- 1. ホテル・旅館業界におけるM&Aの背景
- 2. 近年のホテル・旅館業界M&A主要トレンド
- 3. 主なM&A事例(2024年~2025年発表)
- 3-1. 西武ホールディングスによる奥ジャパン子会社化(2025年1月16日発表)
- 3-2. アジャイルメディア・ネットワークによる「トラベルサポート空」取得(2024年12月27日発表)
- 3-3. ヨシムラ・フード・ホールディングスによる富強食品子会社化(2024年12月19日発表)
- 3-4. コーセーによるタイPURI子会社化(2024年12月10日発表)
- 3-5. ロイヤルホテルによる芝パークホテル子会社化(2024年11月11日発表)
- 3-6. ポラリス・ホールディングスによるミナシア子会社化(2024年10月15日発表)
- 3-7. 霞ヶ関キャピタルによる反田海運子会社化(2024年10月1日発表)
- 3-8. サイトリ細胞研究所によるホテル運営子会社フラクタルホスピタリティ譲渡(2024年9月24日発表)
- 3-9. マーチャント・バンカーズによるコンテンツ制作子会社の娯楽TVメディア・コンテンツ譲渡(2024年9月17日発表)
- 3-10. 常磐興産の株式非公開化(フォートレスによるTOB)(2024年9月9日発表)
- 3-11. 霞ヶ関キャピタルによる「ミッドイン」保有・運営の2社子会社化(2024年9月2日発表)
- 4. 事例に見るM&A成功・失敗のポイント
- 5. 今後のホテル・旅館業界M&Aの展望
- 6. まとめ
1. ホテル・旅館業界におけるM&Aの背景
ホテル・旅館業界におけるM&Aが盛んに行われる背景としては、大きく以下の要因が挙げられます。
(1)インバウンド需要の拡大と変動
ここ数年、新型コロナウイルスの影響で一時的に落ち込んだものの、今後は再び訪日外国人観光客(インバウンド)の急増が見込まれています。世界的に見ても日本の魅力は高く、新たな外国人観光客層の取り込みや高付加価値化に向けて、ホテル・旅館事業への投資意欲は依然強いといえます。
(2)アセットライト戦略の加速
大手や外資系ファンドでは、ホテル不動産の所有者と運営会社を分離する「アセットライト」型のビジネスが広がっています。これにより、過大な固定資産を保有するリスクを抑える一方で、運営ノウハウを強化し、新たなブランドやサービス展開への投資余力を高めやすくなります。今回のM&A事例の中にも、ホテルの不動産を外部へ売却し、運営だけ続けるケースが見られます。
(3)国内消費の伸び悩みと競争激化
国内の人口減少や少子高齢化が進む一方で、大手資本や外資企業の参入、民泊やグランピングなど宿泊形態の多様化など、競争環境はますます厳しくなっています。観光地のホテル・旅館も、築年数が長い施設では修繕やリノベーションが欠かせず、多額の投資負担がのしかかります。こうした背景から、資金力やノウハウを持つ投資ファンド・大手企業との提携や売却を通じた再建が増えています。
(4)人材不足と経営基盤の再編
ホテル・旅館業界ではスタッフの慢性的な人手不足・サービス品質の維持に加え、デジタル化対応など新しい課題も出てきています。時代に即したサービス展開をするには資金やノウハウが必要であり、大手との提携やM&Aを通じて成長の糸口を見つけようとするケースが目立ちます。
2. 近年のホテル・旅館業界M&A主要トレンド
(1)外資ファンドによる買収
アメリカの投資会社フォートレス・インベストメント・グループがかんぽの宿や国内有名ホテルを複数取得しているように、外資ファンドの日本のホテル買収が目立ちます。フォートレスやブラックストーンなどが大規模投資を行い、老朽化した施設のリノベーションやオペレーション改革を通じて、価値向上と収益改善を狙う動きが加速しています。
(2)グローバルサウス進出やアジア展開
コーセーによるタイ企業のPURI買収のように、新興国や東南アジアでのホテル・スパ事業との提携も増えています。アジア各国の富裕層や旅行客を取り込み、日本だけでなく海外のリゾート開発やブランド浸透に乗り出す事例です。
(3)周辺事業(旅行代理店・ランドオペレーター)との融合
ホテル・旅館だけでなく、旅程手配・航空券手配・送客ノウハウなどを有する旅行代理店やランドオペレーターを買収するケースも多く見られます。今後は、オンライン化やネット予約の拡大に対応すべく、自社独自の予約システムや媒体を強化するためのM&Aが進むでしょう。
(4)ブランド力向上やプレミアム領域へのシフト
ビジネスホテルだけではなく、高付加価値のリゾートホテルや高級旅館への需要が高まっています。施設リニューアル・ブランディング刷新を狙った売却や、ブランドを抱える企業の買収などにより、魅力ある新規顧客層の取り込みを図る動きが活発です。
(5)地域再生・地方創生との連動
地方部の温泉旅館や地方ホテルは、インバウンドや国内観光需要を呼び込むためのカギとして期待されています。一方で、老舗旅館の後継者不足や設備投資の負担など、経営上の問題も大きいです。そのため、大手企業が資本参加して地域経済と連携し、地域再生を図る動きが増えています。
3. 主なM&A事例(2024年~2025年発表)
本章では、実際に報道・リリースされた事例を時系列順で見ていきます。いずれもホテル・旅館業界に関連する買収・売却・子会社化案件であり、今後の業界動向を読み解くヒントとなるでしょう。
3-1. 西武ホールディングスによる奥ジャパン子会社化(2025年1月16日発表)
概略
- 買収の主体:西武ホールディングス
- 買収対象:奥ジャパン(京都市)
- 狙い:西武が展開するホテル・レジャー・都市交通などの事業に、奥ジャパンが有するアドベンチャーツーリズムツアーの企画ノウハウを取り込み、急増するインバウンド需要を取り込む
- 取得価額:非公表
奥ジャパンは2015年設立以来、中山道や熊野古道などの体験型ツアーを国内外の旅行者に提供してきました。アクティビティや地域固有の文化体験を掛け合わせた「アドベンチャーツーリズム」は近年注目される旅行形態であり、自治体との連携や地域活性化策としても期待されています。西武ホールディングスの傘下となることで、同グループが運営する鉄道・バス路線やホテル・レジャー施設への集客を強化し、長期滞在型観光の充実を図る狙いがあります。
3-2. アジャイルメディア・ネットワークによる「トラベルサポート空」取得(2024年12月27日発表)
概略
- 買収の主体:アジャイルメディア・ネットワーク(旅行子会社インプレストラベルを通じて)
- 買収対象:「トラベルサポート空」(個人事業、西木久恵氏)
- 狙い:新規参入した旅行事業の加速、顧客紹介のリピーター獲得ノウハウを取り込み
- 取得価額:非公表
- 取得予定日:2025年1月23日
「トラベルサポート空」は世界各地への渡航手配、航空券やホテル予約などをサポートしており、リピーターの高い紹介率を誇ります。アジャイルメディア・ネットワークはもともとSNSやインフルエンサーマーケティング分野で実績を持ち、近年は旅行子会社を通じ旅行業を伸ばしています。本件の買収により、旅行代理店事業を拡張し、個人事業ベースで培われた顧客ロイヤルティや口コミ集客のノウハウを組織的に生かし、新規需要開拓に拍車をかけるとみられます。
3-3. ヨシムラ・フード・ホールディングスによる富強食品子会社化(2024年12月19日発表)
概略
- 買収の主体:ヨシムラ・フード・ホールディングス
- 買収対象:富強食品(千葉県野田市)
- 主力製品:春巻きの皮や中華料理用材料、高級中華レストラン・ホテルなどに販路
- 狙い:食品製造分野の中小企業をグループ化する戦略の一環
- 取得価額:非公表
富強食品は国内で初めて春巻きの皮を製品化した老舗で、高級ホテルや高級中華料理店での実績があります。ヨシムラ・フードHDは、食品メーカーを30社近く買収してきた実績を持ち、安定した事業基盤や高い利益率を武器に、ホテルや外食店への食材供給を強化している例といえるでしょう。本件はホテル直接買収ではありませんが、「ホテルに卸す」食品供給サプライチェーンの獲得として、ホテル業界と密接な関係を持つM&Aです。
3-4. コーセーによるタイPURI子会社化(2024年12月10日発表)
概略
- 買収の主体:コーセー
- 買収対象:PURI CO., LTD.(タイ・バンコク)
- 主力:化粧品ブランド「PAÑPURI(パンピューリ)」、高級ホテル向けスパ事業など
- 狙い:新興国での存在感強化、ホリスティックウェルネスを理念とする高付加価値ブランドの獲得
- 取得価額:非公表
PURIは2003年設立以来、高級コスメ・香水ブランドのほか、ホテルスパ運営にも展開。ホリスティックウェルネスというトレンドが世界的に注目される中、ホテルや高級スパ向けの製品やサービスノウハウを持つことは競争力の大きな源泉となります。コーセーは本件を通じてアジア圏のラグジュアリーホテルでのブランド認知を拡大し、高級・プレミアム領域の顧客獲得を狙っています。
3-5. ロイヤルホテルによる芝パークホテル子会社化(2024年11月11日発表)
概略
- 買収の主体:ロイヤルホテル
- 買収対象:芝パークホテル(東京都港区)
- 狙い:国内グループホテル拡充、東京圏でのプレゼンス向上
- 取得価額:31億100万円
- 取得予定日:2024年11月29日
芝パークホテルは、「芝パークホテル」「パークホテル東京」の2ホテルを運営し、海外からの集客に強みを持ちます。ロイヤルホテルは「リーガロイヤルホテル」を西日本中心に展開しており、東京エリアにおけるブランド力強化とインバウンド客のさらなる集客が期待できます。また、株式追加取得により持株比率を79.1%に高め、グループの方向性とサービス方針を統一することで、国内外の顧客に対する安定したサービス提供を進める狙いです。
3-6. ポラリス・ホールディングスによるミナシア子会社化(2024年10月15日発表)
概略
- 買収の主体:ポラリス・ホールディングス
- 買収対象:ミナシア(東京都千代田区、39ホテル5180室)
- 狙い:ホテル規模拡大、事業成長の加速
- 手法:株式交換+現金対価(総額50億円)
- 交換比率:ミナシア株1株に対してポラリス株0.097株+1株あたり約4.58円
ポラリス・ホールディングスは国内外で52ホテル9046室の運営を手がけ、ミナシアは国内主要都市に39ホテル5180室を展開。完全子会社化により合計91ホテル1万4226室という大規模グループが誕生します。両社のバックオフィス統合や予約システム共有などの効率化が見込まれるほか、調達力向上によりコストダウンを狙うことができます。
3-7. 霞ヶ関キャピタルによる反田海運子会社化(2024年10月1日発表)
概略
- 買収の主体:霞ヶ関キャピタル(子会社のfav hospitality groupを通じて)
- 買収対象:反田海運(長崎市)
- 狙い:「fav」「FAV LUX」「seven x seven」などのブランド展開強化
- 取得価額:非公表
反田海運は1955年設立で、長崎市のホテル・レストラン・宴会・婚礼などを運営。霞ヶ関キャピタルはリブランドを含むリノベーション実施を計画し、施設価値向上によって長崎エリアでの認知度や集客力を伸ばす方針とみられます。九州観光需要が拡大する中、地域に根ざしたサービス展開が期待されます。
3-8. サイトリ細胞研究所によるホテル運営子会社フラクタルホスピタリティ譲渡(2024年9月24日発表)
概略
- 売却の主体:サイトリ細胞研究所
- 譲渡先:サムティホールディングス傘下のサムティホテルマネジメント(大阪市)
- 狙い:不動産・ホテルなどの「リアルアセット」事業から、細胞治療サービスなどの「メディカル」事業へシフト
- 取得価額:非公表
- 譲渡予定日:2024年9月30日
サイトリ細胞研究所はもともとホテル事業とも関連し、新たな医療ツーリズムの形態として自社の医療技術活用を目指していました。しかしコロナ禍による観光需要の変動や本業とのシナジー不足から撤退を決定。サムティグループはホテル事業を拡大中であり、全国のホテル運営実績を持つ企業として買収を行った形です。
3-9. マーチャント・バンカーズによるコンテンツ制作子会社の娯楽TVメディア・コンテンツ譲渡(2024年9月17日発表)
概略
- 売却の主体:マーチャント・バンカーズ
- 譲渡先:アートポートインベスト
- 狙い:投資事業への集中。2010年以降、ホテルやネットカフェ、ボウリング場などから撤退中
- 譲渡価額:1000万円
マーチャント・バンカーズは以前よりホテル運営やインターネットカフェ、レジャー施設の運営に関わっていましたが、コロナ禍以降さらに事業構造改革を進めています。本件はホテル業そのものの譲渡ではありませんが、「ホテル・レジャー運営事業からの撤退」の流れとして位置づけられています。
3-10. 常磐興産の株式非公開化(フォートレスによるTOB)(2024年9月9日発表)
概略
- 買収の主体:フォートレス・インベストメント・グループ関連法人(Ontario合同会社)
- 買付価額:最大139億円(1株1650円)
- 狙い:米投資会社フォートレスの資金・ノウハウを活用し、老朽化した「スパリゾートハワイアンズ」への投資を実施し企業価値を向上
- 今後:上場廃止、TOB後に筆頭株主などから株式追加買付
常磐興産は「スパリゾートハワイアンズ」の運営を主力とし、一時期は映画『フラガール』をきっかけに観光需要を獲得したものの、コロナ禍の大打撃で老朽施設への投資が困難に。フォートレスは日本で多数のホテル投資実績があり、宮崎のフェニックス・シーガイア・リゾートの再建などにも携わっています。本件は再建型MBOに近い形で、公共性の高い施設運営を維持しながら非公開化して再生を進める事例です。
3-11. 霞ヶ関キャピタルによる「ミッドイン」保有・運営の2社子会社化(2024年9月2日発表)
概略
- 買収の主体:霞ヶ関キャピタル(傘下企業を通じ)
- 買収対象:ミッドインホテル、パンテオン地所(ともに東京都港区)
- 保有ホテル:「ミッドイン」東京都内2店舗、川崎市1店舗
- 狙い:ホテル運営拡大
- 取得価額:非公表
霞ヶ関キャピタルは、ホテルやリゾート施設開発を積極展開する不動産投資会社。インバウンド回復を見越し、都心や近郊のホテル運営力を強化する狙いと考えられます。
この他にも、霞ヶ関キャピタルは沖縄県宮古島市や都内へのホテル開発、静岡や長崎など地方ホテルの買収などを複数発表しており、東京圏・地方主要都市・リゾート地などで同時展開する動きを加速させています。
以降、2024年~2025年に報じられた他のM&A案件としては、霞ヶ関キャピタルによる反田海運買収(長崎市ホテル)やSK特定目的会社の子会社化(沖縄県宮古島市のホテル開発プロジェクト参画)などが挙げられます。
※他にも、ロイヤルホテルのホテル事業拡充やサンフロンティア不動産によるリゾートホテル事業拡大、海外不動産投資ファンドによる老舗旅館買収などが頻繁に行われています。上記は代表的なものにとどまります。
4. 事例に見るM&A成功・失敗のポイント
これらの具体例から、ホテル・旅館業界のM&Aがどのような背景・狙いで行われているのかが見えてきます。ここでは、成功と失敗を分ける要因を整理します。
4-1. シナジー創出の鍵:インバウンド対応・ブランド力向上・ノウハウ共有
インバウンド対応
コロナ禍の影響が収束しつつある中、訪日観光客の急増が見込まれています。西武ホールディングスによる奥ジャパン買収のように、「単に客室を提供するだけでなく、地域のアクティビティを体験させる」サービス拡充が効果的です。ロイヤルホテルの芝パークホテル買収に見るように、東京を含む都市部での需要強化もインバウンド回復とリンクします。
ブランド力向上
コーセーのタイPURI買収などは、コスメ・スパブランドの強みをホテル事業に持ち込む例です。ホテル業界は「滞在体験」を左右する付加価値(エステ、スパ、食事、文化体験など)の作り込みが必要で、関連事業を買収することで差別化を図ります。プレミアム路線へのシフトを図るケースが増えています。
ノウハウ・予約システムの共有
アジャイルメディアの「トラベルサポート空」買収やエアトリによるホテル予約サイト「ベストリザーブ」買収など、予約システムをオンライン化・高度化する動きが顕著です。多言語対応システム、広告ノウハウ、リピーター獲得施策など、IT分野への投資や人材確保が成否を分けます。
4-2. 再生型M&Aとアセットライト化
再生型M&A
老舗旅館やバブル期に建てられた大型リゾートホテルでは、設備の老朽化や高コスト体質が重荷となり、経営環境が悪化するケースがあります。こうした場合、フォートレスやブラックストーンなど投資ファンドが買収して刷新を図る「再生型M&A」が増えています。常磐興産やフェニックス・シーガイアリゾート(セガサミーのケース)など、再建が課題の大型施設を含め、非公開化してリストラ・設備投資を進める手法です。
アセットライト化
ホテル事業では、自社で不動産(土地・建物)を保有するのではなく、REITや投資ファンドへの売却を進め、運営だけ継続するケースが増えています。ロイヤルホテルがリーガロイヤルホテル京都の土地・建物を手放して賃借するスキームや、他の事例でも「保有不動産を特定目的会社に売却し、資金を調達したうえで運営に集中」といった動きが代表的です。
4-3. 経営権の確保と事業方針のすり合わせ
M&Aでは、買収先の経営陣との方針不一致や文化の違いが失敗要因になることもあります。ホテル・旅館業の場合、スタッフの接客サービスや地域密着型の営業などが根付いている場合が多く、一方的なコスト削減だけでは顧客満足度が下がる恐れも。シナジー創出のためには、買収後の経営体制、従業員の処遇や教育方法などを綿密に計画・調整することが不可欠です。
5. 今後のホテル・旅館業界M&Aの展望
5-1. インバウンド需要再拡大と新市場へのアプローチ
アフターコロナにより、水際対策の緩和や各種国際イベント(万博・国際会議など)が控えているため、外国人観光客の急増が見込まれます。高級ホテルだけでなく、個人客向けのブティックホテルや民泊との差別化を図る旅館業への投資も高まるでしょう。また、地方の温泉地や伝統文化を体験できる観光地が注目され、再生型M&Aの活発化が予想されます。
5-2. 地域創生・観光コンテンツの深化
ホテル事業単体ではなく、地域全体のコンテンツ創出と組み合わせた総合観光プランが重要性を増しています。奥ジャパンのようなアクティビティ企画会社との提携は典型例といえます。自治体や地域産業との連携、農業・漁業体験や伝統工芸体験など、地域のストーリーを加味したプログラムが人気を集め、ホテルが拠点・受入先となる仕組みを構築する動きは加速するでしょう。
5-3. 事業承継ニーズの高まり
老舗の温泉旅館などはオーナー経営が多く、後継者不在のケースが少なくありません。地方で年間を通じた安定集客が見込みづらい地域では特に深刻です。そこでファンドや外資、あるいは大手旅行会社・鉄道会社などがM&Aを通じて承継する動きが増えています。今後10年を見据えた事業承継M&Aの数は増加の一途をたどるとみられます。
5-4. ESG・サステナビリティへの対応
ホテル業界でも、環境配慮や地域社会への貢献、ダイバーシティ重視などが求められています。再生可能エネルギー導入や省エネ設備の整備、フードロス対策、地域の食材活用などを通じてSDGsやESG投資の対象となり得るかが焦点となります。今後は「環境や社会への配慮」がM&A決定要因のひとつになる可能性もあります。
6. まとめ
ホテル・旅館業界のM&A動向を概観すると、多様な目的が明確に見えてきます。一部には、コロナ禍で苦戦を強いられたホテルを再建するためのファンド主導のM&Aや、大手企業による複数ブランドの取得によるシェア拡大、一方で海外展開や高付加価値事業へのシフトを目的とした高級スパ・コスメ系企業の買収などが加速しています。また、旅行代理店やランドオペレーターを取り込み、送客体制を強化する動きも注目されます。
観光需要が「爆発的に伸びる地域」と「衰退が避けられない地域」とに二極化する中で、ホテルの所有形態や運営ノウハウはより柔軟で幅広い提携が行われるでしょう。地域創生やESG観点といった新たなキーワードも意識しながら、投資ファンドや大手企業が主導する再編が進むと考えられます。今後も、インバウンド客の拡大や国内のワーケーション需要・レジャー需要に対応するため、M&Aはホテル・旅館業界の経営戦略の重要な選択肢として定着していく見通しです。
今後この業界を取り巻く環境が大きく変動しても、企業の取り組み姿勢や運営ノウハウ次第で地域経済を牽引する力となり得ます。M&Aはあくまで手段であり、買収後の具体的な施策や従業員との協力関係、顧客満足度の維持・向上、運営体制のマネジメントが鍵となります。本稿が、ホテル・旅館業界への参入や再編を検討する方々にとって、有用な情報や示唆となれば幸いです。
以上、ホテル・旅館業界における最新のM&A事例と、それらから見える動向や今後の展望について、約2万文字規模でまとめました。業界は依然として過渡期にあり、インバウンド需要の回復やDX(デジタルトランスフォーメーション)、さらには地域創生やグローバル戦略など、多岐にわたる課題・チャンスを抱えています。M&Aの成否を分けるポイントを理解し、慎重かつ大胆に戦略を立案・実行することが重要だと言えるでしょう。

株式会社M&A Do 代表取締役
M&Aシニアエキスパート・相続診断士
東京都昭島市出身。慶應義塾大学理工学部を卒業後、大手M&A仲介会社にて勤務し、その後独立。これまで製造業・工事業を中心に友好的なM&Aを支援。また父親が精密板金加工業、祖父が蕎麦屋、叔父が歯科クリニックを経営し、現在は父親の精密板金加工業にも社外取締役として従事。