- 1. 食品包装業界の概要
- 2. 主要なM&A事例の解説
- 2-1. 藤森工業<7917>の食品包装事業譲渡(2024年1月16日発表)
- 2-2. 日本電産<6594>による米The Minster Machine Company子会社化(2012年3月6日発表)
- 2-3. 中央化学<7895>による米C&M Fine Pack売却(2009年9月14日発表)
- 2-4. 稲畑産業<8098>による大五通商の子会社化(2023年2月22日発表)
- 2-5. 信越ポリマー<7970>による昭和電工マテリアルズの食品包装用ラッピングフィルム事業取得(2021年5月12日発表)
- 2-6. センコーグループホールディングス<9069>による中央化学<7895>のTOB(2022年11月14日発表)
- 2-7. エフピコ<7947>によるアペックス子会社化(2023年9月28日発表)
- 2-8. エフピコ<7947>によるインターパック子会社化(2010年8月9日発表)
- 2-9. クラレ<3405>による豪Plantic Technologiesの子会社化(2015年4月8日発表)
- 2-10. KPPグループホールディングス<9274>によるニュージーランドLeightonsの食品包装卸売事業取得(2024年11月22日発表)
- 3. 食品包装業界M&Aの動向と今後の展望
- 4. M&Aによるシナジーとリスク
- 5. 今後の展望とまとめ
- 6. 終わりに
1. 食品包装業界の概要
1-1. 食品包装の役割と重要性
食品包装は、私たちが日常的に口にする食品を安全かつ清潔に流通・保存するうえで、極めて重要な機能を担っています。具体的には、次のような役割があります。
- 保護機能: 外部の微生物汚染や異物混入、また温度変化や湿度などからの保護。
- 保存機能: 酸素や水蒸気の透過を防ぎ、食品の鮮度・風味を維持。
- 情報機能: 表示ラベルを通じた内容物や賞味期限、調理方法などの情報提供。
- 利便性・マーケティング機能: 消費者が手に取りやすい形状、魅力的なデザイン、開封のしやすさなどを演出し、購買意欲に結び付ける。
特に近年は、衛生管理や品質保持の面で技術革新がめざましく、バリアフィルムや特殊コーティング技術などを用いて、食品の保存可能期間を延ばす包装資材が次々と開発されています。これにより食品ロス削減や環境負荷の低減に寄与するケースも増えており、食品包装の需要と可能性は一層高まっているといえます。
1-2. 食品包装業界の特徴
食品包装業界は、素材(プラスチック、紙、金属など)や加工技術によって細分化され、多数の企業が存在するのが特徴です。原材料メーカー、フィルムやトレーなどの成形メーカー、印刷・ラミネート加工を行うコンバーター、商社や卸売りなど、多層的なサプライチェーンが構成されており、企業ごとに競争力の発揮領域が異なります。
一方で、コンビニエンスストアやスーパー、外食産業などの大口需要家を抱える食品包装資材は、安定した需要があるため、景気変動による影響を受けにくいとされます。その一方で、原油価格や環境規制、消費者の嗜好の変化などによって、競争状況や採算は大きく左右される面も存在します。特に近年ではプラスチックごみ削減などの環境問題に対する社会的要請が強まっており、企業が環境対応素材への取り組みやリサイクルシステムの構築などを進めることが不可欠になってきました。
1-3. 食品包装業界におけるM&Aの位置付け
食品包装業界のM&Aには、大きく分けて以下のような目的が見られます。
- 事業ポートフォリオの再構築
コア事業への集中や、収益性の低い部門の切り離しを狙うケースが増えています。とくに大手化学メーカーや総合商社などの複合企業は、多様な事業を抱えているため、グループ全体の戦略上、特定の領域を強化・拡大する一方、別の領域は売却するといった動きが顕著です。 - 垂直統合やサプライチェーンの拡充
食品包装の製造から流通までを一気通貫でカバーすることで、コスト削減や品質向上、あるいは新技術の共有などを実現し、差別化を図る動きがあります。 - 地域拡大や海外進出の加速
海外に拠点を持つ企業を買収したり、海外の流通網を活用して販売ルートを広げることを目的とするM&Aも活発化しています。日本市場が成熟期を迎える中、海外需要に活路を見いだすケースが増えています。 - 環境対応技術や差別化技術の獲得
高い環境性能や独自のバリア技術などを持つ企業と組むことで、企業価値や製品競争力を高める狙いです。
このように、食品包装業界においてM&Aは、単なる規模拡大や売上の上積みにとどまらず、技術・ノウハウ・顧客基盤の補完関係を創出するうえでの重要な戦略オプションとなっています。ここからは、今回提示された具体的なM&A事例を基に、その背景と業界動向、各社の戦略について順次考察していきます。
2. 主要なM&A事例の解説
ここからは提示された事例をテーマ別に整理し、それぞれのM&Aがどのような狙いや成果をもたらしたのかを掘り下げます。
2-1. 藤森工業<7917>の食品包装事業譲渡(2024年1月16日発表)
2-1-1. 取引の概要
- 譲渡元: 藤森工業(傘下のフジモリプラケミカルが食品包装事業を担当)
- 譲渡先: カナオカホールディングス(フィルムパッケージ製造)
- 対象事業: 食品包装関連事業(春日井工場での製造と、それに付随する藤森工業の販売事業)
- 譲渡価額: 非公表
- 譲渡予定日: 2024年7月1日
藤森工業はフジモリプラケミカルを通じて食品包装用フィルムなどを製造・販売してきましたが、グループ全体として事業ポートフォリオを最適化する方針を掲げており、その一環として食品包装事業を切り離す決定を行いました。カナオカホールディングスはフィルムパッケージ製造に強みを持つ企業であり、取得により食品包装フィルム分野での生産能力や顧客基盤をさらに拡大する狙いがあるとみられます。
2-1-2. 戦略的背景
藤森工業は主に精密化学分野や産業資材分野など幅広い領域を扱っています。近年、世界的に環境対応やDX(デジタルトランスフォーメーション)などに投資を集中させる企業が増える中、社内リソースをより成長性の高いコア事業に振り向ける動きが加速していました。その結果、収益貢献が相対的に低かったり、競争が激化する部門については譲渡を検討する方針を打ち出したと推測されます。
一方、カナオカホールディングスは食品包装用フィルムの需要拡大を背景に、事業規模を拡大するためのM&Aを推進しているとみられます。同社にとって、藤森工業グループの食品包装部門の取得は、設備・ノウハウの獲得だけでなく、既存顧客の取り込みによる販路拡大が見込める点で大きなメリットがあるといえるでしょう。
2-2. 日本電産<6594>による米The Minster Machine Company子会社化(2012年3月6日発表)
2-2-1. 取引の概要
- 買収元: 日本電産子会社の日本電産シンポ(精密制御用減速機大手)
- 買収対象: 米The Minster Machine Company(プレス機器メーカー)
- 売上高: 約96億1000万円(The Minster Machine Company)
- 取得価額: 非公表
- 取得予定日: 2012年4月上旬
The Minster Machine Companyは米国最大手のプレス機器メーカーで、小型から大型までの高速精密プレス機器を製造しています。同社の顧客層には、電子部品やモータ、さらに食品包装機器メーカーなど幅広い企業が含まれており、日本電産シンポはこれによって世界的な流通網の獲得や、精密技術の相互補完を狙っています。
2-2-2. 食品包装とプレス機器の関連性
一見すると、食品包装業とプレス機器メーカーとの関連は希薄に感じるかもしれません。しかし、食品包装を行う機器では、包装材の成形や型抜き、あるいは包装資材の一部を金属加工する工程などが必要とされる場合もあります。高速・高精度のプレス機能があれば、包装効率の向上や特殊形状への対応が可能になり、さらなる事業拡大につながる可能性があります。
日本電産シンポ側から見れば、同社が持つ減速機や精密モーションコントロール技術と、Minster社の高速プレス機器技術を組み合わせることで、包装機械だけでなく幅広い産業分野へのシナジー効果が期待できます。また、The Minster Machine Companyが食品包装関連メーカーを顧客に持っている点も、日本電産グループの海外販路拡大に寄与する重要なポイントです。
2-3. 中央化学<7895>による米C&M Fine Pack売却(2009年9月14日発表)
2-3-1. 取引の概要
- 売却元: 中央化学の米国子会社Central Packaging Corp.
- 売却先: 米国C&M Packaging LLC(投資事業会社)
- 売却対象: 米C&M Fine Pack, Inc.(プラスチック製食品容器の製造・販売)
- 売上高: 約114億円(C&M Fine Pack)
- 営業利益: 約△2億4000万円(同社の業績)
- 譲渡価額: 非公表
- 譲渡理由: 北米地域における経済状況の悪化、および国内事業への経営資源集中
中央化学はプラスチック製食品包装容器の製造・販売を主力とするメーカーです。米国での事業展開のため、1985年にC&M Fine Packを設立しましたが、北米における経済状況の悪化や競争激化により、十分な収益を上げることができなかったと考えられます。今後は国内市場に資源を集中し、事業効率を高めることを選択しました。
2-3-2. グローバル展開の難しさ
プラスチック食品包装容器の市場は、地産地消の色合いが強いと言われています。大きな理由として、容器の輸送コストや形状・材質の規制差異などがあげられます。中央化学は、北米地域への進出によって事業拡大を図ったものの、競争力の確保やコスト構造の改善が進まず、環境対応の問題や需要変動の影響を強く受けた可能性があります。さらにリーマン・ショック後の北米経済の低迷が追い打ちをかけ、収益が伸び悩んだものと思われます。
この事例は、グローバル戦略においては現地環境を踏まえた事業計画が欠かせないこと、またリスク分散や景気変動対策がいかに重要であるかを示しています。
2-4. 稲畑産業<8098>による大五通商の子会社化(2023年2月22日発表)
2-4-1. 取引の概要
- 買収元: 稲畑産業
- 買収対象: 大五通商(包装資材卸、ウナギ加工品製造など)
- 売上高: 85億8000万円(大五通商)
- 営業利益: 4億1300万円(同社)
- 純資産: 22億6000万円(同社)
- 買収方法: 株式の追加取得(所有割合67.6%へ)
- 取得価額: 非公表
- 取得予定日: 2023年2月28日
大五通商は、食品包装資材や食品機械を扱う商社部門と、ウナギなど農水産品の加工品を製造する部門を持ち、近年はEC販売が伸びています。稲畑産業は電子部品や化学品などを取り扱う総合商社であり、食品ビジネスの収益拡大を図っていました。大五通商の包装資材卸部門と食品加工部門は、稲畑産業の国内外の商流ネットワークと組み合わせることでさらなる事業シナジーが期待されると考えられます。
2-4-2. 総合商社の食品包装分野参入のメリット
総合商社は多角的に事業を営むため、食品分野の拡大や商品ラインナップの強化にも積極的です。特に食品包装資材の卸売りは、食品メーカーやスーパー、外食チェーンなど幅広い顧客層に対応できるため、商社にとっては安定的な収益源となり得ます。さらに、自社グループ内での横断的な取引拡大や、販路の共有によって、食品事業全体を底上げできる可能性も高いです。
また、ウナギなど付加価値の高い加工食品の製造・販売部門を取り込むことで、商社ビジネスだけでなく自社ブランドやECチャネルによる直接販売など、多面的な事業展開が可能になります。このように、商社が食品包装事業を組み込みながら食のサプライチェーン全体を掌握していく動きは、今後も続くとみられます。
2-5. 信越ポリマー<7970>による昭和電工マテリアルズの食品包装用ラッピングフィルム事業取得(2021年5月12日発表)
2-5-1. 取引の概要
- 買収元: 信越ポリマー
- 買収対象: 昭和電工マテリアルズ(旧日立化成)の食品包装用ラッピングフィルム事業
- 取得価額: 36億6600万円
- 取得予定日: 2021年8月2日
昭和電工マテリアルズの食品包装用ラッピングフィルム事業は、飲食店など外食産業向けの塩化ビニール小巻ラップで高い国内シェアを持っています。今回、同事業を会社分割して設立する新会社「キッチニスタ」の全株式を信越ポリマーが取得することで、食品包装用ラッピングフィルム分野における市場シェア拡大を狙いました。
2-5-2. バリアフィルムと塩化ビニール製ラップ市場
信越ポリマーは塩化ビニール製品の大手企業であり、すでに食品包装用ラップの事業を展開しています。今回の買収により、昭和電工マテリアルズの国内シェアや外食産業向けの顧客基盤を取り込めるため、国内トップクラスのポジションをより強固にすることが期待されます。
一方、昭和電工マテリアルズ側としては、化学品・先端材料などのコア領域にリソースを集中する意図があったと推測されます。これまで日立化成の流れを汲む昭和電工マテリアルズは、幅広い事業ポートフォリオを持っていましたが、近年の再編ブームの中で、非コア事業の切り離しによる事業効率向上を図る企業が増えています。この動きに乗り、食品包装用ラップ事業を手放す決断に至ったものと思われます。
2-6. センコーグループホールディングス<9069>による中央化学<7895>のTOB(2022年11月14日発表)
2-6-1. 取引の概要
- 買収元: センコーグループホールディングス
- 買収対象: 中央化学(プラスチック製食品包装容器メーカー)
- 買収方法: TOB(株式公開買い付け)
- 買付代金合計: 約70億4500万円
- 買付価格: 第1回TOB 195円/株(親会社三菱商事保有株取得)、第2回TOB 418円/株(一般株主対象)
- 買付期間: 第1回 2022年11月15日~12月13日、決済開始日12月20日
- 第2回TOB: 2022年12月21日~2023年2月7日(予定)
中央化学は1961年に設立され、PSP(ポリスチレンペーパー)素材の食品包装容器を日本で初めて製造するなど、業界のパイオニア的存在です。しかし、2000年代以降は競争激化や環境対応の遅れなどで業績が低迷し、ゴルフ場投資や米国事業撤退などの失敗も重なり、財務状況が悪化。2011年に三菱商事のTOBを受けて同社傘下となりました。
今回、センコーグループホールディングスは生活関連事業の拡大の一環として、中央化学を子会社化し、物流だけでなく製造領域にも本格進出しようとしています。物流大手がメーカーを買収することで、サプライチェーンを一括してカバーし、上流から下流までの最適化を図る狙いがあります。三菱商事はTOB成立後も40%を再出資するため、事業面での連携は維持しつつ、運営はセンコー主導となる見込みです。
2-6-2. 物流企業のメーカー買収の狙い
近年、小売りや食品業界ではSCM(サプライチェーン・マネジメント)の効率化が重要課題となっています。センコーは物流分野で実績を重ねてきた企業であり、在庫管理や配送、包装資材の供給タイミングなど、モノの流れ全般を得意としてきました。一方、中央化学が持つ食品包装容器の製造ノウハウや販路を取り込むことで、さらにバリューチェーン全体をコントロールしやすくなります。
また、環境対応やリサイクルの強化が求められる中、メーカーと物流が連携して循環型モデルを構築できれば、顧客企業へのソリューション提案も強化できます。今後は原材料調達から製造、流通、回収・再資源化まで、一気通貫したサプライチェーンを実現できる可能性があり、競合他社との差別化やコスト優位性を生み出すうえでも有利に働くと考えられます。
2-7. エフピコ<7947>によるアペックス子会社化(2023年9月28日発表)
2-7-1. 取引の概要
- 買収元: エフピコ
- 買収対象: アペックス(食品包装資材卸売)
- 取得株式: 80%を追加取得(完全子会社化)
- 設立年: 1974年(アペックス)
- 取得価額: 非公表
- 取得予定日: 2023年9月29日
アペックスは福岡市に本社を置き、九州一円の食品メーカーや大手量販店、スーパーなどに食品包装資材を卸売りしている企業です。九州地区で第2位のシェアを持つとされます。エフピコはスーパーやコンビニ向け食品トレーで国内トップシェアを誇り、アペックスの卸売り機能や顧客ネットワークを取り込むことで、九州エリアでのさらなる販売拡大を狙っています。
2-7-2. 地域密着型企業の買収とシェア拡大
食品包装資材の市場では、地域密着型の卸売りが大きな役割を果たすことが多く、ローカル顧客との長年の信頼関係が競争力の源泉となります。エフピコは全国的な展開を進めるうえで、地域で実績を持つ企業の買収や資本提携を積極的に行うことで、市場シェアを効率的に拡大しています。また、事業承継問題に直面する中小企業が増える中で、大手にとっては買収を通じてノウハウや販路を獲得しやすい環境が整っているとも言えます。
2-8. エフピコ<7947>によるインターパック子会社化(2010年8月9日発表)
2-8-1. 取引の概要
- 買収元: エフピコ
- 買収対象: インターパック(食品包装資材の製造・販売)
- 売上高: 187億円
- 営業利益: 5億3500万円
- 純資産: 4億6900万円
- 取得価額: 5億1400万円
- 取得予定日: 2010年10月1日
インターパックは関東地方を中心に食品包装資材の製造・販売を手掛ける企業で、エフピコにとっては地理的にも近い顧客ネットワークを活かしてビジネスを広げる好機となりました。エフピコは食品トレーだけでなく、包装資材や消耗品の総合的な供給を強化するため、各地域の有力企業を取り込む動きを見せています。
2-8-2. エフピコの成長戦略
エフピコは再生PETを利用したエコトレーや環境対応容器の開発で先行する一方、地域の有力卸や製造業者を傘下に収めてきました。これにより、販売網の拡大と効率的な物流体制の確立を同時に進め、国内トップシェアの地位を確固たるものにしています。インターパックの買収当時も、価格競争の厳しさや環境対応の要求などの課題があった中で、差別化戦略を図るうえで同社の顧客ネットワークと営業力が大いに役立ったと推察されます。
2-9. クラレ<3405>による豪Plantic Technologiesの子会社化(2015年4月8日発表)
2-9-1. 取引の概要
- 買収元: クラレ
- 買収対象: オーストラリアPlantic Technologies Limited(バイオマス由来バリアフィルム製造)
- 売上高: 約30億円
- 取得価額: 非公表
- 取得日: 2015年4月2日
Plantic Technologiesはバイオマス由来のバリアフィルム「PLANTIC」を製造し、オーストラリアや北米、欧州などの大手スーパーで生肉・加工肉・鮮魚の包装に採用されています。クラレはエバール(EVOH)などの高機能樹脂で世界的に有名であり、この買収により、バイオマス素材を活用した環境対応型包装資材を充実させることが狙いです。
2-9-2. 環境対応技術の獲得と食品ロス削減
消費者の環境意識が高まる中、再生可能原料や生分解性素材などの開発・普及が重要となっています。クラレは従来からバリア性に優れた素材を得意としてきましたが、バイオマス由来の素材を取り込むことで、持続可能性への貢献と差別化を同時に図ることができます。
食品包装におけるバリアフィルムは食品の保存期間を延ばし、食品ロスの削減に寄与する機能を担います。特に、遠方への輸送や長期保存が求められる商品の増加に伴い、高性能バリアフィルムの需要が拡大しており、クラレにとっては有望な市場です。この買収により、環境負荷低減とバリア性能を両立させる高付加価値品のポートフォリオを拡充できる点が大きなメリットといえます。
2-10. KPPグループホールディングス<9274>によるニュージーランドLeightonsの食品包装卸売事業取得(2024年11月22日発表)
2-10-1. 取引の概要
- 買収元: KPPグループホールディングス(ニュージーランド子会社を通じて)
- 買収対象: Leightons Packaging Solutions Limited and Paper Direct Limited(オークランド)
- 事業内容: 食品包装の卸売りやコンバーティング(フィルム加工)など
- 取得価額: 非公表
- 取得予定日: 非公表
KPPグループホールディングスは紙・パルプ・包装材などの分野でグローバルに事業を展開しており、オセアニア地域でもプレゼンスを高めようとしています。今回の買収により、食品包装の加工機能や販売網を拡充し、アジア太平洋地域での事業基盤強化を図るものと考えられます。
2-10-2. オセアニア市場への進出と成長可能性
オセアニア地域は農畜産物の輸出が盛んであり、食品包装資材の需要が安定している上に、今後も人口増加や経済成長が期待される地域です。ニュージーランドやオーストラリアでは環境規制が厳しく、サステナブルな包装材へのニーズが高まり続けています。このような市場環境下で、包装材の加工・流通機能を持つ現地企業を傘下に収めることは、KPPグループにとって大きなアドバンテージとなるでしょう。
3. 食品包装業界M&Aの動向と今後の展望
3-1. 事業ポートフォリオの最適化
今回挙げられた事例の多くに共通しているのは、大手企業やグループ企業が非コア事業を切り離したり、成長が見込まれるコア領域を強化したりする姿勢です。これは国内外の市場環境の変化や、新たなビジネスチャンスの出現によって、各社がリソース配分を再検討していることが背景にあります。特に食品包装は景気の影響を受けにくく、一定の成長が見込めるため、投資対象として魅力的な領域となっています。
3-2. 地域密着企業の買収によるシェア拡大
食品包装資材の卸売りや小規模の製造業者は、地域密着型ビジネスで築かれた信頼関係が強みです。一方、大手企業が全国展開・海外展開を目指す場合、こうした地域密着企業を買収して販路やノウハウを獲得することで、時間とコストを大幅に削減できるメリットがあります。また、高齢化や後継者不足の問題を抱える中小企業にとっても、M&Aによって事業承継をスムーズに行えるメリットがあります。
3-3. 技術獲得・環境対応ニーズへの対応
バイオマス素材やリサイクル素材など、環境負荷を低減する技術への注目が高まっています。バリアフィルムや真空パック技術など、食品保存期間の延長に寄与する高度な技術を持つ企業は、今後も需要が拡大していくでしょう。また、脱プラスチックやカーボンニュートラルといった世界的な潮流を受け、紙ベースの包装材や生分解性素材の開発・普及が進む中で、それらの技術・設備・ノウハウを有する企業がM&Aの対象となるケースが増加する見通しです。
3-4. SCM全体の最適化とDX
物流企業がメーカーを買収するような垂直統合型のM&Aは、サプライチェーンを一括管理し、コスト削減や品質保証、納期短縮を実現するうえで有効です。また、近年はIoTやAIなどDX技術を活用し、サプライチェーン全体の可視化や効率化を追求する動きが広がっています。食品包装業界でも、需要予測や在庫管理の高度化、トレーサビリティの確保など、DXとセットでのM&Aが増える可能性が高まっています。
3-5. 海外需要の取り込み
国内市場の成熟化に伴い、海外市場、とりわけアジア・オセアニア地域などの成長市場に積極的に進出する企業が増えています。日本企業は品質や衛生管理の高さで定評がありますが、現地企業との競争は激しく、独自に進出するリスクも大きいです。そこで、現地で実績を持つ企業を買収・統合することで、迅速かつ効率的に市場参入・シェア拡大を図る例が多く見られます。
4. M&Aによるシナジーとリスク
4-1. 主なシナジー効果
- 販売チャネル・顧客基盤の拡大
地域密着型や海外展開企業の販路を取り込むことで、スピーディに市場シェアを獲得可能。 - 技術力向上・製品ラインナップ強化
バリア技術、環境対応技術などのノウハウを共有・融合し、製品競争力を高める。 - 生産効率・コスト削減
重複する生産設備や開発リソースの統合によるスケールメリットの享受が期待される。 - ブランド力・信頼性の向上
大手資本やグローバル企業の傘下に入ることで、顧客からの安心感・知名度が向上。
4-2. 考えられるリスクと課題
- 企業文化・組織統合の難しさ
異なる企業文化や経営スタイルを持つ企業同士の統合は、従業員のモチベーション低下やコンフリクトを引き起こす可能性がある。 - 環境規制や素材規制の動向
プラスチック製品の規制強化や税制変更などにより、事業計画や投資リスクが変動する。 - グローバル展開の不確実性
為替変動や貿易摩擦、地政学リスクなどが収益を不安定化させる要因となり得る。 - 買収価格やのれんの評価リスク
取得価額が過大になった場合、のれんの減損リスクや株主価値の毀損につながる懸念がある。
5. 今後の展望とまとめ
食品包装業界は、消費生活に不可欠であるがゆえに、景気の影響を比較的受けにくいとされています。しかし、消費者の健康志向・環境意識の高まりや、リモートワークの普及による中食需要拡大、あるいは新素材の登場など、変化のスピードは速まっています。企業はこれらのトレンドに迅速に対応しなければならず、M&Aを通じて必要なリソースや技術、販路を補完・拡充する動きが今後も活発化していくでしょう。
特に、環境対応とDXは中長期的に見ても大きな潮流となっています。再生可能資源やリサイクル資材の活用、サステナブルなビジネスモデルの構築は、企業の存続と成長に欠かせない要素となりつつあります。これに合わせて、業界再編が進み、企業淘汰の波が訪れる可能性も否定できません。そのため、企業同士の提携や買収はさらなる拡大が見込まれます。
総合的にみると、食品包装業界におけるM&Aは「新たな成長ドライバーの確保」「環境対応と技術力強化」「地域・販路・顧客基盤の獲得」といった観点で、今後も止むことなく推進されると考えられます。一方で、買収や統合に伴う組織の混乱や、期待したシナジーが得られないリスクもあるため、M&A後の経営統合プロセスがよりいっそう重要になるでしょう。
今回ご紹介したように、大手化学メーカーから物流企業まで、多彩なプレイヤーが食品包装業界のM&Aに関わっています。それは、食品包装が安定的な市場でありながら、環境・品質・物流など多角的な要素と結びつきやすい事業特性を持っているからこそです。こうした特性を理解し、企業が自社の強み・弱みを的確に把握したうえでM&Aを戦略的に活用することが、持続的な成長のカギとなると言えるでしょう。
参考:主な事例のまとめ
- 藤森工業<7917>、食品包装事業の譲渡(2024年1月16日)
- 譲渡先: カナオカホールディングス
- 狙い: 事業ポートフォリオ最適化、フィルム包装事業強化
- 日本電産<6594>、米The Minster Machine Companyの子会社化(2012年3月6日)
- 買収目的: プレス機器技術と販路の獲得、食品包装メーカーへの展開強化
- 中央化学<7895>、米C&M Fine Packを売却(2009年9月14日)
- 狙い: 北米事業再編、国内市場への経営資源集中
- 稲畑産業<8098>、大五通商の子会社化(2023年2月22日)
- 狙い: 包装資材卸売り・ウナギ加工品などの食品ビジネス強化
- 信越ポリマー<7970>、昭和電工マテリアルズの食品包装用ラッピングフィルム事業取得(2021年5月12日)
- 狙い: 塩化ビニール製ラップ市場のシェア拡大、コア事業強化
- センコーグループホールディングス<9069>、中央化学<7895>をTOBで子会社化(2022年11月14日)
- 狙い: 物流と製造の垂直統合、サプライチェーン効率化
- エフピコ<7947>、アペックスを子会社化(2023年9月28日)
- 狙い: 地域密着型卸売り企業の取り込みによる九州でのシェア拡大
- エフピコ<7947>、インターパックを子会社化(2010年8月9日)
- 狙い: 関東圏の顧客ネットワークと営業力の取り込み
- クラレ<3405>、豪Plantic Technologiesを子会社化(2015年4月8日)
- 狙い: バイオマス由来バリアフィルム技術の獲得と環境対応強化
- KPPグループホールディングス<9274>、ニュージーランドLeightonsの事業取得(2024年11月22日)
- 狙い: オセアニア市場への進出、食品包装加工機能の拡充
6. 終わりに
食品包装は私たちの生活に欠かせない機能を担うと同時に、社会全体が求める安全性や環境配慮への対応が不可欠な産業です。だからこそ、多角的なビジネス戦略を持つ企業にとっても魅力的な領域となり、M&Aによる事業拡大や再編が活発に行われています。
一方で、プラスチック資材を取り巻く規制強化や消費者の環境配慮意識の高まりなどによって、業界にはさらなる変革が求められています。再生プラスチックや生分解性素材、紙素材へのシフトなど、新たな技術開発の投資が不可避です。企業間の競争が激化する中で、単独での開発リソース確保が難しい場合、M&Aは迅速に必要な技術や設備を手に入れる有力な手段となり得るでしょう。

株式会社M&A Do 代表取締役
M&Aシニアエキスパート・相続診断士
東京都昭島市出身。慶應義塾大学理工学部を卒業後、大手M&A仲介会社にて勤務し、その後独立。これまで製造業・工事業を中心に友好的なM&Aを支援。また父親が精密板金加工業、祖父が蕎麦屋、叔父が歯科クリニックを経営し、現在は父親の精密板金加工業にも社外取締役として従事。