- 1. はじめに:建築設計業界の特徴とM&Aの必要性
- 2. 建築設計業界の現状と課題
- 3. M&Aが促進される背景
- 4. 近年の代表的なM&A事例
- 4-1. 日本工営<1954>と英国BDP Holdings Limited(2016年)
- 4-2. 日本工営<1954>と英国Pattern Design(2021年)
- 4-3. 長大<9624>とアルコム(2010年)
- 4-4. 福山コンサルタント<9608>と環境防災(2009年)
- 4-5. 塩見ホールディングス<2414>の事業譲渡(2009年)
- 4-6. 三栄建築設計<3228>周辺の多彩な買収・事業取得
- 4-7. フェイスネットワーク<3489>のザ・スタイルワークス子会社化(2019年)
- 4-8. プレサンスコーポレーション<3254>とメルディアDC<1739>のTOB(2023年)
- 4-9. ビジネス・ワンホールディングス<4827>、ナカケン子会社化(2024年)
- 4-10. オープンハウスグループ<3288>、三栄建築設計<3228>TOB(2023年)
- 4-11. ジェイテック<2479>によるLIXILグループ傘下企業買収(2012年)
- 5. M&Aのメリットとデメリット
- 6. 海外展開とグローバル化への期待
- 7. デジタルトランスフォーメーション(DX)やBIMへの対応
- 8. 今後の展望:建築設計業界はどこへ向かうのか
- 9. まとめ
1. はじめに:建築設計業界の特徴とM&Aの必要性
建築設計業界は、建築物の意匠設計や構造設計、設備設計など、多岐にわたる専門知識を活かして人々の暮らしと社会基盤を支えています。ゼネコン(総合建設会社)や不動産デベロッパーと比べると、基本的には「頭脳労働」を中心とするサービス業の側面が強く、職人的ノウハウやクリエイティブな発想が必要とされるのが大きな特徴です。
近年、国内では少子高齢化や公共事業の減少が続き、業界全体の需給は大きな変化に晒されています。しかし、高度な耐震化ニーズや老朽建築物のリノベーション需要など、建築設計に対する社会的需要も依然として高いものがあります。また、海外では都市開発やインフラ整備の需要が拡大しており、大手建築設計事務所やコンサルタント会社が海外進出を図るケースも増えてきました。
こうした国内外のチャンスを的確に捉えるためには、十分な資本力と人材を備えておく必要があります。そのための戦略的手段として、建築設計業界でもM&Aが活発化してきました。特に大手企業による海外設計事務所の買収や、国内設計会社同士の統合、ゼネコンや不動産会社との垂直統合など、さまざまな手段がとられています。
2. 建築設計業界の現状と課題
2-1. グローバル化と大規模プロジェクトへの対応
建築設計業界のグローバル化が進むにつれ、大規模プロジェクト(都市再開発、空港・駅舎整備、スポーツ施設建設、インフラ事業など)では海外設計事務所や欧米の大手コンサルとの協業が不可欠となっています。これまでは特定の国内企業が各分野を得意としてきましたが、世界的には複合的なチーム編成やグローバル企業連合の形でコンペに参加する動きが一般的になっています。
2-2. 国内市場の縮小リスクと新分野への展開
日本国内の住宅需要は、人口減少に伴って長期的には頭打ちが予想されています。しかし、中古住宅・リノベーションの市場拡大や、ゼロエネルギー建築、省エネ関連施設の設計、耐震・防災設計など、新しい分野の需要は高まっています。こうした領域で競争力を強化するためにも、既存企業の買収や共同出資によりノウハウを獲得するケースが増えています。
2-3. デジタル技術(BIMなど)と生産性向上
Building Information Modeling(BIM)の導入やCADシステムの高機能化が設計プロセス全体を変えつつあります。大手企業はDX(デジタルトランスフォーメーション)に力を入れ、人員を大幅に投入していますが、中小事務所では投資余力が限られ、導入が遅れる例も少なくありません。これにより、システム対応力を求める大手との協業やM&Aがますます重要になっています。
2-4. 人材不足と働き方改革への対応
建設・設計業界全般にわたる人材不足は深刻です。特に意匠設計や構造設計など高度専門領域の人材は限られており、若手人材育成も課題です。また、働き方改革の進展により長時間労働が難しくなり、設計会社が従来の「残業前提のプロジェクト管理」から脱却を図る必要が出てきました。人材面の課題を解消するためにも、企業の統合や規模拡大が求められるのです。
3. M&Aが促進される背景
3-1. 顧客ニーズの多様化とワンストップサービスの要望
建築主(発注者)は、設計だけでなく調査・デザイン・施工管理・アフターフォローまで一貫して依頼したいというニーズが高まっています。そうした中で、設計事務所やコンサルタント会社は、ゼネコンや不動産企業と組む、あるいは自らエンジニアリング部門を内包するなど、ワンストップ化を実現するためのM&Aを検討するケースが見受けられます。
3-2. 建築基準法や耐震基準、公共工事需要の影響
日本では、2007年の建築基準法改正や、2011年の東日本大震災を受けて耐震や防災が大きなテーマになりました。公共施設やインフラの老朽化対策もあり、建築設計の領域が広範囲にわたって求められる一方、書類手続きや審査手順が増えることで、中小企業だけで対応するには負担が大きくなりました。このため、大手企業グループへ合流し、リソースを共有する動きが加速しています。
3-3. グローバル競争力強化・海外受注拡大
先進国のみならず、新興国でも大規模都市開発が進展しており、プロジェクト規模は数百億円、数千億円規模となる場合が珍しくありません。こうした案件を獲得するには、国際的な実績やブランド力、設計・エンジニアリングの総合力が求められます。大手設計会社は海外の著名デザイン会社やコンサル会社をM&Aで取り込み、競争力を高める戦略をとっているのです。
3-4. 事業承継問題と後継者不足
設計事務所や建築コンサルはオーナーシップが強く、「個人事務所」的な経営形態をとるケースも多くあります。高齢化に伴い後継者不在や経営継続が難しくなる事務所が増えており、大手に買収されることで事業存続や従業員の雇用を守る道を選ぶ事例も増えているといえます。
4. 近年の代表的なM&A事例
ここでは、建築設計業界やその周辺領域で近年行われたM&Aの事例をいくつか取り上げます。企業の狙いには、海外進出や新市場開拓、事業領域の多角化など様々な目的が見受けられます。
4-1. 日本工営<1954>と英国BDP Holdings Limited(2016年)
日本工営は総合建設コンサルタントとして土木・インフラ分野に強みを持つ企業で、2016年に英国の大手建築設計会社BDP Holdings Limitedを買収し、子会社化しました。BDPはウィンブルドンテニスコートなどを手がける有名設計事務所で、売上規模は英国で第2位という高いブランド力を誇ります。
日本工営は、BDPの意匠設計や都市開発ノウハウを取り込むことで、アジアを中心に海外事業の幅を拡大する狙いがありました。取得総額は約170億円で、2017年6月期には売上高1000億円を超える技術コンサルティンググループになるという目標を掲げていました。
4-2. 日本工営<1954>と英国Pattern Design(2021年)
日本工営はBDP買収に続き、2021年には英国の建築設計会社Pattern Design Limitedも子会社化しました。Patternはスタジアムなど大型スポーツ施設の設計に強みを持ち、FIFAワールドカップカタール2022の会場やエヴァートンFCの新スタジアムなどで実績を残しています。
この買収により、日本工営はスポーツ施設の設計分野にも強い事業基盤を獲得。BDPとPatternの連携によって建築設計領域の幅をさらに広げ、世界的な大型プロジェクトへの対応力を高めることが期待されました。
4-3. 長大<9624>とアルコム(2010年)
建設コンサルタントの長大は2010年4月に、建築設計会社アルコムを吸収合併しました。アルコムは教育施設や医療施設などに実績を持っていましたが、売上は約1億1600万円と小規模ながら公共施設設計に強みを有していました。一方、長大は公共事業を中心に事業展開しており、合併により教育・医療分野での設計サービス拡充を狙いました。取得価額は0円(債務超過のため)とのことで、事業再編的な色彩が強いM&Aでした。
4-4. 福山コンサルタント<9608>と環境防災(2009年)
福山コンサルタントは道路や橋梁など土木分野に強い建設コンサルタントですが、2009年に環境防災(徳島市)を子会社化しました。環境調査や防災設計、地質調査など公共・民間施設向けの専門領域を取り込み、四国地方への展開を強化しています。取得価額は51%の株式を7500万円で取得し、事業領域の拡張と地域展開を進めました。
4-5. 塩見ホールディングス<2414>の事業譲渡(2009年)
塩見ホールディングスは子会社の塩見(広島市)の行う建築設計関連事業を、あいホールディングス(東京都中央区)グループへ譲渡しました。建築基準法改正や不動産不況の影響により設計業務が長期化するなど採算が悪化していたことから、財政基盤の強化のため事業譲渡を決断したとされています。譲渡価額は未定でしたが、大きな市場環境変化により縮小を余儀なくされた事例と言えます。
4-6. 三栄建築設計<3228>周辺の多彩な買収・事業取得
(1) ウィズ・ワン事業取得(2019年)
三栄建築設計は東京・港区のウィズ・ワンが民事再生手続き中となった際、同社の注文住宅事業やリフォーム工事事業を取得しました。経営破綻した企業の事業を譲り受けることで、受注基盤と顧客を引き継ぎ、自社の住宅ビジネスに組み込む狙いです。取得価額は非公表ですが、再建支援策の一環としてのM&Aと言えます。
(2) マックホーム子会社化(2020年)
三栄建築設計は埼玉県朝霞市のマックホームを全株取得し、子会社化しました。同社は朝霞市周辺に強い建売分譲事業者で、三栄建築設計は分譲住宅供給5000棟を目標とする中期経営計画を掲げており、地域に根ざしたハウスビルダーを傘下に収めることでシェア拡大を図っています。
(3) 米Alpha Construction子会社化(2021年)
三栄建築設計は米国・カリフォルニア州のAlpha Constructionを買収し、共同住宅や大型建築工事分野に進出しました。ロサンゼルスに営業拠点を持つ三栄は、現地事業を拡大するために施工力を持つ企業を取り込んだ形です。
(4) 日本ベストサポート子会社化(2020年)
ホテル再建のコンサル業務を手がける日本ベストサポートを子会社化。三栄建築設計はホテル事業に参入しており、コンサルの専門知識やマーケット調査ノウハウを取り込むことでホテル運営・企画のレベルアップを目指しています。
(5) 太陽ビルデイング子会社化(2022年)
ビル賃貸管理業の太陽ビルデイングを傘下に取り込み、東京・銀座のビルをはじめとする不動産ポートフォリオを拡充しました。将来的な再開発に向けた隣接地の一体開発などを視野に入れ、ビル所有会社を取得することで、不動産開発事業をさらに拡大します。
(6) シード<1739>をTOB(2013年)
三栄建築設計は西日本を中心にゼネコンやリフォーム関連事業を営むシードに対してTOBを実施し、その後第三者割当増資を引き受けることで51.79%の株式を取得しました。関西エリアでの事業拡大が目的であり、創業家との合意のもとディスカウント価格で買収を進めています。
4-7. フェイスネットワーク<3489>のザ・スタイルワークス子会社化(2019年)
不動産開発やコンサルティングを手がけるフェイスネットワークは、2019年に設立されたばかりのザ・スタイルワークスを買収し子会社化しました。ザ・スタイルワークスはクリエイティブなデザインで注目を集める若い建築設計事務所であり、デザイン性の高い不動産の価値を追求するフェイスネットワークと補完関係が期待されています。取得額は非公表です。
4-8. プレサンスコーポレーション<3254>とメルディアDC<1739>のTOB(2023年)
プレサンスコーポレーションは、三栄建築設計の上場子会社であるメルディアDC(旧・シード)を完全子会社化するためにTOBを実施すると発表しました。買付価格は1株1095円、発表前終値に約29%のプレミアムを付加。プレサンスはオープンハウスグループの子会社であり、三栄建築設計も同グループに属しています。グループ内再編としてメルディアDCを買い取り、コスト削減や資金調達の円滑化を図る狙いがあります。
4-9. ビジネス・ワンホールディングス<4827>、ナカケン子会社化(2024年)
ビジネス・ワンホールディングスは、建築設計・施工のナカケン(福岡市)を株式40%取得で連結子会社化すると発表しました。ナカケンの社長がビジネス・ワンHDの取締役を兼任しているため、実質支配力基準により連結子会社化が認められます。建築設計や内装・インテリアの施工力を獲得し、グループ内で多様な建設ニーズに対応する体制を整えるとのことです。
4-10. オープンハウスグループ<3288>、三栄建築設計<3228>TOB(2023年)
首都圏での戸建分譲事業大手であるオープンハウスグループは、2023年8月に三栄建築設計を完全子会社化するためTOBを発表しました。買付価格は1株2025円で、前日終値に約18%のプレミアムを加えた水準です。三栄建築設計は創業者によるトラブルや暴排勧告を受けており、信用回復とグループシナジーを狙い、オープンハウス側がTOBを実施して経営再建を主導する形です。TOB成立後は上場廃止となる予定です。
4-11. ジェイテック<2479>によるLIXILグループ傘下企業買収(2012年)
技術者派遣などを行うジェイテックは、LIXILグループの建築設計・施工管理業務請負を担う会社を82%取得し、子会社化しました。金額は4100万円で比較的小規模ですが、建築分野のノウハウや大手グループとの関係強化により、総合的な技術サービスを拡充する意図があります。
(参考:RIZAPグループ<2928>が湘南ベルマーレの経営権を取得した事例は、サッカークラブ経営に関するものであり、直接建築設計業界とは異なる領域のため、本記事では深掘りを省略いたします。)
5. M&Aのメリットとデメリット
建築設計業界がM&Aを活発化させる背景は多様ですが、実際に企業統合を進めるときにはメリットとデメリットの両面を慎重に評価する必要があります。
5-1. 大手グループ入りによる資本力・信用力の向上
中小規模の設計事務所が大手企業のグループに入ることで、財務基盤が安定し、信用力が向上します。大規模案件への入札や新しい設備投資を進めやすくなるだけでなく、社員の待遇改善や人材採用力の向上にもつながります。
5-2. プロジェクト拡大・総合力強化(設計~施工まで)
設計だけでなく施工管理や不動産開発、コンサルなどの事業領域を取り込むことで、ワンストップサービスが実現しやすくなります。顧客から見れば、複数社を跨いで依頼する必要がなくなるため、受注の拡大が期待できます。
5-3. 海外ネットワークの獲得とグローバル対応
海外設計事務所を傘下に収めることで、国際コンペへの参加、現地スタッフの活用、現地語対応など、グローバルプロジェクトの推進が容易になります。日本企業が欧米企業を買収する例として日本工営×BDPやPatternが挙げられ、スポーツ施設や公共建築などの分野で大きな成果を狙うことができます。
5-4. 人材・ノウハウ融合と生産性向上
M&Aによってそれぞれの企業が持つノウハウやITシステムを共有し、生産性向上を図ることが可能です。BIMを含む設計ソフトや管理手法、海外プロジェクトの経験などが融合することで、新たなイノベーションも期待できます。
5-5. 文化摩擦・統合リスク・のれん償却リスク
一方で、組織文化の違いや経営方針の差異から、統合後に混乱が生じる可能性があります。建築設計は職人的・創造的な風土を持つ場合が多く、大手企業の管理体制との相性が悪ければ、人材流出やモチベーション低下を招くこともあります。また、買収価格が高額になると、のれん償却負担がのちの経営を圧迫する懸念もあります。
6. 海外展開とグローバル化への期待
建築設計は地域性が強い半面、大規模プロジェクトやスポーツ施設などは国際競争が激化しており、海外展開が今後も重要なテーマです。M&Aを通じて海外に拠点を持つ設計会社を傘下に収めれば、現地での実績とネットワークを迅速に獲得でき、プロジェクト参画のハードルを下げることができます。
6-1. 欧米や新興国市場での大規模プロジェクト獲得
欧米市場での実績がある企業を買収すれば、歴史的建造物の改修やスタジアム建設、都市再開発など、高付加価値案件への参加がしやすくなります。また、新興国ではインフラ整備や都市化の進展により、巨大案件が続々と生まれており、現地企業と合弁するか、あるいは外国の有力設計会社を傘下に収めるなどして攻勢を強める狙いがあります。
6-2. 海外のブランド力と日本企業の技術力の融合
海外設計事務所はブランド力やデザインセンスで世界的に知られているケースが多く、日本企業は高度な構造技術や耐震技術を武器にしています。両者がM&Aで手を組むことで、「デザイン×安全性」両面に強い設計が可能になるなど、国際市場での競争力を高める相乗効果が期待できます。
7. デジタルトランスフォーメーション(DX)やBIMへの対応
7-1. BIM導入加速のための資本力・技術力
BIM(Building Information Modeling)の普及により、設計から施工、保守管理までの一元的なデータ管理が可能になります。しかし、小規模の設計事務所にとってBIMのソフトウェアやサーバ環境への投資は大きな負担です。M&Aにより大手グループに参画すれば、導入コストの負担が軽減され、DXをスピーディに進めることができます。
7-2. 新しい設計手法への投資・教育環境の整備
BIM人材の育成やAI技術の活用には、時間と資金が必要です。大手グループは、研修プログラムやR&D部門を整備し、共同で先端技術の研究開発を行うことが可能になります。これもまた、M&Aの一つの大きなメリットと言えます。
8. 今後の展望:建築設計業界はどこへ向かうのか
8-1. SDGsやカーボンニュートラルへの対応
地球環境保全の視点から、建築分野はカーボンニュートラルやサステナブル建築が強く求められています。エネルギー消費の少ない建築物の設計や、再生可能エネルギー活用など、環境関連の専門知識が不可欠です。これらへの対応力を強化するために、環境設計や再生可能エネルギーコンサルを買収する事例も増えていくでしょう。
8-2. 大規模再開発や都市再生への参画
国内でも首都圏や地方都市での再開発プロジェクトが活性化しており、設計会社には街づくり全体のマスタープランを立案できる総合力が求められます。都市計画の専門家や景観設計、スマートシティに対応したIT技術など多分野との協業が必要となり、M&Aを通じて関連分野を取り込む動きが加速する可能性があります。
8-3. 建築設計×不動産×ITの複合ビジネスモデル
設計だけでなく、不動産仲介・管理・施工・リノベーション、さらにAIやIoTを活用したスマートビルディングなど、幅広いビジネスをワンセットで提供する傾向が強まっています。大手IT企業の建設業界参入や、不動産テック系スタートアップとの連携など、新たな枠組みが増える中で、建築設計企業も柔軟にM&Aや資本提携を行い、複合ビジネスモデルを構築することが求められます。
9. まとめ
建築設計業界では、国内需要の変化や海外大型案件の増加、技術革新(BIM、DXなど)の波を受けて、M&Aがここ数年で急速に活発化しています。
本記事でご紹介した事例だけでも、主に以下のような狙いが見えてきます。
- 海外の著名設計事務所を取り込むことによるグローバル展開力の強化
- 新規分野(ホテル、スタジアム、再開発など)への参入・事業多角化
- 民事再生や後継者問題など、経営危機に陥った事務所の買収による事業承継
- BIMやIT技術への大規模投資を可能にし、生産性を向上させるためのグループ化
- 不動産や施工会社との連携によるワンストップサービスの提供
一方で、M&Aには組織文化の統合や人材流出リスク、のれん償却リスクなどが伴います。特にクリエイティブな設計事務所では、大手企業の管理体制になじまないケースもあり、丁寧な統合プロセスが不可欠です。
今後は、SDGsやカーボンニュートラルをめぐる社会要請の高まり、大都市圏や海外での超大規模プロジェクト、そしてデジタル技術の本格普及といった要因がM&Aをさらに後押しすると考えられます。建築設計業界全体がイノベーションと競争力強化を図るためには、単なる企業の買収だけでなく、社員の意欲や専門性を活かす「組織文化の融合」が大きなカギを握るでしょう。
建築設計というクリエイティブ領域であっても、企業としての持続的な成長と社会的課題への対応を両立させるには、適切な資本戦略や提携戦略が欠かせない時代になっています。M&Aはあくまで一つの手段ですが、上手に活用することで企業価値と社会貢献を高められる事例が、今後も数多く生まれていくと期待されます。

株式会社M&A Do 代表取締役
M&Aシニアエキスパート・相続診断士
東京都昭島市出身。慶應義塾大学理工学部を卒業後、大手M&A仲介会社にて勤務し、その後独立。これまで製造業・工事業を中心に友好的なM&Aを支援。また父親が精密板金加工業、祖父が蕎麦屋、叔父が歯科クリニックを経営し、現在は父親の精密板金加工業にも社外取締役として従事。