- 1. はじめに
- 2. 日本の葬儀業界の概要
- 3. 葬儀業界におけるM&Aの背景
- 4. 近年の葬儀業界のトレンド
- 5. M&Aがもたらすシナジーと戦略的意義
- 6. 個別事例とその詳細
- 6-1. 燦ホールディングスによるきずなホールディングスのTOB(2024年7月12日発表)
- 6-2. 広済堂ホールディングスによる「エンディング産業展」事業取得(2022年9月6日発表)
- 6-3. 鎌倉新書によるベル少額短期保険の子会社化(2024年11月1日付)
- 6-4. ビューティー花壇によるビンクの譲渡(2017年2月21日発表)
- 6-5. きずなホールディングスによる備前屋の子会社化(2021年1月14日発表)
- 6-6. こころネットによる牛久葬儀社の子会社化(2015年4月8日発表)
- 6-7. こころネットによる喜月堂ホールディングスの子会社化(2023年7月20日発表)
- 6-8. アイ・ケイ・ケイによるアイ・セレモニーの木下への譲渡(2019年9月13日発表)
- 6-9. サン・ライフホールディングによる高尾山観光開発の子会社化(2019年11月22日発表)
- 6-10. サン・ライフホールディングによる伊豆箱根鉄道からの介護事業取得(2019年7月12日発表)
- 6-11. サン・ライフによる住宅型有料老人ホーム事業の取得(2017年5月1日発表)
- 6-12. サン・ライフによるペット葬儀事業の取得(2017年9月8日発表)
- 7. 各事例から見る戦略共通点と特徴
- 8. 葬儀業界M&Aの課題・リスクと成功のポイント
- 9. 今後の見通しと展望
- 10. おわりに
1. はじめに
近年、日本の葬儀業界ではM&A(合併・買収)が活発化しており、大手企業を中心に全国規模での事業展開や多角化が進んでいます。背景には少子高齢化に伴う死亡者数の増加傾向と、個人葬・家族葬への移行、さらには単価低下の圧力があります。これまで地域に密着してきた中小葬儀社は、後継者不足や競争激化により大手の傘下に入るケースが増え、また大手側もそのノウハウや地盤を取り込むことで事業拡張を図っているのです。
一方、ただの規模拡大ではなく、葬儀関連サービスの多角化や、顧客のライフサイクル全体を支援するトータルライフサポート戦略の一環としてのM&Aも数多く見受けられます。例えば、介護事業や保険事業の取り込み、新たなブランドや展示会の運営権など、葬儀にまつわる周辺領域への展開を狙った動きが活発化しています。
本記事では、葬儀業界の概況やM&Aの背景を整理したうえで、具体的なM&A事例を時系列で取り上げ、その意義や効果について詳しく考察いたします。記事の後半では、今後の葬儀業界におけるM&Aの方向性や課題、展望についても触れ、読者の皆さまに広範な視点をご提供できれば幸いです。
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2. 日本の葬儀業界の概要
2-1. 市場規模
日本の死亡者数は、厚生労働省の人口動態統計によれば今後しばらくの間は年間100万人を超える水準で推移すると見込まれています。高齢化の進展により死亡者数は増加傾向にあり、2040年前後にピークを迎えるという推計もあるため、葬儀の需要自体は今後もしばらく底堅いといわれています。
一方で、一件あたりの葬儀単価は近年下降傾向にあります。かつては「一般葬」が葬儀のメインストリームでしたが、直葬や家族葬といった、より小規模な形式の葬儀を選ぶ人が増えました。こうした傾向に合わせ、葬儀社に求められるサービスも多様化しています。
2-2. 事業形態の多様化
日本の葬儀社は、互助会や専門葬儀社、JA系、寺院や公営斎場など多種多様です。最近では、低価格志向や遺族の負担軽減のニーズの高まりから、全国展開の大手業者が直営の会館やネットワークを広げると同時に、地域密着型の中小企業がM&Aの対象となり、市場再編が進んでいます。また、ネット系の仲介サービスや、保険・金融系が新規参入してくるなど、業界構造は複雑化しています。
2-3. 葬儀社の収益構造
葬儀社の収益は主に、祭壇・葬儀会館使用料・仕出し料理・供花・返礼品などの販売によって成り立ってきました。しかし現在では、特定施設での法要や手元供養関連の商品提供、さらには遺品整理や相続関連サービスを手がけるなど、葬儀に関わる全ライフステージに対応する動きが見られます。こうした周辺サービスの充実は、単価の低下や競争激化の中で収益を確保するための手段としても重要になっています。
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3. 葬儀業界におけるM&Aの背景
3-1. 後継者不足と事業承継問題
地方の老舗葬儀社を中心に、経営者の高齢化や後継者不足が深刻化しています。独立系の中小企業は地域内で長年営業してきたノウハウや信頼関係があるものの、後継ぎが見つからない場合、廃業か大手への事業譲渡かの選択肢に迫られます。その際、社員の雇用や取引先への影響を考えると、M&Aによる継続の道を選ぶケースが増えています。
3-2. 業界再編と競合激化
消費者の葬儀観の変化により、葬儀の小規模化、価格の抑制化が進み、葬儀社間の価格競争が激化しています。さらに、全国展開を目指す大手葬儀社が積極的に地方の有力葬儀社を買収し、会館ネットワークを拡大する戦略をとるケースも多く、地域の独立系は生き残りをかけてM&Aを検討せざるを得ません。
3-3. 多角化・サービス拡張のニーズ
従来の葬儀サービスのみならず、供養・お墓・仏壇・遺品整理・相続サポート・介護・保険など、関連分野を取り込むことで収益拡大を狙う動きがあります。そのため、これらの分野で実績のある企業や、既に地域でブランド力・営業基盤を持つ企業を傘下に収めるM&Aが増えているのです。
3-4. 投資ファンドの存在感
近年は、投資ファンドが葬儀業界に参入し、企業価値を高めた上で再度売却するケースも出てきました。事業承継のタイミングでファンドが介入し、大幅な投資を行うことで企業の拡大を後押しし、後に企業価値が高まった段階で大手葬儀社などに売却する動きも見られます。葬儀業界は人口動態上の需要が底堅いと見られるため、ファンドにとっても投資対象となりやすいのが背景にあります。
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4. 近年の葬儀業界のトレンド
4-1. 家族葬・直葬の増加
かつては「人生の最後の晴れ舞台」として大規模な一般葬が主流でしたが、現在では家族葬や直葬など、よりシンプルな葬儀が注目されています。遺族の負担軽減や費用の面、またコロナ禍での制約を経て、小規模化の流れは今後も続くと考えられます。このため、家族葬を専門に取り扱う会館や、低価格帯プランの導入が求められ、大手は地元の家族葬専門業者を買収することで、そのブランドやノウハウを活かすケースが増えています。
4-2. 供養の多様化
海洋散骨や手元供養、樹木葬など、新しい供養方法が広がっています。一般的なお墓をもたずに故人を偲ぶ選択肢が増えており、こうした新スタイルの供養に対応できる体制を整えることも葬儀業界の大きな課題です。霊園や仏壇販売、石材業者との連携や買収により、供養サービスのワンストップ提供を目指す動きも盛んです。
4-3. デジタル化・オンラインサービス
葬儀の手配や見積り、情報収集がインターネットを通じて行われることが当たり前になりつつあります。オンラインで複数社の葬儀プランを比較・検討できるサービスや、インターネットでのお悔やみや供花の手配など、新たなサービスが次々と登場しています。大手がネット系仲介事業者を買収する例もあり、DX(デジタルトランスフォーメーション)の進行が業界の勢力図を変え始めているのです。
4-4. 終活関連ビジネスとの融合
生前整理やエンディングノートの作成支援、保険商品や相続セミナーなど、高齢者の“終活”をトータルでサポートする動きが目立ってきました。とくに、葬儀保険や相続コンサルティングといったサービスは、葬儀事業と親和性が高く、企業としては顧客のニーズを葬儀だけでなく前後のステージでも取り込みやすいメリットがあります。この分野への参入を目指し、保険会社や少額短期保険会社を買収する例も見られます。
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5. M&Aがもたらすシナジーと戦略的意義
5-1. 地域拡大・ブランド強化
M&Aによって新たなエリアに参入できることは、大手葬儀社にとって大きなメリットです。さらに、買収先が地域に根付いている場合、そのブランドや顧客基盤を取り込むことでスムーズにシェアを拡大できます。買収された側にとっても、大手の豊富な資本やノウハウを活かして施設や設備を拡充できる利点があります。
5-2. サービス多角化
介護事業や保険事業、ペット葬など、葬儀の周辺領域に進出することで顧客ニーズを幅広く取り込めるのは、M&Aの大きな魅力です。小規模事業をゼロから立ち上げるよりも、すでに運営実績やノウハウを持った企業を買収し、連携を深める方がスピードや効率の面で有利です。
5-3. 経営効率化・規模の経済
人材、設備、調達、生花などの調達といった面で、規模拡大に伴うコスト削減やオペレーション効率化が期待できます。エリアが広がることで、葬儀資材や生花を一括で購入するなど、スケールメリットを得やすくなります。同時に、複数の会館で葬儀が重複しても十分に対応できるようになり、顧客サービス向上につながるケースもあります。
5-4. 競合排除と市場シェアの向上
ライバル企業を買収することで地域の競合を事実上統合・排除し、シェアを拡大する戦略も見受けられます。しかし、この点については公正取引委員会の目が光っており、市場独占につながる場合は規制の可能性も否めません。ただし、全国規模で見れば、まだまだ地域分散が大きい業界のため、このような事例は葬儀業界では比較的少ないと言えます。
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6. 個別事例とその詳細
ここからは、実際に葬儀業界で近年行われたM&Aの事例を取り上げ、その経緯や狙い、ポイントなどを掘り下げて解説します。それぞれの事例は大手企業の全国展開、新規事業領域への参入、経営資源の集中、事業承継など、さまざまな動機が見え隠れします。事例を通して、葬儀業界M&Aの具体像をより深く理解していただければ幸いです。
6-1. 燦ホールディングスによるきずなホールディングスのTOB(2024年7月12日発表)
6-1-1. 取引の概要
- 買収主体:燦ホールディングス(9628)
- 買収対象:きずなホールディングス(7086)
- スキーム:TOB(株式公開買付け)による完全子会社化を目的とした買収
- 買付期間:2024年7月16日~8月27日(30営業日)
- 買付価格:1株あたり2,120円(前日の終値1,388円に対して52.74%のプレミアム)
- 買付予定数:706万7,476株(下限469万4,700株=66.43%相当)
- 買収総額(最大):149億8,300万円
- 公開買付代理人:SMBC日興証券
6-1-2. 背景と目的
燦ホールディングスは、公益社(大阪市)を中心に全国有数の規模で葬儀サービスを提供している大手です。近年は家族葬のニーズ拡大を受け、小規模葬ブランド「エンディングハウス」を立ち上げるなど、新しい葬儀スタイルにも力を入れています。また「新10年ビジョン」として、全国規模に葬儀会館の出店を拡大する方針を掲げ、2032年3月までに210会館を目指す計画です。
一方、買収対象のきずなホールディングスは「家族葬のファミーユ」というブランドで全国33都道府県に展開し、家族葬専門のリーディングカンパニー的な存在です。同社は創業者からアドバンテッジパートナーズへの株式譲渡を経て、2020年に東証マザーズ(現・グロース)に上場するなど、資本市場を積極的に活用して成長してきました。
燦ホールディングスによるきずなのTOBは、葬儀の小規模化・簡素化ニーズの拡大に対応し、家族葬領域を強化する大きな戦略といえます。買収金額149億8,300万円は業界内でも大規模なディールであり、成立すればきずなホールディングスは上場廃止になる見込みです。これにより、燦ホールディングスは地域やブランドの重複が少ない企業を傘下に取り込むことで、一気に全国網を広げることができます。
6-1-3. 今後の展開
TOBはきずな側が賛同を表明しており、投資ファンドのアドバンテッジパートナーズ(44.95%所有)も応募を予定しているため、成立する可能性は高いと見込まれます。今後は、両社のブランドをどのように住み分けて運営するか、また既存会館の統合や運営効率化などのシナジーをどう具体化するかが注目されます。
燦ホールディングスはファミーユブランドに代表されるきずなの家族葬ノウハウを取り込みつつ、自社が得意とする大都市部での大規模葬儀から家族葬まで幅広い葬儀サービスをワンストップで提供できる体制を構築していくと思われます。
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6-2. 広済堂ホールディングスによる「エンディング産業展」事業取得(2022年9月6日発表)
6-2-1. 取引の概要
- 買収主体:広済堂ホールディングスの子会社・東京博善
- 譲渡元:TSO International
- 対象事業:「エンディング産業展」の運営・開催権
- 取得価額:非公表
- 取得予定日:2022年10月3日
6-2-2. 背景と目的
「エンディング産業展」は、葬儀や埋葬、供養、相続など“終活”に関する国内最大級の展示会として知られています。8回目の開催(2022年8月31日~9月2日)を終えた実績を有し、葬儀業界だけでなく幅広い終活関連ビジネスの企業・団体が一堂に会する場となっています。
広済堂ホールディングスは印刷・人材事業などを手がけてきましたが、近年は葬祭事業にも力を入れています。同社の子会社である東京博善は、東京都内の6斎場を運営しており、23区内の死亡人口の約7割を取り扱うなど、地域で圧倒的なプレゼンスを誇ります。今回の「エンディング産業展」事業取得は、展示会の運営を通じてさらなるブランド力向上と収益向上を狙うもので、広済堂としては葬儀業界のプラットフォームとしての地位を強化する狙いがあると考えられます。
6-2-3. シナジーと今後の展開
東京博善が「エンディング産業展」の主催者としてノウハウやネットワークを蓄積すれば、同社が運営する火葬場や斎場の利用者に対して、より幅広い終活サービスを提案できます。また、展示会を通じたBtoBの取引拡大や、業界関係者との連携強化により、新たなビジネスチャンスを獲得することも期待できます。TSO Internationalは今後ノウハウ提供のかたちで共催・運営サポートを行うため、円滑な事業移行が見込まれます。
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6-3. 鎌倉新書によるベル少額短期保険の子会社化(2024年11月1日付)
6-3-1. 取引の概要
- 買収主体:鎌倉新書
- 対象企業:ベル少額短期保険(福岡市)
- 取得株式:71.61%
- 取得価額:7,160万円
- 取引完了:2024年11月1日付
6-3-2. 背景と目的
鎌倉新書は、葬儀からお墓、仏壇、相続、介護など終活全般にわたる情報サイトを運営する企業で、「終活ワンストップサービス」を掲げています。同社は2023年11月に設立した「鎌倉新書ライフパートナーズ」を通じて保険代理店事業に進出し、さらに今回のベル少額短期保険を傘下に収めることで、保険商品の開発にも乗り出します。
ベル少額短期保険は「千の風」という葬儀保険を取り扱っており、葬儀費用に特化した保険商品を2008年から提供しています。鎌倉新書は、同保険商品を自社の葬儀関連サービスに組み合わせることで、葬儀費用の備えを検討するユーザー層をさらに取り込みたい考えがあるでしょう。
6-3-3. シナジー
鎌倉新書の持つ豊富なメディア・情報発信力と、ベル少額短期保険の保険商品ノウハウを融合させることで、終活の計画から葬儀、保険まで一貫したサービス提供が可能になります。葬儀保険の顧客は、葬儀に限らずお墓や供養、相続など幅広いサポートを求める可能性が高いため、鎌倉新書側としてはクロスセルの機会が大きいと見られます。
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6-4. ビューティー花壇によるビンクの譲渡(2017年2月21日発表)
6-4-1. 取引の概要
- 譲渡主体:ビューティー花壇(3041)
- 譲渡先:ビンク代表取締役社長の松本昭典氏ら
- 対象企業:ビンク(東京都千代田区)
- 譲渡価額:7,500万円
- 譲渡日:2017年1月31日(すでに完了)
6-4-2. 事業内容と背景
ビンクは葬儀司会などの人材派遣を行っており、ビューティー花壇は生花装飾事業を中心とする企業です。ビューティー花壇はビンクを2012年6月に連結子会社化しましたが、その後の事業戦略を検討する中で、資本関係にとらわれずにお互いが独自の発想で事業を展開した方が良いという結論に至りました。
6-4-3. 今後の展開
ビューティー花壇との取引は継続することを合意しているため、実質的には業務面での協力関係は維持しつつ、ビンクは独立した形でサービス展開を行うことになります。葬儀社は司会や運営スタッフの派遣サービスを必要とするため、ビンクの事業は引き続き需要が見込まれます。
このケースは、必ずしも規模拡大や他分野進出を目指すM&Aだけでなく、事業ポートフォリオの整理としての事例を示しています。葬儀関連企業といえども、主力事業に集中するため、あるいは経営判断によって、周辺事業を手放す判断をすることもあるのです。
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6-5. きずなホールディングスによる備前屋の子会社化(2021年1月14日発表)
6-5-1. 取引の概要
- 買収主体:きずなホールディングス
- 対象企業:備前屋(岡山県瀬戸内市)
- 取得価額:3億2,000万円
- 取得予定日:2021年1月27日
6-5-2. 事業内容と狙い
備前屋は1970年設立の老舗葬儀社で、岡山県瀬戸内市と岡山市に3つの直営ホールを展開しています。家族葬から一般葬まで対応し、地域密着型として一定の評価を得ています。きずなホールディングスとしては、初の中国エリア進出という意味で大きな戦略的意義があります。
同社は家族葬を中心とした全国展開を推進していましたが、地方の有力企業を買収することで、地元の顧客基盤やノウハウを取り込みながら、家族葬ブランドを浸透させる狙いがあります。また、既存の会館網との連携により、物流や人材交流などの効率化も図りやすくなります。
6-5-3. シナジーと今後の展望
備前屋の地域に根差したブランド力を活かしつつ、きずなが得意とする家族葬のスタイルや運営方法を融合することで、新たな葬儀サービスの展開が期待されます。岡山市内でも事業拡大を目指していた備前屋にとっては、きずなホールディングスの資本力と全国ネットワークを使って施設整備や宣伝、オンライン対応を強化できるメリットがあります。
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6-6. こころネットによる牛久葬儀社の子会社化(2015年4月8日発表)
6-6-1. 取引の概要
- 買収主体:こころネット(6060)
- 対象企業:牛久葬儀社(茨城県牛久市)
- 取得株式:全株式
- 取得価額:非公表
- 取得予定日:2015年7月1日
6-6-2. 狙い
こころネットは福島県を中心に葬祭、石材、婚礼事業を展開していました。県外への進出を模索していた同社にとって、茨城県牛久市で2億9,300万円の売上実績を持つ牛久葬儀社の買収は、関東圏進出の足がかりとして重要な意味を持ちます。
6-6-3. シナジー
茨城県は首都圏の一角を成すエリアであり、人口規模や将来的な需要も期待できます。牛久葬儀社の地元ネットワークを活かしながら、こころネットが持つノウハウや婚礼、石材事業などの付随サービスを展開することで、地域に新たな選択肢を提供できると考えられます。
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6-7. こころネットによる喜月堂ホールディングスの子会社化(2023年7月20日発表)
6-7-1. 取引の概要
- 買収主体:こころネット
- 対象企業:喜月堂ホールディングス(山梨県韮崎市)
- 取得株式:全株式
- 取得価額:非公表
- 取得予定日:2023年9月1日
6-7-2. 事業内容
喜月堂ホールディングスは葬祭会館を3施設運営するセレオ(韮崎市)や、葬儀料理提供の四季、仏壇・仏具販売の有限会社喜月堂などを傘下に持ち、グループ4社合算で8億300万円の売上実績を誇ります。最古参の喜月堂は1985年設立で、山梨県北西部を中心とした地元密着企業です。
6-7-3. 狙いと効果
こころネットは福島県を地盤としてきましたが、茨城の牛久葬儀社に続き、山梨県への進出を図ることで関東・甲信越方面へのエリア拡大を目指します。葬祭事業だけでなく、仏壇や料理提供など周辺サービスを統合的に展開することで、顧客への総合提案力を高める狙いがあります。
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6-8. アイ・ケイ・ケイによるアイ・セレモニーの木下への譲渡(2019年9月13日発表)
6-8-1. 取引の概要
- 譲渡主体:アイ・ケイ・ケイ(2198)
- 譲渡先:木下(福岡県久留米市)
- 対象企業:アイ・セレモニー(佐賀県伊万里市)
- 譲渡株式:95%
- 譲渡価額:3億7,700万円
- 譲渡予定日:2019年10月1日
6-8-2. 背景と目的
アイ・ケイ・ケイは婚礼事業を主力とする企業で、葬儀事業が全売上高の2%ほどにしかならなかったため、経営資源を中核の婚礼に集中することを決めました。アイ・セレモニーの葬儀事業は2億9,600万円の売上実績があるものの、規模が大きいとはいえません。そこで、同じく冠婚・葬祭事業を手がける木下に売却することで、事業のシナジーを生み出しつつ、アイ・ケイ・ケイは本業の婚礼サービスへ注力できる形となります。
6-8-3. 意義
この事例は「事業再編型M&A」の典型例といえます。売り手のアイ・ケイ・ケイにとってはノンコア事業を整理し、本業に経営資源を集中できるメリットがあります。買い手の木下にとっては新たな顧客層の取り込みと、既存の葬儀事業とのスケールメリットが期待できます。
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6-9. サン・ライフホールディングによる高尾山観光開発の子会社化(2019年11月22日発表)
6-9-1. 取引の概要
- 買収主体:サン・ライフホールディング(7040)
- 譲渡主体:日立製作所
- 対象企業:高尾山観光開発(東京都八王子市)
- 対象事業:東京霊園の管理・運営
- 譲渡株式:日立保有72.22%+自己株式27.78%の計100%
- 取得価格:13億8,800万円
- 取得予定日:2020年1月
6-9-2. 背景と狙い
サン・ライフホールディングは冠婚葬祭互助会を中心とする大手で、神奈川・東京・静岡などで幅広く事業を展開しています。高尾山観光開発は東京霊園を運営しており、日立製作所が筆頭株主でしたが、本業とのシナジーが薄かったのか売却を決断しました。
サン・ライフは葬儀後の埋葬や供養に関するサービスを強化できるため、互助会契約者などの顧客に対して、葬儀から霊園埋葬までを一貫提供する体制を整えられる点が大きなメリットです。
6-9-3. シナジー
葬儀と霊園は密接に関連しており、葬儀を担当した企業が次に供養やお墓の提案を行う流れを作れます。これにより、一貫性のあるサービスを提供できるほか、顧客満足度の向上と収益の拡大が見込まれます。東京霊園は都心からのアクセスも良く、潜在需要が大きいため、長期的にも安定収益源になる可能性があります。
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6-10. サン・ライフホールディングによる伊豆箱根鉄道からの介護事業取得(2019年7月12日発表)
6-10-1. 取引の概要
- 買収主体:サン・ライフホールディング
- 譲渡主体:伊豆箱根鉄道(静岡県三島市)
- 対象事業:「エミーズ東間門」「エミーズ原」「エミーズ鴨宮」の3施設(ショートステイ・デイサービス)
- 取得価額:非公表
- 取得予定日:2019年10月1日
6-10-2. 背景と狙い
サン・ライフは冠婚葬祭の互助会事業からスタートし、ライフサポート領域を広げています。介護事業への進出もその一環で、利用者やその家族との接点を増やすことで、人生の様々なステージで顧客ニーズを取り込もうと考えています。伊豆箱根鉄道にとっては、本業の鉄道・観光事業に経営資源を集中するために介護事業を手放す狙いがあるものと思われます。
6-10-3. シナジー
ショートステイやデイサービスの利用者は高齢者の方が中心であり、互助会との親和性が高いです。将来的に葬祭や法要が必要になる際に、サン・ライフグループのサービスを利用してもらえる可能性が高まります。介護事業に加えて、葬儀や霊園などの選択肢をワンストップで提供できる体制づくりは、家族の負担を軽減し、信頼度を高める重要なポイントです。
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6-11. サン・ライフによる住宅型有料老人ホーム事業の取得(2017年5月1日発表)
6-11-1. 取引の概要
- 買収主体:サン・ライフの子会社
- 譲渡主体:介護福祉施設運営のオアシス(静岡市)
- 対象施設:「オアシス富士」(静岡県富士市、定員50名)、「オアシス沼津」(静岡県沼津市、定員60名)
- 取得日:2017年5月1日
- 取得価額:非公表
6-11-2. 背景
サン・ライフグループは「出生から葬儀・法要までのトータルライフサポート」を掲げており、介護分野の拡充を図っています。住宅型有料老人ホームの運営は、高齢者との直接的な接点をつくるうえで重要な役割を果たします。少子高齢化が進む日本では、介護ビジネスも大きな成長分野であり、グループ全体の収益源の多角化にもつながります。
6-11-3. シナジー
施設を利用する高齢者が増えるほど、葬儀や法要サービスへの潜在的な需要も高まります。サン・ライフは自社の介護施設で得た顧客情報やコミュニケーションを活かし、適切な時期に自社互助会や葬儀サービスの提案が可能になります。特に有料老人ホームの入居者やその家族は、終活や相続に関心を持っていることが多いため、スムーズなクロスセルやアップセルが期待できるでしょう。
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6-12. サン・ライフによるペット葬儀事業の取得(2017年9月8日発表)
6-12-1. 取引の概要
- 買収主体:サン・ライフが設立した子会社「ペットセレモニーウェイビー」
- 譲渡主体:ペットセレモニーWAVY
- 対象事業:ペット葬儀事業
- 取得日:2017年9月13日
- 取得価額:非公表
6-12-2. 背景
ペットは大切な家族の一員と考える家庭が増え、ペット葬儀へのニーズが高まっています。人間の葬儀同様、ペットのためにしっかりとしたセレモニーを行い、火葬・供養までサポートするサービス市場が拡大してきました。サン・ライフは顧客ニーズの多様化に応えるため、ペット葬儀事業に参入しました。
6-12-3. シナジー
従来の互助会・葬祭事業の延長線上に、ペット葬を位置づけることで、一つの企業グループでより多様なニーズに対応できるようになります。また、ペット葬儀を利用した顧客が将来的に自身や家族の葬儀を相談する際に、サン・ライフグループを選ぶ可能性が高まると期待されます。
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7. 各事例から見る戦略共通点と特徴
上記で紹介した複数の事例を俯瞰すると、以下のような戦略的共通点が浮かび上がります。
- 地域拡大と全国展開
燦ホールディングスがきずなホールディングスを買収するケースや、こころネットが牛久葬儀社・喜月堂ホールディングスを子会社化するケースなど、地理的なエリア拡大を目的としたM&Aが顕著です。高齢化が進む中でも地域密着で展開してきた葬儀社の買収は、大手が新たな拠点を獲得する早道となっています。 - ノウハウの獲得とブランド強化
家族葬や低価格帯サービスのノウハウを持つ企業を取り込む例(きずなホールディングス)や、展示会事業(エンディング産業展)を取り込むケースなど、従来の葬儀ビジネスにプラスαの価値を取り込む動きがあります。特に家族葬に特化したブランド力やノウハウは、急成長するセグメントの獲得として重要視されています。 - 多角化・周辺事業への進出
保険(ベル少額短期保険)、介護(伊豆箱根鉄道の介護施設、住宅型有料老人ホーム)、ペット葬儀(ペットセレモニーWAVY)など、葬儀以外の領域へも積極的に進出しています。葬儀単価の下落リスクに備え、終活・ライフサポート全般に事業領域を広げる傾向が今後も強まるでしょう。 - 事業再編によるノンコア切り離し
アイ・ケイ・ケイの葬儀子会社譲渡や、ビューティー花壇がビンクを譲渡するケースなど、企業が自社グループの中で非中核化した事業を売却し、経営資源を集中させる動きも見られます。今後も事業ポートフォリオを見直す企業が出てくると予想されます。
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8. 葬儀業界M&Aの課題・リスクと成功のポイント
葬儀業界におけるM&Aは、成長戦略の一環として多くの企業が実施していますが、成功のためにはいくつかの課題やリスクがあります。また、これらを乗り越えるためのポイントも押さえておく必要があります。
8-1. 地域特性の把握とブランド統合の難しさ
葬儀は地域慣習の影響が大きく、地域ごとに習俗が異なります。大手が買収によって地域企業を取り込んでも、一方的に自社のやり方を押しつけると地元住民からの反発を招く恐れがあります。そのため、ローカル企業が培ってきた習慣・地域密着ノウハウを尊重しながら、段階的に統合を進める必要があります。
8-2. 人材確保と教育
葬儀業界では人材の確保や教育が重要です。事業拡大によって業務量が増えれば、司会や運営スタッフ、生花や設営スタッフなど、専門知識が必要な人材の確保が急務となります。M&A後に企業文化やサービス品質を統合し、人材がスムーズに連携できるよう教育体系や研修を整備することが欠かせません。
8-3. 経営者・オーナーの意向
地域の老舗葬儀社を買収する場合、オーナー経営者やその家族が中心になって運営していることが多いです。経営者の姿勢や理念を無視した急激な改革は従業員離れや地域ブランドの毀損を引き起こすリスクがあります。M&A後もしばらくは現地のオーナーに残ってもらい、ソフトランディングを図るやり方も検討されることが多いです。
8-4. サービス品質の維持
葬儀は「一度きりの重要な儀式」であり、サービスの品質が企業イメージに直結します。規模の拡大で効率を追求するあまり、質の低下を招けば大きなダメージとなります。買収先との統合プロセスで、葬儀の品質基準や接客マニュアルを相互に調整し、最適解を導くことが成功の鍵です。
8-5. コンプライアンス・ガバナンス
葬儀業界は地域や慣習に密着した側面が強く、契約や価格の透明性が課題となることがあります。大手が買収して上場企業の子会社となる場合、ガバナンスやコンプライアンス体制の強化が求められ、これまでの慣行を変えることに抵抗が生じる可能性もあります。透明性の高い営業や適切な会計処理を徹底することで、上場企業グループとしての信用を維持する必要があります。
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9. 今後の見通しと展望
9-1. さらなる業界再編
死亡者数の増加という需要増はあるものの、葬儀単価の低下や競争激化は続きます。これに伴い、中小の葬儀社が単独で生き残るのはますます厳しくなるでしょう。一方で、大手葬儀社や投資ファンドはM&Aによりシェア拡大とサービス多角化を進めると考えられます。特に家族葬市場は急拡大が予想されるため、地域の有力家族葬専門企業が次の買収ターゲットになる可能性があります。
9-2. デジタル技術活用の加速
オンラインでの葬儀手配、ライブ配信などの需要が高まる中、IT企業や保険会社との連携も進むでしょう。デジタルマーケティングやITシステムの整備に強みを持つスタートアップとの提携や買収が活発化するかもしれません。鎌倉新書のようにネットベースの情報提供を軸に成長してきた企業が、保険や葬儀サービスを買収して垂直統合を進めるモデルが増える可能性があります。
9-3. 新たな供養スタイルと需要の拡大
樹木葬や散骨、デジタル供養など新しい供養スタイルは今後さらに多様化していくでしょう。お墓や霊園を運営する企業の買収や、新たな供養技術を持つベンチャーへの投資も増えると予想されます。ペット葬儀も引き続き成長が見込まれ、業界大手がペット葬儀専門企業を取り込む動きも続くかもしれません。
9-4. 介護・医療との連携
高齢者数の増加に伴い、介護や医療との連携が重要になります。看取りから葬儀、供養までを一貫してサポートする地域包括ケアのような仕組みが広がる可能性があります。葬儀社が在宅医療や介護事業者、NPOなどと協力し、最期のケアをトータルに提供する体制作りを目指すかもしれません。これにより介護事業や福祉関連企業とのM&A・アライアンスが増加することが考えられます。
9-5. グローバル展開
今後、アジアを中心に新興国でも日本式のサービスやノウハウへの需要が高まる可能性があります。国内市場が成熟し、人口減少が始まる中、海外への展開を視野に入れる葬儀社も現れるでしょう。まずは在日外国人コミュニティや国際結婚など、多様化する国内需要に対応する流れから始まり、そこから海外進出を狙う企業が出てくるかもしれません。
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10. おわりに
日本の葬儀業界は、少子高齢化・核家族化・デジタル化という社会変化の影響を強く受け、かつてないスピードで再編と多様化が進行しています。大型のM&Aから地域企業同士の業務提携、事業整理など、その形はさまざまです。今回取り上げた各社の事例を見ても、単なる規模拡大というよりは、地域性の取り込みやサービスの多角化、事業ポートフォリオの最適化といった戦略的な判断が働いていることが分かります。
さらに、葬儀という儀礼的・社会的意味合いの強いイベントは、従来から地域コミュニティとの結び付きが非常に強い分野でした。しかし昨今は遺族の負担軽減や故人の意思重視、コロナ禍を経た葬儀のオンライン化・小規模化など、時代の要請に応じて提供されるサービスの在り方も変わっています。業界全体としては「家族葬」「終活」というキーワードを中心に、新しい形へとシフトしている最中と言えるでしょう。
M&Aは、この大きな転換期における有力な手段の一つです。企業が生き残り、成長を続けるためには、必要な資源を外部から取り込み、あるいはノンコア事業を整理し、強みを発揮できる領域に集中することが欠かせません。投資ファンドも参入しやすい構造となっており、今後も大手・中堅・地域企業・ファンドの多様なプレーヤーが葬儀業界を舞台に活発に動くと予想されます。
今後は、遺族が直面する多様な課題――相続や供養、遺品整理、さらには生前の介護や保険など――をワンストップで支援できる企業がますます存在感を高めるでしょう。そこに向けて、葬儀を核にサービスを統合する動きがより顕著になっていきます。今回紹介したような事例の背景や狙いを理解しておくことで、葬儀業界の未来図が少しでもイメージしやすくなることを願っております。

株式会社M&A Do 代表取締役
M&Aシニアエキスパート・相続診断士
東京都昭島市出身。慶應義塾大学理工学部を卒業後、大手M&A仲介会社にて勤務し、その後独立。これまで製造業・工事業を中心に友好的なM&Aを支援。また父親が精密板金加工業、祖父が蕎麦屋、叔父が歯科クリニックを経営し、現在は父親の精密板金加工業にも社外取締役として従事。