1. はじめに:美容クリニック業界とM&Aの背景
近年、美容クリニック業界は美容意識の高まりや医療技術の進歩、SNSの普及による情報拡散などを背景に、国内のみならず世界的にも市場規模を拡大しております。日本国内においては、高齢化社会が進む一方で若い世代を中心に「自分らしい美しさ」や「セルフケア」への関心が高まり、またインバウンド需要の回復も期待されることで、美容医療サービス市場はさらなる成長が見込まれております。
こうした成長産業において、競合他社との差別化やブランド力の強化、または新規参入のための足掛かりとしてM&Aが活発化しております。以前はクリニックの経営者が個人名義で医院を運営するケースが大半でしたが、最近では企業グループやファンドの支援を受け、全国展開・チェーン展開を目指す動きが広がっております。その結果として、美容クリニック同士、あるいは関連事業(コスメティックブランド、ネイルサロン、ウェブメディアなど)を手がける企業との提携・買収も増えてきました。
本記事では、こうした流れを具体的に掘り下げるため、美容クリニック業界や周辺分野のM&Aに関わる最新事例をもとに考察を進めていきたいと思います。
2. 美容クリニック業界の市場動向
2-1. 市場規模の拡大
美容クリニック業界は、いわゆる二重整形や美容皮膚科の施術、脱毛治療、アンチエイジング施術をはじめ、多岐にわたる美容医療サービスを提供してまいりました。近年はマイクロニードルや先端レーザー機器、AIを活用した施術プランニングなど、技術革新が続々と進んでいます。また、患者側のニーズも「短期間で効果を得たい」「ダウンタイムを少なくしたい」などの希望が高まり、その要求に応えるためにクリニック側の設備投資や新施術の導入が進み、競合間の差別化要素となっています。
2-2. 競合の激化とチェーン展開
都市部では大手チェーン型クリニックの出店競争が激しさを増しており、テレビCMや交通広告、SNSインフルエンサーを起用したプロモーション合戦も見られます。広告宣伝費を潤沢に投入できる大手グループは新規患者獲得やブランド認知度の向上で優位に立ち、中小クリニックは地域密着サービスや専門分野に特化することで差別化を図る、といった構図です。
こうした流れの中で、中小規模のクリニックが大手の資本参加を仰ぎ、グループ傘下に入ってブランドを維持しながら経営を安定させる動きも増えています。
2-3. インバウンド需要の再開
新型コロナウイルス感染症による渡航制限が緩和されるにつれ、インバウンド需要の回復が期待されています。日本の医療技術やサービス品質の高さは海外でも評価されており、美容クリニックに対する訪日外国人の需要が再び増加する可能性があります。こうした点も、美容クリニック業界の成長余地を後押しする要因の一つです。
3. M&Aの意義とメリット・デメリット
3-1. M&Aの意義
美容クリニック業界におけるM&Aは、単なる規模拡大だけでなく、専門医療機器の導入、技術の共有、経営管理の効率化など、多方面のシナジーを追求する手段として重要性を高めています。特に、美容医療の領域では医師や看護師、カウンセラーといった人的リソースが鍵となるため、人的資源を補完し合うことも大きなメリットです。
3-2. メリット
- 経営基盤の強化: 資本提携やファンドの出資により、大規模な広告展開や新規出店、設備投資を可能にする。
- 専門性・ブランド力の獲得: 強みをもつクリニックや関連企業との提携で、施術メニューの充実度やブランド価値を高められる。
- 地域展開・全国展開の加速: 地域に根ざした中小クリニックを買収することで、地盤を確保しつつ広域展開を実現できる。
- 人材確保: M&Aによって医師やスタッフの雇用を円滑化し、人材不足のリスクを軽減する。
3-3. デメリット
- 買収コスト・のれん負担: 過大評価による買収価格の高騰やのれん償却負担が財務上のリスクとなる。
- 組織文化の衝突: クリニックや企業ごとの経営理念や組織風土が異なるため、人事・顧客対応の統一が難しい場合がある。
- ブランドイメージの毀損: M&A後に顧客離れが生じるケースや、施術トラブルが発生した際にグループ全体の評価に影響するリスクがある。
- コンプライアンス強化コスト: 美容クリニック特有の広告規制や医療法上の規定への対応が拡大・複雑化し、管理コストやリスクが増す。
4. 事例1:東京中央美容外科グループ代表・青木剛志氏によるコンヴァノへのTOB
4-1. 事例概要
2023年5月12日、ネイルサロン事業を手掛けるコンヴァノは、同社に対して美容クリニック「東京中央美容外科(TCB)」グループ代表の青木剛志氏がTOB(株式公開買い付け)を実施する旨を発表しました。TOBの主な目的は、国内投資ファンドのインテグラルがグループで保有するコンヴァノ株式(所有割合47.14%)の取得であり、インテグラルも応募契約を締結しています。買付予定数の上限は所有割合66.66%と3分の2未満に設定され、インテグラル以外の株主からの応募も可能という柔軟な形態をとっています。
4-2. インテグラルの株式譲渡
インテグラルは長らくコンヴァノの筆頭株主として経営支援を続けてきましたが、今回のTOBを受けて保有株式を売却することになります。ファンド側としては投資期間の観点や成果の回収といった面からタイミングを見計らった売却と考えられ、この動きによってコンヴァノの経営権が青木氏(TCBグループ)に移行する可能性が高まります。
4-3. 上場維持の狙いと買付価格のディスカウント
買付価格は1株あたり500円となり、TOB公表前日の終値506円より1.19%下回る水準です。通常、上場企業を対象とするTOBではプレミアム(終値より高い価格)の設定が多い中、今回はディスカウントでの提示が特徴的です。ただし、買付予定数の上限を66.66%に抑えることで上場維持を前提としており、コンヴァノとしては上場企業のままグループに取り込まれる形となります。
TOBに対する経営陣の意向としては「本TOBに賛同しながらも株主の判断を尊重する」という中立的な立場で、事業継続・上場維持のメリットを残しつつ、新たな資本関係の恩恵を受けようという姿勢が読み取れます。
4-4. TCBグループの背景と戦略
公開買付者である青木剛志氏は、美容外科医としてキャリアを積み、2014年にTCBの経営に乗り出しました。その後、全国に85院(2023年3月末時点)を展開する大グループへと育て上げています。TCBグループは広告宣伝にも力を入れ、若年層を中心に知名度を高めています。今回のTOBについては「純投資の一環」とされていますが、美容クリニックをメイン事業とするTCBグループと、ネイルサロン事業を手がけるコンヴァノの顧客層やマーケティング戦略のシナジーを期待できる側面もあるでしょう。たとえば、美容意識の高い女性客向けにクロスマーケティングを行い、相互集客を図るなど、付加価値を生み出すことが考えられます。
4-5. コンヴァノ側の思惑とネイルサロン事業の課題
コンヴァノは、「FASTNAIL」「FASTNAIL PLUS」「FASTNAIL LOCO」の3ブランドで計59店舗を展開していますが、新型コロナ感染拡大の影響による休業や客足減少、人材確保コストや待遇改善費用の増加、原材料やエネルギーコスト上昇など、逆風が続いていました。業績立て直しのタイミングとして、強固な資本を持つ青木氏との協業は、財務的にも経営戦略的にもプラスに働く可能性があります。
ただし、TOB価格がディスカウントとなっていることから、既存株主がどれだけ応募するかは不透明な面もあります。今後の株価動向やTOB成立後の経営方針の変化など、進捗が注目されるところです。
5. 事例2:海帆によるBOBS・ワイデンの子会社化
5-1. 事例概要
海帆(かいはん)は2024年4月4日に発表したプレスリリースで、美容クリニックの経営・資産管理を手がけるBOBS(大阪市)とワイデン(大阪市)の2社の全株式を取得し、子会社化する方針を明らかにしました。BOBSおよびワイデンは大阪市に本部を置く医療法人大美会との業務委託契約のもと、主に大美会の経営管理を行っています。大美会クリニックは大阪市を中心に京都市、神戸市、岡山市など、関西圏を中心とした7店舗を運営しており、今後も店舗展開が予想されます。
5-2. 海帆の事業多角化戦略と飲食業の苦境
海帆は居酒屋や和食レストランなど飲食店を全国的に展開してきましたが、新型コロナウイルス感染拡大による外出自粛や営業制限の影響を受け、経営成績が悪化していました。これをきっかけに、同社は再生可能エネルギー事業など飲食以外の新規事業を立ち上げ、多角化を進めています。
今回の美容クリニック分野への進出もその一環であり、今後はBOBS・ワイデンを通じて大美会クリニックの経営管理や医療機器の販売・賃貸借事業など、ヘルスケア分野での収益源確立を目指しています。
5-3. BOBS・ワイデンの事業内容と大美会クリニックの展開
BOBSの売上高は5210万円、営業利益413万円、純資産3500万円という規模で、ワイデンは売上高ゼロ、営業損失67万5000円、純資産2910万円という小規模の企業です。しかし、大美会クリニックとの業務委託契約に基づく経営管理が主たる事業であるため、大美会クリニックの業績や拡大方針が今後のBOBS・ワイデンの収益に直結します。
大美会クリニックは美容外科・美容皮膚科を主に扱っており、二重整形や注入系治療(ヒアルロン酸・ボトックス)などの施術で人気を博しています。大都市圏に限らず、地方都市や周辺地域への展開も意欲的であり、海帆がバックアップすることでさらなる成長が期待できるでしょう。
5-4. 医療機器の販売・賃貸借事業への拡大と株式交換スキーム変更
当初の発表では株式取得(現金対価)による子会社化を予定していましたが、その後株式交換スキームに変更し、一部金銭を交付する形になりました。最終的に2024年8月30日に取得予定が延期されるなど、手続きが複雑化しています。
この背景には、買収資金の調達や税制面でのメリット、売り手側の要望などが考慮された可能性があります。最終的な対価はBOBSとワイデン2社合わせて約2億4500万円となり、株式交換比率も発表されています。海帆としては、飲食事業の苦境を打開するうえで、早期にヘルスケア分野への基盤を固めたい狙いがあると見られます。
6. 事例3:トレンダーズによる美容クリニックポータルサイト事業「キレナビ」の譲渡
6-1. 事例概要
2013年12月24日、トレンダーズは自社が運営する美容クリニックのポータルサイト「キレナビ」をウェブメディア運営会社サイブリッジ(東京都港区)に譲渡すると発表しました。譲渡価額は非公表ですが、対象事業の直近売上高が3200万円と比較的小規模であったため、経営資源を集中させるために譲渡が決定されたと見られます。
サイブリッジは「オールクーポンジャパン」など、多数のウェブメディアを運営しており、集客ノウハウを活かしてキレナビ事業を成長させようという狙いがあったと考えられます。
6-2. サイブリッジのウェブメディア事業とのシナジー
サイブリッジはクーポンサイトや情報サイトの運営、アフィリエイト広告などを幅広く展開する企業であり、美容クリニック情報サイトの運営は自社の得意分野と親和性があります。キレナビは利用者が美容クリニックの情報や口コミを収集し、施術の比較検討を行うポータルサイトとして機能していましたが、サイブリッジのマーケティング力を活かすことで、更なるユーザー獲得と広告収益の拡大が見込まれました。
6-3. トレンダーズの「選択と集中」戦略
一方のトレンダーズは、女性向けマーケティング支援やPR事業、SNSを活用した企業向けプロモーションなどに注力しており、「キレナビ」のように直接メディアを運営するビジネスは全社戦略から外れつつありました。そこで「選択と集中」の観点から経営資源を主要事業に振り向けることを選択し、キレナビを手放す判断に至りました。このように、企業が自社のコアビジネスにフォーカスするために周辺事業を譲渡するのもM&Aのひとつの重要な活用法と言えます。
7. 美容クリニックM&Aにおける主要な論点
7-1. 事業承継と経営の専門化
一般的なクリニックでは、創業者である医師が院長として経営も担うケースが多いため、後継者問題や経営ノウハウの不足が課題となる場合があります。美容クリニックにおいても、経営者としての知見と医師としての専門知識の両立は容易ではありません。ファンドや大手グループによるM&Aは、そうした経営の専門化を図るうえで有効です。
7-2. 資金力・ブランド力の獲得
美容クリニックは広告宣伝費が業績に大きく影響する業態でもあるため、知名度向上や患者獲得を目指すには相応の資金力とブランド力が必要です。M&Aにより、大手チェーンの知名度を借りることで集客力を一気に高められるケースも少なくありません。
7-3. 規制とコンプライアンスの重要性
医療法に定める広告規制や有資格者の配置要件など、美容クリニックには一般のサービス業以上に厳しい規制が存在します。また、「医療広告ガイドライン」により、具体的な施術リスクや価格の表示などが詳細に定められており、法令遵守が不可欠です。M&Aにより規模を拡大すると、複数の拠点で広告表現が統一されているかなど、管理が複雑化しやすくなります。そのため、コンプライアンス体制の強化が大きな課題となるでしょう。
8. 業界特有のM&A手続き・留意点
8-1. 美容医療における医療法・医療広告ガイドラインへの対応
美容クリニックは一部自由診療で収益を得るため、他の医科診療所よりも広告を積極的に行う傾向があります。しかし、医療広告ガイドラインに違反すると行政処分や業務停止のリスクがあるほか、社会的信用の失墜にも繋がります。M&Aの際には、買収対象のクリニックが過去に違法な広告や不適切な施術を行っていないか、リスク調査(デューデリジェンス)が求められます。
8-2. デューデリジェンス時のチェックポイント
- 医療法遵守状況: クリニック開設に必要な許認可や医師法上の要件を満たしているか。
- 診療報酬・自由診療の売上構造: 保険診療と自由診療の比率、広告手法や顧客獲得ルートの適法性。
- 訴訟リスク: 医療過誤や施術トラブルに関する訴訟、クレームの有無。
- スタッフ体制: 医師や看護師の人数、離職率、雇用契約上のトラブル。
- 顧客データの管理: 個人情報保護法やプライバシー保護体制の確認。
8-3. バリュエーション(株価算定)の特徴
美容クリニックは売上の多くを自由診療が占めるため、収益の安定性や施術者(医師)のスキルに依存する部分が大きいのが特徴です。したがって、過去の業績だけでなく、施術の評判や将来の成長性、人材の確保状況などを慎重に評価する必要があります。美容医療業界は一時的なブームや施術のトレンドに左右されやすく、収益が変動しやすい点にも留意が必要です。
9. M&Aを成功に導くポイントと課題
9-1. 人材の確保・教育と組織統合
美容クリニックにおいて、医師や施術スタッフの技術水準や接客スキルは顧客満足度を左右する大きな要素です。M&A後はグループ内でのスタッフ移動や研修体制整備などが課題となります。人材の流出を防ぐためには、給与体系やキャリアパスの整備、モチベーション管理が欠かせません。
9-2. ブランド力・集客力を活かす戦略的アライアンス
グループ化のメリットを十分に活かすためには、買収先クリニックのブランド価値や顧客基盤を尊重しつつ、統一的なマーケティング戦略を打ち出す必要があります。たとえば、コンヴァノのネイルサロンブランドとTCBグループのクリニックが相互にクーポンを発行するなど、クロスマーケティングを行えば顧客体験の充実や相互送客が期待できます。
9-3. ガバナンス体制の構築とコンプライアンス
複数のクリニックや関連企業を持つグループでは、内部統制やコンプライアンス体制が極めて重要になります。広告表現や顧客対応の標準化、定期的な監査・研修の実施、クレーム窓口の一元化など、組織的なガバナンスが求められます。また、個人情報や医療情報を取り扱うため、情報管理のセキュリティ体制を強化する必要があるでしょう。
10. 今後の展望:美容クリニック業界とM&Aの行方
10-1. 市場拡大の可能性と競争激化
前述のとおり、美容クリニック市場は今後も拡大が見込まれます。一方で参入企業も増加傾向にあり、大手チェーン同士の競争や地方市場での顧客獲得争いが激化するでしょう。その結果として、中小クリニックが大手資本の傘下に入るケースや、企業グループが競合院を買収してシェアを高めようとする動きがさらに活発化すると考えられます。
10-2. 海外展開や新技術への対応
日本の美容技術はアジアを中心に海外でも評価が高く、今後は海外展開を狙うクリニックが増えると予想されます。特に、中国や東南アジアなどは人口規模も大きく、美容意識の高まりによって市場が拡大しているため、クロスボーダーM&Aのチャンスも広がるでしょう。
また、メディカルツーリズムの観点で海外から日本へ患者を呼び込む動きも進み、翻訳サービスやウェブ予約システムなどICT技術の導入が重要性を増します。これらの分野の企業とのM&Aや業務提携が行われる可能性もあり、今後の市場展開は多角的になると考えられます。
10-3. 業界再編と事業ポートフォリオの変化
美容クリニックの周辺には、コスメ販売、美容機器メーカー、エステサロン、ネイルサロン、フィットネスジムなど、関連する事業領域が数多く存在します。これらを束ねるコングロマリット型の企業グループが形成される動きも今後進むかもしれません。実際、TCBグループのようにメインが美容医療であっても、周辺分野への進出を図る企業は増えています。
さらに、飲食業からヘルスケア分野に進出する海帆のように、コロナ禍を経て事業ポートフォリオを見直す企業も多くなってきました。新たなステークホルダーとの提携や出資関係の変化が続々と登場し、美容クリニック業界の再編が進むことが予想されます。
11. まとめ・今後の課題と展望
本記事では、美容クリニック業界におけるM&Aに焦点を当て、TCBグループ代表の青木剛志氏によるコンヴァノへのTOB、海帆によるBOBS・ワイデンの子会社化、トレンダーズの美容クリニック向けポータルサイト「キレナビ」の譲渡事例を取り上げながら、業界動向やM&Aのポイントを整理してきました。
主なポイントの振り返り
- 市場規模の拡大と競争激化: SNSやメディアを通じた情報拡散、インバウンド需要の回復などにより、美容クリニック市場は成長を続けている。ただし、競合も増え、広告宣伝やブランド力の勝負が厳しくなっている。
- M&Aの多角的メリット: 資金力の確保、ブランド力の相乗効果、人材確保など、美容クリニックにおけるM&Aは多様なメリットをもたらす。特にファンドや大手グループによる経営ノウハウの導入、広告戦略の拡充などが期待できる。
- コンプライアンスとガバナンスの課題: 医療法や医療広告ガイドラインの厳格化による広告規制、医療過誤リスクへの対応、個人情報保護など、美容クリニック特有のリスクマネジメントが必要。M&Aにより拠点数や従業員数が増えれば、管理体制の再構築が不可避。
- 事業ポートフォリオの最適化: 飲食業から美容医療へ参入する海帆の例や、トレンダーズのように非コア事業を譲渡してマーケティング・PRに特化する動きなど、各企業がコロナ禍や経営環境の変化を受け、事業ポートフォリオを再設計する流れが加速している。
今後の展望
- 再編のさらなる進展: 大手チェーンが中小クリニックを取り込み、広域展開・チェーン化を進める可能性が高い。また、ファンドの投資回収時期に合わせた売却・再編が続くことが見込まれる。
- 海外市場との結びつき強化: インバウンド需要の拡大やクロスボーダーM&Aが一層進み、日本国内で培った高い技術やブランドイメージを活かしてアジア圏を中心とする海外市場を開拓する動きが強まる。
- 多角的なシナジーの創出: ネイルサロンやコスメ販売、エステ、フィットネスなど、美容・健康に関連する幅広い事業とのアライアンスやM&Aが検討され、総合的なビューティープラットフォームが形成されていく。
最後に
美容クリニック業界は、医療と美容が交錯する独特の分野であり、法律面の縛りや広告規制、医療技術の進歩など、一般的なサービス業や小売業とは異なる視点からM&Aを考える必要があります。しかしながら、近年の市場規模拡大と競争環境の激化を背景に、M&Aは事業拡大や経営安定のための有力な戦略オプションとなっています。
本記事で取り上げたように、TCBグループ代表・青木剛志氏によるコンヴァノへのTOBでは、純投資の形をとりながらも業界内の拡大や相乗効果が期待されます。また、海帆による美容クリニック関連会社の子会社化は、コロナ禍で業績不振に陥った飲食業からの脱却・多角化を象徴するケースです。さらに、トレンダーズのように非コア事業を譲渡することで経営リソースを集中するケースも、事業ポートフォリオの柔軟な見直しとして注目に値します。
今後はこれまで以上に、企業の事業戦略と市場ニーズのマッチングが重要となり、M&Aにおいても適切な相手先を見極め、適正なバリュエーションを行うことが求められます。同時に、買収後のガバナンス体制やコンプライアンス強化、人材確保策など、ポストM&Aの課題にも積極的に取り組む必要があるでしょう。
美容クリニック業界のさらなる成長と市場再編に伴い、M&Aは引き続き経営戦略上の大きなテーマとなります。企業が自社の強みを活かし、経営リスクを適切に管理しながら、美容医療の新しい価値を生み出し、利用者のニーズに応えていくことが、業界全体の発展と企業価値向上に繋がるのではないでしょうか。今後も業界動向を注視しながら、各社の取り組みや新たな事例を追っていくことが重要であると考えます。

株式会社M&A Do 代表取締役
M&Aシニアエキスパート・相続診断士
東京都昭島市出身。慶應義塾大学理工学部を卒業後、大手M&A仲介会社にて勤務し、その後独立。これまで製造業・工事業を中心に友好的なM&Aを支援。また父親が精密板金加工業、祖父が蕎麦屋、叔父が歯科クリニックを経営し、現在は父親の精密板金加工業にも社外取締役として従事。