- 1. 金属加工業界におけるM&Aの基本的な背景
- 2. 金属加工業界におけるM&Aの主要目的
- 3. 近年の金属加工関連M&A事例
- 3-1. 日本特殊陶業による東芝マテリアルの買収
- 3-2. 元旦ビューティ工業のMBOによる非公開化
- 3-3. サカタインクスによる米国コーティング大手C&A事業買収
- 3-4. 品川リフラクトリーズによるオランダ耐火物メーカーGouda Refractoriesの買収
- 3-5. 博展によるヒラミヤの買収
- 3-6. セレンディップHDと大垣共立銀行によるイワヰの子会社化
- 3-7. 佐藤商事の子会社エヌケーテックを高洋電機に譲渡
- 3-8. トーカロによる寺田工作所の子会社化
- 3-9. 鴻池運輸がインド国営の鉄鋼スラグ処理会社FSNLを子会社化
- 3-10. 三菱マテリアルによるドイツH.C.スタルクの子会社化
- 3-11. ホンダによる八千代工業のマザーサン・グループへの譲渡
- 3-12. ENEOSホールディングスのタツタ電線に対するTOB
- 3-13. 住友金属鉱山とJX金属など大手資源系企業の事業再編事例
- 3-14. MBO・TOB・事業譲渡など多様化するスキーム
- 4. 金属加工業界M&Aの今後の動向
- 5. M&Aを成功に導くポイントと課題
- 6. まとめと展望
1. 金属加工業界におけるM&Aの基本的な背景
1-1. 需要構造の変化と事業環境の激変
金属加工業界は、自動車・航空機・家電・建築など多岐にわたる市場に製品を供給しています。とりわけ近年注目されるEV(電気自動車)や燃料電池車(FCV)の普及、さらには炭素中立(カーボンニュートラル)の流れが加速していることから、これまで内燃機関車向けに特化していた部品メーカーの事業環境は大きく様変わりしつつあります。また航空機産業も、世界的な動向や新興国の需要変動、さらにはコロナ禍以降の旅客需要の回復見通しなどの影響によって揺れ動いています。
こうした状況下で企業が競争力を確保するためには、単独企業としての設備投資や研究開発には限界があり、技術・販売網・生産ラインの強化を目的にM&Aを選択するケースが増えています。また、同業や関連領域の企業との統合により、コスト競争力や市場シェアの拡大を図ったり、新素材開発などの革新的技術への対応を加速させたりする動きが加速しています。
1-2. M&Aによるシナジー効果
金属加工業のM&Aの特徴の一つに、**「技術力の補完」と「顧客基盤の相互活用」が挙げられます。たとえば、自動車向け金属プレス部品に強いA社が、電子部品向け精密加工を行うB社を買収することにより、より幅広い分野の受注を獲得しやすくなります。また、「海外生産拠点の獲得」**も重要な狙いです。特にアジアや米国など成長市場をターゲットに、現地に工場や販売網を持つ企業を傘下に収めることで、新たな市場参入や物流コストの削減が見込めます。
さらに近年は、**「脱炭素社会」**への対応が重要視され、リチウムイオン電池やパワー半導体などの分野で高い技術力を持つ企業が、大手メーカーの傘下に入る例が増えています。電池用材料や金属部品のリサイクルなども含め、「サステナブル」かつ「高付加価値」の金属加工が求められる時代となっており、技術資源を補完し合うM&Aの意義はますます高まっています。
2. 金属加工業界におけるM&Aの主要目的
2-1. 生産・販売ネットワークの強化
金属加工業界は国内需要だけでなく、海外での需要をいかに取り込むかも大きなテーマです。特に、アジア新興国や北米などの巨大マーケットで現地生産を行うことは、サプライチェーンの安定化やコスト競争力の面で不可欠といえるでしょう。そのため、生産拠点をすでに海外に持つ企業を買収することで、スピーディに現地に生産ネットワークを築き上げるケースが多々あります。
2-2. 技術革新への対応や製品ラインナップの拡充
自動車のEV化や電子部品のさらなる高精度化に対応するためには、先端的な金属加工技術の確立が不可欠です。そこで、新合金や高機能材の製造技術を持つ企業をM&Aで取り込むという動きが増えています。また、自社だけでは揃わない加工工程を外部企業の買収によって加えることで、受託可能な製品分野を拡大し、顧客ニーズにワンストップで対応する体制を築くメリットもあります。
2-3. グループ内の事業ポートフォリオ再編
大企業グループが金属加工事業を子会社に持つケースは多いのですが、コア事業の選別や脱エンジン車へのシフトなどを受け、ノンコア事業を外部に売却したり、あるいは逆に非鉄金属事業や特殊鋼事業などを強化するために関連会社を買い戻したりする例が散見されます。事業ポートフォリオをいかに整理・最適化するかという観点からのM&Aも活発で、その結果、市場の大きな変動につながることがあるのも金属加工業界の特徴といえます。
3. 近年の金属加工関連M&A事例
ここからは、金属加工業に関連する近年のM&A事例をいくつか取り上げながら、どのような目的・経緯で行われ、どんな成果が期待されているのかを整理してみます。以下にはさまざまな自動車部品、精密金属部品、建材、リサイクルなど幅広い事例が含まれています。
3-1. 日本特殊陶業による東芝マテリアルの買収
- 買収対象:東芝傘下の東芝マテリアル(ファインセラミックス・金属材料・部品製造)
- 取得価額:約1500億円
- 取得予定日:2025年5月30日
- 狙いとポイント:
- 車載・半導体、環境エネルギー分野などで培ってきた技術(材料設計技術、プロセス技術など)を取り込み、相乗効果を実現する。
- 日本特殊陶業は元々、内燃機関の点火プラグや排気センサーなどの分野で強いが、EVシフトや脱炭素社会に向けて新規事業創出を急いでおり、その一貫として東芝マテリアルを取得した。
- 東芝マテリアルは、EVの軸受に使われる窒化ケイ素ボールやパワー半導体向け窒化ケイ素放熱基板で強みを持つため、電子部品・環境エネルギー分野への進出を加速させる狙いがある。
このように、セラミックス技術×金属材料技術という相乗効果を期待したM&Aは、次世代自動車や電子部品の高性能化に不可欠な要素技術を拡充するという面で非常に大きな意味を持ちます。
3-2. 元旦ビューティ工業のMBOによる非公開化
- 買付主体:創業者が設立した買収目的会社Sunny
- 買付価格:1株2080円(公表前日の終値1508円に約38%のプレミアム)
- 買付期間:2024年11月14日~12月25日
- 狙いとポイント:
- 元旦ビューティ工業は金属屋根製品のトップメーカー。建築資材価格の上昇、人手不足などで競争環境が厳しくなる中、所有と経営を一致させることで、短期的な業績にとらわれず迅速な意思決定を行う狙い。
- TOB完了後は上場廃止となるが、創業家一族はTOBに応募しない部分の株式を引き続き保持するため、安定的な経営体制を構築する。
- 金属屋根製品というニッチ分野で高いシェアを誇る同社は、長期的な戦略投資や技術革新が不可欠であり、非公開化による経営の自由度向上を優先した事例。
MBOは公開企業が非公開化して経営の自由度を上げる代表的な方法ですが、金属加工・建築資材分野でも同様の動きが見られています。
3-3. サカタインクスによる米国コーティング大手C&A事業買収
- 買収主体:米国子会社INX International Ink Co.(新設の受け皿会社)
- 売上高:8600万ドル(約132億円)
- 狙いとポイント:
- サカタインクスは印刷用インキで世界的に展開しており、米国現地法人を通じて北米市場での金属缶向けインキなどを既に手がけている。
- 今回のコーティングソリューション事業買収により、印刷インキやパッケージ市場での販売を拡大し、ブランド価値を高める。
- 塗料・接着剤などコーティング関連技術の取得により付加価値の高い製品を提供しやすくなる。
金属加工という枠組みではやや広義ですが、金属缶向け印刷インキ・コーティングなどは金属材との組み合わせが不可欠であり、サプライチェーンの一部として不可分です。塗装やコーティング技術も金属加工領域に密接に結びつく重要要素です。
3-4. 品川リフラクトリーズによるオランダ耐火物メーカーGouda Refractoriesの買収
- 取得価額:約244億円
- 売上高:170億円
- 狙いとポイント:
- 品川リフラクトリーズは耐火物メーカー大手で、欧州に進出する拠点を確保することでグローバル展開を加速したい考え。
- Goudaはオランダほか、ベルギー、ドイツ、スウェーデンにサービス拠点があり、非鉄金属業界や石油化学・エネルギー業界を主要顧客とする。
- ヨーロッパを中心とした耐火物需要の取り込みだけでなく、中東・アフリカ地域の案件にも対応する足掛かりが期待される。
金属を溶融する炉などに欠かせない耐火物素材において、地域密着型企業を買収するのは、市場シェア拡大だけでなく顧客との関係構築やメンテナンス契約など、継続的収益を生み出すメリットがあります。
3-5. 博展によるヒラミヤの買収
- 狙い:什器・装飾品や特殊車両部品を手がけるヒラミヤ(売上高1億6900万円)を子会社化することで、イベント運営の際の付加価値アップを図る。
- 技術:ヒラミヤは金属加工技術をいかし、ディスプレースタンドや電飾看板などを製造。
- ポイント:非製造業系の博展が金属加工企業を取り込む事例。イベント・展示会の施工で金属什器の調達を内製化し、企画から製造まで一貫してカバーすることで利幅拡大や納期短縮を狙うケース。
3-6. セレンディップHDと大垣共立銀行によるイワヰの子会社化
- 対象会社:自動車用金属部品加工のイワヰ(売上高71億6000万円)
- 狙い:コロナ禍で自動車需要が急減し民事再生手続きに入ったイワヰを引き継ぐかたち。
- ポイント:地銀のファンドが主体となり事業再生を図っていたところ、セレンディップHDが経営を引き継ぐ。
- シナジー:セレンディップ傘下には佐藤工業など自動車金属加工企業があり、プレス加工を主力とするイワヰとは製品の補完関係が期待される。
自動車部品の需要変動リスクや、EVシフトによる市場変化も相まって、中堅・中小の金属部品サプライヤーが経営危機に陥る例は珍しくありません。その再生にM&Aが活用される事例が増えています。
3-7. 佐藤商事の子会社エヌケーテックを高洋電機に譲渡
- 狙い:事業ポートフォリオの見直し。エヌケーテックは鋼材・非鉄金属加工などを手がけるが、高洋電機が買収する形に。
- ポイント:親会社が保有する金属加工子会社を別の加工メーカーが取得することで、生産ラインの集約や顧客基盤の再編を期待。
3-8. トーカロによる寺田工作所の子会社化
- 対象:工作機械やモーター用精密部品を製造する寺田工作所(売上高4億800万円)
- 狙い:トーカロは溶射技術で金属部品に新しい機能性を付加する主力事業を展開しており、寺田工作所の機械加工技術を組み合わせ、表面改質サービスの付加価値を高める。
- ポイント:表面加工(溶射)技術と機械加工技術の統合により、顧客の加工ニーズにトータルで対応できる体制を整備。
3-9. 鴻池運輸がインド国営の鉄鋼スラグ処理会社FSNLを子会社化
- 取得価額:約55億6800万円
- 狙い:世界第2位の粗鋼生産量を誇るインド市場に本格参入する足掛かり。
- ポイント:鴻池運輸は国内鉄鋼所の設備メンテナンスや原料管理を担っており、インド国営企業FSNLを買収することで、スラグ処理ノウハウを海外へ展開する。
- シナジー:日本の高いスラグ処理技術をインドに導入し、鴻池運輸にとっては新たな成長機会となる。
金属加工の上流にあたる製鉄分野のM&Aですが、スラグや廃棄物処理といった領域でもノウハウ獲得を狙った動きが顕著になっています。
3-10. 三菱マテリアルによるドイツH.C.スタルクの子会社化
- 売上高:553億円、営業利益マイナス
- 取得価額:約210億円
- 狙い:タングステン事業で世界最大級になるための買収。
- ポイント:タングステンは硬度が高く切削加工の超硬工具主原料として不可欠。欧米、中国など生産拠点を持つH.C.スタルクを傘下に収め、グローバルなサプライチェーンを最適化する。
これはグローバル展開と資源確保が課題となる金属加工領域らしい大型買収です。タングステンやレアメタルの安定調達は、産業競争力の根幹であるため、資源系のM&Aは注目されます。
3-11. ホンダによる八千代工業のマザーサン・グループへの譲渡
- 譲渡先:インドの自動車部品大手サンバルダナ・マザーサン
- 狙い:ホンダの脱エンジン化に伴い、内燃車向け燃料タンクやサンルーフなどを手掛ける八千代工業の販路拡大を図るため。
- ポイント:自動車業界での技術革新による合従連衡の代表例。EVではガソリンタンクの需要が縮小するため、新たな顧客開拓や事業変革が必須。ホンダは八千代工業を完全子会社化後、マザーサンへ株式81%を譲渡。自社は19%を残し連携を続ける。
3-12. ENEOSホールディングスのタツタ電線に対するTOB
- 買付価格:途中で720円から780円に引き上げ、買付上限は約304億円
- 狙い:タツタ電線の電子材料関連技術を取得し、非鉄金属事業を強化。
- ポイント:資源不足や国内市場縮小への対応として電子材料分野へのシフトを図るENEOS。
- 進捗:中国当局の競争法審査等で開始が遅れたが、最終的に買付価格を引き上げTOB成立を目指す。
タツタ電線は伝統的な電線・ケーブルからセンサー・電子材料などに事業を広げており、親会社候補との連携によりさらに競争力を高めることを期待しています。
3-13. 住友金属鉱山とJX金属など大手資源系企業の事業再編事例
- 住友金属鉱山:リチウムイオン電池用材料や半導体用素材に経営資源を集中し、伸銅品やリードフレーム事業を住友金属鉱山伸銅やSHマテリアルへ統合。海外の銅鉱山権益(シエラゴルダなど)を譲渡するなどしてポートフォリオを最適化。
- JX金属:ENEOSグループの金属部門として、タツタ電線との統合や海外拠点の拡充を推進中。中国・北米など世界各国での金属材料供給を強化。
資源大手は金属価格の変動リスクや需要構造の変化を見据え、伸銅・銅精錬・電子材料・セラミックスなど多岐にわたる事業の再編を積極的に行っています。
3-14. MBO・TOB・事業譲渡など多様化するスキーム
上記のように金属加工業界では、親会社への完全子会社化(TOB)だけでなく、創業家のMBOや一部株式を残す合弁化、事業譲渡によるノンコア切り離し、さらには地銀ファンドによる事業再生型M&Aなど、目的に応じてさまざまなスキームが活用されています。業界構造や企業ごとの置かれた環境、親会社の戦略などによってM&A手法が柔軟に選択されるのが金属加工のM&Aの特徴ともいえます。
4. 金属加工業界M&Aの今後の動向
4-1. EV・再生可能エネルギー向け部品需要の高まり
自動車のEV化はもちろん、風力発電や太陽光発電、水素関連設備など、環境・エネルギー分野で金属加工ニーズが急増しています。軽量化・高強度化が求められる構造材、耐熱性・耐食性に優れた特殊合金部品など、必要とされる技術領域は拡大しており、今後も高機能素材や精密加工技術を持つ企業に買収意欲が向けられると考えられます。
4-2. DX(デジタルトランスフォーメーション)による生産効率化
金属加工業界は、3D CADやCAEシミュレーションによる設計から、IoT・AIを活用したスマートファクトリーに至るまで、デジタル技術との融合が進んでいます。工場のスマート化を推進するIT企業やメカトロニクス企業を買収したり、逆にIT企業やプラントエンジニアリング企業が金属加工メーカーを取り込んだりといったケースが増えれば、DX対応型のサプライチェーンが形成されるでしょう。
4-3. 地方中堅・中小企業の事業承継問題
金属プレスや板金加工を行う多くの中小企業では、高齢化や後継者不足が深刻な課題です。そのため、地域の地銀や投資ファンドなどが中心となってM&Aを仲介する事例が増えています。事業承継型M&Aでは、企業価値評価や経営体制の整備が急務となる一方、長年培ってきた熟練技術や取引先をいかに守りつつ発展させるかが焦点になります。この動きは全国規模でさらに活発化する見込みです。
4-4. 海外メーカーとの競争・協業
グローバル市場では、中国やインドなどの台頭も著しく、欧米の大手金属関連メーカーもアジア進出を続けています。一方、日本企業にとっても海外企業の買収や合弁設立は市場を取り込むうえで重要な手段です。特にアジア市場での金属需要増大は長期的に続くとみられ、日本企業の技術力や品質管理体制が評価される余地は大いにあります。そのため、M&Aによる海外企業買収や、逆に海外企業の日本企業買収といったクロスボーダーM&Aも引き続き増加する可能性が高いといえます。
5. M&Aを成功に導くポイントと課題
5-1. 技術力・顧客基盤の真の評価
金属加工はノウハウや職人技に支えられている場面も多い分野です。M&Aの際には、単純に損益計算書や資産状況だけでなく、製造現場の生産技術・人的資源、主要取引先との長年の関係性、さらには研究開発力や特許資産など定量評価しづらい要素も精査しなくてはなりません。実際に取得後に思ったほど技術を自社の製品群に生かしきれないといった問題が起きることもあるため、事前のデューデリジェンスが非常に重要です。
5-2. 経営統合後の組織・ガバナンス設計
金属加工のM&Aでは、大手と中小、または海外企業同士など規模・文化の異なる組織が統合されることが多く、統合プロセスでの衝突やイノベーションの停滞が懸念されることがあります。たとえば、現場レベルの技術者同士のスムーズな協業体制や、品質基準・工程管理の整合をどう行うかが課題になります。特に、海外M&Aでは言語や商習慣だけでなく、安全基準や環境規制への適合なども考慮しなくてはなりません。
5-3. 投資回収の見通し
EVや半導体関連素材など、新規市場の成長を見越して高値で買収したものの、世界的な需要変動や技術トレンドの急変によって回収が遅れる例も考えられます。金属加工設備の更新サイクルは長く、国際的な競争も激しくなっているため、長期的な視点と慎重なリスク管理が求められます。過大なシナジーを見込んで高額買収を行い、のちに巨額の減損を計上する事態を避けるためにも、経営トップ層の慎重な判断と綿密なシナリオ策定が不可欠です。
6. まとめと展望
金属加工業界は、EV・再生可能エネルギー・航空機・医療機器など多方面の需要を抱えながらも、グローバル競争や国内市場の縮小、高度な技術・品質への対応など、課題も山積しています。その中でM&Aは、技術力強化・新市場開拓・事業承継・経営基盤強化などを同時に達成する有力な戦略手段となり得ます。
近年のM&A事例を見ても、
- 大企業グループが保有する金属加工子会社の再編・売却
- 成長分野(電池材料、リサイクル技術、金属3Dプリントなど)での買収による事業拡充
- 海外企業の買収を通じた市場シェア拡大
- 中堅・中小企業の経営基盤再生や後継者問題解決
といった多様な目的・形態がみられます。そして、EVシフトやサステナビリティへの要請がますます高まる将来において、金属加工の高機能化・複合化・デジタル化は必須テーマになるでしょう。このような技術革新と市場環境の変化に対応するためには、企業単独の努力だけでは限界がある場合が多く、M&Aを通じて相互に補完することがさらに重要になると考えられます。
一方で、M&Aの成否は買収後の統合プロセスにも大きく左右されます。金属加工業は品質保証やトレーサビリティが重視される業界であるため、組織文化の違いをいかに乗り越えるか、新旧の技術が合流する際のマネジメントをどう円滑に進めるかが重要です。特に近年はサプライチェーンのリスクマネジメントが経営課題として浮上しているため、サプライヤーや顧客との関係性を上手く維持しながらシナジーを創出できるかが鍵となるでしょう。
以上のように、金属加工業界で展開されてきた多様なM&Aの事例は、その目的も統合形態も幅広く、それぞれが抱える課題や狙いを色濃く反映しています。EVやカーボンニュートラルなど大きな潮流の中で、金属加工産業の構造自体が再編される時期に差し掛かっており、M&Aによる事業改革や規模拡大が引き続き盛んに行われることが予想されます。企業にとっては、これらの動きを踏まえたうえで、どのように自社の強みを伸ばし、弱みを補う買収・提携を行うかが、今後の生き残りと成長を大きく左右するポイントになるといえるでしょう。
金属加工業界は伝統的な技術と先端技術が混在する、奥深い産業分野です。海外勢を含む激しい競争環境の中、新製品や新技術を生み出すために何を取り込むか、そのためのリスクとリターンをどう評価し、社内外のステークホルダーと連携して統合効果を最大化するかが問われています。M&Aはあくまで手段であり、成功には統合後のビジョンと実行力が不可欠です。本記事でご紹介した多彩なM&A事例や背景をヒントとして、金属加工分野のM&Aに関心をお持ちの方々が、より良い戦略立案・実行を行うことを願ってやみません。

株式会社M&A Do 代表取締役
M&Aシニアエキスパート・相続診断士
東京都昭島市出身。慶應義塾大学理工学部を卒業後、大手M&A仲介会社にて勤務し、その後独立。これまで製造業・工事業を中心に友好的なM&Aを支援。また父親が精密板金加工業、祖父が蕎麦屋、叔父が歯科クリニックを経営し、現在は父親の精密板金加工業にも社外取締役として従事。