目次
  1. はじめに
  2. 第1章:化粧品業界におけるM&Aの背景
    1. 1-1. 市場のグローバル化と競争激化
    2. 1-2. 新たな領域との融合
    3. 1-3. 技術や研究開発力の獲得
  3. 第2章:化粧品業界M&Aでよくみられるメリット
    1. 2-1. シナジー(相乗効果)の具体例
    2. 2-2. DtoC(D2C)ビジネスにおけるメリット
    3. 2-3. 他業種とのコラボレーションによる新規市場開拓
  4. 第3章:化粧品業界M&Aにおける事例
    1. 3-1. 朝日印刷<3951>:海外印刷会社の買収
      1. 3-1-1. 2019年・マレーシア印刷会社2社の子会社化
      2. 3-1-2. 2023年・Kinta Press & Packaging (M) Sdn. Bhd. を子会社化
    2. 3-2. 澁谷工業<6340>:ファブリカトヤマ<3129>をTOB
    3. 3-3. 大正製薬ホールディングス<4581>:化粧品開発会社のドクタープログラム買収など
    4. 3-4. 総医研ホールディングス<2385>:NRLファーマの買収
    5. 3-5. 大阪有機化学工業<4187>:頭髪化粧品用アクリル樹脂事業を取得
    6. 3-6. 扶桑化学工業<4368>:化粧品販売エックスワンを買収
    7. 3-7. 石垣食品<2901>(現:ウェルディッシュ)によるメディアート買収
    8. 3-8. 売れるネット広告社<9235>:オルリンクス製薬などの化粧品メーカーを子会社化
    9. 3-9. 日清オイリオグループ<2602>:スペイン化粧品用油脂メーカーを子会社化
    10. 3-10. 日水製薬<4550>:ニッスイファルマ・コスメティックスの譲渡
    11. 3-11. 免疫生物研究所<4570>:化粧品事業参入と事業譲渡
    12. 3-12. 米J&Jの「ドクターシーラボ」展開企業へのTOB
    13. 3-13. 米Church & Dwightによるグラフィコ<4930>TOB
    14. 3-14. 資生堂<4911>の海外事業再編
    15. 3-15. ユーグレナ<2931>:化粧品・健康食品の企業買収を積極展開
    16. 3-16. ポーラ・オルビスHD<4927>:化粧品のOEM・ODM・ドラッグストアブランドの再編
    17. 3-17. ロート製薬<4527>:海外メーカー買収
    18. 3-18. 小林製薬<4967>:米国一般用医薬品化粧品メーカーの買収
    19. 3-19. ファンケル<4921>:DHCとの関係、キリンHDによるTOB検討
    20. 3-20. ラストマイル事例:その他の周辺事業買収
  5. 第4章:化粧品M&Aのリスクと課題
    1. 4-1. ブランド統合の難しさ
    2. 4-2. 化粧品開発・規制の複雑性
    3. 4-3. 企業文化の相違
    4. 4-4. 過度な買収価格
  6. 第5章:今後の展望
    1. 5-1. DX(デジタル・トランスフォーメーション)と化粧品M&A
    2. 5-2. アジア市場での拡大
    3. 5-3. サステナビリティ・クリーンビューティの広がり
    4. 5-4. 業種の垣根を超えた連携
  7. 第6章:成功のポイントとまとめ
    1. 6-1. ポイント1:買収後のブランド維持と顧客育成
    2. 6-2. ポイント2:製造・開発・マーケティングの統合
    3. 6-3. ポイント3:グローバル視点での長期戦略
    4. 6-4. まとめ

はじめに

化粧品業界は、近年の美意識の高まりや健康志向の広がり、さらには世界的な経済発展に伴う購買力向上を背景に、継続的な市場拡大が見込まれています。特に東アジアや東南アジア地域では経済成長が著しく、化粧品への需要も飛躍的に伸びています。このような状況下で、企業が自社ブランドの強化や海外展開、技術の獲得などを目指す手法としてM&A(合併・買収)が活発化しています。

本記事では、化粧品業界におけるM&Aの背景やメリット、リスク、および今後の展望について、実際に公表された事例を参考にしながら解説いたします。化粧品のみならず、パッケージメーカーや健康食品、医薬品企業など横断的な事例も含まれていますが、化粧品分野に関連するM&Aがどのように進められ、どのような相乗効果を期待されているのかをご紹介してまいります。

第1章:化粧品業界におけるM&Aの背景

1-1. 市場のグローバル化と競争激化

化粧品市場では、欧米や日本のみならず、新興国での需要が年々増加しています。特にASEAN(東南アジア諸国連合)や中国では、所得水準の上昇に伴い中間層が拡大し、高品質な化粧品やサプリメントへのニーズが急増しているのが特徴です。こうした成長市場に参入するためには、現地での製造拠点や流通網が必要になります。

一方で、化粧品市場は新規参入障壁が比較的低く、ブランド力とマーケティング力があればスタートアップ企業でも一定のシェアを獲得できる領域です。その結果、大手グローバル企業のみならず中小規模の企業も乱立し、市場の競争は激化の一途をたどっています。そのため、既存企業はシェアを拡大し、競合優位性を維持・強化するために、技術力やブランドを取り込む目的でM&Aを検討するケースが増えています。

1-2. 新たな領域との融合

化粧品企業にとって、化粧品と医薬品の境目が曖昧化している「コスメティカル」や健康食品(サプリメント)とのシナジーは非常に大きな関心事です。美容と健康が連動するトレンドが続くなかで、健康食品領域や医薬部外品の製造・開発を手がける企業の買収を通じて、ラインナップを強化する例も珍しくありません。

また、近年ではD2C(DtoC: Direct to Consumer)での化粧品販売が急成長しています。クラウドサービスやネット広告で強みを持つ企業とのM&Aを通じて、オンラインマーケティングを強化する企業も増加傾向にあります。

1-3. 技術や研究開発力の獲得

化粧品は、消費者の安全性志向の高まりと機能性への期待が同時に上昇しており、独自技術や特許を持つ企業の価値が高まっています。再生医療分野の研究を化粧品開発に応用するケースや、天然由来成分・オーガニック・機能性素材などの研究成果をいち早く商品化する企業に注目が集まっています。

これらの企業を買収することで、新素材や新技術を自社ブランドの商品に取り入れ、開発スピードを加速させる狙いがあります。さらには自社の研究開発力と組み合わせることで、オンリーワンの製品開発が可能となり、差別化が図れます。

第2章:化粧品業界M&Aでよくみられるメリット

2-1. シナジー(相乗効果)の具体例

化粧品業界のM&Aでは、以下のようなシナジーが期待されます。

製品ポートフォリオの拡充
買収先が持つブランドや製品群を、自社の販売ネットワークに組み込むことで、一気に品揃えが充実します。顧客の年齢層や価格帯を補完し合う場合は、クロスセル(相互販売)が期待できます。

技術力・研究開発力の獲得
特許技術や製品開発ノウハウを手に入れることで、新製品の開発スピードが上がり、市場競争力が高まります。

海外展開の加速
現地の工場や販売網を取得することで、時間とコストを大幅に削減してグローバル市場への進出がスムーズになります。

マーケティング・宣伝強化
買収先のブランド力や既存顧客とのリレーションを生かすことで、自社商品への顧客導線を強化したり、知名度向上が図れます。

コスト削減
生産拠点や物流拠点の統合で、スケールメリットが生まれ、原材料調達・生産・在庫管理などのコストを削減できます。

2-2. DtoC(D2C)ビジネスにおけるメリット

近年注目されているのが、企業が自社ECサイトを通じて直接消費者に販売するDtoCです。化粧品企業がDtoCのノウハウを有する企業を買収・子会社化することで、オンライン中心のマーケティング力を一気に強化できます。ネット広告、SNSを使った拡散手法、カスタマーサポート、リピート購入を促進するCRM(顧客管理)など、多くの面で専門性を高められるメリットがあります。

例えば、**売れるネット広告社<9235>**が化粧品や健康食品の通販企業を次々に買収する事例が散見されます。DtoCブランドを持つ企業やネット広告代理店企業を取り込むことで、より大きなシナジーを見込んでいるのです。

2-3. 他業種とのコラボレーションによる新規市場開拓

化粧品業界のM&Aは、化粧品そのものだけでなく、包装資材や原料メーカー、健康食品メーカー、医薬品製造会社など多岐にわたります。これら周辺業種の強みを取り込むことによって、化粧品企業としての自社製品クオリティや付加価値を向上させられます。

包装資材メーカーとのシナジー:高付加価値パッケージの開発
健康食品メーカーとのシナジー:インナーケアとアウターケアを組み合わせた商品提案
医薬品会社とのシナジー:機能性や効能を高めたコスメティカル商品の開発

第3章:化粧品業界M&Aにおける事例

ここでは、実際に公表された複数のM&A事例を抜粋し、それぞれの背景や狙い、シナジー効果などを見ていきます。事例ごとに対象会社の事業概要や取得価額などが発表されていますが、M&A後の展開に注目するとよりビジネス上の意図が理解しやすくなります。

3-1. 朝日印刷<3951>:海外印刷会社の買収

3-1-1. 2019年・マレーシア印刷会社2社の子会社化

朝日印刷は2019年にマレーシアのHarleigh (Malaysia) Sdn.Bhd.とShin-Nippon Industries Sdn. Bhd.の2社を買収し子会社化しました。いずれも1980年代後半に設立され、医薬品・化粧品の包装資材分野で実績のある企業です。マレーシアはASEAN地域の拠点となる重要な市場であり、朝日印刷は海外戦略上の足がかりとしてこれら企業の包装技術や生産能力を獲得しました。

3-1-2. 2023年・Kinta Press & Packaging (M) Sdn. Bhd. を子会社化

さらに2023年、朝日印刷はマレーシアで高価格帯の化粧品や食品向け包装材を製造するKinta Press & Packagingを買収。これにより、同地域での事業基盤を強化し、協業を推進してさらなる相乗効果を見込んでいます。医薬品や化粧品向けの高付加価値パッケージの開発が期待され、輸送コストの削減や現地調達によるコスト優位性の確立も目的とされています。

3-2. 澁谷工業<6340>:ファブリカトヤマ<3129>をTOB

澁谷工業は2009年、ファブリカトヤマにTOB(株式公開買い付け)を実施し子会社化しました。澁谷工業は酒類や食品、化粧品メーカー向けの容器洗浄機・充填機が主力で、一方のファブリカトヤマは袋やカップなどの包装資材を食品や医薬品、電子部品メーカーに納入していました。両社の持つ包装機械事業を融合させ、シェア拡大や新市場開拓を目指した事例です。

3-3. 大正製薬ホールディングス<4581>:化粧品開発会社のドクタープログラム買収など

大正製薬HDは2016年、キョーリン製薬HD傘下でスキンケア化粧品を開発・販売するドクタープログラムを買収し子会社化しました。スキンケア製品領域の拡充が狙いで、通信販売事業強化という意図があります。また2023年には経営陣によるMBOで株式非公開化を発表し、事業構造転換を迅速化する方針を示しています。化粧品や健康食品といったセルフメディケーション領域の拡大が急務となっている点が背景にあります。

3-4. 総医研ホールディングス<2385>:NRLファーマの買収

2017年、総医研ホールディングスはラクトフェリン開発販売のNRLファーマを子会社化しました。ラクトフェリンを使用した健康補助食品や化粧品の開発を強化し、海外市場にも展開する狙いです。健康食品事業と化粧品事業をシナジーさせ、ヘルスケア市場の需要拡大を捉えようとしています。

3-5. 大阪有機化学工業<4187>:頭髪化粧品用アクリル樹脂事業を取得

大阪有機化学工業は2020年に三菱ケミカルHDグループから頭髪化粧品用アクリル樹脂「ユカフォーマー」「ダイヤフォーマー」「ダイヤスリーク」を取得しました。これによりヘアスプレーやヘアムース、ヘアジェルなどの世界的大手の顧客基盤を獲得し、自社の化粧品原料事業を拡充させる動きを見せました。

3-6. 扶桑化学工業<4368>:化粧品販売エックスワンを買収

扶桑化学工業は2008年、ヤマノHDから自然化粧品などを販売するエックスワンを取得。化粧品や健康食品の商品開発を強化し、既存の化学事業と連携することで新たな収益源の確立を目指しました。その後、譲渡先など事業再編がありましたが、化粧品販売会社を取り込んで新分野への参入を試みた好例です。

3-7. 石垣食品<2901>(現:ウェルディッシュ)によるメディアート買収

石垣食品(2023年にウェルディッシュへ社名変更)は業績低迷打開のため、化粧品・健康食品の販売を手がけるメディアートを取得(2024年1月)。飲料事業や珍味事業の不振から脱却すべく、新たな商品開発の知見を取り入れる狙いがうかがえます。株式交換も含めてグループ損益の改善を期待しています。

3-8. 売れるネット広告社<9235>:オルリンクス製薬などの化粧品メーカーを子会社化

売れるネット広告社は化粧品・健康食品のネット通販を手がける企業を次々と買収しています。2023年12月発表のオルリンクス製薬買収や、2024年2月に同社を子会社化した事例などが代表的です。ネット通販支援を本業とする一方で、自社でDtoC化粧品を扱うことで事業多角化とノウハウ拡充を同時に狙っています。

3-9. 日清オイリオグループ<2602>:スペイン化粧品用油脂メーカーを子会社化

2011年、日清オイリオグループは化粧品用油脂の世界的大手であるスペインのIndustrial Quimica Lasem, S.A.を買収。化粧品油脂ではすでにトップシェアを有していましたが、欧州に生産拠点を獲得し欧州展開を加速させることが目的でした。食品用油脂の技術と化粧品向け油脂の技術を相互に活用できる可能性も示唆されています。

3-10. 日水製薬<4550>:ニッスイファルマ・コスメティックスの譲渡

日水製薬は2010年に化粧品会社を子会社化した一方、2017年には子会社を譲渡するなど、事業再編の動きが活発です。医薬事業と化粧品事業のシナジーが得られない場合には譲渡を決断し、逆に新たに化粧品メーカーを買収する可能性もあるなど、状況に応じた柔軟なM&A戦略が見られます。

3-11. 免疫生物研究所<4570>:化粧品事業参入と事業譲渡

免疫生物研究所は、ヒト型コラーゲン含有化粧品に強みを持つ企業を子会社化したものの、経営方針の対立や思惑通りのシナジーが得られず短期間で譲渡したという事例もあります。M&Aにはリスクが伴うことの典型例と言えるでしょう。

3-12. 米J&Jの「ドクターシーラボ」展開企業へのTOB

ジョンソン・エンド・ジョンソン(J&J)は、日本の化粧品ブランド「ドクターシーラボ」を展開するシーズ・ホールディングス<4924>にTOBを実施し子会社化。アジア展開で協業するなど、グローバルブランドとして強化を図っています。海外大手が日本のドクターズコスメを取り込むケースは、他社にとっても大きな示唆となりました。

3-13. 米Church & Dwightによるグラフィコ<4930>TOB

2024年3月、米日用品大手Church & DwightがグラフィコにTOBを実施して子会社化を目指す方針を発表しました。グラフィコは化粧品や健康食品分野でオリジナル商品を展開しており、海外展開を加速するうえで魅力的と評価されたのです。

3-14. 資生堂<4911>の海外事業再編

資生堂は米国の自然派化粧品メーカーBare EscentualsやフランスのDecleor、Caritaなどを積極的に買収したものの、一部事業を再度譲渡するなどグローバル展開を繰り返し再編しています。スキンケア分野に集中する方針を掲げ、プロフェッショナル事業(ヘアサロン向け製品)などをドイツのヘンケルに譲渡するなど、大手企業ならではの大型再編が行われているのが特徴です。

3-15. ユーグレナ<2931>:化粧品・健康食品の企業買収を積極展開

微細藻類ユーグレナ(ミドリムシ)を使った商品を展開するユーグレナは、健康食品や化粧品を販売する企業(MEJ、クロレラサプライ、ドクタープログラム出身の企業など)を次々と買収し、拡大路線をとっています。バイオ燃料開発と並行してヘルスケア事業を成長エンジンに位置づけ、実際に複数のM&Aを実行しています。

3-16. ポーラ・オルビスHD<4927>:化粧品のOEM・ODM・ドラッグストアブランドの再編

ポーラ・オルビスHDは中高価格帯化粧品を中核に据え、近年はドラッグストア向けの中低価格帯ブランドの再編を進めてきました。子会社であるpdcやフューチャーラボを譲渡した例や、別ブランドを取り込む例など、自社ブランドをスリム化して主力ブランドを強化するM&Aを実行しています。

3-17. ロート製薬<4527>:海外メーカー買収

ロート製薬は南アフリカの日用品メーカーAJ Northを買収したり、ベトナムのナリス化粧品工場を取得するなど、海外生産拠点の獲得に積極的です。医薬品系の研究開発力を生かし、スキンケア商品やサプリメントの世界展開をスピードアップさせる戦略です。

3-18. 小林製薬<4967>:米国一般用医薬品化粧品メーカーの買収

小林製薬は米国でも外用消炎鎮痛剤を展開する会社を買収し、自社の「アンメルツ」ブランドをグローバルに伸ばす足がかりとしました。また、スキンケア分野に強い六陽製薬など国内企業の買収でもスキンケア領域を強化しています。

3-19. ファンケル<4921>:DHCとの関係、キリンHDによるTOB検討

ファンケルは無添加化粧品や健康食品で知られ、通信販売や直営店を通じて事業を拡大してきました。近年ではキリンホールディングス<2503>による戦略的提携が進み、最終的にTOBで子会社化を目指す動きも報じられています。化粧品と健康食品の融合でさらなるシェア拡大を狙う典型例と言えるでしょう。

3-20. ラストマイル事例:その他の周辺事業買収

上記以外にも多数のM&Aが行われています。例えば、化粧品ECサイト運営企業の買収や、化粧品パッケージへの箔押事業や印刷事業の取得、医療機器販売企業を通じた美容関連商品の導入など、化粧品分野を取り巻くM&Aは今後も多彩な形で進められる見通しです。

第4章:化粧品M&Aのリスクと課題

4-1. ブランド統合の難しさ

化粧品はブランドイメージが非常に重要です。M&A後に統合プロセスがうまくいかず、ブランド価値が毀損されることがあります。既存顧客が違和感を抱き離れてしまうことや、経営陣や販売チャンネル同士の対立によりシナジーが失われるケースも見られます。

4-2. 化粧品開発・規制の複雑性

化粧品は国によって規制や認可手続きが異なるため、国際的な事業展開を行う際に手間や時間がかかります。M&Aによって海外企業を取り込む場合、それぞれの国の法規制を熟知した専門人材の確保が不可欠になります。

4-3. 企業文化の相違

化粧品に限らずM&Aでは、組織文化の差が統合を難しくする要因となります。特に製造系企業とマーケティングに特化した企業、日系と外資系など、経営スタイルや意思決定プロセスが大きく異なる場合には、早期に統合方針を明確にしないとシナジーが生まれません。

4-4. 過度な買収価格

化粧品ブランドは市場での知名度やファンベースが評価され、高値がつきやすい傾向があります。しかし過大評価をしてしまうと、買収後の業績が期待を下回った際に一気に財務バランスが崩れるリスクもはらんでいます。

第5章:今後の展望

5-1. DX(デジタル・トランスフォーメーション)と化粧品M&A

オンラインチャネルの拡大やSNSマーケティングが加速するなかで、ITリテラシーに強い企業や、顧客データを蓄積・分析する仕組みを持つ企業の買収がさらに増えると考えられます。化粧品企業がEC専門企業やデジタルマーケティング企業を買収し、データ活用による顧客接点の拡充を進めるシナリオが有力です。

5-2. アジア市場での拡大

化粧品ブランドとしては、中国や東南アジア市場への進出が引き続き最重要課題です。現地企業とのジョイントベンチャーや買収を通じて、ローカルな流通網や広告宣伝のノウハウを取り込む動きが続くでしょう。

5-3. サステナビリティ・クリーンビューティの広がり

世界的なエシカル消費や環境意識の高まりに伴い、天然由来成分やオーガニック、ヴィーガンコスメなどの専門企業がM&Aの対象として注目度を増しています。このような分野に強いブランドを傘下に収めることで、大手企業はサステナビリティ戦略を加速させることが可能になります。

5-4. 業種の垣根を超えた連携

今後は化粧品企業と家電メーカー(美容家電)やIT企業との統合など、従来の枠組みにとらわれない提携が活発化すると予測されます。AIによる肌診断やARを利用したバーチャルメイクなど、技術革新との結びつきが一層強まるでしょう。

第6章:成功のポイントとまとめ

6-1. ポイント1:買収後のブランド維持と顧客育成

化粧品業界におけるM&Aで最も重要なのは、買収先のブランドイメージを損なわずに強化し、既存顧客を離反させないことです。ブランドコンセプトやターゲット層に深く寄り添い、丁寧な情報発信とアフターサービスを行う必要があります。

6-2. ポイント2:製造・開発・マーケティングの統合

化粧品は機能性や安全性と同時に、デザインや広告展開、店頭陳列の最適化が重要になります。製造部門だけでなく、研究開発、デザイン、販売促進、物流、カスタマーサポートなど、バリューチェーン全体を統合的にマネジメントすることで、高い付加価値とコスト効率を両立させられます。

6-3. ポイント3:グローバル視点での長期戦略

市場が成熟している先進国では、ブランド強化や機能性の追求がカギになります。一方で新興国では流通インフラや物流体制の整備が急務となります。自社の国際戦略と買収先企業の地域特性をミスマッチなく組み合わせることが重要です。

6-4. まとめ

化粧品業界のM&Aは、ブランド価値や研究開発力、海外展開力、マーケティング力などさまざまな要素が複雑に絡み合います。成功を収めるには、買収前の綿密なデューデリジェンス、買収後の的確なPMI(Post Merger Integration)戦略、そして顧客に寄り添ったブランド運営が必須となります。

また、近年の事例を見ると、大手のみならず中堅企業やスタートアップにも活発なM&Aが行われており、その背景にはオンライン市場やオーガニック・ナチュラル志向など市場の多様化があります。今後も世界的に化粧品市場の拡大と競争激化が続くと考えられるため、M&Aを通じて事業基盤を強化し、グローバルなブランド力を得る動きがより一層拡大していくでしょう。