目次
  1. 1.ビルメンテナンス業界の概要と特徴
    1. 1-1.ビルメンテナンス業界の役割
    2. 1-2.業界規模と市場環境の変化
    3. 1-3.ビルメンテナンス企業にとってのM&Aの意義
  2. 2.主要プレイヤーの動向:警備会社・不動産系・独立系企業の事例
    1. 2-1.警備会社によるビルメンテナンス事業の取り込み
      1. 2-1-1.ALSOK(綜合警備保障)の例
      2. 2-1-2.東洋テックの例
    2. 2-2.不動産関連会社によるビルメンテナンス事業の拡充
      1. 2-2-1.片倉工業によるガーデンエクスプレスの子会社化(2022年9月)
      2. 2-2-2.ナックによるアーネストの子会社化(2012年1月)
      3. 2-2-3.サンフロンティア不動産によるユービの子会社化(2011年12月)
      4. 2-2-4.いちごグループホールディングスによる日米ビルサービス・日米警備保障の子会社化(2012年1月)
    3. 2-3.独立系ビルメンテナンス企業とMBO、事業再構築のための売却事例
      1. 2-3-1.大成のMBOと上場廃止(2021年2月発表)
      2. 2-3-2.東京美装興業のMBOによる非公開化(2010年4月発表)
      3. 2-3-3.大成の海外M&A展開と非公開化の動機
  3. 3.新技術との融合や異業種参入によるM&A動向
    1. 3-1.AI・ロボティクスとの連携
    2. 3-2.レジャー・温浴施設運営の売却とビルメンテナンス企業の取得
  4. 4.地域密着企業との統合・買収によるネットワーク拡大
  5. 5.M&Aの目的とシナジー:事例の総合分析
  6. 6.今後の展望:サービスの高度化とDX推進
  7. 7.まとめ:変革期のビルメンテナンス業界とM&Aの重要性

1.ビルメンテナンス業界の概要と特徴

1-1.ビルメンテナンス業界の役割

ビルメンテナンス業界は、建物の清掃や警備、設備管理、修繕・リフォームなど、建物やその付帯設備の維持管理全般を担う産業です。具体的には以下のような業務が含まれます。

  1. 清掃・衛生管理
    • 日常清掃(床や窓、共用部などの定期的な清掃)
    • 特殊清掃(高所清掃や排水管清掃など)
    • ゴミの収集・分別・廃棄
  2. 警備・保安業務
    • 施設警備(常駐警備員、受付、巡回)
    • 機械警備(センサーやカメラによる遠隔監視)
    • 防犯対策(防犯カメラの設置・運用など)
  3. 設備管理
    • 空調・給排水設備の点検・管理
    • 電気設備や消防設備の保守・点検
    • 昇降機(エレベーター、エスカレーター)のメンテナンス
  4. 修繕・リニューアル工事
    • 内装リフォーム、外装修繕
    • 設備機器の更新・補修
    • 安全基準や法令に合った改修作業
  5. 衛生管理・環境対策
    • ビルの省エネやCO2削減施策の導入
    • 害虫・害獣対策
    • 建物周辺の植栽や造園、環境整備

これらのサービスは、24時間365日、利用者が安心・快適に建物を使える環境を維持するうえで欠かせません。そしてビルメンテナンス業は、人手と専門知識が必要とされるサービス産業として発展を続けてきました。

1-2.業界規模と市場環境の変化

ビルメンテナンス業界は、総合ビル管理会社、大手警備会社系列のビルメンテナンス部門、独立系の地域密着企業など、多様な企業が存在するのが特徴です。業界全体の規模は安定しており、オフィスビルや商業施設の維持管理需要は景気の影響を受けやすいとはいえ、建物がある限りゼロにはなりにくい特殊性を持っています。

しかし近年、テナントオフィスの在り方が大きく変化しています。新型コロナウイルス感染症拡大を機にテレワークが定着し、オフィスを縮小する企業が増えつつあります。また、商業施設においてもインターネット通販の浸透などで来店客数が変動するなど、ビルメンテナンス需要にも影響が及んでいます。一方で、環境衛生への意識の高まり建物の高齢化による修繕ニーズの拡大、インバウンド需要の復調(ホテルや商業施設の維持管理ニーズの増加)などもあり、業界には一定の拡大余地があるとも考えられます。

1-3.ビルメンテナンス企業にとってのM&Aの意義

こうした変化の時代において、ビルメンテナンス企業は顧客の多様なニーズに応えるため、業務の幅を広げるとともに、地域密着から広域展開へとビジネスを拡大していく必要があります。その一方で、人手不足や技術力確保の問題を抱える企業も少なくありません。M&Aはこうした課題を解消し、事業の安定性と競争力を高める有力な手段といえます。

具体的には、警備会社や不動産会社がビルメンテナンス分野を取り込むケースや、海外展開を視野に入れた企業が現地のビルメン企業を買収するケース、逆に集中と選択を図るために非中核事業としてのビルメンテナンス部門を売却するケースなどがあります。以下では、実際に報道された多数の事例をベースに、各社のM&A動向やその狙いを詳しく見ていきます。


2.主要プレイヤーの動向:警備会社・不動産系・独立系企業の事例

2-1.警備会社によるビルメンテナンス事業の取り込み

2-1-1.ALSOK(綜合警備保障)の例

ビルメンテナンス事業に積極的なのが警備大手のALSOK(綜合警備保障)です。警備・防災を主力とする同社は、ビルメンテナンスやファシリティマネジメントとの相乗効果を狙ったM&Aを積極的に展開しています。

  • 日本ビル・メンテナンスの子会社化(2014年4月)
    ALSOKは、ビルメンテナンス会社の日本ビル・メンテナンス(売上高96億9,000万円、純資産17億6,000万円)の株式77.1%を取得し、子会社化しました。取得日は2014年4月8日で、取得価額は非公表です。
    日本ビル・メンテナンスは、設備管理・清掃・警備・工事などを幅広く展開しており、1955年の創業からの歴史と実績を持つ老舗企業です。ALSOKとしては警備・防災を軸にしてきた自社のサービスに、さらに総合的な建物維持管理サービスを取り込み、顧客の利便性を高める目的がありました。
  • 日産クリエイティブサービスのセキュリティ事業・ビルメンテナンス事業を取得(2013年7月決議、2014年4月承継)
    ALSOKは日産クリエイティブサービスから、セキュリティ事業とビルメンテナンス事業を会社分割した新設会社の全株式を取得する形で事業を承継しました。自動車メーカー関連企業が持つ強固なブランドと技術力を併せ持つ事業を統合し、一層付加価値の高いサービスの提供と企業価値の向上を図ったものとみられます。こちらも取得価額は未定と発表されましたが、警備とビルメンテナンスの融合という点でALSOKの事業ポートフォリオの拡充につながっています。
  • カンソーの子会社化(2024年9月発表、12月1日取得予定)
    最近では、エイチ・ツー・オーリテイリング傘下のビルメンテナンス会社カンソー(大阪市。売上高69億9,000万円、営業利益1億4,200万円、純資産78億円)を取得することを決めました。関西におけるファシリティー・マネジメント事業の拡充を目指したM&Aとされています。警備事業を中核とするALSOKが、大阪を中心にビル管理や清掃、警備など幅広く手がけるカンソーを傘下に収めることで、地域の顧客開拓やサービス強化が期待されています。

こうしたALSOKの取り組みは、警備とビル管理の組み合わせが顧客にとってワンストップサービスをもたらし、営業や現場オペレーションなど様々な面での効率化や差別化につながる事例といえるでしょう。

2-1-2.東洋テックの例

東洋テックも警備大手の一角で、大阪を拠点として事業展開しています。同社は、地域開発や都市再開発プロジェクトなどとも連動しつつ、ビル管理会社の買収を通じて事業領域を拡大してきました。

  • フジサービスの子会社化(2009年2月)
    大阪市を拠点とし、清掃や設備管理および労働者派遣などを幅広く行っていたフジサービス(売上高9億6,400万円、純資産4億3,500万円)の全株式を取得し子会社化しました。ビルメンテナンスのノウハウを取り込み、警備とビル管理の一体運営による相乗効果を狙った形とされています。
  • 共同総合サービスグループの子会社化(2010年12月)
    2011年2月に実行されましたが、ビル管理の共同総合サービスとその子会社である共同ライフエンジニヤ、共同クリーンシステムの3社を傘下に入れました。これにより、大阪市阿倍野地区での事業基盤を一気に強化しつつ、やはり警備とビル管理の両面から総合的な施設運営サービスを提供する体制を整えました。

このように警備会社がビルメンテナンス企業を買収する背景には、「警備×ビル管理」によるシナジーが存在します。たとえば、警備員が常駐するビルでの日常的な清掃・簡易設備管理を連携して行える、警備の巡回ルートと清掃の導線の効率化など、業務の重複や無駄を削減できます。また、警備契約先への追加サービス提案が可能となるため、売上拡大の機会も増えます。


2-2.不動産関連会社によるビルメンテナンス事業の拡充

2-2-1.片倉工業によるガーデンエクスプレスの子会社化(2022年9月)

片倉工業は繊維事業で著名ですが、不動産事業も展開しており、自社子会社である片倉キャロンサービスを通じてビルメンテナンス業を行っています。近年のニーズ多様化に対応するため、2005年設立のガーデンエクスプレス(売上高8億1,200万円、営業利益4,230万円)を子会社化しました。こちらは植木・造園メンテナンス業に強みがある企業です。片倉工業としては、ビル管理の付帯業務としての造園や緑地管理は新たな付加価値を提供できる分野であり、不動産周辺ビジネス強化の一環として相乗効果が期待できます。

2-2-2.ナックによるアーネストの子会社化(2012年1月)

宅配水(クリクラ)や住宅事業などを手広く行うナックは、2012年にビルや店舗などの清掃管理業務を担うアーネスト(売上高6億3,100万円、営業利益3,700万円)を株式交換により完全子会社化しました。業務市場向けの清掃・管理サービスを拡充することにより、不動産管理との相乗効果や、既存顧客への総合サービス提供を図ったものと思われます。

2-2-3.サンフロンティア不動産によるユービの子会社化(2011年12月)

サンフロンティア不動産は都心部のオフィスビルの再生事業などを得意としています。2012年1月に、清掃や設備管理を行うユービ(売上高10億2,000万円、営業利益3,400万円)を子会社化することで、不動産再生事業にビル管理の専門性を取り込み、ビル総合運営力の強化を目指しました。これにより、買い取った老朽化ビルの再生後の運営まで一貫して行える体制を構築し、バリューアップ効果を高めています。

2-2-4.いちごグループホールディングスによる日米ビルサービス・日米警備保障の子会社化(2012年1月)

不動産再生やアセットマネジメント事業を手がけるいちごグループHDは、千葉県北部から茨城県南部を中心に設備、清掃、警備まで担う日米ビルサービス(売上高3億2,800万円)と日米警備保障(売上高1億7,800万円)を買収し子会社化しました。2010年に同エリアで別のビルメン企業を子会社化していたこともあり、これら企業を同グループにまとめることで、地域での一貫管理体制を築き上げたと考えられます。

こうした不動産関連会社の動きは、開発・所有・運営まで一気通貫でサービスを提供できる体制を構築するうえで、ビルメンテナンス機能の内製化(あるいはグループ化)が大きなメリットをもたらします。また、物件を増やすほどビル管理業務の受注が安定しやすくなるという強みもあり、資産価値向上策としてのM&Aが選択されるようになっています。


2-3.独立系ビルメンテナンス企業とMBO、事業再構築のための売却事例

ビルメンテナンス企業の中には、独立系として長年地域に密着しながら事業を展開してきた企業も多く存在します。しかしながら、市場環境の変化や事業承継問題などを理由に、MBO(経営陣による買収)や、より規模の大きな企業のグループに入る形での統合が進む例も見られます。

2-3-1.大成のMBOと上場廃止(2021年2月発表)

大成(名証2部上場)は総合ビルメンテナンス業を主力とする独立系の企業でしたが、2021年2月8日にMBOの実施を発表しました。TOB(株式公開買い付け)によって全株式を買い取り、上場廃止とする方針を打ち出したのです。

  • 買付価格は1株あたり1,140円で、前営業日の終値(768円)に48.44%のプレミアムを加えた価格設定でした。
  • 新型コロナウイルス拡大に伴い、テレワークが浸透しオフィス需要の先行きが不透明になる中、非公開化によって経営判断を迅速化し、事業構造の見直しを行うことが狙いとされました。
  • 大成は1959年設立、1999年に上場という長い歴史を持つ企業であり、警備・設備管理・工事までをカバーする総合サービス体制を持っていましたが、大きな環境変化を受け、これからはスピーディーな意思決定が重要であると判断したわけです。

2-3-2.東京美装興業のMBOによる非公開化(2010年4月発表)

ビルメンテナンスを主力とする東京美装興業は、経営陣が設立したティービーホールディングスによるTOBでMBOを実施し、上場廃止となりました。競争激化や取引先からのコスト削減圧力で業績が伸び悩む中、抜本的な経営改革には短期的収益悪化も伴う可能性があり、上場企業のままでは株主への説明責任や短期的利益の確保が難しくなる恐れがあったのです。

  • 買付価格は1株あたり905円で、公表前営業日の株価680円に対して約33.1%のプレミアムを乗せました。
  • 業務拡大のために積極的投資やシステム改革などを進めるには、上場による情報開示や短期的株価への影響を考慮しなければならず、スピード感がそがれることがあります。ビルメンテナンス業は労務集約的でもあり、労働環境の改善や技術投資など、中長期的視野に立った経営改革が重要となります。そうした判断から、非公開化が選択されました。

2-3-3.大成の海外M&A展開と非公開化の動機

なお、大成はMBO以前に海外M&Aも積極的に行ってきました。具体的には、香港のRazor Glory(2015年買収)ベトナムのCare Vietnam(2016年発表、2017年子会社化)、**シンガポールのC+H Associates(2019年買収)**と、アジア市場での足場を広げる戦略を推進していました。東南アジアの経済成長を取り込み、総合ビルメンテナンスのノウハウを海外でも展開したいという明確な動機があったのです。

しかし、新型コロナウイルス禍によって先行きが不透明になり、オフィス需要の変化や海外での事業環境変化のスピードが高まったことで、外部株主の存在を気にせず迅速かつ大胆な経営判断を行うには、非公開化するという選択が合理的であったという事情がうかがえます。


3.新技術との融合や異業種参入によるM&A動向

3-1.AI・ロボティクスとの連携

ビルメンテナンス業界では、省人化品質向上のためにAIやロボット技術を導入する動きが加速しています。

  • 倉元製作所によるアイウイズロボティクスの子会社化(2024年8月発表)
    倉元製作所(ガラス基板の加工が主力)は、業務用掃除ロボットを開発・販売するアイウイズロボティクス(売上高3億2,600万円、営業利益2,150万円)を株式交換により子会社化することを決定しました。工場の遊休スペースを活用してロボットの製造・整備に乗り出し、多角化を図る狙いがあります。近年、コンビニやドラッグストアなど24時間営業かつ人手不足が深刻な業態では、自動清掃ロボットの導入が進むと見込まれます。
    また、2024年9月3日の追記事項によれば、株式交換比率は倉元製作所1:アイウイズロボティクス13,755.78889となり、アイウイズロボティクスの株主が倉元製作所の株式を受け取る形となりました。これにより、倉元製作所は製造業からビルメンテナンス向けロボットの供給という新たな事業領域に踏み出すこととなります。

3-2.レジャー・温浴施設運営の売却とビルメンテナンス企業の取得

一方で、非中核事業の売却という形でビルメンテナンス企業やその関連事業が譲渡される例も見受けられます。

  • エコナックホールディングスによるハッピーリゾート(グランピング施設運営会社)の売却(2023年1月発表)
    エコナックHDは日帰り温泉併設のグランピング施設を運営する子会社ハッピーリゾートの株式を90%ビルメンテナンス業のトーテム、10%をクリーニング業の大富に譲渡しました。短期的に利益改善が見込めないこと、グループの構造改革が必要だったことが理由とされています。買い手側がビルメンテナンス企業である点は興味深く、レジャー施設運営に必要な施設管理・清掃・サービスを自社で強化する目的があったと推察されます。
  • マミヤ・オーピーによるシャフトラボ譲渡(2011年8月発表)
    ゴルフシャフトの製造販売を行っていた子会社を、ビルメンテナンス業のイーシー都市開発に譲渡したという異業種間の動きもあります。ゴルフ用品事業を完成品中心にシフトするために、シャフト製造子会社を売却し、経営資源の集中を図ったという背景です。買収したイーシー都市開発はビルメンテナンス企業とされていますが、事業ポートフォリオの多角化を狙った可能性があります。

4.地域密着企業との統合・買収によるネットワーク拡大

ビルメンテナンス業界では、エリアごとに地域密着型の企業が多数存在し、地場で強い顧客基盤やノウハウをもつケースがしばしば見受けられます。こうした企業を買収することで、新たな地域への進出や顧客ネットワーク拡大を果たすM&Aも活発化しています。

  • ジャパンエレベーターサービスHDによる上新ビルサービスの子会社化(2019年3月発表)
    エレベーターやエスカレーターのメンテナンスを手がけるジャパンエレベーターサービスHDは、新潟県上越市のビルメン企業・上新ビルサービス(売上高6億6,300万円、営業利益5,200万円)を買収し、未展開だった信越地域でのサービス提供を強化しました。エレベーターの保守管理とビルメンテナンスは親和性が高く、顧客層が重なるため、相互に販路拡大が見込めるのです。
  • クロップス子会社(いすゞビルメンテナンス)による代々木の杜企画など3社の買収(2018年1月)
    代々木の杜企画は売上高10億7,000万円のマンションメンテナンス事業を手掛ける会社で、トリトンやモップスなど同業2社ともまとめてクロップスの子会社化が決定しました。携帯販売事業などが主力のクロップスが、グループ子会社のビルメン企業を通じて都心部のマンション管理事業に参入する事例であり、人材と技術力の補完が目的とされています。
  • コムシスHDによるセントラルビルサービスの子会社化(2014年3月決議、4月実施)
    コムシスHDは通信工事を中心に事業を展開する大手ホールディングスです。北海道の地場企業であるセントラルビルサービス(売上高4億9,000万円)の株式交換による完全子会社化により、関連する通信設備工事とビル管理サービスのシナジーが期待できます。釧路や札幌を拠点にビルメンテナンス、警備でトップクラスのシェアを持つセントラルビルサービスのノウハウを、コムシスHDグループが活用できる形です。
  • シーズメンによるミヤマの子会社化(2024年8月)
    衣料品小売を主力とするシーズメンが、長野県上田市の総合ビルメンテナンス業ミヤマ(売上高6億4,800万円)を全株式取得し、子会社化しました。衣料品小売りは外部環境の影響を受けやすくリスクが高いため、安定的なストックビジネスであるビルメンテナンスへ多角化する狙いがあると考えられます。取得価額は3,085万円と比較的低額ですが、地域に根ざした企業を手中に収めることで、新規収益源の獲得を目指す動きです。

5.M&Aの目的とシナジー:事例の総合分析

上述の多様な事例から、ビルメンテナンス業界におけるM&Aの目的や狙いを整理すると、主に以下の6点に集約されます。

  1. 事業領域の拡大・総合化
    警備大手がビルメンテナンス企業を買収するケースや、不動産会社が自社のグループにビルメンテナンス機能を取り込むケースは、サービスの総合化を通じて顧客満足度の向上やクロスセル(追加提案)につなげる意図があります。ワンストップサービスを実現し、営業効率・顧客囲い込み効果を高める狙いといえます。
  2. 地域密着企業の獲得による営業基盤強化
    地元に根強いネットワークを持つ中小ビルメン企業を買収することで、新たな地域における受注機会を拡大します。特に広域展開を狙う大手にとって、地場企業の独自ノウハウや既存顧客との関係性は大きな魅力です。
  3. 海外展開・国際事業強化
    大成のようにアジアへ積極的に進出するケースは、現地のビルメンテナンス企業を買収することでその国の文化や規制を理解し、スムーズに事業を展開できるという利点があります。香港やベトナム、シンガポールなど経済成長が顕著な地域では、ビルメンテナンス需要が拡大しており、日系企業のノウハウが大きく生かせる可能性を秘めています。
  4. 労働力不足への対処と技術継承
    ビルメンテナンス業界では人手不足が長期的な課題です。買収を通じて熟練のスタッフや管理技術を一挙に獲得することで、教育コストや採用コストを抑え、即戦力を手に入れるというメリットがあります。
  5. 非中核事業の整理・選択と集中
    マミヤ・オーピーやエコナックHDの事例のように、ゴルフシャフト製造やグランピング施設など本業から離れた部門を売却し、ビルメンテナンス企業が買い手になったケースもあります。売り手側は経営資源をコア事業に集中できますし、買い手側は新たな市場や技術を獲得して事業多角化を図ることができます。
  6. 経営の迅速化・非公開化(MBO)
    大成や東京美装興業のMBOに見られるように、上場企業が競争激化や業績低迷を乗り越えるため、思い切った改革を行うには上場廃止が合理的と判断される場合があります。ビルメンテナンス業は労働集約型であり、利益率の維持やサービス品質の向上のためには腰を据えた投資と運営が必要になります。株主の短期的視点に左右されることなく、長期的戦略を実行するためにはMBOを通じた非公開化が一つの選択肢となるのです。

6.今後の展望:サービスの高度化とDX推進

今後のビルメンテナンス業界におけるM&Aは、DX(デジタルトランスフォーメーション)やIoT技術の普及とともにさらに活性化すると考えられます。

  1. IoTとセンサー技術による設備管理の効率化
    空調設備やエレベーター、セキュリティカメラなど、建物内の機器がネットワークに常時接続されることで、稼働状況や異常をリアルタイムに把握し、予防保全を行う技術が進んでいます。こうしたハイテクノロジーをすでに持っている企業(IT関連、設備メーカーなど)とのM&Aが増える可能性があります。
  2. AI・ロボティクス活用で省人化と高付加価値化
    倉元製作所が参入するような清掃ロボットだけでなく、警備ロボットや自動巡回ドローンなど、さまざまな分野でのロボット活用が拡大する見込みです。ビルメンテナンス企業にとっては、従来のノウハウと新技術を融合させるために、ロボットベンチャーやIT企業との資本提携やM&Aが効果的とみられます。
  3. ワンストップファシリティマネジメントへの集約
    単なる清掃や警備だけでなく、設備管理から不動産管理、インフラ整備、ITサポートまで含めたトータルマネジメントが求められてきています。特に大規模商業施設や複合開発プロジェクトでは、電力や通信、警備、内装管理、サブスク型オフィスの運用まで、一括でアウトソーシングしたいというニーズが高まります。ここに対応できる企業は競合他社との差別化を図れるため、総合サービスを揃えるためのM&Aがさらに進むでしょう。
  4. ESG・SDGs時代の環境対応やBCP需要
    カーボンニュートラルや省エネ推進、災害対策(事業継続計画)の重要性が高まる中、ビルメンテナンス企業には環境技術や防災ノウハウの強化が求められます。環境関連ベンチャーや防災ソリューション企業とのM&Aは、今後も注目される分野です。

7.まとめ:変革期のビルメンテナンス業界とM&Aの重要性

ビルメンテナンス業界は、オフィス需要の変動や環境への配慮の高まり、技術革新、人手不足などの多面的な課題と機会に直面しています。その中で、企業が自社の強みを活かしつつ、新たなサービス領域を取り込んだり、別事業を手放したりしながら柔軟に経営資源を再配置する手段として、M&Aがこれまで以上に重要視されるようになってきました。

警備会社や不動産会社のように近接領域を持つ大手企業がビルメンテナンス企業を買収するケース、独立系企業が事業継続や経営改革のためにMBOを行うケース、地場のビルメン企業を買収して地域拠点を拡大するケース、さらにロボティクスやAI企業と連携することで新技術を取り込むケースなど、さまざまなM&A事例が存在します。いずれも、サービスの総合化、顧客満足度向上、地域や海外への展開、非中核事業の整理、経営の安定化など明確な動機があります。

今後、ビルメンテナンス業界での競争はサービスの質コスト効率の両立、さらにESG対応やDX推進といった観点から一段と激化すると予想されます。国内市場においては少子高齢化やオフィス需要の先行き不透明感、海外市場ではアジアを中心に需要拡大が見込まれるものの競合も多い環境です。したがって、個々の企業が単独で事業を拡大するだけでは対応が難しくなる局面も増えるでしょう。

その際にM&Aは、他社の強みを一挙に取り込む有効な手段としてさらに活発化する見込みです。買い手企業にとっては事業拡大と競争力強化の機会となり、売り手企業にとっては後継者不足や資金不足の課題を解消する選択肢になる可能性があります。経営戦略として、ビルメンテナンス業界のM&Aは今後も大きな注目を集めるテーマとなることでしょう。