- 1. はじめに
- 2. 管工事業界とは
- 3. 管工事業界におけるM&Aの背景
- 4. 管工事業界M&Aのメリット・デメリット
- 5. 実際のM&A事例一覧と背景・狙い
- 5.1 大成温調<1904>とウッドテック
- 5.2 前澤化成工業<7925>と常陽水道工業
- 5.3 北陸電気工事<1930>による日建の子会社化
- 5.4 北陸電気工事<1930>と蒲原設備工業
- 5.5 高田工業所<1966>と渡部工業
- 5.6 ビューティ花壇<3041>と昇建設
- 5.7 トーエネック<1946>によるタイ「トライエン」追加出資
- 5.8 ニッタ<5186>と協和工業
- 5.9 コムシスホールディングス<1721>と朝日設備工業
- 5.10 エクシオグループ<1951>と光陽エンジニアリング
- 5.11 ウェーブロックホールディングス<7940>とエイゼンコーポレーション
- 5.12 アコーディア・ゴルフ<2131>による岡山御津カントリークラブ売却(山陽空調工業が取得)
- 5.13 アイナボホールディングス<7539>と中央窯業
- 5.14 サンテック<1960>と武蔵野工業
- 5.15 JRC<6224>による向井化工機の子会社化
- 6. 事例から見る主なM&Aの狙いとシナジー効果
- 7. 管工事業界のM&Aプロセスと注意点
- 8. 管工事業界M&Aの今後の展望
- 9. まとめ
1. はじめに
管工事業界は、建築やインフラ、さらには産業プラントなど幅広い分野で必要とされるライフラインの構築・維持を担う重要なセクターです。給排水や空調、消防設備、プラント配管など、その業務範囲は多岐にわたります。近年では、老朽化したインフラの更新需要や省エネルギー対策、さらには人手不足への対応などの背景から、同業他社の技術や人材を取り込むことで事業基盤を強化しようとする動きが活発化しています。
その一方で、中小の管工事企業が抱える後継者問題や新規分野への展開資金の確保などの課題も浮き彫りになっており、これらを解消するためのM&Aが活性化している実態があります。
本稿では、管工事業界におけるM&Aの背景やメリット・デメリット、そして実際の事例を具体的に挙げて解説しながら、業界特有の動向と今後の展望について考察いたします。
2. 管工事業界とは
2.1 管工事の定義と業務範囲
「管工事」とは、建築物やプラントなどで水や空気、ガス、その他流体を配管を通して搬送するための設備設置・施工を意味します。これには給排水管工事、空調・冷暖房設備工事、消防設備工事、ガス管工事、各種プラント配管工事などが含まれます。最近では配管だけでなく、関連する電気設備や土木工事などの領域に業務範囲を広げる企業も増えてきています。
2.2 管工事業界の市場規模と特徴
管工事業界は、建設業界の中でも専門工事として位置付けられています。統計上、建設投資のうち空調・衛生設備に関する工事の市場規模は数兆円規模ともいわれ、建築や公共インフラの新設・更新が進む限り、一定の需要が見込まれる業界です。一方で、現場での高度な施工管理能力や技術者・職人の確保が課題となることが多く、これらの要因が業界再編の理由にもなっています。
3. 管工事業界におけるM&Aの背景
3.1 公共事業やインフラ更新需要の変化
近年、日本国内では老朽インフラの更新需要が大きくクローズアップされています。水道管の更新や下水道設備の老朽化対策、さらには災害対策のための設備更新など、公共事業の発注は引き続き堅調です。しかし、その一方で工事の大型化・複雑化に伴い、単体の中小企業では担いきれないケースが増えています。そのため大手・中堅企業が地域の有力工事会社をM&Aによって取り込むことで、施工体制を強化・拡充する動きが盛んになっています。
3.2 人手不足・職人技術の継承問題
建設業界全般にいえることですが、職人不足や高齢化は深刻な問題です。特に管工事は高度な専門技術・技能を要するため、若手の育成や後継者の確保が大きな課題となっています。そこで、大手の管工事会社や他分野の企業が、技術者・職人を丸ごと獲得できる手段としてM&Aを利用するケースが少なくありません。また後継者問題を抱える中小企業にとって、M&Aを通じて企業存続と従業員の雇用を守ることは、有力な選択肢となっています。
3.3 事業領域の拡大とシナジー追求
建設業界では、空調・給排水・電気設備などが密接に関わり合っています。電気設備工事を主力とする企業が管工事も一括して受注することで、プロジェクト全体のコストと工期を管理しやすくなり、顧客ニーズに幅広く応えられるため、事業領域を拡大する目的でM&Aを推進する動きが見られます。また、工事後のメンテナンス契約もセットで獲得できるため、ストック型ビジネスによる安定収益確保につながる点でも注目されています。
3.4 地域市場の統合・拡大
管工事業界は、地域に根ざして事業を展開するケースが多いのが特徴です。しかし、大手企業が全国規模で工事を受注しようとする場合、各地域で確かな技術と実績を持つ地元企業との協業が不可欠になります。そこでM&Aによって地域の有力企業を傘下に収め、地場での受注拡大を狙う動きが活発化しています。
4. 管工事業界M&Aのメリット・デメリット
4.1 買収企業側のメリット
- 地域ネットワークの獲得
地域密着で活動してきた企業を傘下に収めることで、地元自治体や企業との強固な取引関係を引き継げます。 - 技術力・人材の補強
職人や技術者といった人的資源をまとめて取り込むことで、ノウハウや専門技術の獲得が期待できます。 - 事業ポートフォリオの多角化
電気・空調・給排水・消防設備工事など、補完的な事業領域を取り込み、一括受注の体制を整えることができます。 - スケールメリットによる経営効率化
発注単価の交渉力強化や、機材の大量発注によるコストダウン、バックオフィス統合による経営効率化が期待できます。
4.2 売却企業側のメリット
- 後継者問題の解決
経営者の高齢化に伴い後継者不在の企業が多い中、M&Aによって会社の存続と従業員の雇用を守れます。 - 技術者・社員の待遇向上
資本力のある企業のグループ入りにより、給与・福利厚生面の改善や大規模プロジェクトへの参画機会が増えます。 - 事業拡大や新分野への参入機会
親会社が持つネットワークやブランド力を活かして、これまで手が届かなかったエリアや事業分野へ進出できる可能性があります。
4.3 デメリット・リスクと課題
- 企業文化の違いによる摩擦
長年地域に根ざしてきた企業と大手グループの企業文化が合わず、社員のモチベーションが低下する恐れがあります。 - 買収価格の不透明性
プロジェクトの受注状況や人材の評価、資格の有無など、管工事企業の価値評価が複雑になりがちです。 - 技術者の流出リスク
買収後、待遇や働き方の変化に不満を持ち、熟練社員が離職してしまう可能性があります。 - 事業統合(PMI)の難しさ
工事管理のシステムや顧客対応、営業手法などを統合しようとしても、現場作業が多い業態ゆえにスムーズに進まない場合があります。
5. 実際のM&A事例一覧と背景・狙い
ここからは、具体的な事例をいくつかピックアップしながら解説いたします。いずれのケースも、管工事業界において特徴的なM&Aの理由や狙いが見て取れます。
5.1 大成温調<1904>とウッドテック
- 概要: 大成温調は、中期経営計画にて施工管理機能の拡充や首都圏でのサービス強化を目標としており、その一環で消火設備工事・一般管工事を手がけるウッドテックを子会社化しました。
- 背景・狙い:
- 首都圏事業の強化: 千葉県や東京都を地盤とするウッドテックを取り込むことで、首都圏での施工能力強化。
- 消火設備工事の取り込み: 管工事だけでなく消防施設への対応力を高めることで、総合的な設備工事受注の拡大を狙う。
5.2 前澤化成工業<7925>と常陽水道工業
- 概要: 前澤化成工業は管工事を手がける常陽水道工業の株式を91.93%取得し子会社化。産業排水処理システムの提案・設計などにおいて技術・ノウハウの融合を期待しています。
- 背景・狙い:
- 産業排水処理分野でのシナジー: 化成工業製品と管工事技術の融合により総合的な水処理ソリューションを提供。
- 公共工事の強み: 常陽水道工業は上・下水道施設やポンププラントに強く、公共工事の安定需要を取り込める。
5.3 北陸電気工事<1930>による日建の子会社化
- 概要: 北陸電気工事が空調・給排水管などを手がける日建(横浜市)の全株式を取得。関東方面での商圏拡大が狙い。
- 背景・狙い:
- 関東進出の強化: 地域密着の企業買収により、地盤を持つ企業の人脈や実績をそのまま活用できる。
- 空調・給排水分野の取り込み: 電気工事と管工事のシナジーによるワンストップサービスが期待できる。
5.4 北陸電気工事<1930>と蒲原設備工業
- 概要: 同じく北陸電気工事が蒲原設備工業(新潟県燕市)を子会社化し、新潟方面への事業進出を図る。
- 背景・狙い:
- 地域展開の加速: 北陸地方から新潟方面へ、さらなる事業拡大。
- 消防設備工事も含む対応力強化: 蒲原設備工業は土木工事や消防施設工事のノウハウも有しており、受注範囲が広がる。
5.5 高田工業所<1966>と渡部工業
- 概要: 高田工業所が、石油・天然ガスプラントの配管工事とメンテナンスを手がける渡部工業を子会社化。
- 背景・狙い:
- プラント事業基盤の強化: 北海道苫小牧市を拠点とする渡部工業を取得し、プラント事業のエリア拡大と技術力の確保。
- メンテナンス事業の安定収益: プラント保守メンテナンスはストック型収益をもたらす。
5.6 ビューティ花壇<3041>と昇建設
- 概要: ビューティ花壇が土木・管工事請負業の昇建設株式を58.3%取得。造園・土木事業を強化。
- 背景・狙い:
- 造園と土木のシナジー: 造園と管工事は親和性が高く、景観整備や緑化工事と合わせてインフラ整備が可能。
- 公共事業への参入拡大: 昇建設が持つ公共工事の実績・ノウハウを活かして、ビューティ花壇の事業領域を広げる。
5.7 トーエネック<1946>によるタイ「トライエン」追加出資
- 概要: トーエネックがタイTri-En TOENEC Co., Ltd.(トライエン)に追加出資し、持株比率を49%に引き上げ子会社化。業績低迷していたトライエンを立て直す狙い。
- 背景・狙い:
- 海外事業の強化: 電気・空調管工事を手がける海外拠点を確実に自社グループとすることで、アジア市場でのプレゼンス拡大。
- 経営管理機能の強化: 取締役の過半数をトーエネックが指名し、現地法人を直接指揮して再建を図る。
5.8 ニッタ<5186>と協和工業
- 概要: ニッタが空調機器販売会社の協和工業を完全子会社化。元々ニッタの有力代理店であり、空調設備配管工事にも対応。
- 背景・狙い:
- 代理店の子会社化による販売力強化: 代理店のネットワークを自社直営に近づけることで、商流を一元化し利益率を向上。
- 空調設備工事分野への展開: 単なる製品販売に加え、工事やメンテナンスまでトータルに提供する体制づくり。
5.9 コムシスホールディングス<1721>と朝日設備工業
- 概要: コムシスHDが、管工事・水道施設工事の朝日設備工業を株式交換で子会社化。岐阜市を拠点に地場トップクラスの実績を持つ企業の買収。
- 背景・狙い:
- 東海地区での施工体制強化: コムシスは情報通信インフラ工事で有名だが、地域の水道インフラや管工事にも力を入れ、事業の幅を広げる。
- 公共工事の安定需要取り込み: 水道施設工事に強い朝日設備工業を子会社化し、公共工事案件を拡大。
5.10 エクシオグループ<1951>と光陽エンジニアリング
- 概要: エクシオグループが、空調・給排水衛生などの管工事を手がける光陽エンジニアリングを株式交換で子会社化。
- 背景・狙い:
- 都市インフラ事業の拡大: 通信インフラだけでなく都市インフラ全般に強みを発揮するため、管工事分野を強化。
- 管工事の競争力強化: ワンストップで空調・給排水・通信などを提供し、大型案件を獲得しやすくする。
5.11 ウェーブロックホールディングス<7940>とエイゼンコーポレーション
- 概要: ウェーブロックHD傘下企業を通じて、土木・管工事のエイゼンコーポレーション(前橋市)の全株式を取得。
- 背景・狙い:
- 地中熱事業の強化: 地中熱関連の工事を元請で担えるエイゼンコーポレーションを取り込むことで、新エネルギー分野へ本格参入。
- 成長分野への投資: 環境負荷低減が注目される中、地中熱利用は魅力的な市場と見なし、専門技術を獲得。
5.12 アコーディア・ゴルフ<2131>による岡山御津カントリークラブ売却(山陽空調工業が取得)
- 概要: ゴルフ場運営会社アコーディア・ゴルフが、ゴルフ場資産を持つ岡山御津カントリークラブ株式を山陽空調工業へ譲渡。山陽空調工業は冷暖房設備や管工事等も行う企業。
- 背景・狙い:
- ゴルフ場の収益性見直し: アコーディア・ゴルフがポートフォリオ戦略の一環で収益見込みの低いコースを整理。
- 山陽空調工業の事業多角化: 空調・管工事に加え、ゴルフ場の運営資産を取得することで不動産関連収益を狙う。
5.13 アイナボホールディングス<7539>と中央窯業
- 概要: アイナボHDがタイル工事の中央窯業の全株式を取得。アイナボは管工事や空調・衛生設備工事も扱う。
- 背景・狙い:
- 技術力のある職人確保: タイル工事や内装仕上げ工事など高度な技術を持つ職人の確保。
- 建築仕上げ全般の一括受注体制: タイル・内装・管工事など複数領域を一元管理して提供する。
5.14 サンテック<1960>と武蔵野工業
- 概要: サンテックが空調管工事や防災・電気設備などを設計施工する武蔵野工業の第三者割当増資を引き受け、子会社化。
- 背景・狙い:
- 設備工事部門の新規案件・メンテナンス強化: サンテックは電気設備が強みだが、武蔵野工業の空調管工事顧客に電気工事も売り込める。
- 相互顧客基盤の活用: 双方の営業網を活かして工事案件を相互紹介する。
5.15 JRC<6224>による向井化工機の子会社化
- 概要: JRCが子会社を通じて、水処理プラントを中心とする向井化工機を子会社化。向井化工機は浄水場や下水処理場の設備機器設置・配管工事に強み。
- 背景・狙い:
- 製品サービスのワンストップ提供: 従来のコンベヤー搬送領域だけでなく、水処理などの環境プラント分野へも展開。
- 市場シェア拡大と相乗効果: 需要拡大が見込まれる水処理分野での技術や顧客基盤を獲得。
6. 事例から見る主なM&Aの狙いとシナジー効果
これらの事例を整理すると、管工事業界ならではのM&Aの狙いや効果がいくつか浮かび上がります。
6.1 地域密着型企業の取り込みによる地理的拡張
- 北陸電気工事と日建・蒲原設備工業や、大成温調とウッドテックのケースのように、特定地域に強い企業を買収することで、その地域での営業基盤や人脈を引き継ぐ効果があります。管工事は公共事業をはじめとする地域性の高い業務も多いため、地元企業との関係性が大きな強みとなります。
6.2 技術力や営業力の補完・強化
- 高田工業所と渡部工業、サンテックと武蔵野工業など、特定の分野(プラント配管や空調工事など)に秀でた技術を持つ企業を取り込み、足りないピースを補完するパターンが挙げられます。この場合、M&A後の受注範囲が広がり、総合力が大きく高まります。
6.3 事業ポートフォリオの安定化・多角化
- ビューティ花壇と昇建設、エクシオグループと光陽エンジニアリングのように、既存事業との親和性が高い専門分野を取り込むことで、上下流の工程を一括して受注できる体制が整い、経営の安定化・収益力の底上げが見込めます。またウェーブロックHDとエイゼンコーポレーションのように、環境エネルギー関連など伸びしろのある分野に参入できる点も魅力です。
6.4 大手・中堅プレイヤーの戦略的な買収・子会社化
- コムシスホールディングスと朝日設備工業、トーエネックとトライエンのように、既に業界内で一定の地位を確立している大手・中堅企業が、特定地域や海外市場の開拓を戦略的に進める目的でM&Aを実行するケースも増えています。経営資源の集中・選択によって効率的に事業領域を広げることが可能です。
7. 管工事業界のM&Aプロセスと注意点
M&Aは単に企業を買う・売るだけではなく、適正な価値評価や買収後の統合管理まで多くのステップを踏む必要があります。
7.1 デューデリジェンス(DD)時に見るべきポイント
- 受注実績と今後の工事案件
管工事は案件ごとの売上が大きい場合も多く、今後の工事案件がどの程度見込めるかで企業価値が大きく変わります。 - 技術者・資格保有者の在籍状況
管工事では有資格者(管工事施工管理技士、消防設備士など)の数が競争力を左右するため、在籍状況や年齢構成の確認が重要です。 - 工事に伴う債務やリスク
過去の事故や施工不良、保証義務など潜在的なリスクがあるかどうかを綿密に調べる必要があります。 - 資産評価と工事設備の維持費
事務所や工場の保有資産、車両、機材などの減価償却や老朽度合いもチェックすべきポイントです。
7.2 技術者の雇用・待遇・ブランド維持
買収企業が最も期待するのは、人材や技術の確保である場合が多いです。ところが買収後に待遇が悪化したり、企業文化が合わないと感じたりして人材が流出しては元も子もありません。買収側は、現場作業員や管理職が安心して働けるよう配慮する必要があります。
7.3 買収後のPMI(Post Merger Integration)の重要性
買収が成立した後の統合プロセス(PMI)では、業務フローの標準化や会計システムの統合、企業文化の融合など、多岐にわたる課題が待っています。管工事企業の場合、現場と管理部門の連携が重要になるため、ITシステム導入による進捗管理や労務管理などを早期に整備し、スムーズな運営体制を確立することが不可欠です。
7.4 株式交換・増資・株式譲渡など手法の違い
今回ご紹介した事例でも、株式交換による完全子会社化(コムシスHD、エクシオグループなど)や第三者割当増資(サンテック、武蔵野工業)など、M&Aの手法は多様です。どの方法を選ぶかは、買収する側と買収される側の事情(資本構成や既存株主の意向、資金調達手段、税務面など)に大きく左右されます。それぞれのメリット・デメリットを理解した上で最適な手段を検討することが重要です。
8. 管工事業界M&Aの今後の展望
8.1 インフラ老朽化対応とDX化の加速
日本全国で上下水道や公共施設の老朽化が深刻な課題となっている中、今後も公共事業案件は一定規模で継続すると見込まれます。さらに建設業界ではDX(デジタルトランスフォーメーション)の流れが進んでおり、BIM(Building Information Modeling)の活用や施工管理のIT化が加速しています。こうした変化に対応するために、IT関連企業や設備メーカーとの連携が進む可能性もあります。
8.2 海外展開や外資系企業との協業の可能性
日本国内だけでなく、アジア新興国を中心にインフラ整備が進む地域では、日本の高い管工事技術が注目されています。トーエネックによるタイ現地企業の子会社化はその好例です。今後は他の大手・中堅企業も海外展開を視野に、現地企業の買収や合弁会社の設立を検討する動きが活発化するでしょう。
8.3 脱炭素社会や省エネ需要への対応
地中熱利用や空調の省エネ技術など、環境負荷を低減する設備の需要が高まっています。こうしたグリーンエネルギー分野に対応するため、専用技術を持つ中小企業とのM&Aがさらに増加する可能性があります。ウェーブロックHDとエイゼンコーポレーションの事例が示すように、地中熱システムなど新たな成長分野は管工事と相性が良いため、今後ますます注目を集めるでしょう。
9. まとめ
本稿では、管工事業界における近年のM&A事例を取り上げながら、その背景や狙い、そして今後の展望について整理・考察いたしました。老朽化インフラの更新需要、職人不足と後継者問題、技術力の補完、事業ポートフォリオの強化、地域性の高さなど、管工事業界ならではの要因がM&Aを後押ししています。
また、今回ご紹介した事例を見てもわかるように、買収側には「総合的な設備工事体制の構築」「地域拠点の獲得」「事業分野の拡大」などが主目的として存在し、売却側には「後継者問題の解消」「社員の将来の安定」「資金面や事業規模拡大への期待」などが動機として挙げられます。
しかし、M&Aは成功すれば双方にメリットがある反面、PMIの失敗や企業文化の衝突、期待していた人材の離職など、潜在的なリスクも少なくありません。特に、管工事という現場作業が中心の業界では「人材と技術の継承」が大きな課題となります。
今後の展望としては、既存の公共事業に加えてDXや脱炭素といった新潮流の波が管工事業界にも及ぶことで、さらなるM&Aの活性化が見込まれるでしょう。海外進出や外資との協業の可能性も含め、多角的に検討を進めることが重要です。
管工事業界におけるM&Aは、企業の成長戦略を進めるうえで強力な手段であると同時に、地域や業界を支える技術・人材の維持にとっても欠かせない選択肢となっています。これからも、多様なプレイヤーが参入し合従連衡が行われることで、業界全体の競争力が一層高まることを期待したいところです。

株式会社M&A Do 代表取締役
M&Aシニアエキスパート・相続診断士
東京都昭島市出身。慶應義塾大学理工学部を卒業後、大手M&A仲介会社にて勤務し、その後独立。これまで製造業・工事業を中心に友好的なM&Aを支援。また父親が精密板金加工業、祖父が蕎麦屋、叔父が歯科クリニックを経営し、現在は父親の精密板金加工業にも社外取締役として従事。