目次
  1. 第1章:はじめに—建築・建設業界におけるM&Aの重要性
    1. 1-1. 建築・建設業界の現状と課題
    2. 1-2. M&Aの定義と目的
  2. 第2章:建築・建設業界におけるM&Aの背景と動向
    1. 2-1. 少子高齢化と人口減少による構造的課題
    2. 2-2. 景気変動と公共事業の影響
    3. 2-3. 技術革新とDX(デジタルトランスフォーメーション)の波
    4. 2-4. インバウンド需要と海外展開
  3. 第3章:建築・建設業界特有のM&A戦略とシナジー
    1. 3-1. バリューチェーン全体を見据えた垂直統合
    2. 3-2. 横方向への事業拡大と多角化戦略
    3. 3-3. 技術・ブランド力の獲得
    4. 3-4. 地域密着と営業ネットワークの獲得
  4. 第4章:法規制・許認可上の注意点
    1. 4-1. 建設業許可・経審(経営事項審査)の扱い
    2. 4-2. 労務管理と下請法への対応
    3. 4-3. 独占禁止法と公正取引
  5. 第5章:デューデリジェンス(DD)と企業価値評価のポイント
    1. 5-1. デューデリジェンスの重要性
    2. 5-2. 工事進行基準と売上計上の確認
    3. 5-3. 潜在的な不良債権や保証債務
    4. 5-4. 企業価値評価—DCF法やM&A市場での実例比較
  6. 第6章:PMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)の実務
    1. 6-1. PMIの重要性
    2. 6-2. 組織文化の違いと人材マネジメント
    3. 6-3. 業務システムやITプラットフォームの統合
    4. 6-4. ブランディングと営業戦略の再構築
  7. 第7章:具体的な事例と学ぶべきポイント
    1. 7-1. 大手ゼネコンによる専門工事会社の買収
    2. 7-2. 中堅・中小企業の事業承継型M&A
    3. 7-3. 海外企業とのクロスボーダーM&A
  8. 第8章:中小企業のM&A活性化と公的支援
    1. 8-1. 事業承継問題の解決策としてのM&A
    2. 8-2. 公的機関や金融機関の役割
    3. 8-3. 外部アドバイザーや仲介会社の活用
  9. 第9章:M&Aプロセスのステップと実務ポイント
  10. 第10章:建築・建設業界におけるM&Aの成功要因とリスク
    1. 10-1. 成功要因
    2. 10-2. 失敗リスク
  11. 第11章:今後の展望—DXやグローバル化時代のM&A
    1. 11-1. DXの進展と新たなビジネスモデル
    2. 11-2. サステナビリティとESG投資の影響
    3. 11-3. 国内市場縮小と海外展開
  12. 第12章:まとめ—建築・建設業界におけるM&A活用のポイント
  13. 参考文献・情報源

第1章:はじめに—建築・建設業界におけるM&Aの重要性

1-1. 建築・建設業界の現状と課題

建築・建設業界は国土整備やインフラ整備を担う重要な産業であり、日本経済においても大きな役割を果たしてきました。公共事業の受注や住宅建築、都市再開発など幅広い分野で活動しており、大手ゼネコンから中小の建設会社まで多様なプレイヤーが存在します。一方で、業界全体としては高齢化や人手不足、後継者不足などの課題を抱えているほか、景気変動や公共事業の削減の影響を受けやすいという特徴があります。

こうした課題に対応し、事業の継続性や成長力を維持・強化するうえで注目されているのがM&Aです。M&Aは組織改革やシナジーの創出、事業拡大、そして経営資源の効率的活用など、多くのメリットをもたらす可能性を秘めています。特に、海外企業の進出やDX(デジタルトランスフォーメーション)の波が押し寄せるなか、環境変化に対応するためにスピーディーな事業改革が求められるようになっています。その手段としてM&Aを活用する動きが加速しているのです。

1-2. M&Aの定義と目的

M&Aとは、「Mergers and Acquisitions(合併と買収)」の略称で、企業がほかの企業と統合する、または株式や事業を買収することを指します。企業成長の手段としてM&Aを使うことで、新規事業への進出や既存事業の強化を図ることができます。また、オーナー経営者の高齢化に伴う事業承継問題を解決する策としても注目されています。

建設業界におけるM&Aの具体的な目的には、次のようなものがあります。

  1. 地域密着型事業の拡大
    地方の建設会社が同地域あるいは隣接エリアの同業他社を買収し、事業領域を拡大するケースです。
  2. 技術力や専門性の強化
    特殊工法や先端技術を保有する会社を買収し、自社の技術力を高める狙いがあります。
  3. 人材不足の解消
    経営難に陥った会社を買収しつつ、その会社に所属する技術者や熟練工を確保する目的もあります。
  4. 事業継承対策
    後継者不在によって事業継続が難しい中小建設会社が、M&Aによって大手や他の中堅企業の傘下に入ることで会社を存続させるケースです。

これらの目的を実現するための有効手段として、建築・建設業界でもM&Aが広く活用されてきています。


第2章:建築・建設業界におけるM&Aの背景と動向

2-1. 少子高齢化と人口減少による構造的課題

日本は少子高齢化が進行しており、建設労働者の高齢化も顕著です。さらに、若年層の労働人口が減少していることから、建設現場を支える人材が慢性的に不足しています。このような構造的な人手不足を解消するために、大手企業が中小企業を買収し、労働力を確保する動きが見られます。また、技術者不足も深刻化しており、特殊な工法やノウハウを持った企業を買収することで人材や技術を獲得する戦略が進んでいます。

2-2. 景気変動と公共事業の影響

建設業界は景気変動や公共事業の予算変更の影響を受けやすい産業です。景気が後退して公共事業の予算が縮小されると、中小零細の建設会社は経営難に陥りやすく、結果として倒産や廃業に追い込まれるケースも少なくありません。そうした経営難の企業を救済・統合する形でM&Aが行われることがあります。

一方で、公共事業が拡大する局面では、需要拡大に伴い事業規模を迅速に拡大するためにM&Aを活用するケースも見受けられます。道路や橋梁、ダムなどの大型プロジェクトに対応するためには、一定規模の人員や機材が不可欠になるため、M&Aによる即戦力の確保が有効に機能するのです。

2-3. 技術革新とDX(デジタルトランスフォーメーション)の波

建築・建設業界も他業界と同様、AIやIoT、クラウド技術などを活用したDXの重要性が高まっています。BIM(Building Information Modeling)やCIM(Construction Information Modeling)など、設計から施工までをデータ連携させる仕組みが普及し始めており、IT技術やソフトウェア開発に強い企業との連携が求められるケースが増えています。こうしたIT企業を積極的に買収・統合することで、建設企業自身のデジタル対応力を強化しようとする動きも増加傾向にあります。

2-4. インバウンド需要と海外展開

国際的なスポーツ大会や観光需要の拡大などにより、ホテルや商業施設、インフラなどの建設需要が国内外で高まった時期がありました。今後はコロナ禍の影響から回復が進むにつれて、再び大規模イベントや観光関連の需要が見込まれることから、大手企業が海外の建設会社と提携・買収を行う動きや、逆に海外の企業が日本の建設市場に参入するために日本企業を買収する動きも考えられます。こうしたグローバルなM&Aは、国内に限らず世界規模での事業拡大やリスク分散を目指す企業にとって有力な選択肢となっています。


第3章:建築・建設業界特有のM&A戦略とシナジー

3-1. バリューチェーン全体を見据えた垂直統合

建設業界におけるM&Aの一つの特徴として、バリューチェーンの垂直統合を目的とした買収が挙げられます。設計事務所や建材メーカー、施工会社、メンテナンス会社など、建設プロジェクトの上流から下流までをカバーする企業をグループ化することで、プロジェクト全体の品質向上やコスト削減を実現する狙いです。たとえば、ゼネコンが建材メーカーを傘下に入れることで、建材の安定調達や共同開発が可能になり、結果として競争力を高めることができます。

3-2. 横方向への事業拡大と多角化戦略

もう一つの戦略として、横の事業拡大があります。たとえば大手ゼネコンが住宅リフォーム会社を買収するケースや、建設会社が不動産会社を傘下に入れるケースなどが考えられます。もともと土地取得・開発から建築施工までを一貫して行っていた企業が、さらに不動産売買や仲介業務、施設管理を行う企業を加えることで、不動産関連ビジネスをワンストップで提供できるようになるのです。また、リフォームや不動産管理といった収益性の高い領域をグループに取り込み、景気変動リスクを分散しようとする狙いもあります。

3-3. 技術・ブランド力の獲得

建設業界ではブランド力や技術力が大きな差別化要因となります。耐震技術や超高層建築技術、環境配慮型のエコ建材開発など、他社にない独自技術を獲得するために、特定分野で強みを持つ企業を買収するケースも増えています。また、歴史のある企業は伝統や信用力が高く、公共事業の入札や大手クライアントとの取引で有利となることがあります。こうした「老舗ブランド」を取り込み、外部からの信頼と実績を得ることもM&Aの大きな目的となります。

3-4. 地域密着と営業ネットワークの獲得

建設業界では、地域に根付いた営業活動が重要です。地方都市や特定地域で強い顧客基盤を築いている中小企業を買収することで、地域特性やローカルネットワークを手に入れることができます。たとえば、都市再開発プロジェクトで地元自治体や地権者との交渉が必要な場合、地域に長年根付いた企業をグループ化すると、案件獲得や交渉がスムーズに進む可能性が高まります。そうした地域密着型の営業力を狙って、M&Aが活用されることも多いのです。


第4章:法規制・許認可上の注意点

4-1. 建設業許可・経審(経営事項審査)の扱い

建設業界特有の規制として、「建設業許可」や公共工事受注に関わる「経営事項審査(経審)」があります。M&Aの際には、被買収企業が保持している建設業許可や経審の点数がどのように扱われるかが重要です。合併の場合は新設合併か吸収合併かによって許可や経審の引き継ぎ方が異なり、買収(株式譲渡)の場合は経審の点数が引き継がれるかどうか、許可の更新手続きが必要かなど、細かな実務対応が求められます。もし許可の更新がうまくいかずに失効してしまうと、公共工事の入札資格を失うリスクもあるため、専門家と連携しながら慎重に進める必要があります。

4-2. 労務管理と下請法への対応

建設業界では、下請法や労働安全衛生法など、元請け・下請けの関係や建設現場の安全管理を定める法律が多岐にわたります。M&Aによって企業グループが拡大すると、下請けとの取引慣行の見直しや安全衛生管理体制の整備が必要になる場合があります。特に、親会社と子会社、または新たに加わったグループ企業間の取引が優越的地位の乱用にあたらないかどうかは、下請法上チェックされる可能性があるため注意が必要です。

4-3. 独占禁止法と公正取引

M&Aによって競合他社を統合することで、市場支配力が大きくなる場合は、独占禁止法(公正取引委員会)の審査対象となり得ます。建設業界は地域ごとの受注シェアや公共工事の入札競争などが重要視されるため、特定の地域で支配的なシェアを有する会社同士が合併・買収を行うと、公取委の審査が厳しくなる可能性があります。審査の結果、条件付きで承認されたり、場合によってはM&Aが阻止されたりすることもあるため、早期に専門家に相談して十分な対応策を検討することが望ましいです。


第5章:デューデリジェンス(DD)と企業価値評価のポイント

5-1. デューデリジェンスの重要性

M&Aにおいては、対象企業の財務や事業内容、法務リスクなどを詳細に調査するデューデリジェンス(DD)が極めて重要です。特に建設業界では、過去の工事に関する瑕疵保証リスクや未払金の存在、現場の安全管理、許認可の継続性など、確認すべきポイントが多岐にわたります。DDをおろそかにすると、買収後に予期せぬ負債やトラブルが発覚し、大きな損失を被るリスクがありますので、専門家チームを編成し、包括的な調査を実施する必要があります。

5-2. 工事進行基準と売上計上の確認

建設業界の会計処理には「工事進行基準」が適用されることが多く、工事の進捗状況や完成度合いに応じて売上を計上する必要があります。DDでは、この工事進行基準の適用方法や計上時期に誤りがないかを厳密にチェックすることが重要です。工事進行基準の適用ミスは、決算書の売上や利益を大きく歪める可能性がありますので、買収後に想定外の損失が発生しないよう、会計監査を含めた慎重な確認が求められます。

5-3. 潜在的な不良債権や保証債務

建設企業の場合、元請けや下請けの関係で受取手形が多い傾向がありますが、相手先の経営状況によっては不良債権化するリスクも否定できません。また、連帯保証や共同保証など、建設プロジェクトを円滑に進めるために負担している債務がある場合も多いです。これらの潜在的なリスクを十分に洗い出すことで、M&A後の損失リスクを低減できます。

5-4. 企業価値評価—DCF法やM&A市場での実例比較

建設企業の企業価値評価では、一般的なDCF(ディスカウントキャッシュフロー)法や類似会社比較法、過去のM&A案件との比較などが用いられます。ただし、建設業界特有の工事受注形態や公共事業依存度、経審の点数、保有資格者数など、加味すべき要素が多数あります。たとえば公共工事比率が高い企業は景気変動の影響を受けにくい反面、公共事業の予算縮小リスクを常に抱えているともいえます。こうした業界特有の要因を総合的に評価し、M&Aにおいて適切な価格を算出することが求められます。


第6章:PMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)の実務

6-1. PMIの重要性

M&A後の統合過程であるPMI(Post Merger Integration)は、M&Aの成功を左右する極めて重要なフェーズです。特に建設業界では、安全管理・現場管理のオペレーションの統合や、下請業者との取引形態の見直しなど、他業界以上に現場レベルの調整が必要となります。PMIをスムーズに進めるためには、事前に統合計画を策定し、優先度を決めて段階的に進めることが大切です。

6-2. 組織文化の違いと人材マネジメント

企業文化や組織風土が大きく異なる企業同士が合流すると、従業員のモチベーション低下や離職につながる可能性があります。特に建設業界では、職人気質が強かったり、現場主導の風土が根づいていたりするなど、独特の文化がある場合があります。PMIでは、買収側の一方的な方針押し付けを避け、現場の声を取り入れながら、組織体制や人事評価制度、労務管理のルールを最適化していく必要があります。従業員が安心して働けるようにするためのコミュニケーション施策も重要です。

6-3. 業務システムやITプラットフォームの統合

DXの波が押し寄せる建設業界において、ITシステムの統合もPMIの大きなテーマとなります。受注管理システムや施工管理システム、会計システムなど、企業ごとに異なるシステムを導入しているケースが多いため、重複や非効率を排除するための統合プランが必要です。特に大規模なM&Aの場合、システム統合に伴うコストや時間が膨大になる可能性があるため、優先順位を明確にしたロードマップを作成し、段階的に統合を進めることが望ましいです。

6-4. ブランディングと営業戦略の再構築

M&Aによって企業グループが拡大すると、ブランド戦略や営業戦略の再定義が求められます。旧来のブランド価値を維持しながら、新たに統合された企業の技術力やサービスをどう訴求するかは重要な課題です。また、顧客との契約内容や提案プロセスの変更が必要となる場合もあるため、営業担当者に対する研修や顧客への周知を早めに行い、混乱を最小化する必要があります。


第7章:具体的な事例と学ぶべきポイント

7-1. 大手ゼネコンによる専門工事会社の買収

国内大手ゼネコンが、配管工事や電気設備工事など特定分野に強みを持つ専門工事会社を買収するケースが多数見られます。これは、ゼネコンが下請企業を内製化することで、工期短縮や品質管理の一元化を図るとともに、コスト削減を狙う戦略です。また、専門工事会社が有する職人や技術者を確保することで、人材不足を補うメリットもあります。ただし、買収後のPMIでは、従来の下請的な関係から一体的なグループ運営へと変えるうえで、組織体制の整備が課題となります。

7-2. 中堅・中小企業の事業承継型M&A

建設業界では、中堅・中小企業の多くが後継者不在の問題に直面しています。そこで、大手や他の中堅企業が株式譲渡を通じてオーナー経営者の事業承継を支援し、そのまま経営を継続させるM&Aが増えています。このケースでは、買収側は地域に根差した顧客基盤や工事受注実績を取り込みつつ、売却側は従業員の雇用確保や会社の存続を実現できるため、双方にメリットがあります。しかしながら、オーナーの個人保証や、個人的な取引ネットワークをどのように引き継ぐかといった点に注意が必要です。

7-3. 海外企業とのクロスボーダーM&A

海外の建設会社や不動産開発会社が日本市場に参入するために、既存の日本企業を買収するケースもあります。逆に日本企業が海外の建設企業を買収し、新興国のインフラ整備事業に参画するパターンも見られます。いずれの場合も、法規制やビジネス慣習、言語の違いなど多くの課題があり、専門家を交えた入念な準備が必要です。特に日本側では、海外での贈賄リスクや反社会的勢力との関係性などを十分に調査し、コンプライアンス体制を整備することが欠かせません。


第8章:中小企業のM&A活性化と公的支援

8-1. 事業承継問題の解決策としてのM&A

日本国内では中小建設企業の大半がオーナー経営者の高齢化に直面しており、その解決策としてM&Aが注目されています。しかしながら、中小企業は大手企業に比べて情報開示や会計処理が整備されていないケースが多く、買収希望企業とのマッチングが進まないこともあります。こうした課題に対して、公的機関や都道府県の事業承継・引継ぎ支援センターなどが情報提供や仲介を行い、M&Aの活性化を支援しています。

8-2. 公的機関や金融機関の役割

政府や地方自治体の施策としては、事業承継に関する専門家派遣や補助金、融資制度などが用意されている場合があります。また、地方銀行や信用金庫など地域金融機関も、地元の中小建設企業のM&Aに積極的に関与しています。これにより、経営者が安心してM&Aに踏み切れるようになると同時に、地域経済の活性化にもつながります。

8-3. 外部アドバイザーや仲介会社の活用

中小企業がM&Aを成功させるためには、M&A仲介会社やコンサルティングファーム、弁護士、税理士といった専門家のサポートが不可欠です。建設業界特有の規制や許可の扱いに精通したアドバイザーを選定することで、スムーズな取引を実現できるでしょう。仲介手数料などコストはかかりますが、M&Aの失敗リスクを最小化するためには、専門家の助言を仰ぐことが結果的にはコスト削減や時間短縮につながります。


第9章:M&Aプロセスのステップと実務ポイント

ここでは、建設業界におけるM&Aを進めるにあたっての代表的な手順と実務上のポイントを整理いたします。

  1. M&A戦略の策定
    • 自社の経営戦略や事業領域を踏まえ、どのような企業を対象とするかを明確にします。
    • 目的を整理し、シナジーが期待できる分野を特定します。
  2. ターゲット企業の選定・アプローチ
    • 経営者や仲介会社、公的支援機関などのネットワークを活用して、買収候補となる企業をリストアップします。
    • NDA(秘密保持契約)を締結のうえ、初期的な情報を収集します。
  3. 基本合意(LOI)の締結
    • 財務情報や事業内容を踏まえ、概算の買収価格やスキームを検討します。
    • 重要事項について大枠の合意を得たうえで、基本合意書を締結します。
  4. デューデリジェンス(DD)の実施
    • 財務・税務・法務・人事・ITなど、多角的な観点からリスクを洗い出します。
    • 建設業許可や経審点数、過去工事の瑕疵リスク、下請関係、保険契約など、業界特有のポイントを入念にチェックします。
  5. 最終契約書の締結
    • DDの結果を踏まえて買収価格や譲渡条件を最終調整し、株式譲渡契約(SPA)や合併契約を締結します。
    • 条件成就やクロージング手続きに進みます。
  6. PMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)の実施
    • 組織再編や人事配置、業務システム統合など、M&A後の統合を計画的に進めます。
    • 必要に応じてブランド戦略や営業方針の見直しも行い、シナジー最大化を図ります。

第10章:建築・建設業界におけるM&Aの成功要因とリスク

10-1. 成功要因

  1. 明確な戦略目的の設定
    M&Aが自社の経営戦略にどのような貢献を果たすのかを明確にし、買収後の具体的なプランを策定することが重要です。
  2. 十分なDDとリスク管理
    建設業界特有のリスクを見落とさないよう、多岐にわたるDDを実施し、潜在的リスクを可視化します。
  3. PMIにおける現場との連携
    M&Aを成功させるには、経営レベルだけではなく、現場レベルでの意識改革と業務プロセスの融合が不可欠です。
  4. 組織文化の相互理解
    異なる企業文化が衝突しないよう、買収側も被買収側も尊重し合う姿勢が必要です。

10-2. 失敗リスク

  1. シナジーが想定ほど得られない
    垂直統合や多角化のメリットが十分に発揮されず、期待していたコスト削減や売上拡大が実現できないリスクがあります。
  2. 許認可上のトラブル
    建設業許可の更新や経審の点数引き継ぎがうまくいかず、公共工事の入札資格を失う可能性もあります。
  3. 人材の離職や士気低下
    統合後の方針に不満を抱いた従業員が離職するなど、経営資源である人材が流出する恐れがあります。
  4. コンプライアンスリスク
    下請けとの取引慣行や海外事業における賄賂リスクなど、社内統制の弱い企業を買収することで、思わぬ不祥事に発展する可能性があります。

第11章:今後の展望—DXやグローバル化時代のM&A

11-1. DXの進展と新たなビジネスモデル

BIMやCIM、ドローン測量、AIによる建築現場の安全管理など、建設業界におけるDXの進展は今後も加速すると考えられます。この潮流のなかでITスタートアップや先端技術企業を取り込み、新しいビジネスモデルを構築するM&Aがさらに活性化するでしょう。建設現場の省人化・自動化、スマートシティ構想などを見据え、大手・中堅企業が戦略的に技術力を獲得しようとする動きが加速すると予想されます。

11-2. サステナビリティとESG投資の影響

地球環境や社会課題への配慮が求められる時代になり、建設業界でもESG(環境・社会・ガバナンス)投資やSDGsの理念が注目を集めています。再生可能エネルギー事業や省エネ建築技術、廃棄物リサイクル技術などを保有する企業との提携や買収が増え、環境負荷低減や社会貢献を軸にした建設企業のブランディングが進むと考えられます。こうした流れも新たなM&Aの原動力となるでしょう。

11-3. 国内市場縮小と海外展開

日本国内の人口減少により、住宅需要や公共工事の総量は長期的には縮小すると見込まれます。一方、新興国やアジア地域では都市化やインフラ整備需要がまだ拡大傾向にあります。日本の高い建設技術やノウハウは海外でも評価されやすいことから、海外企業とのクロスボーダーM&Aや海外進出を通じて成長機会を求める動きが活発化すると考えられます。為替リスクや政治リスクなど新たな課題はありますが、グローバル化を避けては通れないのが建設業界の現実です。


第12章:まとめ—建築・建設業界におけるM&A活用のポイント

建築・建設業界は少子高齢化や人口減少、公共事業予算の変動、人材不足など、多くの課題に直面しています。その一方でDXの波や海外事業の拡大、ESG投資の隆盛など、新たなチャンスも存在します。こうした変化の大きい環境下で企業が持続的に成長していくためには、M&Aを戦略的に活用することが有力な選択肢となるでしょう。

しかしながら、M&Aは買収価格の妥当性やPMIの成否など、多角的な視点から検討が必要であり、リスクも高い手法です。特に建設業界特有の許認可や労務管理、現場オペレーションなどを把握したうえで進めなければ、想定外の問題が後から浮上する可能性が高まります。したがって、専門家によるDDやリスク分析の徹底、PMI計画の策定と実行が不可欠といえます。

今後も、建築・建設業界におけるM&Aは進むと予想されますが、その成否を左右するのは「現場を巻き込んだ綿密な準備とアフターケア」です。合併・買収によって得られるシナジーを最大化するためには、経営陣だけではなく、現場の技術者や従業員、協力会社、さらには地域社会まで含めた多様なステークホルダーとの協力体制を整える必要があります。各企業は自社の強みと市場環境を的確に見極め、最適なM&A戦略を打ち立てていくことが望まれます。


参考文献・情報源

  • 国土交通省「建設業の現状と課題」
  • 一般社団法人日本建設業連合会(建設経済データ)
  • M&A仲介会社のレポートや事例集
  • 中小企業庁「事業承継ガイドライン」
  • 公正取引委員会「企業結合規制の実務」