- はじめに
- LPガス業界の概況とM&Aの背景
- 事例紹介:LPガス業界の主なM&A動向
- 1. 大阪ガスと伊藤忠エネクスによるLPガス事業の統合(2017年8月3日)
- 2. 静岡ガスによる島田瓦斯の子会社化(2018年3月23日)
- 3. 大丸エナウィンによる医療用ガス企業の買収(2019年7月1日)
- 4. 大丸エナウィンによる太陽プロパンの子会社化(2021年3月25日)
- 5. 大丸エナウィンによるクサネンの追加出資(2022年6月29日)
- 6. 日本瓦斯による秋山商店からの簡易ガス事業取得(2014年8月12日)
- 7. 伊藤忠エネクスによる風力発電事業への参入(2013年12月25日)
- 8. シナネンによるミノスの株式取得(2009年3月17日)
- 9. クワザワによるLPガス事業の譲渡(2008年5月30日)
- 10. クレックスのMBOによる非公開化(2013年9月27日)
- 11. サンリンによる「えのきボーヤ」買収(2020年1月14日)
- 12. サンリンによる岐阜屋の子会社化(2024年12月23日)
- 13. ウェルネットによる一高たかはしの譲渡(2010年5月24日)
- 14. あいホールディングスによるInnovation Farm子会社化(2022年8月30日)
- 15. TOKAIホールディングスによるフジプロ子会社化(2024年3月22日)
- 16. TOKAIホールディングスによる日産工業の子会社化(2019年10月8日)
- 17. TOKAIホールディングスによるイノウエテクニカの子会社化(2020年11月12日)
- 18. カナデンによるシステム子会社の譲渡(2022年9月28日)
- LPガス業界におけるM&Aの狙いと特徴
- 今後の展望
- おわりに
はじめに
日本のエネルギー市場において、LPガス(液化石油ガス)は都市ガスや電気とは異なる特徴を持ち、地域の生活を支える重要な役割を担ってきました。特に地方部や都市ガスの供給が行き届かないエリアでは、古くからLPガスが住宅用・産業用のエネルギー源として幅広く利用されており、いわゆる都市ガスの供給が難しい地域にとっては不可欠な存在でもあります。
しかし、近年は少子高齢化や人口減少、さらにはエネルギー需要の多様化や再生可能エネルギーへの注目度の高まりなど、LPガス業界を取り巻く環境は大きく変化してきました。そうした中で、多様な事業との連携や企業体力強化を目的としたM&A(企業の合併・買収)が増加傾向にあります。本記事では、LPガス業界におけるM&Aの背景や目的、そして実際の事例を踏まえた動向や今後の展望について詳しく解説いたします。
本稿では、これまで報道された主なLPガス関連企業のM&A事例を振り返りながら、LPガス業界全体の動きや意義を探り、さらに今後の展望について考察していきます。LPガス事業者のみならず、エネルギー業界全般や地域経済、関連するシステム開発をはじめとする他業種にも影響する可能性があるため、多角的な視点を取り入れながら解説してまいります。
LPガス業界の概況とM&Aの背景
LPガス市場の特徴
LPガスは、液化石油ガス(Liquefied Petroleum Gas)の略称で、プロパンガスやブタンガスなどの総称として用いられています。日本においてはプロパンガスが主流で、家庭用や業務用の燃料として幅広く活用されているほか、工場などで利用される産業用ガスとしても需要があります。LPガスは圧力をかけることで液化でき、小型ボンベによる配送が可能なため、都市ガス網が整備されていない地域でも供給を受けられる点が強みです。
一方で、家庭向け需要においては、エネルギーの多様化や人口減少による需要の縮小などから、今後も大幅な成長が見込みにくいと考えられています。そのため、一部のLPガス事業者にとっては、事業の統合・再編を通じて効率を高めることが、長期的な生き残りのカギとされています。
業界再編の要因
LPガス業界でM&Aが増えている背景には、以下のような要因が挙げられます。
- 需要減少・横ばいの見通し:少子高齢化やオール電化住宅の普及などにより、LPガスの需要増が見込みにくい。
- コスト削減・スケールメリットの追求:卸売・小売の両面において事業規模を拡大することで、調達コストや物流コストなどの削減を図れる。
- 地域間連携の強化:広域展開を図ることで顧客基盤を拡大し、新たなサービス提供やシェア拡大を狙う。
- 新規事業へのシフト:LPガス販売のみならず、医療用ガスや介護向けサービス、その他エネルギー関連事業とのシナジーを生み出す。
- 後継者問題への対応:中小規模のLPガス事業者が多く、経営者の高齢化などによる後継者難から、事業承継の手段としてM&Aを選択するケースも見られる。
こうした要因が相まって、LPガス業界では大手事業者による買収や業務提携、他業種との連携強化などが活発化しています。以下では、実際の事例を具体的に見ていきながら、その特徴や狙いについて詳細に解説します。
事例紹介:LPガス業界の主なM&A動向
1. 大阪ガスと伊藤忠エネクスによるLPガス事業の統合(2017年8月3日)
概要
2017年8月3日、大阪ガス<9532>と伊藤忠エネクス<8133>は両社が折半で出資する合弁会社エネアーク(東京都港区)を設立し、関東・中部・関西のLPガス卸売・小売事業を統合することを発表しました。また、これらの3地域以外での大阪ガス傘下のLPガス販売会社3社(日商プロパン石油、愛媛日商プロパン、高知日商プロパン)の全株式を伊藤忠エネクスグループに譲渡することも同時に公表されました。
ポイントと狙い
大手都市ガス会社である大阪ガスと、LPガスの大手商社である伊藤忠エネクスの連携強化は、国内のLPガス市場が縮小する中でのコスト競争力強化が主な狙いとされています。広範囲なエリアをカバーしつつ、仕入れや物流面での効率化を進めることで、より安定的かつ低コストな供給体制を構築することが期待されました。
2. 静岡ガスによる島田瓦斯の子会社化(2018年3月23日)
概要
静岡ガス<9543>は2018年3月23日、島田瓦斯(静岡県島田市)の株式を追加取得して連結子会社化(出資比率55.8%)すると発表しました。島田瓦斯は1957年に設立され、島田市を中心とした都市ガス事業とLPガス販売を手がけています。静岡ガスは2007年から同社に天然ガスの卸供給をしており、長年の取引実績を踏まえたうえでの子会社化となりました。
ポイントと狙い
都市ガス事業とLPガス事業の両輪を抱える企業を子会社化することで、静岡県内での顧客基盤の拡充を図る戦略が見て取れます。特に静岡県は地勢的にも都市ガス利用が進んでいるエリアですが、一部地域では引き続きLPガスの需要が存在します。都市ガス事業のノウハウとLPガス事業を統合的に運営することで、地域住民に対する総合的なエネルギーサービスを拡大する狙いがあると考えられます。
3. 大丸エナウィンによる医療用ガス企業の買収(2019年7月1日)
概要
大丸エナウィン<9818>は2019年7月1日、医療用ガス販売・医療機器レンタルを手がけるサンキホールディングス(大阪府吹田市)の全株式を取得し、子会社化すると発表しました。サンキホールディングスの傘下にはキンキ酸器という事業会社があり、医療用ガス販売や在宅医療機器のレンタルなどを手がけています。
ポイントと狙い
大丸エナウィンはLPガス販売を中核とするリビング事業を主力としていますが、近年では高齢化社会の進展に伴い医療・産業ガス事業にも注力しています。サンキホールディングスグループを取り込むことで、医療・産業ガス分野での基盤拡充を図り、新たな収益源を確保する狙いがあります。LPガスの供給だけでは需要が伸び悩む中、多角化と安定収益の確保が重要になってきています。
4. 大丸エナウィンによる太陽プロパンの子会社化(2021年3月25日)
概要
2021年3月25日には、同じく大丸エナウィンがLPガス販売の太陽プロパン(福井市)を子会社化すると発表しました。太陽プロパンは1968年に設立され、福井市内で強固な営業基盤を有する企業です。
ポイントと狙い
北陸地域への事業エリア拡大が大きな目的です。大丸エナウィンは近畿圏を地盤としてLPガスや住宅設備機器の販売を行っていますが、北陸地方にも事業領域を広げることで顧客基盤と売上を拡大し、経営の安定化を図ろうとしています。地方への進出においては、すでに地域密着で営業している企業を買収するのが最も効果的な手段の一つです。
5. 大丸エナウィンによるクサネンの追加出資(2022年6月29日)
概要
大丸エナウィンは2022年6月29日、LPガス販売や住宅リフォーム事業を手がけるクサネン(滋賀県草津市)の株式を追加取得し、子会社化することを決定しました。これにより、持株比率は従来の19.43%から59.39%に引き上げられます。
ポイントと狙い
滋賀県での事業拡大・強化を図ることが主な狙いとされています。クサネンは1966年設立の老舗であり、一定の顧客基盤と地域での知名度をもっています。大丸エナウィンにとっては、近畿圏全体でのLPガス販売や住宅設備関連の需要を取り込み、さらなる収益拡大を目指すうえで大きなメリットがあります。
6. 日本瓦斯による秋山商店からの簡易ガス事業取得(2014年8月12日)
概要
日本瓦斯<8174>は2014年8月12日、LPガス事業を営む秋山商店(埼玉県春日部市)から簡易ガス事業を取得すると発表しました。春日部市内の住宅地に供給している簡易ガス事業を対象とし、効率的な運営と市場競争力の向上が目的とされています。
ポイントと狙い
日本瓦斯は関東圏を中心にLPガスや都市ガスの供給を幅広く行う大手事業者です。簡易ガス事業を取り込むことで、新規顧客や既存エリアの深耕を図るだけでなく、検針や配送などの運営コスト削減も期待できます。さらに、大手としてのスケールメリットを活かし、料金やサービス面の競争力向上も狙いとしています。
7. 伊藤忠エネクスによる風力発電事業への参入(2013年12月25日)
概要
伊藤忠エネクス<8133>は子会社を通じて、風力発電事業を手がける胎内ウィンドファーム(新潟県胎内市)の全株式を取得し子会社化すると発表しました。石油製品やLPガス販売に加え、電力関連事業を強化する狙いがありました。
ポイントと狙い
LPガスを中心とした化石燃料ビジネスにとどまらず、再生可能エネルギー事業にも積極的に投資することで、エネルギーポートフォリオを多様化している事例です。伊藤忠エネクスはLPガス業界内でも大手の一角を占めますが、再生可能エネルギーに早い段階から関心を寄せ、国内外で風力発電所の建設・運営に携わっています。今後の脱炭素社会の流れを見据えた長期的な事業戦略といえます。
8. シナネンによるミノスの株式取得(2009年3月17日)
概要
シナネン<8132>は2009年3月17日、LPガスシステム事業を行うミノス(東京都立川市)の全株式を取得しました。ミノスはLPガス販売事業者向けに業務システムを提供しており、シナネン自身もそのシステムを利用していました。
ポイントと狙い
ミノスの株式を取得して子会社化することで、業務システムの安定的な利用と保守・運用を確実にすることが狙いとなっています。LPガスの供給・販売そのものだけでなく、システム開発や管理ソフトの提供といった付加価値サービスも重要視される時代に入りつつあります。シナネンは、こうした基幹システムを押さえることで競合他社とのサービス差別化をはかろうとしていると考えられます。
9. クワザワによるLPガス事業の譲渡(2008年5月30日)
概要
クワザワ<8104>は2008年5月30日、子会社エフケー・ツタイ(札幌市)の稚内支店が管轄するLPガス事業をエア・ウォーター・エネルギー(札幌市)へ譲渡すると発表しました。エフケー・ツタイのLPガス事業は小規模である上、人口減少が進む地域ということもあり、今後の伸張が見込めないことが主な理由とされています。
ポイントと狙い
クワザワグループとしては選択と集中を進める一環であり、地域の顧客への安定供給を維持するためにも、地域大手のエア・ウォーター・エネルギーに譲渡する方が有益と判断したとみられます。LPガス事業は保守点検や配送など地域密着度が高く、顧客との長期的な信頼関係が重要です。そのため、小規模事業のまま続けるよりも、地盤が強固な企業へ引き継ぐことでサービス水準の維持が期待できます。
10. クレックスのMBOによる非公開化(2013年9月27日)
概要
LPガス販売を主力とするクレックス<7568>は、現経営陣によるMBO(Management Buyout)を通じて非公開化する方針を表明しました。具体的には、代表取締役会長である平山貞夫氏が設立したSHCが株式公開買い付け(TOB)を実施し、買付成立後に上場廃止となる流れです。MBOは創業家や経営陣が株式を買い取り、非公開化を目指す手法であり、事業再構築を柔軟に進めるための手段として選択されました。
ポイントと狙い
厳しい事業環境を踏まえ、地域のLPガス事業を守りつつ、新たなエリアへの事業拡大や新規事業へ進出するためには、スピーディーな意思決定が必要と判断したためです。上場企業であるがゆえの規制や株主対応の負担を軽減し、長期的な視野で経営に取り組む体制を整える目的が大きかったとされています。LPガス事業が地域に根ざしたものである一方、エリア拡大や設備投資が必要な時期でもあったため、非公開化により思い切った投資判断を行うための自由度を高めたと考えられます。
11. サンリンによる「えのきボーヤ」買収(2020年1月14日)
概要
サンリン<7486>は2020年1月14日、えのき茸などのきのこ生産・販売を手がける「えのきボーヤ」(長野県安曇野市)の全株式を取得し子会社化すると発表しました。サンリンはLPガスなどを取り扱う燃料商社ですが、傘下企業を通じてきのこ栽培・販売にも事業を広げています。
ポイントと狙い
一見、LPガス事業ときのこ生産企業の組み合わせは異色のように映りますが、サンリンは長野県を地盤とする企業であり、地域経済や地産地消への貢献、そして多角化戦略の一環として農産物関連への参入を進めています。エネルギー事業に依存しすぎないビジネスモデルを確立し、リスクヘッジと収益安定化を図ることが目的と考えられます。
12. サンリンによる岐阜屋の子会社化(2024年12月23日)
概要
サンリンは2024年12月23日に、LPガスや石油類を販売する岐阜屋(長野県諏訪市)の全株式を取得し子会社化すると発表しました。岐阜屋は1951年に設立され、諏訪地域で高い知名度を誇る老舗企業です。
ポイントと狙い
サンリンは長野県内のLPガス事業で大きなシェアを持っていますが、さらに地域に根差した企業を取り込むことで、県内でのエネルギー供給体制を強化し、より幅広い顧客層の確保を目指しています。少子高齢化が進む中、地域での競争が激化するなかでも、老舗企業を子会社化することでブランド力・販売網を継承し、効率的な経営を実現しようとする戦略がうかがえます。
13. ウェルネットによる一高たかはしの譲渡(2010年5月24日)
概要
ウェルネット<2428>は2010年5月24日、LPガス・灯油の小売販売や燃焼機器の販売を行う一高たかはし(札幌市)の全株式をサイサン(さいたま市)に譲渡すると発表しました。譲渡価額は43億円とされています。
ポイントと狙い
ウェルネットはもともと一高たかはしの子会社として設立されましたが、事業拡大に伴って親子関係が逆転し、資本構成上の問題が生じていました。また、IT事業を展開するウェルネットとしては、経営資源をIT分野に集中させたいという思惑があり、エネルギー事業を手がける一高たかはしを分離することで、両社にとって最適な方向性を追求する決断を下しました。サイサンはLPガス供給会社として業界内でも一定のシェアを有しており、一高たかはしの地域での顧客基盤を取り込むことで規模拡大を狙ったとみられます。
14. あいホールディングスによるInnovation Farm子会社化(2022年8月30日)
概要
あいホールディングス<3076>は2022年8月30日、システム受託開発のInnovation Farm(東京都板橋区)の第三者割当増資を引き受け、株式50.07%を取得し子会社化しました。あいホールディングスは事務機器や産業機器関連の製品・サービスを提供する企業グループです。
ポイントと狙い
Innovation FarmはもともとLPガス販売会社としてスタートし、現在はLPガスの遠隔検針システムなどを主力製品としています。あいホールディングスの販路を活かして全国のLPガス事業者に遠隔検針システムを拡販し、LPガス業界の効率化と省人化を促進する狙いがあります。LPガス事業においては検針員が各戸を訪問して使用量をチェックする作業が依然として多く、遠隔システムの導入余地が大きいと考えられています。
15. TOKAIホールディングスによるフジプロ子会社化(2024年3月22日)
概要
TOKAIホールディングス<3167>は2024年3月22日、傘下のTOKAI(静岡市)を通じて神奈川県全域でLPガスを販売するフジプロ(神奈川県茅ケ崎市)の全株式を取得すると発表しました。TOKAIは静岡県と関東エリアを中心にLPガスや通信サービスなどを展開している企業グループです。
ポイントと狙い
神奈川県における営業体制強化と顧客基盤の拡大が主目的とみられます。神奈川県は都市ガスの普及率が比較的高い地域ですが、都市部から離れたエリアや需要家によってはLPガスの需要も根強く存在します。地域に根ざしたフジプロを取り込むことで、TOKAIグループとしての総合エネルギーサービスを強化し、競合他社との差別化を図る戦略があると考えられます。
16. TOKAIホールディングスによる日産工業の子会社化(2019年10月8日)
概要
TOKAIホールディングス<3167>は2019年10月8日、岐阜県を地盤とする建設業の日産工業(岐阜県下呂市)の全株式を取得し子会社化したことを公表しました。日産工業は公共土木工事を中心に実績を持つ企業です。
ポイントと狙い
TOKAIはLPガス事業と並行して建築・設備工事、不動産事業なども展開しており、近年では中京圏での事業拡大に力を入れています。日産工業の技術力やノウハウを取り込むことで、土木・建築・設備工事の領域を強化し、LPガス供給などのインフラ事業とも連携を図る戦略がうかがえます。
17. TOKAIホールディングスによるイノウエテクニカの子会社化(2020年11月12日)
概要
TOKAIホールディングスは2020年11月12日、静岡県東部でビルメンテナンス事業を展開するイノウエテクニカ(静岡県沼津市)の全株式を取得し子会社化したと発表しました。取得価額は非公表で、同年11月6日付で完了しました。
ポイントと狙い
TOKAIが展開するLPガス・宅配水事業や建築・設備工事、不動産事業との連携を図り、ビルメンテナンス事業も含めた総合的なサービスを提供できる体制を強化する狙いがあります。特に地域密着でのメンテナンス事業は安定した需要が見込めるため、LPガスや通信サービスなどと合わせて顧客に提案することで相乗効果が生まれる可能性があります。
18. カナデンによるシステム子会社の譲渡(2022年9月28日)
概要
カナデンは2022年9月28日、システム開発子会社のカナデンブレイン(東京都中央区)の全株式をシスミックインテグレーション(神奈川県鎌倉市)に譲渡することを決定しました。カナデンブレインはLPガス事業者向けパッケージソフトや周辺システムの開発を主力としています。
ポイントと狙い
事業の選択と集中の一環として、LPガス向けシステム事業を外部へ譲渡し、カナデン本体はエレクトロニクス・ファクトリーオートメーション領域などのコア事業に注力する狙いがあります。譲渡先のシスミックインテグレーションはソフト開発に強みを持つ企業であり、子会社化後は「ブレインジェネシス」と社名変更し、LPガス事業者向けシステムサービスをさらに強化するとみられます。
LPガス業界におけるM&Aの狙いと特徴
地域密着性の高さ
LPガス事業は、都市ガスが導管で供給されるのに対し、ボンベでの配送を行うため、地域密着性が非常に高い特徴があります。顧客との長期的な信頼関係が重視される一方で、地域や顧客が限られるため、事業規模の拡大によるコスト削減や価格競争力の強化が課題になりがちです。M&Aを通じて営業拠点や物流網を共有・統合することで、効果的なコスト削減や顧客基盤の拡大を実現しやすくなります。
多角化戦略とシナジー
LPガス事業を中心に据えながらも、医療用ガスや産業用ガス事業、さらには住宅リフォーム、ビルメンテナンス、ITシステム開発など、多角化を推進する企業が増えています。これは、人口減少やオール電化の普及などでLPガスの需要が伸び悩む中、収益源を複数持つことで経営を安定化させる狙いがあるためです。大丸エナウィンが医療用ガスや在宅医療機器のレンタルに進出する事例や、サンリンが農産物事業を拡大する事例などが典型例と言えます。
システム・IT分野での強化
シナネンやあいホールディングスなどが取り組んでいるように、LPガス販売会社向けの業務システムや遠隔検針システムなど、IT分野への投資も盛んです。従来は検針員が一軒一軒訪問してガスメーターを確認していましたが、IoT技術を活用することで自動化・効率化が期待されています。また、顧客管理や需要予測といったデータ活用も重視されるようになっており、IT分野の企業との連携・買収が進む可能性が高いと考えられます。
今後の展望
さらなる再編の可能性
LPガス業界全体としては、今後も市場縮小が続くと予想されるため、事業者間の統合はますます進む可能性があります。特に、地域密着型の中小事業者や後継者不足で悩む企業を大手や準大手が取り込む形でのM&Aが増えることが見込まれます。広範囲な事業領域をカバーする企業ほど、供給網やITシステム、人材の確保においてスケールメリットを発揮しやすいため、買収意欲が高まるでしょう。
電力・都市ガスとの総合エネルギー化
近年のエネルギー業界は、都市ガスや電力の自由化をはじめとする競争激化の流れにあります。LPガス事業者も例外ではなく、電力や都市ガスとの販売連携を通じた「総合エネルギー事業者」としての立ち位置を確保しようとする動きが広がっています。大手都市ガス会社や電力会社がLPガス事業に参入するケースもあり、LPガス会社同士だけでなく、電力会社やガス会社との提携やM&Aも加速する可能性があります。
再生可能エネルギーと脱炭素の流れ
世界的な脱炭素の流れを受け、LPガス業界もクリーンエネルギーとしての側面を強調しながら、さらなる環境対応が求められています。LPガスはCO2排出量が石炭や重油などに比べれば少ないものの、カーボンニュートラル時代には再生可能エネルギーへのシフトやバイオガスなど代替燃料への取り組みが大きな課題となります。こうした中で、伊藤忠エネクスのように風力発電や太陽光発電など再生可能エネルギー事業に投資を進める例が増加すると予想されます。
地域課題への取り組みと新規サービス
LPガス事業は地域住民との接点が多く、配達員や検針員が定期的に訪問するという特徴があります。高齢化が進む地域では、見守りサービスや生活支援サービスといった新規事業との連携が期待されます。M&Aによって顧客基盤を拡大することで、同時にこうしたコミュニティ型サービスを広域に展開しやすくなるメリットがあります。今後はLPガスの供給に留まらず、地域インフラや公共サービスを補完する形での事業多角化が進むかもしれません。
おわりに
LPガス業界は、少子高齢化や都市ガス・電力との競争の激化、さらには脱炭素社会の要請など、大きな変革期に差し掛かっています。こうした状況の中、多くの企業がM&Aを通じて事業規模の拡大や新分野への進出、地域密着サービスの強化を図っており、この記事で紹介した事例のように積極的な買収・統合が行われています。
LPガス業界におけるM&Aは、単に企業の合併・買収にとどまらず、地域住民やビジネスパートナーを巻き込んだ形で新しいサービスが生まれる可能性を秘めています。地方創生や再生可能エネルギーの普及など、社会全体の課題を解決する一端としての役割も大きくなるでしょう。また、LPガスは今後も一定の需要が残ると同時に、新技術やサービスとの連携によって新たな価値を生み出す余地があります。
今後は、各社のM&A動向をウォッチするとともに、どのようなシナジーを生み出しているのか、具体的な成果が明らかになることにより、業界全体の将来像も一層見えてくるでしょう。地域を支えるエネルギーとしての使命は変わらず、事業者が最適な形で運営を行うために、M&Aは今後も有力な選択肢として活用され続けると考えられます。LPガスの供給が続く限り、そこには地域住民の生活を支える意義があり、そのための企業間連携や経営統合が、これからも日本各地で進行していくことでしょう。
以上、LPガス業界のM&A事例と背景、そして今後の方向性について詳しく解説しました。エネルギー産業の一角を担うLPガス業界の動向は、日本の地域経済やインフラ整備と密接に結びついています。今後も多角化や技術革新、そして企業間連携を通じて、LPガスがどのような形で地域と産業を支えていくのか、注目が集まります。

株式会社M&A Do 代表取締役
M&Aシニアエキスパート・相続診断士
東京都昭島市出身。慶應義塾大学理工学部を卒業後、大手M&A仲介会社にて勤務し、その後独立。これまで製造業・工事業を中心に友好的なM&Aを支援。また父親が精密板金加工業、祖父が蕎麦屋、叔父が歯科クリニックを経営し、現在は父親の精密板金加工業にも社外取締役として従事。