はじめに

半導体業界は、AIやIoT、5G・6G通信技術の進歩、さらにEV(電気自動車)などモビリティの電動化による需要拡大などを背景に、世界的な規模で急速に成長しています。特に近年は、莫大な研究開発費や先端設備投資を必要とするプロセス技術の高度化や、経済安全保障の観点からサプライチェーンを再構築する流れが強まっており、多くの企業がM&A(合併・買収)を通じて競争力を補強しています。

本記事では、国内外で近年行われた半導体関連のM&A事例を参照しながら、業界全体の動向や背景、さらにM&Aにより生まれるシナジーと課題、今後の見通しなどを詳しく解説いたします。企業の事例を丁寧に追うことで、M&Aが生まれる要因や、半導体サプライチェーンをめぐる企業戦略の一端をご理解いただければ幸いです。


半導体業界におけるM&Aの概要

半導体業界の構造とサプライチェーン

半導体業界のサプライチェーンは、**前工程(設計やプロセス、ウエハー製造など)後工程(組み立て・封止、テストなど)**に大きく分かれます。

  • 前工程ではシリコンウエハーの製造(ウエハーインゴットの成長、切削、研磨、エピ成膜など)、フォトリソグラフィ工程(露光、エッチング)、成膜工程など高額な装置と高度な技術が必要とされます。
  • 後工程はパッケージングや最終テストを行う工程で、人件費が安い地域に委託するケースやOSAT(Outsourced Semiconductor Assembly and Test)の外部サービスを活用するケースが増えています。

それぞれの工程は資本集約的であり、技術開発スピードが速く先行投資が膨大になるため、企業の再編・統合が加速する要因にもなっています。また、サプライチェーン上で複数の企業が垂直的に連携し、技術面だけでなく資本面での統合に踏み切るケースも増えています。

M&Aが増加する背景

  1. 投資負担の増大
    半導体の微細化や3次元構造化などが進むにつれ、製造装置や研究開発への投資は億単位から兆単位へと膨張しています。単独企業で負担しきれないため、事業統合や買収によって収益基盤をより強固にする動きが活発化しています。
  2. シェア拡大と経済安全保障
    国や地域による半導体政策(各国の補助金・優遇策など)も再編を促進します。欧米やアジア各国でサプライチェーンの見直しが急務となる中、大手企業が生産拠点確保や技術獲得を目的にM&Aを行い、シェアを確保する事例が増えています。
  3. 製品ライフサイクルの短期化
    スマートフォンや自動車向け半導体など高機能製品の開発サイクルが加速度的に短縮化しており、研究開発期間の圧縮やスピーディな市場投入のためにも、M&Aで必要技術や市場チャネルを即時獲得する動きが促進されています。
  4. IT・AIの高まり
    データセンターやクラウドサービスの拡大、AI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)の進化に伴い、高性能かつ省電力の半導体設計が重要視されています。設計ノウハウを持つ企業を買収し、自社製品群に統合するパターンも多く見られます。

国内の主要M&A事例と特徴

日立化成(昭和電工マテリアルズ)買収事例

約9600億円という非常に大きな規模のM&Aとして注目を集めました。日立化成(現・昭和電工マテリアルズ)は半導体や自動車電池、機能材料に強みがあり、昭和電工側も合併によって、電子材料や先端素材分野での事業拡大を狙いました。親子上場の解消やグループ戦略の見直しも一つの大きな理由でした。買収金額が昭和電工の連結売上高を上回る大胆な投資であり、「社運をかけたM&A」とも呼ばれました。

東京エレクトロンによる海外半導体製造装置メーカー買収事例

東京エレクトロンは、半導体製造装置においてトップクラスの地位を誇る日本を代表する装置メーカーです。世界的に見てもアプライドマテリアルズ(アメリカ)やラムリサーチ(アメリカ)、ASML(オランダ)に続く大手とされています。同社は成長戦略の一環として米FSI Internationalや米NEXX Systemsなどを買収し、洗浄装置やウェーハレベルパッケージング装置のラインアップを取り込みました。
東京エレクトロンは買収を通じて洗浄工程先端パッケージング技術など、さらなる高付加価値分野への参入を強化しています。

ルネサスエレクトロニクスの大型M&A事例

ルネサスは日本の電機大手(日立・三菱電機・NEC)の半導体部門を統合して誕生した企業です。近年は海外アナログ半導体メーカーの買収を積極的に進めており、米インターシル(2017年)米IDT(2019年)、そして**英ダイアログ・セミコンダクター(2021年)**などを巨額投資で買収しました。マイコンとパワー半導体、アナログ半導体の統合ソリューションを提供し、自動車業界やIoT分野、産業機器向けに競争力を高めています。

日立ハイテクノロジーズの後工程売却事例

日立ハイテクノロジーズ(現・日立ハイテク)は後工程に必要なボンディング装置事業を売却し、経営効率化事業選択と集中を進めました。株式会社ファスフォードテクノロジとして新会社を設立し、ボンディング装置製造・販売事業を承継させた後、外部に譲渡した形です。このように後工程などを切り離し、注力するコア事業を明確化する動きは日本国内企業でも盛んに行われています。

その他国内企業の買収事例(澁谷工業など)

澁谷工業によるカイジョーの子会社化など、半導体関連技術を取り込む事例も見受けられます。澁谷工業はメカトロシステム事業の一環として半導体製造装置を製造しており、超音波技術を強みとするカイジョーを取り込むことで市場シェアの拡大や製品ラインアップの拡充につなげています。


海外を含む大型M&A事例

ソフトバンクによるARM買収事例

ソフトバンクグループが2016年に約3.3兆円を投じて英国の半導体設計大手ARMを買収した事例は、日本企業による海外M&Aとしては過去最高額の一つでした。ARMはCPU設計に特化し、スマートフォンやタブレット端末の低消費電力CPUコアとして世界で高い市場シェアを誇っています。AIやIoT向けのチップアーキテクチャ提供にも大きな役割を果たしています。この買収によってソフトバンクはIoTビジネスの基盤強化を目指しましたが、その後、エヌビディアへの売却話が出るも各国の独禁当局の審査難航により最終的に取り止めになり、ARMは株式上場を目指す方向へと転換しています。

米国を中心としたグローバルM&A動向

米国ではエヌビディアによるメラノックス買収、AMDによるザイリンクス買収、マーベルによるインフィ、またクアルコムによるヌビア買収など、非常に活発な再編が続いています。5G・6G通信、データセンター向け半導体、AI向けCPU/GPUなどの需要増加や競争激化のため、大手各社が研究開発力や顧客基盤を拡大する目的でM&Aを行っており、いずれも数十億ドルから数百億ドル規模の大型案件が多発しています。


事例紹介:国内の半導体関連M&Aピックアップ

ここからは、個別企業が発表した事例をいくつか取り上げて、その狙いや背景をさらに掘り下げてみます。

1. 昭和電工による日立化成買収

  • 買収の概要
    2020年に昭和電工が約9600億円を投じて日立化成を買収し、社名を「昭和電工マテリアルズ」に変更しました。日立化成は半導体や自動車電池などの機能材料に強みを持ち、日立グループの親子上場解消の一環として売却が進められた事例です。
  • シナジーと狙い
    昭和電工は従来から化学材料やアルミ・カーボンなどの素材分野を展開しており、日立化成の持つ先端材料と組み合わせることで半導体用高機能材料や電池用材料で大きなシナジーが見込まれます。とくに5Gや自動車の電動化に伴い高機能樹脂やプリント基板用材料、半導体封止材などの需要が世界的に拡大しており、こうした分野で国内外のシェア拡大を目指しています。

2. 日立ハイテクノロジーズのボンディング装置製造事業売却

  • 売却の概要
    2014年に日立ハイテクノロジーズと子会社である日立ハイテクインスツルメンツが手がけるボンディング装置事業をファスフォードテクノロジ社として分割し、TYホールディングスへ譲渡しました。譲渡価額は非公表ですが、売上高は併せて約140億円とされています。
  • 背景
    経営効率化の一環として、半導体後工程事業を売却することで、より収益性の高い分野へリソースを集中させる狙いがありました。日本企業全体でグループ内の親子上場廃止や事業選別の動きが加速する中、日立グループとしても例外ではなく、保有事業の再構築が行われた事例の一つです。

3. 澁谷工業によるカイジョー買収

  • 買収の概要
    澁谷工業はメカトロシステム事業の一環として半導体製造装置を手がけており、2011年にカイジョーを17億5000万円で完全子会社化しました。カイジョーは超音波技術を利用したワイヤボンダ(半導体と基板を接続するための装置)や超音波洗浄装置を主力としています。
  • 狙い
    半導体の後工程におけるワイヤボンダ市場では、微細化・高機能化に伴う高度な接続技術が重要です。澁谷工業はカイジョーの超音波接合技術を取り込むことで、自社メカトロ装置との統合的な提案が可能となり、競争力を強化しています。

4. 東部ネットワークによる魚津運輸買収

  • 概要
    2022年10月に工業用ガス輸送を手がける魚津運輸を子会社化しました。売上高は6億5100万円で、工業用ガス輸送が主力です。工業用ガスは半導体・鉄鋼・化学など産業の幅広い分野で使われており、水素輸送への対応も視野に、将来的な事業拡大を狙っています。
  • 背景
    半導体製造には高純度ガスの安定供給が不可欠です。サプライチェーンが逼迫する中、輸送能力を持つ物流企業のM&Aは、半導体関連に直接従事していない会社であっても、今後の市場機会を確保するための重要な戦略となっています。

5. 台湾力成科技によるテラプローブ買収

  • 概要
    半導体組立・検査を手がける台湾の力成科技がテラプローブをTOBで子会社化しました。買付代金は最大90億2500万円程度。テラプローブの東証マザーズ上場は維持する方針で、力成科技は39.65%保有していたマイクロンメモリジャパンなどが保有する株式を取得しています。
  • ねらい
    台湾力成科技としては、日本の車載半導体メーカーやIoT関連製品メーカーとの取引を拡大するために、テラプローブが築いていた顧客基盤を活用する意図があります。日本企業との協業や半導体後工程でのノウハウ獲得も狙いの一つです。

6. その他の国内M&Aトピックス

  • 日立ハイテクノロジーズ、日立金属、富士通、東芝など多くの大手企業が事業売却
    親子上場解消の流れや収益性向上のため、半導体装置や材料の事業を外部へ売却するケースが散見されます。国内大手メーカーも引き続き事業整理を進める傾向があり、選択と集中が進められています。
  • 東京エレクトロンやSCREENホールディングスなど装置大手による拠点強化
    特定分野の技術獲得のために海外企業との提携やM&Aを狙う事例が見られ、半導体装置の競争力向上に注力しています。
  • ルネサスのような大手半導体メーカーによる海外ファブレス買収
    自動車ECUやパワー半導体、高耐久マイコンなどで強みを発揮すべく、アナログ技術や電源管理ICを保有する海外企業の買収が加速しています。

M&Aにおけるポイント・シナジーと課題

1. 技術シナジーの獲得

半導体業界のM&Aでは、単に企業の規模拡大や販売チャネルの拡充のみならず、研究開発や特許ポートフォリオの統合による技術シナジーが大きな目的となります。例えば、設計技術を持つ企業と製造技術を持つ企業が組み合わさることで、高度化する市場ニーズへの対応力が強化されます。

2. グローバル展開の強化

海外拠点を持つ企業や、欧米・アジアの顧客を多く抱える企業を買収することで、一気に販売網が拡充されます。特にOSATやファブレスとの提携・統合によって、新興国市場や欧米市場への参入障壁を下げられるメリットがあります。

3. 生産能力拡張とコスト競争力

大手ファウンドリーとの取引を強化するために、特定の装置メーカーや材料メーカーがM&Aを行うケースもあります。量産効果を得てコストダウンを進めつつ、設備を最大限活用して生産能力を底上げできる点は大きな魅力です。特にパッケージングやテストなどの後工程をアジア拠点で集約する動きは、コスト競争を勝ち抜くうえで重要になっています。

4. 人材確保と再配置

半導体分野では高度な技術者が求められますが、人材不足が深刻化しつつあります。M&Aを通じて優秀な研究開発・設計・製造技術者を取り込み、即戦力として活用するケースも増加中です。一方で、非中核部門のリストラや希望退職などに踏み切る企業もあり、人材の流動化と再配置が業界全体で起こっています。

5. 経営判断のスピードと研究開発投資

半導体市場のサイクルは速く、また設備投資のタイミングを誤ると巨額の損失につながります。企業規模の拡大やシェアアップにより売上を安定させることで、研究開発投資に必要なキャッシュを確保しやすくなるメリットがあります。逆に経営体制が複雑化しスピードが落ちる場合もあり、どのようにガバナンスを効かせるかが課題となります。

6. ガバナンスと文化統合

M&A後には、買収元と被買収企業の企業文化統合組織再編が円滑に進むかどうかが重要です。とくに研究開発部門同士が連携する際には、知的財産や技術情報の共有ルールをどう設計するかが大きな争点になります。また、意思決定プロセスや評価制度の違いが障壁になる場合も多いため、丁寧な組織統合プランが必要です。


半導体業界M&Aの最新動向と今後の展望

経済安全保障の観点

地政学リスクの高まりや、先端半導体技術が軍事・防衛・高度産業に直結する状況を背景に、各国政府は半導体関連企業の海外M&Aに厳しい審査を行うケースが増えています。これにより、企業間のM&Aが難航する事態も出てきています。たとえば、エヌビディアがARMを買収しようとした際には英米や中国当局の独禁審査が焦点となり、最終的には契約が破談となりました。

EV化や5G・6G通信の需要増大

自動車の電動化とADAS(先進運転支援システム)の普及によって、車載半導体やパワー半導体の市場は今後も大幅に拡大すると予想されています。5Gに続く6G通信の普及も、基地局や端末向けの高周波半導体需要を膨らませると見られます。これらの新分野で必須となる技術や生産拠点を早期に確保するために、M&Aに踏み切る企業は引き続き増えるでしょう。

IoT・AI時代と先端プロセス技術

IoTやAI関連のアプリケーションが多様化するなかで、CMOSイメージセンサーや各種MEMSセンサー、次世代パワー半導体(SiCやGaN)なども需要が拡大しています。また、データセンター向けの高速メモリーやSoC(System on Chip)などが重要度を増しており、開発に数千億円~数兆円規模の投資が必要となります。こうした巨額投資に対応できるよう、M&Aで規模拡大や技術補完を図る動きは今後も続く見込みです。

サプライチェーン強靭化による国内回帰

米中貿易摩擦や世界的な半導体不足を受け、各国政府や企業は国内生産の回帰やサプライチェーンの地理的分散を模索しています。日本国内でもTSMC(台湾)などの海外企業が工場を新設する動きが見られ、これに関連して日本企業も周辺設備や材料、輸送、工程請負を手がける企業を買収して地盤固めを進めるケースがあります。

M&Aにおける地域別の展望

  • アメリカ・欧州
    半導体設計企業や先端プロセス技術、またAI向け設計を持つファブレス企業への投資が増えています。特にアナログ半導体企業への需要が強く、高額買収が相次ぎます。
  • アジア(台湾・韓国・中国など)
    ファウンドリー大手や後工程(OSAT)大手が存在し、台湾や韓国は高い技術力をもっています。中国は国内半導体産業の育成を国家プロジェクトとして進めており、海外企業の買収や合弁投資などが活発化する可能性があります。
  • 日本
    技術力の高い中堅・中小企業が多くあり、大手企業が選択と集中を進める一方、海外からの買収標的にもなりうる状況です。国内企業間M&Aや海外企業との協業も増えると見られます。

まとめ

半導体業界はAI、5G/6G通信、EV化などのメガトレンドの影響を受け、今後も大きく拡張し続けることが予想されています。しかし一方で、開発・製造プロセスが高度化・複雑化し、桁違いの投資が必要となる「資本集約型産業」へと深化しているのも事実です。M&Aはこうした膨大な開発投資や生産能力拡張を迅速に実現し、同時に市場シェアを確保するための有力な手段といえます。

また、サプライチェーン全体で見れば、前工程から後工程まで縦横に連携を進め、技術シナジーや販路拡大を達成する戦略としてもM&Aが積極的に活用されています。ただし、経営統合後の文化統合や迅速な意思決定体制の構築など、乗り越えなければならない課題も少なくありません。さらに経済安全保障の観点や独禁法審査が世界各国で強化される中、案件がスムーズに進められるかどうかには注意が必要です。

日本国内でも昭和電工マテリアルズ(旧日立化成)の大型M&Aに代表されるように、日系企業が主導する巨大買収案件が今後増えていく可能性があります。あるいは、ルネサスエレクトロニクスのように世界の車載半導体やアナログ半導体に積極的に参入するため、海外企業を買収するケースも見られます。一方、大手電機メーカーであっても、事業ポートフォリオの再編に伴い半導体関連の技術や設備を外部に譲渡することも少なくありません。

いずれにしても、半導体業界におけるM&Aは今後ますます活発化する見込みであり、技術・市場・経済安全保障・資金調達など多角的な視点から分析する必要があります。本記事で紹介した事例のように、さまざまな企業が戦略的な意思決定を通じて、競争力や研究開発能力を高めようとしていることがご理解いただけたのではないでしょうか。

世界規模での半導体需要が伸び続けるなか、半導体産業に関連するM&Aはますます見逃せない重要テーマとなっていくでしょう。企業間の連携・統合がどのように新たなイノベーションや生産性向上を生み出すのか、引き続き注目が集まります。

以上、近年の半導体業界におけるM&A事例を軸とした概説でした。各企業のケーススタディをさらに深掘りすることで、今後の市場動向や企業戦略がより明確に見えてくるはずです。事業拡大や投資判断を行う上でも、半導体産業が抱える課題と成長ポテンシャルに注目いただければ幸いです。