目次
  1. 1. 自動車整備業界におけるM&Aの背景
    1. 1-1. 業界特性
    2. 1-2. 人材不足と高齢化
    3. 1-3. 電動化や自動運転技術の進展
  2. 2. M&Aを取り巻く市場環境と目的
    1. 2-1. 市場環境の変化
    2. 2-2. M&Aの主な目的
  3. 3. 主なM&A事例の詳細解説
    1. 3-1. 相鉄ホールディングスによる相鉄自動車工業の譲渡(2012年)
    2. 3-2. 日産東京販売ホールディングスとGTNETの株式譲渡・子会社化の推移
    3. 3-3. 平山ホールディングスによる大松自動車の再生支援・子会社化(2019年)
    4. 3-4. 北陸電話工事による電通自動車整備の完全子会社化(2015年)
    5. 3-5. レダックスによる新興自動車の子会社化(2024年)
    6. 3-6. プロトコーポレーションによるシステムワンの子会社化(2009年)
    7. 3-7. プロトコーポレーションとアドベンチャー傘下企業のM&A(2022年)
    8. 3-8. ブロードリーフによる産業革新研究所の子会社化(2019年)
    9. 3-9. プレミアグループによるソフトプランナー子会社化(2018年)
    10. 3-10. テンプホールディングス(現パーソルHD)によるサポート・エー株式取得(2009年)
    11. 3-11. ジェイオーグループホールディングスによる播州自動車工業の譲渡(2008年)
    12. 3-12. 日本ハウズイングによるMESファシリティーズの子会社化(2021年)
    13. 3-13. シイエム・シイによる府中自動車の子会社化(2023年)
    14. 3-14. オートバックスセブンによる高森自動車整備工業の子会社化(2020年)ほか複数事例
    15. 3-15. イチネンホールディングスによる工具メーカーや機工卸企業の子会社化(2012年、2014年)
    16. 3-16. グッドスピードによるホクトモータース買収(2019年)
    17. 3-17. イエローハットによる溝ノ口自動車の子会社化(2020年)
    18. 3-18. SPKによる北光社の子会社化(2023年)
  4. 4. M&Aにより期待されるシナジー効果
    1. 4-1. サービス網の拡充とブランド力向上
    2. 4-2. 整備ノウハウ・技術の共有による競争力強化
    3. 4-3. DX・IT化推進と業務効率化
    4. 4-4. グループ内連携による経費削減
  5. 5. M&Aが引き起こすリスクと課題
    1. 5-1. 経営管理体制の複雑化
    2. 5-2. 人材面での課題(人材確保・育成)
    3. 5-3. 企業文化の相違
    4. 5-4. 既存顧客との関係悪化リスク
  6. 6. 今後の自動車整備業界M&Aの展望
    1. 6-1. EV・自動運転技術とM&Aの関わり
    2. 6-2. 地域密着型整備工場の生き残り策
    3. 6-3. 大手企業のさらなる参入可能性
  7. 7. 結論とまとめ
    1. 今後の展望
  8. 参考:これまでに挙げた事例の一覧
  9. 最後に

1. 自動車整備業界におけるM&Aの背景

1-1. 業界特性

自動車整備業界は、国内外を含む多様な自動車を対象とし、定期的な車検やメンテナンス、修理や板金などを行うサービス業態です。整備工場の規模は、ディーラー系、大手チェーン系、地域密着の中小工場など様々です。

  • ディーラー:自社(メーカー系列)の車種をメインに扱う。メーカーの最新技術や部品供給網を活用できる一方、扱う車種がメーカー系列に限られがち。
  • 大手チェーン系(カー用品店含む):様々なメーカーの車種を取り扱いつつ、販売や付加サービスも提供できる体制を整える。
  • 地域密着型工場:顧客との長期的な信頼関係が強み。一方、最新設備導入の資金確保や技術更新の難しさという課題を抱えがち。

自動車整備業界が抱える構造的な課題としては、大手との競合、高齢化や後継者問題、設備投資費用の負担、電動化など最新技術への対応などが挙げられます。これらの課題に対して、単独経営では今後の経営に不安を抱く企業も多く、それがM&A需要につながっている現状があります。

1-2. 人材不足と高齢化

整備業界では熟練技術者の高齢化が進んでおり、若い整備士の確保や育成が困難となっています。また、新技術への対応や資格取得のための教育費用などが経営を圧迫するケースもあります。結果として、大手資本による安定化や、IT・システム企業の参入が自社の事業を継続させる上での選択肢となることが増えてきました。

1-3. 電動化や自動運転技術の進展

世界的な環境規制強化やEV(電気自動車)、HV(ハイブリッド車)などの普及により、整備業界は大きな転換期を迎えています。従来のエンジン整備技術だけでは対応しきれないケースも増え、ソフトウェアや電子制御、バッテリー管理など新たな技術への投資や人材育成が必要です。こうした資金・ノウハウを補うためにも、大手企業や異業種企業との連携が進む傾向があります。


2. M&Aを取り巻く市場環境と目的

2-1. 市場環境の変化

日本国内の自動車販売台数は一定の水準を保ちながらも、人口減少や若年層の車離れなどの影響で横ばいから微減傾向にあるとされています。その一方で、保有車両の平均使用年数は長期化する傾向にあり、保守・メンテナンス需要は底堅いという特徴があります。これは、整備業者にとっては一定の需要があるものの、急激な市場拡大は見込みにくい状況を示唆します。

2-2. M&Aの主な目的

自動車整備業界でのM&Aが実施される目的としては、以下のようなものが考えられます。

  1. 事業拡大・市場支配力強化
    • 地域密着企業を買収することで、顧客基盤を一気に広げる。
    • 他社が強い分野(例えば板金塗装や特定の車種専門整備など)を取り込むことで、自社のサービスラインナップを拡充する。
  2. 経営資源の補完・シナジー効果
    • 整備設備や熟練技術者を確保し、人材不足を解消する。
    • 自社のITノウハウと買収先企業の整備技術を掛け合わせ、新しいサービスを展開。
  3. コスト削減や効率化
    • 部品の一括仕入れなど、スケールメリットの活用による原価圧縮。
    • グループ内で重複する間接業務の集約によるコストダウン。
  4. 後継者問題の解決
    • 経営者の高齢化や後継者不在を背景に、大手に事業を引き継ぐことで従業員や取引先を守る。

以上のように、多様な背景・目的があるものの、業界構造が大きく変化する局面において、**「単独での生き残り」から「グループとしての成長戦略」**へ舵を切る企業が増えています。その結果、M&Aが自動車整備業界においても頻繁に行われるようになってきたのです。


3. 主なM&A事例の詳細解説

ここでは、実際に公表された自動車整備業界のM&A事例を取り上げ、それぞれの目的や背景、買収・譲渡先の戦略などを整理いたします。多くは「企業側の戦略的な買収・譲渡」「大手グループの傘下入りによる安定化」「異業種(IT・石油販売・商社など)からの参入」といった構図が見られます。

3-1. 相鉄ホールディングスによる相鉄自動車工業の譲渡(2012年)

譲渡元:相鉄ホールディングス(親会社)
譲渡先:カナセキユニオン(石油製品販売)
概要:

  • 相鉄自動車工業は大型自動車の整備を主力とし、近年の不況による受注台数の減少や整備単価の下落に苦しんでいた。
  • 新たな設備投資が難しく、将来的な収支改善に限界があるとの判断から、相鉄ホールディングスはカナセキユニオンに譲渡。
  • 取得価額は非公表、譲渡日は2012年3月30日。

ポイント:

  • 相鉄ホールディングスは鉄道事業や不動産事業を中心とする大手企業グループだが、そこから見て自動車整備事業はコアビジネスではなかった。
  • 大型車整備というニッチ分野で、設備投資負担が大きい割に先行きが不透明であった。
  • 一方、カナセキユニオンは石油製品販売だけでなく、自動車関連分野で事業を広げる狙いがあったと推測される。

この事例では、不採算事業の切り離しと専門企業への譲渡による再建という構図が見て取れます。譲渡先が同業界であることから、相鉄自動車工業の事業を継続するうえでシナジーを生む可能性があると期待されました。

3-2. 日産東京販売ホールディングスとGTNETの株式譲渡・子会社化の推移

日産東京販売HDは、2019年7月にGTNET(中古車販売・自動車整備)を子会社化したものの、2022年3月には同社株式の51%を代表取締役に譲渡すると発表しています。

  • 2019年7月: GTNET株式51%を取得し子会社化。中古車・整備市場への積極参入。
  • 2022年3月: 代表取締役へ株式譲渡を決定し、保有比率を下げる。

GTNETはスポーツタイプ車両の中古車買取販売や車検センターを全国的に展開しており、若年層を中心にファンを抱えるビジネスモデルが強みでした。日産東京販売HDとしては、「GTNETとの協業で相乗効果を狙ったものの期待通りには至らず」という面があるようです。最終的に経営トップに経営権を戻す形で再スタートを図ることになりました。M&Aでは、事業シナジーが思ったほど出ずに再度の株式譲渡が起きることもあるという一例です。

3-3. 平山ホールディングスによる大松自動車の再生支援・子会社化(2019年)

譲渡先: 平山HD
譲渡元: 大松自動車(三重県)
大松自動車はバイオマス事業への新規参入で資金繰りに行き詰まり、民事再生手続きに入っていました。再建のため、平山HDが大松自動車の増資を引き受ける形で支援し、実質的に再生支援を行うこととなった事例です。

  • 大松自動車は自動車整備だけでなく、介護事業も手がけていた多角経営企業。
  • 新事業の失敗が原因で倒産の危機に陥ったが、コア事業である整備サービスに可能性を見出した平山HDが支援に乗り出した。

M&Aによる事業再生の典型例であり、特に地方での後継者問題や資金調達リスクがクローズアップされるケースでもあります。

3-4. 北陸電話工事による電通自動車整備の完全子会社化(2015年)

譲渡先: 北陸電話工事
対象企業: 電通自動車整備(石川県白山市)
北陸電話工事は子会社が使用する車両の整備を電通自動車整備に発注してきた関係があり、車両管理の内製化を目的として株式を追加取得し、完全子会社化に踏み切りました。

  • 取得価額は1億3600万円。
  • グループ内に整備企業があることで、メンテナンスコストを削減できるメリットがあると考えられます。

異業種(通信関連)ながら自社で抱える大量の保有車両を効率的に管理するため、整備業を自前化するという形です。コスト削減と事業ノウハウの蓄積を両立しようとする企業戦略が読み取れます。

3-5. レダックスによる新興自動車の子会社化(2024年)

譲渡先: レダックス
対象企業: 新興自動車(千葉市)
レダックスは中古車買取販売の「カーチス」を傘下に持ち、中古車市場での事業基盤を持っています。新興自動車の整備部門を取り込むことで、整備事業とのシナジー効果を狙うとみられます。

  • 新興自動車は売上高6770万円と規模は大きくないが、1963年設立の老舗で整備技術に強みを持っている可能性がある。
  • 取得額は4312万円で、2024年10月11日に子会社化予定と公表。

大手や中堅が、規模は小さいながらも専門性を持つ整備企業を取り込む事例の一つです。

3-6. プロトコーポレーションによるシステムワンの子会社化(2009年)

買収企業: プロトコーポレーション(中古車ポータル「Goo-net」運営)
対象企業: システムワン(仙台市・自動車整備システムソフト開発)

  • 自動車整備業向けのマネジメントシステムを提供するシステムワンを、プロトコーポレーションが2億9400万円で買収。
  • プロトコーポレーショングループは中古車情報のメディア事業を展開しており、ITシステム面での強化が狙い。

これは、ITソリューション企業×整備システム開発企業の組み合わせであり、近年の整備業界におけるDX化の流れを先取りした動きとも言えます。単なる整備工場の買収ではなく、ITサポート技術を組み込んだサービス展開を視野に入れたM&Aというのが特徴です。

3-7. プロトコーポレーションとアドベンチャー傘下企業のM&A(2022年)

プロトコーポレーションは、自動車整備に関連する企業だけでなく、金券・チケットショップ運営企業のコスミック流通産業およびコスミックGCシステムを子会社化する動きを取りました。

  • 金券ショップ事業のノウハウと、自社のオンラインメディアやDXノウハウを融合させる考え。
  • 取得額15億7100万円。

一見、自動車整備業界とは直接関係の薄いようにも見えますが、幅広い消費者接点を得ることで、中古車関連のメディアや整備工場検索サイト「グーネットピット」へ誘導したり、新たなサービス展開を可能にする狙いが推測されます。企業のM&A戦略は、必ずしも同業種だけでなく、関連サービスや他業種との相乗効果を期待するパターンも多いのです。

3-8. ブロードリーフによる産業革新研究所の子会社化(2019年)

買収企業: ブロードリーフ(自動車整備工場向け業務支援システム展開)
被買収企業: 産業革新研究所(製造業向け課題解決サイト「ものづくりドットコム」運営)

  • ブロードリーフは自動車アフターマーケットでのIT支援が強み。
  • 製造業向けプラットフォームを運営する産業革新研究所を取り込み、ものづくり領域の情報提供とサービス拡充を図る。

これは、整備業界向けシステム開発で培ったノウハウを他製造業にも展開する布石としてのM&Aとも考えられます。自動車整備に留まらず、モノづくり全般にITソリューションを提供しようとする戦略の一環です。

3-9. プレミアグループによるソフトプランナー子会社化(2018年)

譲渡先: プレミアグループ(オートクレジット事業など)
譲渡元: ソフトプランナー(自動車整備業界向けソフト開発)

  • プレミアグループは中古車購入者向けオートクレジットや修理費用保証(ワランティ)を主力として展開。
  • 整備工場を含む約1万9000の加盟店ネットワークを持ち、そこへソフトプランナーの開発するシステムを提供し、整備業界へのサービスを強化する狙い。

金融×IT×整備業界という組み合わせで、近年注目されている自動車サービスの一元的提供を目指す形と言えます。金融サービスだけでなく修理・保証・整備管理システムなど、包括的なサービス提供が競争力の源泉となる動きがあるのです。

3-10. テンプホールディングス(現パーソルHD)によるサポート・エー株式取得(2009年)

譲渡元: オートバックスセブン
譲渡先: テンプホールディングス(現パーソルホールディングス)

  • サポート・エーはカー用品販売分野の人材派遣や教育を手掛けていた。
  • テンプHDとしては、販売やイベント、自動車整備など多様な人材ニーズを抱える企業の子会社化を通じ、派遣ビジネス拡大のチャンスと見た。

自動車整備業界での人材派遣需要は一定数存在し、専門人材の確保がポイントになります。大手派遣会社がこの分野に入り込むことで、人材供給や研修、事業代行といった追加サービスの提供が可能になります。

3-11. ジェイオーグループホールディングスによる播州自動車工業の譲渡(2008年)

譲渡元: ジェイオーグループHD(旧:建設会社傘下)
対象企業: 播州自動車工業(兵庫県加古川市)

  • グループ全体の経営環境悪化に伴い、不動産・交通セグメントの再編の一環で譲渡。
  • 譲渡価額は4億6000万円。

建設会社グループが厳しい経営環境に直面し、周辺事業を整理する中で自動車整備部門を切り離す事例です。グループ経営再建を進めるうえでの資金確保と、非コア事業の整理という観点が大きいと思われます。

3-12. 日本ハウズイングによるMESファシリティーズの子会社化(2021年)

被買収企業: MESファシリティーズ(旧三井造船系)

  • 人材派遣や自動車教習所、保険代理店、薬局、警備、旅行代理店、給食・レストラン、ガソリンスタンド、自動車整備など多角的に事業を展開。
  • 日本ハウズイングはマンション管理大手。取得価額は非公表。

一見関係が薄いように見える両社ですが、多角経営を行うMESファシリティーズを取り込むことで、関連事業の拡大や基盤強化につなげる狙いがあります。自動車整備を含む幅広いサービスを提供できる企業を傘下に収めることで、新しい事業のシナジーを生み出す可能性があります。

3-13. シイエム・シイによる府中自動車の子会社化(2023年)

譲渡先: シイエム・シイ(技術マニュアル作成が主力)
譲渡元: 府中自動車(東京都府中市)

  • 車検・整備や板金塗装を手がける老舗工場を買収し、EVや自動運転の進展を見据えた新たな商材開発につなげる意図。
  • シイエム・シイは自動車技術ドキュメントを作成する強みを活かし、現場でのノウハウを蓄積する狙い。

EVなど高度な技術が進む中、マニュアル作成企業が実際の整備ノウハウも握ることで、将来的により充実した技術資料提供や教育サービス展開が期待できます。

3-14. オートバックスセブンによる高森自動車整備工業の子会社化(2020年)ほか複数事例

オートバックスセブンはカー用品大手であり、グループとして車検や整備・板金サービスの強化を狙っています。

  • **高森自動車整備工業(三重県)**の全株式取得(2020年)
  • **SKオートモービル(シンガポール)**の株式63%取得(2019年)
  • ジョイフル車検・タイヤセンターの買収(2021年)

海外でも板金塗装や整備を展開し、国内ではホームセンターとの提携拠点を増やすなど、サービス網を広げる動きです。従来のカー用品販売だけでなく、車検・整備を含む“カーライフトータルサポート”へのシフトが顕著といえます。

3-15. イチネンホールディングスによる工具メーカーや機工卸企業の子会社化(2012年、2014年)

**前田機工(大阪市)ミツトモ製作所(兵庫県三木市)**など、機械工具や整備工具の企業を買収し、グループの商材を拡充。

  • イチネンHDはリース・金融やケミカル、工具販売など多角的に事業を展開しており、自動車整備工具の強化を意識している。
  • 自動車整備業界では工具の質やメンテナンス性が重要視されており、専門メーカーを取り込むことでグループ全体の競争力を高める。

3-16. グッドスピードによるホクトモータース買収(2019年)

中古車販売や整備事業を行うグッドスピードが、陸運局指定工場を有するホクトモータース(名古屋市)を子会社化しました。整備拠点の拡充により、整備や車検の対応力強化を目指す事例です。

  • 中古車販売+整備の垂直統合モデルを志向する企業にとっては、車検対応工場の数や設備の充実が大きな競合優位性となります。

3-17. イエローハットによる溝ノ口自動車の子会社化(2020年)

カー用品大手のイエローハットも、整備や板金などピットサービスの収益拡大を図るため、老舗整備工場の溝ノ口自動車を子会社化。カー用品販売だけでは限界があると判断し、整備・板金事業を強化する動きが見られます。

3-18. SPKによる北光社の子会社化(2023年)

SPKは自動車部品の卸売を事業の柱としており、四国地域に強い地盤を持つ北光社(徳島市)を3億5880万円で買収しました。

  • 北光社は自動車や二輪車部品を修理工場等へ供給する老舗企業。
  • SPKとしては、地域密着型企業のネットワークを活用してシェア拡大を目指す狙いがあります。

同様に、カーディテイリング事業のカービューティープロ(世田谷区)を子会社化(2021年)しており、SPKは従来の部品卸業だけでなく、整備・ディテイリングサービスなど幅広い領域を取り込む姿勢がうかがえます。


4. M&Aにより期待されるシナジー効果

4-1. サービス網の拡充とブランド力向上

M&Aを通じて、大手チェーンが地域密着企業を買収することで、一気に店舗数やサービス拠点を拡大できます。消費者にとっては、身近な場所で同じブランドのサービスを受けられるメリットがあり、企業側としてはブランド力の向上や広告宣伝費の効率化を図ることができます。

4-2. 整備ノウハウ・技術の共有による競争力強化

整備技術やノウハウは熟練技術者の経験に左右される部分が大きいのですが、M&Aにより複数の工場の技術スタッフを抱えることで、新技術への対応力やノウハウ共有が進みます。加えて、仕入れ部品の共同調達や整備マニュアルの標準化を推進することで、グループ全体のサービス品質向上につながります。

4-3. DX・IT化推進と業務効率化

整備工場や自動車部品卸企業がIT企業を買収・提携することで、オンライン予約、在庫管理システム、顧客管理ソフトなどの導入がスムーズに進みます。整備の現場は未だアナログ業務も多く、DX化での効率化余地が大きいと言われています。M&Aで得たITリソースをフル活用し、予約や見積もり、部品手配をシステム化することで、顧客満足度の向上とコスト削減を同時に実現できます。

4-4. グループ内連携による経費削減

自動車整備業においては、設備投資や部品調達が大きなコストとなります。グループでの一括購買や共通在庫システムの利用などにより、単独経営では得られないスケールメリットを期待できます。また、人事や経理などの管理部門を集約し、間接部門の効率化を図るケースも多く見られます。


5. M&Aが引き起こすリスクと課題

5-1. 経営管理体制の複雑化

M&Aによって事業規模が拡大すると、管理部門の業務が増加し、経営管理が複雑化します。特に、中小企業が大手の傘下に入る場合、それまでのローカルルールや経営手法との違いを吸収しきれず、混乱が生じる可能性があります。

5-2. 人材面での課題(人材確保・育成)

買収先の企業が属人的な技術やノウハウに依存している場合、M&A後にキーマンが退職してしまうリスクもあります。また、M&Aによってスケール拡大しても、新技術対応や営業強化に必要な人材が十分確保できなければ、想定するシナジーを実現できません。

5-3. 企業文化の相違

企業文化や意思決定プロセスは、企業ごとに大きく異なる場合があります。特に老舗の整備工場と新興IT企業が組むケースや、外資系企業が日本の整備企業を買収するケースでは、組織風土の違いによって従業員のモチベーションが下がるなどの問題が生じやすいです。

5-4. 既存顧客との関係悪化リスク

M&Aにより経営主体が変わることで、従来の顧客サービスが変化したり、価格体系が見直される場合があります。地域密着で築いた信頼関係が崩れ、顧客離れを招く恐れもあるため、買収後のブランド統合やサービス維持に慎重な対応が求められます。


6. 今後の自動車整備業界M&Aの展望

6-1. EV・自動運転技術とM&Aの関わり

EV(電気自動車)の普及や自動運転技術の進展にともない、整備工場側でもハイテクな検査設備やソフトウェア解析能力が要求される場面が増えると予想されます。そうした中、従来の“板金やエンジン修理技術”だけでは対応困難なケースが増えるため、ITやソフトウェア企業との提携、もしくは電子部品の専門知識を持つ企業を傘下に取り込む動きが加速する可能性があります。

6-2. 地域密着型整備工場の生き残り策

地域密着型の中小整備工場は、高齢化や後継者難に直面しています。M&Aで大手チェーンやメーカー系列に吸収されるか、同業者同士で合併し規模拡大を図るか、あるいは地域の商社や異業種企業との協業を選ぶかといった選択が増えてきています。地方での事業継続のためには、資本力のある企業との連携が鍵を握ると考えられます。

6-3. 大手企業のさらなる参入可能性

オートバックスセブンやイエローハット、日産東京販売HDなど、すでに一定の知名度を持つ企業が整備工場を次々に買収・提携する事例が増えています。今後は家電量販店やIT系企業が、EVやカーシェアなどの進展にあわせて自動車整備領域へ参入する可能性も考えられます。自動車は「走るコンピューター」とも呼ばれるようになっており、IT資本がメンテナンス事業を拡大するシナリオは十分に起こり得るでしょう。


7. 結論とまとめ

自動車整備業界のM&Aは、単なる事業統合やスケール拡大に留まらず、新技術への対応や付加価値サービスの強化を目的とした戦略的な動きが活性化しているのが特徴です。EVや自動運転などの急速な技術革新、人口構造の変化、IT技術の導入など、多くの要因が整備企業の将来像を左右する時代に突入しています。

既存の整備工場にとっては、大手グループの傘下入りや異業種企業との協業によって、資金や技術を得ることができ、これまで以上に幅広いサービスを提供できるチャンスを得られる一方、企業文化の違いや人材面での不一致など、M&A特有のリスクへの対処が欠かせません。買収する側にとっても、期待するシナジーが得られない場合に再度の譲渡や撤退につながりかねないため、事前のデューデリジェンス(DD)やポストM&A統合計画(PMI)の策定が極めて重要となります。

本記事で紹介した事例はごく一部ですが、自動車整備業界のM&Aの多様性を示すものです。製造業やIT、物流、石油製品販売、さらには家電・流通など、異業種企業も参入の余地を見いだせる市場であり、その魅力は「安定的な整備需要」「EV・自動運転時代への成長期待」にあると言えます。

今後の展望

  1. 専門技術の内製化・新技術対応
    EVや自動運転向けの高い整備技術が不可欠となるため、ソフトウェアや制御技術を持つ企業との統合が増えるでしょう。
  2. IT化・DX化の加速
    整備工場の業務効率化や予約システムの高度化、在庫管理の一元化など、IT活用による競争力強化がキーとなるため、IT企業とのM&Aや連携がますます進む可能性があります。
  3. 地方企業の再編と大手チェーン化
    後継者不在の整備工場を大手が取り込み、地域網を充実させる動きが続くでしょう。その結果、地方整備工場の系列化・チェーン化がさらに進むと予想されます。
  4. 業界の垣根を超えた統合
    自動車関連ビジネスは今や多様化しており、カーシェア、レンタカー、電動キックボードなどのモビリティサービスを含めて、総合的な移動手段を提供する企業が現れるかもしれません。そのサービス提供に必要となる保守整備の機能を手中に収めるため、整備企業のM&Aが行われる可能性も高いです。

参考:これまでに挙げた事例の一覧

  1. 相鉄ホールディングス<9003>、自動車整備業の相鉄自動車工業をカナセキユリオンへ譲渡(2012)
    • 受注減少、設備投資難による不採算子会社の切り離し
  2. 日産東京販売ホールディングス<8291>、GTNETを経営陣に譲渡(2022)・子会社化(2019)
    • 中古車販売・整備会社を取り込み、のちにシナジー不十分で株式譲渡へ
  3. 平山ホールディングス<7781>、大松自動車を民事再生計画後に子会社化(2019)
    • バイオマス事業失敗による資金難企業を再生支援
  4. 北陸電話工事<1989>、電通自動車整備を子会社化(2015)
    • グループ車両の内製整備によるコスト削減
  5. レダックス<7602>、新興自動車を子会社化(2024)
    • 中古車買取・販売との連携によるシナジー
  6. プロトコーポレーション<4298>、システムワン子会社化(2009)、金券ショップ運営企業コスミック流通産業など2社を子会社化(2022)
    • IT技術強化と多様な流通ビジネスの融合
  7. ブロードリーフ<3673>、産業革新研究所を子会社化(2019)
    • 製造業情報サイトと整備業向け業務支援プラットフォームの連携
  8. プレミアグループ<7199>、ソフトプランナーを子会社化(2018)
    • オートクレジット+整備ソフト開発でワンストップサービス目指す
  9. テンプホールディングス<2181>(現パーソルHD)、オートバックスセブンからサポート・エーを取得(2009)
    • カー用品販売・整備の人材派遣事業を傘下に
  10. ジェイオーグループホールディングス<1710>、播州自動車工業を譲渡(2008)
    • 経営再建のため非コア事業を手放す
  11. 日本ハウズイング<4781>、MESファシリティーズを子会社化(2021)
    • 多角的サービス企業を傘下に取り込み、関連事業強化
  12. シイエム・シイ<2185>、府中自動車を子会社化(2023)
    • EV化や自動運転時代を見据え、実地整備ノウハウを確保
  13. オートバックスセブン<9832>、高森自動車整備工業(2020)、SKオートモービル(2019)、ジョイフル車検・タイヤセンター(2021)を相次ぎ子会社化
    • 国内外の整備拠点拡大、ホームセンターへの出店など事業領域を広げる
  14. イチネンホールディングス<9619>、ミツトモ製作所(2014)、前田機工(2012)を子会社化
    • 工具製造・卸を取り込み、整備サービス関連事業を拡充
  15. グッドスピード<7676>、ホクトモータースを子会社化(2019)
    • 中古車販売×整備の一体運営で顧客満足度向上
  16. イエローハット<9882>、自動車整備・修理の溝ノ口自動車を子会社化(2020)
    • ピットサービス強化による収益源多角化
  17. SPK<7466>、北光社を子会社化(2023)、カービューティープロを子会社化(2021)
    • 自動車・二輪部品卸からディテイリングサービスまで事業領域を拡大

最後に

自動車整備業界では、中古車市場の拡大やEV・自動運転技術の台頭、そしてアフターマーケット全体のIT化・DX化にともなって、これまでにない形のコラボレーションや事業統合が活発化しています。地域密着型の中小整備工場にとっては、M&Aを含む外部資本導入が経営の継続と発展への鍵となり得ます。

他方、大手企業や異業種プレイヤーにとっては、整備工場の取得は自社サービスの付加価値向上や顧客囲い込みの有力手段となっており、戦略的な買収機会として大いに注目されています。どちらもメリットだけでなくリスクを伴いますが、少子高齢化・国内市場の成熟という大きな枠組みを考えれば、整備事業に限らずM&Aによる企業再編は今後も続くと考えられます。

激動の時代を迎えている自動車整備業界ですが、M&Aによって培われるシナジーや新技術対応力が、業界全体のアップデートを進める重要な契機となるでしょう。これからも、地域社会に密着した老舗整備企業の生き残り戦略、大手企業の市場支配力強化、IT・金融・商社などの異業種企業の参入など、多彩な動きが予想されます。自動車整備業界の動向をウォッチする上で、M&A情報は今後も見逃せない指標であり続けることでしょう。