- 1. はじめに:印刷業界を取り巻く環境とM&Aの意義
- 2. 印刷業界のM&Aを取り巻く背景
- 3. 最近の印刷業界におけるM&A動向:一覧と個別解説
- 3-1. 日本創発グループによる多数の企業買収と戦略
- 3-2. KPPグループホールディングスの海外事業拡充
- 3-3. サカタインクスの北米・中国事業再編
- 3-4. 寺崎電気産業によるグループ印刷・製本業務子会社化(2024年10月28日)
- 3-5. アイネットによるドキュメント事業の取得(2024年10月18日)
- 3-6. 小森コーポレーションの北米・欧州でのパッケージ分野強化
- 3-7. セイコーエプソンによるデジタル印刷向けソフト企業買収(2024年9月19日)
- 3-8. and factoryの電子書籍ストア事業買収(2024年8月14日)
- 3-9. KYORITSUのテレビショッピング番組制作企業買収(2024年7月30日)
- 3-10. 小森コーポレーションのロータリーダイツール事業取得(2024年4月23日)
- 3-11. ブシロードのトレーディングカード生産拠点確保(2024年4月3日)
- 3-12. セイノーホールディングスのメール便配布会社買収(2024年4月1日)
- 3-13. ポエックの溶剤再生装置メーカー買収(2024年3月29日)
- 3-14. グンゼのメカトロ事業譲渡交渉と印刷機器(2024年3月28日/8月2日/9月30日)
- 3-15. 中本パックスの中国事業譲渡と国内事業強化(2024年2月29日)
- 3-16. サカタインクスの中国オフセットインキ事業譲渡(2024年2月28日)
- 3-17. 日本創発グループによる印刷会社や製本会社の子会社化
- 3-18. DTSのシステム開発企業買収と印刷業界向けソリューション(2023年12月27日)
- 3-19. 理想科学工業によるインクジェットヘッド事業の取得(2023年12月22日)
- 3-20. 新光電気産業の非公開化と大日本印刷の出資(2023年12月12日)
- 3-21. 日本創発グループによるグループ内印刷会社合併(2023年12月7日)
- 3-22. 朝日印刷のマレーシア印刷会社買収(2023年10月31日 ほか)
- 3-23. リンテックのインドネシア・カナダでの粘着製品事業拡充
- 3-24. 中本パックスのTOBによるMICS化学買収(2023年10月17日)
- 3-25. 星光PMCの米投資ファンドによるTOBと非公開化(2023年9月1日)
- 3-26. T&K TOKAの米投資ファンドによるTOBと非公開化(2023年8月17日)
- 3-27. ラクスルの印鑑ネット販売大手買収(2023年8月10日)
- 3-28. ローランド ディー.ジー.のリトアニア壁紙材・インク開発企業買収(2023年7月31日)
- 3-29. リコーと東芝テックの複合機事業統合(2023年5月19日/2024年7月1日)
- 3-30. 日本創発グループによる飯島製本の子会社化(2023年4月28日)
- 3-31. KPPグループホールディングスの欧州・アジアでのビジュアルコミュニケーション事業強化
- 3-32. ラクスルのオンデマンド印刷事業取得(2023年3月10日)
- 3-33. 東洋ドライルーブの樹脂塗装・特殊曲面印刷企業買収(2023年1月23日)
- 3-34. 三光産業の通販企業や調理器メーカー買収
- 3-35. 日本創発グループによる買い物用手提げ袋製造企業の完全子会社化(2022年4月15日)
- 3-36. イムラ封筒の印刷企業ハシモトコーポレーション買収(2022年2月1日)
- 3-37. インプレスHDとメディアドゥによるPOD事業統合(2022年1月27日)
- 3-38. リンテックのラベル用粘着紙事業拡充(2022年1月20日発表など)
- 3-39. 共同紙販HDの日本製紙傘下企業買収(2021年11月12日)
- 3-40. シリウスビジョンの特殊印刷機子会社譲渡(2021年11月12日)
- 3-41. 凸版印刷のトッパン・フォームズ完全子会社化(2021年11月10日)
- 3-42. 中越パルプ工業の巴川製紙所からの用紙事業取得(2021年10月28日)
- 3-43. フジシールのスイス子会社PAGOのタックラベル事業譲渡(2021年10月5日)
- 3-44. 廣済堂の多数の構造改革と希望退職募集
- 3-45. カーディナルのMBOによる非公開化(2021年8月5日)
- 3-46. その他の代表的事例と変遷
- 4. 印刷業界M&Aの主な狙いと特徴
- 5. M&A成功のポイントとリスク
- 6. 今後の印刷業界の展望
- 7. まとめ
1. はじめに:印刷業界を取り巻く環境とM&Aの意義
印刷業界では、デジタル化の波や消費者のメディア接触方法の多様化により、従来の出版・商業印刷分野が長期的に縮小傾向にあります。一方で、包装・パッケージ印刷、産業用資材印刷、セキュリティ印刷など、デジタルとは別の領域で新たな需要が伸びる分野も存在しています。
このような中、既存の印刷会社は事業領域を拡張し、顧客ニーズに合わせた高付加価値サービスを提供するため、M&Aを積極的に活用しています。特にデジタル印刷や海外企業との連携、包装資材・産業用資材の強化などが、近年の主なM&Aの狙いとして注目されています。
印刷業界におけるM&Aは、企業の生き残りを賭けた再編と成長戦略の要ともいえます。本記事では、最近公表された数多くの事例を通じて、印刷業界におけるM&A動向を俯瞰し、今後の方向性を探ります。
2. 印刷業界のM&Aを取り巻く背景
2-1. 紙媒体需要の減少とデジタル転換
新聞や雑誌、書籍などの紙媒体は、インターネットの普及やデジタルデバイスの進化に伴って需要が大幅に縮小しています。かつて印刷会社の主要収益源であった紙への印刷は、少部数・多品種化やオンデマンド印刷への対応が求められるようになりました。そのため、新聞・雑誌・書籍分野においては合従連衡が進んでおり、印刷会社同士の統合や経営資源の再配置が頻繁に行われています。
2-2. 付加価値の高い印刷・加工技術の重要性
紙媒体の需要減に対し、高付加価値を提供できる印刷分野が脚光を浴びています。具体的には、包装資材やパッケージ印刷、ラベル印刷、デジタルサイネージや3D造形、さらには産業用のエレクトロニクスプリントなど、多様な技術分野が成長見込みを示しています。こうした分野へ迅速に参入し、自社だけでは補いきれない技術力や設備、顧客基盤を得る手段としてM&Aが活用されているのです。
2-3. 海外市場の成長とグローバル競争
アジアや北米、欧州など、海外の印刷需要も地域によって異なる動きを見せています。たとえば、新興国では人口増加や経済成長にともない中・長期的には印刷物の需要が増す領域が依然としてあり、一方で先進国ではデジタル化が進みながらもパッケージ印刷など新たなニーズが生まれています。こうした異なる需要に柔軟に対応するため、世界各国に生産拠点や販売網を持つ企業同士がM&Aを行い、規模のメリットを追求するケースが増えています。
2-4. 業界再編と選択と集中
印刷会社が生き残るためには、全方位的に対応するのではなく、自社の強みを活かせる分野に経営資源を集中することが求められます。そこで、非中核事業を切り離す一方で、自社が伸ばしたい領域の企業を買収する例が多発しています。大手印刷会社では、既存の印刷事業を整理・縮小しながらも、高付加価値サービスやグローバルでの事業展開へ積極投資をする動きが典型的です。
3. 最近の印刷業界におけるM&A動向:一覧と個別解説
ここからは、本記事のために一覧として挙げた多くの事例を軸に、印刷業界のM&A動向を詳しく見ていきます。各事例の企業名や取引内容はすでに公表されているものであり、今後の参考となるポイントを整理しながら紹介してまいります。
3-1. 日本創発グループによる多数の企業買収と戦略
日本創発グループ<7814>は、汎用的な一般印刷から3Dプリンターやノベルティ、フィギュア造形など多様な領域で事業展開を進める企業です。近年は特にM&Aを通じてグループシナジーを高める戦略を積極的に打ち出しており、以下のような多数の案件を公表しています。
- 横浜マテリアルの子会社化(2025年1月17日)
インテリア製品、記念品・グッズなどの企画・製作を行う横浜マテリアルを2億1000万円で買収。多様化するクリエイティブ需要に対応し、付加価値の高い印刷サービスを展開する狙いです。 - Sakae Plusの子会社化(2024年11月14日)
印刷用金版製造を手がけるSakae Plusの株式70%を約2億1000万円で取得。グループの主力である印刷事業との相乗効果を見込み、箔押しやパッド印刷版など特殊印刷分野を強化。 - 印刷・Webサイト制作の望月印刷を子会社化(2024年2月14日)
所有割合を14.87%から67.84%に引き上げ、深い協業関係を構築。デザイン業務やホームページ制作などの付加価値分野を取り込み。 - 共同製本の子会社化(2023年12月7日)
グループ内の印刷関連事業との補完体制を築くため、成旺印刷との合併手続きを経て共同製本を傘下に。製本・紙加工のノウハウを取得し、ワンストップサービスを強化。 - 田中産業の子会社化(2018年6月26日)
大判オフセット印刷や大型タペストリー、金属素材印刷などを行う田中産業との協業。 - 日経印刷の子会社化(2017年8月14日)
グラフィックグループを経由して日経印刷を完全子会社化。教育関連や金融事業向け印刷物、官公庁からの白書なども手がける大手印刷会社を取り込み、受注基盤と生産設備を拡充。 - ほか多数の印刷企業(宏和樹脂工業、小西印刷所、ササオジーエスなど)
印刷加工やポリエチレン製品、内装工事の設計・施工など、多岐にわたる企業を買収し、グループ内での製造~施工の一貫サービスを強化。
これらの買収事例から、日本創発グループの「幅広い印刷・加工領域の取り込み」「グループ内一貫体制の強化」「多角的なクリエイティブサービスの展開」という一貫した方針がうかがえます。印刷物だけでなく販促グッズや空間装飾、デジタルコンテンツにまで踏み込み、クライアントのニーズに合わせて総合的なサービスを提供することを目指しています。
3-2. KPPグループホールディングスの海外事業拡充
紙・パルプ専門商社のKPPグループホールディングス<9274>は、紙需要の安定確保と成長市場の開拓を図るため、海外企業買収を積極的に進めています。近年の例としては以下があります。
- フランス子会社を通じてPoitouの事業取得(2024年11月14日)
大判メディア印刷機やフィルム、インクなどの販売に関する事業を取得し、製品・サービスの補完性を強化。 - マレーシアImage Junctionからビジュアルコミュニケーション事業取得(2024年6月28日)
大判インクジェット印刷機やデジタルサイネージなどを扱う現地企業から事業を取得。アジア・太平洋地域における拡大を目指す。 - ポーランドIntegartなど3社を子会社化(2023年4月24日)
広告・装飾・パッケージング用資材を扱う企業を買収し、ポーランドにおけるビジュアルコミュニケーション事業を強化。チェコやスロバキアにも拠点を展開。 - オーストラリアDomain Paper (Australia)から紙・包装用紙などの卸売事業を取得(2023年2月28日)
オセアニア地区における紙・包装資材の多角化を図り、既存子会社Spicers Limitedとの相乗効果を期待。 - 紙・包装資材卸のSpicersを買収(2019年1月17日発表)
約73億円を投じオーストラリア大手のSpicersを傘下に。
これらの動きは、国内で縮小する印刷需要を補うべく、グローバル市場での販売網を広げて事業領域を拡張する狙いがあるといえます。
3-3. サカタインクスの北米・中国事業再編
印刷インキ大手のサカタインクス<4633>は、海外展開を強化する一方で、需要が伸び悩む地域の事業再編や選択と集中を進めています。
- 米国コーティング大手C&Aの全事業を取得(2024年11月5日)
コーティング剤や接着剤、ポリマーに強みを持つC&Aを買収し、北米市場での販売拡大を狙う。 - 中国でのオフセットインキ事業譲渡(2024年2月28日)
茂名阪田油墨の出資持分63.26%を約14億5200万円で共同出資者に譲渡。中国でオフセットインキ事業の成長が見込めないと判断。 - 独A.M.Ramp&Co(RUCO)の子会社化(2020年1月20日)
ヨーロッパ事業の生産・販売拠点を確保し、グローバルでの高付加価値商品に注力。
このようにサカタインクスは、主要市場の一つである北米へは積極投資を行い、中国では収益性の低い事業から撤退するなど、地域ごとのメリハリをつけた戦略を取っています。
3-4. 寺崎電気産業によるグループ印刷・製本業務子会社化(2024年10月28日)
寺崎電気産業<6637>は、グループ内の図面印刷や製本・電子化を担ってきた阪南ビジネス(大阪市)の株式を追加取得し、子会社化を決定。支配株主(個人)の売却意向を受け、機密性確保や業務効率化の観点からグループ入りを選択しました。こうしたグループ内シナジー強化のための子会社化は、印刷機能を内製化し品質管理やコスト管理を一括で行う利点があります。
3-5. アイネットによるドキュメント事業の取得(2024年10月18日)
アイネット<9600>は、富士通<6702>傘下の富士通コワーコから、各種ドキュメントの印刷・複写・製本・電子化事業を取得しました。アイネットはアウトソーシング事業を展開しており、請求書や給与明細書、DMなどに関わるプリント・封入・発送を手がけています。ドキュメント管理や電子化ニーズの高まりを背景に、付随する印刷サービスとの統合で収益拡大を図っています。
3-6. 小森コーポレーションの北米・欧州でのパッケージ分野強化
オフセット印刷機大手の小森コーポレーション<6349>は、パッケージ印刷や印刷後工程技術を強化すべく、海外企業の買収を続けています。
- カナダCPSの子会社化(2024年9月27日)
パッケージ用フレキソ印刷機メーカーであるCPSを買収。北米での体制を強化し、紙器市場の成長を見据える。 - 米Bernalからロータリーダイツール事業取得(2024年4月23日)
難切断材用の高速高精度切断工具の製造・販売・サービスを手がける事業を取り込み、パッケージ・後加工用一貫ラインを強化。 - ドイツMBOグループ買収(2020年2月7日)
折機で欧米を中心に高シェアを誇るMBOグループを取得し、商業印刷後工程事業へ参入。 - インドの販売代理店の子会社化(2018年2月8日)
Insight Communication社を傘下に収め、成長著しいインド市場でオフセット印刷機の販売拡大を目指す。
パッケージ印刷分野では、グラビア印刷やフレキソ印刷、加工機の分野で欧米に強みを持つ企業とのM&Aを通じて、グローバルな受注拡大と多様な印刷需要への対応を図っています。
3-7. セイコーエプソンによるデジタル印刷向けソフト企業買収(2024年9月19日)
セイコーエプソン<6724>は、デジタル印刷向けソフトウエアを開発する米国ファイアリーを約845億円(後に866億円)で買収。印刷データの処理や管理ソリューションを自社プリンターやデジタル印刷機に統合し、成長が期待されるデジタル印刷領域で優位性を確立する狙いです。2024年中に取得手続きを完了し、ブランド価値向上を目指しています。
3-8. and factoryの電子書籍ストア事業買収(2024年8月14日)
and factory<7035>は、共同印刷<7914>傘下のデジタルカタパルトが運営する電子書籍ストア「ソク読み」事業を取得。60万点以上のマンガ・書籍を配信しており、自社のスマホ向けマンガアプリ事業との統合を進め、電子書籍市場や海外展開を加速させる考えです。
3-9. KYORITSUのテレビショッピング番組制作企業買収(2024年7月30日)
KYORITSU<7795>は印刷子会社の西川印刷を通じて、テレビショッピング番組制作を主力とするバッハベルクを子会社化。通販番組やCM動画、Web動画など制作本数1万5000以上の実績を持つ同社を取り込み、ECやオンライン広告市場でのシナジーを目指しています。
3-10. 小森コーポレーションのロータリーダイツール事業取得(2024年4月23日)
先ほど言及した通り、フランス子会社や米子会社を通じて後加工技術を取り込む事例として、米Bernal, LLCから高精度切断工具事業を買収しました。高付加価値パッケージ印刷の提案力を向上させる狙いです。
3-11. ブシロードのトレーディングカード生産拠点確保(2024年4月3日)
ブシロード<7803>は、マレーシアの日系印刷企業Gorin Technical Industryを子会社化し、国内外で拡大するトレーディングカードゲーム需要に応える生産拠点を確保。人気カード「ヴァイスシュヴァルツ」「カードファイト!! ヴァンガード」の英語版製作を手がけ、海外市場への安定供給を狙っています。
3-12. セイノーホールディングスのメール便配布会社買収(2024年4月1日)
セイノーホールディングス<9076>は、神奈川県下でメール便・ポスティングを手がける日祐(横浜市)を子会社化。首都圏での配布ネットワークを強化し、既存のメール便事業との連携を深めています。日祐は印刷のDTPやメーリング加工、コールセンターまで一括対応が可能な体制を整えており、セイノーの物流インフラをさらに高効率化する動きです。
3-13. ポエックの溶剤再生装置メーカー買収(2024年3月29日)
ポエック<9264>は、溶剤再生装置・洗浄装置・脱臭装置を製造するコーベックスを子会社化。印刷インキや塗料の製造工程で使用した溶剤の回収装置などを手がけ、環境対応が注目される分野です。自社の水処理機器や熱交換器などと組み合わせて販路拡大や製品ラインアップ補完が期待されます。
3-14. グンゼのメカトロ事業譲渡交渉と印刷機器(2024年3月28日/8月2日/9月30日)
グンゼ<3002>はメカトロ事業を製本関連機器メーカーのホリゾンに譲渡する方針で交渉を開始。その後、譲渡日程が変更されるなど調整が続いています。印刷業界向けの自動化・省力化機器を提供してきたグンゼですが、グローバルに展開するホリゾンへ事業を切り離し、自社の事業ポートフォリオを再編しようとしています。
3-15. 中本パックスの中国事業譲渡と国内事業強化(2024年2月29日)
中本パックス<7811>は、中国の食品包材製造事業を現地従業員に譲渡しました。中国の景気減速や不動産不況などのリスクを踏まえ、中国事業の継続が難しいと判断。一方で国内では食品包装フィルムメーカーのMICS化学をTOBで完全子会社化(2023年10月17日発表)し、国内での事業基盤強化を図っています。
3-16. サカタインクスの中国オフセットインキ事業譲渡(2024年2月28日)
前述の通り、サカタインクスは中国でのオフセットインキ事業が将来的に伸びないと判断し、茂名阪田油墨有限公司の持ち分を譲渡しました。一方で北米や他地域への投資を拡充しており、地域ごとの需要動向を見定めながら戦略を練り直していることがわかります。
3-17. 日本創発グループによる印刷会社や製本会社の子会社化
日本創発グループ関連はすでに多数触れましたが、2024年2月14日の望月印刷子会社化や、2023年12月7日の共同製本・成旺印刷合併案件など、複数の印刷・製本企業を連続的にグループ入りさせることで、多角的な印刷サービスがワンストップで提供できる仕組みを構築し続けています。
3-18. DTSのシステム開発企業買収と印刷業界向けソリューション(2023年12月27日)
DTS<9682>はシステム開発のアヴァンザを子会社化し、オンショアリング(海外に移管した業務を国内へ戻す動き)に対応できる国内開発体制を強化。アヴァンザは金融や印刷業界を主要顧客とする企業であり、印刷関連企業の基幹システム構築などで専門性を持っています。DXが進む中、印刷企業に対するシステムソリューションの需要拡大が見込まれることでしょう。
3-19. 理想科学工業によるインクジェットヘッド事業の取得(2023年12月22日)
理想科学工業<6413>は、東芝テック傘下のTPIが手がけるインクジェットヘッド事業を約71億2000万円(後に64億3600万円に変更)で取得。自社が得意とする高速印刷技術にヘッド技術を取り込み、製品性能向上と効率運営を目指します。部品レベルから製品を自社で統合できるため、開発スピードや品質管理の強化が期待されます。
3-20. 新光電気産業の非公開化と大日本印刷の出資(2023年12月12日)
新光電気産業は半導体パッケージ製造を手がける企業で、半導体分野の国際競争力向上を目的に政府系ファンド・産業革新投資機構(JIC)の連合によるTOBを受け入れ、株式を非公開化することを決定。大日本印刷や三井化学などが出資に参加し、日本国内の半導体サプライチェーンを強化する狙いがあります。
3-21. 日本創発グループによるグループ内印刷会社合併(2023年12月7日)
先述の共同製本と成旺印刷の合併を機に、共同製本が日創100%子会社化される動きは、グループ内での業務効率化と印刷・製本ノウハウの一体化を図る好例です。印刷から製本までの工程をグループ内に内包することで納期短縮と品質管理を強化しています。
3-22. 朝日印刷のマレーシア印刷会社買収(2023年10月31日 ほか)
朝日印刷<3951>は、日本を拠点に医薬品・化粧品包材を中心に手がけてきましたが、マレーシアのKinta Pressを子会社化することでASEANでの事業拡大を意図しています。以前にもマレーシアのHarleighやShin-Nippon Industriesを買収しており、着実に東南アジア生産体制を整えています。
3-23. リンテックのインドネシア・カナダでの粘着製品事業拡充
粘着紙大手のリンテック<7966>は、ラベル用粘着紙・粘着フィルム市場に強みを持ち、海外M&Aを活発化させています。
- インドネシアMultiyasa Swadayaの子会社化(2023年10月19日ほか)
シンガポールの統括会社を通じて株式を取得。現地での裁断加工機能を取り込み、需要家の印刷会社と直接取引でシェア拡大。 - カナダ886381 Ontarioから粘着紙事業取得(2023年5月24日)
米MACtac AmericasやDuramark Productsなどを買収してきた延長線で、北米・欧州市場の拡充を図る。 - 米Spinnaker Holdingsからラベル用粘着紙事業取得(2022年1月20日)
ロールラベルや粘着フィルム分野でのシェアを伸ばす。
こうした粘着紙・フィルム事業は、物流ラベルから食品ラベル、医療用ラベルなど幅広い需要があり、紙媒体印刷以上に安定した市場が見込めるため、リンテックは海外買収を続けています。
3-24. 中本パックスのTOBによるMICS化学買収(2023年10月17日)
前述のように中本パックスは中国事業を譲渡する一方で、食品用包装プラスチックフィルムのMICS化学<7899>をTOBで完全子会社化し、国内における包装材事業を強化。紙とフィルムのハイブリッド需要や、衛生面で需要が高まる食品包装分野でのシェア拡大が期待されます。
3-25. 星光PMCの米投資ファンドによるTOBと非公開化(2023年9月1日)
星光PMC<4963>は製紙用薬品や印刷インキ用樹脂を手がける企業ですが、米投資ファンドのカーライル・グループによるTOBを受けて非公開化を決定しました。海外展開や新領域の開拓が急務とされる中、短期的な株価変動に左右されない経営体制を構築し、事業ポートフォリオの変革に取り組む考えです。
3-26. T&K TOKAの米投資ファンドによるTOBと非公開化(2023年8月17日)
UVインキに強みを持つT&K TOKA<4636>も、米投資ファンドのベインキャピタルによるTOBで非公開化に合意。紙媒体需要の減少やデジタル化の影響で厳しさを増す中、抜本的経営改革のための非公開化が選択されました。印刷業界では、こうしたファンドによるTOBで上場廃止となるケースが近年目立っています。
3-27. ラクスルの印鑑ネット販売大手買収(2023年8月10日)
ラクスル<4384>は、印鑑通販最大手AmidAホールディングス<7671>をTOBで買収。M&A後はAmidAが運営する「ハンコヤドットコム」の顧客基盤やサプライチェーンを取り込み、印刷EC事業「ラクスル」とのシナジーを狙う動きです。ラクスルはネット印刷市場の拡大を牽引する企業として注目されており、周辺分野の参入を加速しています。
3-28. ローランド ディー.ジー.のリトアニア壁紙材・インク開発企業買収(2023年7月31日)
ローランド ディー.ジー.<6789>は、大判プリンターの世界的大手ですが、壁紙材と独自インク開発で注目されるリトアニア企業Dimense printを子会社化。高級感ある壁紙のデジタル印刷技術を自社プリンターと組み合わせることで、新たなマーケットを開拓しようとしています。
3-29. リコーと東芝テックの複合機事業統合(2023年5月19日/2024年7月1日)
リコー<7752>と東芝テック<6588>は、オフィス向け複合機の世界市場で縮小傾向が続く中、開発・生産の事業統合を行いました。合弁会社エトリアを設立し、両社の部門を集約することで生産効率を高め、グローバル競争力を強化します。合弁比率はリコー85%、東芝テック15%です。
3-30. 日本創発グループによる飯島製本の子会社化(2023年4月28日)
日本創発グループ<7814>は、第三者割当増資を引き受けて38%から70%まで持株を引き上げ、飯島製本を子会社化しました。東海・関東・関西に工場を構える独立資本の大手製本会社をグループ入りさせ、印刷物製造の効率とワンストップサービスをさらに強化しています。
3-31. KPPグループホールディングスの欧州・アジアでのビジュアルコミュニケーション事業強化
すでに紹介したように、KPPはヨーロッパ・アジア太平洋地域で広告資材やデジタル印刷媒体の企業買収を積極化しており、ポーランドやマレーシアでの大判インクジェット印刷機器や消耗品などビジュアルコミュニケーション事業を拡充。商業印刷を越えた媒体ソリューションを総合的に提供していく戦略が見えます。
3-32. ラクスルのオンデマンド印刷事業取得(2023年3月10日)
ラクスルは、デジタル印刷・製本事業のネットスクウェアからオンデマンド印刷事業を取得し、短納期・少部数印刷への対応力を増強。「ラクスル」というプラットフォームに、より柔軟な印刷ラインを追加し、スピードやコスト面の競争力を高めます。
3-33. 東洋ドライルーブの樹脂塗装・特殊曲面印刷企業買収(2023年1月23日)
東洋ドライルーブ<4976>は自動車部品などの塗装や曲面印刷を得意とする真永(静岡県)を子会社化。印刷業界では特殊加工技術を求める需要が高まっており、曲面印刷技術の獲得は自動車や電子部品など幅広い業種との協業に貢献します。
3-34. 三光産業の通販企業や調理器メーカー買収
三光産業<7922>はシール・ラベル印刷事業が主力ですが、成長分野の企業買収を通じ事業領域拡大を図っています。
- 野菜調理器メーカーのベンリナー(2022年12月22日)
- オンライン販売事業者アクシストラス(2022年5月31日)
- GCネクストのノベルティ部門(2019年10月31日)
印刷との組み合わせだけでなく、ECや海外販路など新たな収益源を育成しようとする動きです。
3-35. 日本創発グループによる買い物用手提げ袋製造企業の完全子会社化(2022年4月15日)
リングストン(江東区)を持ち分法適用から完全子会社化。買い物袋やパッケージに強みを持つ同社の印刷設備やノウハウを活かし、グラビア印刷機や自動製袋機のシナジー効果を高めています。
3-36. イムラ封筒の印刷企業ハシモトコーポレーション買収(2022年2月1日)
イムラ封筒<3955>は印刷工程を内製化し、封筒への印刷から一貫して受注できる体制を拡張。DMなどワンストップサービスの強化が狙いです。
3-37. インプレスHDとメディアドゥによるPOD事業統合(2022年1月27日)
インプレスホールディングス<9479>がメディアドゥ<3678>と共同新設分割で設立するPUBFUNに、プリント・オンデマンド(POD)事業を承継。電子書籍事業との連携で、注文ごとに印刷・製本する新しい出版モデルを確立しようとしています。
3-38. リンテックのラベル用粘着紙事業拡充(2022年1月20日発表など)
リンテックのM&Aとしては米Spinnakerのラベル用粘着紙事業取得などが挙げられ、世界各地で高付加価値ラベル向けの技術・製品を次々と取り込んでいます。
3-39. 共同紙販HDの日本製紙傘下企業買収(2021年11月12日)
共同紙販ホールディングス<9849>は、日本製紙<3863>傘下のわかば紙商事(江東区)を買収し、印刷用紙以外の板紙や紙ナプキンなど多角化を図っています。印刷用紙市場の縮小を見据え、多分野にわたる紙製品の卸事業を強化している例です。
3-40. シリウスビジョンの特殊印刷機子会社譲渡(2021年11月12日)
シリウスビジョン<6276>は特殊印刷機のナビタスマシナリーを、大阪市のツジカワに譲渡。画像検査事業へ経営資源を集中させるため、ホットスタンピング機械などを扱う事業を手放しています。
3-41. 凸版印刷のトッパン・フォームズ完全子会社化(2021年11月10日)
デジタルビジネス事業とのシナジー創出とグループ全体のDX推進を強化するため、凸版印刷<7911>は子会社のトッパン・フォームズ<7862>を約675億円かけて完全子会社化。上場廃止によりグループ経営を迅速化するとともに、データビジネスやBPOサービスに注力します。
3-42. 中越パルプ工業の巴川製紙所からの用紙事業取得(2021年10月28日)
中越パルプ工業<3877>は特殊用紙の一種である薄葉印刷用紙など、巴川製紙所<3878>の一部事業(トモエリバー)を取得。自社の三善製紙が営業権・商標を承継し、製品ラインアップを強化しています。
3-43. フジシールのスイス子会社PAGOのタックラベル事業譲渡(2021年10月5日)
フジシールインターナショナル<7864>は欧州子会社PAGOのタックラベル事業を地元のHelvetikett AGに譲渡。不動産も含めて売却し、事業ポートフォリオの見直しを進めています。シールラベルやシュリンクラベルなど、主力パッケージ事業へ集中させる狙いが見られます。
3-44. 廣済堂の多数の構造改革と希望退職募集
中堅印刷会社の廣済堂<7868>は、米投資ファンド・ベインキャピタルによるTOBや、人材・葬祭事業への注力など大規模な事業再編を実施。豊中工場閉鎖や約240人規模の希望退職募集など大きなリストラ策を講じる一方で、一度はMBO(経営陣の参加)を目指しましたが、その過程で対抗TOBが出現するなど混乱が見られました。最終的には投資ファンドの参画による経営再建を図っています。
3-45. カーディナルのMBOによる非公開化(2021年8月5日)
プラスチックカード製造のカーディナル<7855>はMBOで株式を非公開化。カード市場縮小とスマートフォンアプリの台頭により、抜本的改革が急がれる中、上場維持は短期的業績に縛られるとして判断した事例です。
3-46. その他の代表的事例と変遷
- 大日本印刷<7912>と東芝テック<6588>の複合機統合(先述のリコー・東芝テックとは別)
情報管理や複合機、印刷技術の融合を図る動き。 - 小森コーポレーションのヨーロッパ・アジア各国での代理店買収
各地域の代理店を自社化し、市場接近力を向上。 - 丸紅マシナリーの印刷機事業買収(岩崎通信機<6704>など)
商社や機械メーカー間での印刷機部門統合。 - キーエンスやファナックなどFA(ファクトリー・オートメーション)企業との協業・資本関係
印刷工程の自動化や検査システム連携。
こうした例以外にも、印刷市場の変化に対応した大小さまざまなM&Aが進行中であり、業界再編はさらに活発化していくとみられています。
4. 印刷業界M&Aの主な狙いと特徴
4-1. 成長分野への参入(パッケージ、デジタル印刷、3Dプリンティングなど)
新聞・雑誌・書籍の印刷需要が減る一方で、包装・パッケージ、ラベル印刷、あるいは産業用の電子回路印刷、3Dプリンティングなどへ注力する企業が増えています。既存事業からの転換のために、関連技術や設備、顧客を持つ他社を買収するパターンが目立ちます。
4-2. 生産性向上とサプライチェーン再編
コスト競争が激化する中、生産効率を高めるための工場統合や内製化が行われます。たとえば、完成品の梱包や出荷、後加工工程を内製化することで、品質向上や納期短縮を図り、差別化を狙う企業も少なくありません。
4-3. デジタル転換・ソフトウェア企業の取り込み
紙への印刷需要だけでなく、電子データ管理やデジタルワークフロー向けソリューション需要が高まっています。ソフトウェア開発企業やシステムインテグレーターを買収・統合し、デジタルコンテンツ製作や基幹システム構築サービスを提供する動きがあります。
4-4. 技術ノウハウの補完と海外展開
海外展開を進める場合、現地法人の立ち上げだけでなく、その国で長年培われた販売網や技術資産を持つ企業を直接買収するケースが多いです。とりわけ、北米や欧州、アジア新興国で行われるM&Aは、現地市場での認知度向上とスピーディーな事業拡大を可能にします。
4-5. グループ再編・持株会社化による効率化
大手印刷会社の中には、持株会社体制を強化し、同業他社や補完的技術を持つ企業を次々と傘下に収める例があります。印刷物だけでなく、包装・物流・ソフトウェア・アウトソーシングなど幅広い事業セグメントを抱える企業グループが誕生し、グローバルな総合力を発揮しています。
5. M&A成功のポイントとリスク
5-1. シナジー効果の具体化
単なる規模拡大ではなく、自社に不足する技術や顧客基盤を獲得し、短期間でシナジーを生み出すにはPMI(統合後の経営統合)計画が重要です。設備やノウハウの共有、販売チャネルの相互利用など、案件ごとに明確な目標を設定する必要があります。
5-2. 文化統合(PMI:Post Merger Integration)の重要性
印刷業界でも企業文化や働き方、品質管理の基準は会社によって異なります。経営統合後、現場レベルでの摩擦を避けるためにも、組織文化の統合に時間とコストを惜しまないことが成功への鍵です。
5-3. 事業ポートフォリオの見直しと選択と集中
M&Aにより範囲が広がった分、非中核事業や不採算事業を縮小・譲渡するケースも出てきます。国内外の需要動向を把握しながら、どの事業を伸ばし、どこを整理するかを明確にする必要があります。
5-4. 希望退職やリストラに伴うステークホルダーへの配慮
印刷業界は、従来の大量印刷体制から、少ロット・短納期へ急激にシフトしているため、設備や人員の過剰問題が生じがちです。希望退職の募集や工場閉鎖など大幅なリストラが伴う場合、従業員や取引先、地域社会への影響に配慮した説明とサポートが不可欠です。
6. 今後の印刷業界の展望
6-1. エコロジー対応とSDGs
印刷プロセスにおける環境負荷低減、プラスチック包装の紙化、溶剤のリサイクルなど、SDGsやカーボンニュートラルに向けた取り組みが求められます。M&Aを通じて環境対応技術を取り込む動きも活発化するでしょう。
6-2. スマートファクトリー化とIoT・AI活用
生産ラインの自動化、印刷工程管理の見える化、AIによる検品・品質管理などが進み、工場のスマート化が加速しています。先端技術企業との協業・買収も増え、労働力不足やコスト削減への対応が進むと予想されます。
6-3. クロスメディア展開による付加価値サービス
印刷会社がデザインやweb制作、SNS運営支援、動画制作、イベント企画など多方面に事業を拡張し、クロスメディアでのプロモーションを請け負うケースが増えています。デジタルと紙媒体を組み合わせることで、新たな価値提案を行うことが重要です。
6-4. グローバル展開の加速と競争力強化
国内市場が縮小する一方、海外ではパッケージや特殊印刷の分野で伸びが期待されるエリアが存在します。企業の海外戦略は、買収や合弁により現地企業の知見とネットワークを取り込み、効率的に事業を拡大する手段となっています。
7. まとめ
印刷業界では、紙媒体の需要減やデジタル化による競争激化など厳しい局面にある一方、包装・パッケージ、ラベル、産業用印刷など新たな成長領域も数多く存在しています。そのなかで、企業各社はM&Aを通じて必要な技術・設備・顧客基盤・グローバルネットワークを迅速に取り込み、経営基盤を強化しようとしています。
また、最近ではファンドによるTOBで非公開化を選択する例も増え、短期的な株価に縛られない抜本的な事業改革を目指す傾向もみられます。大手企業は自社グループ内での印刷会社や製本会社を相次いで子会社化し、競争力向上や業務効率化を図っています。
デジタル時代においても、印刷という技術はパッケージやラベル、サイネージ、産業製品の表面加工、あるいは3D造形など、潜在的な需要は依然として大きいと見込まれます。今後も持続的に変化する市場に対応しながら、新技術の導入や海外展開を進めるために、M&Aは引き続き重要な戦略手段であり続けるでしょう。

株式会社M&A Do 代表取締役
M&Aシニアエキスパート・相続診断士
東京都昭島市出身。慶應義塾大学理工学部を卒業後、大手M&A仲介会社にて勤務し、その後独立。これまで製造業・工事業を中心に友好的なM&Aを支援。また父親が精密板金加工業、祖父が蕎麦屋、叔父が歯科クリニックを経営し、現在は父親の精密板金加工業にも社外取締役として従事。