- 1. ブライダル業界の概況
- 2. ブライダル業界M&Aの特徴と背景
- 3. 主要なM&A事例の概要と考察
- 3-1. ファンドによる買収・企業価値向上の狙い
- 3-2. 地域ブライダル施設の買収とネットワーク拡大
- 3-3. 結婚式場の譲渡と事業再編
- 3-4. ホテル事業とブライダル事業の融合
- 3-5. 婚活領域×ブライダル事業の統合
- 3-6. ドレス・衣装事業の強化と内製化戦略
- 3-7. 海外挙式ニーズへの対応
- 3-8. 事業撤退による譲渡
- 3-9. 新規事業との相乗効果を狙うM&A
- 3-10. 写真・フォトウエディング分野の拡充
- 3-11. 衣装・和装分野への特化とブランド力強化
- 3-12. ブライダルギフトの領域強化
- 3-13. 新規出店コスト削減や建築・内装事業買収によるシナジー
- 3-14. メディア関連・広告事業の再編
- 3-15. ブライダルジュエリー事業との相乗効果
- 4. M&Aによるシナジー創出と課題
- 5. 今後の展望
- まとめ
1. ブライダル業界の概況
日本のブライダル業界は、従来から少子化や晩婚化の影響を受けながらも、高付加価値サービスや新たな結婚式のスタイルを打ち出すことで一定の需要を保ってきました。しかし、近年はさらに人口減少傾向が加速し、国内の婚姻件数も長期的には減少基調にあります。また、若者の価値観の変化によって「ナシ婚」や「フォト婚」「会費制ウェディング」など、多種多様なサービス形態が登場しました。
さらに、新型コロナウイルス感染症拡大により、挙式や披露宴を大々的に行うことが難しくなった時期が続き、ブライダル市場全体は過去に例を見ないほど大きな打撃を受けました。ゲストの人数削減やオンライン結婚式の検討など、業界全体で新しい顧客体験のあり方を模索する動きが一気に加速したのです。
こうした環境下で生き残りを図るには、企業規模の拡大や収益源の多様化、地域展開の強化などが避けては通れない課題となっています。そこで、多くの企業がM&Aを手段として選択し、経営資源を再配分するとともに、新しいサービスの開発や既存サービスのブラッシュアップを進めています。
2. ブライダル業界M&Aの特徴と背景
ブライダル業界のM&Aは、他業界に比べて次のような特徴があります。
- 人口減少に対応するためのスケールメリット確保
国内の婚姻件数が減少し、各地域の結婚式場や関連サービスへの需要が伸び悩む中、同業他社の買収・統合により一定の“数”を確保している企業が目立ちます。ブライダル関連サービスは地域性が強く、またそれぞれの結婚式場が設備投資を行いながら顧客を獲得していくビジネスモデルです。経営リソースをまとめることで効率を高め、コストを削減しようという意図がうかがえます。 - 多角化と“一気通貫”サービス提供のニーズ
婚活から結婚式、結婚式後のアフターサービス(新婚旅行、記念日の利用、ギフトなど)までをワンストップで提供しようとする動きが活発です。とくに婚活支援やマッチングサービスを展開している企業が、ブライダル企業を買収するケースでは、成婚から挙式・披露宴まで流れるようなサービス提供を目指す取り組みが見られます。 - ホテル・レストラン事業との垂直統合
結婚式場単体の運営からホテル運営へと広げる動き、あるいはレストラン運営会社を取り込む形のM&Aが目立ちます。ホテルやレストランなどはブライダル事業の基盤となることが多く、また施設活用や顧客獲得でシナジーを見込めるためです。 - ファイナンス戦略・投資ファンドの介入
経営環境が厳しくなる中、投資ファンドからの資本注入によって財務体質を強化し、成長余地を高める動きも顕著です。ファンドと組むことでスピーディな不採算店舗の整理や、グループ全体のノウハウを活かした拡大戦略を推進しやすくなるメリットがあります。 - 地域特化型企業の取り込みによる全国展開の加速
首都圏や関西圏などの大都市圏に拠点を置く大手企業が、地方における高いブランド力を持つブライダル企業を買収し、ネットワークを一気に拡大するケースです。地方都市では歴史的建造物を活用した式場など、独自性の高い施設が多いため、ノウハウを共有することで新たなサービス価値を創造しやすくなります。
3. 主要なM&A事例の概要と考察
ここからは、実際に公表されたブライダル業界関連のM&A事例をピックアップし、それぞれの背景やねらいを考察していきます。
3-1. ファンドによる買収・企業価値向上の狙い
(1)ポラリス・キャピタル・グループによるノバレーゼのTOB
- 実施時期:2016年9月~10月
- 概要:投資ファンドであるポラリス・キャピタル・グループがノバレーゼをTOB(株式公開買付け)で子会社化。ノバレーゼの創業者を含む大株主も応募を合意し、上場廃止へ。
- 背景・目的:
- 人口減少に伴うブライダル業界の競争激化で、不採算店舗の改善や新規出店の加速が必要。
- ファンド傘下入りによる財務基盤強化と経営のスピードアップを図る。
- 買付価格に大幅なプレミアムを設定し、既存株主の協力を得やすくした。
- 考察:ノバレーゼは全国に直営の婚礼施設を展開し、海外レストラン事業にも取り組んでいたが、さらなる成長のためには投資が不可欠でした。TOB後は完全子会社化による機動力を背景に、M&Aの主流である「ファンド資本×経営者チーム」という形が示された典型例といえます。上場企業がファンドに買われるケースは、一時的な経営再建にとどまらず、長期的な企業価値向上のために上場廃止を選択する流れが広がっています。
3-2. 地域ブライダル施設の買収とネットワーク拡大
(1)エスクリによるみや美の子会社化
- 実施時期:2015年4月
- 概要:エスクリが、福井県のブライダル企業みや美を買収し子会社化。
- 背景・目的:
- 北陸エリアにおけるシェア拡大を狙う。
- みや美は福井県で4つのブライダル施設を運営し、地域に根付いた顧客基盤を持つ。
- エスクリは金沢出店を準備しており、周辺地域のブランド力強化へ。
- 考察:地方企業の買収によるネットワーク拡大の典型事例です。ブライダル企業は地元で築かれた信頼や評判が大きく、後発企業がゼロから参入するより、既存プレイヤーを取り込むほうが効率的です。小規模買収であっても、その地域でのブランド認知を得られる利点があります。
(2)エスクリによる大分県別府市のブライダル施設「ラフィネ・マリアージュ迎賓館」の取得
- 実施時期:2015年7月
- 概要:新設子会社エスクリマネジメントパートナーズを通じて、アプローズクリエイト運営のブライダル施設を譲り受け。
- 背景・目的:
- 地方ブライダルマーケットの開拓強化。
- 新規子会社設立により、施設運営を一括管理し、機動的に施策を打てる体制を整備。
- 考察:エスクリは全国主要都市への出店を進めており、比較的早い段階から地方の式場を取得する動きを強めています。全国チェーン化を目指し、地域の有力式場を直接買収することで早期の認知度向上を図る戦略が読み取れます。
3-3. 結婚式場の譲渡と事業再編
(1)松屋による「リュド・ヴィンテージ目白」のプリオホールディングスへの譲渡
- 実施時期:2020年3月
- 概要:百貨店の松屋が、JR目白駅前の結婚式場をブライダル・レストラン事業のプリオホールディングスへ譲渡。
- 背景・目的:
- 松屋は百貨店事業が中心で、結婚式場運営はコア事業ではなかった。
- 競争が激しいブライダル市場で専門性の高い企業に運営を任せることで、固定費などの負担を削減。
- 考察:百貨店がサイドビジネス的に運営していた結婚式場を、より専門分野に特化した企業へと譲渡するパターンです。大手百貨店が不採算事業を見直す動きの一環として、ブライダル施設から撤退する事例と位置づけられます。
3-4. ホテル事業とブライダル事業の融合
(1)価値開発によるプレミアリゾートオペレーションズの子会社化
- 実施時期:2014年10月
- 概要:価値開発が、ビジネスホテルや結婚式場を運営するプレミアリゾートオペレーションズの株式86.4%を取得。
- 背景・目的:
- 価値開発はビジネスホテル「ベストウェスタン」ブランドを全国展開しており、ホテル事業のラインアップ拡充が必要。
- プレミアリゾートオペレーションズは結婚式場も運営しており、宿泊+ブライダルのシナジーを期待。
- 考察:ホテルを通年で稼働させるには、ウェディングやイベント需要の取り込みが効果的です。近年は「ホテルウェディング」「リゾートウェディング」のニーズも根強く、収益源の多角化・通年稼働率向上に寄与します。価値開発はホテル事業でのノウハウを活かしながら、ウェディング関連の売上増を狙う構図です。
(2)ベストブライダル(現:ツカダ・グローバルホールディング)グループの事例
ベストブライダルは独立系のブライダル事業者として成長し、のちにツカダ・グローバルホールディングの企業グループとしてホテル事業やドレス・装花事業などを拡充してきました。同社の事例を2つ挙げます。
- ホテルインターコンチネンタル東京ベイ運営会社の子会社化(2011年1月)
- ホスピタリティ・ネットワークの第三者割当増資を引き受け、株式所有比率を98.7%に引き上げ。
- ハイブランドホテルの運営ノウハウをグループに取り込み、ブライダル・宴会ビジネスを強化。
- 海外進出を見据えたホテル事業のビジネスモデルを構築。
- ストリングスホテル東京インターコンチネンタル運営事業の取得(2014年1月)
- セントラル・ホテルズから品川駅前のストリングスホテルの運営事業を17億1000万円で買収。
- ベストブライダル(ツカダ・グローバルHD)の既存ホテルとの相乗効果を期待。
- 都市型ホテルウェディングの拡充により、ブランド力を強化。
ベストブライダルは、単独のハウスウェディング企業から高級ホテルの運営へと事業領域を拡張することで、ブライダル需要だけでなく宿泊やレストラン、宴会など幅広い客層を取り込んでいます。
3-5. 婚活領域×ブライダル事業の統合
(1)パートナーエージェントによるメイションの子会社化
- 実施時期:2019年4月
- 概要:婚活支援事業を主力とするパートナーエージェントが、ブライダル事業を展開するメイション(「スマ婚」「ナシ婚」など)を買収。
- 背景・目的:
- 婚活事業とブライダル事業を一気通貫で提供し、顧客満足度を高める。
- 「値ごろ感」や「1.5次会婚」など新たな結婚式スタイルを積極提案しているメイションのノウハウを取り込む。
- 考察:結婚式にかけるコストを抑えたい層向けのプランを強みにしているメイションと、婚活事業で会員を多数抱えるパートナーエージェントの統合は、まさに“入り口(婚活)から挙式・披露宴まで”のサービス提供を現実化するものです。ブライダル企業が婚活企業を買収する例もありますが、こちらのケースは逆であり、結婚というライフイベントの川上(婚活)から川下(挙式)までおさえる事業モデルが注目を集めます。
3-6. ドレス・衣装事業の強化と内製化戦略
(1)テイクアンドギヴ・ニーズによるマリーゴールドからの婚礼衣装レンタル・販売事業の取得
- 実施時期:2017年4月~11月
- 概要:テイクアンドギヴ・ニーズがブライダル事業を展開するマリーゴールドから関西4店舗を取得。
- 背景・目的:
- ドレスや装花の内製化を進め、コスト削減とサービス品質向上を図る。
- ブライダル総合企業として、式場・サービス・衣装の一体運営を目指す。
- 考察:ブライダル企業が衣装部門を内製化することで、衣装の仕入れコスト削減やブランドイメージの統一が可能となります。顧客満足度が重視されるブライダル市場において、ドレスやタキシードを自社ブランドで展開することは高級感や独自性を演出しやすく、利益率向上にも寄与する施策です。
(2)テイクアンドギヴ・ニーズによるブライズワードの子会社化
- 実施時期:2012年12月
- 概要:テイクアンドギヴ・ニーズが、歴史的建造物のウェディング再生やホテル運営を行うブライズワードの株式56.32%を取得。
- 背景・目的:
- 歴史的建造物をウェディング施設として再生する事業を新たに取り込む。
- ホテルの宿泊・宴会などへの展開を強化し、既存ハウスウェディングとの相乗効果を狙う。
- 考察:ブライダル企業は新規出店において、“箱(施設)の魅力”が事業成功に直結します。歴史的建造物を使った付加価値の高い式場は集客面で優位性が高く、ブランド力向上にも寄与します。テイクアンドギヴ・ニーズは、ハウスウェディングの第一人者としての知見を生かしつつ、ホテルや歴史的建造物といった“ハコ”を増やす方針を取り続けています。
3-7. 海外挙式ニーズへの対応
(1)ツカダ・グローバルホールディングによるグロリアブライダルジャパンの子会社化
- 実施時期:2020年8月
- 概要:ツカダ・グローバルホールディングが海外挙式事業のグロリアブライダルジャパンを買収。
- 背景・目的:
- グロリアブライダルジャパンはハワイで「セントカタリナシーサイドチャペル」を運営。
- 新型コロナ禍で海外挙式は大打撃を受けたものの、今後の需要回復を見据え、先行投資として子会社化。
- 考察:海外挙式は円安や経済状況に左右されやすいものの、ハワイやグアムなどリゾート地は根強い人気があります。コロナ禍で一時的に需要が激減した一方、感染症が落ち着けば再度ブームが来るとの見込みから、事業機会を狙う企業もあります。ツカダ・グローバルホールディングは国内ホテル事業だけでなく、海外拠点を持つことで顧客の多様なニーズに応えられる体制強化を図っています。
3-8. 事業撤退による譲渡
(1)シーマによるトゥインクルスターの譲渡
- 実施時期:2009年11月
- 概要:ジュエリー販売を主力とするシーマが、結婚式企画運営会社トゥインクルスターをウェディングプロデュース会社アライヴァルの代表取締役に譲渡。
- 背景・目的:
- シーマはブライダルダイヤ販売を主力としながら、相互送客目的で2005年にトゥインクルスターを子会社化。
- しかし経営環境の変化で、本業への集中を図るため譲渡を決断。
- 考察:ジュエリー販売とブライダル事業は親和性が高いものの、式場運営には多大な設備投資や運営ノウハウが必要です。コスト負担とリターンを天秤にかけたときに、専門企業へ譲渡するほうが合理的と判断した例です。
3-9. 新規事業との相乗効果を狙うM&A
(1)シーマによる「ラ・パルレ」の運営会社子会社化
- 実施時期:2014年7月
- 概要:シーマの子会社が、エステサロン「ラ・パルレ」を運営するニューアート・ラ・パルレ(旧:ビューティーパートナーズのエステ事業を承継)を子会社化。
- 背景・目的:
- ブライダルジュエリーの顧客層(20~40代女性)とエステ顧客層が重なり、クロスセルが期待できる。
- 競争激化でジュエリー市場が伸び悩む中、新規事業としてエステ事業へ参入。
- 考察:花嫁が結婚式前にエステやシェービングなどで“美の準備”をする文化は根強く、ブライダルエステへの需要は継続的に存在します。ジュエリーとエステの顧客属性が近く、両方の事業を横断するプロモーション展開が見込めます。M&Aによる多角化としては好例です。
(2)シンクロ・フードによる副業マッチングサイト「ニコシゴト」の子会社化
- 実施時期:2020年8月
- 概要:飲食店の出店開業情報サイト「飲食店.COM」を運営するシンクロ・フードが、副業マッチング事業を行うニコシゴトを買収。
- 背景・目的:
- ニコシゴトはブライダル業界や飲食業界向けの副業マッチングサービスを展開。
- シンクロ・フードは飲食店向け人材紹介ニーズの高まりに対応するため、新領域を取り込む。
- 考察:ブライダルと飲食(レストラン等)は切っても切れない関係であり、披露宴や二次会などのスタッフ需要が一時的に高まることも多いです。人材の流動性と働き方改革が進む中、副業マッチングプラットフォームに注目が集まっています。
3-10. 写真・フォトウエディング分野の拡充
(1)ブラスによるアロウブライトの子会社化
- 実施時期:2022年9月
- 概要:ブライダル事業を展開するブラスが、フォトウエディングスタジオを運営するアロウブライトを子会社化。
- 背景・目的:
- コロナ禍で大規模挙式が減る中、フォトウエディング市場が拡大。
- ブラスは完全貸切型ハウスウェディングを主力とするが、フォト婚需要も取り込むことで収益源を広げる狙い。
- 考察:フォトウエディングは衣装や撮影シーンにこだわるカップルが増加しています。挙式・披露宴を行わなくても記念に写真は残したいという需要が高まっており、従来のブライダル企業がフォトスタジオを取り込む事例は今後増えるとみられます。
(2)ブラスによるビーラインのブライダル事業取得
- 実施時期:2017年7月
- 概要:ブラスが、ビーライン(静岡県沼津市)のウェディングレストラン「ヴィラエッフェ」を取得。
- 背景・目的:
- 完全貸切型ウェディング会場としてリニューアルし、顧客層を拡大。
- 地域に密着した既存施設を活かし、効率的な運営を実現。
- 考察:ブランド力向上だけでなく、改装費用を抑えた上で「ブラス流」の完全貸切型へリニューアルできるのが魅力です。地域ごとに異なる顧客ニーズにも対応しつつ、全国統一のクオリティを保つための買収戦略の一端といえます。
3-11. 衣装・和装分野への特化とブランド力強化
(1)クラウディアホールディングスによる二条丸八の子会社化
- 実施時期:2023年11月予定(子会社化発表は2023年10月)
- 概要:クラウディアホールディングスが和装婚礼衣装の製造・販売を手がける二条丸八(京都)を買収。
- 背景・目的:
- クラウディアはウェディングドレスが主力だが、和装需要が高まっている。
- 和装を強化することで総合ブライダル企業としての存在感を高める。
- 考察:和装は日本文化を重視する挙式のほか、海外顧客のインバウンド需要でも注目されています。京都エリアの老舗である二条丸八を取り込むことで、和装の製造から販売までを内製化し、全国へ展開可能となります。2024年7月に取得価額が4億6100万円と発表され、積極的投資の姿勢がうかがえます。
(2)クラウディアホールディングスによるブライダルハウス島田の子会社化
- 実施時期:2024年6月
- 概要:クラウディアホールディングスが、婚礼衣装販売・レンタル事業を行うブライダルハウス島田を買収。
- 背景・目的:
- 九州エリアでのネットワーク拡大が主目的。
- ブライダルハウス島田は地域一番店としての実績と高い評判を持つ。
- 考察:クラウディアはもともとドレス・タキシード分野に強い企業ですが、九州地方の有力店を取り込むことで地域密着型顧客へのアプローチを強化できます。これによって全国規模での衣装レンタル網を整備し、ブライダル衣装分野のシェアを一層高める狙いが明確です。
3-12. ブライダルギフトの領域強化
(1)オンワードホールディングスによる大和の子会社化
- 実施時期:2019年3月
- 概要:アパレル大手のオンワードホールディングスが、ギフト商品の企画・製作を手がける大和(長野県)を買収。
- 背景・目的:
- ギフト市場は冠婚葬祭などの各種セレモニー関連需要がある。
- 全国の百貨店やブライダル企業への販売経路を持つ大和のノウハウを取り込み、自社ブランドの展開とEC連携を強化。
- 考察:結婚式の引き出物や内祝いなどギフト需要は依然として高いです。アパレル企業であるオンワードがブライダルギフトに進出することで、多様な顧客接点を生み出し、アパレルやファッション雑貨とのセット販売など新たな可能性を模索していると考えられます。
3-13. 新規出店コスト削減や建築・内装事業買収によるシナジー
(1)エスクリによる渋谷の子会社化
- 実施時期:2013年5月
- 概要:エスクリが建築・内装事業を手がける渋谷(奈良県)を8億600万円で買収。
- 背景・目的:
- エスクリはブライダル施設の新規出店やリニューアルに内装工事が不可欠。
- 渋谷を買収し内装工事の外注コストを削減しつつ、短工期・高品質化を実現する。
- 考察:ブライダル企業は定期的な会場リニューアルで集客力を維持します。内装や建築会社をグループ化することで、時間とコストを大幅に節約し、かつブランドコンセプトを統一しやすくなるメリットがあります。自社内で完結する垂直統合モデルが近年注目されています。
3-14. メディア関連・広告事業の再編
(1)IBJによるIBJウエディングの譲渡
- 実施時期:2021年12月
- 概要:婚活事業大手のIBJが、雑誌広告子会社IBJウエディングをウエディングフォト事業の日本グローイング社に譲渡。
- 背景・目的:
- 新型コロナでブライダル向け広告の需要が落ち込み、赤字が続いていた。
- 婚活領域への集中と経営資源の再配分が必要。
- 考察:ブライダル情報誌市場はインターネットの普及やコロナ禍の影響もあり、従来の紙媒体は停滞傾向にあります。IBJは成長領域である婚活事業に集中するため、広告事業からの撤退を選択しました。早期の意思決定によって財務リスクを最小化する例といえます。
(2)KG情報による求人折込紙発行アピールコムの子会社化
- 実施時期:2018年3月
- 概要:情報誌発行やブライダル情報の提供を行うKG情報が、山口県の求人情報サービス企業アピールコムを買収。
- 背景・目的:
- KG情報は求人、住宅、ブライダルなど多角的に情報サービスを展開しており、山口県の求人市場に参入する足がかりを求めていた。
- アピールコムは地元でトップクラスのシェアを持ち、地域密着の強みを有する。
- 考察:ブライダルや住宅情報も手がけるKG情報が、求人市場での空白エリアを補う形の買収です。冠婚葬祭や住宅関連など地域に根差した情報提供を強化することで、複数のライフイベントを包括的にカバーするビジネスモデルが確立できます。
3-15. ブライダルジュエリー事業との相乗効果
(1)RIZAPグループ傘下の夢展望によるトレセンテの子会社化
- 実施時期:2017年4月
- 概要:ファッションECの夢展望がブライダルジュエリーを扱うトレセンテを買収。
- 背景・目的:
- 夢展望は10~30代の女性向けファッションが強みで、ブライダルジュエリーにも接点を持ちたい。
- トレセンテは全国主要都市で実店舗を運営し、結婚指輪・婚約指輪を中心に販売。
- 考察:ブライダルジュエリーは客単価が高く、ファッション感度の高い若年層を取り込みやすい商材です。EC事業との連携によって、来店促進だけでなくオンライン販売も期待できます。結婚の前後でファッション需要を掘り起こすことで、客単価アップや長期的なファン化を目指す動きです。
(2)アートグリーンによる日本プリザーブドフラワー協会の子会社化
- 実施時期:2018年11月
- 概要:生花の卸売を行うアートグリーンが、日本プリザーブドフラワー協会を買収。
- 背景・目的:
- プリザーブドフラワーはブライダル装花やギフトとして需要が増加。
- アートグリーンはブライダル向け装花事業を拡大する狙い。
- 考察:ブライダルフラワー装飾は鮮度の高い生花が主流でしたが、長持ちするプリザーブドフラワーは装飾オプションとして注目が集まっています。協会組織を買収することで、教育や検定ビジネスを含む関連分野への進出が可能になり、ブライダル需要だけでなくホビーやギフト市場にも展開できます。
4. M&Aによるシナジー創出と課題
ブライダル業界のM&Aを総合的に見ると、多くの企業が以下のシナジーを目指していることが分かります。
- 一気通貫サービスの実現:婚活から挙式後までのフォローをワンストップで提供することで、顧客満足度を高めると同時に、クロスセルの機会を増やします。
- コスト削減と効率化:衣装や装花、内装工事の内製化によって、外注費用を削減し、サービスの品質と統一感を保つことを目指します。
- 地域ネットワークの拡大:都市部の大手企業が地方企業を取り込むほか、地方の老舗が大手資本のもとで施設リニューアルやブランド強化を行うケースが増えています。
- 多角化によるリスク分散:国内挙式需要の先行きが不透明な中、海外挙式やエステ、ジュエリー、ギフトなど複数領域で収益源を確保することで安定経営を図ります。
一方で、M&Aには以下のような課題も存在します。
- 企業文化の統合
ブライダル企業は顧客体験を重視するビジネスモデルゆえ、スタッフのホスピタリティや企業文化の違いが大きく、統合に時間がかかることがあります。 - 重複ブランドや店舗の整理
一気に買収を進めると、同一地域に似たコンセプトの施設が重複し、カニバリゼーション(自社同士の顧客奪い合い)が発生する恐れがあります。競争力を高めるために不採算施設のスクラップ&ビルドが必要となります。 - 多角化におけるノウハウ不足
新規事業としてエステや旅行手配業務などに参入しても、十分なノウハウや人材がなければ期待していたシナジーを得るのが難しい場合もあります。 - コロナ後の需要予測の難しさ
新型コロナにより海外挙式が激減したように、外部環境変化が読みにくい時代です。投資回収の見通しが立たず、経営統合がスムーズに進まない事態も考えられます。
5. 今後の展望
5-1. コロナ禍からの回復とブライダル業界の再興
新型コロナウイルスの影響が徐々に和らぎつつある今、ブライダル業界は回復基調にあります。大人数での挙式を再開する動きも見られ、海外挙式の問い合わせも増え始めています。一方で、「少人数ウェディング」や「フォトウェディング」「オンライン婚」など多様化がさらに進むことは間違いありません。こうしたトレンドを捉えた企業が今後のブライダル市場をリードしていくことでしょう。
5-2. DXのさらなる活用
ブライダル事業者は今後、デジタルトランスフォーメーション(DX)によるサービス提供の変革が求められます。オンラインでの打ち合わせやプランニング、バーチャル見学会、SNSを活用したブランディングなど、IT化を進める企業とそうでない企業で競争力の差が顕在化するでしょう。M&Aでは、IT系ベンチャー企業を買収し、自社のデジタル化を一気に進める動きが増えると予想されます。
5-3. インバウンド需要の回復と和装・リゾートウェディングの拡大
海外からの旅行者が戻る中、和装体験や日本各地の観光名所を活かしたリゾートウェディングの需要も復活する可能性があります。京都や沖縄、北海道など、独自の文化や自然景観を活かせるエリアでは国際結婚式やフォトプランの拡充が期待されています。その際、海外企業や海外にネットワークを持つ企業の買収、あるいは業務提携が進むとみられます。
5-4. 小規模事業者の淘汰と大手資本の一極集中
婚姻件数の減少に伴い、今後も国内需要が右肩上がりで増える見込みは薄い状況です。結果として、経営基盤の弱い企業は淘汰され、大手資本やファンドの下で再編が加速すると考えられます。各地域で長年営業してきた老舗企業が大手チェーンの一部門になるケースも増えるでしょう。その一方で、強烈な個性や地域文化を強みに生き残る独立系企業も一部に存在し、そうした企業がM&Aのターゲットとなる可能性も高いです。
5-5. 新しい人生観に対応したサービス創造
「人生100年時代」という言葉に代表されるように、結婚というライフイベントの位置づけや意味が大きく変容しつつあります。再婚や事実婚など多様な家族の形に合わせた式の提案や、“自分らしさ”を徹底的に追求したオリジナル婚の需要も拡大していくでしょう。ブライダル企業がM&Aで他業種のノウハウやブランド力を取り込み、新たなサービスを創造する動きは今後も活発化すると予想されます。
まとめ
本稿では、日本のブライダル業界におけるM&A動向を、具体的な事例とともに約20,000文字のボリュームで詳説しました。少子化や晩婚化など構造的な課題、新型コロナウイルス感染症拡大による直近の市場縮小といった状況の中で、多くの企業が生き残りと成長を目指してM&Aを活用しています。主な狙いとしては、以下のような点が挙げられます。
- 規模拡大とスケールメリット
地域に根ざした式場を取り込み、サービス網を広げ、コスト効率を高める。 - 垂直統合による一気通貫サービス
婚活支援から挙式、ドレス製造・レンタル、ギフト提供、ハネムーン(旅行)までをワンストップで提供。 - 多角化とリスクヘッジ
海外挙式やフォトウエディング、エステ、ジュエリーなど幅広い分野に進出し、需要変動リスクを分散。 - ブランド強化とリニューアル
歴史的建造物や高級ホテルの運営ノウハウを獲得し、高付加価値のサービス展開を図る。 - ファンド資本による経営改善と成長加速
不採算施設の早期整理や経営ノウハウの注入で、企業価値の向上を目指す。
一方で、M&Aが必ずしも成功を約束するわけではなく、企業文化の統合や経営ビジョンのすり合わせ、不採算店舗のスリム化など、多くの課題が存在することも事実です。しかし、国内ブライダル市場は競争が激化する一方、新しい価値観やオンライン技術の発展によって、多様化が進む魅力的な市場でもあります。
今後は、コロナ禍で生まれた新たな顧客ニーズをいかに取り込みながら、少子化が続く国内で持続的に成長していけるかが各企業の勝負どころとなるでしょう。そこに向けて、M&Aは引き続き重要な戦略ツールとして位置づけられるはずです。特に海外挙式や和装文化、インバウンド需要などの領域では、国内外の企業間提携が進む可能性も高く、他業界との連携によってビジネスを拡大していく道も開かれています。
総じて、ブライダル業界のM&Aは企業にとって大きな変革のきっかけとなりうると同時に、利用者にとっては新しいサービスや価値が生まれるチャンスでもあります。人生のハレの舞台をより充実させるため、多様な企業が手を携えてイノベーションを創出する流れは、これからも止まることなく続いていくでしょう。

株式会社M&A Do 代表取締役
M&Aシニアエキスパート・相続診断士
東京都昭島市出身。慶應義塾大学理工学部を卒業後、大手M&A仲介会社にて勤務し、その後独立。これまで製造業・工事業を中心に友好的なM&Aを支援。また父親が精密板金加工業、祖父が蕎麦屋、叔父が歯科クリニックを経営し、現在は父親の精密板金加工業にも社外取締役として従事。