1. はじめに
日本国内のアパレル業界は、少子高齢化や消費者の嗜好多様化、インターネット通販の台頭、ファストファッションブランドの影響など、多くの環境変化に直面してきました。近年では新型コロナウイルス感染拡大の影響で、百貨店やショッピングモールへの客足減少、インバウンド需要の喪失、物流コストの増大などが重なり、従来からの店舗展開を主力とする企業にとって厳しい経営環境となっています。
このような状況の下、アパレル企業の間では「選択と集中」や「経営基盤の強化」、「ブランド価値の向上」を狙ってM&Aが活発化しています。アパレル業界は、ブランド別に消費者層や販売チャネルが異なるという特徴を持つため、企業が自社の強みをさらに深掘りしたい場合や弱みを補完したい場合に、M&Aが効果的な手段となりやすいのです。また、コロナ禍を経てデジタルシフトが一段と加速し、EC(電子商取引)事業のノウハウ確立を急ぐ企業も少なくありません。こうしたなかで、ECに強い企業を取り込む事例も増加し、ここ数年のアパレルM&Aは件数だけでなく質的にもさまざまな特徴を見せています。
本記事では、2023年から2025年に発表された事例を中心に、アパレル関連のM&Aを詳しく解説します。各企業はなぜアパレル事業を手放すのか、あるいは取得するのか。背景にはどのような思惑や戦略があるのか。本稿を通じて、アパレル業界が抱える構造的課題と、それらに対処するためのM&A活用例を俯瞰し、今後の業界トレンドを展望したいと思います。
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2. アパレル業界のM&A動向
アパレル企業のM&Aには、大きく分けて以下のような動きがみられます。
- ブランド再編・事業ポートフォリオの整理
収益性が低下しているブランドや事業を他社に譲渡し、自社は主力事業に経営資源を集中させる戦略です。アパレル市場はブランド数が膨大で、消費者の飽和感やファストファッションの勢いなどによる価格競争が激しくなっています。そこで、企業は不採算ブランドを切り離す一方で伸びしろのあるブランドに集中投資する動きを強化しています。 - EC事業強化やDX推進のための買収
コロナ禍や消費者のオンラインシフトを機にEC事業の再編や拡充を狙う企業が増えています。伝統的に店舗運営を得意とする企業も、ECノウハウを得るため、EC専門ブランドやECプラットフォーム会社などを買収するケースが目立ちます。 - 新規顧客層や異なるカテゴリーへの進出
主力の年齢層・性別とは異なる市場やセグメントへ参入したい企業が、既存ブランドや事業を丸ごと取得してスピード感を持って展開する動きがあります。たとえば、これまでレディースアパレル中心だった企業が、キッズ・ベビー用品やスポーツアパレルなどを手がける企業を買収して多角化を図る例がこれにあたります。 - OEM(相手先ブランド生産)・ODM(相手先ブランド設計・生産)の機能強化
アパレル企業のサプライチェーン管理や生産体制の効率化を目的としたM&Aも増えています。原材料や縫製技術、生産管理ノウハウ、海外生産拠点を持つ企業との提携・買収によって、製造から販売までを一貫して行うSPA(Specialty store retailer of Private label Apparel)体制を強化する狙いです。 - グローバル展開に向けた海外企業との資本提携・買収
国内市場の伸び悩みを背景に、中国や韓国、東南アジア、欧米など海外事業を強化しようとする日本企業が、現地のアパレルブランドや物流会社、EC企業を買収する動きも増えつつあります。
これらの動きはすべて「急激に変化する消費環境と激化する競争」に対応するための再編や経営改革の一環といえます。長年続くデフレ傾向や消費者の低価格指向に加え、コロナ禍を経てECシフトが加速したことで、どの企業も生き残りをかけてポートフォリオ最適化に動いているのが現状です。
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3. 近年のアパレル業界をめぐる経営環境
アパレル業界における経営環境の激変要因としては、まず国内市場の成熟が挙げられます。消費者数が減少し可処分所得も伸び悩むなか、企業は限られたパイの奪い合いを強いられています。また、モールや百貨店を中心とした実店舗展開が以前ほどの成果を上げにくくなったことも大きい要因です。近年はZ世代を筆頭にSNSを活用したトレンド発信力が重視され、ECやSNS直結型ショップへの投資が必須となりました。
さらにグローバルのサプライチェーンにも大きな変化がみられます。コロナ禍にともなう中国ロックダウンや物流の混乱、原材料費や運送コストの上昇などが相次ぎ、工場の多くを海外に依存するアパレル企業は多大な影響を受けています。そのため、生産拠点の見直しや柔軟なサプライチェーンづくりは、今後ますます企業の経営課題となるでしょう。
こうした中で打ち手として注目されるのがM&Aやアライアンス(業務提携)です。単独企業で変革を進めるには時間とコストがかかりますが、既存のブランドやノウハウを買収することで、スピーディーに事業ポートフォリオの再構築を行うことが可能になります。また、海外企業の買収によって現地の販路や生産能力を確保するケースも増加し、今後もM&Aはアパレル業界にとって重要な戦略ツールとなるでしょう。
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4. 参考事例一覧(2023~2025年中心)
ここからは、具体的なM&A事例をピックアップしながら、アパレル業界再編の様子を整理いたします。今回取り上げるのは2023年~2025年にかけて公表されたものを中心に、合計20数件のトピックスです。各例の背景には、「事業ポートフォリオの整理」「強み強化」「ノウハウ獲得」「EC事業拡大」など、さまざまな狙いがうかがえます。
4-1. 2025年公表事例
- クルーズ<2138>:ファッション通販サイト「SHOPLIST」運営子会社CROOZ SHOPLISTを韓国MEDIQUITOUSに譲渡(2025/01/17発表)
クルーズはITアウトソーシング事業に経営資源を集中させる方針を明確化し、ファッション通販「SHOPLIST」を手放す決定に至りました。譲渡価額は非公表ですが、ECのシステム運用やアパレル商品の集客ノウハウなどを持つ企業にとっては大きな成長チャンスといえそうです。 - ソトー<3571>:メンズアパレル企画・販売のジェノとG-STAGE・JAPANを子会社化(2025/01/15発表)
ソトーはこれまで主に繊維事業で培ったノウハウがあり、今回の子会社化でメンズアパレルの企画力や生産管理ノウハウを取り込みます。ECチャネルの新規販売戦略の構築や、BtoC事業の拡大が狙いとされ、取得価額は非公表です。 - Eストアー<4304>:アパレル関連子会社SHIFFONをSFNに譲渡(2024/12/26発表)
EストアーはECノウハウを活かしてファッションやスポーツ用品などを展開していましたが、今後は創業者に株式を譲渡することで、将来的な上場を見据えた成長体制を整える狙いがあるといいます。譲渡価額は約30億円で、2025年3月に実行予定と発表されています。 - ワールド<3612>:三菱商事ファッションを子会社化(2024/11/28公表、2025年2月中取得予定)
衣料品・雑貨、靴を製造販売する三菱商事ファッションの全株式を約93億円で取得する案件です。OEM(相手先ブランド生産)の拡充や海外ブランド代理業務における相乗効果が期待されています。 - モリト<9837>:婦人服飾雑貨製造・輸入のMs.IDを子会社化(2024/11/19公表、12月25日予定)
「select MOCA」「TEN」の2ブランドを展開し、BtoC領域の拡大を目指すモリトの戦略がうかがえます。取得価額は非公表。 - yutori<5892>:アパレルブランド「over print」運営の「えをかく」を子会社化(2024/11/13公表、即日実行)
Z世代向けファッションに強みを持つyutoriが、さらに若年層へのブランド展開を強化する目的で株式を取得。海外販売にも長けている「えをかく」を取り込むことで、物流・バックオフィス業務の効率化が期待されます。 - TSIホールディングス<3608>:「ROSE BUD」事業をビーズインターナショナルへ譲渡(2024/11/08公表、2025年2月1日予定)
TSIは数多くのブランドを抱える大手アパレルですが、国内市場の競争激化を受けて事業ポートフォリオの見直しを進めています。「XLARGE」「MILKFED.」などを運営するビーズインターナショナルに譲渡することで、TSIはゴルフスポーツやレディースファッションの主力ブランドに注力する模様です。
4-2. 2024年公表事例
- ライスカレー<195A>、キッズ・ティーンズ向けアパレル雑貨企画・生産の松村商店を子会社化(2024/09/26公表)
OEM・ODM機能を取り込み、グッズ商品の企画から生産、販売促進までトータルに対応する狙いとされています。これまで大人向けのアイテムが多かった企業が、キッズ向け商材へと裾野を広げる動きは増加傾向にあります。 - プラザホールディングス<7502>、アパレル用品販売のBY THE PARKを子会社化(2024/08/09公表)
同社は「写真サービス」やモバイルショップ、DIYキットブランドなどを展開しており、2022年にアパレル事業として「HATTO CREATIVE PLAZA」を開設したばかり。BY THE PARK買収によってアパレル領域を本格的に拡大しようという戦略が見えます。当初予定日の9月30日から8月30日に早まったという情報もあり、スピーディーな事業拡大姿勢がうかがえます。 - yutori<5892>:元AKB48小嶋陽菜氏が創業の「heart relation」を子会社化(2024/08/05公表、8月16日予定)
「Her lip to」や「Her lip to BEAUTY」「ROSIER by Her lip to」などブランド力のある人気アパレルを展開するheart relationの株式51%を取得。女性向けECブランドの強化とともに、国内外のファン拡大が狙いです。取得価額は約16.9億円と発表されており、若い女性への影響力をさらに強固にする動きといえます。 - 三共生興<8018>:「Product Twelve」展開のTwelveを子会社化(2024/07/25公表、7月31日予定)
歴史あるアパレル・繊維関連事業を営む三共生興が、新進気鋭のデザイナーブランドを取り込む例です。「タイムレス」をコンセプトにベーシックを更新し、国内外で販路を持つTwelveの成長余地に期待がかかっています。 - C Channel<7691>、婦人アパレル販売のマキシムをフジスターに譲渡(2024/06/04公表)
C Channelは動画メディア事業で知られますが、グループ事業の選択と集中を進める過程で、子会社マキシム(「神戸レタス」ブランドなど)を譲渡。婦人服ECへの需要は引き続き高いものの、自社戦略に合わない部分を手放す姿勢が示されています。 - マーチャント・バンカーズ<3121>:アパレル・雑貨店運営のケンテンを経営陣に譲渡(2024/04/22公表)
インターネットカフェやホテルなどの施設運営事業から撤退を進めてきた中で、さらにアパレル雑貨運営子会社を譲渡することで完全撤退を果たす形。譲渡価額は8000万円で、狙いは不動産投資に集中した企業構造への転換と説明されています。 - 朝日放送グループホールディングス<9405>:アパレルEC事業のEimを子会社化(2024/04/08公表)
メディア事業を主力とする同社が、オリジナル商品の企画販売やマーケティング力向上のために女性向けアパレルブランド「lawgy」「Amuir」「I_am」などを展開する企業を取得。SNS総フォロワー数30万人超という注目度の高いブランドで、メディア連携や新企画の展開が期待されます。 - キムラタン<8107>:不動産賃貸業の月光園を子会社化(2024/01/29公表)
キムラタンは子供服アパレルで知られますが、赤字事業の構造改革として不動産事業拡大を進めています。今回も不動産賃貸業を手がける月光園を取得し、安定収益を狙う方針。アパレル企業が不動産など異なる事業領域を子会社化するのは、収益の多角化という観点から珍しくなくなっています。 - TSIホールディングス<3608>:アパレル求人サービスのREADY TO FASHIONを子会社化(2024/01/12公表)
人材支援サービスを展開するエス・グルーヴとの連携を強化し、アパレル業界に特化した求人サービスを傘下に置くことで採用支援や人材育成分野での収益拡大を図ります。
4-3. 2023年公表事例
- パルグループホールディングス<2726>:レイ・カズンから「Ray Cassin」事業を取得(2024/01/10公表)
レイ・カズンは民事再生法を申請したため、パルグループが「Ray Cassin」ブランドの店舗やEC事業を引き受ける形となりました。パルグループは自社でも生活雑貨「3COINS(スリーコインズ)」など幅広いブランドを持ち、若年女性向けのさらなる拡充が見込まれます。 - ランドビジネス<8944>:婦人服アパレルのフランドルを子会社化(2023/12/22公表)
不動産事業を展開するランドビジネスが、百貨店を主力販路とするアパレル企業を取り込む事例です。フランドルは「INED」「I.T.’S.international」などを展開しており、婦人プレタポルテ市場での知名度は高いものの、近年の経営は厳しさを増していました。ランドビジネスによる新店舗展開なども注目されます。 - ジェイドグループ<3558>:ニッセンのアウトレット通販「Brandeli」事業を取得(2023/12/20公表)
ニッセンホールディングス傘下のニッセンが分割して新会社を設立し、その全株式をジェイドグループが取得。「Brandeli」はアウトレット通販サイトとしての実績があり、これを取り込むことでアウトレット領域の拡大を目指す動きとみられます。 - アジャイルメディア・ネットワーク<6573>:韓国アパレル・コスメ販売のpapaya japanを完全子会社化(2023/11/30公表)
折半出資先が韓国ビジネスに軸足を移すことになり、株式を引き取り完全子会社化。韓国の人気アパレルブランド「DUCKDIVE」の日本独占販売を進めるなど、K-POPやK-ファッション人気を背景としたビジネス拡大が期待されます。 - クロスプラス<3320>:化粧品などビューティー関連のアイエスリンクを子会社化(2023/08/30公表)
アパレル企業がビューティー商品の取り扱いを強化する例です。化粧品のEC展開は相乗効果が期待できるため、多角化の一貫として注目されています。 - GSIクレオス<8101>:CODESHAREからレディースファッション通販「fifth」事業を取得(2023/08/04公表)
「fifth」は約290万人の会員を抱える人気レディースブランドであり、ECでの低価格トレンドアイテムを強みとしています。商社であるGSIクレオスがこれを取得し、自社ブランド展開やダイレクトマーケティング事業を加速するという構図です。 - クラシコム<7110>:「foufou」事業をステイト・オブ・マインドから取得(2023/06/23公表)
DtoCファッションブランドとして注目される「foufou」の事業取得です。自社ECでの国内外展開をめざすクラシコムが、北欧雑貨「北欧、暮らしの道具店」の運営で得たマーケティングノウハウと掛け合わせることでシナジーが期待されています。 - BRUNO<3140>:バッグ企画・製造子会社のシカタを譲渡(2023/02/10公表)
2018年に買収したシカタを手放すことで、選択と集中を進める典型的な事例となりました。コロナ禍の旅行需要減少や原材料高騰の影響で相乗効果が低減したという背景があります。
4-4. 2022年以前の事例ピックアップ
過去にもアパレル業界のM&Aは多数実施されてきましたが、ここでは特に注目すべき動きとして以下を簡単に振り返ります。
- TSIホールディングス<3608>:「AVIREX」「L.H.P」などを展開する上野商会を子会社化(2018/10/05公表)
多数ブランドを持つTSIが、海外ブランドのインポートや企画力に強い上野商会を150億円という高額投資で買収。TSIのブランドポートフォリオに新たな顧客層を取り込み、事業規模拡大を狙った一例です。 - ファーストリテイリング<9983>:婦人靴専門店のビューカンパニーをTOBで子会社化(2008/01/10公表)
靴事業への進出を強化するファーストリテイリングの戦略の一環。アパレル事業が主体でも、関連アイテムとの相乗効果を高めて顧客単価を上げる狙いがあります。 - セブン&アイ・ホールディングス<3382>:バーニーズジャパンの完全子会社化(2015/02/12公表)
高級路線のバーニーズニューヨークを国内で展開するバーニーズジャパンを取得し、グループ百貨店事業とのシナジーを模索。コンビニ事業が強いセブン&アイですが、総合小売として高付加価値のアパレル強化を図る動きの一環でした。 - RIZAPグループ<2928>:ジーンズメイト<7448>をTOBで買収(2017/01/16公表)
健康食品やパーソナルトレーニング事業で急成長したRIZAPがアパレル事業を次々買収していた時期の代表例です。長年業績低迷にあったジーンズメイトを買収し、強力な広告宣伝力で再生を図る姿勢が鮮明でした。
こうした事例からも、アパレル企業同士だけでなく異業種(不動産、IT、健康食品など)による買収も多く見られています。とりわけ2020年以降はECやDX関連に強みを持つ企業が需要を集め、積極的なM&Aのターゲットになっていることが特徴的です。
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5. M&Aによるシナジーと狙い
アパレル業界のM&Aでよく期待されるシナジーには、以下のようなものがあります。
- 販路拡大・顧客基盤の獲得
買収先がもつ販路や顧客リストを取り込むことで、スピーディーに売上増を狙うことができます。とくにEC企業の顧客データは重要な資産となり、マーケティング施策の精度向上にも寄与します。 - ブランド力の補完・相乗効果
自社では手薄だったターゲット層(例:キッズ、スポーツ、ラグジュアリーなど)へ一挙に参入でき、ブランドポートフォリオが拡充されるメリットがあります。逆に、買収された企業にとっても大手グループの知名度や資本力を活かして認知度を高められます。 - 生産効率の向上・サプライチェーン最適化
OEMやODM企業を取得してSPA的な垂直統合を進めたり、物流会社を買収して倉庫管理や輸送コストを削減したり、生産拠点を海外に構築するなど、コスト競争力を高める動きが活発です。 - IT・ECノウハウの獲得
オムニチャネル化が不可欠となった現代では、ECやDX分野で強みを持つ企業を取り込むことで、従来型の店舗中心ビジネスモデルを変革しようとする企業が多いです。 - 新規事業・海外展開
新分野(例:美容・コスメ、雑貨、ライフスタイル関連)や海外拠点を手中にすることで、成長余地の大きい市場へ迅速に進出し、リスク分散と成長の加速を狙います。
実際、上記のような効果が得られればアパレル企業にとっては魅力的ですが、買収後に統合プロセスが上手く進められず、期待したシナジーが得られないケースも少なくありません。PMI(Post-Merger Integration)を円滑に進めるには、買収前のデューデリジェンスや両社のビジョン共有が欠かせません。
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6. アパレル企業における「選択と集中」のポイント
アパレルビジネスでは、ブランドが増えすぎると管理コストが嵩み、一つひとつのブランド価値維持が難しくなる側面があります。トレンドが刻々と変化し、消費者のニーズもSNSやインフルエンサーの影響で急変しやすいのが特徴です。そのため、多くの企業が**「コアブランドへ投資し、不採算ブランドは切り離す」**という思い切った選択と集中を迫られています。
- 「ROSE BUD」譲渡(TSI)
TSIが30を超えるブランド群を整理する一環で、「ROSE BUD」事業を譲渡した事例は典型的です。自社の強みであるレディースファッションやスポーツ関連にリソースを振り向けて、一方で収益伸び悩みブランドは他社へ譲渡するという姿勢は今後も続くとみられます。 - 「SHOPLIST」譲渡(クルーズ)
クルーズはITアウトソーシング事業への集中を決断した例といえます。本来はEC事業に力を入れてきた企業でしたが、エンジニア需要など外部環境の変化を見極めて経営資源の振り替えを実行しました。 - 子供服ブランドの再編
キムラタンのようにベビー・子供服から不動産分野にまで多角化を進める企業も存在します。これは逆説的ですが、「もう主力アパレルに頼りきれない」という厳しい状況を示しており、他分野への進出を模索する企業が増えている証左です。
このように、ブランドの見極めを迅速に行い、時には思い切った事業撤退を行うことが、大手だけでなく中小アパレルでも必要となっています。
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7. アパレル企業におけるブランド戦略とM&Aの関連性
アパレル業界でのブランディングは、消費者との直接接点が多く、企業のイメージ形成に大きな役割を果たします。ブランドが増えすぎると統一感を失い、どのブランドが自社の看板商品なのかが曖昧になりかねません。そのため、単なる「業績拡大」だけでなく、**「ブランドポートフォリオ全体をどう最適化するか」**がM&Aにおいて重要です。
- 収益性の高いブランドに追加投資し、さらなる高付加価値化を狙う
- 低収益ブランドや成長見込みの少ないブランドは売却
- 自社のターゲット年代や性別を広げる意味で新ブランド(買収先ブランド)を導入
- 自社の販路や営業力を買収先ブランドに提供し、収益拡大を図る
特にZ世代に強いブランドを傘下に収める動きは近年目立ちます。若者のトレンド発信力は無視できないため、ECやSNSで人気のブランドを積極的に買収し、自社のEC戦略や店舗展開と組み合わせて成長を加速させるのです。
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8. M&A後の課題とPMI(Post-Merger Integration)の重要性
M&Aが成立してからも、**PMI(Post-Merger Integration)**と呼ばれる買収後の統合作業が成功のカギを握ります。具体的には以下のような課題があります。
- ブランドの統一性やアイデンティティ管理
アパレルでは買収先ブランドをそのまま残すか、自社ブランドに統合するかは慎重に判断する必要があります。消費者からのブランド認知を毀損せず、新しいラインナップをスムーズに組み込みましょう。 - 販売チャネルと顧客データの共有
とくにEC関連企業を買収した場合、システム統合や顧客データの活用方法に課題が生じやすいです。早期に統合を進め、高度な分析やプロモーションにつなげる体制を作る必要があります。 - 生産・物流面の効率化
海外拠点を含むサプライチェーン管理には、部材や原材料、完成品の在庫管理など煩雑なオペレーションが伴います。うまく統合すればコスト削減や品質向上が期待できますが、企業文化やシステムの違いによる混乱に注意が必要です。 - 人材の再配置・組織統合
デザイナーやパタンナー、マーケティング担当など専門性が高い人材が多いアパレル業界では、組織文化の融合や報酬制度の調整が上手くいかないと、重要人材が流出するリスクがあります。
PMIの成否がM&A全体の成功を左右すると言われるほど、アパレル業界でもこの統合プロセスが核心的役割を担っています。買収前の計画段階からどれだけ詳細かつ現場目線でシナジー創出の方法を検討しておけるかが分かれ目になるのです。
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9. グローバル展開とEC戦略
日本市場が停滞気味のなかで、海外展開の可能性もますます注目を浴びています。大手商社がアパレル企業を買収して海外に販売網を広げるケースもあれば、逆に海外企業が日本のアパレル企業を買収し、日本市場への参入拠点とする動きも増加しつつあります。たとえばクルーズの「SHOPLIST」が韓国企業へ譲渡された事例は、日本国内だけでなくアジア全域へのEC強化を見据えた動きと読み取ることもできます。
EC戦略に関しては、「ファッションECは飽和状態」とも言われる一方で、成功すれば大きなリターンを得られるという魅力があります。買収元企業がすでに多数の会員データを持ち、SNSやインフルエンサーマーケティングを駆使できる体制を構築している場合、これを活かして新ブランドを広げやすいのです。
海外向けECにおいては、言語の壁や物流コスト、税関手続きなどクリアすべきハードルも多く、M&Aの際は現地拠点やノウハウの有無が大きな差になります。アパレルはサイズやデザインなどの好みが国や地域によって大きく異なるため、現地企業との提携・買収が成功を左右する重要な鍵となるケースが増えています。
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10. M&Aを成功に導くためのリスク管理
アパレル業界のM&Aは多大なメリットがある反面、以下のリスクを十分に考慮する必要があります。
- 在庫リスク
アパレルは季節性やトレンドに左右されやすく、在庫管理の失敗は大きな損失につながります。買収先企業の在庫回転率や在庫水準をしっかり精査しないと、余剰在庫や廃棄コストが経営を圧迫します。 - ブランド価値の毀損
M&Aによりブランドイメージが変わり、既存顧客の離反を招く可能性があります。特にラグジュアリーやハイブランドは繊細なイメージコントロールが必要です。 - 人材流出や組織文化の不一致
デザイナーやバイヤーなどコア人材が退職してしまうと、買収の目的であった企画・生産力が確保できなくなります。M&A前の段階から人的ネットワークを重視し、買収後のインセンティブ設計を周到に行うことが不可欠です。 - 海外における法規制や慣習
国・地域によっては投資規制や労働習慣、商習慣が大きく異なります。契約条件を精査せずに買収を進めると、思わぬ追加コストやトラブルの原因となります。 - 経営資源の過度な分散
ブランド数を増やしすぎると、かえって統制がきかなくなり、結局は不採算部門が増大してしまうこともあります。M&A後は定期的にブランドのパフォーマンスを評価し、ポートフォリオを見直す仕組みが重要です。
リスク管理を徹底することで、M&Aによる経営破たんを避け、シナジーを最大限に引き出すことが可能になります。
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11. 今後のアパレル業界におけるM&Aの展望
今後も日本のアパレル企業は、国内需要の停滞と消費者のデジタルシフトを背景に、さらなる業界再編を余儀なくされると予想されます。具体的には以下のような動きが加速するでしょう。
- EC特化ブランドやD2C企業の買収
SNSマーケティングやライブコマースなどを駆使し、個性の強いD2Cブランドが今後も登場する見込みです。大手は自社開発よりも買収によるスピード感ある取り込みを選択すると考えられます。 - グローバルEC・物流の再編
原材料高騰や物流コスト上昇の流れは継続するため、強固なサプライチェーンを持つ企業や物流企業がM&Aのターゲットになりやすいです。特に東南アジアなど新興市場向け物流を押さえた企業への注目が集まると考えられます。 - リテールテック・DX支援企業との統合
ARやVRを用いたバーチャル試着など最先端の顧客体験を提供する「リテールテック」企業を買収し、店舗・EC両面を高度化する動きが増えそうです。アパレル企業のリアル店舗は今後も縮小が続く一方で、新しい販売手法を融合させることで差別化を図ろうとするはずです。 - 異業種参入の継続
不動産会社、放送局、広告代理店、IT企業などがアパレル業界に参入する例は今後も続くとみられます。アパレル事業自体を単独で成長させるのではなく、メディアや広告宣伝、不動産など異なる本業とのシナジーを目指す形です。 - 再編後の淘汰
M&Aにより一時的に事業規模を拡大した企業でも、PMIがうまくいかず再度ブランドを手放す事態も起こりえます。つまり、再編が一巡するまでの間は、アパレル企業の譲渡・買収は連鎖的に発生する可能性が高いのです。
総じて、アパレル業界におけるM&Aは今後も活性化が続く見通しです。デジタル化やグローバル化という大波の中で、生き残りや成長を模索する企業にとっては必須の戦略オプションとなっています。
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12. まとめ
本記事では日本アパレル業界のM&Aについて、2023年から2025年を中心とした多彩な事例を整理しながら、背後にある戦略や経営環境の変化を見てまいりました。ここ数年の動向を俯瞰すると、以下のポイントが浮かび上がります。
- 事業ポートフォリオの再編が加速
多数のブランドを抱える大手アパレルでは、不採算ブランドの譲渡と収益性の高い主力ブランドへの集中が一段と進んでいます。コロナ禍以降の低迷や競争激化によって、以前にも増して「選択と集中」を余儀なくされていると言えます。 - EC・DX領域の争奪戦
アパレル業界ではEC化率が高まり続け、オンライン接客やSNSマーケティングが売上増に不可欠となりました。そのため、EC事業やD2Cブランドを買収し、デジタル化への対応力を高める動きが各社で顕著です。 - 異業種との連携による多角化・シナジー創出
不動産事業会社、放送局、IT企業などがアパレル関連会社を取得したり、逆にアパレル会社が異業種を取り込んだりするケースも目立ちます。アパレルの顧客基盤やブランド力を既存事業と組み合わせることで、新たなビジネスを創出する狙いです。 - PMIの難しさ
買収自体を発表しても、その後の事業統合作業がうまく進まずブランド価値が毀損したり、重要人材が流出したりする例も散見されます。アパレル企業はデザイナーやパタンナーなどクリエイティブ職の属人性が高いため、PMIの計画をしっかり立てる必要性が高いです。 - 今後も続くM&A再編の波
国内需要縮小とグローバル市場の成長を背景に、海外展開やEC強化などを目的としたM&Aはさらに増えると予想されます。Z世代をターゲットにしたファッションブランドや、アジア圏の生産・販売企業などが注目を集めるでしょう。
アパレル業界は流行や消費者の動向に左右されやすく、さらにコロナ後の不透明さも加わり、企業戦略の自由度と難易度が高まっています。その中でM&Aは「時間を買う」有効な施策となり得る反面、買収後の統合に多大なエネルギーとノウハウが求められるのも事実です。今後の市場環境変化を踏まえ、どの企業がどのようなブランドを取得・譲渡し、どれだけうまく融合を果たせるかが大きな焦点となっていくでしょう。
本稿で取り上げた事例を通じて、アパレル企業が競争力を強化する上でM&Aがどう活用されているのか、またどのような課題に直面しているのかを概観していただければ幸いです。2023~2025年に公表された数々のM&Aが、アパレル業界全体をどう変容させるのか、今後も注目して追いかける必要があるでしょう。
このように、アパレル業界のM&Aには大手から中小まで多様な企業が関わり、海外企業との取引も含めて動きが活発化しています。消費者としては、これまでになかったブランドのコラボレーションや、新たなECサービスの提供によるメリットを享受できる可能性も大いにあります。一方、既存ブランドが消滅してしまう寂しさや、企業統合による価格戦略の変化などネガティブな面も考えられます。いずれにせよ、この波は一時的なものではなく、今後しばらく続く大きなトレンドと言えるでしょう。
以上が、アパレル業界のM&Aについて2023年から2025年の具体的な事例を中心にまとめた概説です。アパレル企業の経営環境は、デジタル技術の進展や消費者行動の変化に合わせてさらに大きく揺れ動くものと考えられます。皆様が本記事をご覧になり、アパレル業界のM&A戦略の要点を把握しつつ、その今後の展開に興味を持っていただけましたら幸いです。

株式会社M&A Do 代表取締役
M&Aシニアエキスパート・相続診断士
東京都昭島市出身。慶應義塾大学理工学部を卒業後、大手M&A仲介会社にて勤務し、その後独立。これまで製造業・工事業を中心に友好的なM&Aを支援。また父親が精密板金加工業、祖父が蕎麦屋、叔父が歯科クリニックを経営し、現在は父親の精密板金加工業にも社外取締役として従事。