目次
  1. 1. はじめに
  2. 2. ガソリンスタンド業界の背景
    1. 2-1. 日本におけるガソリンスタンドの歴史的変遷
    2. 2-2. ガソリンスタンド数の推移と要因
    3. 2-3. 業界の構造:元売りと特約店、販売店
  3. 3. ガソリンスタンド業界を取り巻く課題と環境変化
    1. 3-1. 少子高齢化・人口減少の影響
    2. 3-2. 自動車市場と燃費向上、EVシフト
    3. 3-3. 地域別格差の拡大と過疎化問題
    4. 3-4. 原油価格の変動と為替リスク
  4. 4. M&Aの概要
    1. 4-1. M&A(合併・買収)とは
    2. 4-2. ガソリンスタンド業界におけるM&Aの特徴
    3. 4-3. M&Aが活発化している要因
  5. 5. 日本のガソリンスタンド業界における主要なM&A事例
    1. 5-1. 元売り同士の統合事例:出光興産と昭和シェル石油の統合
    2. 5-2. 旧JXエネルギー(現ENEOS)系の再編
    3. 5-3. 地域中小スタンド間の合併と再編
    4. 5-4. 異業種参入によるM&A
  6. 6. M&A戦略とシナジー効果
    1. 6-1. コスト削減・効率化
    2. 6-2. 物流・販売チャネルの拡大
    3. 6-3. 新規事業展開とブランド強化
    4. 6-4. スケールメリットと価格競争力
  7. 7. M&Aのプロセス
    1. 7-1. 売り手側の動機・注意点
    2. 7-2. 買い手側の動機・注意点
    3. 7-3. 企業価値評価
    4. 7-4. デューデリジェンス(DD)
    5. 7-5. 統合後のPMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)
  8. 8. ガソリンスタンド業界の今後の展望
    1. 8-1. 電動化・水素ステーションなど次世代エネルギーへの対応
    2. 8-2. コンビニ併設やサービス多角化
    3. 8-3. 地域インフラ拠点としての再定義
    4. 8-4. デジタル化とDX(デジタルトランスフォーメーション)
  9. 9. まとめ

1. はじめに

日本のガソリンスタンド業界は、長期的な需要減少と高齢化、さらにはEV(電気自動車)の普及や環境規制の強化など、多方面からのプレッシャーにさらされています。かつては元売り各社が多数存在していたこの業界も、平成以降の再編の波によって大きく統合が進み、現在ではENEOS、出光興産、コスモ石油などの数社が中心的な役割を担う状況です。また、地方では店舗数の減少が深刻となり、給油が難しい「スタンド過疎地」の存在が社会問題化しています。

このような背景の中で、経営の効率化や生き残り戦略としてM&A(合併・買収)がこれまで以上に注目を集めています。大企業同士の統合のみならず、地域に根差した中小規模のガソリンスタンド同士の合併、あるいは異業種との連携・買収といった動きが活発化しているのです。本稿では、ガソリンスタンド業界におけるM&Aについて、業界の歴史から現在の状況、具体的なM&A事例、そして今後の展望まで幅広く掘り下げていきます。


2. ガソリンスタンド業界の背景

2-1. 日本におけるガソリンスタンドの歴史的変遷

日本においてガソリンスタンドが本格的に普及し始めたのは、モータリゼーションが急速に進行した高度経済成長期(1950〜1970年代)からです。車社会の広がりとともに全国津々浦々にガソリンスタンドが設置され、1960年代には全国各地でガソリンスタンドの数が激増しました。当時は立地要件や法規制も比較的緩やかであり、「どこにでもある」インフラとして認知されていきました。

しかし、1970年代後半の石油危機以降、原油価格の高騰とエネルギー消費に関する社会的な見直しが進み、ガソリンの消費量は徐々に抑制される方向に向かいます。その後も日本は省エネ技術を推進していったことから、車自体の燃費向上もあり、1台あたりのガソリン消費量は上昇一辺倒ではなくなりました。それでもなお自家用車保有台数は伸び続け、スタンド業界としては一定の需要が存在していました。

そしてバブル崩壊後(1990年代以降)は、国内経済が低成長に移行するとともに、ガソリンの需要も伸び悩むようになります。並行して元売り会社同士の再編や経営統合が進み、スタンドのフランチャイズ網でも競争が激化。2000年代以降はセルフ化を含むサービス形態の見直しや、元売りのブランド再編なども加速し、地域の中小スタンドは次第に淘汰される方向へと進んでいきました。

2-2. ガソリンスタンド数の推移と要因

日本におけるガソリンスタンド数は、ピーク時(1990年代前半)は約6万カ所あったといわれます。しかし、経産省のデータなどを参照すると、2020年代には3万カ所を大きく割り込み、2万9千~3万弱ほどまで減少しているのが現状です。ここまで大幅に減少してきた理由としては、以下のような要因が挙げられます。

  1. 需要減少:人口減少や若年層のクルマ離れ、燃費性能の向上などにより、ガソリン需要が伸び悩み・減少している。
  2. 価格競争の激化:大型チェーンやセルフスタンドの増加によって価格競争が激しくなり、利益率が低下。
  3. 設備投資負担:地下タンクや計量機などの設備投資コストが高騰し、老朽化設備の更新が困難になっている。
  4. 過疎化と都市集中:地方では過疎化による需要減、都市部では駅周辺の地価高騰でスタンド用地確保が難しいなど、地域によって異なる課題が存在する。

このように、人口動態や経済状況、技術進歩といった要因が複雑に絡み合い、スタンド数は半減に近い状態まで落ち込んできました。

2-3. 業界の構造:元売りと特約店、販売店

日本のガソリンスタンド業界は、大きく「元売り会社」「卸(特約店)」「販売店」の3層構造で成り立っています。元売り会社とは、原油の輸入・精製・販売までを一貫して行う企業であり、ENEOSや出光興産、コスモ石油などが該当します。元売り会社は直接スタンドを運営する場合もありますが、多くは特約店(卸)を通じて地域の販売店(スタンドオーナー)に燃料を供給しています。

特約店は、元売りから卸した燃料を地域のスタンドに販売する中間業者です。販売店(スタンドオーナー)との契約形態は様々ですが、看板(ブランド)や設備投資費用を元売りや特約店がサポートしつつ、販売店は基本的に小売価格を決めて販売するという形が多いです。元売りや特約店との契約関係を見直すことは簡単ではなく、これが個々のガソリンスタンドの独立性やM&Aの動きにも大きく影響を与えます。


3. ガソリンスタンド業界を取り巻く課題と環境変化

3-1. 少子高齢化・人口減少の影響

日本は少子高齢化が世界的にも顕著であり、総人口が減少傾向にあります。地方部では特に人口流出が深刻化しており、自動車に乗る若年層の減少や、高齢者の免許返納の増加などがスタンドの収益悪化要因となっています。都市部で車が必要ない生活が広まりつつあることも見逃せません。カーシェアリングやサブスクリプションといったサービスが広がっていることも、ガソリン需要にマイナスの影響を与えています。

3-2. 自動車市場と燃費向上、EVシフト

自動車業界では燃費向上技術が目覚ましく進歩し、ハイブリッド車やコンパクトカー、軽自動車など、少ないガソリン消費で走行できる車が増えています。また、EV(電気自動車)の普及拡大はまだ途上にあるものの、国際的な脱炭素化の流れを受けて、10年後、20年後を見据えるとガソリン需要そのものが大幅に減少していく可能性が高いといわれます。自動車メーカーがEVモデルを一斉に拡充していることも、ガソリンスタンド業界にとっては脅威と見なされています。

3-3. 地域別格差の拡大と過疎化問題

地方では交通手段として自動車が欠かせない一方、過疎化と高齢化によってガソリンスタンドの採算が取りづらくなり、閉鎖が相次いでいます。逆に都市部では土地の確保や環境規制の強化、競合他社との価格競争の激化といった問題があり、一概に「都市なら儲かる」というわけでもありません。地域によって異なる事情があるため、経営戦略としては柔軟な対応が必要です。

3-4. 原油価格の変動と為替リスク

ガソリン価格は国際的な原油価格と為替相場によって大きく変動します。原油価格が高騰すれば当然ガソリンスタンドの仕入れ価格も上昇し、小売価格に転嫁しざるを得なくなります。しかし、需要が伸び悩む中で大幅な価格転嫁は販売量の減少につながりやすいため、結果として利益を圧迫することも少なくありません。為替相場の動向によっても仕入れコストは変動するため、経営に常にリスクが伴うといえます。


4. M&Aの概要

4-1. M&A(合併・買収)とは

M&A(Mergers and Acquisitions)とは、企業同士が合併(Mergers)したり、一方が他方を買収(Acquisitions)することで事業統合を行う手法の総称です。合併は法的に2つの企業が1つに統合されることを指し、買収は株式や事業資産を取得して経営権を握る行為を指します。M&Aには以下のような目的があり、ガソリンスタンド業界においてもさまざまな動機が考えられます。

  • 規模の拡大やシェアの拡大
  • コスト削減や効率化
  • 新市場や新技術の獲得
  • 競合他社の排除・出血競争の回避
  • 経営者の高齢化・後継者不足問題の解決

4-2. ガソリンスタンド業界におけるM&Aの特徴

ガソリンスタンド業界のM&Aには、他業界とは異なるいくつかの特色があります。たとえば、元売り会社のブランドが強く影響するため、買収後のブランド変更やサプライ契約の再締結など調整項目が多い点が挙げられます。また、地下タンクや危険物取扱施設といった法令上の設備要件があり、M&Aに際しては施設の状態やコンプライアンス状況を詳細に確認する必要があります。

さらに、地方の中小スタンドでは後継者不足が深刻であり、店主の高齢化や地域需要の先細りを背景に「このまま廃業するか、どこかに買い取ってもらうか」という選択を迫られるケースが増えています。そのため、都市部の大手チェーンや資本力のある企業が地方のスタンドを買収して一括運営する動きも見られます。

4-3. M&Aが活発化している要因

近年、ガソリンスタンド業界でM&Aが活発化している主な要因としては、以下が挙げられます。

  1. 市場の縮小と価格競争の激化
    ガソリン需要が減少する一方で、依然として多数のスタンドが存在しているため、構造的な供給過多となり競争が激化。単独で生き残るのが難しいと判断するスタンドが増えている。
  2. スケールメリットの追求
    燃料の仕入れや設備投資、人件費などを合理化するために、店舗数の拡大やブランド統合によるスケールメリットが必要とされるようになった。
  3. 後継者問題
    個人経営のスタンドオーナーの高齢化が進み、廃業か事業譲渡かの選択を迫られるケースが多い。M&Aが後継者問題の解決手段になっている。
  4. 新たなビジネスモデルの創出
    コンビニ併設やカーシェア拠点、電気自動車の充電スポットなど、多角化を目指すための資金とノウハウを確保すべく、M&Aによる経営統合が選択されている。

5. 日本のガソリンスタンド業界における主要なM&A事例

5-1. 元売り同士の統合事例:出光興産と昭和シェル石油の統合

2019年4月に実現した出光興産と昭和シェル石油の経営統合は、業界再編の大きな潮流を象徴する事例です。これまで出光と昭和シェルはそれぞれ強固なブランド力と顧客基盤を持っていましたが、国内石油需要の減退や国際競争力強化の必要性などを背景として、両社は合併に踏み切りました。統合後は「出光昭和シェル」のブランド運用を経て、「出光興産」に一本化される形で再編が進んでいます。

この統合によって、精製能力の集約や販売網の効率化が進んだ一方、ガソリンスタンドのブランド統合に伴う費用や調整のためのコストが発生しました。また、合併に反対する株主や一部の創業家との軋轢なども話題となりましたが、最終的には国内石油元売りとしての競争力強化を優先した形です。結果として、国内ではENEOSと出光の2強がほぼ拮抗する形になり、コスモ石油がこれに続くという構図が生まれています。

5-2. 旧JXエネルギー(現ENEOS)系の再編

ENEOS(旧JXエネルギー)は、かつての新日本石油とジャパンエナジー(旧ジャパンエナジー、日鉱日石エネルギー)などの統合を経て誕生した最大手の元売り企業です。その後も東燃ゼネラル石油と経営統合し、国内最大の石油元売りとして圧倒的なシェアを持つに至りました。ENEOSは全国に広がるスタンド網や物流設備を武器に、セルフ化や洗車サービスの拡充、ポイントカードとの連携などを積極的に進めています。

この再編劇により、中小規模の元売り企業や特約店の立場は相対的に厳しくなりました。ENEOSのように巨額の投資余力を持つ企業が市場を牛耳ることで、小規模プレイヤーは差別化戦略かM&Aによる再編を迫られることになります。一方で、ENEOSにとっても国内需要の減退を背景に、さらなる事業多角化(リテール事業やEV向けサービスなど)が不可欠となっており、積極的な買収や業務提携を通じて勢力を拡大している状況です。

5-3. 地域中小スタンド間の合併と再編

元売りレベルの大型統合だけでなく、地域の中小スタンド同士の合併・事業譲渡も活発です。特に地方では、オーナーの高齢化と後継者不足、業績不振による撤退などが相次いでおり、一社が複数のスタンドを引き受ける形で地域の給油インフラを維持するケースも増えています。こうした再編では、「同じ地域にあるスタンド同士が統合して1店舗に集約する」「営業権を譲渡して店名だけ残す」といったさまざまな手法がとられます。

地域ではガソリンスタンドがなくなると、生活に不可欠な移動手段の燃料補給が難しくなることから、自治体や商工会が支援して事業の引き受け先を探す動きも見られます。結果的に、独立系のスタンドが地域の複数店舗を束ねて運営する形や、元売り企業の子会社が地域の小規模スタンドを一括買収・運営する形に再編される例も増加傾向にあります。

5-4. 異業種参入によるM&A

近年では、ガソリンスタンドを「ただの燃料販売所」ではなく、複合型のサービス拠点として活用する動きが進んでいます。コンビニエンスストアやドラッグストアとの併設はもちろん、カーシェアリング、レンタカー事業の貸出拠点、さらには太陽光パネル設置やEV充電スポットを兼ね備えたハイブリッド施設など、多種多様です。

こうした多角化を進めるために、異業種企業がスタンド運営会社を買収し、自社のビジネスモデルを導入するケースが増えています。たとえば、大手商社が地域のスタンドチェーンを買収して物流拠点として活用したり、自動車整備チェーンがスタンドを買い取り、整備・車検サービスを拡充させるといった事例があります。異業種参入によるM&Aは、スタンド業界に新しい経営資源やノウハウをもたらす可能性がある一方、ブランド変更や設備投資面での課題も多いため、慎重な検討が必要です。


6. M&A戦略とシナジー効果

6-1. コスト削減・効率化

M&Aによる最大のメリットの一つはスケールメリットによるコスト削減です。大量仕入れによって燃料の仕入れコストを削減したり、物流拠点を統合することで配送コストを圧縮できます。また、管理部門や人事部門などの間接部門を一元化し、重複する業務プロセスを効率化することも可能です。こうした経営効率の向上は、元売り同士の大型統合でも地域中小スタンド間の合併でも、目的とされることが多いです。

6-2. 物流・販売チャネルの拡大

複数のスタンドを運営する企業がM&Aを行う場合、新たに取得した店舗を通じて販売チャネルを拡大できるという利点があります。特に地域が異なる場合は新市場への参入機会ともなり、企業の売上増が期待できます。また、既存の物流網と統合することで配送効率が上がり、同じエリア内でも在庫補充やクレジット決済システムの共通化などによるサービス向上が見込まれます。

6-3. 新規事業展開とブランド強化

M&Aを通じて得られる資産やノウハウを活用することで、新たなビジネスモデルを構築することができます。たとえば、ガソリンスタンド経営者がカー用品販売やメンテナンス事業を強化したり、コンビニチェーンがスタンドを買収して顧客の「ワンストップショッピング」を実現するなど、シナジー効果は多岐にわたります。単なる店名変更にとどまらず、ブランドの訴求力を高める施策を共同で推進することで、顧客ロイヤルティを向上させる効果も期待できます。

6-4. スケールメリットと価格競争力

価格競争が厳しいガソリンスタンド業界では、M&Aによって規模を拡大し、価格決定力や交渉力を高めることが重要です。元売り企業であれば原油や石油製品の調達コストを下げ、販売価格を市場に合わせて柔軟に設定する余地が広がります。中小スタンドでも、統合によって燃料の仕入れコストを下げられれば、近隣競合との価格戦争にある程度の余裕を持って対応できるようになります。


7. M&Aのプロセス

7-1. 売り手側の動機・注意点

ガソリンスタンドの売り手側(事業譲渡を検討する側)は、主に「後継者不足」「赤字経営からの再生」「設備投資負担の軽減」といった動機を持つことが多いです。譲渡を進めるにあたっては、スタンド施設の老朽化や土壌汚染リスク、在庫評価などを正確に把握し、買い手候補に対して十分な情報開示を行うことが必要です。また、元売りとの契約条件(ブランド使用権や長期供給契約)をどのように引き継ぐかも重要な論点となります。

7-2. 買い手側の動機・注意点

買い手側(ガソリンスタンドや異業種の企業など)の動機としては、「スケールメリットの追求」「地域拠点の確保」「事業多角化」といった点が挙げられます。ただし、買収時には地下タンクの状態や立地条件、既存顧客層、競合状況などを細かく調査することが重要です。スタンド特有の法令遵守リスク(消防法や環境関連規制など)もあり、デューデリジェンス(DD)を入念に行わなければ思わぬ負債や修繕費が発生する可能性があります。

7-3. 企業価値評価

ガソリンスタンドの企業価値を評価する場合、一般的なDCF(ディスカウント・キャッシュ・フロー)や類似企業比較(マルチプル法)などの手法が用いられます。ただし、売上高や利益率だけではなく、立地条件や顧客属性(法人顧客の割合、地域の固定客など)、契約上のしばり、設備更新の必要性などが評価に大きく影響します。とりわけ、地下タンクや店舗設備が老朽化している場合、その更新コストが大きく企業価値を押し下げる原因となります。

7-4. デューデリジェンス(DD)

M&Aにおけるデューデリジェンス(精査)では、財務・税務・法務・ビジネス・環境など多岐にわたる調査が行われます。ガソリンスタンド業界ではさらに、危険物取扱施設としての適切な許認可や、土壌汚染の有無、地下タンクの腐食対策や漏洩の履歴など、専門的な項目が加わります。これらの調査を怠ると、買収後に予期せぬ費用や行政対応が必要になり、M&Aの目的を損なうリスクが高まるため、入念な調査が不可欠です。

7-5. 統合後のPMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)

買収・合併が成立した後は、組織統合やブランド統合、システム統合などをスムーズに進めるPMI(ポスト・マージャー・インテグレーション)が鍵となります。ガソリンスタンド業界では特に店舗オペレーションの共通化やスタッフ教育、販売管理システムの共有などが重要です。また、ブランド変更が伴う場合は、消費者に混乱を与えないように看板やポイントカード、サービス内容を整理する必要があります。PMIに失敗すると現場が混乱し、顧客離れや従業員のモチベーション低下など深刻な問題を引き起こす場合もあるため、計画的な実施が求められます。


8. ガソリンスタンド業界の今後の展望

8-1. 電動化・水素ステーションなど次世代エネルギーへの対応

ガソリンスタンド業界の最大の変革要因は、EVや水素燃料電池車(FCV)など次世代エネルギー車の普及です。欧米や中国などではEVが急速に広がり、日本でも2030年代以降はガソリン車の新車販売が大幅に減ることが予想されています。スタンド側としては、EV充電スポットの設置や水素ステーションの併設などへの投資が迫られていますが、こうした設備は多額のコストがかかるうえ、まだ需要が限定的で採算が取りづらいというジレンマがあります。

それでも長期的には、車の動力源が電気や水素にシフトしていくのは避けられないと見られており、今のうちにM&Aを通じて事業基盤を強固にし、収益源を多角化しておくことが重要とされています。元売り企業も、ガソリンに限らないエネルギー事業全般や石油化学製品、水素関連技術などへ資源を振り向ける動きを強めています。

8-2. コンビニ併設やサービス多角化

ガソリンスタンドとコンビニエンスストアが併設される「SS(Service Station)+CVS(Convenience Store)」型の店舗は、顧客の利便性が高く、相乗効果を生み出しやすいビジネスモデルといえます。ガソリンを入れるついでに買い物や公共料金の支払い、ATMでの取引などができるため、都市部・地方部を問わず一定の需要があります。実際に、ENEOSの一部店舗ではコンビニ大手との提携を進めており、車検・メンテナンスやカーシェアなどの追加サービスを導入しているケースも増えています。

今後は、ドラッグストアやホームセンターなどとの併設を検討する動きも加速するでしょう。こうした多角化を進めるためには、資本力やノウハウが必要となることから、M&Aや業務提携を通じて経営基盤を強化することが企業戦略上も重要になってきます。

8-3. 地域インフラ拠点としての再定義

近年、災害時の防災拠点としてガソリンスタンドが注目されるケースが増えています。大規模災害が起きた際に、避難所への燃料供給や緊急車両の給油を担うインフラとして、スタンドが大きな役割を果たすからです。また、水素ステーションやEV充電スポットを併設していれば、停電時のバックアップ電源として活用できる可能性もあります。こうした社会的機能を担うには、自治体や企業との連携が不可欠であり、補助金制度などを活用しながら事業を拡大していくチャンスがあります。

一方で、経営的には災害発生時の燃料供給体制や設備維持コストなどを考慮しなければならず、単独の小規模事業者ではリスクが大きい面もあります。そのため、広域的なネットワークを持つ企業や自治体との連携によって対応力を高めることが求められており、これもまたM&Aによる規模拡大や合同運営の合理化が後押しとなります。

8-4. デジタル化とDX(デジタルトランスフォーメーション)

ガソリンスタンド業界でも、IoTやビッグデータ、AIを活用した業務効率化が進められています。具体的には、在庫管理の自動化や需要予測、価格設定の最適化などが挙げられます。また、キャッシュレス決済の浸透に伴い、スマートフォンアプリやQRコード決済への対応を強化する店舗が増えています。今後、EV時代に向けては充電管理やテレマティクスとの連携など、さらに高度なデジタル技術が求められるでしょう。

こうしたDX(デジタルトランスフォーメーション)を加速させるためにも、各社はM&Aやアライアンスを通じてIT企業やシステムベンダーを巻き込み、共同開発や投資を行うケースが増えています。あるいは、大企業やスタートアップによるプラットフォーム化の動きもあり、「つながるクルマ」に対応したサービスを自社スタンドへ導入する取り組みが進み始めています。


9. まとめ

ガソリンスタンド業界は、日本のモータリゼーションを支えてきた重要なインフラですが、少子高齢化や環境規制、EVシフトなど複合的な要因によって大きな転換期を迎えています。スタンド数の減少は今後も続くと見られ、業界としては一層の効率化と事業多角化が求められます。そのための有力な手段として、M&A(合併・買収)がこれまで以上に注目を集めています。

  • 大手元売り企業では、国内需要減に対応するためにさらなる統合や新規事業への展開が不可避となっており、資本力を背景とした大型M&Aが今後も続く可能性があります。
  • 地域の中小スタンドでは、後継者不足や設備投資の負担が重くのしかかる中、事業譲渡や合同運営による生き残りを模索しています。これは地域の給油インフラ維持の観点から社会的にも重要な課題です。
  • 異業種参入や多角化により、ガソリンスタンドの役割は「給油のみ」にとどまらず、複合サービス拠点として再定義されつつあります。防災や地域コミュニティのハブといった新しい価値が認められれば、長期的に存続の道が開けます。

さらに、次世代エネルギー(EV・水素)への対応やデジタル技術の活用といった、新たな投資が不可欠な局面において、M&Aによる資本力・経営資源の結集は大きな意義を持ちます。買い手・売り手双方の明確な戦略と綿密なデューデリジェンス、そして統合後のPMIを成功させることで、初めてM&Aの効果が十分に発揮されるでしょう。

ガソリンスタンド業界のM&Aは、一時的な経営戦術ではなく、業界の構造変革に直結する重要なテーマです。環境変化のスピードが速まる中、個々のスタンドや企業が時代に即したビジネスモデルを構築し、生き残り・成長を目指すために、M&Aは今後も主要な選択肢となり続けると考えられます。