- はじめに
- 第1章:食品業界M&Aの背景・トレンド
- 第2章:食品業界M&Aのメリット・デメリット
- 第3章:実際のM&A事例の総覧
- 3.1 三井物産と機能性食品素材メーカーの譲渡
- 3.2 アイスクリーム製造子会社の譲渡
- 3.3 宅配水フランチャイズ加盟店の子会社化
- 3.4 化粧品・健康食品開発企業の買収
- 3.5 米国Aadi Subsidiaryの子会社化
- 3.6 春巻きの皮の製造で知られる富強食品の買収
- 3.7 ホシザキによるベトナム産業用冷蔵設備メーカーARICOの買収
- 3.8 オーイズミ、妙高酒造をコンサルティング会社に譲渡
- 3.9 TOPPANホールディングスによる米SONOCOからの包装事業買収
- 3.10 yutoriによる化粧品ブランド「minum」事業取得
- 3.11 日本ハムの米国加工品事業拡大
- 3.12 ドラッグストアでの食品販売強化に動くクスリのアオキ
- 3.13 TOPPANによる海外包装事業のさらなる買収
- 3.14 クスリのアオキによるウッドペッカーのホームセンター事業取得
- 3.15 イオンによる西友店舗の取得やいなげや買収
- 第4章:食品業界M&Aにおける主な目的別の特徴
- 第5章:事例に見るM&A後のポイント
- 第6章:中小企業におけるM&Aの流れ
- 第7章:食品業界M&Aの今後の方向性
- 第8章:食品業界M&Aの留意点とアドバイス
- 第9章:事例からみる食品業界M&A成功の秘訣
- 第10章:まとめと展望
はじめに
近年、日本国内のみならずグローバル規模において、食品業界でのM&A(企業の合併・買収)事例が増加しております。食の安全保障、消費者の健康志向の高まり、企業の海外進出、新規市場の開拓など、さまざまな要因が複合的に作用し、企業再編や連携の動きが活発化しているのです。本記事では、「食品業界のM&A」をテーマに、実際に発表された事例を参考にしながら、その背景と特徴、メリット・デメリット、今後の展望について解説してまいります。ですます調でまとめましたので、最後までご覧いただけますと幸いです。
なお、記事の性質上、記載した事例はすべて「合併」「買収」「株式譲渡」「TOB(株式公開買付)」など広義のM&Aに該当するものです。事業譲渡や会社分割、合弁事業の解消・再編といった取引も含まれております。食品産業の広がりを感じていただくとともに、その多様な姿に注目していただければと思います。
第1章:食品業界M&Aの背景・トレンド
1.1 競争環境の激化と市場の縮小
国内の食品業界は、少子高齢化や人口減少が進む中、消費市場の先細りが懸念されております。従来のやり方だけでは安定した成長を見込むことは難しく、企業は積極的にM&Aを通じて新規分野を取り込んだり、相乗効果(シナジー)を狙って事業領域を拡大する動きを見せているのです。大手食品メーカー同士の再編や、異業種との連携による他領域参入が典型的です。これには、中長期的な成長を目指す上での「経営資源の選択と集中」の必要性が絡んでいます。
1.2 新規顧客層の開拓・海外進出需要
国内以外のアジア圏をはじめとした海外需要も無視できません。特に東南アジアや北米市場では、「日本食」「日本ブランド」に強い信頼があり、日本の大手食品企業は現地企業を買収して生産・販売体制を確立する動きが強まっております。逆に、海外企業から日本企業への買収提案がある場合もあり、グローバル市場でのM&Aはますます活性化しています。
1.3 事業継承問題と地方企業の課題
国内に目を移すと、地方の中小食品メーカー・卸売業者・小売業者では、経営者の高齢化や後継者不在といった事業承継問題が顕在化しています。そこで「M&Aを通じて地域企業を存続させる」という選択肢が広がり、地域の老舗食品会社を大手が買収・子会社化する事例が増えています。この点は地方創生の観点から見ても注目される分野です。
1.4 原材料・物流コストの高騰と収益安定化ニーズ
原材料費、物流コスト、人件費などの上昇は、食品産業全体に負荷をかけています。スケールメリットの追求や、供給網の統合によるコスト削減が急務とされるなか、M&Aによって複数企業が一体化し、大量仕入れや物流ルートの統合によりコスト効率を高める動きが増えています。
第2章:食品業界M&Aのメリット・デメリット
2.1 メリット
- シナジー効果の創出
企業同士の技術力やブランド力を組み合わせることで、新商品の開発や市場シェアの拡大を狙えます。例えば原材料調達を一元化し、製造コストを削減したり、販路を拡げて売上拡大につなげるケースが代表的です。 - グローバル展開の加速
単独で海外進出するには、現地の法規制や取引慣行などハードルが高い場合がありますが、現地企業を買収・連携することで迅速な展開が可能になります。 - 事業基盤・経営資源の相互補完
加工・製造工程を得意とする企業と、販売チャネルやブランド力に強みを持つ企業が手を組むことで、お互いの弱点をカバーしやすくなります。 - 多角化によるリスク分散
市場変動リスクの高い単一業態からの脱却。新たな分野への参入でポートフォリオを複数化することで、収益の安定を図れます。 - 人材・技術の確保
食の安全や食品品質管理に関わる専門家など、即戦力になる人材やノウハウをM&Aによって獲得できる点は大きな魅力です。
2.2 デメリット・リスク
- 企業文化の違いによる統合リスク
製造工程や品質管理基準、組織風土が異なる企業を統合すると、当初の想定通りにシナジーが発揮されないケースがあります。 - 買収金額の大きさ
大手企業同士のM&Aは何百億円以上の投資が必要となり、その回収期間や資金負担が大きな経営リスクとなります。 - ブランドイメージの低下
飲食・食品業界はブランドが何よりも重視される場面が多いです。買収側の企業イメージが悪かったり、アフターサポートや品質管理が低下すると、ブランド価値が毀損する可能性があります。 - 法規制・コンプライアンス
食品安全に関する規制は国によって異なり、海外企業とのM&Aではさまざまな法規制の確認・承認が必要です。また競争法上の問題にも注意を払わねばなりません。 - 社員・利害関係者との摩擦
組織改編やリストラの可能性があると、従業員のモチベーション低下や地域社会との軋轢を生む懸念も存在します。
第3章:実際のM&A事例の総覧
ここから先は、本記事のためにピックアップした多数の事例をもとに、具体的な案件の内容をかいつまんでまとめながら、食品業界M&Aがどのように進んでいるかを概観してまいります。もちろん、すべてに詳細を深堀りすると膨大な量になってしまいますので、記事全体の流れを優先しつつ、注目ポイントや背景を交えてご紹介いたします。
3.1 三井物産と機能性食品素材メーカーの譲渡
- 事例概要
三井物産は、機能性食品素材メーカーの物産フードサイエンスをポラリス・キャピタル・グループへ譲渡する予定であると発表しました。再編の背景には、事業ポートフォリオ再構築があり、三井物産は中核事業に集中するため、糖アルコールなどを扱う素材メーカーの放出を判断したものとみられます。 - 注目ポイント
物産フードサイエンスは、糖アルコールを中心に医薬・化学品素材も扱う企業です。50年を超える歴史を持ち、安定供給技術を評価されています。ポラリス・キャピタル・グループの投資により、独立後にさらなる事業展開を加速すると考えられています。 - 考えられるシナジー・意義
投資ファンドの傘下に入ることで、よりアグレッシブな投資や海外販路開拓などが見込める可能性があり、M&A後のスピード経営が期待されます。
3.2 アイスクリーム製造子会社の譲渡
- 事例概要
オーウイルは、アイスクリーム製造子会社であるサンオーネストを三幸食品に譲渡することを発表しました。譲渡価額は1億7500万円と公表されています。企業としては選択と集中を進める動きが背景にあるようです。 - 注目ポイント
サンオーネストはデザート系の製造販売で実績を積んでいましたが、成長には提携企業や専門プレイヤーとの連携が不可欠と判断し、三幸食品への譲渡に至ったとされます。 - 考えられるシナジー・意義
三幸食品は食品製造で複数のラインを持っており、アイスクリーム分野の拡充を狙っていると考えられます。これにより、デザート部門が強化され、高付加価値商品の企画・開発が期待されます。
3.3 宅配水フランチャイズ加盟店の子会社化
- 事例概要
ナックは、宅配水「クリクラ」の加盟店であるコンビボックスを買収しました。福島や岩手県で宅配水を展開し、製造プラントを2基保有しています。未上場企業で取得額は非公表ですが、現在赤字であることが発表時に記載されていました。 - 考えられるシナジー・意義
クリクラの加盟店を自社の直営子会社とすることで、宅配水事業をグループ内に集約し、コスト削減やサービス品質向上につなげる狙いがあります。
3.4 化粧品・健康食品開発企業の買収
- 事例概要
ウェルディッシュ(旧石垣食品)は、化粧品・健康食品の開発に強みをもつハーバーリンクスホールディングスを子会社化すると発表しました。同社が主力ECサイトで販売しているコスメが好評であり、新規事業の育成に力を入れるウェルディッシュの戦略と合致したとのことです。 - 注目ポイント
ハーバーリンクスホールディングスは2015年設立。自社ECでスキンケア系商品の販売を手がけています。取得価額はまだ未確定とのことですが、EC事業のノウハウが魅力とみられます。 - 意義
ウェルディッシュは飲料や珍味などの従来事業が低迷しており、一方で化粧品・健康食品領域への本格参入を図ってきました。今回の買収は新規分野強化の一環として位置づけられており、今後の事業多角化に大きく寄与しそうです。
3.5 米国Aadi Subsidiaryの子会社化
- 事例概要
科研製薬は米国の医薬品開発企業Aadi Subsidiary, Inc.を買収し子会社化すると発表しました。希少疾病用医薬品「FYARRO」に関する事業を獲得することで、米国事業の拡大を狙っています。取得価額約156億円と大きな金額ですが、ナスダック市場に上場しているAadi Bioscienceグループの希少疾患領域を吸収しようとしています。 - 意義
食品業界の事例とはやや趣が異なりますが、日本企業による海外医薬品企業M&Aも「ヘルスケア・バイオ分野」を広義の「フードテック」「健康食品事業」などにつなげる動きとも捉えられます。今後、希少疾患や難治性疾患の研究開発を促進しつつ、食品・栄養学の領域との連携も検討される可能性があります。
3.6 春巻きの皮の製造で知られる富強食品の買収
- 事例概要
ヨシムラ・フード・ホールディングスは、中華料理用食材を製造する富強食品(千葉県野田市)の全株式を取得しました。ヨシムラが食品製造分野の中小企業30社近くを傘下に置くなかでの新たなグループ入り事例です。 - 注目ポイント
富強食品は春巻きの皮で高級店やホテル、高級スーパーに販路を持ち、コロナ禍でも比較的需要が根強い企業といえます。買収金額は非公表。 - 考えられるシナジー
既存のグループ企業同士で原材料や流通ルートを共有することで経営効率を高める狙いがあります。ヨシムラの強みである経営支援を活用することで、同社の成長を加速できる見通しです。
3.7 ホシザキによるベトナム産業用冷蔵設備メーカーARICOの買収
- 事例概要
ホシザキはベトナムの産業用冷蔵・食品加工設備メーカーASIA REFRIGERATION INDUSTRY JOINT STOCK COMPANY(ARICO)を子会社化すると発表しました。51%株式を取得し約13億4600万円規模の投資です。 - 注目ポイント
ベトナムや東南アジア市場での成長を見越し、製造拠点を現地に整備してコスト競争力を高める狙いがあります。ARICOのノウハウを活かし、ホシザキブランドの業務用冷蔵庫生産を始める予定です。
3.8 オーイズミ、妙高酒造をコンサルティング会社に譲渡
- 事例概要
パチスロ関連で知られるオーイズミは多角化の一環として取得していた日本酒メーカーの妙高酒造をTACTホールディングスに譲渡。食品・EC事業の再編成の一環とされています。 - 注目ポイント
2009年に妙高酒造を子会社化し経営立て直しを試みたものの、本業とのシナジーが思ったほど得られず、他社へ譲渡することで事業整理を行った事例のひとつといえます。
3.9 TOPPANホールディングスによる米SONOCOからの包装事業買収
- 事例概要
TOPPANホールディングスは米大手SONOCO PRODUCTS COMPANYから軟包装事業と熱成形容器事業を取得予定と発表しました。取得価額約2710億円という巨額の案件です。サステナブル包装事業の海外展開を強化する狙いがあります。 - 注目ポイント
環境に配慮した包装需要が世界的に急増しており、大手印刷会社であるTOPPANが環境対応の包装材をグローバルに拡充する動きです。食品向けの蓋材や複合ラミネーション、トレーなど幅広く取り扱うことで食品業界の包装需要を取り込む意図があります。
3.10 yutoriによる化粧品ブランド「minum」事業取得
- 事例概要
yutoriは、健康食品・化粧品販売を手がけるi.Dから、化粧品ブランド「minum」を取得。リップやチーク、アイライナーなどのカラーコスメをドラッグストアに卸していたものを、yutori主体に切り替えることでブランド成長を加速させる狙いです。 - 食品業界との関連
化粧品の例ですが、健康食品・化粧品事業者やドラッグストア関連事業が食品販売と密接に絡む場面が増えてきたというトレンドの象徴といえるでしょう。
3.11 日本ハムの米国加工品事業拡大
- 事例概要
日本ハムは米国で鶏肉加工品を製造・販売するLJD Holdingsグループ3社(売上合計94億円程度)を取得すると発表しました。冷凍食品需要を背景に、新たな製造拠点を確保することが急務とされていた模様です。 - 狙い
米国における加工食品事業を拡大し、日本市場が人口減少で今後伸び悩む可能性を考慮して海外事業の比重を高める計画です。
3.12 ドラッグストアでの食品販売強化に動くクスリのアオキ
ここからは、クスリのアオキホールディングスが相次いで食品スーパーの買収や店舗取得を行っている事例群をまとめます。ドラッグストアの食品コーナー拡充は昨今顕著な動きです。
- ハッピーテラダ買収
滋賀県・京都府で食品スーパーを運営するハッピーテラダを子会社化。青果・鮮魚など生鮮3品の取り扱いに強みがあるため、ドラッグストア内での生鮮販売を補完する狙いです。 - スーパーヨシムラ、ハッスル買収
奈良県・和歌山県に食品スーパーを展開する両社を子会社化。人口密度のやや低いエリアにも広範に出店し、ドラッグストアの食品販売をさらに強化します。 - 伏見屋グループ店舗取得
東北・関東でスーパーマーケット46店舗を取得。これによりクスリのアオキが運営する食品スーパーは一気に60店舗を超える規模となり、食品スーパー事業でも有力プレイヤーへ変貌を遂げつつあります。 - 食品スーパーのスーパーマーケット事業取得
静岡県富士宮市の店舗、香川県「ムーミー」から7店舗、千葉県の「木村屋」4店舗など、短期間で連続的にM&Aを実行しています。
このように、ドラッグストア業界が食品スーパーを連続買収するのは、消費者の「ワンストップショッピング」志向が背景にあります。調剤薬局、医薬品、化粧品、日用品に加え、生鮮食品や総菜を一度に購入できる多機能型の店舗モデルを広げる方針といえるでしょう。
3.13 TOPPANによる海外包装事業のさらなる買収
- 事例概要
TOPPANホールディングスは米SONOCOの軟包装・熱成形容器事業を取得予定であると前項で触れましたが、過去にも欧米やインドなどの包装材料会社を買収してきており、今後チェコにも工場を稼働させる予定です。サステナブル包装への世界的需要の高まりを追い風に積極拡大中です。
3.14 クスリのアオキによるウッドペッカーのホームセンター事業取得
食品スーパーのみならず、クスリのアオキホールディングスはホームセンター事業の取得も表明しており、さらに多機能型店舗を推し進めています。
3.15 イオンによる西友店舗の取得やいなげや買収
総合スーパー・食品スーパーの最大手イオングループも、首都圏を中心に食品スーパーを展開するいなげやをTOBで子会社化する計画を打ち出し、傘下のユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングス(USMH)と統合し1兆円規模の食品スーパー網を形成しようとしている動きが最新トピックとして話題です。
第4章:食品業界M&Aにおける主な目的別の特徴
4.1 新技術の獲得・ブランド力の強化
コーヒーなどの飲料製造技術、調味料の特許技術、地域の老舗ブランドなどを獲得するM&Aが多くみられます。日本食ブームを世界へ広げる流れもあり、欧米企業が日本の老舗醸造会社を買収するケースなどもあります。
4.2 販路・流通網の拡充
流通・物流の要が膨大な設備投資を要する分野であるため、M&Aを通じて効率化やコスト削減を狙う動きがますます進んでいます。ドラッグストアと食品スーパーの買収事例では、ドラッグストア側の流通網を活用して生鮮食品を扱い、食料品売り場を大幅に拡充する狙いがわかりやすい例です。
4.3 地域市場の独占・シェア拡大
北陸・東北・九州など特定エリアで老舗の食品企業や食品スーパーを買収して、地域シェアを高めるパターンも増加しています。地方は人口減少で将来的な総需要が減ることが確実視されるため、地域トップ企業による業界再編が相次いでいます。
4.4 海外事業の足がかり
東南アジアを中心に合弁や買収を進める事例が急増しており、中華圏やベトナムでの現地工場取得、米国での冷凍食品や鶏肉加工品事業の買収が顕著です。グローバル需要に対応し、高成長エリアでのシェア獲得を目指すのが大きな目的です。
4.5 事業承継・事業再生
オーナー企業や創業家が後継者難に直面し、親和性の高い大手食品メーカーに株式を譲渡するケースが後を絶ちません。業績が低迷する中小食品企業をファンドが再生支援するような構造も典型です。
第5章:事例に見るM&A後のポイント
- オペレーション統合の難しさ
食品業界は製造ラインの衛生管理・品質管理が非常に厳格です。買収企業からすると、買収先の工場設備・衛生基準を自社水準に合わせる必要があるため、初期投資コストや人員育成が欠かせません。海外企業の買収ではさらに各国の規制や労務管理が加わります。 - ブランドの扱い
老舗企業を買収した場合、そのブランド価値をどう維持・向上するかが重要です。下手に統合ブランドを押し付けると既存顧客が離れてしまうリスクがあるため、ブランドの個性を尊重したグループ戦略が必要です。 - 物流システムの整備
生鮮食品や冷凍食品を扱う場合、保管温度や配送のタイミングがシビアです。M&A後はグループ全体の物流網・コールドチェーンをどう効率化するかが、コスト削減と品質保持に直結します。 - 社内カルチャーの融合
M&Aに伴う社名変更や幹部人事の見直し、ガバナンス変更が行われると、旧来社員のモチベーションや離職率に影響が出ることがあります。事前のコミュニケーションやアフターサポートが不可欠です。 - 財務リスク
買収による有利子負債の増大やのれん償却リスクなどで、一定期間は利益が圧迫される可能性があります。買収金額やキャッシュフロー計画を的確に立て、安定的な事業運営を図る必要があります。
第6章:中小企業におけるM&Aの流れ
食品業界の再編で増えているのが、中小企業に対する買収です。以下、一般的な流れを整理します。
- M&Aアドバイザー、仲介会社との接触
中小企業は自力で買収先、売却先を探すのが困難なため、M&Aブティックや金融機関等に相談します。 - 企業価値評価
財務諸表や将来の事業計画、顧客構成などをもとに企業価値を算出します。食品企業では衛生管理レベルや生産能力も考慮されます。 - 買収候補・売却候補とのマッチング
業種特化型プラットフォームなどを通じて、買手企業と売手企業が相互に条件を提示します。 - デューデリジェンス
経営、財務、法務、知財、IT、環境など多角的調査が行われ、食品の場合は特に品質管理体制や原材料の安全性なども重要視されます。 - 契約締結・クロージング
アドバイザリー費用等も含め最終合意がまとまり、株式譲渡や事業譲渡の手続きを完了します。株式交換やTOBの場合は市場動向やスケジュール調整に留意が必要です。 - PMI(Post Merger Integration)
統合後の組織・ブランド・システム面など課題解決に向けて実務が走ります。食品企業の場合は工場・店舗・物流統合が焦点となるケースが多いでしょう。
第7章:食品業界M&Aの今後の方向性
7.1 異業種参入・ドラッグストア連合の拡大
先述のようにドラッグストアは調剤薬局だけでなく食品・日用品など「地域生活の総合拠点」を志向しており、企業間のM&Aがまだまだ続くと予想されます。また、調剤薬局との連携や病院内コンビニなど、新たな販売チャネルの形態も生まれています。
7.2 AI・IoT技術との結合
フードテックやアグリテック領域での技術革新が活性化しており、ICT系ベンチャーとの提携や買収を通じ、リモートモニタリングの導入やスマート工場化を進める例が増えています。これによって生産効率向上やフードロス削減に取り組む姿が各所で見られます。
7.3 ESG・サステナビリティ志向
食品・飲料の製造工程や包装材などの環境負荷削減が大きな社会的要請となり、再生可能エネルギー利用やリサイクル対応を強化する企業の評価が高まります。包装材メーカーや物流企業など関連事業者の買収を通じてサプライチェーン全体の環境対応を進める動きも加速していくでしょう。
7.4 海外需要の取り込み
国内市場が縮小傾向にある一方、世界人口は引き続き増加しており、アジア・アフリカ地域での食需要が拡大しています。大手企業がこうした新興国の食文化やニーズに合わせた製品開発を現地企業とのM&Aで行い、急速に事業を伸ばす可能性があります。
7.5 機能性表示食品・健康食品の拡大
健康志向の高まりは、機能性表示食品やサプリ市場を一段と拡大させています。従来の医薬品メーカーが健康食品ブランドを買収するケース、あるいは化粧品企業がサプリメント企業を買収するケースなど、ヘルスケア領域での垣根が低下していることが特徴です。
第8章:食品業界M&Aの留意点とアドバイス
- 市場調査・事前交渉を十分に
食品市場の地域特性や流通のクセはさまざまです。買収先の主要顧客や競合状況、流通チャネルなどを十分に把握しましょう。 - PMIにおける情報共有と教育
買収先の工場スタッフや店舗スタッフに対する綿密な研修を実施し、新しいシステムやルールを浸透させる必要があります。特に食品衛生面の教育は重要です。 - ブランド・社名変更の慎重対応
長く地元で親しまれてきた老舗の社名変更やブランドのリニューアルは地域社会から反発を受ける場合もあります。慎重なコミュニケーションとステップを踏むことが大切です。 - CSR・地域貢献の強化
食品企業は地元農家や食品素材供給会社とのつながりが深く、買収や合併後に地元との協力関係をいかに維持し貢献できるかが成否のカギとなるケースが多々あります。 - 従業員の雇用確保
人手不足が顕在化している時代だからこそ、買収先の従業員をどう取り込み、モチベーションを高めるかが事業継続において重要です。
第9章:事例からみる食品業界M&A成功の秘訣
- 明確な戦略的意図
成功事例では「海外市場開拓」「周辺事業とのシナジー創出」など明確なゴール設定がされており、買収後の計画を緻密に策定しています。 - PMIの徹底
統合後の実務を担当するチームを早期に編成し、工場・物流拠点の対応方法を具体化。システム統合や人事制度統合、ブランド管理、取引先との交渉などを整理・実行することで混乱を防ぎます。 - 経営者・創業家との信頼関係
特に地方や老舗企業の場合、創業家や地域社会からの信頼獲得が不可欠です。買い手企業が「企業価値の向上」や「地域貢献」をともに目指す姿勢を明確に示すことで円滑な統合につながります。 - 専門的アドバイザーの活用
国内外問わず法務・財務リスクが大きい取引が増えており、投資銀行、弁護士、会計士、コンサルタントなど外部専門家を交えた検討は必須です。食品の安全管理に明るい専門家を起用するケースも増加傾向にあります。 - 社員への丁寧な説明
M&Aは雇用や役職に影響を与える大きな変化であり、突然発表されると社員の不安や混乱を招きます。徹底した社内広報と説明会を行い、意図や今後の展開を共有することで円滑に進めることができます。
第10章:まとめと展望
食品業界のM&Aは、少子高齢化や海外需要、健康志向の進展、物流コスト・原材料コストの高騰など、複合的な要因によって今後さらに活発化することが見込まれます。本記事で取り上げた事例を見ても、従来の加工食品メーカー同士の合併だけでなく、ドラッグストア×食品スーパーや包装材料メーカーのグローバル展開など、多彩なパターンが存在します。
企業が競争力を保ちつつ成長していくためには、新たな顧客基盤の獲得や技術力強化、事業承継への対応が避けては通れません。M&Aはそうした経営課題を解決する有力な手段のひとつです。一方で、買収後のPMIや企業文化融合、社員のモチベーション維持など課題も多く、適切な計画と実行力が試されます。
今後、環境配慮やサステナブルな食品生産、フードロス削減、健康志向への対応がさらに重視される中で、食品企業は付加価値の高い商品開発とグローバル展開に注力していくと考えられます。また、M&Aを契機として、競合企業同士が業務提携して新分野を開拓するようなアライアンス形態も増えていくでしょう。
今後も注目されるポイント
- ドラッグストアによる食品小売の取り込み
- 総合商社・投資ファンドによる機能性食品企業の買収
- 老舗企業の後継者不在を背景とした地域再編
- 海外企業とのクロスボーダーM&A
- IoT・AI技術を活かしたフードテック分野の活性化
食品は人々の生活に不可欠な分野であるだけに、一度のM&Aがサプライチェーン全体に及ぼす影響は大きいといえます。食の安全や地産地消、産地ブランディング、SDGsの達成など、現代社会が抱えるテーマとも密接につながっております。この記事を通じて、幅広い事例とその背景を知っていただくことで、食品業界M&Aが今後どのような方向へ進んでいくのか、その一端を感じ取っていただければ幸いです。
今後も新たなM&Aが相次ぎ、さらなる企業再編が進んでいくことが予想されます。買収・統合の巧拙が企業の命運を左右しやすい業界だからこそ、消費者目線での「安全・安心」、そして企業目線での「持続的成長」を両立させるために、戦略的かつきめ細かな統合プロセスが必須となるでしょう。
以上、食品業界のM&Aについて、さまざまな事例の紹介とともに背景やトレンド、留意点を中心に解説いたしました。各企業がどのような戦略でM&Aを進め、また買収後にいかに企業価値を高めていくかは個々のケースで異なりますが、「食品産業」という人々の生活に欠かせない分野だからこそ、今後も大きな注目と期待が寄せられることは間違いありません。
今後もさらなる事例が発表されるたびに、背景にある意図や事業再編の目的を追いつつ、業界全体がどう動いていくのかを見守っていきたいと思います。最後までお読みいただき、ありがとうございました。

株式会社M&A Do 代表取締役
M&Aシニアエキスパート・相続診断士
東京都昭島市出身。慶應義塾大学理工学部を卒業後、大手M&A仲介会社にて勤務し、その後独立。これまで製造業・工事業を中心に友好的なM&Aを支援。また父親が精密板金加工業、祖父が蕎麦屋、叔父が歯科クリニックを経営し、現在は父親の精密板金加工業にも社外取締役として従事。