はじめに
代行サービス業界は、企業の業務効率化やコスト削減ニーズの高まりに伴い、近年急速に拡大してきました。財務・人事・営業・決済・出荷・広報・コールセンター業務など、あらゆるバックオフィスやフロントオフィスの業務を一部またはすべて受託することで、依頼企業の生産性向上に大きく寄与しています。こうした背景から、業種や業態の垣根を越えた参入や提携が進み、多種多様なM&A(企業の合併・買収)事例が数多く見られます。
本記事では、金融アウトソーシングや経理・人事代行、越境EC支援、放送・配信運用代行、物流代行、保険代理店、証券代行、家事代行、住宅設備修理・メンテナンス代行など、幅広い「代行サービス」にまつわるM&A事例を取り上げ、業界がどのように変化し発展しているのかについて、具体例を交えながら考察していきます。この記事を通じて、代行サービスのM&Aがもたらすシナジーや課題、今後の展望などを包括的に理解いただければ幸いです。
1.代行サービス業界の多彩な領域とM&Aの役割
代行サービスは、業務プロセスの一部または全部を専門会社が請け負うビジネスモデルです。IT化や人手不足に伴う合理化ニーズが高まり、内部リソースをコア業務に集中させるためにバックオフィスをはじめとする周辺業務をアウトソースする企業が増えています。近年のM&Aでは、こうした業務代行会社や関連システムを取り込むことで、提供範囲や顧客基盤を拡大し、シナジーを狙うケースが目立ちます。
1-1.金融アウトソーシングサービス
代表的な例としては、「芙蓉総合リース<8424>」が連結子会社として保有していた「アクリーティブ<8423>」をTOBで完全子会社化(非公開化)した事例が挙げられます。アクリーティブは売掛債権買取、支払先への入金代行など金融分野のアウトソーシングを提供しており、芙蓉総合リースは連結子会社化に続き上場を廃止させることで投資を加速させ、少数株主との利益相反を回避する意図を示しました。また、「夢の街創造委員会<2484>」によるデリバリー代行サービスの買収においても、飲食店のデリバリー関連の立ち上げノウハウや集客代行は広義の金融関連業務(事業投資や資金繰り支援など)にも波及しています。
1-2.経理・人事・給与計算代行
企業にとって経理や人事・給与計算は不可欠な一方で、コア事業ではなく専門的なノウハウが必要とされる分野です。「芙蓉総合リース<8424>」によるNOCアウトソーシング&コンサルティングの子会社化、「三菱総合研究所<3636>」がオプト・ジャパンを買収して入学検定料収納代行サービスに本格参入した事例、「リグア<7090>」がヘルスケア・フィットと連携し接骨院の療養費請求代行・早期支払いサービスを強化した事例などがあります。これらは、BPO(ビジネス・プロセス・アウトソーシング)分野を取り込むことで一括受託の価値を高めるM&A施策と言えます。
1-3.越境ECや海外向け代行
国内市場が飽和傾向にある中、インターネット通販業界を中心に越境ECが拡大しています。中国への進出支援、海外発送代行、マーケティングなど、海外展開に特化した支援サービスの需要は高まる一方です。「売れるネット広告社<9235>」がアクセスブライトから中国向け越境EC事業を取得した事例は、その典型といえます。日中両国に倉庫を持ち、芸能人やインフルエンサーを起用したプロモーション支援も行うことで、物販以外の付加価値サービスを拡充しています。
1-4.家事代行・宅配代行
少子高齢化や共働き世帯の増加を背景に家事代行サービスも急拡大しています。「小僧寿し<9973>」によるデリズの完全子会社化、「伊藤忠食品<2692>」のカジタク買収、「フルキャストホールディングス<4848>」がミニメイド・サービスを子会社化するといった事例が知られています。これらのM&Aは、家事代行や宅配代行を次の成長エンジンとして位置づけ、ノウハウや顧客基盤を丸ごと取り込む動きと言えます。
2.事業特性別にみるM&A事例
代行サービスの中でも、業務の特性や提供形態によってM&Aの狙いが異なります。以下では、事業特性に応じた主要なM&A事例をさらに掘り下げます。
2-1.医療・介護領域の代行サービス
医療機関や介護施設における事務負担の増大を背景に、給与計算・レセプト請求などの事務支援を担う代行サービスが増えています。「リグア<7090>」によるアクリーティブの療養費早期支払いサービス事業の買収や、「メドピア<6095>」が子会社クラウドクリニックを別の事業者へ譲渡した例、「アイロムグループ<2372>」などCRO(医薬品開発受託機関)業務の拡充を図るためのM&Aも挙げられます。医療や介護では法規制が厳しく、代行サービスの提供には専門知識とシステム整備が必要です。そのため、M&Aを通じてノウハウ・人材を取得するアプローチが極めて有効と言えます。
2-2.建物管理・不動産関連代行
不動産売買管理や建物管理も、所有者から見れば運営の煩雑さを解消するためにアウトソースが進む分野です。「綿半ホールディングス<3199>」によるAICの子会社化や、「中央倉庫<9319>」がテスパックの梱包輸送から通関手続きまでの一貫体制を取り込んだ事例、「日本社宅サービス<8945>」が保険代理店業務を取得した例などがあります。物件所有者や企業に代わって契約やメンテナンス、保険手続き、入居者対応を一手に引き受けることで付加価値を高めるモデルが増加しています。
2-3.証券代行・家賃決済などの金融系サービス
企業の株主管理や配当金支払い代行などの証券代行業務、「三井トラスト・ホールディングス<8309>」による日本証券代行買収や、「光通信<9435>」のシック・ホールディングス<7365>へのTOBが代表例です。家賃収納代行では、「光通信」がスマートビリングサービスとのシナジーを狙い「シック・ホールディングス」を買収したり、「アクトコール<6064>」がインサイトを子会社化するなど、近年活発化しています。また、クレジットカード決済や電子マネー関連では「メタップス<6172>」がペイデザインを買収した事例、「ビリングシステム<3623>」によるトランスファーネット子会社化などが挙げられます。キャッシュレス化・DX化の潮流を受け、データ利活用や新たなビジネス創出を視野に入れたM&Aが続々登場しています。
2-4.放送送出や配信代行
メディア業界にも代行サービスが入り込んでいます。「東北新社<2329>」がプラットワークスに放送送出事業を譲渡したり、「インターライフホールディングス<1418>」が事務代行子会社を譲渡するなど、放送・配信の運用代行業務がM&Aの対象となっています。有料放送ビジネスの競争が激化する中で、インターネット配信へのシフトや、専門的運用ノウハウを持つ会社の買収・売却が進んでいるのが特徴です。
2-5.物流・配送・倉庫管理代行
ECの普及や2024年問題(ドライバーの時間外労働制限)などを背景に、物流や配送分野でも代行ニーズが急伸しています。「中央倉庫<9319>」によるテスパック買収、「関通<9326>」が河出書房新社傘下の河出興産から出版物流を取得、「ファイズホールディングス<9325>」がブリリアントトランスポートを子会社化した例、「スペースマーケット<4487>」がスペースモールを取り込む例などが挙げられます。あるいは、大手同士の大型M&Aとして「SGホールディングス<9143>」によるC&Fロジホールディングス買収へ対抗TOBが起きるなど、物流業界の再編は今後も続きそうです。
3.M&Aが促進するシナジーと課題
代行サービス業界のM&Aは、拡大する需要に対応しながらサービス領域を広げ、専門性を高める有力手段です。一方、企業文化の相違や従業員のモチベーション維持、システム統合など課題も存在します。
3-1.シナジーの具体例
1)クロスセル・アップセル たとえば、クレジットカード決済代行事業を行う企業が家賃決済代行会社を買収することで、決済手段の多様化や企業間取引(BtoB)への拡大が可能になります。また、ECサイト支援をしている企業が物流代行会社を傘下に収めれば、注文から配送までワンストップで提供でき、販路拡大や顧客ロイヤルティの向上を狙えます。
2)IT化・DX推進
バックオフィス業務の自動化・効率化が進む中、クラウド型システムやAIの導入は最重要課題です。AIやRPA(ロボティック・プロセス・オートメーション)技術に強みを持つ企業をM&Aで取り込めば、既存の代行サービスを高度化でき、他社との差別化を図ることが期待されます。
3)顧客基盤の相互利用
地域性や特定業界に強い代行サービス企業を買収することで、グループ全体の営業網を拡充できます。相手先の既存顧客に自社のサービスをクロスセルするだけでなく、連携して新商品・新サービスを開発するシナジーが期待できます。
3-2.抱える課題
1)企業文化・労務管理の違い 代行サービスは人材が価値の源泉です。買収後の統合プロセス(PMI)では、従業員の士気低下や離職を防ぎながら企業文化を統合していく必要があります。とりわけサービスの根幹が「人」である場合、マネジメントや評価制度のすり合わせが重要になります。
2)ITシステム統合・データ連携
多くの代行サービスは独自のクラウドシステムや管理システムを開発していますが、買収によってシステムが重複する、または互換性が低くなるケースもあります。システム移行や運用整備に莫大なコストがかかり、当初描いていたシナジーを得るまでに時間を要する可能性があります。
3)レピュテーションリスクや規制
金融や医療介護など規制の厳しい分野での代行業務は、法令順守とコンプライアンスが必須です。M&Aで新たな許認可や届出が必要となったり、監督官庁への報告義務が増加するなど負荷が高まります。これらに十分に対応しないと社会的信頼の低下を招き、既存顧客との契約が失われるリスクも存在します。
4.今後の展望:代行サービス業界はどう変わるか
M&Aによる再編が活性化している代行サービス業界は、以下の方向性でさらなる発展が見込まれます。
4-1.DXとの連携強化
多くの企業が「デジタルトランスフォーメーション(DX)を如何に進めるか」を経営課題として抱えています。総務・経理・人事・営業など間接部門のIT化や自動化が進むとともに、これらを一括して受託するBPO企業の需要は拡大傾向にあります。今後は、単に「作業代行」するだけでなく、データ分析やAI活用を通じて戦略的意思決定を支援するハイレベルなサービスが求められるでしょう。こうした高付加価値サービスの提供力を獲得するために、大手IT企業やコンサルティングファームによるBPO企業のM&Aが増える可能性があります。
4-2.海外展開とグローバルソーシング
越境ECや海外店舗進出など、国境を越えたビジネス展開が拡大する中で、通関手続き・多言語カスタマーサポート・海外決済などの代行需要が高まっています。欧米やアジアでノウハウを持つ企業を買収し、ネットワークを一気に広げる動きも増えています。たとえば「UTグループ<2146>」がベトナムの人材派遣会社を買収して技能実習生の帰国後就業もサポートするビジネスモデルなど、斬新な連携が進みつつあります。
4-3.専門分野に特化したサービスの台頭
一般的な事務代行に留まらず、医療・介護、金融、物流、Eコマース、放送、保育・教育など分野ごとに異なる法規制やオペレーションに対応した「高い専門性」を求めるケースが増加しています。小規模な専門特化企業が大手企業に買収されることで、より安定した経営資金と営業力を獲得し、事業を拡大する流れが続くでしょう。たとえばCROやCSO(医薬品営業受託機関)など新薬開発や医療機器のマーケティング支援に特化した事業領域はグローバルベースでのM&Aが活発化しています。
4-4.プラットフォームの構築
多様な業務を統合的に管理できるプラットフォーム型の代行サービスが注目されています。たとえば、EC企業向けには販売・在庫管理から物流、カスタマーサポートまでワンストップで行うサービスが求められ、SaaS型の仕組みを提供する企業同士の統合や買収が進むと考えられます。AIやチャットボットを活用した無人対応の拡充なども含め、デジタル基盤を強化するM&Aが増加するでしょう。
5.M&A成功のポイントと留意点
代行サービス業界でのM&Aは多くの機会を生む一方、成功させるには慎重なデューデリジェンスと綿密な統合計画が欠かせません。
5-1.事前の事業適合性・協業シナジーの評価
・買収先のサービスが自社のサービスと補完関係になるか ・人材とノウハウの相乗効果が得られるか ・顧客基盤の重複や市場セグメントの食い合いがないか といった点を見極めることが重要です。
5-2.PMI(統合プロセス)の設計
人が主役となるサービス領域では、従業員のモチベーション維持が成否を分けます。システムの連携や企業文化の融合、ブランド戦略の策定など、統合初期段階における方針の明確化とコミュニケーションが不可欠です。
5-3.コンプライアンスとリスク管理
金融や医療・介護、不動産管理など、法規制の厳しい領域では許認可更新の手続きや当局への報告義務が発生します。リスク管理体制の整備は買収後のトラブルを回避するうえで非常に重要です。
5-4.買収スキームの最適化
TOB(株式公開買付け)、第三者割当増資の引き受け、会社分割、株式交換など、目的に応じた最適なスキームを選択することが求められます。特に上場子会社をTOBで非公開化する動きは少数株主との利害調整を円滑にし、投資を集中できるメリットがあります。
6.おわりに
代行サービス業界は、IT・AI技術やグローバル化の流れを受けて、今後も多方面での成長が見込まれます。上記のように実際のM&A事例では、事業領域の補完や専門性の獲得、顧客基盤の拡大などを狙った動きが加速しています。とりわけ労働人口の減少や働き方改革の中で企業がコア事業にリソースを集中したいというニーズは高まり、代行サービスの需要はさらに伸びるでしょう。
一方で、サービスの品質管理やコンプライアンス、人材確保と育成が競争力のカギとなるため、企業同士の連携・M&Aによってリソースを強化し合うことが引き続き重視されると考えられます。今後も代行サービス業界のM&Aには注目が集まり、より多様な企業が参入し、業界再編が進んでいくでしょう。
日本の産業構造が変化する中で、代行サービスが果たす役割はますます大きくなります。企業が自社の成長戦略の一貫として、M&Aを通じて新サービスや新領域へ展開していく動きは今後も続くと見込まれます。その結果、働く側にとっても新たなキャリア機会が生まれ、社会全体に効率性と利便性をもたらすことが期待されます。代行サービス業界のM&Aは、これからもビジネス界を席巻する重要なキーワードとなるでしょう。

株式会社M&A Do 代表取締役
M&Aシニアエキスパート・相続診断士
東京都昭島市出身。慶應義塾大学理工学部を卒業後、大手M&A仲介会社にて勤務し、その後独立。これまで製造業・工事業を中心に友好的なM&Aを支援。また父親が精密板金加工業、祖父が蕎麦屋、叔父が歯科クリニックを経営し、現在は父親の精密板金加工業にも社外取締役として従事。