- 1. はじめに
- 2. 飲食店業界の現状と特徴
- 3. M&Aの基本概念・定義
- 4. 飲食店業界のM&Aの動向と背景
- 5. 飲食店業界でM&Aが選択される主な理由
- 6. M&Aの準備とプロセス
- 7. 飲食店企業における買収側のメリット・デメリット
- 8. 飲食店企業における売却側のメリット・デメリット
- 9. バリュエーション(企業価値評価)のポイント
- 10. M&Aにおけるデューデリジェンス(DD)の重要性
- 11. 飲食店業界特有の法務・会計・税務上の留意点
- 12. M&A成立後のPMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)
- 13. 成功事例と失敗事例から学ぶポイント
- 14. 中小飲食店における事業承継とM&A
- 15. 外食企業の海外展開とクロスボーダーM&A
- 16. 今後の展望とまとめ
- 結び
1. はじめに
近年、日本の飲食店業界では、大手チェーンの拡大戦略や海外からの参入、コロナ禍を経た経営環境の変化など、さまざまな要因によって構造的な再編が進んでいます。その中で、**M&A(Merger and Acquisition:合併・買収)**は企業規模拡大や新規事業参入の手段として以前から存在していましたが、近年は特に注目度が高まっています。
飲食店業界は参入障壁が比較的低く、店舗数は多いものの競争が激化しやすい業界です。一方で、お客様との接点が多く、ブランド力やノウハウが重要な業種であるため、飲食店の買収や事業承継をM&Aのスキームで進める企業も増えています。本記事では、飲食店業界のM&Aに関する基礎的な知識から、実務上のポイント、成功事例や失敗事例なども交えながら詳しく解説していきます。
2. 飲食店業界の現状と特徴
2-1. 市場規模と競争環境
日本の飲食店市場は、長らく外食産業を中心として成長を続けてきました。ファミリーレストラン、ファストフード、居酒屋、カフェなど多種多様な業態が存在し、消費者の嗜好の変化や人口動態に応じて細分化が進んでいます。ただし、コロナ禍により売上が大幅に落ち込んだ時期もあり、業界全体としては生き残りをかけた競争が激化しているのが実情です。
2-2. 業態の多様化とブランド価値
飲食店ではブランド力が集客の成否を左右するため、ブランド確立が大きな課題となります。特に、競合他社との差別化、SNSなどを活用した集客力、メニュー開発力などが重要視されます。こうした背景から、拡大を急ぐ企業が強いブランドを持つ企業を買収してテコ入れし、スピーディに市場シェアを確保する動きが見られます。
2-3. 人材不足と人件費の高騰
飲食店業界では慢性的な人材不足が深刻化しており、アルバイトやパートの確保が難しくなっています。また、最低賃金引き上げや社会保険料の負担増などにより人件費も上昇しており、経営面に大きなプレッシャーとなっています。このような要因も、企業統合による規模の効率化や人材管理の最適化を求めてM&Aを検討する大きな理由の一つです。
2-4. IT活用とデジタル化
近年はデリバリーサービスやネット予約、キャッシュレス決済、POSデータ分析など、IT技術を活用した効率化や顧客体験向上が重要になっています。飲食店におけるデジタルトランスフォーメーション(DX)の波は、ITやSNSを駆使して集客や販売チャネルを拡大できる企業を有利にする一方、対応が遅れてしまった企業との格差を拡大しがちです。そうしたIT化を急ぐ企業にとって、既にノウハウを持った企業を買収するのは魅力的な選択肢と言えます。
3. M&Aの基本概念・定義
3-1. M&Aとは
M&Aとは「合併(Merger)」と「買収(Acquisition)」を総称した言葉で、企業が他社を統合・買収することで支配権や経営権を獲得し、経営戦略上のシナジーを得る手段です。狭義には株式取得による買収が主に想定されますが、事業譲渡や会社分割などもM&Aスキームに含まれる場合があります。
3-2. 合併と買収の違い
- 合併(Merger): 2つ以上の企業が一つの企業になること。存続会社に吸収される形の吸収合併と、新設会社を作る新設合併があります。
- 買収(Acquisition): ある企業が他企業の株式(あるいは事業)を取得して支配権を得ること。株式譲渡や第三者割当増資など、複数の手法があります。
飲食店業界では、一般的に合併よりも株式譲渡や事業譲渡などの買収形態が用いられるケースが多く見られます。
3-3. M&Aの目的
M&Aを行う目的は多岐にわたりますが、代表的なものとしては次のようなものがあります。
- 企業規模の拡大
- 新規事業・新市場への参入
- 経営資源の取得(ブランド、ノウハウ、人材、技術など)
- 競合の排除や市場シェアの獲得
- 後継者不在による事業承継問題の解決
飲食店業界では特に、ブランド力や店舗立地、人材リソースの獲得を目的とした買収が多い傾向があります。
4. 飲食店業界のM&Aの動向と背景
4-1. コロナ禍による変化
新型コロナウイルスの流行により、外食産業は大きな打撃を受けました。特に居酒屋や宴会需要を主力とする業態は来店客が激減し、多くの飲食店が閉店を余儀なくされました。その一方で、テイクアウトやデリバリーを強化し売上を伸ばした企業もあります。こうしたコロナ禍での明暗分かれる状況の中、経営基盤の脆弱な企業が大手のM&A対象として浮上し、再編が加速するケースが散見されます。
4-2. 低迷する売上からの回復と多角化
2023年以降は規制緩和や観光需要の回復などを追い風に、売上回復の兆しはあるものの、依然として業態や立地、経営手腕によって差が大きいです。そのため、多角化や別業態への進出を目指す企業が、すでにノウハウを持つ他社を買収しようとする動きも増えています。多角化戦略によってリスク分散を図るのは、経営の安定化に資すると考えられます。
4-3. 海外資本の日本市場への注目
海外の投資ファンドや外食大手企業が、日本の飲食店市場を注目している事例も少なくありません。特に、和食やラーメンといった日本食の人気は海外でも根強く、日本に本拠地を置くブランドを買収してグローバル展開を狙う動きもみられます。逆に、日本側が海外で実績を持つ企業をM&Aで取り込み、逆輸入的に国内で展開するケースも考えられます。
5. 飲食店業界でM&Aが選択される主な理由
5-1. 新規事業参入のスピードアップ
飲食店は出店コスト(店舗の内装・設備投資など)や人材確保など、0から参入するには大きな労力と時間がかかります。しかし、既存の店舗網やブランドをM&Aで取得することで、その時間とコストを削減しながらスピーディに事業拡大が可能となります。
5-2. ブランド力・ノウハウの獲得
飲食店はブランド力が命であり、またメニュー開発やサービス提供のノウハウが成功の鍵となります。これらをゼロから構築するよりも、すでに実績のあるブランドや運営ノウハウをまとめて買収して吸収する方が合理的な場合が多々あります。
5-3. 人材確保と組織力の強化
飲食店経営では優秀な店舗管理者やシェフ、マネージャー層の確保が難しいのが現実です。M&Aで獲得した企業には、既に教育が行き届いたスタッフや熟練の従業員がいます。その組織ごと取り込むことで、人材面の強化にもつながります。
5-4. 規模の拡大によるコスト削減と交渉力向上
多店舗展開を行うことで仕入れコストや広告宣伝費を削減しやすくなります。さらに、M&Aによって統合した企業は、共同で仕入れや広告を行うなど規模の経済を享受できます。特に飲食業界では食材の仕入れコストが大きな経営要因になるため、大きな購入ボリュームで交渉力を高められるのは強みです。
6. M&Aの準備とプロセス
6-1. 基本的な流れ
一般的なM&Aのプロセスは、以下のようなステップで進められます。
- M&A戦略の立案・方針決定
- 買収/売却先の候補探索
- ノンネームシート(概要情報)のやり取り
- トップ面談・意向表明書(LOI)締結
- デューデリジェンス(DD:詳細調査)
- 最終契約書の作成・締結
- クロージング(譲渡実行)
- PMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)
飲食店に特有の項目として、店舗の賃貸契約や保健所の許可など行政手続きが必要となる場合があるため、早めにチェックしておくことが大切です。
6-2. M&Aアドバイザーの役割
M&Aは複雑な手続きが多く、法務・会計・税務など専門的な知識や交渉力が必要です。そのため、多くの場合M&Aアドバイザーや仲介会社がサポートに入ります。アドバイザーは、対象会社の評価や候補企業探しのサポート、契約書類の作成や交渉支援などを行います。飲食業界に特化したM&A仲介会社やコンサルティングファームも存在しており、業界に精通したアドバイザーのサポートは非常に心強いものとなります。
6-3. スケジュール管理と秘密保持
M&Aにおいては通常、数カ月から1年以上の期間をかけて交渉や調査が進められます。その間、**秘密保持契約(NDA)**を結んで情報管理を徹底することが重要です。特に飲食店の場合、レシピや仕入れルート、顧客データなど秘匿性の高い情報も多いため、取り扱いには十分な注意が必要となります。
7. 飲食店企業における買収側のメリット・デメリット
7-1. メリット
- ブランドやノウハウの早期獲得
成功している店舗や人気業態を買収することで、時間をかけずにブランドやノウハウを得ることができます。 - 競争力の強化
競合他社を買収することで、市場シェアを高めて競争力を強化し、相乗効果(シナジー)を得られます。 - 多角化とリスク分散
新業態を取り込むことで収益源を増やし、経営の安定化を図ることができます。
7-2. デメリット
- 買収コストの高さ
人気ブランドや成長性のある企業は、買収金額が高騰する傾向があります。また、買収後の追加投資が必要になるケースもあります。 - 組織統合リスク
買収後、企業文化や経営方針の違いから従業員のモチベーションが低下し、離職率が上昇する可能性があります。 - 想定外の負債やリスクの引き継ぎ
デューデリジェンスで発見できなかった債務や法的リスクを買収後に負わなければならない場合もあり、十分な調査が必要です。
8. 飲食店企業における売却側のメリット・デメリット
8-1. メリット
- 事業承継問題の解決
後継者がいない場合、M&Aを通じて事業を譲渡することで従業員の雇用を維持し、ブランドを存続させることができます。 - オーナー経営者の資金化
長年築いてきた事業を売却することで、オーナー経営者がまとまった資金を得て、リタイアや別事業への投資に活用することができます。 - 大手グループのリソース活用
売却先が大手企業の場合、グループの仕入れネットワークやマーケティング力を利用して、事業をさらに成長させることが可能です。
8-2. デメリット
- 経営の独立性喪失
M&A後は買収側の意向に合わせた経営を行わなければなりません。 - ブランドイメージの変化
譲渡先のブランド戦略や方針によって、元々のブランドイメージが損なわれるリスクがあります。 - 売却価格や条件交渉の難しさ
適正な売却価格に合意できない場合や、譲渡後の報酬やロックアップ期間などの条件交渉が難航するケースがあります。
9. バリュエーション(企業価値評価)のポイント
9-1. 飲食店企業の評価方法
M&Aにおいては、売却側と買収側の間で「企業価値」がどれほどかを試算し、交渉で最終的な譲渡価格を決定します。代表的な評価方法としては、以下があります。
- DCF(ディスカウンテッド・キャッシュ・フロー)法
将来のキャッシュフローを割り引いた現在価値の合計で企業価値を算定する方法。 - 類似会社比較法
同業種の上場企業や類似する取引事例と比較して企業価値を試算する方法。 - 純資産法
貸借対照表上の純資産をベースに、時価ベースで修正して企業価値を見積もる方法。
飲食店業界では、店舗単位やブランド単位での収益力を重視することが多いため、事業譲渡の形をとる場合は店舗ごとの売上・利益・立地評価なども詳細に考慮されます。
9-2. 飲食店特有の評価ポイント
- 立地条件と家賃契約
飲食店の収益性は立地に大きく左右されるため、賃貸契約の条件や残存期間、更新リスクなどを考慮します。 - メニュー開発力・オペレーションノウハウ
特定のシェフや開発担当の存在が企業価値に直結する場合、人的資本の評価も含める必要があります。 - ブランド価値とリピーター顧客
SNSのフォロワー数や口コミ評価、リピート率などから、ブランド力を定量・定性の両面で評価します。 - システムやDX対応状況
デリバリーやテイクアウトなど、ニューノーマルに適応したビジネスモデルの評価ポイントが増えつつあります。
10. M&Aにおけるデューデリジェンス(DD)の重要性
10-1. DDの概要
デューデリジェンス(Due Diligence)は、対象企業の経営内容・法務・財務・税務などを包括的に調査することを指します。飲食店業界ならではのポイントとして、店舗ごとの収益構造や衛生管理状況、アルバイトの社会保険対応なども確認すべき重要項目に含まれます。
10-2. 飲食店特有の調査項目
- 法規制の遵守状況
食品衛生法や労働基準法などの遵守状況。特に深夜営業や営業時間に伴う許可の確認。 - 店舗設備や内装の状態
厨房機器の老朽化や修繕費の見込みが大きく収益に影響する場合があります。 - 在庫・仕入れルートの確認
鮮度が命となる食材の仕入れ管理や賞味期限の取り扱いなど、オペレーションの実態を正確に把握する必要があります。 - 従業員の雇用形態・労務管理
アルバイト比率や社会保険加入率、給与計算の適正性など、人件費の見通しに直結する項目をチェックします。
10-3. DDでのリスク発見と対策
DDを徹底することで、買収後に想定外のトラブルや負債を抱え込むリスクを最小化できます。もしDDの過程で大きなリスクが発見された場合は、買収価格の再交渉や表明保証条項での担保、最悪の場合は取引中止も検討しなければなりません。
11. 飲食店業界特有の法務・会計・税務上の留意点
11-1. 飲食店営業許可などの行政手続き
飲食店を営業するには、各自治体の保健所から飲食店営業許可を得る必要があります。M&Aで株式譲渡を行う場合、許可の名義が変わるか否か、必要書類や申請手続きを確認することが大切です。事業譲渡の場合は新規申請が必要になるケースもあるため、契約締結前の確認が欠かせません。
11-2. 労働契約の引き継ぎ
飲食店ではアルバイトやパートが多数を占めることが多いですが、株式譲渡の場合、従業員の労働契約は原則としてそのまま引き継がれます。一方、事業譲渡の場合は従業員との再契約が必要になる場合があるため、手続きや労使トラブル防止の観点で注意が必要です。
11-3. 会計処理と在庫評価
飲食店では食材の回転が早いため、在庫の評価方法(先入先出法や平均法など)は大きな影響を与えにくい場合が多いですが、大規模なセントラルキッチンを持つ企業などは在庫管理が複雑化している可能性があります。会計上の棚卸資産評価を正しく把握することで、M&A後の損益計画に齟齬が生じないよう注意しましょう。
11-4. 消費税・酒税などの特例
飲食店では酒類販売免許の有無や、料理提供のみか飲酒提供も行うかによって税務上の扱いが変わることがあります。特に居酒屋やバーなどの買収であれば、酒税法に関する確認が欠かせません。また、消費税の簡易課税制度を利用している場合もあり、M&Aスキームによっては制度適用が継続できるかどうかを専門家とともに検討する必要があります。
12. M&A成立後のPMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)
12-1. PMIの重要性
PMI(Post Merger Integration)とは、M&A成立後に買収先企業と統合を図り、シナジーを実現するための一連の取り組みを指します。M&Aは成立がゴールではなく、統合効果を最大化するための施策が極めて重要です。飲食店業界の場合、店舗オペレーションの標準化や経営管理システムの統合、メニュー開発体制の共有などが必要となります。
12-2. 組織文化の融合
飲食店はサービス産業であり、人が大きな価値を生み出します。そのため、買収側と被買収側の企業文化や働き方が合わないと、従業員のモチベーション低下や離職につながりやすいです。PMIではコミュニケーションを密にし、統合方針を明確化することで組織文化の違いを乗り越える工夫が求められます。
12-3. ブランド戦略とメニュー統合
飲食店の統合では、複数ブランドをそのまま並行して展開するのか、統一ブランドに集約するのか、といった戦略的判断が必要です。また、メニュー統合によるコスト削減やシナジーを狙う一方で、過度な画一化によって顧客のブランドロイヤルティを損ねないよう配慮する必要があります。
12-4. システム統合とデータ分析
POSシステムや予約管理システムなど、店舗運営を支えるシステムの統合は避けて通れません。それぞれが使い慣れたシステムを連携させるにあたり、既存データの移行や従業員教育も含めた計画が必要です。統合されたシステムによって得られるデータを分析し、仕入れや在庫管理、顧客満足度向上に生かすことが、M&Aの成果を加速させる鍵となります。
13. 成功事例と失敗事例から学ぶポイント
13-1. 成功事例:有名ブランドの買収による多角化
大手外食チェーンが、若者に人気のカフェチェーンを買収した事例などが挙げられます。買収後は、大手グループの仕入れコスト削減ノウハウを生かして原価率を下げつつ、買収先のブランド戦略は維持することで、既存顧客を失うことなく収益拡大に成功しました。また、グループ内の異なる業態とのコラボ企画により、新規顧客の獲得にもつながり、多角化によるリスク分散にも寄与しています。
13-2. 失敗事例:文化の融合不足
一方で、買収元と被買収先の組織文化や経営スタイルがあまりにも異なり、統合がうまくいかなかった事例もあります。大手が人気の小規模居酒屋チェーンを買収した際、メニューの標準化やコスト管理を徹底しすぎた結果、居酒屋チェーン特有の地域密着型の柔軟な経営が失われ、顧客離れと従業員離職が相次ぎました。M&A後の運営方針のすり合わせや、ブランドの特長をどの程度尊重するかといった統合プロセスが不十分だったことが原因とされています。
14. 中小飲食店における事業承継とM&A
14-1. 中小飲食店の現状
日本の飲食店の多くは中小規模であり、オーナー経営者が一代で築き上げた店舗やブランドが大半を占めています。しかし、近年は少子高齢化や後継者不足により、事業承継が困難となるケースが増えています。そうした場合にM&Aを活用して、老舗の味や技術を次世代へ引き継ごうとする動きが活発化しています。
14-2. 中小企業M&Aならではのポイント
- 経営者の個人保証や借入
中小飲食店では経営者自身が借入の連帯保証人となっていることが多く、M&Aの際に個人保証の扱いをどうするかが問題になります。 - 顧客との信頼関係
地域密着型店舗では、常連客や地元との繋がりが大きな強みとなるため、買収後の経営スタイルを大きく変えすぎるとブランド価値が損なわれるリスクがあります。 - 経営者自身の意向
長年のこだわりや使命感が強い場合、売却後も現場に関わる形を望む経営者も少なくありません。ロイヤリティをどう設定するか、買収先企業との役割分担をどうするかといった点を交渉する必要があります。
14-3. 事業承継型M&Aのメリット
- 従業員の雇用維持
オーナー経営者の引退によって従業員が路頭に迷う事態を回避できます。 - ブランドや技術の継承
地域に根付いた味や技術を大手の仕組みで守ることができ、より多くの人に知ってもらうチャンスが広がります。 - 後継者不在問題の解決
親族内承継が難しくても、第三者が企業を引き継ぐことで事業を存続させられます。
15. 外食企業の海外展開とクロスボーダーM&A
15-1. 日本食人気の高まり
海外では寿司やラーメンといった日本食の人気が高く、特にアジアや北米、ヨーロッパ市場での出店数が増加しています。現地のパートナー企業をM&Aによって買収し、既存の店舗ネットワークや人脈、ノウハウを活用して海外進出を加速させるケースも多く見られます。
15-2. クロスボーダーM&Aの課題
海外企業とのM&Aは、言語や文化、商習慣の違いに加え、法規制や税制の違いも大きなハードルとなります。日本本社からの管理体制や意思決定スピード、ローカルスタッフの確保など、PMIのプロセスが国内M&A以上に複雑化する傾向があります。
15-3. グローバル展開の成否を分けるポイント
- 現地市場への適応力
メニューのローカライズやマーケティング手法の現地対応が不可欠。 - 現地パートナーとの信頼関係
チェーン展開には現地パートナーの協力が欠かせないため、相互利益を重視した契約が重要です。 - グローバル人材の育成
海外店舗をマネジメントできる人材の育成や駐在員の派遣、現地リーダーの発掘など長期的な視点が必要となります。
16. 今後の展望とまとめ
16-1. アフターコロナの飲食店再編
コロナ禍を経て急速に進んだデリバリー・テイクアウト需要は、消費者のライフスタイルの変化を定着させました。さらに、リモートワークや時短営業など、過去の常識が通用しなくなった面があります。このような変化に対応できる企業と対応が遅れる企業の差は広がりやすく、M&Aを通じて再編が進むトレンドは続くと予想されます。
16-2. 飲食業界の成長機会と課題
- 成長機会
- インバウンド需要の回復
- 健康志向やサステナビリティを重視した新コンセプトの台頭
- 地域創生や地方創客を狙った地方店舗の魅力化
- 課題
- 慢性的な人材不足と人件費高騰
- 食材コスト増や為替リスク
- デジタル技術やAI活用への投資負担
16-3. M&Aの意義と今後のポイント
飲食店業界ではM&Aが一時的なブームではなく、事業戦略の一環として定着しつつあります。今後はブランド統合や多角化、海外展開など、企業の成長戦略としてM&Aが活用される一方で、後継者不足の中小店の事業承継手段としても一層重要性を増すでしょう。以下の点が、今後の飲食業界M&Aにおいて重要になると考えられます。
- ブランド価値の最大化
M&Aで獲得したブランドやノウハウを活かし、顧客ロイヤルティを高める戦略が不可欠です。 - 人材面の統合と育成
買収後の従業員との信頼関係構築や教育体制の拡充により、サービス品質とブランド価値の向上を図ることが重要です。 - IT化・DX推進
M&Aによりシステムを統合し、店舗データの活用や顧客分析に力を入れることで、変化の激しい外食市場をリードできる企業体質を築くことが求められます。 - 海外展開と国際競争力
国内市場の伸び悩みを補完するため、海外ブランドの買収や日本企業の海外進出が加速する可能性があり、クロスボーダーM&Aのノウハウがますます重要になります。
結び
飲食店業界におけるM&Aは、単なる経営資源の再配分手段にとどまらず、新たな事業機会を切り拓くための有力な戦略として位置づけられています。競争の激化や消費者ニーズの多様化が進むなかで、ブランド力の獲得や多角化戦略の実行、海外展開など多面的な目的を追求する企業が増加しています。また、中小飲食店にとっても後継者問題の解決策としてM&Aは有効であり、老舗の味や地域に根付いたブランドを未来へと繋ぐ手段としても期待されています。
一方で、M&AにはデューデリジェンスやPMIなどの手続きが不可欠であり、専門家のサポートを得ながら慎重に進めなければ、せっかくのシナジーが失われたり、不測のリスクを抱え込む可能性があります。特に飲食店においては、人やブランドが価値の源泉であるため、**「組織文化の融合」「顧客ロイヤルティの保持」「人材育成と定着」**といったソフト面の統合が成功のカギを握ります。
今後も、国内外を問わず飲食店業界の市場環境は変化を続けていくでしょう。そうした中で、M&Aがもたらす成長機会とリスクを正しく見極め、適切に活用することで、企業の新たなステージを切り開いていくことが可能となります。経営者や投資家、実務担当者の皆さまが本記事を参考にし、飲食店業界におけるM&Aの可能性をより深く理解し、最適な意思決定を行う一助となれば幸いです。
株式会社M&A Do 代表取締役
M&Aシニアエキスパート・相続診断士
東京都昭島市出身。慶應義塾大学理工学部を卒業後、大手M&A仲介会社にて勤務し、その後独立。これまで製造業・工事業を中心に友好的なM&Aを支援。また父親が精密板金加工業、祖父が蕎麦屋、叔父が歯科クリニックを経営し、現在は父親の精密板金加工業にも社外取締役として従事。