く、雇用・契約形態や請負範囲を正確に整理することが重要視されています。
2-3. 業界規模と成長性
ITエンジニア派遣・SES業界は、日本国内だけで数千社からなるとも言われる非常に裾野の広いマーケットです。大手SIer(システムインテグレーター)の下請け・孫請けとしてSESや受託開発を営む中小企業も多く、まさに玉石混交の市場となっています。
一方で、IT需要の高まりに伴って業界全体の売上は上昇傾向にあります。クラウドコンピューティングやAI(人工知能)、ビッグデータ分析などの最新技術を活用するプロジェクトはもちろん、既存システムの保守や運用にもエンジニアが必要とされるため、慢性的な人手不足が続いているのが実情です。そのため、今後も多くの企業がエンジニア派遣・SESを利用する可能性が高く、市場の成長が期待されています。
3. ITエンジニア派遣・SES業界におけるM&Aの背景
3-1. 技術革新とデジタル化の加速
ITの世界では、常に新しい技術やサービスが登場し続けます。短いサイクルでイノベーションが起こり、またデジタル化が社会のすみずみまで行き渡る中で、企業は自社のエンジニアだけでは対応できない場面が増えています。特にDX(デジタルトランスフォーメーション)のブームによって、あらゆる業界・業種がITを活用したビジネスモデルの変革を迫られており、優秀なエンジニアや専門知識を持つ技術者をいかに確保するかが勝負の分かれ目です。
3-2. エンジニア需給ギャップと獲得競争
日本国内では慢性的なエンジニア不足に陥っており、企業間で優秀な人材を取り合う構図が顕著となっています。SES企業は、開発現場で必要とされる技術者を柔軟に供給できる強みを持つ一方で、引く手あまたのエンジニアを確保・定着させるためのコストが上がっています。そこで、大手企業が中小SES企業を買収し、エンジニア集団ごと手に入れるという手法が増えてきました。
3-3. 外部資本による業界再編の流れ
ITエンジニア派遣・SES企業のM&Aには、事業会社だけでなく、投資ファンドなどの外部資本が関わるケースも増えています。中小SES企業はエンジニア力はあるものの、経営体制や営業ネットワークが弱く、資本力も限られがちです。そこで、投資ファンドなどが資金提供と経営支援を行い、一気に事業を拡大させるといった動きが活発化しています。最終的にはより大きなプレイヤーへの売却を目指すという流れも珍しくありません。
3-4. DX・AI分野への急速なシフト
近年のIT市場では、単なるシステム開発よりもDXやAI、クラウド、RPAなど先端技術分野への進出が優先される傾向があります。SES企業もまた、こうした技術を扱えるエンジニアを抱えることで、高単価の案件に参画できる可能性が広がります。そこで、すでにAIやクラウド分野に特化した人材を多く抱える企業をM&Aにより取り込む動きが活発化しています。
4. M&Aの目的・メリット
4-1. エンジニア人材プールの拡充
ITエンジニア派遣・SES業界におけるM&Aの最大の目的は、人材の確保にあるといっても過言ではありません。優秀なエンジニアやプロジェクトリーダー、プロジェクトマネージャー、さらには最新技術への造詣が深いスペシャリストを一度にチームごと取り込めることは大きなメリットです。M&A前の企業が個別に採用活動を行うよりも、買収によって一括で人材を得る方が効率的な場合もあります。
4-2. 顧客ポートフォリオ・営業基盤の拡大
SES企業にはそれぞれ取引先の特徴があります。大手SIerやメーカー系、Web系など、業種や規模、プロジェクトの内容は多岐にわたります。M&Aによって顧客ポートフォリオを広げることで、特定業界への依存リスクを下げ、安定した売上を期待できます。さらに、買収先企業が持つ営業・マーケティング力を組み合わせることで、新規案件の受注や高付加価値案件への参入が促進されます。
4-3. 自社サービス強化・新規事業参入
SES事業は基本的に人的リソースによる収益モデルですが、一部の企業は自社開発のクラウドサービスやAIソリューションを展開するなど、受託とプロダクト両面で収益を得るビジネスモデルを構築しています。M&Aにより、こうしたプロダクト開発力やコンサルティング力を持つ企業を傘下に入れれば、自社サービスの強化や新たな事業領域への参入が可能になります。
4-4. 経営資源の最適化とスケールメリット
SES企業の多くは人材派遣・準委任契約ベースのビジネスモデルをとっており、技術者の稼働率や単価の向上が収益拡大の鍵となります。複数企業を統合することで、プロジェクトのアサインを最適化したり、共通のシステムや管理機能を導入することによってスケールメリットを得られます。また、教育部門や人事・総務などの間接部門を集約し、コストを削減することも可能です。
5. M&Aにおける留意点・リスク
5-1. 技術者の定着・流出リスク
M&Aで大きな問題となりやすいのが、エンジニアのモチベーションや定着率です。買収された側の企業文化や評価制度が急に変わったり、経営陣の方針に対して不信感を持つエンジニアが離職してしまうケースもあります。IT人材不足の時代に、優秀なエンジニアの流出は企業にとって大きな痛手です。M&A成立後、どのように技術者のモチベーションを維持し、キャリアパスを提示できるかが重要なポイントとなります。
5-2. 組織文化の相違とPMIの難しさ
SES企業は中小規模でありながら、独自の社風や文化を持っていることが少なくありません。特に若いエンジニアが多い会社はフラットな組織であったり、ベンチャー色が強い場合も多いです。一方、大手企業に買収されると、硬直的な組織体制への移行や報告・承認フローの煩雑化などにより、スピード感が失われるリスクがあります。PMI(Post Merger Integration)で両社の強みを活かしながら組織文化を融合させるのは、非常に繊細な作業が必要です。
5-3. 顧客との契約関係整理・引き継ぎ
SES契約では、「準委任」という契約形態であるがゆえに、プロジェクト契約がエンジニア個人のスキルや信頼関係に依存している場合があります。M&Aによって企業名や経営体制が変わることで、取引先企業との契約更新に影響が出る可能性があります。顧客側も新体制を歓迎するとは限らず、現場との関係性が崩れるリスクもあるため、円滑な引き継ぎとコミュニケーションが欠かせません。
5-4. 評価額の算定と知的財産権の確認
SES企業においては、開発中のソフトウェアやライブラリ、ノウハウがどのように評価されるか不透明な場合があります。そもそもSES事業は、物理的な資産よりも人材と契約が価値の中心となるため、買収価格(バリュエーション)の算定が難しいです。加えて、契約書に不備がある場合には知的財産権の帰属が曖昧なこともあるため、M&A実行前のデューデリジェンスでしっかりと確認する必要があります。
6. M&Aのプロセスとデューデリジェンス
6-1. 初期検討と条件交渉
M&Aを検討する企業は、まず自社が目指す戦略目標を明確化し、候補先企業の選定を行います。ITエンジニア派遣・SES企業の場合、エンジニア数や保有するスキル、顧客構成、事業エリア、売上規模などから候補を絞ることが一般的です。候補企業とのトップ面談や初期条件のすり合わせを経て、基本合意書を取り交わす流れが多く見られます。
6-2. デューデリジェンス(法務・財務・人事・IT)
基本合意後は、デューデリジェンス(DD)という精査プロセスが行われます。SES企業では、特に人事DDとITDDが重要となります。人事DDではエンジニアの雇用契約やキャリアパス、給与体系などを確認し、トラブルの有無をチェックします。ITDDでは、管理システムや開発環境に潜在的な問題がないか、受託しているソフトウェアのライセンス関係などを確認します。もちろん財務や法務DDも欠かせず、利益構造や顧客との契約書のリスクなどを詳細に検討します。
6-3. 契約締結とクロージング
DDの結果を受けて、最終的な買収価格や条件、買収後のガバナンス体制などを確定し、株式譲渡契約や事業譲渡契約を締結します。ここでは経営陣の継続登用、競業避止義務の設定、特許や著作権の扱いなど、多くの詳細事項が取り決められます。その後、クロージング(資金決済と株式・事業の移転)をもって正式にM&Aが完了します。
6-4. PMI(Post Merger Integration)計画
クロージング後のPMIにこそ、M&Aの成否がかかっていると言っても過言ではありません。SESの場合、エンジニアのモチベーション維持や顧客との関係を継続しながら、シナジーを最大限に活かす統合施策が求められます。組織体制の再編や業務プロセスの統合、人事評価制度の変更など、早期に具体的なアクションを計画・実行することが大切です。
7. ITエンジニア派遣・SES業界M&Aの国内主要事例
それでは、実際に日本国内で行われたM&A事例を見てみましょう。ここでは、特にITエンジニア派遣・SESに関連するトピックを中心に取り上げます。なお、以下に記載する各案件の取得価額や譲渡価額には非公表のものも多く含まれます。
7-1. 夢真ホールディングス<2362>によるアローインフォメーション子会社化
事例概要:
夢真ホールディングスは主力の建設技術者派遣に続く新たな柱としてエンジニア派遣事業の強化を目指し、2020年にシステムエンジニアリングサービスを展開するアローインフォメーション(Java系エンジニア約200名を擁する企業)を買収しました。
狙い・ポイント:
- 建設技術者派遣からIT領域へ事業多角化
- SES企業の買収により一括でエンジニア集団を取り込む
- 人材派遣という近い業態でのシナジーを期待
7-2. 廣済堂<7868>のx-climb IT関連事業買収
事例概要:
廣済堂はDX推進の一環として、x-climbのIT関連事業を新会社に分割したうえで子会社化しました。x-climbは受託開発やSES事業を手がけ、AIやデジタルマーケティングに強みを持っています。
狙い・ポイント:
- グループ全体のデジタルシフトを図るためにAIなどの先端技術リソースを補強
- SESを通じて大手クライアントのIT支援を強化
7-3. フーバーブレイン<3927>による複数のSES企業買収
事例概要:
フーバーブレインは2024年にかけてイチアールやARPEGGIO、CONVICTIONなど、立て続けにSES企業を買収・子会社化しました。同社はセキュリティソフト開発・販売が主力ですが、「エンジニア集団の構築」を掲げ、積極的にM&Aを推進しています。
狙い・ポイント:
- 複数のSES企業を傘下におさめ、ITエンジニア人材を一気に拡充
- セキュリティ事業との相乗効果を見込みつつ、DXサービス領域を拡大
7-4. プロジェクトカンパニー<9246>によるSES事業の相次ぐ取得
事例概要:
プロジェクトカンパニーは2022年~2023年にかけて、クアトロテクノロジーズやアルトワイズなどSES事業を営む企業を立て続けに買収しました。DX支援を強化し、エンジニア人材プールの拡大を狙っています。
狙い・ポイント:
- デジタルソリューション提供で顧客企業のニーズに応える
- SESだけでなく労働者派遣事業も取得し、人材ビジネスの総合力を上げる
7-5. ピアズ<7066>のワイヤードパッケージIT人材派遣事業買収
事例概要:
ピアズはDX・AI開発内製化の体制づくりを目的に、ワイヤードパッケージが営むIT人材派遣・SES事業およびエンジニアスクール「Boot Camp」事業を取得しました。
狙い・ポイント:
- エンジニア教育までセットで取り込むことで、自社内のDX推進を加速
- 新規事業創出やAI関連開発リソースの確保
7-6. データセクション<3905>のThe ROOM4D関連事業買収
事例概要:
データセクションは2023年、The ROOM4Dのデータ分析コンサル・システム受託開発事業と子会社The ROOM DoorのSES事業を取得。生成AIの普及などに合わせて事業拡大を狙いました。
狙い・ポイント:
- 生成AIを中心としたデータ分析・コンサル領域を強化
- SES事業とのシナジーにより包括的なDX支援を目指す
7-7. テンダ<4198>のリーサコンサルティング買収
事例概要:
テンダはシステム開発やSESを強みとするリーサコンサルティング(検索エンジン「Solr」「Elasticsearch」の開発実績有)を子会社化し、SES事業や新ビジネス創出を図りました。
狙い・ポイント:
- 特定領域(検索エンジン)の高度な技術を持つ企業を獲得
- テンダの既存事業と組み合わせたソリューションの拡充
7-8. システムソフト<7527>の子会社譲渡
事例概要:
システムソフトはSES事業に注力する方針から、ソリューション事業を担う子会社SS Serviceを別企業に譲渡しました。事業の選択と集中の一環で、SESやAIなどスタートアップ支援にリソースを振り向けます。
狙い・ポイント:
- 自社の得意領域に経営資源を集中し、譲渡によるキャッシュを確保
- PMIの逆パターン(カーブアウト)として注目される事例
7-9. コプロ・ホールディングス<7059>のピー・アイ・シーSES事業買収
事例概要:
建設技術者派遣大手のコプロHDが、ピー・アイ・シーのSES事業を取得。高スキルITエンジニアを取り込み、デジタル技術の知見を活かして新たなサービス開発を目指します。
狙い・ポイント:
- 建設業界とIT技術の融合(BIM/CIMなどデジタル施工への応用)
- IT人材の獲得により新規分野での収益拡大
7-10. サイネックス<2376>のリーディ子会社化
事例概要:
サイネックスはDXサポート事業強化のため、IT人材派遣・SESを展開するリーディを買収。DXコンサルやシステム開発におけるエンジニア体制を充実させる考えです。
狙い・ポイント:
- 自治体や医療機関など公共分野のDX支援を含むサービス拡張
- SES事業と自社のクラウドサービスを組み合わせた総合提案
7-11. CAC Holdings<4725>のシステム開発会社買収
事例概要:
CAC Holdingsは2024年に、ソフトウエア受託やSES事業を手がける企業(スカイプロデュースジャパン、Rossoなど)を立て続けに買収。AWSやAIを活用できる技術者集団の獲得で、システム構築・運用管理のサービス拡大を図ります。
狙い・ポイント:
- 長年のSI事業を基盤に、クラウド領域やDXソリューションを強化
- グローバル展開も視野に入れた高度技術者の確保
7-12. Kaizen Platform<4170>のハイウェル子会社化
事例概要:
Kaizen Platformは、SESとデジタルプロモーション事業を手がけるハイウェルを買収。エンジニアネットワークの拡大と採用支援ノウハウを獲得し、大企業向けDXサービス拡充を目指します。
狙い・ポイント:
- デジタルマーケティングや開発体制の総合力向上
- 段階的に株式追加取得することでリスクを抑えつつ統合
7-13. Branding Engineer<7352>のTSRソリューションズ買収
事例概要:
Branding EngineerはITエンジニア派遣を主力とするベンチャー企業で、SES事業を運営するTSRソリューションズを買収。エンジニア紹介やDX対応の幅を広げました。
狙い・ポイント:
- 相互の顧客基盤を活かしたクロスセル
- 若手エンジニア育成やキャリア支援でのシナジー強化
7-14. アイフリークモバイル<3845>のグラングループやエスティーエーグループの事業取得
事例概要:
アイフリークモバイルは、ゲーム開発やクリエイティブ領域のITエンジニアを抱えるグラングループ、エスティーエーグループからSES事業の一部を段階的に買収。eスポーツ分野やコンテンツ事業への活用を目論みます。
狙い・ポイント:
- ゲーム・エンタメ領域のエンジニアを一挙確保
- 自社コンテンツとSESとの融合で幅広いサービス提供
7-15. cotta<3359>のTERAZ子会社化
事例概要:
製菓・製パン向けECサイトを手がけるcottaは、IT開発力やSESサービスを提供するTERAZを買収し、ECやシステムの内製化を進めます。
狙い・ポイント:
- 自社EC基盤の高度化と開発リソース確保
- 食関連サービスとIT人材の融合によるビジネスモデル強化
8. 海外事例とIT関連M&Aの潮流
8-1. 米国でのテック系M&A事例
米国では、Facebook(現Meta)のVRゲーム会社買収や、IntelのNAND事業をSK Hynixが取得した案件、Juniperによる128 Technologyの買収などが注目されました。これらはハードウェアからソフトウェア、AI、サイバーセキュリティ、クラウド分野まで多岐にわたっています。米国ではベンチャー企業が短期間で成長し、大手テック企業や投資ファンドにより買収される事例が頻繁に見られます。
8-2. アジア圏におけるIT関連企業の買収動向
アジア各国ではIT人材需要が急増しており、シンガポール、ベトナム、インドなどを中心にエンジニアが豊富に存在しています。一方、日本企業も海外拠点を拡大する中で、人材確保を目的としてアジアのIT企業や人材派遣会社を買収するケースが出ています。為替レートや言語の問題などリスク要素はあるものの、人件費の抑制と高い技術力を両立できるメリットがあります。
8-3. 日系企業による海外IT企業買収の特徴
日系企業が海外のIT企業を買収する例としては、スケールメリットを狙った大規模案件から、現地での拠点確保を目的とした中規模案件までさまざまです。例えば日立キャピタル<8586>がカナダのファイナンス事業を買収したり、日機装<6376>がドイツのガス関連機器メーカーを買収するなど、ITだけに留まらず関連する周辺技術・サービス企業へもM&Aが行われています。ITエンジニアの派遣・SES領域とはやや業態が異なるものの、「技術力」「市場拡大」「DX対応」などのキーワードが共通しているのが特徴です。
9. M&A後の統合(PMI)と成功のポイント
9-1. 組織文化・人材の調和とモチベーション維持
SES企業の場合、M&A後に最も注意しなければならないのはエンジニアのモチベーション管理です。エンジニアが求めるのは待遇面だけではなく、スキルアップの機会や自分の成長を実感できる環境です。大手企業が買収した場合でも、ベンチャー的な柔軟性やチャレンジングなプロジェクトのアサインなどを維持できるよう配慮が必要です。
9-2. 顧客管理・営業体制の再編
買収先のSES企業が持つ顧客リストや契約形態、請求フローなどを、本体側の営業や管理システムに統合する際には入念な計画が求められます。特に、継続中のプロジェクトがある場合、そのスムーズな引き継ぎを行わなければ顧客満足度が下がってしまい、離脱につながる恐れもあります。
9-3. 技術ポートフォリオの共有とスキル向上
M&Aのメリットとしては、両社が保有する技術ナレッジを共有し、さらなる付加価値を生み出すことが挙げられます。AIやクラウド、セキュリティなど領域が異なるエンジニア同士がコラボレーションすることで、新たなサービスを開発したり、大規模案件への対応力を高めることができます。そのためには教育プログラムや勉強会、ナレッジベースの統合などの施策が効果的です。
9-4. 経営指標とKPIの可視化・管理
SES事業では、稼働率や単価、稼働エンジニア数、案件パイプラインなど、経営判断に重要な指標が多岐にわたります。M&A後はこれらの指標を統一的に把握し、迅速に経営に活かす仕組みを整備することが大切です。経営管理システムやBIツールを導入し、常に最新のデータが共有される環境を構築することが求められます。
10. ITエンジニア派遣・SES業界における今後の展望
10-1. AI時代の人材ニーズと専門性
生成AIやディープラーニング、データサイエンスなど、ITエンジニアの活躍領域はさらに広がっています。一般的なシステム開発よりも高度な理論と実装力が要求されるため、これらに強みを持つSES企業の価値は一層高まるでしょう。M&Aによって先端技術を備えた企業を取り込む動きも一段と強まると予想されます。
10-2. スタートアップとの連携・出資強化
企業が自らスタートアップを買収・子会社化するパターンだけでなく、出資や業務提携といった形で協業し、互いに成長していくケースも増えています。特にAIやロボティクス分野などは技術革新のスピードが速いため、大企業がスタートアップのアジャイルな開発力を求める動きが活発です。SES企業としても、自社のエンジニアをスタートアップにアサインしながら支援するモデルが確立されるかもしれません。
10-3. リモートワーク拡大と海外エンジニア活用
コロナ禍以降、ITエンジニアのリモートワークが広がり、地理的制約が薄まりました。結果として、海外の優秀なエンジニアを活用しやすくなる一方、国内のエンジニアも海外企業にリモート就業する可能性が高まっています。日本国内のSES企業にとっては、国外企業との競合が激化すると同時に、海外企業を買収して国際的な人材プールを保有するチャンスでもあります。
10-4. 業界再編のさらに進行する可能性
ITエンジニア派遣・SES業界はすでに企業数が多く、比較的参入障壁が低いことから、新規参入もあとを絶ちません。しかし、DXやAIなど高度な領域で顧客の期待に応えるには、ある程度の資本力と専門性が求められます。したがって、今後もM&Aによる業界再編は続き、より大手と専門特化企業に収斂していく可能性があります。
11. まとめ・おわりに
ITエンジニア派遣・SES業界におけるM&Aの活発化は、技術革新の加速やエンジニア不足、DX推進など複数の要因が組み合わさって進行しています。本記事で取り上げた具体的な事例からもわかるように、企業が自社の強みをさらに伸ばすためにSES企業を買収したり、逆に事業の選択と集中のためにカーブアウト(一部事業売却)を行うケースも増えています。
M&Aの成功は、単に株式を取得して終わりではありません。買収後の統合プロセス(PMI)において、エンジニアのモチベーションを維持し、技術力や顧客リレーションをうまく融合させるための「仕組みづくり」が欠かせません。SES事業の場合、人的リソースが最大の価値であるため、文化の違いや評価制度の変化により優秀な人材が流出しないよう、丁寧に統合を進める必要があります。
また、ITエンジニア派遣・SES企業は今後、AI、クラウド、データサイエンスなど新たな技術領域への対応力が求められると同時に、リモート環境の普及や海外との連携などビジネスのグローバル化も加速するとみられます。国内外でのM&A案件は増加し、業界再編のペースはますます加速するでしょう。その中で、各企業がどのように戦略を描き、必要なリソースを獲得していくのかが成長の鍵となります。
今後、ITエンジニア派遣・SESに関わる企業がさらなる成長を遂げるためには、M&Aを含む柔軟な経営戦略と、買収後のPMIに注力する姿勢、そしてエンジニアを中心とした組織カルチャーの確立が大切です。本記事の内容が、少しでも業界動向の理解やM&Aの実務検討のお役に立てば幸いです。

株式会社M&A Do 代表取締役
M&Aシニアエキスパート・相続診断士
東京都昭島市出身。慶應義塾大学理工学部を卒業後、大手M&A仲介会社にて勤務し、その後独立。これまで製造業・工事業を中心に友好的なM&Aを支援。また父親が精密板金加工業、祖父が蕎麦屋、叔父が歯科クリニックを経営し、現在は父親の精密板金加工業にも社外取締役として従事。