目次
  1. はじめに
  2. 1.飲食店業界におけるM&A活性化の背景
    1. 1-1.業界の構造変化
    2. 1-2.主なM&Aの目的
  3. 2.M&Aの豊富な事例に見る飲食店業界の再編動向
    1. 2-1.同業種間の株式取得・子会社化による相乗効果
      1. 事例1:総合商研<7850>によるグリーンストーリープラスの子会社化(2017年6月)
      2. 事例2:大庄<9979>による壽司岩の店舗・外販事業取得(2008年12月)
      3. 事例3:鈴茂器工<6405>による日本システムプロジェクトの子会社化(2021年10月)
    2. 2-2.海外展開を見据えたM&A
      1. 事例4:力の源ホールディングス<3561>によるPT. IPPUDO CATERING INDONESIAの買収(2017年8月)
      2. 事例5:大戸屋ホールディングス<2705>による中国上海での合弁解消(2013年12月)
      3. 事例6:鉄人化計画<2404>によるインドネシア子会社の買収や売却
    3. 2-3.事業再編と「選択と集中」
      1. 事例7:石垣食品<2901>による飲食店経営のエムアンドオペレーション子会社化(2018年)
      2. 事例8:小僧寿し<9973>による食肉製造卸ミートクレストの子会社化とわずか半年後の売却
      3. 事例9:乃村工藝社<9716>のグループ会社再編
    4. 2-4.外食同士の経営統合・株式交換
      1. 事例10:安楽亭<7562>によるアークミールの買収(2019年)
      2. 事例11:アスラポート・ダイニング<3069>と阪神酒販グループ
      3. 事例12:日住サービス<8854>のMBOによる非公開化(2023年)
  4. 3.海外展開強化やブランド拡充を狙った事例
    1. 3-1.海外ブランドの買収による展開
      1. 事例13:リクルートホールディングス<6098>のQuandoo買収
      2. 3-2.日本食ブームを背景とした買収
      3. 3-3.インバウンド需要と飲食事業の協業
  5. 4.新規参入や異業種からのM&A
    1. 4-1.外食以外の企業による飲食事業の取得
      1. 事例14:石垣食品<2901>のワインバー運営事業への進出
      2. 4-2.物流・食材調達力を補う買収
  6. 5.持ち株会社体制によるグループ再編
    1. 5-1.大手飲食チェーンによるホールディングス化
    2. 5-2.グループ内での再編や統合
  7. 6.個別ブランド買収による業態補強
    1. 6-1.「和食」「カフェ」「焼肉」など
    2. 6-2.高級路線と大衆路線の二極化
  8. 7.コロナ禍と飲食店M&A
  9. 8.MBO(経営陣買収)や事業承継としての飲食店M&A
    1. 8-1.MBOによる非公開化のメリット
    2. 8-2.後継者不在企業の事業承継としてのM&A
  10. 9.周辺産業との融合によるサービス強化
    1. 9-1.店舗設計・内装会社の買収
    2. 9-2.予約システム・セルフオーダーシステムの買収
  11. 10.飲食店業界M&Aの留意点と今後の展望
    1. 10-1.コスト管理・人材不足解消がカギ
    2. 10-2.ブランド力と独自性の確立
    3. 10-3.海外展開とインバウンド需要の回復
    4. 10-4.異業種・周辺業界との連携
    5. 10-5.ESGやSDGsへの対応
  12. おわりに

はじめに

近年、飲食店業界ではグローバル規模の競争激化や人手不足、原材料価格の高騰、さらには新型コロナウイルスの影響など、多様な経営課題が顕在化してきました。こうした環境下で、自社のブランド力を強化し、新市場への進出や既存事業の立て直しを目指す企業が増加し、M&A(合併・買収)や事業譲渡・譲受が活発化しております。

本稿では、実際に公表された数多くのM&Aや事業譲渡・株式取得などの事例を参考に、飲食店業界の再編がどのように進み、その背景にどのような動機やメリットが存在するのかを詳しく見ていきたいと思います。また、海外展開の事例や、飲食店と周辺事業とのシナジー創出を狙った事例、さらには人材不足への対応など、多角的な切り口から飲食業界のM&A動向を整理してまいります。

本記事は約2万字のボリュームで、具体的な事例とともに、業界の背景や今後の展望を整理しながらまとめております。最後までお読みいただくことで、飲食店業界におけるM&Aの全体像や留意点、今後の成長戦略のヒントを得ていただけますと幸いです。


1.飲食店業界におけるM&A活性化の背景

1-1.業界の構造変化

飲食店業界は、外食産業全般の需要停滞や競争の激化により、既存ビジネスモデルの変革を迫られてきました。特に、慢性的な人手不足や原材料費・物流費の高騰、新型コロナウイルスの流行による営業時間短縮や休業要請などの打撃で、売上・利益が大きく落ち込んだ企業が増えています。

一方で、デジタルトランスフォーメーション(DX)の進展や海外からの観光客需要(インバウンド需要)の回復予測など、中長期的には成長の余地も考えられています。こうした不安定かつ挑戦機会のある時代を迎え、安定的な資本力やブランド力を求めてM&Aを活用する企業が増えているのです。

1-2.主なM&Aの目的

飲食店業界におけるM&Aの目的は多岐にわたります。具体的には以下のような狙いがあります。

  • (1) ブランドの取得・刷新
    有名チェーン・ブランドを取得し、既存事業に付加価値を加える狙い。あるいは既存ブランドのイメージ刷新を図る手段として買収を行うケースも見られます。
  • (2) 出店エリア・業態拡大
    得意としていないエリアや顧客層へ一気に進出するために、地元で実績のある企業・店舗を買収して営業基盤を強化する事例。
  • (3) 海外進出・輸出入・調達網の確立
    海外の飲食企業を買収し、現地生産・物流を整備するとともに、自社ブランドの海外展開を図るケース、あるいは海外企業が日本の外食チェーンを買収して自国へ進出することも挙げられます。
  • (4) 業務効率化・コスト削減
    仕入れやセントラルキッチン(加工工場)を集約することで原価を下げる、物流網や営業ノウハウの共有によって収益性を向上させるなどのシナジーを狙います。
  • (5) 人材確保・採用力強化
    人材採用や教育に強みを持つ企業を取り込むことで、自社の人手不足を解消し、人事戦略を拡充する事例も増えています。

また、構造不況に直面した企業が、事業ポートフォリオの再構築のために不採算部門を売却して選択と集中を図るM&Aも増加しています。


2.M&Aの豊富な事例に見る飲食店業界の再編動向

ここからは、数多くの発表事例をもとに、特徴的なM&A・事業譲渡・株式取得などの具体例を見ていきます。事例ごとに狙いや背景を簡潔に整理しながら、飲食店業界がどのように再編されているかを解説いたします。

2-1.同業種間の株式取得・子会社化による相乗効果

事例1:総合商研<7850>によるグリーンストーリープラスの子会社化(2017年6月)

会員制情報誌「北海道食べる通信」を発行するグリーンストーリープラスを総合商研が子会社化しました。北海道の生産者を直接つなぐサービスを展開し、銀座で「お取り寄せダイニング十勝屋」も運営。総合商研は自社の通販サイトとの連携による物販事業強化や、地方産品の販路開拓を狙いました。地域密着型の食材・情報誌を取り込むことで、通販・外販力が高まる好例と言えます。

事例2:大庄<9979>による壽司岩の店舗・外販事業取得(2008年12月)

大手居酒屋チェーンである大庄が老舗寿司ブランド「築地寿司岩」を運営していた壽司岩から店舗と外販事業を取得。大庄は有名百貨店への展開や空港などでのブランド認知度の高さを評価し、グループ全体の収益基盤拡大とブランド力強化を狙いました。高級感や老舗イメージを生かしつつ、事業再生を進める動きの典型例です。

事例3:鈴茂器工<6405>による日本システムプロジェクトの子会社化(2021年10月)

寿司ロボットやご飯盛りつけロボットを世界展開する鈴茂器工が、飲食サービス業向けシステム開発(POSシステム、セルフオーダーシステム、配膳ロボット等)の日本システムプロジェクトを傘下に収めました。飲食店の厨房から客席フロアに至るまで省人化や効率化を提供できる体制を構築する目的で、ハードとソフトを融合するシナジーを狙ったM&Aです。

2-2.海外展開を見据えたM&A

事例4:力の源ホールディングス<3561>によるPT. IPPUDO CATERING INDONESIAの買収(2017年8月)

博多ラーメンの「一風堂」を展開する力の源HDが、資本規制緩和によりインドネシアでレストラン経営が可能になったタイミングで現地運営会社を子会社化。経済成長が著しいインドネシアへの本格展開を狙ったもので、海外進出時に合弁から完全子会社化へ移行するケースの一例です。

事例5:大戸屋ホールディングス<2705>による中国上海での合弁解消(2013年12月)

大戸屋が中国でのフランチャイズ事業を手がける合弁会社を買収し、直営に切り替えた事例です。アジアの外食市場は成長機会が大きい一方、事業展開方針が合弁相手と合わず、資本関係を変更して海外進出を円滑に進める動きも散見されます。

事例6:鉄人化計画<2404>によるインドネシア子会社の買収や売却

鉄人化計画はカラオケ事業を柱にしつつ、台湾やインドネシアでも外食事業を展開しました。しかし、現地の商習慣や規制、文化の違いなどにより、日本型のスタイルが浸透しづらく、結果的に子会社を売却・事業撤退した事例もあります。海外展開は大きな成長余地を秘める一方、市場特有のリスクもあることを示しています。

2-3.事業再編と「選択と集中」

事例7:石垣食品<2901>による飲食店経営のエムアンドオペレーション子会社化(2018年)

石垣食品は「フジミネラル麦茶」や珍味、ワインバーを展開していましたが、赤字が続く外食事業の立て直しを課題にしていました。人材採用・育成に強みを持つエムアンドオペレーションを傘下に収めることでノウハウを吸収し、外食再建を狙った例です。一方で、外食事業が思うように伸びなかったケースもあり、後に再度構造改革を図ることもあります。

事例8:小僧寿し<9973>による食肉製造卸ミートクレストの子会社化とわずか半年後の売却

小僧寿しは2021年に食肉原料調達ルートを確保し飲食事業を強化するためにミートクレストを買収。しかし2022年に早々に売却を決定しました。飲食店向け食材供給の拡充を狙ったM&Aでしたが、思うように成果を上げられず、事業ポートフォリオ見直しを優先して早期の撤退を選んだケースです。こうした短期売却は外食再編の激しい動きを象徴しています。

事例9:乃村工藝社<9716>のグループ会社再編

店舗内装のテスコをシンプロメンテ(店舗メンテナンス事業)傘下に移し、業務提携を強化しました。内装やメンテナンスなどを幅広くサポートする大手グループ形成を意図し、飲食・小売りチェーン向け総合サービスの提供を目指しています。このように、ディスプレイ関連企業が飲食・小売り事業者向け付帯サービスを強化する動きも見られます。

2-4.外食同士の経営統合・株式交換

事例10:安楽亭<7562>によるアークミールの買収(2019年)

焼肉チェーン「安楽亭」と、ステーキなどを提供する「ステーキのどん」や「フォルクス」「どん亭」を運営するアークミールの統合例です。外食産業を取り巻く経営環境が厳しさを増す中、食材調達や店舗運営で共通点が多いため、収益基盤強化と規模拡大を狙いました。しかし、買収先が赤字や債務超過に陥っている場合、経営改善に向けた施策や追加投資が大きな課題となります。

事例11:アスラポート・ダイニング<3069>と阪神酒販グループ

焼き鳥店「ぢどり亭」を全国展開している阪神酒販グループが、アスラポート・ダイニングをTOBで傘下に収めた事例(2009年)もありました。外食と酒販が手を組むことで、原材料や酒類の調達を効率化し、多店舗展開を後押しする狙いが示されています。

事例12:日住サービス<8854>のMBOによる非公開化(2023年)

不動産流通事業が市況に左右されやすい中、飲食ビジネスや海外事業にも多角化していた日住サービスが非公開化を選択。中長期的視点で事業構造改革に取り組むため、MBO(経営陣による買収)を実施。飲食店展開も含めて基盤強化を図るケースで、上場廃止後は腰を据えて経営再建に臨む動きが近年増えています。


3.海外展開強化やブランド拡充を狙った事例

3-1.海外ブランドの買収による展開

事例13:リクルートホールディングス<6098>のQuandoo買収

ドイツを中心にヨーロッパで飲食店向け予約サービスを展開するQuandooを買収(2015年)。旅行・飲食・美容など日常消費領域でグローバルに事業展開するリクルートの姿勢を示す好例です。M&Aにより新たな基盤を獲得し、既存サービスと組み合わせることで高い成長が期待されます。

3-2.日本食ブームを背景とした買収

海外での日本食人気を追い風に、すしやラーメンなどを展開するブランドを買収し、新市場を開拓する動きも盛んです。力の源HD(「一風堂」)やコロワイド(「牛角」「かっぱ寿司」など)など、国内の飲食大手が海外展開を加速させています。

3-3.インバウンド需要と飲食事業の協業

インバウンド需要増を見越し、飲食店の誘致や海外旅行客向けのサービスを強化するために、現地旅行会社や予約システム会社を買収する動きも見られます。たとえば、ヤフー<4689>が高級宿泊予約サイトの一休<2450>を買収(2015年)した際には、宿泊・飲食予約サービスを一体で提供するシナジーが生まれました。


4.新規参入や異業種からのM&A

4-1.外食以外の企業による飲食事業の取得

異業種企業が飲食事業へ新規参入したり、逆に飲食企業が異業種を取り込む動きも散見されます。

事例14:石垣食品<2901>のワインバー運営事業への進出

飲料や珍味の製造・販売を手掛ける石垣食品が、ワインバー「nomuno2924」などを経営する企業を買収し、外食事業に乗り出しました。しかし運営ノウハウ不足による赤字が続き、追加で人材育成に強みを持つ企業を買収しながら立て直しを図るケースを示しました。

4-2.物流・食材調達力を補う買収

飲食店にとっては食材の安定供給が死活問題であり、食肉・水産物卸業者や包装資材メーカーなどを取り込むことで、一貫したサプライチェーンを構築する動きも見られます。
例として、久世<2708>の築地水産仲卸の旭水産を買収し、鮮魚事業を強化(2014年)した事例などが挙げられます。


5.持ち株会社体制によるグループ再編

5-1.大手飲食チェーンによるホールディングス化

コロワイド<7616>は「牛角」「かっぱ寿司」「フレッシュネスバーガー」など次々とM&Aを行い、大規模なホールディングスとして外食産業を横断する企業グループを形成しました。多業態化によってさまざまな顧客層を取り込み、食材・仕入れ・人材などの効率化を追求しています。

5-2.グループ内での再編や統合

M&A後の組織再編により、フランチャイズ本部事業を統合したり、重複する物流拠点を一本化するなどの例も見られます。多角的に事業を広げる過程でのグループ再編こそが、コスト削減やブランド強化につながる鍵となります。


6.個別ブランド買収による業態補強

6-1.「和食」「カフェ」「焼肉」など

  • 焼肉チェーンの統合:例としてあみやき亭<2753>がスエヒロレストランシステムを買収し「炭火焼肉かるび家」などのブランドを取り込んだ事例。
  • そば・うどんチェーンの買収:フジオフードシステム<2752>が「まいどおおきに食堂」などを運営する傍らで、そば専門店「土山人」を展開する暮布土屋を買収するなど、新業態獲得にも力を入れます。
  • 海外ブランド導入:クリエイト・レストランツ・ホールディングス<3387>が「レインフォレストカフェ」や「マンゴツリー」など海外発祥のブランドを国内展開するため取得するケース。

6-2.高級路線と大衆路線の二極化

外食産業では低価格路線と高価格・高付加価値路線への二極化が見られます。安価なファストフード店や居酒屋業態を買収する例と、老舗高級寿司店や高単価ステーキ店などを買収する例が混在し、消費者ニーズの多様化に対応したポートフォリオを形成する狙いがうかがえます。


7.コロナ禍と飲食店M&A

新型コロナウイルスの流行により、飲食店は厳しい局面に立たされました。緊急事態宣言や蔓延防止措置などで営業時間短縮や休業が要請され、売上が大幅に落ち込んだ企業も少なくありません。このような状況下で、一部の企業は資金繰りに苦しみ、M&Aによる救済やスポンサー支援を求めるケースが増えています。

一方で、在宅需要の拡大に対応し、テイクアウトやデリバリーに強い企業を買収する動きも顕在化しています。たとえばぐるなび<2440>が「楽天デリバリー」や「楽天リアルタイムテイクアウト」事業を取得(2021年7月)したり、出前館と連携したサービスを展開するなど、オンライン注文の強化を目的としたM&Aが進んでいます。


8.MBO(経営陣買収)や事業承継としての飲食店M&A

8-1.MBOによる非公開化のメリット

株式公開企業がMBOにより非公開化を決断する例が増えています。

  • 一六堂<3366>のMBO(2018年):居酒屋「五大陸」などを展開。外食産業の環境変化に対応するため、抜本改革を長期的視点で進める狙いから非公開化を実施しました。

8-2.後継者不在企業の事業承継としてのM&A

経営者の高齢化が進む中小飲食店や、地場で知名度のあるレストランを大手が買収する例も増加しています。代表がリタイアを迎える前に企業価値を高めて売却し、従業員の雇用を守るといった事業承継手段としてもM&Aが活用されます。


9.周辺産業との融合によるサービス強化

9-1.店舗設計・内装会社の買収

飲食店の出店拡大に伴い、内装工事やデザインを請け負う企業を買収してグループ内製化する例があります。たとえばヨシックスホールディングス<3221>が店舗内装会社の芝産業を子会社化(2021年10月)。自社店舗の内装を内製化して出店スピードを上げ、コスト削減を狙う動きです。

9-2.予約システム・セルフオーダーシステムの買収

省人化やIT化が不可避となる飲食店において、POSやセルフオーダー等のシステム会社の買収も進んでいます。

  • インフォマート<2492>による飲食店向け受発注サービス事業の拡充
  • インパクトホールディングス<6067>によるセルフオーダーシステム事業の買収(ワールドピーコムから「メニウくん」取得)

10.飲食店業界M&Aの留意点と今後の展望

10-1.コスト管理・人材不足解消がカギ

外食産業の大きな課題は、慢性的な人材不足と原価高騰です。M&Aによって購買力や採用力を高めることができる一方、新たに傘下に入る企業との組織統合、人材マネジメント、システム連携などの調整コストが課題となります。買収後のPMI(Post Merger Integration)がスムーズに進むかどうかが成否を分けるでしょう。

10-2.ブランド力と独自性の確立

大手チェーンの買収・統合が進むにつれ、既存ブランドの差別化や新たなコンセプトの開発が求められます。「地域密着」「高級路線」「ヘルシー食」「海外の人気フード」など、消費者の多様なニーズに合わせたブランド戦略がM&A後の成功を左右します。

10-3.海外展開とインバウンド需要の回復

コロナ禍からの回復に伴い、訪日観光客による消費が再び高まることが予想されます。外国人観光客向けの飲食店ネットワークを一気に拡大するため、海外や地方で既に人気店を展開している企業を買収する動きが引き続き見込まれます。また、国内の人口減少を考慮し、アジア市場を中心に海外進出を急ぐ企業も増加すると考えられます。

10-4.異業種・周辺業界との連携

飲食店の経営効率化のためには、システム開発会社や物流企業、資材メーカーなどの連携が不可欠となります。これまで紹介したように、飲食とIT、飲食と物流の企業が一体となり、より強固なサービスを提供できる体制を構築する例が増えています。

10-5.ESGやSDGsへの対応

食品ロスや環境負荷の軽減など、ESGやSDGs(持続可能な開発目標)に配慮した飲食店経営が社会的に求められています。サプライチェーン全体を俯瞰し、生産・輸送・店舗オペレーションを最適化できるグループづくりが、今後は競争優位につながる可能性があります。


おわりに

本稿では、さまざまな事例をもとに、飲食店業界のM&Aについて詳しく見てまいりました。業界再編が進む背景には、消費者ニーズの変化や経済環境の動揺、海外市場の成長機会など、多岐にわたる要因が存在します。M&Aによるスケールメリットやシナジー創出は、外食企業にとって事業モデルの刷新や生き残り策として極めて有効ですが、一方で買収後のPMIの難しさや組織・ブランド統合のリスクも無視できません。

  • 海外展開を目指す企業は、現地規制や商習慣の差異への対応、合弁解消による直接進出など、一筋縄ではいかない側面があります。
  • 国内マーケット中心の企業は、コロナ禍や人口動態の変化、人手不足と戦いながら、業態の多様化やDX化を推し進める必要に迫られています。
  • 大手外食チェーンが中小の人気店や海外発のブランドを買収し、多角化と収益の安定化を目指す動きは今後も活発に続くでしょう。
  • 中堅・中小企業にとっては、選択と集中、事業承継の手段としてのM&Aが経営課題の解決策となり得ます。

飲食店は人々の日常生活に密着しているがゆえに、常に時代の変化や社会の動きに敏感です。今後も、環境の変化に対応できない企業はM&Aや事業譲渡によって淘汰・再編され、柔軟性の高い企業が生き残っていくことでしょう。多角化をめざす他業種企業とのコラボレーションや、IT・ロボット技術との融合により、これまでにない新業態が生まれる可能性も大いにあります。

本稿が、飲食店業界のM&A動向を把握するうえでの一助となり、皆さまの今後の事業検討や戦略立案に役立てば幸いです。飲食業界は変革期真っ只中ですが、一方で食文化という強い基盤があるため、新しいアイデアや技術が結びつけば大きな発展が期待できる分野でもあります。M&Aがそのきっかけとなり、企業同士が相互補完し合って外食産業がさらに活性化していくことが望まれます。