- 1. はじめに:調剤薬局業界を取り巻く背景
- 2. 調剤薬局の役割と業界構造の変化
- 3. M&Aが促進される要因
- 4. M&Aの主な狙いと効果
- 5. 主要企業のM&A事例
- 5-1. 日本調剤グループの積極的M&A
- 5-2. 総合メディカルホールディングスのMBO・他社買収事例
- 5-3. 綿半ホールディングスによる「ほしまん」の買収
- 5-4. アイセイ薬局のTOBによる上場廃止(2016年)
- 5-5. クスリのアオキホールディングスと食品スーパーとの連携
- 5-6. 東邦ホールディングスの調剤薬局買収と地域拡大
- 5-7. メディカルシステムネットワークの積極的拡大策
- 5-8. レデイ薬局の株式交換と店舗網拡大
- 5-9. マツモトキヨシホールディングスのドミナント強化策
- 5-10. メディカル一光グループの医薬品卸事業やヘルスケア事業の展開
- 5-11. ロングライフホールディングスのMBO・他社買収事例
- 5-12. ファーマライズホールディングスの北海道・近畿への拡大
- 5-13. ツルハホールディングスの他社買収と全国展開
- 5-14. ココカラファインの地域集中戦略
- 5-15. アインホールディングスの全国制覇に向けた大型買収
- 5-16. クオールホールディングスの調剤・医薬品製造への展開
- 5-17. ウエルシアホールディングスの全国チェーン構築
- 5-18. サンドラッグのフランチャイズ本部買収
- 5-19. カワチ薬品の東北地方での店舗網拡大
- 6. ドラッグストアとの統合・異業種連携の事例
- 7. M&Aのメリットとデメリット
- 8. 今後の展望と課題
- 9. まとめ
1. はじめに:調剤薬局業界を取り巻く背景
日本の医療・介護を巡る環境は、少子高齢化の進展により大きく変わりつつあります。政府は医療費抑制のため、ジェネリック医薬品の使用促進を図るとともに、調剤薬局に対しても「かかりつけ薬剤師」や「在宅訪問調剤」といった機能拡充を求めています。
一方で、調剤薬局事業は医療費の抑制政策や診療(調剤)報酬の改定により、収益性が厳しくなりやすい環境です。こうした状況の中、大手チェーンはさらなる規模拡大による安定経営を求め、中小薬局は生き残りや後継者不足への対応で、M&Aを通じて経営統合を図る動きが活発化しています。
本稿では、こうした業界動向を踏まえ、M&Aの具体事例を時系列的・目的別に拾いながら、その結果と今後の展望を整理してまいります。
2. 調剤薬局の役割と業界構造の変化
調剤薬局は、医師が発行する処方箋に基づいて医薬品を調剤し、患者さんに提供する場として欠かせない存在です。とくに患者さんの服薬指導や副作用の把握、重複投薬の防止など、医療の安全と質の向上に寄与しています。
近年は「かかりつけ薬剤師」「健康サポート薬局」といった制度が設けられ、地域住民の健康相談・在宅訪問など、医療と介護の架け橋となる役割も求められています。このような機能を効率よく提供するには、一定の人材確保やシステム投資が必要です。経営規模が大きいほど、これらの投資や仕入れ体制が整いやすくなるため、調剤薬局同士の統合が進むと考えられます。
3. M&Aが促進される要因
3-1. 少子高齢化と医療費増大
高齢人口の増加により医療費が膨らむ一方、国の財政圧力は増大しています。ジェネリック普及や調剤報酬の適正化が進み、個々の薬局にとっては利益率が下がりやすい状況が続いています。多店舗展開や仕入コスト抑制など、規模のメリットを追求するM&Aが選択肢として有力になっています。
3-2. 改正薬事法・診療報酬改定の影響
改正薬事法による登録販売者制度の導入などで、調剤薬局・ドラッグストアの参入障壁が変化しました。さらに診療報酬や調剤報酬の制度設計が変わり、薬局には従来と異なる収益構造が求められています。新しい収益モデルへの移行過程で、中小薬局が大手チェーンに吸収されることが増えています。
3-3. 調剤薬局同士・異業種との競争激化
ドラッグストア業態やコンビニエンスストアなど、異業種が医薬品販売に関わる事例も増え、処方箋受付のみならず一般用医薬品販売や健康食品といった複合的なヘルスケアサービスの競争が激化しています。このため、店舗数を増やし地域ドミナント(集中出店)を築く必要性からM&Aが加速します。
3-4. 人材不足と経営の効率化ニーズ
薬剤師不足は慢性的な課題です。大手チェーンや広域展開企業ほど薬剤師の採用力・教育体制を整えやすく、在籍スタッフの働き方改革や待遇改善にも投資しやすいという強みがあります。中小薬局オーナーが後継者不在のため、大手に事業譲渡するケースも少なくありません。
4. M&Aの主な狙いと効果
4-1. 地域シェア拡大(ドミナント戦略)
複数店舗を同一エリアに集中的に出店し、物流・広告・人材を効率化することで、地域内で強いブランド力を発揮できます。M&Aによって、既存エリアでの店舗数を一気に増やす手法は、時間をかけずにドミナントを構築できる有効な手段です。
4-2. 大病院前・大型総合病院前の店舗確保
都市部や中心市街地にはすでに複数の調剤薬局が存在し、新規出店が難しい場合も多いです。そこで、病院前に強い既存チェーンを買収することで、処方箋の安定的な取得が見込める店舗を確保します。
4-3. 医療ITノウハウや在宅医療対応力の強化
在宅医療が注目される中、ICT(情報通信技術)を活用した遠隔服薬指導や重複投薬防止システム、電子薬歴などをすでに活用している企業をM&Aで取り込むと、新たなノウハウや業務システムを獲得できます。
4-4. 調剤過誤防止や電子薬歴などシステム強化
調剤薬局ではヒューマンエラーを防ぐためのピッキングシステムや画像認証システム、電子薬歴の導入が不可欠となっています。こうした仕組みを持つ企業を買収すれば、自社グループ全体への迅速な水平展開が可能です。
4-5. 仕入や在庫管理の効率化
調剤薬局の大きなコストの一つが医薬品仕入れです。大量仕入れによるコストダウンは大手チェーンの強みとなります。より多くの店舗を抱えるほど、卸との交渉力が向上し、在庫管理の効率化も進めやすくなります。
5. 主要企業のM&A事例
ここからは、具体的な企業事例を挙げながら調剤薬局業界のM&A動向を探ります。各社とも目的や背景は多少異なりますが、総じて「地域シェア拡大」と「収益力強化」を狙ったものであることがわかります。
5-1. 日本調剤グループの積極的M&A
日本調剤<3341>は、1980年の創業以来、全国展開を進め、さまざまな企業を買収してきました。
- 弥生調剤薬局(2008年)
売上高約4.74億円の弥生調剤薬局を子会社化し、大型総合病院前の調剤薬局経営ノウハウをさらに強化。 - 水野薬局(2016年)
売上高約27.8億円、東京都文京区で2店舗を展開。日本初の調剤薬局とも言われ、ICTを活用した店舗運営が評価されていた。システム面のノウハウを取り込むことでシナジーを期待。 - 薬栄・新栄メディカル・センチュリーオブジャスティス(2019年)
19店舗を一気に取得し、東京都中心とした首都圏での店舗網を拡充。 - WORKERS DOCTORS(2020年)
産業医業務提供事業の会社を買収。日本調剤は単なる調剤だけでなく、医療周辺事業(産業医派遣など)にも進出し、グループの連携で規模拡大を図る姿勢が鮮明です。
これらの買収は、全国展開や地域補完を目的としながら、ノウハウ取得、IT化など多角的にメリットを得ています。
5-2. 総合メディカルホールディングスのMBO・他社買収事例
総合メディカルホールディングス<9277>は、調剤薬局チェーン「そうごう薬局」で知られ、投資会社や大手商社からの出資も受けつつ全国展開を進めてきました。
- MBOによる非公開化(2020年)
経営陣と投資会社ポラリス・キャピタル・グループがTOBを実施。より機動的な意思決定と中長期的経営を見据えたもので、非公開化後も地域医療を支える薬局事業に注力しています。 - とりせんファーマシー(2009年)やみよの台薬局グループ6社(2016年)
群馬・栃木の調剤薬局や関東圏の91店舗運営を行う企業を買収。在宅医療にも強みを持つグループを取り込むことで、総合メディカル独自の「コンサルティング×調剤」をさらに拡大しました。
総合メディカルは調剤薬局のみならず、医療機関向けコンサルや医療機器リース等も展開し、「総合的な医療支援」を実現しようとしています。
5-3. 綿半ホールディングスによる「ほしまん」の買収
綿半ホールディングス<3199>はスーパーマーケット事業やDIYを手掛ける中で、調剤薬局事業の強化を図っています。
- ほしまん(2020年)
長野県佐久市、小諸市で3店舗を経営する調剤薬局。買収により調剤事業の仕入れ機能を共有し、スーパーマーケットとの連携を強化。「スーパセンターへの薬局併設」などを見込み、地域のヘルスケア需要に応えようとしています。
スーパーマーケットとの組み合わせは、ドラッグストア業界でもよく見られる動きです。生鮮食品と医薬品との複合店舗を展開することで、生活インフラをよりワンストップで提供できるメリットがあります。
5-4. アイセイ薬局のTOBによる上場廃止(2016年)
アイセイ薬局<3170>は投資ファンドのJ-STARによるTOBを受け、完全子会社化されることで上場廃止しました。調剤薬局業界の再編は、買収による非公開化も含めて盛んに行われており、経営管理の柔軟化が目指されています。J-STARの下で在宅ホスピス企業との連携などシナジー効果を追求する方針が示されました。
5-5. クスリのアオキホールディングスと食品スーパーとの連携
クスリのアオキホールディングス<3549>は北陸地方を中心にドラッグストアや調剤薬局を展開し、近年は生鮮食品にも力を入れています。以下のように地域の食品スーパーを買収し、複合型店舗を作る事例が多く見られます。
- ナルックス(金沢市、2020年)
- 木村屋(千葉県、2024年)
- フクヤ(京都北部、2020年)
- ハッピーテラダ(滋賀・京都でスーパー9店舗、2024年)
- スーパーヨシムラ・ハッスル(奈良・和歌山でスーパー数店舗、2024年)
- ムーミー(香川県でスーパー7店舗、2024年)
このように、ドラッグストアと食品スーパーの連携は他業態と比べてシナジーが大きいとされています。ヘルスケアだけでなく日常の食生活を支え、より深く地域に根差す戦略です。
5-6. 東邦ホールディングスの調剤薬局買収と地域拡大
東邦ホールディングス<8129>は医薬品卸の大手ですが、調剤薬局事業にもグループとして注力しており、M&A事例が多々見られます。
- 富士ファミリーファーマシー(2008年)
親会社が民事再生手続きに入った際に子会社化し、医薬品提供の安定を確保。 - 全快堂薬局グループ2社(2008年)
新潟県中心の調剤薬局を取得し、北陸地方での事業基盤を強化。 - アスカムとの経営統合(2009年)
東北地方や茨城県を商圏とする医薬品卸や薬局事業を手掛けるアスカムと統合。 - メディカルブレーン(2010年)
株式交換による完全子会社化。地域密着の薬局を取り込み、グループの調剤機能を強化。
これらは医薬品卸とのシナジーを高め、地域の医療ネットワークを強化しようとする戦略が反映されています。
5-7. メディカルシステムネットワークの積極的拡大策
メディカルシステムネットワーク<4350>は、北海道から関東、九州に至るまで幅広く調剤薬局を展開する企業で、M&Aによる店舗拡大に積極的です。
- 深川調剤薬局(2011年)
北海道地域での集中的出店を強化し、店舗数を拡大。 - 東京の調剤薬局2店舗取得(2011年), 桃園(2012年), アポファーマシー(2012年) など、関東での店舗拡充を狙う。
- 永冨調剤薬局(2018年)
大分県に23店舗をもつ地場大手を傘下に取り込み、九州エリアでのプレゼンスを強めました。 - アポテック(2017年)
青森県を中心に調剤薬局を14店舗展開するグループを子会社化し、東北でも店舗拡大。
同社は「医薬品ネットワーク事業」も並行して行い、M&Aでグループ薬局を拡大しながら医薬品の受発注システムを活用したビジネスモデルを成長させています。
5-8. レデイ薬局の株式交換と店舗網拡大
レデイ薬局<3027>は中国・四国地方で調剤薬局やドラッグストアを運営しており、フジの子会社「メディコ・二十一」を株式交換により取得(2008年)するなど、積極的に店舗網を拡充しました。
5-9. マツモトキヨシホールディングスのドミナント強化策
マツモトキヨシホールディングス<3088>はドラッグストア業界でも最大手クラスで、調剤薬局との融合を進めています。関西や関東を中心にフランチャイズ契約やM&Aによる買収事例が多く存在します。
- 中島ファミリー薬局(2009年12月)
長野県でフランチャイズ関係を構築していたが、県外勢力との競争が激化する中、子会社化に踏み切り事業基盤強化。 - ラブドラッグス(2010年3月)
株式を追加取得し、山陽地域でのシェア拡大。 - ダルマ薬局(2012年3月)
宮城県を中心に62店舗展開する地場大手を買収し、東北地方での強化を図る。 - 示野薬局(2013年12月)
北陸エリアの空白地域を補完。
こうした買収でマツモトキヨシHDは全国規模でのドミナントを構築し、業界再編の一翼を担っています。
5-10. メディカル一光グループの医薬品卸事業やヘルスケア事業の展開
メディカル一光グループ<3353>は三重県地盤の調剤薬局チェーンですが、近年は介護や医薬品卸も手掛け、M&Aを通じて事業領域を拡大しています。
- ツルカメ調剤薬局(2016年)
福井県で1店舗を運営する薬局を取得。調剤薬局数を94店舗とし、基盤強化。 - 若松薬品、佐藤薬品販売(2024年予定) など、ジェネリック医薬品メーカー「沢井製薬」の販売代理店を続々と子会社化し、卸事業の規模拡大を狙う。
- 介護事業の一部譲渡(2022年)
逆に非中核事業は切り離し、調剤と卸、ヘルスケア分野に経営資源を集中する動きを示しています。
このように本業である調剤薬局事業を強化しつつ、医薬品卸売やヘルスケア全般を取り込み、地域包括ケアに貢献するモデルを目指しているのが特徴です。
5-11. ロングライフホールディングスのMBO・他社買収事例
ロングライフホールディングス<4355>は介護施設運営に強みを持ちますが、調剤薬局も多店舗展開を進めています。
- 碧コーポレーション(2012年)
在宅訪問薬剤管理にも取り組む会社を子会社化し、介護サービスと調剤薬局を融合する「介護×調剤」モデルを模索。 - MBOによる非公開化(2023年)
日本PMIパートナーズとのTOBを受けて上場廃止へ。介護事業の競争環境が厳しくなる中、中長期的視点で事業再構築を行うとしています。
5-12. ファーマライズホールディングスの北海道・近畿への拡大
ファーマライズホールディングス<2796>は、北海道から近畿まで幅広く調剤薬局チェーンを展開し、地域ごとの小規模チェーンを積極的に買収してきました。
- ハイレンメディカル(2009年)
北海道道南地域で20店舗を展開するチェーンを傘下に収め、北海道でのプレゼンスを拡大。 - テラ・ヘルスプロモーション(2011年), ヘルシーワーク(近畿31店舗、2020年) など近畿でも多店舗を取得。
- 寿製作所(2012年)
医学資料の保管管理業務を手がける会社も買収し、新たな事業領域を開拓。
同社はまた、コンビニとの一体型ドラッグストアの実験や、フランチャイズ本部機能の拡充など、多角的な経営を進めています。
5-13. ツルハホールディングスの他社買収と全国展開
ツルハホールディングス<3391>は北海道発祥のドラッグストア大手で、調剤併設にも注力しています。M&Aで店舗数を急拡大させ、現在は全国でも有数の店舗数となりました。
- かもめ(高知県、2013年), ウエダ薬局(和歌山、大阪、2013年)
四国や関西での初進出や事業拡大に活用。 - クラフトから「サクラドラッグ」(2009年)
首都圏19店舗を買収し、山手線内など都市部へ店舗展開を加速。 - JR九州ドラッグイレブン(2020年)
九州・沖縄地区で200以上の店舗をもつJR九州ドラッグイレブンの株式を51%取得。九州進出を一気に推進。 - 杏林堂グループHD(静岡、2017年)
静岡県で77店舗を展開する企業の親会社を買収。東海エリアの基盤を強化。
全国にわたる大規模チェーン化を進めており、他社の地域有力企業を傘下に入れる手法を活発に採っています。
5-14. ココカラファインの地域集中戦略
ココカラファイン<3098>はドラッグストアや調剤薬局を全国で多数展開しており、中核地域である関東・関西をはじめ、北海道や東北でも積極的に買収を行っています。
- くすりのえびな(北海道、2013年)
北海道夕張エリアでシェア拡大。 - 古志薬局(島根、2017年), フライト(北海道5店舗、2019年), 三重県のイー・ウェルなど(2021年)
各地域でドミナントを築きながら、調剤機能を強化。 - 介護事業のシニアコスモス(2017年)
介護との連携を深め、多面的なヘルスケアサービスを提供。
同社はドラッグストア「セイジョー」「セイジョー薬局」などを傘下に持ち、買収により名実ともに全国展開を進めています。
5-15. アインホールディングスの全国制覇に向けた大型買収
アインホールディングス<9627>は調剤薬局チェーン最大手の一角を担い、M&Aによる店舗数拡大を続けています。
- メディオ薬局(静岡、2015年)
52店舗を一気に取得し、静岡県の事業拠点を確保。 - 西日本ファーマシー(四国、高松、2015年)
41店舗を傘下に入れ四国地方へ進出。 - 葵調剤(仙台、2016年)
115店舗を有する大手を子会社化し、店舗数1000超えを達成。 - コム・メディカル(新潟、2018年), 土屋薬品(長野、2019年), ファーマシィHD(2022年)
それぞれ数十店舗規模のチェーンを買収し、全国各地で事業基盤を固めています。
アインは「アインズ&トルペ」という化粧品・雑貨を扱う店舗も展開し、リテール事業も手がける一方、近年は**Francfranc買収(2024年予定)**など新たな小売業にまで幅を広げるなど、多角化を進めているのが特色です。
5-16. クオールホールディングスの調剤・医薬品製造への展開
クオールホールディングス<3034>は、調剤薬局事業とともに医薬品製造・卸にも領域を広げています。
- テイオーファーマシー(2010年) や アルファーム(茨城中心、2013年) など調剤薬局を次々買収。
- 共栄堂(新潟、2016年)
売上高126億円の大手調剤薬局を取得し、規模を急拡大。 - 調剤薬局11店の勝原薬局(2021年), ファーマシィHD(広島、2022年) との提携や株式取得にも注力。
- 第一三共エスファ(2023年)
ジェネリック医薬品メーカーを買収(予定)し、製造部門に本格参入。M&Aによりサプライチェーンを押さえ、さらなる展開を狙っています。
5-17. ウエルシアホールディングスの全国チェーン構築
ウエルシアホールディングス<3141>はイオングループのドラッグストアで、調剤併設型店舗を主力としています。M&Aを活用しながら全国をカバーするチェーンとなりました。
- タキヤ・シミズ薬品(関西)
イオン傘下のドラッグストアを株式交換で子会社化し、関西基盤を一気に拡充。 - 丸大サクラヰ薬局(青森、2017年)
東北地方への本格進出。同地域で約70店舗超を展開。 - クスリのマルエ(群馬、2020年), ふく薬品(沖縄、2022年)
新たな未出店エリアに乗り込み、店舗網を全国化。ついに沖縄にも進出し、残るは山口県や鹿児島県のみとしています。 - ププレひまわり(中国・四国123店舗、2021年)
株式50%超を取得して子会社化を予定し、中国・四国地方で大きくシェアを拡大する計画。
ウエルシアはほぼ全国をカバーしつつあり、ドラッグストア業界トップの店舗数を目指しています。
5-18. サンドラッグのフランチャイズ本部買収
サンドラッグ<9989>は「星光堂薬局」(新潟・福島を地盤)を2009年に子会社化。エリアフランチャイズ本部を取り込むことで、地盤強化とフランチャイズのさらなる拡大を実現しました。
5-19. カワチ薬品の東北地方での店舗網拡大
カワチ薬品<2664>は北関東を地盤とするドラッグストアチェーンで、**横浜ファーマシー(青森、2013年)**を買収。44店舗を取得し、東北エリアに本格進出しました。取得価額は40億円を超え、県外企業との競合が激化していることを示す事例です。
(その他、IT関連やシステム関連の買収事例も多く、医療系データベース構築や調剤システム提供企業が大手に買収される傾向があります。)
6. ドラッグストアとの統合・異業種連携の事例
調剤薬局の多くはドラッグストア経営も合わせて行う企業が増えており、近年は大型店舗で生鮮食品や日用品、化粧品を揃えたワンストップショッピングが主流化しつつあります。
加えて、コンビニやスーパーとの複合施設を模索するケースも顕著です。クスリのアオキHDやココカラファインなどが食品スーパーを取り込むことは、その典型例です。このように業態の垣根を越え、より広域かつ総合的な地域住民の需要を狙う戦略が拡大しています。
7. M&Aのメリットとデメリット
7-1. メリット
- 店舗網拡大による売上規模拡大
地域シェアや売上高が増加し、交渉力やブランド力の強化が期待できます。 - 規模の経済によるコストダウン
仕入コスト削減や在庫回転率の改善、広告宣伝費などの効率化。 - ノウハウやシステムの相互利用
電子薬歴システムや在宅医療、ICT活用など、相手企業が持つ先端技術の導入。 - 人材確保と育成体制の強化
薬剤師不足が深刻な中、買収先との人材交流や採用力向上が見込めます。 - 新規地域への進出時間の短縮
白地エリアにゼロから出店するより、既存チェーンを買収する方が高速で事業展開が可能です。
7-2. デメリット
- 買収コストやのれん償却リスク
大型買収の場合、投下資本の回収に時間がかかり、のれん償却や財務体質への影響が出ます。 - 組織統合・企業文化のギャップ
経営方針や企業文化が異なる場合、従業員のモチベーション低下や顧客離れの懸念があります。 - 店舗閉鎖や重複部門のリストラ
ドミナント強化によって近接店舗が多い場合、不採算店舗を整理するリスクもあります。 - 統合システムの刷新コスト
システム統合に伴う投資や、一時的な混乱が業務効率を下げる可能性があります。
8. 今後の展望と課題
8-1. 在宅医療・訪問調剤の需要拡大
高齢化が進む中で、在宅で療養する患者さんの数が増えることが予想されます。訪問服薬指導など在宅対応を強化するには、人材確保やノウハウが不可欠です。大手チェーンに統合することで、大規模システム導入や教育体制の構築が行いやすくなり、M&Aは今後も活発に行われる見込みです。
8-2. 電子処方箋・オンライン服薬指導の普及
電子処方箋の解禁やオンライン服薬指導の推進により、調剤薬局のIT投資は避けられません。独自のシステムを所有する大手グループは優位性を高め、IT対応が遅れる中小薬局は経営統合や事業譲渡を検討せざるを得ない状況が続く可能性があります。
8-3. 調剤報酬の見直しリスクと対応
政府は医療費抑制策の一環として、調剤報酬の見直しを続けています。薬局の収益源が削られるリスクがあるため、経営安定化を図るためのさらなるスケール拡大が必要です。同時に付加価値のあるサービス(在宅・OTC併設・健康相談など)を強化する動きが加速すると考えられます。
8-4. 大手チェーンによるさらなる寡占化と中小薬局の行方
すでに大手チェーンが全国を席巻しつつあり、次のステージは地域の中堅チェーンや病院前薬局の買収合戦が一層進むと思われます。一方で地元に根差した中小薬局がどう生き残るかも課題で、在宅や専門性の高い分野で差別化を図るケースが増えるでしょう。
8-5. 調剤薬局業界のグローバル化の可能性
将来的には、海外資本や海外の医薬品企業との連携が深まる可能性もあります。日本の調剤モデルが海外に進出するケースや、海外のM&Aファンドが日本の大手調剤グループを買収するケースも考えられます。ただ、薬事法や診療報酬制度が国ごとに異なるため、参入障壁は依然として高いといえます。
9. まとめ
日本の調剤薬局業界は、医療制度改革や医療費抑制の流れ、少子高齢化による地域包括ケアシステムの推進、そして人材不足やIT化投資の必要性など、複数の要因によって再編が加速しています。その中でM&Aは、安定した処方箋枚数の確保と大規模経営によるコストダウン、多角化による収益源の確保といったメリットをもたらす重要な手段として認識されてきました。
本稿で取り上げた事例はごく一部ですが、多くの企業が同様の狙いで買収や経営統合を行っています。各社とも地域シェア拡大(ドミナント戦略)やノウハウ・人材・ITシステムの強化を図り、いかに生き残るかを模索しているのです。
今後は、ドラッグストアと食品スーパー、コンビニとの連携がさらに進み、地域住民の“健康”だけでなく“生活”全般を支えるインフラとしての調剤薬局の存在感が増すでしょう。それを実現するために、M&Aは引き続き主要な成長戦略となり、多店舗展開や異業種との協業が続くと考えられます。
一方で買収費用やのれん償却負担、企業文化の融合などの課題もあり、すべてが順調に進むわけではありません。今後の調剤薬局業界は、単なる「処方箋を受ける場」から「健康・生活支援の総合拠点」へと進化を迫られます。M&Aはその手段の一つに過ぎず、買収後の統合プロセスをいかにスムーズに進め、医療の質を下げることなく地域に根付いたサービスを提供できるかが鍵となるでしょう。
以上、2万文字規模を念頭において日本の調剤薬局業界のM&Aについて多角的にご紹介いたしました。膨大な事例を踏まえつつ、今後も業界再編は続くと思われますので、引き続き動向を注視していく必要がございます。調剤薬局の役割がさらに重要視される中、M&Aによる経営統合は患者さんや地域社会にとってもメリットを生み出しうる一方、適切な統合・運営が求められることを改めて強調させていただきます。
今後の調剤薬局業界は、在宅医療やオンライン医療、地域包括ケアなど、多岐にわたる連携がさらに必要とされます。そうした連携を進めるためにも、企業規模の拡大やシステム・人材投資は不可避と言えます。M&Aはその最も効率的な手段でありながら、買収後のマネジメントが成功の可否を決定づけます。各社の戦略的なM&Aと、その後の融合施策が、患者さんへのサービス向上と医療の質をさらに高めていくことが期待されます。

株式会社M&A Do 代表取締役
M&Aシニアエキスパート・相続診断士
東京都昭島市出身。慶應義塾大学理工学部を卒業後、大手M&A仲介会社にて勤務し、その後独立。これまで製造業・工事業を中心に友好的なM&Aを支援。また父親が精密板金加工業、祖父が蕎麦屋、叔父が歯科クリニックを経営し、現在は父親の精密板金加工業にも社外取締役として従事。