1. はじめに
近年、日本国内におけるM&A(Mergers and Acquisitions、合併・買収)の件数は中小企業を中心に増加傾向にあります。その背景には、少子高齢化による後継者不足、中堅・中小企業の事業承継問題、技術革新や市場環境の激変に対応するためのスケールメリットの追求など、さまざまな要因が複合的に絡んでいます。特に建設業界や製造業界などでは若手人材の確保が難しく、後継者問題が深刻化していることが、M&Aを活用した事業承継への関心を高めています。
電気工事業界も例外ではありません。オリンピック関連や大規模再開発をはじめとする建設需要の増減、再生可能エネルギーシステムや省エネルギー設備の導入、そしてDX推進の一環でIoT化が進むなか、電気工事会社には多種多様なニーズが寄せられています。一方で、現場を支える技術者の高齢化や若手不足、経営者の高齢化による後継者難など、構造的な課題も顕在化しており、M&Aを検討する企業が増加傾向にあります。
本記事では、電気工事業界の特徴や市況動向とともに、M&Aがどのように行われ、どのような効果が期待できるのかを解説します。さらに、電気工事業界ならではの留意点や課題、実務的な注意事項、PMI(Post Merger Integration)における具体的な取り組みなど、実践的な内容にも踏み込みます。今後、電気工事業界でのM&Aを考えている経営者、実務担当者、そしてこの業界に関心を持つ投資家の方々にとって、本記事が一助となれば幸いです。
2. 電気工事業界の概観
2.1 電気工事業界とは
電気工事業界は、建設業の一部門として「電気設備工事」を行う企業群を指します。具体的には、以下のような工事やサービスを提供する企業が含まれます。
- 建築物(オフィスビル、商業施設、住宅など)の電気配線工事
- 照明設備、受変電設備、動力設備の設計・施工
- 通信・情報設備(LAN配線や監視カメラなど)の設置・施工
- 太陽光発電設備や蓄電池、EV充電設備などの再生可能エネルギー関連工事
- 防災システム(火災報知機、避難誘導等)の設置
電気工事は建物の“血管”とも呼ばれる重要なインフラ部分を担うため、建設・不動産業界の動きや公共事業の動向だけでなく、エネルギー政策や環境規制の変化にも大きな影響を受けます。
2.2 業界の特徴と市場規模
電気工事業界の市場規模は、国土交通省や経済産業省の統計によれば、年間で数兆円規模にのぼるとされます。しかし、企業数は10万社を超えるともいわれ、非常に裾野が広いのが特徴です。大手ゼネコンやサブコンの下請けとして業務を請け負う企業も多く、元請けとして大型プロジェクトを受注する企業は限られています。
さらに、電気工事業界には以下のような特性があります。
- 地域性
多くの電気工事会社は地域に根差したビジネスを行い、地元の顧客や自治体、企業との関係性を築いてきました。そのため、地方では顧客との直接取引が主流になりやすい反面、都市部よりも人材確保が難しい場合もあります。 - 多重下請け構造
建設業全体と同様に、多層的な下請け構造が存在します。大手サブコンが一括で受注し、中堅・中小の専門工事会社に分割して発注するといった形で、工程・管理の分担が進むことで競争が激化する傾向にあります。 - 技能人材への依存度
電気工事士などの資格者をはじめとする技能人材が不可欠な業界です。長期的な人材育成が必要とされる一方、若手の参入が減少し、高齢化が進んでいることが課題となっています。
2.3 業界を取り巻く課題と変化
電気工事業界を取り巻く課題や変化には、以下のようなものが挙げられます。
- 人手不足・高齢化: 現場作業を担う職人や技術者の高齢化が進む一方で、若年層の入職が伸び悩んでいる。
- 価格競争と利益率の低下: 多重下請け構造や入札競争の激化により、利益率が高く維持しづらい。
- 環境規制・省エネ需要の高まり: 脱炭素社会の実現を目指す流れのなかで、省エネルギー設備や再生エネルギー関連工事に強みを持つ企業はビジネスチャンスが広がっている。
- DX(デジタル・トランスフォーメーション)の影響: 工事現場や管理部門でのITツール導入、BIM/CIM(建築・土木情報モデル)の活用などが進み、デジタルスキルを持つ人材が求められている。
こうした変化のなかで、企業の成長戦略や後継者問題を解決する手段として、M&Aが注目を集めています。
3. M&Aの基礎知識
3.1 M&Aとは
M&A(Mergers and Acquisitions)とは、企業の合併と買収を総称する言葉です。企業が他社を取得・統合することで、事業規模の拡大や新規市場への進出、技術獲得、人材確保、経営資源の効率化など、多様なシナジー(相乗効果)を狙うことが可能になります。
具体的には、以下のような形態が一般的に知られています。
- 合併(Merger): 2つ以上の企業が一つの企業に統合され、法律上は消滅会社が吸収される形態。
- 買収(Acquisition): 一方の企業が他方の企業の株式や事業資産を取得することで支配権を得る形態。
- 株式交換・株式移転: 親子関係の再編やグループ内統合時に利用されることが多い。
- 事業譲渡: 対象となる特定の事業のみを切り出して譲渡する形態。
3.2 日本におけるM&Aの歴史と動向
日本のM&Aは、バブル崩壊後の企業再編期において大企業同士の合併や統合がクローズアップされましたが、近年は中堅・中小企業にまで広く浸透しています。特に2010年代後半からは中小企業の事業承継問題が顕在化し、事業規模や地域を問わずM&Aがさまざまな形で行われています。
3.3 中小企業M&Aの増加要因
- 後継者不在: 中小企業経営者の高齢化により、家族内承継が困難なケースが増加。
- 人材確保: 若手人材が不足するなかで、買収企業が求める技術者や営業ネットワークを獲得するためのM&Aが増える。
- 成長戦略: 地域密着型の企業を取り込むことで、迅速にエリア拡大や新規顧客の獲得を狙う動きが活発化。
これらの背景は、電気工事業界でもほぼ同様に見られるため、今後も業界内でのM&A件数は一定の伸びが見込まれるでしょう。
4. 電気工事業界におけるM&Aの動向と背景
4.1 人手不足と後継者問題
電気工事会社は職人や技術者の存在が欠かせませんが、若い世代が建設現場で働くことを敬遠する傾向が強く、人手不足が顕著化しています。加えて、多くの電気工事会社はオーナー経営者体制であり、事業承継にあたって後継者不在の問題が深刻です。そのため、企業存続の手段としてM&Aによる事業承継が選択されるケースが増えています。
4.2 企業のスケールメリット追求
大手サブコンや総合電気設備企業、あるいは業種をまたぐ形での統合などにより、購買力の拡大や技術力の相互補完、営業エリアの拡大といったスケールメリットを狙う動きが活発化しています。建設需要が集中する時期には技術者・職人の確保も含め、大手企業のグループ傘下に入り安定受注を確保する狙いもあります。
4.3 設備投資需要とDX化の潮流
大都市圏の再開発やインフラ更新、さらには工場や倉庫でのIoT化などにより、電気工事の需要は持続的に存在します。加えてDX推進により、IT・デジタル技術を活用したスマートビル、スマートシティの構築が今後本格化すれば、電気工事業界にはさらなるビジネスチャンスが生まれます。その一方で、こうした新技術に対応可能な人材やノウハウの確保を目的として、M&Aを活用する企業も増えています。
4.4 省エネ・再生可能エネルギー分野の拡大
脱炭素やカーボンニュートラル化が政府・自治体主導で加速し、太陽光発電や蓄電池、EV充電スタンドなどのインフラ拡充に関連した電気工事ニーズは今後も拡大が見込まれます。こうした分野に強みを持つ企業を取り込むことで、新規事業を立ち上げたり、環境ソリューションのパッケージ化を図ったりすることが可能となります。
5. M&Aのメリットと課題
5.1 売り手側のメリット
- 後継者問題の解決: 後継者不在でも会社を存続させられる。従業員の雇用継続や取引先との関係維持にも繋がる。
- 経営リスクの軽減: 経営トップが高齢化している場合、早期に承継先を見つけることでリスクヘッジが図れる。
- 創業者利益の獲得: 売却益を得ることで創業者が資産を確保し、セカンドライフを充実させられる。
5.2 買い手側のメリット
- 事業規模拡大とシェア獲得: 人材や顧客基盤を一度に獲得し、業界内での競争力を高められる。
- 技術力・ノウハウの獲得: 新技術や専門分野に強い企業を取り込むことで、自社の付加価値を高める。
- 地域密着型ビジネスへの参入: 地方に拠点を持つ企業を買収することで、効率よく新市場に進出できる。
5.3 注意すべき課題とリスク
- 企業文化の衝突: 経営方針や社風が異なる企業同士を統合するには調整が必要。
- 統合コストの発生: PMIやシステム統合のための投資、既存社員の教育コストなどが想定以上に膨らむ可能性。
- キーマンの流出: M&Aに不安を感じた経営幹部や技術者が退職するリスク。
- 許認可や顧客との契約上の制約: 電気工事業許可など各種許認可の取り扱い、顧客との長期契約が維持できるかどうか、といった点に注意が必要。
6. 具体的なM&Aのプロセス
6.1 戦略策定とアドバイザー選定
最初のステップとして、経営戦略を明確化し、M&Aの目的や条件を整理します。たとえば「新規事業領域の拡大」「後継者不在による事業承継」などの方針を固めたうえで、M&Aブティックや会計事務所、コンサルティング会社などの専門家をアドバイザーとして選定します。適切なアドバイザーは、以下のような役割を担います。
- 買収・売却ニーズを持つ企業の発掘、マッチング
- 企業価値評価(バリュエーション)やスキームの設計
- 交渉支援とクロージング実務サポート
6.2 ターゲット企業の選定・アプローチ
買い手側は自社の事業戦略に合致する企業を絞り込み、アプローチを開始します。電気工事業界の場合、次のような観点でターゲットを検討することが多いでしょう。
- 地域性(エリア展開)
- 技術・サービス領域(太陽光発電、蓄電池、弱電工事など)
- 既存顧客の属性(法人中心、官公庁中心など)
- 社員構成や年齢分布
売り手側は、事業承継ニーズがある企業や、規模拡大を望む企業に対して情報開示資料(ティーザー)を用意し、仲介会社やアドバイザーを通じて買い手候補を募ることになります。
6.3 デューデリジェンス(DD)と企業評価
買い手側は、対象企業の実態を正しく把握するためにデューデリジェンスを行います。電気工事業界のデューデリジェンスでは、以下の観点が特に重視されます。
- 許可・資格・法令遵守状況: 建設業許可、電気工事業者登録などの要件を満たしているか。更新時期や追加許可の有無を確認。
- 受注・売上構造: 主な得意先や契約形態、季節変動や大型案件に左右されるかなどをチェック。
- 技術者・技能者の雇用状況: 電気工事士や施工管理技士といった資格者がどれだけ在籍しているか、将来的に退職予定があるかも重要。
- 設備・機材・倉庫の状態: 施工現場における機材の更新状況や保管環境、リース契約の有無を確認。
- 社内管理体制・ITインフラ: 工事進捗管理や勤怠管理のシステム化状況、セキュリティレベルの評価など。
その後、実態把握を踏まえたうえでバリュエーションを算出し、買収価格の目安を固めます。
6.4 スキーム・条件交渉と最終契約
買収側と売却側が意向表明書(LOI)や基本合意書を交わし、最終的な売買金額や支払い条件、アーンアウト(業績連動報酬)などを詰めていきます。電気工事業界ならではのポイントとしては、以下のような項目が交渉材料になることが多いです。
- 株式譲渡 vs. 事業譲渡: 許可の継承や労働契約の引き継ぎなどに影響。
- 退任役員の処遇: オーナー経営者の今後の役職・顧問契約の有無など。
- 主要取引先との関係維持: 大口取引先からの承諾や契約書の更新条件。
- 保証・担保の設定: 不測の債務やクレームが発生した場合の補償。
条件が確定すれば最終契約書を締結し、決済(クロージング)に至ります。
6.5 クロージングとPMI(Post Merger Integration)
契約が締結され、株式や事業資産の譲渡が実行されると、実質的に一体運営が始まります。ただし、ここで重要となるのがPMIです。買収後の組織再編、各種社内制度やシステムの統合、人事配置などをスムーズに進めなければ、想定していたシナジーが得られず混乱を引き起こす恐れがあります。
7. バリュエーションと評価方法
7.1 企業価値評価の一般的な手法
M&Aの際の企業価値評価(バリュエーション)には、一般的に以下の手法が用いられます。
- DCF法(Discounted Cash Flow): 未来キャッシュフローを割り引いて企業価値を算定する。
- 類似会社比較法: 上場企業など類似ビジネスモデルを持つ企業の株価指標(PER、EV/EBITDAなど)を参考に算定する。
- 純資産倍率法(PBR法): 簿価純資産や時価ベース資産を考慮する。主に低収益企業や清算価値を重視する場合に用いられる。
7.2 電気工事業界における評価上の留意点
- 受注契約の継続性: 恒常的な受注が見込まれるのか、一時的な大口案件に依存しているのかを精査する必要がある。
- 人件費比率: 工事作業員・技術者のコスト構造や、外注・協力会社への支払い構造が利益率に与える影響。
- 保有資格者や技術ノウハウ: 競合優位性を担保する要素として評価が高まる場合が多い。
- 機材・設備投資の更新サイクル: 大型投資が必要な時期か否かで企業価値が変動することがある。
7.3 上場企業との比較事例
上場サブコン企業やエンジニアリング企業の株価指標を参考にバリュエーションを行う場合、ビジネスモデルの類似性だけでなく、受注形態や利益率の水準が適切に比較できるかを検証することが重要です。特に中小の電気工事会社は地域密着型であるため、全国区で展開する大手との単純比較は誤解を生む可能性があります。
8. 組織統合とPMIの重要性
8.1 PMIとは何か
PMI(Post Merger Integration)とは、M&Aが成立した後に行われる組織統合プロセスです。買収先と買収元の組織文化、ビジネスプロセス、システムなどを一体化させることで、M&Aの目的であるシナジー効果を最大化します。PMIが不十分だと、せっかく統合した企業が内部対立や人材流出により短期的には業績悪化を招くことも少なくありません。
8.2 組織文化の違いと統合施策
電気工事業界においては、現場主義や職人気質が根付いていることが多い一方、買い手が大手企業や外資系企業の場合は管理体制が非常に厳格であったり、事務作業の効率化が進んでいるケースがあります。このように組織文化が大きく異なると、以下のような摩擦が生じることがあります。
- 既存のルールやプロセスに対する抵抗感
- 上下関係やホウレンソウ(報連相)の頻度・スタイルの違い
- 労働条件や福利厚生制度の差異
統合施策としては、相互理解を深めるための研修やコミュニケーションの場を設定し、徐々に制度統一を図っていくアプローチが望まれます。
8.3 人材確保と教育・研修
M&A後は新たに生まれた組織体制を運営していくために、管理部門や施工管理部門においてリーダーシップを発揮できる人材が必要です。特に電気工事業界では、技術やノウハウが属人化しがちなため、買収側が主導して以下のような研修プログラムを実施する例が増えています。
- 資格取得支援(電気工事士、電気工事施工管理技士など)
- プロジェクト管理スキル向上研修(BIM/CIM、CAD、工程管理ツールの活用など)
- 経営管理・マネジメント研修(原価管理、予算策定、人事評価など)
8.4 PMI成功のポイント
- トップ同士の信頼関係: オーナー同士、経営陣同士がしっかりコミュニケーションを取り、グループとしての方向性を共有。
- 段階的な制度統合: 一気に統合を進めるのではなく、現場の受け止めや業務フローを考慮して、段階的に進める。
- キーマンの処遇と動機づけ: 経営幹部や技術責任者の退職リスクを下げるため、役職や報酬面の調整を積極的に行う。
9. 電気工事業界のM&Aにおける留意点
9.1 建設業許可の扱い
電気工事業を営むには、建設業許可(電気工事業)を含む所定の許可が必要です。株式譲渡の場合は許可がそのまま承継されますが、事業譲渡の場合は許可の再取得が必要になることがあります。また、許可要件として経営業務管理責任者や専任技術者が在籍しているかも重要なポイントです。M&A後の人事異動や退職で要件を満たさなくならないよう注意が必要です。
9.2 取引先や顧客との関係維持
電気工事会社の顧客には官公庁、地元企業、ゼネコン、設備メーカーなど多岐にわたります。M&Aにあたり、取引先との契約が継続できるかどうか、信用や支払条件などに変更がないかを確認し、周知することが求められます。特に官公庁案件は入札要件や履行実績が重要視されるため、買い手・売り手のどちらが主体となるかで手続きを整理しましょう。
9.3 技術者・技能者の継承とモチベーション管理
電気工事業界では、現場の技能者が業務の中核を担います。そのため、M&Aによって現場の職人や技術者が大量に離職してしまうと、売り手企業の強みが失われてしまう可能性があります。買い手企業は、一定期間の雇用維持や処遇改善の約束を行い、モチベーションを下げないよう配慮することが大切です。
9.4 リスクマネジメントと法的留意点
- 瑕疵担保責任・アフターサービス: 建設工事に対する瑕疵担保責任期間が残っている場合、M&A後に買い手側が責任を負う形になるか明確化が必要。
- 融資・リース契約の継承: 事業譲渡や会社分割の場合、金融機関との契約条件が変更されるケースがある。
- コンプライアンス: 下請法や労働法令の遵守、クレーム対応など、買い手が統合後に把握すべきリスクは多岐にわたる。
10. ケーススタディ
10.1 中小規模事例
例: 地域密着型の電気工事会社A社(従業員20名、売上高3億円)が、後継者不在のため県外の設備工事会社B社(売上高30億円)の傘下に入るケース。
- 背景: A社の社長が70歳を迎え、親族や社内で後継者が見つからなかった。
- 目的: B社は地域展開を図り、新たな顧客基盤と技術者を獲得したい。
- 統合方法: 株式譲渡を選択し、A社は法人格を維持したままB社グループの一員となる。
- ポイント: 取引先の地元企業や自治体の信頼を損なわないようにするため、ブランド名や社員構成を極力維持。A社の熟練技術者は嘱託顧問として数年間勤務を継続。
10.2 同業・類似業種間の統合事例
例: 内線工事に強みを持つC社と、弱電・通信工事に強みを持つD社が合併。新設会社E社として、設計・施工の総合力を高めるケース。
- 背景: BIM対応やIoT導入案件が増え、包括的に工事を受注できる体制が求められていた。
- 目的: 互いに足りない技術領域を補完し、総合的な技術力で大手ゼネコンとの取引を拡大。
- 統合形態: 新設合併によりE社を設立。C社とD社の事業資産をすべてE社に承継。
- ポイント: 組織文化の違いを解消するために、合併前からプロジェクト型で共同受注を行い、現場レベルで連携を強化。
10.3 グループ再編やホールディングス化の事例
例: 大手グループ企業F社が電気設備工事専門の子会社を複数保有していたが、それぞれ地域性や得意分野が異なるため、ホールディングス化によって経営管理を一元化したケース。
- 背景: 連結業績の向上と経営資源の最適配分を図るために、グループ再編を検討。
- 目的: 統合システム(ERPなど)を導入し、購買・人事などのバックオフィス部門を共通化。
- 統合形態: 新たに持株会社を設立し、既存の子会社を株式移転によってホールディングス傘下に集約。
- ポイント: ホールディングス本社に専門部署(IT、財務、人事)を設置し、個々の工事会社は施工・営業に専念する体制を構築。
11. 今後の展望と可能性
11.1 建築業界全体の動向との連動
電気工事業界は建設業界と密接に連動しており、建設投資の増減や公共事業予算の動向が直接業績に影響します。大型プロジェクトの波は周期的に訪れるため、そのタイミングに合わせて技術力や施工能力を拡張する手段としてM&Aがさらに活発化する可能性があります。
11.2 再生可能エネルギー・蓄電池事業の拡大
太陽光発電や風力発電、蓄電池、EV充電ステーションなど、エネルギー関連の設備需要は今後も拡大が見込まれます。これらに対応できる技術者やノウハウを持つ電気工事会社は、投資家や異業種からも注目されやすく、M&Aの対象となりやすいです。特に地熱や水力など地域特性を生かした再生エネルギー案件が増えれば、地方の電気工事会社も高い評価を受けるでしょう。
11.3 新技術(IoT・AI・5G)との融合
工場の自動化やスマートホーム、スマートシティの実現には高度な電気設備、ネットワーク設備が必須となります。5Gインフラ整備やAIを活用したビル管理システムの拡大など、新技術への対応が業界の成長を左右する要因となっています。こうした分野に強みを持つベンチャー企業やIT企業とのアライアンスやM&Aが活発化すれば、電気工事業界の勢力図も大きく変化する可能性があるでしょう。
11.4 海外進出の可能性
日本国内の人口減少と建設需要の先細りが懸念される一方、アジアや新興国では都市化が急速に進んでおり、インフラ整備の需要が高まっています。大手サブコンを中心に海外案件に取り組む動きが進んでいますが、今後は中堅・中小の電気工事会社も国際的な合弁や現地企業の買収などを通じ、海外進出を検討する時代が来るかもしれません。
12. まとめ
電気工事業界は社会インフラの一翼を担い、建築・製造業との連携やエネルギー政策との関連が強いことから、常に一定の需要が存在する市場です。その一方で、職人や技術者の高齢化や後継者不在といった構造的な課題を抱えており、事業承継や成長戦略の観点でM&Aを選択する企業が増加傾向にあります。
M&Aを成功に導くためには、以下のポイントを総合的に押さえる必要があります。
- 業界特有のリスクと法規制への対応: 建設業許可や電気工事業登録の継承・再取得、官公庁案件の入札要件など。
- デューデリジェンスやバリュエーションにおける適切な評価: 受注構造や技術者の在籍状況、設備投資サイクルを踏まえた正確な企業価値算定。
- 組織統合(PMI)の重要性: 特に人材流出を防ぎ、シナジーを最大化するための組織文化融合と制度統一が鍵。
- 事業領域の拡張と将来的な成長余地: 省エネ・再エネ分野、DX・IoT対応、海外進出などの可能性を見据えた事業戦略。
今後、日本国内においては少子高齢化がますます進むなかで、中小企業の廃業や後継者問題はさらに深刻化することが予測されます。そうした環境下において、優良な技術や人材、顧客基盤を持つ電気工事企業を早期に取り込むことは、大手企業や投資家にとっても重要な成長施策の一つとなっていくでしょう。
一方で、売り手企業にとっても“M&Aによる事業承継”は雇用維持や事業の継続に直結するため、事業規模の大小にかかわらず注目度が高まっています。特に電気工事業界は資格者や実務経験者が不足しがちな労働集約型産業であるため、M&Aを活用した事業再編は、業界全体の構造改革を進める有力な手段といえます。
本記事で取り上げた各種のポイントや事例を参考に、電気工事業界でM&Aを検討する経営者や実務担当者の方々には、早め早めの準備と正確な情報収集、そして専門家の活用を強くおすすめします。事前の計画立案や信頼できるパートナー選びが、M&Aを通じた成功への第一歩となるでしょう。
これまで見てきたように、電気工事業界のM&Aは多様なメリットをもたらしつつ、業界固有のリスクや法的留意点にも目を配る必要があります。DXや再生エネルギー分野の成長に伴って新たなビジネスチャンスが到来する今こそ、企業の戦略を根本から再点検し、M&Aの活用を含めた柔軟な経営判断が求められています。
以上を踏まえて、電気工事業界のM&Aが、今後の事業承継や業界再編の大きな推進力となり得ることを理解していただければ幸いです。これからも業界全体の需要動向や技術革新のトレンドにアンテナを張り、企業としての生き残りと飛躍を目指していただければと思います。
株式会社M&A Do 代表取締役
M&Aシニアエキスパート・相続診断士
東京都昭島市出身。慶應義塾大学理工学部を卒業後、大手M&A仲介会社にて勤務し、その後独立。これまで製造業・工事業を中心に友好的なM&Aを支援。また父親が精密板金加工業、祖父が蕎麦屋、叔父が歯科クリニックを経営し、現在は父親の精密板金加工業にも社外取締役として従事。